実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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証明のためにⅣ

 その翌日。

 Dクラスは全体的にそわそわした空気の中で、6コマの授業を全て消化し終わった。

 そしてホームルームが終わり、放課後。

 運命のときである。

 

「行くか」

 

「ええ」

 

 討論に必要になると読んでのことか、堀北は筆記用具とノートを携えて席を立つ。

 

「準備はいいかしら須藤くん」

 

「ああ……つか、俺は最初から準備満タンだぜ」

 

 須藤は一度気合を入れるように左右の拳をぶつけ合って、席から立ち上がる。

 

「……佐倉」

 

「え、あ、う、うん」

 

 ……まあ、そりゃ緊張もするか。

 そんな様子の佐倉に、綾小路が駆け寄って、みんなには聞こえないよう小さく声をかける。

 

「佐倉。昨日言った通りだ。お前の好きにやればいい」

 

「……うん、ありがとう、綾小路くん」

 

 断片的な会話しか聞こえてこなかったが、それが佐倉を勇気づけたのか、席から立ち上がった。

 

「行きましょう。遅れると印象が悪いわ」

 

「そうだな。あと10分か」

 

 茶柱先生には、話し合いに参加する者は職員室に集まるように言われている。

 

「やっほー。Dクラスの皆さん集まってるうー?」

 

 職員室に着いた途端、そんな陽気な声を発する教師が一人。

 誰かは知らないが見覚えはある。

 確か中間テストのテスト範囲の件で職員室に来た時、綾小路に向かってひらひら手を振ってた人か……

 

「あれれ? 綾小路くんはいないんだー」

 

「何をやってるんだお前は」

 

 冷たい声が、その陽気な教師の後ろから聞こえてくる。

 資料の束を持った茶柱先生だ。

 

「ありゃ、見つかっちゃった?」

 

「お前がコソコソ出ていくときは、たいてい私に何か隠していることがある時だ」

 

「あははー、ごめんごめん。でさーサエちゃん、私も参加しちゃダメ? なんか面白そうだし」

 

「Bクラスの担任で部外者のお前が、そんなことできるわけがないだろう」

 

 Bクラス? ってことは、一之瀬や神崎の担任か。

 毎日こんなのを相手にしてるのか……他クラスも結構苦労してんだな。

 

「そっかー残念。ま、どうせすぐに結果出るだろうしねー。あうっ」

 

 茶柱先生は名も知らぬBクラスの担任教師の頭をひっぱたいた後、ぐいぐいと職員室の中へ押し戻した。

 

「さて、掃除が終わったところで、行こうか」

 

 いや掃除って……。

 

「話し合いの会場は職員室ではないんですか」

 

「ああ。通常このような話し合いでは、生徒会室が使用されることになっている。生徒同士の揉め事の仲裁も、生徒会の役割の一つだからな。原則として生徒会長が立ち会うことになっている」

 

 生徒会長、という単語が耳に入った瞬間、堀北に露骨に動揺が走る。

 は……マジかよ。

 堀北、お前ちゃんとやれるんだろうな。

 

「引き返すなら今のうちだぞ」

 

 配慮なのか何なのか、茶柱先生は堀北に対しそう忠告する。

 事情を知らない須藤は、頭にはてなマークをいくつも浮かべているようだ。

 

「……いえ、問題ありません」

 

「……」

 

 少し、いやかなり不安が残るが……。

 Dクラスの要はお前なんだぞ、堀北。しっかりやってくれよ。

 心の中でそう念じながら、俺は端末を操作し、話し合いの会場である生徒会室へ出向いた。

 先頭を歩いていた茶柱先生がノックをし、最初に生徒会室へ入る。

 それに続いて俺、須藤、そして最後に堀北が入った。佐倉は出番まで外で待機だそうだ。

 Cクラス側は全員揃っているようで、生徒3人、教師と思われる男性1人が既に着席してた。

 

「遅くなりました」

 

「いえいえ、お気になさらず。時間まではまだ余裕がありますから」

 

 そう答えた男性教師……先ほどに続いて、これまた知らない人物だ。

 その様子を察したのか、茶柱先生が紹介する。

 

