実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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1巻分最終話です。


問い

 テスト当日、登校時間。

 時計は午前8時を少し回ったころ。

 普段は半分しか埋まっていないDクラスの教室の座席は、その8割ほどが埋められ、生徒たちはテストに向けた最終確認を行っていた。

 問題を出し合う者。友人に教えを乞う者。一人で机に向かう者。

 その方法は様々だが、それでも一貫しているものがある。

 この中間テストを見事クリアし、ポイントを得る、という目標。

 10万ものポイントに胡坐をかいていた入学直後の状態とはえらい違いだ。

 人は金のためなら頑張れる、ということを体現している。

 別に、それが悪いとは微塵も思っていない。

 俺だって同じだからだ。

 金のためなら、自分の利益のためなら何でもする。

 資本主義が染み渡った現代日本において、「本心では」誰もが当たり前に持っているであろう考え方だ。

 

 

 

 

 

 1

 

「欠席者はいないようだな。テストを怖がって休む者がいるのではないかと考えていたが……杞憂だったようで安心したぞ」

 

「当然です。僕らはこれまで、テストに備えて十分な対策をしてきました。僕らの中から退学者が出ることはありません」

 

「ほう、それは大きく出たな平田」

 

 俺は三バカ以外の学力事情を把握していないが、今日に向けて、それぞれが一生懸命やってきたのは雰囲気で伝わってくる。

 平田の自信は、これまでの勉強量に裏打ちされたものだろう。

 そこで、茶柱先生が口を開く。

 

「今回の中間テスト、もしもお前たちが退学者を出すことなく乗り切ることができたら、夏休みにはバカンスに連れていってやろう」

 

「ば、バカンス?」

 

「そう、バカンスだ。青い海に囲まれた、夢のようなひと時が待っているぞ」

 

 まるでどこかのリゾートホテルのキャッチコピーのような文言だ。

 と、そんなことを考えているのは俺だけ。

 

〈健全な男子高校生の発想〉

夏の海→女子の水着→大興奮!(今ココ)

 

「みんな、やってやろうぜ!」

 

「「「「「うおっしゃあああー!!!」」」」」

 

 池の音頭に続き、Dクラス男子のおよそ9割が叫んだ。俺は残りの1割なので悪しからず。

 その勢いも、堀北の「変態」の一言で一気に引っ込んだが。

 

「気合があるのはいいことだが……本番でしくじれば全ては水の泡だ。お前たちの健闘を祈っておこう」

 

 全員に問題用紙が配布され、準備完了だ。

 

「では、始め」

 

 先生の合図と同時に、クラス全員が問題用紙をひっくり返した。

 

 

 

 

 

 2

 

「案外楽勝だな!」

 

「ああ、これなら120点も夢じゃないぜ!」

 

 昨日の櫛田の予想通り、テストの問題は過去問とほとんど、というかほぼ完全に一致していた。

 池や山内は余裕の表情。それ以外の生徒も、焦った様子は全く見られない。

 全員昨夜過去問にかじりつき、必死で暗記したんだろう。

 それでも復習は欠かしていないようで、昼食をできる限り早く食べ終え、各々英語の過去問を使い準備を整えている。

 しかしそんな中、1人険しい表情で英語の過去問の解答を睨んでいる人物がいた。

 

「須藤くんはテスト、どうだった?」

 

 櫛田がその人物、須藤に話しかける。しかし、須藤にその声は聞こえていないらしい。

 

「須藤くん?」

 

「……あ? ああ、わり、ちょっと今焦ってる」

 

 言葉通り、須藤の額には冷や汗が浮かんでいた。

 こいつまさか……

 

「おい須藤、お前過去問やらなかったのか?」

 

「英語以外はやったんだ。でも寝落ちしちまって……」

 

「「「え!?」」」

 

「くそ、全然頭に入らねえ……」

 

 英語は異国の言語。

 基礎ができていなければ、それは解読不可能な暗号のように、摩訶不思議な文字列に見えてしまっていても不思議ではない。

 寝落ちって事態は想定外だった……

 連絡先を聞いて、確認しておくべきだったか。

 

「昼食休憩で、他の科目よりインターバルが長いのが救いだな」

 

