実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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勝利のために

 審議を終え、生徒会室から教室へ戻ってくる。

 すでに時刻は5時半を回っている。もう誰もいないと思っていたが、数人の生徒が居残っていた。

 

「お疲れ様、速野くん」

 

 まずは櫛田。

 

「ちょっと遅かったね」

 

「結果はどうなった」

 

 そして、Bクラスの一之瀬と神崎だ。

 簡単にではあるが、概要を伝える。

 

「佐倉の証言が有効で、Cクラス側が須藤2週間、他3名1週間の停学措置という妥協点を提示してきた」

 

 それを聞いた一之瀬は、少し驚いた様子で言う。

 

「えっ、すごい、それって破格の条件なんじゃない?」

 

「そうだな。成果としては十分すぎる」

 

「でも蹴った。明日再審だそうだ」

 

「「「え!?」」」

 

 そう告げると、3人とも呆気にとられた顔になる。

 意味が分からないといった様子だ。

 

「……ど、どうして?」

 

「さあ。堀北が決めたことだからな。もうすぐ戻ってくるだろうから、本人に聞いてくれ」

 

 話し合いに参加したメンバーの荷物は、教室に残されたままだ。ここで待っていれば、時間はかかるが全員集まる。須藤はさっさと帰ったみたいだが。

 自分の席に戻り、軽く伸びをすると、背中からボキボキボキッ、と音がする。

 

「……ふう」

 

 あー疲れた。

 覚悟はしていても、やっぱり緊張はするもんだな。

 肩の荷が下りた、って感じだ。

 束の間のくつろぎタイムを過ごしていると、一之瀬が何かを決心したように一度力強く頷き、言った。

 

「堀北さんが戦うなら、ダメ元だけど、私ももう一回、ネットで情報提供を呼びかけてみるよ」

 

「俺の方でも、できるかぎり心当たりを当たってみよう」

 

「私も戦うよ。堀北さんも速野くんも、凄く頑張ってくれたんだって伝わるから」

 

 ……どうやら、3人ともそう考えてくれているようだ。

 

「その必要はないわ」

 

 そこに、突然声が降りかかる。

 話し合いの主役だった、堀北だ。

 

「堀北さん」

 

「おかえりなさい」

 

 3人に出迎えられて、教室に入ってくる。

 そして荷物のある自分の席に座った。

 

「あなた、戻ってたのね」

 

「……まあな」

 

「すぐに飛び出していったけれど、どうして? それに、あなたがいなくなったかと思えば、なぜか綾小路くんが外に立っているし……いったいどういうこと?」

「ああ、ここに戻ってくるときに綾小路とすれ違いはしたな。ただ、あいつが何で生徒会室に向かってたのかまでは……」

 

 堀北としては色々気になることがあるようだが、ここで答えることではない。

 

「あ、佐倉さんと綾小路くんも」

 

 櫛田がそう言うと同時に、その二人も教室に入ってきた。

 

「お疲れさま、佐倉さん」

 

「佐倉さん、頑張ったね。ありがとう」

 

「うん、でも、私……」

 

 自信なさげにそうつぶやく佐倉。

 

「話し合いを再審に持ち込むことができたのは、間違いなくあなたのおかげよ、佐倉さん。感謝しているわ。ありがとう」

 

「……うんっ」

 

 堀北がこんなにも素直に謝辞を述べるなんて、珍しいな……そんな生暖かい視線を送っていると、滅茶苦茶睨まれたので目を反らす。

 

「それで、堀北さん、Cクラスからの妥協案を蹴った、って速野くんから聞いたんだけど……」

 

 一之瀬は遠慮なく、単刀直入に気になることを質問した。

 

「……ええ、そうよ」

 

「どうしてだ。聞いた限りでは、あれは受け入れるべき条件だった。明日の再審で、その案より不利な結論になってしまうリスクは高い」

 

 神崎の言い分は正しい。

 だが堀北も、それは分かったうえでこのような暴挙ともいえる行動に出たのだ。

 

「簡単なことよ。勝ち筋が見えたから。そうなった以上、須藤くんの完全無罪以外は受け入れられるはずがないわ」

 