「Cクラス担任の、坂上先生だ」

 

「どうも」

 

 それに対して軽く会釈を返し、用意されていた席に座った。

 生徒会室には長方形の大きな長机があり、奥側にCクラス、手前側に俺たちDクラスが座っている。

 そしてその上座に位置する席には……生徒会長、堀北学先輩が座っていた。

 その妹、堀北の様子は……やはり兄を意識して、かなり委縮しているようだ。

 一方で会長はこちらには目もむけず、資料に目を通している。

 そんな会長に茶柱先生が話しかける。

 

「まさか、この程度の揉め事に生徒会長が立ち会うとはな。普段の出席率はあまり高くないと聞いているが?」

 

「それは日々多忙故、仕方なくです。原則私は立ち会うことにしていますよ」

 

「ふっ、偶然、ということか」

 

「ええ、もちろん」

 

 そんな問答が交わされる。

 生徒会長がここにいるのが意図的か偶然か、そんなことはどうでもいい。

 それより、堀北の無力化によって戦力大幅ダウンを強いられているこの状況そのものを、何とかする術を考えなければ……。

 ……これしかないか。

 

「それではこれより、先々週の金曜日に発生し、未だ係争中である暴力事件に関して審議を行います。司会進行は生徒会書記、橘が務めます。よろしくお願いします」

 

 綺麗なお辞儀を見せる橘書記。

 

「まずは事実関係の確認です」

 

 そう言って、須藤の主張、Cクラス側3名の主張が食い違っていること、そして唯一の確定事項が、須藤が3名に暴力行為を働いたということ……既に周知の事実である情報を淡々と述べていく。

 先週から何度も考え抜いたことだ。今さら言われないでも頭に入っているが……まあ、手順の都合上そうせざるを得ないのだろう。

 

「以上の経緯から、どちらの主張が真実であるかについて、検討していきます。小宮くん、近藤くんは、バスケット部の練習後、須藤くんに呼び出されたと主張していますが……これについて反論は」

 

「あるに決まってんだろ。それは全部嘘だ。俺の方が特別棟に呼び出されたんだよ。小宮、テメエにな!」

 

「身に覚えがないですね」

 

「んだとコラ! 嘘ついてんじゃねえよ!」

 

「嘘を吐いているのは須藤くんの方ですよ」

 

「双方とも落ち着いて。今は須藤くんに質問しています。そして須藤くん、主張の際は冷静にお願いします」

 

「……くそ」

 

 ここでの自分の立場はそれなりに理解しているようで、橘書記に注意されると、須藤は大人しく引き下がった。

 

「どちらも相手に呼び出された……と主張しており、食い違っています。ですが、どちらかがどちらかを呼び出すに足るようなきっかけとなる出来事は、両者間に少なくとも存在はしていたようですね。では近藤くん、あなたが須藤くんに呼び出された理由やきっかけに、心当たりはありますか」

 

 今度はCクラス側に質問する。

 

「……須藤くんは、いつも僕たちを馬鹿にしてきたんです。彼はバスケがとても上手く、レギュラー候補にも選ばれていましたが……それを鼻にかけて、僕らを見下していました。僕らも一生懸命に練習に励んでいますが、そういった態度を取られるのは、いい気分ではありませんでした。なので恐らく、今回もそういった関連のことなんじゃないかと」

 

「こっ……」

 

「おい須藤」

 

 再び立ち上がろうとした須藤を制する。

 こういう場において、こいつの沸点の低さはかなり厄介だな……。

 

「須藤くん、何か反論はありますか」

 

「反論も何も、そいつらの言ってることはほとんどが嘘だ。俺がレギュラーに、って話をコーチからもらってたのは本当だが、それを鼻にかけたことなんざ一度もねえ。それに嫉妬してんのか知らねえが、練習中に絡んできたり、邪魔してきやがったりしてんのはお前らの方だろうがよ!」

 

 ……おいちょっと待て須藤。それ初耳だぞ。

 なんでこういうのをもっと早くに言わなかったかなあ……。

 

「平行線ですね。こうなれば、今ある材料で判断するほかないと思いますが」

 