「全くだわ……仕方ない。須藤くん、英作文は捨てて。それ以外で配点の高い問題と、記号問題を優先的に覚えましょう」

 

「あ、ああ……」

 

 堀北も焦っているが、それでも素早い判断で取りに行く問題、捨てる問題を仕分け、暗記する。

 記号問題は確実に取る。

 数学、国語、理科、社会の問題から、問題の順序や選択肢の内容までほぼ一致していることが分かっている。英語も恐らく同じだろう。

 英語を書かせる問題はたとえ単語でも厳しいと判断し、捨てる。

 その代わり、日本語を書かせる問題は、英文和訳でもニュアンスだけ覚えさせて部分点を取りに行く。

 ギリギリの応急処置としては適切だ。

 しかしそれでもなお、須藤はかなり苦戦しているようだった。

 そして。

 

「席につけ。問題用紙を配布する。教科書や資料等は片付けるように」

 

 茶柱先生が教室に入ってきた。

 タイムリミットだ。

 

「やれることはやったわ。あとは覚えている問題から順に解いて。10秒考えて全く分からない問題は飛ばして次に行きなさい」

 

「あ、ああ、わかった……」

 

 須藤は一瞬だけもう一度過去問を見て、机の中にしまった。

 集まっていた全員が席に戻る、その直前。

 

「速野くん、協力して」

 

 その言葉に続き、堀北が俺に耳打ちする。

 

「……なるほど、ああ、わかった」

 

 そして混乱のさなか、英語のテストが始まった。

 カンニングを疑われないようにそっと須藤の様子を見てみると、「やばいやばいやばい」という心の声が聞こえてきそうなくらい、動揺しているのが分かった。

 しかしもう、俺らが須藤に直接手を貸してやることはできない。

 運に任せるしかないだろう。

 

 

 

 

 

 3

 

 テスト終了後、勉強会メンバーは、堀北ではなく須藤の席の周りに集まっていた。

 

「お、おい大丈夫かよ健?」

 

「わかんねえ……あーくそ、なんで俺は寝ちまったんだ……」

 

 自分自身への苛立ちを隠せず、拳をガン、と机にぶつける須藤。

 そこに、堀北が姿を見せる。

 

「須藤くん」

 

「……なんだよ、説教か? なんとでも言えよ……」

 

 自分の失態を自覚し、自暴自棄になりかけている須藤。

 

「過去問をやらずに寝たのは完全にあなたの落ち度よ。でも、それは手を抜いた結果ではないでしょう? それに、あなたがちゃんとやれているかの確認を怠った私たちにも、一定の責任はある。あなた自身は、やれることをやってきた点について自信を持っていいわ」

 

「は、なんだそれ、慰めか」

 

「私は慰めなんて言わない。事実を言ったまでよ。あなたがどれだけ苦労したかくらいは、すぐにわかるわ」

 

 確かに、今朝の須藤の表情には明らかに疲れがあった。

 連日続く勉強で、ついに昨日の深夜、限界がきてしまったんだろう。

 それより驚くべき事実は、あの堀北が、しかも嫌い合っているはずの須藤を素直に褒めているということ……

 最近、堀北に驚かされることが多いような気がする。

 こいつにも、変化が訪れているということか。

 

「それと、もう一つ」

 

「今度はなんだよ……?」

 

「訂正させて欲しいのよ。以前私は、バスケットのプロを目指すことを愚かだと言って罵ったわ」

 

「それ、今思い出させることか……? 退学になっちまったら、それすら叶わなくなるかもしれねえってのに……」

 

「話を聞きなさい。あの後、バスケットについて調べたのよ。そして、プロになる道のりがどれほど大変か、以前より理解が深まったわ」

 

「で、だから俺には諦めろって言いてえのか」

 

「そうは言ってないわ。あなたが、私の調べたことを理解していないはずがない。それを知った上で、あなたはその道を進もうとしているのね」

 

「ああ、そうだ。俺は馬鹿にされようとバスケのプロを目指す。お前に言われたとおり生活に困っても、その夢は諦めねえ」

 

 強く言い切る須藤の目には、確かな強い志が宿っている。

 