 あっさりと、そう言い放った。

 

「か、勝ち筋!?」

 

「ええ」

 

 みな一様に驚いている。

 絶望的な状況から、Cクラス側から妥協案を引き出しただけでも上出来、と考えていた俺たち。引き分けになんてなったら万々歳、といった具合だった。

 それが引き分けどころか、勝ち筋が見えたというのだから、当然の反応だ。

 

「一体、どんな……?」

 

 櫛田に問われ、堀北はゆっくりとその作戦の中身を語りだす。

 

「……あの特別棟の事件現場、監視カメラを取り付けるような高さの壁の位置に、コンセントがあったのよ。そこに監視カメラを設置するわ」

 

「え、どうしてそんなことを?」

 

「明日、話し合いの前にCクラスの3名を呼び出し、そのカメラを見せる。彼らはきっと驚くはず」

 

「それはそうだろうが……向こうも当然、カメラがないことなんて下調べしたうえで、今回の件を引き起こしてるはずだ」

 

「ええ。けれどそのあたりはどうとでもなるわ。実際にカメラは仕掛けられているのだから。確認ミスじゃないか、と言われれば、彼らはその可能性を捨てきれない」

 

「……確かに」

 

 堀北の策略に、みんなだんだんと納得の意を示し始める。

 俺からも一つ質問する。

 

「堀北……学校側の対応はどう誤魔化す? あそこにカメラがあるなら、そもそも問題はこんなに拗れてないだろう。カメラの映像を学校側が確認して、有責者を罰して終わりのはずだ。なのに実際は拗れに拗れ、再審なんて話になってる」

 

 その疑問にも、堀北は即答した。

 

「私たちはまだ1年生。学校側の対応のセオリーなんて、まったくと言っていいほど分かっていないわ。学校側が、自分たちでしっかりとした結論を出して解決できるかどうかを試していた、なんて言われたら、あなたはそれを否定しきれる?」

 

「……なるほどな」

 

 確かに、これなら大丈夫だろう。

 

「それに、あの特別棟の環境はかなり過酷よ。その点は、あなたも一之瀬さんも体験し

ているわよね? そんな中で、冷静な思考を保てるとは思えない。判断も精彩を欠いたものになってくる」

 

 あの空間のあの暑さは、いま思い返すだけでも汗ばんできそうだ。

 一之瀬も思い出したのか、苦笑いを浮かべている。

 

「……最終的な着地点は、どこにするつもりだ?」

 

 Cクラスに嘘だと認めさせるか。それとも。

 

「彼らを精神的に追い詰め、訴えそのものを取り下ることを要求し、呑ませるのよ。彼らに罰を与えることはできないけれど、須藤くんの罰を完全に消し去るためには、恐らくこの方法しかないわ」

 

 やはり、そう来たか。

 訴えを取り下げれば、この事件は初めから存在しなかったことになる。

 加害も被害も、罪も罰も全部なくなるわけだ。

 もちろん、監視カメラは俺たちが後から仕掛けたものじゃないか、という疑念は最後まで消えないだろうが……もしも本当だったとしたら、あの3名は退学になる可能性がある。生徒会長が「退学措置も視野に入れる」と述べたのが効いている。

 そしてそのリスクを払しょくするためには、俺たちの提案「訴えそのものを取り下げる」ことを受け入れるしかない。

 作戦を聞いた一之瀬は、少し興奮気味に言った。

 

「……すごいよ、この作戦。確かに、唯一の勝ち筋かも」

 

「堀北さん、それ、いつから思いついてたの……?」

 

「話し合いが終わる直前よ。偶然ね」

 

 かなりギリギリだったな。

 思いつくのがもう10秒でも遅れていたら、堀北はCクラス側の妥協案を受けていたかもしれなかった。

 危なかった。

 

「嘘で始まったこの事件を終わらせることが出来るのは、それを上回る嘘しかない。私はそう思うわ。あなたの信条には反するものかもしれないけれど……一之瀬さん、協力してもらえるかしら」

 

