実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
一之瀬という協力者を取り付けた俺たち。
しかし佐倉についても、平田や櫛田たちが探しているという新たな目撃者についても特に進展はない。
現在は金曜日の放課後。
話し合いが行われるまで四日と言う中で、俺は目撃者探しには参加せず、藤野と買い出しに出かけていた。
現在レジに並んでいる最中だ。
「そういえば、今日は抜けてもよかったの? 目撃者探し」
「ん、ああ。そういえば言ってなかったっけか。実はもう目撃者の目星はついてるんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。ただ同じクラスだった上に、本人は目撃者であることそのものを認めてない。表舞台に引きずり出されるのをかなり嫌がってる。櫛田でも懐柔は無理だった」
「ああ、そういうことかあ……櫛田さんでも無理ってなると、かなり厳しいね」
状況を把握し、気の毒そうにつぶやく藤野。
「もしかして、この前登校中に速野くんに話しかけてた子だったりする?」
「おお、よく分かったな。それで合ってる」
答えると、藤野はなにかを思いついたように一度手をたたいた。
「それなら、あの子の懐柔の鍵を握ってるのって、もしかしたら速野くんなんじゃない? 速野くん、この騒動が起こってからその子が自分から誰かに話しかけてるの見た?」
その質問の答えはよく考えなくても明らかだ。
「見てない」
というか何ならこの騒動以前でも、佐倉が誰かに話しかけてる場面なんて見たことがない。元々そういうタイプではない上に、自分が目撃してしまったこの騒動……余計にふさぎ込んで当然だ。
そんな中で、なぜか俺には話しかけてきたことの意味……なるほど、藤野の言っている意味が分かった。
ただなあ……残念なことに、佐倉と同様に俺だってコミュ障なのだ。
純粋なコミュニケーションだけで佐倉の証言を引き出す能力なんて、俺は持ち合わせていない。
「状況は悪いままだね……」
「ああ。非常に困った」
商品をレジに通して袋詰めまで行い、スーパーを出る。
帰るためには左に曲がらなければならない道に差し掛かったところで、藤野に話しかけた。
「ああ、そうだ。ちょっとモール内の家電量販店に用があるんだが。どうする? ここで別れるか」
「え?」
俺の申し出に、なぜか藤野が固まる。
「……どうした?」
「いや、その、今までの速野くんだったら、問答無用でスタスタ行っちゃってたから……なんていうかこう、感動?」
「……」
グサリ、と心臓に矢が刺さる感覚に陥る。
いや、わたくしがコミュ障であることは全く間違いのないことでございますけど……まさかそんな反応がくるとは……
そんな俺の表情を見て、藤野が焦った様子で言う。
「あ、ご、ごめんね。本当に他意はないよ? うれしかっただけだから。……うん、じゃあよかったら、一緒に行ってもいいかな?」
「……分かった。いくか」
「うん」
いや、悪気がないのは分かってるというか。だからこそ傷が深いというか……
まあいいか。
こういうのを「成長の証」とか言ったりするんだろうか。
次からもこうしよう。
「何か買いたいものがあるの?」
「ああ、イヤホンとかな」
「イヤホン? 速野くん、あんまり音楽は聴かないイメージだったけど……」
あんまりどころかほぼ聴かない。
「音楽じゃない。英語のリスニング用だ。買ってからまだ2カ月なのに、もう断線したっぽくてな」
「ありゃー、それは気の毒に……断線しにくい巻き方とか、試してみた?」
「一応調べて実践してたんだが」
「そっかあ……もういっそ、フックか何か買って、巻かずにそのままフックに下げて保管するとか」
「……アリだな」
こんな感じで雑談しながら、モール内の家電量販店へ向かう。
