実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
あの店員……楠田ゆきつが、佐倉に対して特別な感情を抱いていることに気付くのは容易だった。
まあそれでも櫛田はナンパされてたみたいだが……ただ櫛田に向ける目と佐倉に向ける目、この二つは明らかに性質が違っていた。
櫛田へのものはミーハー的なそれだったが、佐倉に対しては……なんというか、アブない感じだった。目が据わっていた、という表現が近いか。
俺はそこに1つのチャンスを見出した。
チャンスとはビジネスチャンス。金儲けのチャンスだ。
1
佐倉たちとともに家電量販店へ出かけた日。
俺は店員の楠田と、夜9時ごろに再会した。
ちなみに「楠田ゆきつ」の名前は連絡先交換の際に知った。
「どうも。……案内助かりました。入学してまだあまり経ってないもので……」
「いいよそれくらいなら」
集合場所の指定は楠田が行った。
おそらくマップを使えばたどり着くのは造作もなかったが、俺はあえて楠田に端末のやり取りを通じての案内を頼んだ。
「ほんとありがとうございます。それじゃ……早速聞かせてくださいよ。楠田さんと……アイドル雫の話」
そう言うと、楠田は嬉しそうに口角を上げた。
「ふふ、分かったよ。まず彼女は……」
そこから楠田のマシンガントークが始まった。
店で軽く話した時とは比べ物にならない熱量で語る楠田。
その内容はほとんど覚えていない。
何せその中の7割が妄想で3割が嘘だったのだから、真面目に聞く気が起こるはずもない。
よくもこれだけ「ありもしない自分と雫との仲」の話をできるものだと感心しながら、楠田の言葉を右耳に入れてそのまま左耳から出す、という作業を行っていた。
しかし、その中でも興味深い話がなかったわけじゃない。
「コメント以外のやり取りとかもしてるんですよね? その話も聞いてみたいなあ」
「雫ちゃんも学校とかが色々忙しいみたいで、あんまりできてないんだよね……寂しいって言ってたよ」
「そんなこと言って、本当はあるんですよね? もったいぶらないで教えてくださいよ」
「な、し、仕方ないな……雫ちゃんとは手紙のやり取りもしてるんだよ、実は」
「手紙ですか……どんな返事が返ってきたんですか?」
「それも忙しいみたいで、まだ読んでくれてないんだ……」
佐倉の部屋番号も知らない楠田が、一体どうやって手紙を送ったのか。
送ったというのは嘘で、手紙は書いただけで送っておらず、部屋番号はこれから調べる……ということか。
それとも、すでにストーキング行為などで調べ上げ、送り付けているのか。
そのほかに、こんなものもあった。
「思い出の写真とかってあります? ぜひ見てみたいなー」
「ああ、もちろんある」
そうして楠田が見せてきたのは、佐倉が敷地内を一人で歩いている写真ばかり。
思い出の写真と言ったはずだが、当然二人が一緒に映っているものなどありはしない。
つまり、これらの写真は盗撮されたものだということ。
楠田が語った内容の中で覚えているのはこの2つだけだ。
その後もしばらく楠田の話は続き、10分ほどが経過したところでようやくひと段落した。
「すごいですね……二人の仲がどれほどのものなのか、よくわかりました」
粘着している側とされている側、加害者と被害者という構図が。
「でも……まだ満足できてないですよね」
「え?」
「分かりますよ。話し方や内容からも感じられたので……もっと彼女と……雫と近づきたい。そう思ってますよね」
話し方や内容なんて聞き流していたのだから覚えているわけがないが、このように言っておくことで、相手に「自分はあなたのことを理解している」と思わせることができる。
所謂「コールドリーディング」の一種だ。
盗撮までしているような人間が、その人物ともっと近づきたいと思っていないわけがない。
「コメント欄のやりとりだけじゃ、満足できるわけないですよね。ブログを更新する人とコメントを書く人って、結局はアイドルとそのファン、っていう構図を抜け出せないわけですから」
「だから、手紙のやり取りがあるって……」
「でも、学校があるせいで返事が来ない……ですよね?」
「……そ、そうだけど」
「返事が来ない相手に手紙を送るって……それって、ファンレターを送るのとあんまり変わらないんじゃないですか?」
俺はここで、初めて楠田の気分を害するようなことを口にした。
「俺は佐倉がアイドルやってるなんてさっきまで知らなかったのに、昨日佐倉と電話したんですよ。残念ですね」
「っ……」
「その気になれば今この場で佐倉に電話することもできますよ? もちろん、あなたに話させることはできませんけどね」
「な、何!?」
「ほんと、残念ですよ。これだけ熱い想いを抱いているのに。今のあなたでは佐倉と話すこともできない。対して、俺は佐倉のことを1人のクラスメイトとしか見ていないのに、好きなタイミングで会話ができるなんて」
「く……この……」
.