 真正面から、誠実に、一之瀬に対して嘘を吐くことを求める。

 そう簡単に受け入れられるような話ではなかったためか、一之瀬は返答を渋っている。

 そして、同じクラスの神崎に目を向けた。

 

「神崎くん。……もしかしたら私たち、とんでもないことをしちゃってるのかも」

 

「……そうだな。そうかもしれない」

 

 そんな短いやり取りのあと、一之瀬はふっと息を吐き、顔を上げる。

 どう答えるのか。

 

「でも、乗り掛かった舟だしね。ここまで来たら、最後まで協力させてもらうよ。でも、これは貸しだからね。いつか返してもらうよ?」

 

 苦笑いだったが、一之瀬は間違いなく、堀北の申し出を承諾した。

 

「分かっているわ。ありがとう一之瀬さん。それから速野くん、櫛田さん。あなたたちにも、それぞれやってもらいたいことがあるわ」

 

 一之瀬の懐柔が終わり、次は俺と櫛田に目を向けてくる。

 

「うん、何でも言って」

 

「……お手柔らかに頼むぞ」

 

「あなたたち二人には、そんなに複雑なことを頼むつもりはないわ。まず櫛田さん、今回の件に関わっているCクラス3名のうち、誰かの連絡先を持っているかしら」

 

「石崎くん、小宮くん、近藤くん、だね。うん、全員持ってるよ」

 

 流石だな。さらっと言っているが凄いことだ。他クラスまで抜け目がない。1年生ほぼ網羅してるんじゃないのか。

 

「なら、その中の誰でもいいから、その3名を指定の時間に特別棟に呼び出してほしいのよ。あなたからの呼び出しなら、喜んで飛んでくるでしょう」

 

 それは容易に想像がついた。というか、男子で櫛田の呼び出しを拒否するやつなんて、恐らくほぼいないに等しいだろう。

 

「うん、分かった」

 

「そして速野くん」

 

 いよいよ、俺の番がくる。

 

「……何でしょう」

 

「あなたは今から買い出しよ。家電量販店に行って、監視カメラを買ってきなさい」

 

 よりによって、一番疲れそうな役割を……。

 

「……人使い荒すぎるだろ。話し合い終わったばっかだぞ」

 

 少しは休ませてほしいと思うのだが。

 

「何か文句ある?」

 

 ありません。

 いやあるけど……まあ、いいか。

 話し合い中の俺の不審な点について、この場で話していないことに対しての感謝、ということにしよう。

 

「……分かった。買ってくる。ただし、割り勘ってことでポイントはあとで請求するからな」

 

「ええ、それで構わないわ」

 

「あと一口にカメラと言っても、どんな機種を買えばいいんだ? そこらへん詳しくないんだが……」

 

 そんな俺の懸念には、綾小路が答えた。

 

「博士……外村が、そこら辺の分野に詳しい。いまから家電量販店に行ってもらうよう頼むから、合流して、買ったらそのまま特別棟に行ってくれ」

 

「……分かった」

 

 博士とは別に友だちってわけじゃないが、話したことがない仲、というわけでもないので多分大丈夫だろう。

 あまり時間的余裕はないだろうと思い、駆け出す。

 しかし教室を出る瞬間、一之瀬の声が飛んでくる。

 

「あ、速野くん、ポイントは大丈夫なの?」

 

 それに俺が答える前に、堀北が言い放った。

 

「大丈夫よ。彼は守銭奴だから、相当貯めこんでいるわ。監視カメラを買うことを2つ返事で了承するくらいにね。そうでしょう?」

 

「お前ほんとさ、もうちょいマシな言い方してくれよ……」

 

 堀北の物言いに少し嫌な気分になりながら、家電量販店へと急いだ。

 

 

 

 

 

 1

 

「これでいいんだな」

 

「拙者の見立てでは、これで可能なはずでござる」

 

「……うん、そうか。オッケーオッケー」

 

 こいつのこのしゃべり方慣れねえな。

 もう全力でスルーしていくしかないか……。

 博士の見繕った監視カメラを購入した俺たちは、気持ち早歩きで特別棟へ向かう。

 