「夢の実現の難しさや大変さを理解していない人間が、そのことについて語る資格はない。よく知りもせずにしたあの発言を、今は後悔してるわ」

 

 表情こそずっと真顔だったが、その頭は徐々に下がって行く。

 

「あの時はごめんなさい……私が言いたかったことはそれだけ。じゃあ」

 

「うわ、ちょ」

 

 堀北は1人で教室を出るのかと思いきや、俺の手首を引っ張って、強引に教室の外に出した。

 いきなりすぎて滅茶苦茶ビビった。

 

「なんだよ急に。びっくりしただろうが。寿命縮んだらどうする気だ」

 

「損な役回りを押し付けてしまったわね」

 

「……」

 

 堀北の言わんとすることはすぐにわかった。あの耳打ちのことだろう。

 

『おそらく赤点の算出方法は、平均点の二分の一未満よ。できる限り点数を下げて』

 

「点数を下げろ、なんてな。驚いたよ」

 

「あなたと私で、合わせて少なくとも80点は下がったんじゃないかしら」

 

「ああ、でもこれでカバーできるかどうか……」

 

「でも、これが限界よ……もしダメだったら、私にも責任があるかもしれないわね」

 

「ん、まあそうだな。一回勉強会ぶち壊したんだし」

 

「勘違いしないで、あなたにも責任の一端はあるのよ」

 

「……マジで?」

 

「当然でしょう」

 

 当然らしい。

 勉強会崩壊を止めなかったのが悪いんだろうか。

 

「……まあ責任っていうか、誰が一番悪いかっていう話なら間違いなく茶柱先生だし、お前が必要以上に責任を感じることはないと思うぞ。もちろん最低限は感じてもらわなきゃ困るが」

 

「だから責任を感じていると言っているでしょう」

 

 同じことを言わせるな、という目で睨んでくる。

 

「悪い悪い……」

 

 俺はそれを受け流した。

 普通に怖いし。

 

「……にしても、お前変わったな」

 

「そうかしら。いつも通りだと思うけれど」

 

「いや、変わっただろ。自分に責任を感じてたり、須藤に謝ったり。以前ならあり得ないんじゃないか?」

 

「以前の私には責任感がないと言いたいのかしら?」

 

 再び睨みを強める堀北。

 ……須藤に謝った点については、突っ込まないんだな。

 

「まあ、側から見れば変化しているように見える、ってだけだ。俺の言うことなんてあんま気にすんなよ」

 

「保険はかけておくのね」

 

「誰かと違って責任感がないからな」

 

 そう答えると、堀北は一瞬体を固める。

 その後すぐに真顔に戻って、言う。

 

「……あなたは食えない人間ね」

 

「……どういう意味だよ」

 

「皮肉に決まっているでしょう」

 

 無愛想にそれだけ言い残し、せっせと歩いて行ってしまった。

 

「そうですか……」

 

 俺と堀北の間の距離は約5メートル。

 俺のつぶやきは、あいつの耳に届いていないだろう。

 もうそろそろ俺も帰宅しようと、荷物を取るために教室に戻る。

 そして、ドアを開けた瞬間。

 

「や、やべえ、俺、堀北に惚れちまったかも……」

 

 赤い髪のやつが顔まで赤くしながら、心臓に手を当て、そう言った。

 

 

 

 

 

 4

 

 教室内の雰囲気には、ただならぬものがあった。

 いつもの通り、クラス全員を代表して平田が発言する。

 

「先生、今日は中間テストの結果発表日と聞いています。いつですか?」

 

「……なるほど。教室の雰囲気がいつもと違うのはそういうことか」

 

 腐っても担任教師。さすがに気づいてるか。

 

「お前はそこまで気を張る必要はないだろう、平田」

 

「教えてください。いつですか」

 

 強気で問う平田。

 

「喜べ、たった今発表する。放課後じゃ、手続き上問題があるからな」

 

 手続上の問題、という言葉に、教室内の雰囲気が強張る。

 

「……どういう意味ですか」

 

「そう慌てるな。今点数を発表する」

 

 茶柱先生はそう言って、以前の小テストの結果発表の時と同様、大きな紙を五枚、黒板に張り出した。

 英、国、数、理、社。それぞれの教科の一人一人の点数が表示されている。

 