 食い違っている主張、そしてそれに証拠がないとなれば、この話し合いの結論を決定する要素とはならず、双方の主張ともに棄却される。

 

「堀北……」

 

 呼びかけても、まったく返事がない。心ここにあらずとはまさにこのことか。

 てか、生徒会室に入ってから一言もしゃべってないぞこいつ。

 このまま行くのは非常にまずい。

 

「あの、発言いいですか」

 

 俺はすっと手を上げる。

 

「Dクラスの速野くんですね。どうぞ」

 

 認められたので、始める。

 

「須藤、バスケの練習中にこの3人が邪魔してきたって話、本当か」

 

「あ、ああ。そうだ」

 

「では小宮くん、近藤くん」

 

 ……同級生に「くん」付けするの、なんか変な感覚だ。

 が、今はそんなことはどうでもいい。

 

「須藤くんはいつもあなたたちを馬鹿にしている、と言っていましたね」

 

「え、ええ」

 

「いつも、というのは、練習中も、ですか」

 

「そ、そうです」

 

「ならばこの点については、他のバスケ部の証人がいれば、真偽が分かりますね。練習中は衆人環視ですから。どうでしょう生徒会長」

 

 そう言った瞬間、Cクラス側にわずかに動揺が走るのが分かる。

 それはそうだろうな。今のCクラスの主張には恐らく、かなりの脚色が入っていたはず。

 加えて須藤の言っていることは、等身大の事実だろうからな。

 俺のよびかけに、堀北会長が口を開く。

 

「確かにその点については速野、お前の言う通りだ。だがその証人を用意できているのか?」

 

 できてるわけないだろ。この話は初耳だったんだから。

 

「……いいえ。なので後日、新たに証人を用意させていただければはっきりするかと」

 

 Cクラス側は動揺が止まらない。これはいけるか……と思ったが。

 

「生徒会としても学校側としても、審議が伸びることは望まない。後日、といったが、それはそちらが今日この日までにやっておくべきことだった。それは理解しているか?」

 

「……はい」

 

「以上の理由により、後日の証人の喚問は現時点では認められない。残念だったな」

 

「……そうですか」

 

 まあ、こうなるだろうなとは思っていた。

 

「失礼しました。ではもう一つよろしいですか」

 

「許可する」

 

 続けざまに質問を飛ばす。

 間髪を入れないことで、相手側に余裕を与えない。

 

「須藤、喧嘩が終わったのはいつか、覚えてるか」

 

「いつ、って、時間かよ。覚えてねえよそんなもん。時計なんて見てねえしよ」

 

「石崎くん、小宮くん、近藤くんはどうですか」

 

「僕たちも正確な時間は覚えてません。分かるのは、須藤くんに呼び出されたのが部活の終わった6時半ごろで、その後に特別棟に行ったということです。それはそちらも知ってるはずです」

 

「はい、そう言い張ってるのは知ってますよ。体育館から特別棟までは約3分ほどかかりますから、3人が特別棟に来たのは6時35分ごろのこと、と考えて構いませんか」

 

「そ、それが何だって言うんですか」

 

「肯定と受け取りましょう。では、先ほどとは聞き方を変えます。喧嘩は何分ほどの長さでしたか。体感で構いません。10分か、あるいは20分か」

 

「……そのくらいだったと思います」

 

「その時、日は出ていましたか」

 

「は? で、出てました……」

 

「眩しかった?」

 

「だから、そんなこと聞いて何になるって」

 

「答えてください」

 

「……殴られたときに、一瞬目にはいってしまうことはありました」

 

「つまりその時、日はまだ沈み切ってはおらず、近藤くんの目に入ってしまうくらいの位置にあったということですね。日の入りの……少なくとも10分以上は前だと考えられる。先々週の金曜日の日の入り時刻を調べたところ、19時ちょうどでした。つまり喧嘩が終わったのは大体18時50分前後、ということですね」

 

 ここまでつらつらと推測を並べ立てていたが、ここで一泊置いて堀北会長に目を向ける。

 このまま持論を述べ続けて構わないか、という問いだ。

 

「続けろ」

 

「ありがとうございます。ところで三人とも、その怪我、かなり重そうですね」

 

「あ、当たり前です。呼び出され、一方的に殴られたんですから」

 

