実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
日が傾き始めた。無人島に来て最初の夜がすぐそこまで来ている。
特にすることもなく木陰でボケーっとしていたところで、綾小路に話しかけられた。
「速野。ちょっと頼みたいことがあるんだが」
「ん、なんだよ」
「平田に焚火に使う枝を拾ってきてくれって頼まれたんだ。手伝ってくれないか」
「わかった」
二つ返事で了承した。遭難しかけたところを助けられた恩があるし、さすがに断れない。
「あー、俺はあっちらへん探してくる」
二人固まって探すのもいいが、捜索範囲は広いほうがいいだろうと考え、提案する。
「いや、単独でやるのはやめたほうが……」
「必ずお前やほかのクラスメイトを視界に入れとくからさすがに大丈夫だ……」
俺が言っても説得力がないのは理解しているが、ベースキャンプから10メートルも離れなければ迷うことはないだろう。万が一迷っても、焚火をするならいずれは遠くからでも確認可能な目印ができる。点呼に遅れるようなことにはならないはずだ。
「気を付けてくれよ」
「了解」
綾小路の注意を受けつつ、離れて作業をすることに。
効果的な火のつけ方、か。ガスがあれば余裕なんだけどな。
焚火の経験は俺にはない。しかし火がつく仕組みを考えれば、とりあえず湿り気のない枝を拾うのが得策か。
枝の大小にかかわらず、とにかく乾いた枝を見繕って拾っていく。もちろん、常にDクラスの誰かしらを視界に入れながら。
綾小路、そしてどうやら途中から作業に合流したらしい佐倉と山内。そしてショートカットの……誰だこれは。
1学期を過ごして、さすがにクラスメイトの顔と名前は全員一致させている。つまり、いま視界に入ったこいつはDクラスの生徒じゃない。
なら、こいつはどこの誰だ。ここで何をしている。
「おい」
近くに行き、そのショートカットの少女に話しかける。
「……何?」
「何してるんだこんなところで」
「……別に。ほっといて」
近くに来たからこそ気づくことがある。
こいつ、頬が腫れている。誰かにぶん殴られた傷だろう。
それから、手が土で汚れている。よく見ると爪の間にも土が挟まっている。どこかの土を掘り返したのか。そしてこいつが座っている足元を見ると、周りと比べて土の色が少し濃い。掘り返された証拠だ。つまり、こいつが掘ったのは足元の土か。
そしてもたれている木の枝にはハンカチが括り付けられている。
「おーい何してんだ速野……って、え? どうしたんだよその子」
そこに山内がやってきて、疑問を示す。
「枝拾ってたら、座りこんでるこいつが偶然視界に入ったんだ」
「へえ。って、だ、大丈夫かよその傷? 誰かにやられたのか?」
「別に。何でもないから」
「いや、なんでもないって……なんでもないような腫れ方じゃないじゃん。かなり痛いんじゃね? 先生よぼうか?」
「クラス内で揉めただけ。気にしないで」
自嘲を含んだ微笑を浮かべ、山内の申し出を断る。
「気にするって。俺たちDクラスなんだけどさ、ベースキャンプに来るか?」
「は?そんなことできるわけないでしょ」
「ほら、困った時は助け合いっていうか、な?」
山内に同意を求められ。綾小路も佐倉も、そして俺も頷いて同意する。
「……馬鹿じゃないの? とんでもないお人好し。あのね、私はCクラス。つまりあんたたちの敵ってこと。わかった?」
「それでも女子1人残して行けないって。君が動くまで俺もここに残るから」
そう言って地面に座り込む山内。
まあ、その言葉もこの少女には届いていないようだが。やはり根はいいやつってことなんだろう。
「にしてもさ、森の中ってジメジメして嫌な感じの蒸し暑さだよな。佐倉暑くない?」
「い、いえ、私はその……大丈夫です」
そう答える佐倉だが、山内の言う通り、これは嫌な暑さに分類されるな。カラッとした暑さなら心地よさも感じるが、こういうジメジメした暑さには不快感を感じる。
森の中が蒸し暑いのは光合成の影響だろう。光合成では、光エネルギーと二酸化炭素から、酸素と水が生成される。水は水蒸気として空気中を漂う。そしてその水蒸気の高い温室効果により、この嫌な蒸し暑さが再現されているというわけだ。
そんな環境の中、頑として目の前から離れようとしない山内の粘りに負け、その少女は腰を上げた。