「正直に言って、感心した。お前たちがここまでの高得点を取るなんてな。満点が10人以上いる科目もあるぞ」

 

 各教科、一番上には100という数字がずらりと並ぶ。その光景に、生徒たちは歓喜の声をあげた。

 だが俺たちにとって重要なのは須藤の英語の点数。ただそれだけだ。

 英語の順位表を上から下に見ていく。

 そして、その一番下。

 須藤の名前の横には、39点と表示されていた。

 

「っしゃ!」

 

 以前の小テストの際には書かれていた、赤点ラインを示す赤い線は引かれていない。

 須藤は思わず立ち上がって喜び、池、山内もそれに続いた。

 

「どうすか先生! 俺たちもやるときはやるってことっすよ!」

 

「ああ、お前らが健闘したことは認める。ただし、だ」

 

 妙なタイミングで言葉を切る先生。

 教室内には不穏な空気が流れる。

 先生は赤ペンを取り出し、「須藤健 39」の文字列の上に線を引いた。

 

「須藤、お前は赤点だ」

 

「は!? おい冗談だろ!? 赤点は31点だって言ってたじゃねえか!」

 

「そんなことは一言も言ってないぞ?」

 

「い、いや言ってたって! なあ!?」

 

 須藤の抗議に続き、池もクラスに呼びかける。

 

「お前たちが何を言っても結果は変わらない。今回の赤点ライン、その算出方法を教えてやろう」

 

 すると、茶柱先生は黒板に何やら書き始める。

 

 79.6÷2=39.8

 

「赤点ラインはクラスごとに違う。今回のDクラスの英語の平均点は79・6点。その二分の一は39.8。つまり、39点だったお前は赤点ということだ」

 

「う、嘘だろ……そんなの聞いてねえって……」

 

「放課後、退学届を提出してもらうことになるが、その際には保護者の同伴が義務づけられている。ご両親には私から連絡しておこう」

 

 淡々と須藤に報告する茶柱先生。その言葉が、ようやく事実として教室内に浸透していく。放課後だと問題が起こるというのは、このことだったのだ。

 

「せ、先生、待ってください。本当に須藤くんは退学なんですか? 救済措置はないんでしょうか?」

 

「ない。これはルールだ。受け止めろ」

 

「では、須藤くんの解答用紙を見せてください」

 

「構わんが、採点ミスはないからな」

 

 抗議が出ることを予め予想してか、須藤の分の解答用紙だけを持ってきていたようだ。

 平田がそれを確認する。

 そして、絶望した表情を見せながら、言う。

 

「採点ミスは……なかった」

 

「満足したか。ではホームルームを続けるぞ」

 

 須藤への同情は一切なし。

 機械的に須藤へ退学を言い渡した。

 池も山内もさすがに空気を読み、須藤には何も言わなかった。いや、言えなかった、という方が正しいか。

 退学となった須藤は、半ば放心状態。

 しかし生徒の中にはホッとした表情を見せる者もいた。

 須藤がこれまでやってきたことのツケ、とでも言えばいいだろうか。

 

「先生、一つよろしいでしょうか」

 

 そんな中、1人の生徒が手を上げた。

 

「なんだ堀北。珍しいな」

 

 先生の言う通り、堀北の挙手は誰もが予想していなかっただろう。

 教室内は1人残らず意外そうな表情を見せていた。

 

「今回の赤点ラインの算出方法は、本当に前回と同じものですか?」

 

「ああ、間違いない」

 

「しかし、それでは矛盾が生じます。私が計算した前回の平均点は、64.4。それを2で割ると、32.2。赤点ラインは32点未満。つまり、小数点以下を切り捨てているんです。にもかかわらず、今回は切り捨てられていない。これは間違っているのではありませんか?」

 

 堀北が見出した、淡い淡い光。

 クラスの須藤擁護派も希望を持ち始める。

 

「なるほど、お前と速野はそれを見越して点数を落としていたのか」

 

 茶柱先生の言葉で、教室全体がハッとした表情になる。

 俺も堀北も、英語以外は満点を獲得した。

 しかし英語だけは、堀北の耳打ちで点数を落としていた。

 堀北は51点、俺は62点。

 