人通りはそこそこ。
暑いため、ブレザーは脱いでいる人がほとんどだ。
俺も藤野も脱いで手に持っている。
目的地に到着して入店すると、クーラーの冷気が体に染みる。
「涼しいねー」
「ああ……」
これからどんどん暑さが厳しくなってくると思うと、少し気が滅入るな。
ところで、この敷地内の家電量販店には、普通の店と違って販売していないものがある。
テレビだ。
寮には壁掛けのテレビが備え付けてあるため、売っても買い手がいないのだろう。
そのため店内の様子は、一般的に「家電量販店」といって思い浮かぶ光景とは少し異なる。
さらに利用客が学生に限られていることもあって、敷地面積もだいぶ狭い。無駄にでかかったコンビニとは大違いだ。
「お前は何か見たいものとかあるのか」
「うーん、特にはないんだけど……あ、イヤホンコーナーだよ」
「ん、ああ」
同じ陳列スペースの手前側がヘッドフォン、奥側がイヤホンだ。
狭いとは言ったものの、品ぞろえは豊富だ。
どれがいいかなー、などと吟味していると、少し見慣れない文字が目に入る。
「bluetoothワイヤレスイヤホン……?」
興味を持ってそのスペースに行くと、藤野も気になったようで、ついてくる。
「へえ、ついにイヤホンもワイヤレスになったんだ……って、凄い高いねこれ。2万ポイント……」
あまりの額の高さに驚きを見せる。
普通のイヤホンの5、6倍はある。
「これもしかして、まだ一般の市場には出回ってないやつなんじゃないか」
「ちょっと調べてみる……うん、そうみたい。先行発売ってことかな」
やっぱりか。正式な発売はまだのようだ。
「こういうところ、なんか政府主導って感じだな」
「あはは、確かにね。この手の先行発売、ショッピングモールとかだと結構やってること多いよ」
「へえ……」
若者向け製品のテスト販売をここで行うことで、その製品が市場で通用するかどうかを見極めるって狙いだろうな。マーケティングの一環だ。
地理的な特性を踏まえて、こういった先行販売は静岡や広島で行われることが多い。
ポイントに余裕もあり、友だちも多い藤野は、こういったものに目を触れる機会が多いのだろう。
「まあ、さすがにこれに2万かけるのはな」
「だね」
その後、一通りイヤホンを物色し、俺は藤野に一言断って店内をぐるっと見て回ることにした。
なるほど……品ぞろえはこんなもんか。
数分経って、そろそろ戻るか、と思ったところで見知った顔を発見する。
最近何かと渦中の人物、佐倉だ。
俺たちと同じく学校帰りなのだろう。
「何してるんだこんなところで……」
気になって様子を見ていると、佐倉の視線が一点に注がれているのに気づく。
視線の先にあるのは、サービスカウンターだ。
なるほど、とそれで納得する。
佐倉は恐らく、昨日壊れてしまったデジカメの修理を頼みに来たんだろう。
この遭遇を活かすことはできないか。
先ほど藤野から「佐倉懐柔のカギ」と言われたのを思い出し、声をかけようかと考える。
「……」
しかし、やめた。
いや、声かける勇気がなかったとかそんなことでは……うん、あるわ。勇気なかった。
ただそれ以上に、佐倉の様子が少し変だったからだ。
何かに恐怖を感じているような、そんな様子。
あの状態の佐倉に須藤の件について尋ねるのは得策じゃない、ということくらいは流石に俺でも分かる。
結局佐倉はサービスカウンターでは何もせず、逃げるように店を出て行ってしまった。
「……なんなんだ?」
単にサービスカウンターでのやり取りが苦手だから、って感じでもなかった。
少し気になって、佐倉が見ていたサービスカウンターの方へ目を向ける。
そこには、一人の男性店員が立っていた。
なぜかボーっとした様子で、店の出口を……佐倉が歩いて行った方向をじっと眺めている。
なんだ?