「……相当なお人好し。うちのクラスじゃ考えられない」
「困ってる子をほっとけないだけさ」
他クラスに自分たちの情報が漏れるリスクより、人助けを選んだ。やっぱりいいやつなんだよな、基本は。
「でも、良かったわけ? 他クラスの人間に自分たちのキャンプの場所教えるなんて。案内までするとか」
「え? なんか不都合あんの?」
「……」
……リスクと人助けを天秤にかけたわけじゃなく、ただリスクの方を分かってなかっただけか。
まあでも、ベースキャンプの場所なんていつかバレる。遅いか早いかの違いと言えばそれまでか。
「いや、別に問題はないと思うぞ」
「だよな? じゃあノープロブレムってことで。俺は山内春樹。よろしく!」
「……私は伊吹」
傷跡のある頬をなでながら言った。
「最近の女の子って殴り合いの喧嘩すんのかよ……こわっ」
「ほっとけよ。他のクラスには関係ないことだろ」
女子同士の喧嘩ではないだろう。誰がこの傷を作ったか、俺はなんとなく想像がついた。
おそらくは以前藤野から聞いていた、龍園翔という男子生徒だろう。
我慢はしているが、時々痛そうに頬を撫でている。
そしてどこか煩わしそうにカバンを持ち直した伊吹の仕草を見て、山内は突然綾小路に持っていた枝を押し付けながら言った。
「な、カバン面倒臭いんだろ? 持ってやるよ」
「は? いいって、ちょっと、やめろよ」
しかし伊吹はそれを拒絶し、山内から離れようとして体を移動させた瞬間、バッグが木にぶつかってゴン、という鈍い音がした。
「わ、悪い、悪気はなかったんだって」
「分かってる。でも、私はお前らのことをまだ信用してない」
そう言うと、伊吹はそれっきり黙ってしまった。
これ以上話しかけても拒絶されるだけだと思ったのか、山内も黙ったまま歩きだす。
綾小路に押し付けた枝を取ることなく。
最初からやけに持ってる枝の量が多いな、とは思っていたが、ここにきてさらに山内の分まで足されてしまった。枝に隠れて綾小路の顔が見えないほどになっている。
「……少し持とうか?」
「……悪いが頼む」
さっき山内に押し付けられた分を俺が引き受けた。
1
ベースキャンプに戻ってきた俺たち。
伊吹は少し離れたところにいるといい、ベースキャンプから少し外れたところに腰を下ろしていた。
伊吹に関して平田に報告しようとした俺たちだったが、あいにく平田はどこかに出ているようで、姿は見当たらない。
とりあえず伊吹のことは後にし、先に焚火の作業に取り掛かろうという話になった。
拾ってきた枝を、空気の通りがよくなるように、素人なりに考えて並べていく。
「俺に任せろよ! いいとこ見せるからさ! マッチとってくる!」
山内はそう言って、茶柱先生のもとにマッチの支給を求めて走っていった。
置かれた枝に目を落とすと、あることに気付く。
二人が置いた分の枝の中には、ところどころに俺が避けた湿り気のあるものが見受けられた。
「なあ、とりあえず湿った枝は取り除いたほうがいいんじゃないか。水分が含まれてたら燃えにくいだろ」
「……確かに、そうだね」
佐倉が同意する。それを受け、綾小路もうなずいた。
「じゃあ、そうするか」
乾いた枝と湿った枝をさっと仕分けし、乾いた方だけを残していく。
少しして、マッチを手にした山内が戻ってきた。
「よっしゃーつけるぞー……」
シュッ、シュッとマッチを何度かこする。しかしうまく火がつかないようだ。
何度目かの挑戦で、ようやくマッチに火が付く。
「おし! これで……」
火が付いたマッチを枝に落とし込む。
しかし火は太い枝を少し焦がしただけで、消えてしまった。
「あれ? おっかしーな……」
様子を見ていた綾小路が口を開く。
「もっとじっくり火をつけるんじゃないか?」
「あ、ああ、そうか。おし、じゃあ次はもっとじっくり……」
山内は、枝どころかマッチに火をつけるのすら次々に失敗し、折れてお役御免となったマッチが1本、また1本と地面に落ちていく。
「くそ、また折れた……不良品じゃねえの? このマッチ」
3本目の失敗のあたりでいい加減心配になってきた。
「山内、このままのペースで使ってたらあと1週間もたないぞ」
「大丈夫だって。まだこんなにあるし」
言いながら、マッチが大量に入った箱を見せてくる。いやまあ、多いは多いんだが……大丈夫かな本当に。
「おし、ついた。今度こそ!」
ようやく成功し、今度は綾小路のアドバイス通りじっくりと火をつける。