「ええ、それはこちらも気の毒に思ってます。大事に至らなくて何よりでした。たいそう急いで保健室に駆け込んだんでしょう」

 

「保健室ではないですよ」

 

「ではどこで」

 

「保健室はもう閉まっていたので、8時まで開いてる診療所に」

 

「喧嘩の現場となった特別棟から診療所までの距離は約300メートル。道に迷うこともないほぼ直線の道ですね。300メートルであれば、普通に歩けば5分ほどで着く。怪我をかばって向かったことを考慮しても……20分ほどあれば着くはず。つまりその診療所には、どんなに遅くても19時20分ほどには着いていなければおかしい。橘書記、そちらに3人の診断書があるはずです。それによれば、来院時刻はどうなっていますか」

 

「……19時45分です。診療終了15分前、かなりギリギリですね。いまの速野くんの推測には一定の合理性があると思われますが、会長」

 

「そうだな。石崎、小宮、近藤、なぜお前たちの来院はこんなにも遅れた?」

 

「そ、それは……」

 

 言葉に詰まるCクラス。

 しかし、その中の一人、小宮が発言する。

 

「速野くんの推測には誤りがあります。それは僕たちの怪我の具合です。僕たちは、300メートルを20分で歩けるような状態じゃなかったんです。診療所まで急いだことは事実ですが、僕らはお互いの怪我を庇い合いながら歩いていました。そしたら、40分もかかってしまった、ということでしょう。僕らは一々時間を気にしていなかったのでわかりませんが。それに、推測は推測でしょう。全て正しいものとは限らない」

 

「……と、いうことだが。速野、何か反論はあるか」

 

「……いえ、分かりました」

 

 かなり丹念に解説していったが、Cクラス側のボロを引き出すことは叶わなかった。

 だが、これでいい。

 いま俺がこの発言をしたことには、この審議とは全く別の目的がある。

 元々俺が話し合いに自ら参加したのもそのためだ。

 そして、それは達せられた。

 

「速野。お前の推測には一定の合理性を認めるが……それは推測の域を出ない。分かっているな」

 

「……はい」

 

「続けてくれ橘」

 

「はい。では先ほども述べた通り、いまある材料で判断していくこととします」

 

 橘書記の言う「いまある材料」とはつまり……

 

「僕たちは須藤くんにめちゃくちゃに殴られました。一方的にです」

 

「それが嘘だ! 確かに殴ったは殴ったが、先に仕掛けたのはそいつらの方だ!」

 

 やはり、こうなるか。

 一方的に殴られたという事実。Cクラスのこのカードはシンプルかつ非常に強力だ。

 そしてこちらが非常にまずい状況だというのに、堀北はまったく動こうとしない。

 目を伏せ、黙っている。

 

「……」

 

 こいつほんと……。

 ああもう、仕方がないな。

 俺は、ここまで何の役にも立っていない堀北の筆箱を勝手に物色し、その中からコンパスを取り出した。

 そして、少し大きな声で話しかける。

 

「おい堀北。寝るな」

 

 堀北の体がビクッと跳ねる。

 流石にこれは聞こえたようだ。

 それに対し堀北は、少し震えた声でこう言った。

 

「ね、寝てなんか……」

 

 この場で初めて発した言葉がそれか……。

 

「寝てるのと同じだろ。座って俯いて一言もしゃべらない。授業中の須藤と何が違うんだよ」

 

「テメエ……」

 

 引き合いに出させてもらった須藤には、悪い悪い、とジェスチャーで伝える。

 

「いい加減に起きないと刺すぞ」

 

 そうして、事前に奪い取っていたコンパスの針を堀北に向ける。

 居眠りしようとしていた俺や綾小路に、コンパスの針を向けていたのは堀北だ。つか綾小路は一度刺されてたっけ。

 

「なっ、それ、いつの間に……」

 

「それにすら気づいてなかったのか。お前やっぱ寝てただろ。寝るなら保健室か寮のベッドで」

 

「だ、だから、寝てるわけないでしょう!」

 