佐倉の動きが不審だったのは間違いないが、その不審さが気になった故の視線、とはまたちょっと違うような……。
「……?」
考えても、なんのこっちゃわからない。
とりあえず、待たせてしまっている藤野の元へ戻ることにした。
「悪い、少し時間かかった」
「ううん、大丈夫。他に何か見たいものとかある?」
「いや、これで十分だ。そっちは?」
「私もいいかな。じゃあ帰ろっか」
「ああ」
佐倉とあの店員のことはちょっと気がかりだが……家電量販店に来た目的は達せられた。
1
飯、歯磨き、風呂を済ませ、あとは寝るだけ。
軽く伸びをしてベッドにダイブ。
それと同時に、端末に着信が入る。
「……櫛田か」
恐らく須藤関連のことか。そんな予想をしながら電話に出る。
「もしもし」
『あ、速野くん。ごめんねこんな時間に』
「いや、別に。何か進展でもあったのか」
『うーん、進展とはちょっと違うっていうか。須藤くんの件と直接関係あるわけじゃないけど、無関係じゃないっていうか……』
「……?」
全くもって要領を得ない説明だ。
続きを促す。
『昨日、佐倉さんのカメラが壊れちゃったでしょ?』
「ああ」
『それで私に何かお詫びできることはないかな、って考えて、困ってることとかないかなって佐倉さんに伝えたの。あれは、私が急に話しかけたせいっていうのもあると思うから……』
「……はあ」
『そしたら、カメラを修理に出すためにケヤキモールに行きたいけど、店員さんとやり取りするのに自信がないって言ってたの。だから私が一緒に行くって申し出たんだよ』
「……そうか」
今日一人で行こうとしたが、やっぱり無理だったから櫛田に相談したって感じか。
先ほどの佐倉の様子を思い出す。
見たときにも思ったが、あれは単に「店員とのやり取りが苦手」って様子じゃなかったように感じる。
一体佐倉は何に恐怖していたのか……。
いや、今はそれより。
「話は分かったが、なんでそれを俺に?」
『あ、うん。実はね、速野くんも一緒に誘ってほしいって言われたんだよ』
「……俺も?」
『うん』
……そうか。そういうことか。
『この前も佐倉さん、速野くんだけには何か話そうとしてたらしいし……二人って、何か接点があるの?』
「いや、まあ、ないこともないが……」
言葉に詰まる。
コミュニケーション能力が異様に高い櫛田は、それで何か「自分には言えない事情」があるのだと察したようで、話題を切り替えた。ありがたい。
『それで、どうかな速野くん。日曜日のお昼前、時間ある?』
「ああ、それは全く問題ない」
そのあとは集合時間と場所をスムーズに決める。
櫛田の要件が終わったので、次に俺から話を持ちかける。
「櫛田。俺からも一つ頼みがあるんだが」
『何?』
「佐倉の連絡先を貰えないか」
『えっ、どうして?』
「ちょっとな。ああ、もちろん佐倉に確認を取ってもらってからでいい。断られたら引き下がる」
『う、うん。分かった。じゃあいったん切るね』
「ああ。頼む」
2
少しして、櫛田から佐倉の連絡先が送られてきた。
櫛田に謝辞のメッセージを送り、そのまま佐倉に電話をかける。
少し長めのコールのあと、電話に出た。
「もしもし。佐倉か」
『は、はい……えっと……』
「速野だ。悪いないきなり」
『い、いえ……どうしたんですか……?』
相変わらずオドオドとして声も小さいが、その点についてこれ以上は突っ込まないことにする。
「さっき櫛田から、カメラの修理に俺も同行してほしいって頼まれた」
『あ……はい……私から、頼みました。えと、ご、ごめんなさい。やっぱり、迷惑でしたよね……』
どうやら佐倉はクレームのための電話だと思っているらしい。
「いや、そうじゃない。櫛田から聞いてないか? 同行するのは構わないって答えたはずなんだが」
『は、はい……それは、聞いてた、んですが……』
「俺が言いたいのはそういうことじゃない。一つ頼みたいことがあるんだ」
『な、なんですか……?』