「お前ら……」

 

 須藤もようやくそこで気づいたようだ。

 

「そうか、なら、もう少し掘り下げて話をしよう。お前自身も気づいているかもしれないが、お前の計算方法には一つ間違いがある。赤点算出方法は小数点以下切り捨てではなく、四捨五入だ。32.2の場合は切り捨て、39.8ならば切り上げ。よって前回の赤点ラインは32点未満、今回は40点未満というわけだ。残念だったな」

 

 先生の言う通り、堀北も気づいていただろう。

 そのうえで、わずかな可能性を信じての進言。

 しかし、結果は覆らない。

 

「そろそろ授業が始まる。私はいくぞ」

 

 教卓と黒板を片付け、茶柱先生は教室を出て行った。

 

「ごめんなさい……私がもう少しギリギリまで点数を削るべきだったわ」

 

 自らを責めるように言う堀北。

 いや、だがこいつはギリギリまで削った。

 俺と堀北以外が全員満点を取ったとすると、落とせる点数は49点が下限だ。

 これ以上落としたら、堀北の方が退学になってしまう。

 こいつはやれるだけのことをやった。

 対して俺の点数は……62点。

 計算上、俺が49点まで落としていれば、平均点が38.5を割り、須藤の退学は防がれていたことになる。

 結果論ではあるが、もう少し落とすべきだったか。

 その時、後ろからガタッという音が聞こえる。

 綾小路が椅子を引いて立ち上がった音だ。

 

「……どうしたんだ?」

 

「トイレ」

 

 それだけ言って、足早に教室を出る。

 嘘だというのはすぐに分かる。

 授業開始直前。本当にトイレなら手短に済ませるはず。そんな中でわざわざ机の上の端末をポケットに入れて席を立つ理由はない。

 つまり、あいつは今から端末を要する行動を起こすということだ。

 

「行くか」

 

 俺も綾小路と同じように席を立つ。

 

「ちょっと、あなたまでどこに……」

 

「綾小路と同じ場所に」

 

 あいつは恐らく茶柱先生のところに向かったはず。

 とすれば、職員室の方向か。

 あいつが歩いて行った方向からも、そうだと推測できる。

 同じように俺も歩くと、話し声が聞こえてきた。

 職員室に近づくにつれて、その話し声は大きくなっていく。

 そのうち、その話し声が綾小路と茶柱先生のものだと断定できるまでになった。

 

「綾小路。私は個人的にお前のことを買っているんだ。過去問を入手し、クラス全員で共有して点数を高める。素直によくやったとほめてやろう」

 

 ……ん?

 あれ?

 

「過去問を入手したのも、クラスで共有したのも櫛田ですよ」

 

 間髪入れずに綾小路が言う。

 そうそう、そういう話だったはずだが……

 

「出来る限り目立ちたくないというお前の心情は察するが、お前が3年Dクラスの生徒に接触したこと、ポイントを使って過去問を入手したことは把握済みだ」

 

 ……どうやら間違いなさそうだな。

 それを「先輩からもらった」と言っていた櫛田もグル、ってことになる。

 ……決行したのは、この二人が行動を共にしていたタイミングか。

 昼食時間や放課後など、何度かそういった場面があったのを覚えている。

 

「だが、最後の詰めを誤った。他と比べて圧倒的に学力が不足する須藤に対してだけは、もっと早くから過去問を暗記させるという選択肢もあったはずだ。そうすれば、須藤が赤点を取るようなことにもならなかっただろう。今回は諦めて、須藤を切り捨てたらどうだ」

 

 過去問を入手したのがテスト前日ではなくそれよりもっと前のこと、というのが事実なら、確かにそれも可能だった。

 

「隠れて何をしている速野。出てきたらどうだ」

 

 ……おっと。

 いや、隠れていたつもりはないんだが。

 仕方なく、二人に近づいていく。

 

「速野。いたのか」

 

「まあ……」

 

 俺に背中を向けていた綾小路は、俺がいることに気づいていなかったようだ。

 

「あと、いるのは俺だけじゃないぞ」

 

 そう言って、綾小路の視線を俺の後ろに誘導する。

 