しかし、火は枝を少し燃やすだけでやはり簡単に消えてしまった。
「くっそ、なんでだよ。俺どこも間違ってないよな!? ちょっと先生に聞いてくる」
そう言って駆け出していく山内だが、まあ期待度はゼロだな。特殊な形式とはいえ、これは試験なのだ。自分で考えろと言われて追い返されるのが関の山だ。
山内の行った方向に目を向けていると、平田の姿が見えた。
「悪い、俺もちょっと」
「どうしたんだ?」
「平田が帰ってきてる。伊吹のこと、伝えておこうと思ってな」
「そうか。じゃあ頼む」
「ああ」
俺はその場を立ち去り、平田が一人になるタイミングを見計らって話しかけた。
「平田」
「あ、速野くん。どうしたんだい? 何か相談事?」
「あー、まあな。実は……」
ことのあらましを平田に伝える。
Cクラスの伊吹という女子生徒がベースキャンプの近くの木にもたれて座っていたこと。クラス内で揉めたとかで、頬を腫らしていたこと。
「……なるほど、そういうことだったんだね。連れてきて正解だったと思う。そんな状態だった彼女を放っては置けないから。いまはどこに?」
「ここからちょっと外れたところに座ってる。あそこだ。見えるか?」
俺の指さした方向に目を向ける平田。
少し遠いが、姿を確認できたようだ。
「彼女か……うん、わかった。報告ありがとう。ここで受け入れてあげたいけど、僕の独断で決めるわけには行かないし、折を見てみんなに話そう」
「そうしてもらえると助かる」
「うん。また何かあったら、なんでも言ってほしい」
「ああ」
平田への報告を終え、綾小路たちのいる元の場所に戻る。
そこで見た光景に、俺は驚かされた。
「うおっ……」
そこには、いつの間にか見事な焚火が完成していた。
気になって、その場から少し離れたところにいた綾小路に声をかける。
「できてたのか、焚火」
「ああ。池のおかげでな。どうやら、いきなり太い枝に火をつけようとしたのが間違いだったみたいだ」
「……なるほど」
池のキャンプの知識か。
自らの活躍の場を失った山内は何やらぶつぶつと文句を言っているみたいだが……。まあ、枝が太いせいで火が付かなかったんなら、あのままやっていてもマッチを無駄に消費するだけだっただろうな。
やはりこの試験、池はクラスのキーになりそうだ。
2
そこからの池の活躍には、目を見張るものがあった。
アウトドアに精通していることがクラス全員に知れ渡り、先ほどから様々な知識やアドバイスをクラスメイトに披露している。
「これ、クロマメノキだよ。桔梗ちゃんが見つけたの? すげーじゃん。あ、こっちはアケビだぜ。甘くて美味いよ。いやー、懐かしいなー!」
俺たちがみたこともない植物の種類を、一目見ただけで当てる池。どうやら食料として利用できるらしい。
その流れで、先ほどの真っ向から池と対立していた篠原も仲直りできたらしい。
池を中心として、クラスがまとまりを見せていた。
平田はこれを好機と見て、話を始める。
「皆、少し聞いてほしい。この試験を乗り切るためには、クラス全員で協力していかないといけない。揉めることもあって当然だ。でも、慌てず騒がず、力を合わせて乗り越えていきたい」
そこで一旦言葉を切り、次にマニュアルを手にしながら再び話し始める。
「誰だって1ポイントでも多く残したいよね? そこで、僕なりに現実的な数字を叩き出してみたんだ。試験終了時に120ポイント残せるかどうか。それがこの試験を勝ち抜くカギになるという結論になったんだ」
「つまり180ポイント使うってことか? 納得し難いな」
幸村がそれに反論する。
しかし、平田はあくまで落ち着いた口調でつづけた。
「まずは最後まで聞いてほしいんだ。ここにポイントの内訳を書いてあるから、見てほしい」
視線を移すと、そこには細かい計算結果が書かれていた。
栄養食と飲料水のセットが一食10ポイント。日に二食、今日の夕飯と試験終了日を一食ずつで合計12食。テント2つ、トイレ、その他諸経費を加算して180ポイントという数字だ。
「残りポイントが少なく感じてしまうのは、皆300っていう数字の印象が強いからだと思ってほしい。今までのクラスポイントの変動から見ても、120っていう数字は決して低くないプラスだと思うんだ」
確かにそうだ。先月のDクラスのポイントは87のプラス。どのクラスでも、ポイント上昇幅は100に届いていなかった。