「あなたはいま無力なんです。自分は話せず、俺は話せる。こんなに理不尽な格差があるのに、あなたは指を咥えて待っていることしかできないなんて……」
「……うるさい」
「ほら、俺がいまこのボタンを押せば佐倉に繋がりますよ。でもあなたはそこで黙って見ていることしか……」
「うるさいんだよぉぉ!!」
そんな叫び声とともに、楠田は俺との距離を一気に詰め、端末を奪い取ろうとする。
端末は取らせまいと、端末を持っていた右腕を後ろに回す。
すると、楠田の伸ばした腕は俺の胸板にぶつかり、俺はその衝撃で転んだ。
かなり派手に転んだため、後ろに回していた右腕に少し大きめの傷を負った。
「何を……」
「端末を、僕に寄越せ!」
再び叫ぶ楠田。
「暴力を振るうなんて酷いじゃないですか……防犯カメラがあること、忘れてませんか?」
「な……っ……く、くそ……」
防犯カメラの存在を知らされたことで、少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。
「勘違いしないでください楠田さん……言ったじゃないですか。俺はあなたと彼女の仲を応援したいんです。俺の言葉が機嫌を損ねたなら謝りますが、全ては応援の気持ちの発露だと思ってください」
今度は少し優しめの言葉をかけ、さらに気持ちを落ち着かせる。
「ぐ……な、なら……いいぞ……許してやるよ……」
「どうも。では、話の続きを……。ブログのコメント欄もダメ。手紙も返事がない。そして、佐倉の電話番号を知っている俺は教えられない。だとしたら、あとは何が残ってると思います?」
「え……?」
まだ俺の言わんとすることを理解できていない様子。
俺はさらに誘導するように言葉を続ける。
「連絡手段として、電話がダメなら……」
「……も、もしかして……」
「……知りたくないですか? メールアドレス」
そう口にした瞬間、楠田の目が大きく見開かれる。
「な……ほ、本当に教えてくれるのか……雫ちゃんのアドレスを」
興奮気味に問う楠田。
その問いに対しては俺は頷かず、ゆっくりと首を横に振った。
「いや……そう簡単には。この話は俺にもリスクのある話なので……それなりの対価をもらわないと、ちょっと」
「た、対価って……ポイントってことか」
「まあ、そういうことです。もちろん、払えないということであればこの話はなかったことにしますが……」
「い、いや、払えないとは言ってない!」
「そうですよね。あなたの熱意は本気だと俺も信じてます。だから……そうですね、100万ポイントでどうでしょう。それだけ払ってくれるのなら、喜んでお渡しします」
「ひゃ、100万!?」
額の大きさに驚いているようだ。入学当初、いきなり10万ポイントが振り込まれた俺たちとリアクションとしては一緒だな。
「そ、そんな額用意できるわけ……」
「それなら……仕方ないですね。この話はやめましょう」
「ま、待ってくれ!」
立ち去ろうとする俺を楠田は必死で止めた。
「せ、せめて10万なら……」
「やめましょうか」
即答でそう言った。
「な……じゃ、じゃあ、20万だ……!」
……まだだな。まだいける。
「世の中、アイドルのグッズに何百万とかける人もいるんですよ」
「そ、そんなこと言っても……」
……ここだな。
「……確かに、流石に3桁は行き過ぎたかもしれないですね。なら、少し下げて80万でどうでしょう」
ここで、少し譲歩の姿勢を見せる。
俺がこの姿勢を見せたことで、楠田としてもまだこの交渉を抜けるわけには行かなくなる。
これで沼にはまった。
「ぐ……さ、30万なら……」
「80万です」
「くそ……40万ならっ……」
「ふむ……75万でどうでしょう」
「よ、45万!」
「70万で」
「くそ、ご、50万だ! それ以上はもうっ……!」
……これが限界だろう。