「日曜日にもう一人、綾小路も連れて行きたくてな」
『え……?』
思わぬ人物の名前が出たことで、驚いている様子だ。
「昨日、去り際に綾小路が言ってただろ。証言を強要されるようなことがあったら相談しろって」
『……』
反応を示さない佐倉。
言葉を続ける。
「佐倉。正直俺は、お前のことを目撃者だと思ってる。そしてお前も、一度俺には打ち明けようとしてくれた。そういう認識で合ってるか」
『……そ、その、私』
何か言おうとしているが、遮って話を続ける。
「いや、結局打ち明けなかったことや、今も目撃者として表に出るのを嫌がってることを責めるつもりはない。ただ本音を言うと、俺は佐倉に証言してほしいと思ってるんだよ。櫛田や須藤、堀北と同じように。ただ綾小路だけは違う。あいつはお前の意思を最優先に考えてる。だから佐倉、これからは俺じゃなくて綾小路を頼れ」
『……どうして、そんなことを……?』
「その方がいいと思ったからだ」
それ以上のことは語らない。
佐倉も何も口にしない。
お互いに黙り込み、しばらくの間沈黙が続く。
20秒か、あるいは30秒か。
それくらい経ったところで、沈黙を破る。
「要件はこれだけだ。悪いな、いきなりで」
『い、いえ……そ、それじゃ』
「ああ」
通話が終わる。
綾小路を呼ぶことは拒否してなかったし、まあ承諾されたと思っていいだろう。
櫛田と綾小路にその旨を伝え、眠りについた。
3
時間はあっという間に流れ、日曜日の昼前。
約束の時間である。
エレベーターに乗ると、先客がいた。
眼鏡をかけ、マスクをつけ、帽子をかぶり、猫背で、長い髪を後ろで二つにまとめている女子。
「お、おはようございます……」
……あ、佐倉かこれ。声でやっとわかった。
「おはよう……」
挨拶を返す。
声聞いてなかったらたぶん分からなかった。
ましてやケヤキモールの人込みの中だったら、一発で見分けるなんて絶対に無理だ。
「……なあ佐倉、どうしてもって言うならいいんだが、せめてマスクは外した方がいいんじゃないか。暑いし、多分櫛田も綾小路も分からない気がする……」
「あ、そ、そうですよね……不審者っぽい、ですよね」
「いや、不審者っていうか……目立ちたくないって思ってのことかもしれないが、逆に目立ちまくると思うぞ」
目立ちたくない→顔をできるだけ見せない、って発想に至ったのかもしれないが、この出で立ちは逆に人の目につきそうだった。
俺のアドバイスを聞き入れ、そっとマスクを外す佐倉。
とりあえずこれであの二人も佐倉だと認識はできるだろう。
寮を出て、ケヤキモールへ向かう。
俺がケヤキモールに行った回数はかなり少ない。理由は行く相手がいないため。
しかし、俺が普段から利用しているスーパーの食品館はケヤキモールの隣にあるため、道のりとしてはいつものものだった。
待ち合わせ場所は、モール内にある広場。
モール内といっても屋内ではなく、周囲をモールの建物に囲まれた屋外スペースだ。カフェなどのオシャレな店のイートスペースや、噴水、植え込み、ベンチなどがあり、開放的で人気があるらしい。
俺と佐倉は適当に場所を見繕って、日陰のベンチに腰掛ける。
もちのろんで、ここまでの会話はゼロだ。
コミュ障とコミュ障を足し合わせたら、まあこうなるわな。人数としては2人であっても、1人と1人と言った方が実態としては正しい。
周囲の喧騒だけが耳に入る。
「あ、二人ともー」
そんな喧騒を切り裂くようにして、広場に声が響く。
櫛田だ。
それと綾小路もいる。
二人に手を上げて合図し、ベンチから立ち上がる。
「お待たせしちゃったかな?」
「いや、そうでもない」
時間を見ても、待っていたのはせいぜい2分程度だ。沈黙が気まずかったせいで長く感じたが。
全員揃うや否や、佐倉が頭を下げた。
「あ、あの……今日はこんなことに付き合わせてしまって、ごめんなさい」
「ううん、佐倉さんと一緒に出掛けることができて、私たちとっても嬉しいから。ね、二人とも?」