「な、なんという暑さでござろうか……」

 

 特別棟に入った瞬間、博士がそう洩らした。

 階段を登る博士の体中から、大量の汗が拭きだしている。制服はびしょ濡れだ。

 仕方のないことなのも分かるし、気持ちも理解できるのでそれについては責めないが、それを抜きにしてもゼーハー言っててちょっとうるさい。

 博士のペースに合わせてゆっくり階段を登り、現場となった3階に到着する。

 それと同時に、多数の人影を認識した。

 どうやら、先ほど教室にいたメンバー全員で、ここに移動してきたらしかった。

 いや、よく見たら佐倉と櫛田はいないな。一緒に帰ったんだろう。

 ただそれでも、かなりの大所帯だな。

 

「お疲れさま、二人とも」

 

「ああ」

 

「遅かったわね」

 

 おい、ちょっとは労えよ堀北。

 隣の博士は呼吸を整え、カメラを入れた紙袋を差し出す。

 

「買ってきたでござるよ」

 

「う、うん。ござる……?」

 

 一之瀬も外村の口調に戸惑っている。

 対して堀北は、口調など全く気にも留めていない様子で淡々と指示を出す。

 

「では外村くん、早速だけど取り付けてもらえるかしら。椅子は用意してあるわ」

 

「合点承知でござる」

 

 指示を受けた博士は、なぜか妙に手慣れた手つきで作業を進めていく。

 プラグを俺が以前見つけたコンセントに刺し、監視カメラ側で何かの操作を終えると、カメラが起動した。

 

「やった!」

 

「へえ、本当に点いてるな……」

 

「これなら全く問題なく、事を運べるだろう」

 

 成功したことで、各所で喜びの声が上がる。博士のスキルおそるべしだ。

 ともかく、これで下準備はすべて完了した。

 

「あとは私と綾小路くんが、本番で上手くやるだけだね」

 

 明日、Cクラスの3人と相対するのは一之瀬と綾小路だ。

 一之瀬が加わったのには、Dクラスとの対決だと思っていたところに一之瀬が登場することによって、Cクラス側の動揺を誘う、という狙いがあった。

 

「オレができることは少ないからな。基本的には、一之瀬に任せるつもりだ」

 

 またこいつはそういうことを言う。

 徹底してるんだかしてないんだか。

 全部暴露してやろうか……とも思ったが、それはやめておいた。そんなことをすれば、こっちの首まで絞まりそうだ。

 

「じゃあ、帰ろうか」

 

「うん」

 

 全員ここで解散するつもりだったようで、荷物を持ってきていた。

 あれ、てことは俺の荷物は……と思ったが、どうやら心配する必要はなかったようだ。

 

「持ってきておいたぞ」

 

「おお……助かる」

 

 綾小路が俺の荷物を手渡してきた。気が利くねえ。

 

「あ、悪い綾小路。重ねてちょっと頼みがあるんだが」

 

「なんだ?」

 

「……携帯貸してくれないか」

 

「どうしたんだ急に」

 

「いや、実は端末失くしたっぽくてな」

 

「え!?」

 

 隣にいた一之瀬が驚きの声をあげる。

 

「それ大丈夫なの?」

 

「いや、大丈夫じゃない。ただ多分教室にあるだろうから、ちょっと戻って俺の端末に電話かけて鳴らしたいんだ」

 

 鳴らして、その着信音で場所を特定する。携帯探しの常套手段だ。

 

「ああ、まあいいぞ」

 

 特に怪しむことなく、端末を手渡してきた。

 

「悪いな。端末はあとで部屋に返しにいく」

 

「分かった」

 

 そう言って俺は集団から離れ、教室の方向へと向かった。

 

 

 

 

 

 2

 

 翌日。

 俺と堀北、そして須藤は、昨日と同じく、生徒会室にいた。

 俺たち3人以外は橘書記のみだ。

 

「ああ、さすがに緊張してきたぜ……」

 