上出来だ。元々40~50万取れればいいと思っていたので、成果としては十分だ。
「分かりました。50万で契約成立にしましょう」
「っ! よ、よし……じゃ、じゃあ早速……」
「そうですね……端末貸してもらえませんか?」
「え?」
「ポイントの受け取りとアドレスの登録済ませるので……善は急げですよ」
「あ、ああ……」
言われるがまま俺に端末を手渡す楠田。
俺はそれを受け取り、まずはメッセージアプリでない方の連絡先プロフィールを開いた。
そこでさっと操作を済ませ、その後新規のアドレスを登録。そしてポイント支払いの操作を行い、俺の端末向けに50万の譲渡を行った。
「終わりました。しっかりと50万は受け取らせてもらいましたよ。見覚えがないアドレスがあったらそれが新しく登録したやつなので、名前登録は好きにいじっちゃってください」
「よ、よし……へ、へへへ……」
俺から端末を受け取ると同時に、登録したアドレスを確認して不気味な笑みを浮かべている。
どうやらご満足いただけたようだ。
「それでは……そろそろ時間も遅いので、俺はここで」
「ふふ……これからたくさん話せるね、雫ちゃん」
俺の言葉など耳に入っていないようだ。
……そっとしておいた方がよさそうだな。
2
そして、時系列はその3時間ほど前までに遡る。
寮から道を引き返し、家電量販店で楠田と話し終えた俺は、その足である場所へと向かっていった。
その場所とは、ケヤキモールの近くにある「保安センター」と呼ばれる建物だ。
保安センターは、この敷地内の警備を取りまとめている組織。校舎外での落とし物や不審物、それに生徒間、あるいは生徒とスタッフの間のトラブルなどについて受け持っている。もちろん日常的な警備も役割の一つだ。
生徒がこの施設を利用することは、基本的には落とし物の確認などを除いてほとんどない。
須藤の件のようなことは稀も稀。
トラブルを起こして失点などされないよう、多くの生徒はおとなしく過ごしているからだ。事実、今も利用している生徒は一人もいない。
俺自身もこの日初めて足を踏み入れる。
「えーっと……」
まずは利用者の登録のため、専用の端末に学生証をスキャンする必要があるようだ。飲食店などの施設を利用するときの同じようなものだが、ポイントはかからない。
スキャンを済ませると、レシートのような紙が1枚印刷されて出てきた。
紙には大きく「3」という数字が書かれており、その下に「上記の番号の窓口までお越しください」とあった。
それに従い、3番の窓口へ向かう。
「失礼します……」
すでに担当者がカウンターの向こうに座って待機している。30代後半くらいの男性だ。
「速野知幸さん、ですね。担当の田村です。どうぞ、座ってください」
先程学生証をスキャンした際のデータが届いていたようで、担当者は俺が名乗る前に俺の名前を呼んだ。
1つの窓口にはそれぞれ2つの椅子が用意されており、俺はそのうち右側の椅子を引いて腰掛けた。
「今日はどうしましたか?」
接客ではないため、担当者の対応は若干粗雑な印象を受けるが、別にそれに関して何か文句があるわけではない。
向こうとしても時間をかけたくないであろうことは重々理解しているので、こちらも単刀直入に話していく。
「ざっくり言うと……クラスメイトがストーカー被害を受けている可能性があるので、その相談に来たんですが……」
「クラスメイトが……ということは、本人ではない、ということですか」
「そうです。ただそのクラスメイトは大ごとになることを嫌うタイプなので……このままだといつまでも放置してしまうと思ったので、本人には言わずに勝手に相談しに来ました」
「そうですか……そのクラスメイトというのは?」
「1年Dクラスの佐倉愛理です」
「えー……この生徒ですね。なるほど……」
パソコンに入っているクラス名簿から、俺の口にした名前を照合したらしい。