 今までより一層大きな堀北の声が、生徒会室に響き渡る。

 そして流れる沈黙。

 全員の視線が堀北に集まった。

 周りを見渡し、徐々に状況を理解していく堀北。

 頭の中にかかっていたもや、それに狭かった視界も晴れていっているだろう。

 そして意識がクリアになればなるほど、今の自分の言動に恥ずかしさを覚え、顔を少し赤らめていった。

 そんな堀北にこう付け加える。

 

「……その息だ。さあ、なんか反論しろよ。お前が寝てる間に、お前が用意してた要素のいくつかを使って代わりに反論したが、ダメだった」

 

「だ、だから寝てないと言って……というか用意してたよう」

 

「このまま負けるぞ。……お前が何もしなければ」

 

 堀北の言葉を遮って言う。

 負け。敗北。

 意識の覚醒した堀北には、刺さる言葉だ。

 ようやく正気を取り戻したか。

 んんっ、と一度咳払いをして、堀北が発言する。

 

「……失礼しました。私の方から、Cクラスの3人に質問したいことがいくつかあります。よろしいでしょうか」

 

「構いませんか、会長」

 

「いいだろう。許可する」

 

 それに一礼し、話し始める。

 

「先ほどあなたたちは、部活終わりに須藤くんに呼び出された、と言っていましたね。では、どうして石崎くんが現場にいて、このように喧嘩に加わっているのですか。彼はバスケット部には無関係のはずです」

 

「それは、用心のためですよ。須藤くんが暴力的だというのは知ってましたから」

 

「なるほど、その用心棒のために、中学時代に不良で、喧嘩の強かった石崎くんを連れて行ったと」

 

「自分の身を守るためです。それに、石崎くんが中学時代に不良だったなんて知りませんでしたよ。信頼のおける友人だったから、来てもらったんです」

 

「石崎くんは、二人にどのように呼ばれたのですか」

 

 ……なるほど、いい質問だ。

 

「携帯ですよ。通話記録だって残ってます」

 

 だが、対策済みだったようだ。

 

「……そうですか。分かりました」

 

 須藤が呼び出された側なら、それはCクラス側では事前に示し合わせていたこと。石崎が現場に来るのに連絡なんて必要ないことになる。

 もし通話記録が残っていなければ、Cクラスの供述は嘘ということになる。そこから崩せると考えたんだろうが……相手が一枚上手だったようだ。

 しかし、これでは終わらないようで、堀北の質問は続く。

 

「私にも、多少ではありますが武道の心得があります。相手が3人、それもその中に喧嘩慣れしていたという石崎くんがいる状況で、須藤くんに一方的にやられたというのが、腑におちません」

 

「それは、僕らに喧嘩の意思がなかったからです」

 

「無抵抗だった、と?」

 

「そうです」

 

「客観的に見て、どちらか一方が無抵抗な場合に、それほどの怪我をする確率は低いと考えられますが」

 

「その考えが、須藤くんには当てはまらなかったということですよ。無抵抗だった僕らは須藤くんに一方的に殴られ、こんな怪我を負わされた。それが事実なんです」

 

 改めて、怪我というカードの強さを思い知らされる。

 堀北の客観的考察も、具体的証拠の前には弱い。そしてそれは分かり切っていたことだ。

 

「それで終わりか?」

 

 生徒会長が、今日初めて堀北に言葉を向けた。

 それに一瞬動揺を見せるが……すぐに立ち直って言葉を続ける。

 

「……いえ。まだあります。確かに須藤くんは暴力をふるいました。しかし、先に仕掛けたのはCクラス側です。その一部始終を目撃した生徒もいます」

 

「では、Dクラス側の証人、入室してください」

 

 橘書記の声に促され、佐倉が生徒会室に入る。

 ……やっぱり、ガッチガチに緊張してるな。

 綾小路との会話で少しは和らいだかと思ったが、本番という壁を乗り越えるのはやはり辛いものがあったか。

 

「1年Dクラス、佐倉愛理さんです」

 

「おや、目撃者と聞いて少し驚きましたが、Dクラスの生徒でしたか」

 

「何か問題でも? 坂上先生」

 

「いえいえ。どうぞ続けてください」

 