「まあ、オレたちのことは気にするな。どうせ暇だったし」
綾小路に同意し、俺も頷く。
「じゃあ、行こ」
「は、はい」
4
一昨日の放課後にも来た家電量販店。
当然、その時となんの代わり映えもしない光景が広がる。
唯一といっていい相違点を挙げるとすれば、客である学生たちが全員私服姿だってことくらいか。
まあ、休日だし当然のことだが。
そういやあんま意識してなかったが、クラスメイトの私服姿を見るのはこれが初めてのことだったな。
櫛田も佐倉も、地味ではあるが綾小路も、着る服が違うだけでかなり新鮮に映る。
「ここだな」
「速野くん、道知ってるんだ」
「一昨日の放課後にたまたま来たんだよ」
そう答えた途端、佐倉の肩がビクッと跳ねるのが見えた。
……ああそうか。言ってなかったな。
いろんな意味で、見なかったことにしておくか。
「確か、修理の受付はあのサービスカウンターだったよね」
「は、はい……すぐ、直るかな」
不安そうにボソッとつぶやく。
「本当にカメラが好きなんだな、佐倉は。学校でも携帯してたよな」
「は、はい……変、ですか」
「いや、全然そうは思わない。むしろいい趣味だと思うぞ。カメラ、早く直るといいな」
「……はいっ」
佐倉と綾小路の会話。
聞いていると、佐倉がこちらに向けて軽く会釈をしてきた。
……そういうことか。
ああ、お前がカメラ好きで、自分を撮るのが趣味ってのは誰にも言ってないぞ。安心しろ。
「あったよ、サービスカウンター」
「は、はい。あっ……」
一歩を踏み出した佐倉だが、そのまま足が止まってしまう。
「……」
これは、先日と同じか。
……いや、遠巻きにしか見ていなかった先日とは違うものも感じた。
カウンターには、その時と同じ店員がいるが……その店員に向け、明確な嫌悪を示しているのが分かる。
「佐倉さん、どうしたの?」
「え、あ、えっと……いえ、大丈夫です」
賢明に平静を装う佐倉。
意を決したように、カウンターへと一歩一歩進んでいく。
その様子には櫛田も妙なものを感じたようで、俺と綾小路に不安そうなまなざしを向ける。
「……取り敢えず行くか」
「う、うん。そうだね……」
ここで立ち止まっていても仕方がない。
櫛田は小走りで佐倉の隣へ、俺と綾小路はその一歩後ろをついていく。
カウンターの目の前に着き、店員へは櫛田が説明を始めた。
「あの、すみません。友だちのカメラが壊れてしまって、その修理をお願いしたいんですけど……」
やはりこういったコミュニケーションはお手の物なのか、スムーズに説明を進めていく櫛田。
一方、俺が気になったのは店員の様子だった。
櫛田の説明を聞きながらも、その視線がちょくちょく佐倉の方に注がれているのが分かる。
「……?」
佐倉が説明して、櫛田の方に視線が持っていかれる……というなら話は分かる。
だが佐倉はいま、地味な見た目と雰囲気をしている。
優れた容姿は眼鏡と帽子により隠され、男の視線を吸い寄せる大きな胸も、それが目立たないような服装を選んでいるように見受けられる。
この状況、普通なら櫛田に視線が固定されるだろうに。
今といい、そして昨日といい、この店員はいったい……。
と考えていたが、どうやら店員は櫛田のこともロックオンしたようだ。
カメラの故障とは全く関係ないであろう話題を櫛田に対して振っている。
一体何やってるんだあの店員は。
こっちにも明確に聞き取れるくらいデカい声で、しかも早口でまくし立てている。
最初はそこそこやり取りに応じていた櫛田だが、話があまりにも脱線しているのをまずいと思ったのか、改めてカメラのことを話しだす。
やり取りそのものはつつがなく行っている様子だ。
カメラの故障の原因は、落下によって中の部品が破損したこと。それによって電源が入らなくなっているそうだ。
保証期間内のため、修理は無料でできるらしい。
「よかったね、佐倉さん」
「う、うん」