「あなた、いつから……」

 

「いや、足音聞こえてたから」

 

 そこには、堀北が立っている。

 俺が教室を出てから、すぐに後を追いかけてきた。

 本人は気づかれないように努めていたようだが。

 

「ふふ、お前たちは面白い生徒だな。まさか、この3人が揃うとは。いったい何をしに来た?」

 

 挑戦的な笑みを浮かべながら問う茶柱先生。

 

「決まってるじゃないですか。須藤の退学を止めるべく動いた綾小路に、助太刀しに来たんですよ」

 

「ほう?」

 

 そうだよな? と、綾小路の左手に握られた端末を見て言う。

 

「あなたたちは、いったい何を……」

 

 堀北はまだ、理解するには至っていないようだ。

 はぁ、と、ため息ともとれる音を漏らし、綾小路が言った。

 

「先生。須藤の点数を1点、俺に売ってください」

 

「……」

 

 想定していなかった答えなのか、茶柱先生は目を丸くして綾小路を見る。

 やっぱり、そういうことだったか。

 あの場面で、綾小路が端末を持って教室を出る理由として考えられるものは2つ。

 誰かとの通話。

 もう一つは、ポイントを使った取引。

 茶柱先生と話していたことで、前者の可能性が消える。

 そして、この状況でポイントを使う対象は、須藤の退学に関連したもの以外には考えられない。

 

「ははは、なるほど。確かに私は入学時、『原則ポイントで買えないものはない』とお前たちに伝えた。お前の言う通り、須藤の点数を買うことも可能だ。速野、お前はそれを予期してここにきたのか?」

 

「綾小路が何かしら行動を起こすことは察してましたよ。言ったじゃないですか。助太刀するために来た、と」

 

「なるほどな」

 

「それで、いくらで売ってくれるんですか」

 

「そうだな……今回は特別に、10万ポイントで売ってやろう。速野、そして堀北、お前たちがここに来たのは正解だったな」

 

 本当にそうだ。

 綾小路一人だけでは払うことのできない額だろう。

 

「支払うポイントの配分は、お前たちの好きにしろ。合計10万ポイントを私の端末に送れ。退学取り消しの件、お前たちから須藤に伝えろ」

 

 3人では割り切れない額だが、綾小路が4万払うことを自分から申し出て、俺、堀北から3万ずつを綾小路の端末に送った。

 

「どうだ堀北。綾小路の有能さが、少しは分かったんじゃないのか?」

 

「……どうでしょう。点数を取れるのに取らなかったり、過去問の手柄をわざわざ櫛田さんに譲ったり、嫌味な生徒にしか思えませんが」

 

「嫌味って……」

 

「点数取れるのに取らない……?」

 

 会長とのやり取りを目撃しているので知ってはいるが、そのことは二人には秘密なのでひとまずこんな反応をしておく。

 

「ふふ。お前たちがいれば、確かに上のクラスに上がることのできる可能性もあるかもしれない。だが堀北、一つ事実を伝えておこう。この学校が始まって以来、Dクラスが上に上がったことは一度もない。お前たちは学校側から『不良品』の烙印を押された生徒だ。それでも、上を目指すつもりか?」

 

 先生からの忠告。

 堀北の覚悟を問うているようだった。

 

「お言葉ですが先生。不良品はあくまで不良品。少し手を加えれば、良品に変わる可能性を秘めていると、私は考えています」

 

「……ほう。堀北、まさかお前の口からそのような言葉が出るとはな」

 

 堀北は変わりつつある。

 実感したんだろう。

 不良品が良品に変わる可能性を。

 自身の変化そのものと、須藤の勉強に対する姿勢の変化を見て。

 

「なら、楽しみに見ておこう。担任として、これから3年間、お前たちがどう動くのか」

 

 

 

 

 

 4

 

 用事を終え、堀北と綾小路は教室へと戻っていった。

 しかし、俺はその場に残っている。

 

「先生、本題に入りたいんですが」

 

「なんだ。もう授業が始まるぞ。遅刻して、クラスに迷惑をかける気か?」

 

「そのセリフ、先生にだけは言われたくないんですがね」

 

「……どういう意味だ?」

 