少しの間考え込む田村さん。
「事情は分かりました。ただ本人でないとなると、我々としてもやはり対応が難しいところがあるんですが……」
まあ、当然そうだろうな。
本人の付き添いとして他人が来るのならともかく、本人がいないのでは話にならない。
「そもそも、この生徒は自分がストーカー被害に遭っていることを自覚しているんですか?」
「そうですね……それに関しては一つ証拠というか、現状を示す材料を持ってきたので、目を通していただきたいんですが……」
「わかりました」
承諾を受けたので、俺は早速グラビアアイドル「雫」のブログを検索し、指し示す。
「これは……?」
「佐倉がグラビアアイドルとして運営しているブログです。コメント欄を見てほしいんですけど……ところどころ、異常と言えるようなものがありますよね」
端末を手渡す。
おそらく俺がわざわざ指定しなくても一目でわかるはずだ。
コメント欄には返信機能があるが、これはブログの投稿主だけでなく、一般の閲覧ユーザーも返信が可能になっている。
その異常なコメント……つまり楠田のコメントに対してのみ、閲覧ユーザーからのバッシングが酷く、返信数が目に見えて多い。
「なるほど……」
「異常なコメントは1人のユーザーから送られているのが分かると思います。このユーザーっていうのが、さっきも言ったストーカー……家電量販店の店員の楠田ゆきつという男です」
「それは裏が取れてるんですか?」
「はい。ついさっきその家電量販店で行った楠田との会話を録音したので、それを聞いてもらえれば……」
田村さんに端末を一度返してもらい、録音データを再生する。
『あの日ここで再会した時は、僕は神様は本当にいるんだって思ったよ。そのことはブログにもコメントしたんだ』
それを聞いて、田村さんもはっとしたような表情になる。
「さっき見たコメントの中に『神様はいるんだなあ』というのがありましたよね。これで裏は取れたと言えると思うんですが……」
「なるほど……確かに、このコメントが楠田という店員によるものだということは事実でしょう」
ここまでくれば認めるしかないだろうな。
「このコメント主と店員を結びつけることはそう難しくありません。投稿主なら猶更です。なので、被害に関しては自覚的だと考えたほうが自然だと思いますが」
「なるほど、わかりました……ただ、それでも本人からの相談がない状態だと……」
そうだな。
そもそもストーカーというのは本人からの親告がなければ公訴が不可能な親告罪だ。その時点でこの相談内容に無理があるのは分かっている。
しかし、俺がここに足を運んだ目的はストーカー被害の立件ではない。
「このまま放置すれば……ストーカー被害だけでは済まないかもしれないですよ」
「……どういうことです?」
「佐倉という生徒に実害が加えられる可能性があるってことです。これは俺が実際に楠田と直接話したからこそ感じたことなんですよ。事態は思ったよりも楽観視できない状態にあると思います」
「……」
直接会ったから何かが分かるというわけでも、会っていないから何も分からないというわけでもない。しかしながら、与える印象の差は大きい。
「さっきも言った通り、佐倉は大ごとになるのを嫌います。最悪の場合……強姦なんてことにまで発展してしまうかもしれない」
「少し飛躍が過ぎると思いますが……」
「現状ではそうだと思います。でもそうなった場合……俺はこの保安センターで田村さんという担当者に佐倉のストーカー被害について相談したことを学校側に伝えますよ。なのに本人からの相談がないという理由で追い返されたと。その時誰が責任を取るんですか?」
田村さんの表情が強張るのが分かる。
人間というのは「責任を取る」ということを嫌う。もちろん俺も大嫌いだ。