 失笑を漏らす坂上先生。それによって、佐倉はさらに精神的に追い込まれる。

 この坂上先生とやらは、うちの担任と違って随分とクラスに協力的だな。

 

「では、証言をお願いします。佐倉さん」

 

 橘書記に促される。

 

「は、はい。あの、私は……」

 

 しかし、佐倉の言葉はそこで止まってしまう。

 

「わた、しは……」

 

 その続きの言葉が口から出てこない。かき消えてしまう。

 それきり、黙り込んでしまった。

 

「佐倉さん……」

 

 たまらず堀北も声をかけるが、届かない。

 するとCクラス側から、はあ、とため息が聞こえてくる。

 

「どうやら、彼女は目撃者ではなかったようですね。どうぞお下がりください」

 

 坂上先生だ。

 場を持たせるため、本意ではないが反論する。

 

「坂上先生、それはつまり、彼女が嘘をついていると?」

 

「そうは言っていません。ですがそうですねえ……嘘を吐いているのではなく、吐かされている。クラスのためなどと言って、あなたたちが言葉巧みにこの場に連れ込んだのではありませんか? その説得に時間がかかった。証言者として名乗りを上げたのが遅かったのがその証拠だ」

 

 それには堀北が反論した。

 

「そのような事実はありません。もしそうだとしても、代役にはもっと適任な人物がいるはずです」

 

「彼女のような人物を起用して、リアリティを持たせようとしたのでは?」

 

「リアリティ……」

 

 もはや堀北は、呆れを隠そうとはしなかった。

 もちろん坂上先生も、本気でそんなことを思っているわけじゃないだろうが……。

 つまり同じクラスからの目撃者は、それだけで証拠能力が極度に薄まる、ということだ。当初から懸念していた通りではあるが、あらためて実感する。

 しかし、一応のこと反論はする。

 

「リアリティを持たせるなら、他クラスの生徒、いや他学年の生徒をポイントで買収するという手もあります」

 

「ははは、それはそれは。私にはそのような手は思いつきませんでした。やはりあなたたちの中には、優秀だが狡猾な考えをお持ちの生徒がいるようだ」

 

 くそ、上手いな。さすがはこの学校の教師だ。

 

「……リアリティを持たせるために彼女を起用した、というデタラメを撤回していただけますか」

 

「分かりました。それは撤回しましょう。しかしですね、彼女は現に証言を行うことなく、こうして固まってしまっている。これはいったいどういうことでしょう?」

 

 そして、再び佐倉に注目が集まる。

 佐倉は、震える視線で、一度こちらを見た。

 

「……」

 

 そうか。

 不安か。怖いか。

 まあ問うまでもなく、不安だし怖いだろうな。

 俺はその視線を返す。

 どのような意図が伝わったのかは分からないが……佐倉は胸に手を当て、ふっと息を吐いた。

 そして、ゆっくりと口を開く。

 

「私は……私は、あの日、特別棟で、須藤くんたちの喧嘩を見ました! 間違いありません!」

 

 先ほどの様子からは考えられないほど大きな声で、そう言った。

 しかし、坂上先生はそれを笑い飛ばす。

 

「佐倉さんだったね。もう無理はよしたまえ」

 

「無理なんかしてません!」

 

 少し裏返ってしまうほどの大きな声。もはや叫びにも近かった。

 佐倉の予想外の勢いに、坂上先生も少し気圧されている。

 吹っ切れたみたいだな。

 

「ここに、証拠もあります!」

 

 そう言って佐倉は、7,8枚ほどの写真の束を差し出した。

 

「拝見しますね」

 

 橘書記がそれを受け取り、会長に手渡す。

 

「私が、あの日、特別棟にいたという証拠です……」

 

 会長はそのすべてを見て、そのうち一枚を黒板に貼りつけた。

 そしてつぶやく。

 

「撮影日時は容易に変更が可能……しかし、これは動かぬ証拠といえる」

 

 会長が貼り付けた一枚。

 その写真には、伊達眼鏡を外し、今の佐倉からは想像もつかないほどかわいらしい表情のグラビアアイドル、雫が手前に。

 そしてその後ろには、須藤と石崎、小宮、近藤の姿が、ピンボケしながらもしっかり捉えられていた。

 