 ソワソワした様子でそうつぶやく須藤。

 時刻は再審が始まる10分前、3時50分ごろ。

 恐らくいま、綾小路と一之瀬が最後の仕上げをしているころだろう。

 個人的な観測では、ほぼ勝ちだと思っている。恐らく、Dクラス側の誰よりも楽観的だろう。

 しかし、隣に座る堀北は不安げな表情をしている。

 まあ俺とは違って、この件を動かした責任を負ってるからな。

 失敗した際のことを考えずにはいられないのだろう。

 堀北が俺に目を向けて、問いかける。

 

「……あなたは、上手く行くと思う?」

 

「……さあ。何とも」

 

 そう答えておいた。

 ここで俺が「大丈夫だ」なんて答えても、気休めにしかならないだろうからな。

 そこで、堀北生徒会長、そして茶柱先生、坂上先生が到着した。

 生徒会長は橘書記から資料を受け取り、読み始める。

 そして、一度驚いたような顔をしてこちらを見た。

 

「……」

 

「……」

 

 無言でのにらみ合いが数秒続いた後、生徒会長はふっと笑った。

 その間、妹の堀北は昨日と同じように目を伏せているが……しかし、昨日よりは意識がはっきりしているようだ。

 そして、話し合い開始まで30秒を切ったころ。

 バタン、と少し乱暴に生徒会室の扉が開かれた。

 Cクラス側の3名、石崎、小宮、近藤がようやく到着したのだ。

 焦って来たのか、汗はびっしょり、それに息も切れている。

 

「よかったです。間に合いましたね」

 

 坂上先生がほっとしたように声をかける。

 開始2分前になっても生徒が来なくて、少し焦っていたみたいだったからな。

 橘書記が時計を確認し、口を開く。

 

「では、定刻になりました。昨日に引き続き、先々週の暴力事件について、再審を行います。Cクラス以下3名、着席してください」

 

 そう指示がなされるが、3人は席に座ろうとしない。

 

「……どうしました? さあ、座りなさい」

 

 坂上先生のその呼びかけにも、応じることはなかった。

 代わりに、こんな答えが返ってくる。

 

「あの、先生……この事件に関する訴えを、なかったことにしてくれませんか」

 

「え、い、一体どういうことですか?」

 

 驚きを見せる坂上先生。

 須藤も、茶柱先生も、橘書記も、俺と堀北以外の人間にとっては、完全に予想外の出来事だった。

 

「どういうことだ。説明しろ」

 

 会長がそう命じる。

 

「今回の事件、どっちが悪いとか悪くないとか、そんな話ではないと気づいたんです。訴えそのものが間違っているとわかりました」

 

 どうやら、あの二人は上手くやってくれたらしい。

 こうなれば、意地でもこの3人は訴え取り下げを撤回することはないだろう。

 坂上先生があれこれ言っているが、3人には響かない。

 ここで引けば、自分たちは退学に追い込まれてしまう……その一心で動いているからだ。文字通り命がけというわけだ。

 

「Dクラス側、それで異存はないか?」

 

「わけわかんねーぞテメエら! 勝手に訴えといて勝手に取り下げるなんて———」

 

「黙って、須藤くん」

 

 騒ぐ須藤を一括し、下がらせる。

 

「訴えを取り下げるというなら、こちらに従わない理由はありません。受け入れます」

 

「いいだろう。では双方合意の下で、この一連の審議そのものを取り消すものとする。規定に則り、審議にかかった諸経費をCクラス側で負担することとなるが、構わないな?」

 

「……はい。支払います」

 

「ならばいい。では、解散とする。速やかに退室するように」

 

 これで、終わった。

 俺たちの、Dクラスの勝利だ。

 しかし、まだだ。

 クラスの戦いは終わっても、俺個人の戦いはまだ終わってない。

 これからしばらく———

 ……まて、なんだこれは。

 嘘だろ。

 これ、まさか……。

 考えるより先に、俺の足は動いていた。

 

「ちょ、ちょっと速野くん?」

 

「おいどこ行くんだ速野!?」

 

 堀北と須藤の声など、気にしている余裕はない。

 とにかく今は、急がなければ。

 