 俺の言い回しに少しいらだったのだろう。

 雰囲気が変わるのを感じる。

 ……コワイ。

 

「テスト範囲の変更を伝えるのが、他クラスに比べて一週間も遅れた。これはどういうことか、説明してもらえますか」

 

「それを知ってどうするつもりだ?」

 

「今後の参考にしますよ。先生が同じような凡ミスを起こさないように」

 

「以前も話した通り、私の伝え忘れだ。それ以上でも以下でもない。綾小路も同じ攻め口で須藤の退学を止めようとしてきたが……言っておくが、無駄だぞ」

 

「分かってますよ。それに、その件はすでに10万ポイントを払って解決しましたからね」

 

「なら、今更どうしてそんなことを問う?」

 

「一つ、気になったことがあったんですよね。先生のあの重大なミス。にも拘わらず、あの時職員室にいた職員は誰一人として驚かなかった。これは一体どういうことか……」

 

 このところずっとそれを考えて、導き出した一つの答え。

 

「先生、こういったミスの常習犯なんじゃないですか?」

 

 いつものことだから、なんの騒ぎにもならなかったと考えれば、辻褄は合う。

 

「そうだとして、お前に何の関係がある?」

 

「そうだとして、で流さないでもらえますかね。今回は解決しましたが、そのミスが遠因で1人の生徒が退学になりかけたんですよ。違うというなら、なんで職員たちは何ら反応を示さなかったのか、説明してもらえますか」

 

「義務がないな」

 

「義務ですか……」

 

 確かに、そう言われてしまえばそれまでだが。

 生徒の疑問に「義務がないから答えない」ってありなのか……?

 まあいい。

 

「先生、俺は一つ仮説を立てたんですよ。この学校の実力主義、それは生徒だけでなく、教師にも適用されているものかもしれない、と。クラス分けの仕組みが説明されたとき、先生は『優秀な人間はA、ダメな人間はD』と言っていた」

 

「ああ、そうだ」

 

「先生は『生徒』という言葉を使わなかったですよね。これはつまり、教師にも同じことが適用され、優秀な教師はA、ダメな教師はDに配属される。つまり先生は、Dクラスに配属されたダメな教師。テスト範囲の変更を伝え忘れるようなレベルの、不良品」

 

「随分な度胸だな速野。それは教師に対する暴言か?」

 

 すでに苛立ちという段階は通り越したのか、笑顔を見せている茶柱先生。

 

「違う、というなら明確に否定してください。誠心誠意詫びさせていただきます。土下座でも靴舐めでも、三回回ってワンでも、いくらだってしますよ。さあ」

 

 何か間違いがあれば、素直に認めるのが一番いい。

 特にこういった交渉の場では尚更だ。相手に付け入られる前に、こちらから白旗を揚げる。

 

「ただその代わり、もし先生が『自分はそんなレベルではない』と言い張るなら……俺たちにテスト範囲の変更を伝え忘れたのは『わざと』って線が出てきますけどね」

 

 さて。

 ここまでの展開を見て、先生はどう答えるのか。

 

「答えは変わらない。伝え忘れたのは私のミスだ」

 

 ……ダメだったか。

 故意だと認めるつもりはないようだ。

 まあ、仕方ない。

 

「そうですか。分かりました。ですが先生、今後こういったミスは避けていただけませんか。今回上手くいったのは偶然にすぎません」

 

「お前も聞いていただろう、私が先ほど綾小路に言ったことを。過去問を入手し、もっと早くから須藤に暗記させていれば、このような事態にはならなかった。これはお前たちのミスだ」

 

「確かにそうかもしれませんが、教師が生徒に対して伝えるべきことを伝えないのは、仕事上の義務を果たしていないことになる。ミスはミスでも、俺たち生徒と同じ次元で比較できるものではないと思いますが」

 

 生徒と教師には立場の違いというものがある。

 これは一般的には、生徒側に不利な論理展開がなされる場合に持ち出されるものだが、今回は少し違う。

 生徒が試験をクリアするために過去問を使うのは、権利の行使。

 教師が重要な伝達事項を生徒に伝えるのは、義務の達成。

 重要度の違いは明らかだ。

 