「では、この用紙に必要事項を記載してください」
店員がカウンターの引き出しから紙とペンを佐倉に差し出す。
「あ……」
しかし、ペンを握る佐倉の手は動かない。
記入を渋っているのか。
そしてさらに妙なのは店員だ。
さっきはちらちら見る程度だった佐倉への視線だが、今度は一直線に、じっと見つめていた。
確か、この前佐倉が店を出て行ったあの時も……
「ちょっといいか」
「あ、綾小路くん?」
固まる佐倉からペンを取り、代わりに綾小路が必要事項を記入した。
さっきまで少し遠くにいた気がするんだが、今のやり取り、聞こえてたのか。
突然の出来事に、店員も驚いている。
「え、き、君、いったい何を」
「修理済みのカメラはオレが受け取りますので、オレの方に連絡をください」
「い、いや、でも」
「何か問題がありますか。この紙の注意事項にも、所有者と受取人は同じでなければならない、なんて説明はないようですが」
「……わ、分かりました。どうぞ」
店員も渋々といったようすで受け入れた。
半ば無理やりな交渉だったな。口調といい睨むような視線といい、ちょっと怖かったぞ綾小路。
ともかく、これで一連の手続きは終わったようだ。
「ありがとうございました」
櫛田が感謝の言葉を述べる。
佐倉は店員とは目を合わせず、軽く頭を下げるにとどめた。
俺も綾小路も同じようにして、4人で店を立ち去った。
そして、カウンターを振り返る。
「……」
まただ。
あの視線。
次の仕事に移るわけでもなく、こちらをじっと見つめている。
俺の視線には気づいていないらしい。
となると、見ているのは俺以外の人間。
まず間違いなく佐倉だろう。
この店員……。
5
「あ、あの、さっきはありがとうございました……」
「いや、別にいいさ」
必要事項の記載には、氏名や学籍番号、電話番号、寮の部屋番号などの個人情報が多く含まれていた。
それをあの店員に伝えるのはつらいだろう、ということで、綾小路が代わりにそれを引き受けたそうだ。
なんでも、以前佐倉はあの店員に話しかけられたことがあるとか。今回俺たちについてきてもらったのも、やはりあの店員が怖かったかららしい。
「……うーん……?」
そんな中、櫛田が佐倉を見て首をかしげている。
「どうかしたか」
「あ、ううん、何でもないよ。佐倉さん、私たち、役に立てたかな?」
「は、はい。とても助かりました……あの、ほんとにありがとうございました」
「それならよかったよ。私も嬉しいな。それから佐倉さん、良かったら普通に話してほしいな。同級生なのに敬語なんて、なんか変な感じがしちゃって」
確かに、敬語にはそういう面もあるかもしれないな。
そういや藤野も、最初は敬語だったが、俺が同学年だって分かった途端に普通の口調になったっけ。
ただ、キャラクターというか、個性の一つとして誰に対しても敬語を使う人物というのは存在する。
しかし佐倉のそれは個性というより、俺たちに対して精神的な壁を作っているような感じを受ける。
「そ、そう、ですか? 意識してるつもりはなかったんだけど……わ、わかり……わかった。頑張ってみる」
まだ慣れないのか少したどたどしいが、櫛田の提案を受け入れようと努力しているようだった。
「無理はしないでね」
「う、うん。大丈夫……」
今日一日を通して、櫛田のコミュニケーション能力の高さを思い知った。
最初は取り付く島もなかった佐倉だが、今では櫛田と笑顔を交えて会話するまでになっている。この間わずか1時間足らずだ。
すごいな、本当に。
「それじゃあ、寮に戻ろっか」
そう言ってモールの出口に向かい歩き出す。
しかし、なぜか佐倉はその場に留まっていた。
「……佐倉?」
「どうかしたの?」
「あ、あの……私……す、須藤くんのことで! 協力できることが、あるかも……」
「……」
俺の時には言えなかった「すど」の続きを、櫛田、綾小路もいる前で言うことができた。
「佐倉……」
俺は「よくやった」という意味を込めて佐倉を見る。