 

 

 

 

 3

 

 場所は家電量販店の搬入口。

 それが、佐倉たちの位置情報が示していた場所だった。

 俺はその場所を追ってきたのだが……なんと驚くべきことに、その場所には綾小路と一之瀬もいた。

 

「っ」

 

 しかし、決して音は出さないよう、静かに2人に近づく。

 3メートルほどの距離まで詰まったところで、2人も俺の存在に気付いたようだ。

 合流し、物陰から様子をうかがう。

 その場には、佐倉と……そして、あの家電量販店のサービスカウンターの店員がいた。

 その空間に、佐倉の悲痛な叫び声が響き渡る。

 

「やめて! もうやめてください! なんなんですかこの手紙! どうして私の部屋知ってるんですか!」

 

 そう言って佐倉が取り出したのは、遠目からは数えきれないほどの数の封筒だった。

 なんだあれは……手紙って言ってたけど、あれ全部この店員が……。

 

「当り前さ。僕らは心で繋がってるんだ」

 

 そう言って、店員は一歩、佐倉との距離を詰める。

 

「や、やめて! 来ないで! 迷惑なんです、こんなの!」

 

 佐倉は、無数の手紙の束を地面に叩きつけた。

 明確な拒絶の意思。

 それに、店員は逆上する。

 

「そ、そんな……どうしてこんなことをするんだ! 君のことを想って書いたのに!」

 

 店員は佐倉の腕をシャッターに押し付け、体を押さえつける。

 一之瀬が俺たちに視線を送る。

 これ以上見過ごすのはまずい、という意思表示だ。

 

「ぼ、僕がい、いまから……本当の愛を君に教えて、あげるよ……そうすれば佐倉も……雫ちゃんも、きっとわかってくれる」

 

「い、いや、やめて……」

 

 その瞬間、綾小路と一之瀬が出る。

 綾小路は携帯で写真を撮って、いまの店員と佐倉の状態をバッチリ記録していた。

 そのシャッター音に驚き、店員が綾小路の方へ振り向く。

 

「いやー、すげえもん見ちゃったっすねー。家電量販店の店員がJKに暴行とか、マジありえないっしょー」

 

 そんな、気の抜けるような綾小路のセリフ。

 

「ち、違う! これは暴行なんかじゃ」

 

「えー、違う? どこがあ? って感じい?」

 

「……」

 

 一之瀬までそれやるのか……。

 ……この二人は一体何がしたいんだ。

 

「うっわあ、何この手紙キッモー。つーかオレたち、ばっちり現場見たんで。誤魔化しとか効かねーっすから」

 

「ご、誤魔化しなんかじゃないよ。か、彼女に暴行なんて、ほ、本当に僕、知らないんで……」

 

「知らないだ? テキトーこいてんじゃねーぞオッサン。次この子の前に現れたら、あんたの今の所業全部バラまくぞ」

 

「い、いまの所業? な、なんのことか……」

 

 まだ言い逃れを図る店員。

 それに、綾小路は強くにらみつける。

 

「散れ。二度は言わねーぞ」

「ひ、ひいっ! ごめんなさいもうしませんッ~!」

 

 綾小路の圧に負けた店員は、情けない声をあげながら、一目散にその場を立ち去ろうとする。

 このまま放置して一件落着……というシナリオもあるかもしれないが。

 それはだめだ。

 俺はその店員の前に立ち、肩を掴んで止める。

 

「なっ、お、お前は……」

 

「久しぶりですね……楠田ゆきつさん」

 

「こんなところで、何を……そ、その手を離せ!」

 

「こんなところで何をって、そりゃこっちのセリフだ、と言いたいところなんですが……まあそれは、然るべきところでしゃべってもらいましょうか」

 

「な!!!?」

 

 驚きの声を上げるのも当然だ。

 楠田の前には、4人の警備員が立ちはだかっていたのだから。

 この場所に向かう途中で、俺が事前に通報しておいた。

 

「この人です、警備員さん。お願いします」

 

 俺がそう言うと、警備員は4人がかりで楠田を抑える。

 