「こ、これは……」

 

 坂上先生も、Cクラスの3人にも再び動揺が走る。

 確かに、佐倉があの日、この現場にいたことを証明する確たる証拠だ。

 これに驚いているのは俺も同じだった。

 まさかこんな物的証拠があるとは、俺も知らなかった。

 それに現在、佐倉のデジカメは壊れ、修理に出されている。つまりこれがプリントアウトされたのは、少なくともデジカメが壊れる木曜日より前。

 佐倉はその段階から、この写真を用意していたということになる。

 

「私はあの日、自分を撮るためのスポットを探して、特別棟にいました。そしたら、この現場に遭遇して……最初に殴りかかっていったのは、この人でした!」

 

 佐倉の指さす先には、石崎が座っていた。

 

「なっ……!」

 

 その現場に間違いなくいた目撃者からの、真実の告白。

 指された石崎は、焦りからか一瞬言葉に詰まるが、それでもすぐに突破口を見出す。

 

「ま、まて! その写真からじゃ、俺から殴りかかったかどうかなんてわからないだろうが!」

 

 いい子ちゃんぶってた先ほどまでとは違って口調が崩れてはいるが、石崎の言っていることは確かだった。

 写真には4人の姿が映っているだけ。

 Cクラスから仕掛けたことの証拠にはならない。

 すると、再び坂上先生が口を開く。

 

「……どうやら、彼女がその現場にいたことは本当のようですね。疑ったことは謝罪します。しかし石崎くんの言う通りだ。それはDクラス側の主張を裏付けるものとはならない。そこでどうでしょう。落としどころを模索するというのは」

 

「……落としどころ、ですか」

 

「私はCクラスの3人にも、いくばくかの責任はあると思っています。特に石崎くんの中学時代の素行は、決して褒められたものではない。しかし私は今回の事件、須藤くんが引き起こしたものだと確信している」

 

「てめ———」

 

「おいよせ須藤。ほんとにやめてくれ頼むから」

 

 荒ぶる須藤を何とか抑える。

 その様子を鼻で笑い、坂上先生は続ける。

 

「しかし、私の確信を裏付ける決定的な証拠がないのもまた、事実だ。そこでここは、喧嘩両成敗といきませんか。須藤くんに2週間の停学、Cクラスの3名には1週間の停学とする。罰の重さの違いは、相手に傷を負わせたかどうかです。どうですか茶柱先生?」

 

「すでに結論は出たようなものでしょう。妥協点としてはこれ以上ないものです」

 

 茶柱先生は呑む意向のようだ。

 まあ確かに、絶望的な状況から、責任割合2対1まで持っていけたのは上出来だろう。

 しかし、これではだめだ。

 俺が……いや、あの似非事なかれ主義者の思い描く未来のためには、これを結論とすることは受け入れられない。

 

「堀北、ここであきらめるのか」

 

「……」

 

「ここまで、恐らく向こうのシナリオ通りだぞ。すべての証言証拠を確たるものではないと一蹴して、自身が怪我を負ったことのみを判断材料にさせる。それでいいのか」

 

「……」

 

 こんなのキャラじゃない、とは分かっていつつも、語りかける。

 

「監視の目のない場所で起こった事件だ、それも仕方のないことかもしれない。向こうも、最低限それを確認したうえでやったことだろうからな。おちおち証拠を残すようなヘマなんて期待できない。今の特別棟の設備なら、証明なんて不可能と言わざるを得ない」

 

 俺にできるのはここまでだ。

 あとは、堀北の国語力次第。

 

「もう一人語りは終わりましたか? では堀北さん、意見をお聞かせください」

 

 一瞬の硬直の後、堀北はゆっくりと立ち上がった。

 その一瞬の硬直で何を思ったのか。

 それで、全てが決まる。

 

「……私は、須藤くんは大いに反省すべきだと思っています」

 

「な、この―――」

 

 須藤の腕を取り、抑える。

 

「彼は入学してから、他人に迷惑をかけ続けました。何か気に入らないことがあれば、喚く。当たり散らす。さらには暴力まで。このようなことが起こったのも、当然の帰結といえます」

 