ここに相談を持ちかけたのも、ある種保安センターへの責任転嫁という側面がないわけではない。
それ以外にも、俺の態度が急変したというのもあるだろう。
「保安センターの責任者の方も交えてお話しさせていただけませんか」
「……少し待っていてください」
険しい表情のまま田村さんは席を立った。
5分ほどが経過し、田村さんよりもさらに一回り上の年齢とみられる男性を連れて戻ってきた。
「島崎です。よろしく」
「どうも……田村さんからお話は聞いてますか?」
「大体はね。このまま放置したら責任問題になる、なんて言ったらしいじゃないか、君は」
「はい。失礼を承知で言わせてもらいました。こうした方が島崎さんのようにより地位の高い人と話せると思ったので……」
今から俺が語る内容は、保安センターの一メンバーが承知していればいいという話ではない。
しっかりとした決定権を持つ人間が介入していなければ成り立たないことだ。
「俺も、何もせずにただ保安センターの責任がどうのと押し付けるつもりはありません。ただ、これから話す佐倉への被害を未然に防ぐ方法を聞いて、それが採用に値するかどうかを見極めてほしいんです」
「君には具体案があると、そういうことかな」
「はい。被害者本人が不在の状態でのストーカー被害の解決なんて保安センターでは難しいことは分かってます。状況的な意味でも、手続き的な意味でも。なので、動けない保安センターの代わりに俺がどう行動するかを耳に入れておきたかったんです」
俺は端末を操作し、2人に見せる。
「これは……位置情報?」
「はい。お二人も俺たち生徒と同じ端末を持っているので分かると思いますが、この端末は連絡先を交換して位置情報サービスの機能をオンにすると、その端末の場所が分かるんです」
今映し出されている位置情報は佐倉、櫛田、池、須藤、山内の計5人。連絡先を交換していてここに映し出されていない人物は全員位置情報サービス機能をオフにしていることになる。
楠田もオフにしているようだった。
「俺はすでに楠田と連絡先の交換を済ませてます。なので、もし楠田の端末の位置情報サービスをオンにすることができれば、俺は佐倉と楠田の両方の位置情報を追うことができます」
「……なるほど。二人の位置情報が近ければ、その生徒がストーキングされている、ということになるのか……」
「はい、そうなります」
佐倉の方から楠田に近づくというパターンはほとんど想定できないと言ってもいい。
カメラの修理申請に4人も付き添ったのは楠田への恐怖からなのだから。
つまり、二人の位置情報が同じ場所にあれば、それは楠田が佐倉に近づいているという可能性が高まる。
「そしてそれは、危険信号でもあります」
単にストーキングをしている、というだけならまだいい。いやよくはないが……それこそ、先ほど言ったような「強姦」なんて事態に発展している可能性もあるわけだ。
「その危険信号を察知できるのは、楠田と佐倉の両方の連絡先を持っている俺の端末だけです。つまり俺がいれば、佐倉への実害を未然に防ぐことができるということです」
佐倉が被害を訴えているわけでもなく、楠田の行為が「現時点では」この学校のルールに抵触しているわけでもない以上、保安センターには楠田の動きを直接監視する大義名分はない。
しかし、連絡先を交換した俺がそれを見るのであれば何も問題はない。
保安センターとしては俺を利用しない手はないだろう。
「なるほど……だが、現状その店員の位置情報はオンになっていないのだろう。どうやってその機能を使わせる?」
当然の疑問だ。
「その点についても考えてますよ。まず、俺はこの後楠田と会う約束をしています。その時に俺が作ったフリーの捨てアドレスを、まるで佐倉のアドレスであるかのように言って、ポイントでそのアドレスの情報を買わないかと持ちかけます」
俺のその発言に2人は眉を顰める。