「ぐあっ! こ、この! 速野ぉ!!! 裏切ったなぁぁぁぁ!!!!」

 

 連行される楠田は、無駄な抵抗をしながら目一杯そう叫んだ。

 

「……はは」

 

 そんな様子を見て思わず、乾いた笑いが出る。

 おかしなことを言うオッサンだな。

 裏切るも何も、俺はあんたに協力したことなんて一度もないんだが。

 俺が協力してたのは、楠田でもない。

そして佐倉でもない。

 警備員だ。

 さらに言えば、それは佐倉のためじゃなく、自分のためだ。

 

「いやーどうも、協力ありがとうございました」

 

「いえ……」

 

 楠田につくのは3人で充分、と考えたのか、1人がこちらに戻ってきて礼を言った。

 

「お話を伺いたいので、被害にあった生徒も一緒に時間をいただきたいのですが」

 

「今ですかね……?」

 

「できれば今がいいですね」

 

 とのことだった。

「……分かりました。ちょっと話通してきます」

 

「お願いします」

 

 俺がその場を離れても、その警備員は動かなかった。

 待っているつもりらしい。

 

「あ、速野くん戻って来た」

 

「ああ……ちょっと警備員に話つけてたんだ」

 

「いつの間に呼んでたのか」

 

「まあな。大丈夫かさく……」

 

 ら、と言いかけたところで、言葉につまってしまった。

 視線の先の佐倉は、いつもの佐倉ではなかった。

その姿は、あの日バスケットコートで見たのと同じ……伊達眼鏡を外し、グラビアアイドル雫の顔になっていた。

 普段から意図的に醸している地味な雰囲気も、今は放っていない。

 

「……ありがとう、速野くん」

 

「い、いや……まあ、俺は逃げた店員足止めしただけだから」

 

 なんというか、佐倉と話している気がせず、何の気もない会話でも少したじろいでし

まう。

 

「速野くんも知ってたの? 佐倉さんがアイドルだってこと」

 

「……まあ、つい最近な」

 

 も、ということは、綾小路も知ってたのか。さすがに一之瀬は知る由もないだろうし。

 いつ知ったのかは分からないが、多分俺と似たようなタイミングだろう。

 

「あ、そうだ。私たち靴履き替えなきゃ」

 

「……そういえば」

 

 佐倉を除く俺たち3人は全員、上履きのままだった。

 

「どうしよっか。私たちは一旦靴箱に戻るけど、佐倉さんは遠回りになっちゃうよね……」

 

「ああ、それなんだが佐倉、警備員が話聞きたいらしくてな。悪いが俺と来てくれないか」

 

 そうだそうだ。忘れかけてたが、俺佐倉呼びに来たんだった。

 

「あ、うん……分かった」

 

 助かったとはいえ、佐倉は強姦未遂の被害者。それを考えれば、本人も二人もこの呼

び出しに特に疑問はなさそうだった。

 

「じゃあ、私たちは先に」

 

「ああ……じゃあな」

 

 一之瀬と綾小路は、一足先にその場を離れる。

 

「……行くか」

 

「う、うん」

 

 佐倉を連れ、待機していた警備員の元へ。

 上履きも早く替えないといけないし、短い時間で終わるといいなあ。

 

 

 

 

 

 4

 

 俺と佐倉は、それぞれ別の部屋で取り調べのようなものを受けた。

 取り調べと言っても、今回は被害者側なので、当然そんな詰められるようなことはなかったが……。

 ただ警備員、というより学校側としては、事件に関する話よりも別の部分に本題があったようだ。

 この事件に関することの口止めである。

 在学中だけでなく、この学校を出てからも他言は無用、だそうだ。もし破ったら重い罰が下るとのこと。

 まあ国が運営するこの学校で、そこに勤めるスタッフが女子生徒に強姦未遂、なんて外部に漏れたら汚名どころの騒ぎじゃないからな。話は分からないでもない。

 この件に関わった佐倉、綾小路、一之瀬には、別途4、5万程度のポイントが振り込まれるらしい。要するに口止め料だな。もちろん俺にも分け前はある。

 本人たちにもメールで知らせるそうだが、出来れば俺の口からも直接話してほしい、と言われたので、後で二人には電話を入れておくことにした。

 話を終え、部屋を出ると、茶柱先生が立っていた。

 