「おい、堀北てめえ!」

 

「須藤。やめろって」

 

「てめえさっきからゴチャゴチャうっせえんだよ速野! ぶっ殺すぞ!」

 

「あなたのそういう態度が、この事件を引き起こした大きな要因であることを自覚しなさい」

 

 俺を凄んでいた須藤を、堀北が一括して黙らせる。

 堀北の気迫に負けたのか、須藤もそれで引き下がった。

 

「先ほども述べた通り、彼は大いに反省すべきです。しかし、それは過去の自分を……今までの自分を見つめなおす、という意味です」

 

 堀北の話が、Cクラス側の思い描いていたであろうものから脱線し始める。

 

「私は、係争中の暴力事件については……須藤くんの完全無罪を主張します」

 

「なっ」

 

「ほ、堀北……」

 

「目撃者である佐倉さん、そして須藤くん本人の証言通り、この事件はCクラス側によって仕組まれ、意図的に起こされたもの。須藤くんに何ら非はありません。彼は完全なる被害者です。よってそちらの提案は、到底受け入れられるものではありません。どうか、間違いのないご判断を」

 

 どうやら、それが堀北の出した結論のようだ。

 Cクラス側はもちろん、拒否反応を示す。

 

「はっはっは、また可笑しなことを。生徒会長、あなたの妹は不出来であると言わざるを得ませんね」

 

「そうだ、被害者は僕たちです! 信じてください!」

 

「ざけんなよてめえ小宮! てめえが俺を呼び出したんだろうが!」

 

「違う! お前が俺たちを呼び出して殴ったんだ!」

 

 そこからはまた、お前がやったそっちがやったの水掛け論が始まる。

 それを心底くだらないといった様子で、堀北生徒会長は眺めていた。

 そして、ゆっくりとつぶやく。

 

「―――時間の無駄だな」

 

 それで、双方の声の応酬が収まる。

 ……あの時と同じだな。

 入学二日目にあった、部活動説明会。あの時も、この人は圧倒的な雰囲気と圧力で、その場の生徒たちを黙らせた。

 

「両者の主張は常に真逆。お互いに嘘を認めようとせず、認めさせることもできない。この場でこれ以上話しても、時間の無駄だと言ったんだ。両者に確認しておく。自らの証言に嘘偽りは一切ない、そう誓えるか?」

 

「も、もちろんです」

 

「はい!」

 

「ったりめーだ!」

 

 当然、問われた方としてはそう答えるしかない。

 

「……ならば特例として、明日の午後4時から再審を行う。それまでに、相手の嘘を示すか、もしくは自分の嘘を告白するか。その動きがなければ、現在で揃っている条件で結論を下す。場合によっては……退学措置も視野に入れ、検討することとする。以上だ」

 

 堀北生徒会長はそう総括し、解散させた。

 

「それでは、会長のおっしゃった通り、明日の午後4時から再審の時間を設けることとします。全員、速やかに退室してください」

 

 橘書記の声に従い、まずはCクラス側が立ち上がる。

 それを見て俺はすぐに席を立ち、いち早く生徒会室の外に出た。

 出口から少し離れたところで、端末を持って壁にもたれる。

 少しして、Cクラス側の4人が生徒会室から出てきた。

 4人とも、俺を睨むように視線を寄越しながら、歩いていく。

 そしてすれ違う瞬間。

 肩と肩がぶつかる。

 

「っ」

 

「ってえな、何すんだよ!」

 

 小宮の怒鳴り声が、廊下に響く。

 

「いや……悪い。ちょっと放心状態でな」

 

「ああ? ったく、これだから不良品はよ」

 

「Dクラスのクズのせいで、時間が無駄になっちまったぜ!」

 

 わざとらしい悪口をまき散らしながら、Cクラス側4人はその場を立ち去って行った。

 あの物言い、教師が注意すべきもんなんじゃねーのと思うんだが……

 

「……」

 

 手ぶらの俺はポケットに手を突っ込み、教室へと歩を進める。

 その途中で、綾小路とすれ違う。

 

「……これで満足したか」

 

 俺の問いには答えず、綾小路は、話し合いが行われた生徒会室へと向かっていった。

 


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