「それは詐欺行為にあたる。こちらから君の行為を報告することもできるぞ」
「いいえ、少なくとも詐欺にはあたりませんよ。俺はそのやり取りの中で一度も『佐倉愛理のメールアドレス』とは口にしませんから」
詐欺罪が成立するには、どのような行為にせよ「虚偽の事実」を伝えている必要がある。
しかしそれがなければ犯罪として立件はできない。
刑事裁判ではなく民事裁判なら、悪質な契約であるとして金品の返還が命じられることはあり得るだろう。
つまり最悪の場合でも俺がしなければならないのは楠田から受け取ったポイントの返還のみだ。罰を受けることにはならない。
「その話が決まれば、当然ポイントの譲渡とアドレスの入力が発生しますよね。その作業を俺がすると言って端末を預かれば、それに乗じて位置情報の機能をオンにできます」
「……なるほど。それならば確かに可能だろうね。しかし君がポイントを得たことに関してその店員に訴えられても、私たちは一切責任は取らないよ」
「それについては問題ありません。ただ、二つ頼み事があります」
「聞くかどうかは話を聞いてから判断するが、それでいいかな?」
「はい、もちろんです」
言うからには聞け、なんて横暴が通用するとは流石に思っていない。
「一つ目ですが……この後会う楠田との会話を、俺の電話越しに聞いていてほしいんです。俺は会話の中で楠田が悪質なストーカーであるという判断材料を引き出します。それで、もしさっきの俺の提案を実行する必要があると判断できたら、その通話を切ってください」
「……なるほど」
もし通話を切らなければ俺は協力しない。
その代わり佐倉に取り返しのつかない被害が及んだ場合、事態を過小評価してしまった保安センターがその責任を取らされることになる。
「そして二つ目ですが……俺は楠田との話を終えた後、体のどこかしらに傷を負った状態でここにまた来ます」
「……どういうことだ?」
疑問の表情を浮かべる2人。
しかし詳しく説明することはない。
「今はもちろん無傷ですが……俺は楠田と会っていた時間帯に傷を負ったという証人になってほしい。頼みたいのはこの二つだけです」
要求を聞いて、2人は目を見合わせる。
そしてどちらからともなく頷き、島崎さんが口を開いた。
「……いいだろう。その二つ以上のことは要求しない。それでいいね?」
「はい。それで十分です」
「なら、これでこの話は終わりだ。捜査の協力を頼むよ」
「わかりました」
そして、俺は楠田とのやり取りへ足を運んだ。
3
俺の予想では、楠田は恐らくアドレスの件については訴えないだろう。
そもそも楠田には、あのアドレスが佐倉のものではないと判断できる材料がない。
また、仮に訴えてきたとしても心配はない。
その時はこのように主張するだけだ。
『俺が佐倉の連絡先を持っていることに対して逆上して俺に襲い掛かり、怪我をさせた。その怪我を負わせたことへの口止め料として50万円を受け取った。アドレスについて嘘をついたのは、楠田の精神を落ち着けて自分がこれ以上暴力を振るわれないための防衛手段だった』
そこで、島崎さんと田村さんに対しての2つ目の頼みごとが効いてくる。
俺は実際に傷を負っている。楠田が俺に襲い掛かる様子は防犯カメラにも記録されているはずだが、もしその映像が処分されてしまったあとで訴えられたとしても、楠田と会っているときに傷ができたという確固たる証人が2人もいる。
それがそのまま、俺の主張の裏付けになる。
当初思い描いていた通りの展開だ。
ひとつ想定外だったのは、楠田が佐倉に接触するタイミングだ。
あれはちょっと早すぎた。まさか連絡先入手からたった3日であそこまでやらかすとは……。いつかはやるだろうと思っていたが、正直気を抜いていなかったといえば嘘になる。
ただまあ、佐倉も無事だったし、俺にポイントも入った。
これで一件落着だ。