「……どうしたんですか」

 

「佐倉が強姦未遂の被害にあったというのでな。担任である私が呼ばれたんだ」

 

 ああ、そういうことか。

 

「佐倉は?」

 

「一足先に話を終え、部屋に戻った。念のため、男性と女性の警備員1人ずつの同伴でな」

 

「……そうですか」

 

 まあ当然の対応だろう。

 そう考えていると、茶柱先生がこちらにいぶかしげな視線を送っていることに気付く。

 

「妙だな。なぜ直接の被害者である佐倉が、お前よりも先に話を終える? お前は中で何の話をしていた?」

 

 ……なんだ、この人結構鋭いな。

 

「佐倉の件に関することです」

 

 さらっとそう答える。

 嘘は言ってない。

 逆にそれ以外に俺が警備員と何の話をするというのか。警備員の服装って暑そうですけどクールビズとかないんですかーとか?

 

「……まあいい」

 

 追及は諦めたようだ。

 

「取り敢えず、ご苦労だったと言っておこう。事前に警備員と示し合わせ、例の男を捕まえたそうだな。お前の助力で、この学校にあった膿が一つ消えた」

 

「いえ……」

 

 ツンデレとか照れ隠しなどではなく、本当にこの学校のためにやったわけじゃない。

 あの店員が気に入らなかった、とかそんなこともない。

 ただ……ただ自分のために、利用できそうなものを利用しただけだ。

 俺が警備員と協力していた、という話も、茶柱先生には事実とは異なる形で伝わっているはずだ。

 

「速野、お前は今回何をした?」

 

 突然、先生がそんなことを聞いてきたので、少し驚く。

 何か嗅ぎつけたのか。

 

「……え、警備員から聞いてません?」

 

「佐倉の件じゃない。須藤の件だ」

 

 どうやら、そういうわけではなかったらしい。目的語のはっきりしない質問はこれだから困る。

 

「……それこそ、堀北から何か聞いてないんですか?」

 

「何やら答えたくない事情があるようでな。想像に任せると言われてしまった」

 

「なら、俺に聞いても同じです」

 

「教師に伝わるとまずいことをしでかした、と捉えていいのか?」

 

「それも含めてご想像にお任せしますよ」

 

 個人的には言ってもそんなに問題はないと思うが、堀北が言ってないのに俺が勝手に言ったのがバレたら、ちょっと怒られそうだ。

 

「……まあ、私が本当に聞きたいのはそこではない。お前たちがこの窮地を乗り切った作戦、誰が考案したものだ?」

 

 そんな、端から見れば非常に奇妙な質問をしてくる。

 この人は……。

 

「……俺は堀北に従って動きましたが」

 

 取り敢えずは事実を……それでいて、心にもないことを言ってみる。

 

「生徒会室でのあの語りもか?」

 

「……あれは独断ですよ」

 

 そう答える俺の表情から何かを察したのか、茶柱先生はふっと笑った。

 

「……もう帰っていいですか?」

 

 それには答えず、茶柱先生はまた新たな問いを俺に投げかける。

 

「……面白い。速野、お前はどこまで理解したうえで動いていた?」

 

 それを半ば無視するような形で、俺はその場を立ち去った。

 今回の綾小路の動き、そして一之瀬や神崎など、他クラスの生徒から見た俺への認識を総合して……俺は今後の学校生活におけるある方針を立てた。

 その方針に従い、俺は堀北を利用させてもらった。

 綾小路と同じように。

 ……いや、俺の行動すべても、堀北と同じように綾小路に操られていたとみるべきだ。

 堀北を利用した俺は、綾小路に利用されていた……。

 どこまで理解していたか、という問いへの答えだ。

 しかし俺が今回最も気になったのは、綾小路の動きもそうだが……もう一つ。

 なんであいつはあの時、あんなことを……。

 

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