しかし、櫛田は違った意味で、佐倉に心配そうな視線を向けた。
「あの、佐倉さん。気持ちはすごくうれしいんだけどね、私たち、そういう目的でこの場を設けたわけじゃないよ?」
「ち、違うの……。お礼とかじゃなくて……いま言わないと、たぶん、ずっと後悔すると思うから……」
そういうことらしかった。
ずっと気にしていたんだろう。事件のことを隠したかったわけでもあるまい。もしそうなら俺に伝えようとするはずがない。
「須藤の喧嘩の一部始終を見ていた、ってことでいいのか」
綾小路の問いに、佐倉はゆっくりと頷く。
「……そうだったんだね。ありがとう佐倉さん。きっとみんな喜ぶと思うっ」
そう言って、櫛田が佐倉の手を取った。
とりあえずはよかった、のだろうか。
話し合いの場でも、きっと佐倉は勇気ある証言をしてくれることだろう。
俺も、自分のやることをやらないとな。
寮のエレベーターでみんなと別れた後、俺は元来た道を引き返した。
6
家電量販店に戻ってきた。
目的地は、先ほどと同じサービスカウンター。
担当の店員が変わっていないことを確認し、そこへ向かう。
「すみません」
「あ、何でしょうか……」
「さっきカメラの故障に関して対応してもらった子の連れなんですけど……」
「えーと……」
どうやらはっきりと覚えてないらしい。
まあ、この人櫛田と佐倉しか見てなかったからな……。
「故障したカメラの持ち主と修理後の受け取り人を別にしてもらったの、覚えてますかね? 眼鏡をかけた子と一緒にいたんですけど……」
その時、店員の雰囲気が一瞬変わるのが分かった。
しかしすぐに仕事のモードに戻り、俺に対応する。
「ああ、先ほどの……失礼いたしました。何か御用でしょうか?」
「ああいえ、大したことじゃないんですが……」
ここから本題に入っていく。
「いま話にでた眼鏡の子……めちゃくちゃ可愛いですよね」
「え?」
「いやほんとに、なんであんな可愛いのに、それを隠すように眼鏡なんてかけてるんだろう……」
わざとらしくそんなセリフを吐く。
「あの、それでもしかして彼女とは以前からの知り合いだったりしますか? まさか……こっそり付き合ってたりとか……?」
「え、えーと……」
俺の急な語り口に少し戸惑っている様子だ。しかしその反応に兆しを見た俺は止まらずに畳みかける。
「ああいえ、すみませんね急に……ただ、何というかあなたと佐倉の組み合わせを見たときに、こう……ピーンと来るものがあったんですよね」
「ピーンと、来る……?」
「そう、ピーンと来たんです。それに遠目からしか見てませんでしたけど、あなたと彼女、なかなかお似合いだと思うんですよ」
遠目から見ただけの奴に何が分かるんだ、とツッコミが入るかもしれない。しかしいま、この店員はそんなことにまで頭が回っていない状態だ。
俺がかけ続ける言葉に口角が上がりそうになるのを必死でこらえているのが分かる。
さらに続ける。
「ほら、必要事項を記入する時だって……あれがあなたと彼女がいちばん近づいたタイミングでしたけど、あまりの恥ずかしさに目をそらしちゃってたじゃないですか、彼女。おまけに緊張のあまりフリーズしてペンを動かせなくなるし……」
実際には佐倉は間違いなく恐怖感から目をそらしたのだが、この店員はそんな理解の仕方はしない。
「こんなのを目の前で見せられたら、やっぱりどうしても気になるんですよ。こういうの野次馬根性って言うのか……まあ分かりませんけど、なので聞かせてくれませんか? あなたと佐倉の話」
これまでは俺が一方的に話すだけだったが、今度は店員の側に口を開くことを求める。
「お願いします。……あなたと彼女のこと、できれば応援したいとすら思ってるんですから」
俺のその言葉が決定打になったらしく、ようやく店員は口を開いた。
「そ、そうだなあ……彼女と会ったのは確か、2年前だったかなあ」
「え、2年前って……」
入学する前……中学時代の佐倉?