「そうか。では、一つ教師の職務として、生徒であるお前にアドバイスをやろう。お前の洞察力は大したものだ。敷地内のいたるところにある無料の品物からポイント制度に疑問を抱き、かなり切り詰めた生活を送っているようだな。だが、もしその疑問をクラスで共有していたら? お前は結果的に、クラスの傷を広げているということだ」

 

 なんだその見つけたやつが片付けろ的な理論は……

 ……だが確かに、先生の言っていることは間違いじゃない。

 Aクラスがあれほどのポイントを残すことができた理由は、単に持ち合わせていた真面目さだけではないはず。

 恐らく藤野か、あるいは他の誰かが疑問を共有していたんだろう。

 俺がそうしていれば、少なくとも0ポイントなんて事態は避けられた。クラスにそういった関りを作ってこなかった俺の失点だ。

 

「お前に言わせれば、これも義務ではない。単にお前が気付き、他の者は気づけなかっただけのことだ。だが、義務をこなすだけでは、この学校では生き残ることはできない。これは社会へ出ても同じことだ。お前たちはもう義務教育の枠を外れている。その自覚を強く持つことだ」

 

「……肝に銘じておきますよ。今日は色々無礼を申し上げてすみませんでした。もう授業始まって5分経ってるんで、戻りますね」

 

「ああ」

 

 義務をこなすだけでは生き残れない、か。

 要するに、自分が本当に何をすべきか考えて動け、ってことだ。

 

「……結構動いてるつもりなんだけど」

 

 廊下には響かない程度に小さな声で、愚痴を漏らす。

 まあ、茶柱先生がああ言うのも仕方のないことかもしれないな。

 学校側……少なくとも担任教師が把握しているのは、監視カメラの範囲内だけ。

 監視の外で行った会長とのやり取りは、明らかになっていないのだから。

 ……いや、でもそれは「するべきこと」ではないか。

 俺がこの学校でするべきこと。

 今の段階では、全く見えてこない。

 

 

 

 

 5

 

「ったく、あいつら、せめて片付けくらいしてから帰ってほしかった……」

 

 ぼそりと不満を漏らす綾小路。

 中間テストの結果発表から一夜。

 勉強会メンバーで綾小路の部屋に集まり、祝勝会を開いた。

 まあそこそこ楽しかった。だが俺にとって今日一番の収穫は、櫛田、須藤、池、山内の連絡先を知れたことだ。

 みんなすでに解散し、部屋に残っているのは、家主である綾小路と俺。

 現在後片づけ中だ。

 

「悪いな、手伝わせて」

 

「いやいい。こうして二人で片付けてると、入学直後のことを思い出すな」

 

「ああ、須藤のあれか……なんつーか、もうずいぶん前のことみたいに感じる」

 

「その間に色々ありすぎたからな」

 

 入学時の俺たちが思い描いていたことは、様々な意味で裏切られた。

 ポイントを争うクラス間競争。

 これから、この学校の様々な側面が見えてくることだろう。

 中間テストなんて、まだまだ序の口に過ぎない。

 

「もういいぞ速野。そろそろ8時だし」

 

 ごみ袋を縛りながらそう言う綾小路。

 部屋はおおよそ元通りになっている。

 なら、俺はお役御免か。

 

「ん、ああそうだな。じゃあ、これで帰るわ。また明日学校で」

 

「ああ」

 

 居間を出て玄関に向かう。

 靴を履くために、床に腰を下ろしたその時だった。

 

「悪い速野。ちょっと待ってくれ」

 

 綾小路がわざわざ玄関に来て、俺に声をかけた。

 

「……なんか忘れ物でもあったか?」

 

「いや、そうじゃないんだ。ちょっとお前に聞きたいことがあってな」

 

「……はあ」

 

 なんか急だな。

 何か気になることでもあるのか。

 どんな質問がくるんだ。

 

「この世界は、人間は平等だと思うか?」

 

「……は?」

 

「『平等』って、なんだと思う?」

 

 

 それは、あまりにも予想の斜め上を行く内容だった。

 

 




1巻分完結です。ここまでお読みいただきありがとうございます!
次回、2巻分スタートです!主人公が動きます。
更新は11月29日午後3時です。お楽しみに!
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