「本当に可愛くて、雫ちゃん、ブログもやってて、僕がコメントすると返事が返って来たんだ」
「ブログ? え、雫?」
全く想定外の単語が次々に飛び出してくる。
困惑した表情を浮かべていると、店員はしたり顔で俺に話した。
「君は何も知らないんだね。君は佐倉って呼んでるみたいだけど……雫ちゃんはアイドルなんだよ」
「アイドル……」
「そうだよ。雑誌で一目見た時から運命を感じたんだ。あの日ここで再会した時は、僕は神様は本当にいるんだって思ったよ。そのことはブログにもコメントしたんだ」
すぐに携帯でアイドル、雫と画像検索する。
検索結果に映っていたのは……以前バスケットコートで偶然見かけた、眼鏡をかけていない佐倉だった。
「そうだったのか……」
通常検索にすると、店員が言っていたブログも出て来た。
そのページに飛ぶと、佐倉……アイドル雫が自分で撮ったであろう写真がアップされている。写真の内容から見るにグラビアアイドルらしい。
にわかには信じがたい事実ではあるが……投稿されている写真の中の一枚。この背景に映り込んでいる部屋の内装は、間違いなくこの学校の寮の部屋のものだった。
つまり、ここに映っているのは確かに佐倉だ。
なるほど……佐倉がカメラを大事にし、そして自撮りを趣味にしている事実はここにつながってくるわけか。
店員の言っていたコメント欄を見てみる。
基本的に応援のメッセージが寄せられているが、その中には一際不気味なコメントがあった。
その内容は、「運命を感じるよ」「目があったの、気づいた?」「神様は本当にいるんだなあ」などなど。
先ほどの言葉とほぼ一致していることから、この店員のものであるということは間違いなさそうだ。
なるほどな……。
「今年の4月に入ってから突然返信してくれなくなったときは驚いたけど、ここで雫ちゃんを見つけて全て納得したよ。君たち、外部との連絡は取れないって校則があるんだよね? それを破ったら退学にされかねない……退学したら、僕といられなくなるからだって」
間違いなくこの店員は関係ない。退学なんて誰でもしたくないに決まっている。
このようにあり得ない妄想をぺらぺらと俺に話してくる。さっきから口調も崩れに崩れ、もはや客と店員が行うようなものではなくなっている。
しかしそれは、俺がこの店員の警戒心を解くことに成功している証拠でもある。
「すごいですねそれは……。もっとあなたの話を聞きたいんですけど、いまちょっと時間がなくて……できれば、連絡先の交換をお願いできませんか? 今夜また話しましょうよ」
「ああ、それくらいならいいよ。それにしても君、雫ちゃんの可愛さを見抜くなんて流石だね……」
「まあ……はは」
店員と連絡先を交換して目的を果たした俺は、二言三言会話を交わしたあと家電量販店をあとにした。