「それに、この数字はあくまで最低ラインだ。例えば、みんなの1日分の食料と水を確保できたら、それだけで20ポイント節約できる。さらに飲み水に困らないっていうことなら、4,50ポイント近く削減できるんだ」
飲み水に困らない、つまり、川の水を飲料水として利用するなら、ということだ。
それにボーナスポイントが加算されれば、得られるポイントはさらに多くなるだろう。
「俺はそれでいいと思うぜ。120ポイントから、俺らが頑張ればどんどん増えていくってことだろ? やろうぜ」
開始時に300ポイントを全く使わずすべて残す気でいた池とはまるで別人。この現実的な策を受け入れた。幸村の方も、池が折れたこと、それ以上に平田が出した結論が非常に合理的だったことで、納得せざるを得なかったようだ。
その後も、平田の意見に異論が出る様子はない。これには、平田の言葉選びの上手さも寄与しているだろう。
マイナスの面から伝えて、最後にプラスの面を一気に知らせる。情報伝達の順番をそうするだけで、同じ内容だったとしても人間が抱く印象は大きく変化する。
「聞きたいんだけど、川の水を飲んでもいいってやつ、手を上げてくれないか?」
池がそう呼びかける。どうやら話し合いの話題が次に移ったようだ。
様子を伺っていると、少数の女子と約半数の男子は手を上げている。
だいぶ前、池は川の水を飲んでいた。もし飲んだらまずいものが川に入っていたら、すでに体調に何らかの変化が訪れていてもおかしくないはず。しかしそんな様子は見られない。結果的に池が実験台となって、川の水の安全性を高めたことになる。
川の水は信頼しても良さそうだな。
俺もすっと手を上げた。
「さっき健が言ってた沸騰させるって話、悪くないと思う。怖かったら、まずはそこから始めてもいいんじゃないか?」
池がそう言うと、さらに6人ほどの手が上がる。
篠原も渋っていたようだが、自信なさげながらもゆっくり手を上げた。
そして最終的に、堀北と綾小路以外全員が挙手するという展開が出来上がってしまった。
それに気づいた2人も面倒くさそうにしながら手を上げた。視線が集まるのが不快だったのか。
「みんなありがとう。ただ、いきなりはやっぱり厳しいと思うから、まずは今日の分の水を買いたい。ペットボトルもちゃんと洗えば再利用できるしね。いいかな?」
平田の声に、皆一様に頷く。
なるべく節約したい組も、そのことに反対はしなかった。
「それから、みんなに一つ言わなければいけないことがあるんだ。もう気づいた人もいるかもしれないけど……そこに座っている女の子のことで」
「あの子……Cクラスの伊吹さん、だよね?」
伊吹のことを知っていたらしい一人の女子生徒が言う。
「ああ、なんかクラス内でトラブルがあったらしくてさ……」
事情の一部を知っている山内がそうつぶやいた。
「ああ。それで、僕らのベースキャンプで彼女を受け入れたいんだけど……どうかな?」
善意からそう提案する平田。しかしいくら平田の発言であっても、他クラスの人間を近くに置くことに対して難色を示す者は多い。
「で、でも平田くん、あの子スパイかもしれないよ? もしリーダーを知られちゃったら……」
「あ、そ、そっか、リーダー当てるってルールが……」
山内は、そこでようやく伊吹をここに連れてくることのリスクに気がついたようだ。
「それも確かめよう。綾小路くんと速野くん、それに山内くんも、いいかな?」
伊吹と関わった俺たちが呼び出される。佐倉が外されたのは平田の配慮か。さすが、細かいところまで気が回る。佐倉もほっとしているようだ。
伊吹が座り込んでいる場所に向かい、まず平田が話しかける。
「ごめん、少し時間いいかな?」
「邪魔だろ私は。今まで居座ってて悪かったな」
「そうじゃないよ。伊吹さん、話を聞かせてもらえないかな? 力になりたいんだ」
「話したところでどうにもならないことだってあるだろ。それに、これ以上作戦が筒抜けになるのも嫌じゃないのか」
伊吹には先ほどの俺たちの話が聞こえていたらしい。
「もしも君がスパイなら、自分から追い出されるようなことは言わない。違う?」
「とにかく、これ以上世話になるつもりはない。私は自分で寝るところを探すだけだから」
平田の声掛けにもかかわらず、意地でもここに残るもりはないような口ぶりだ。よっぽどクラス内での揉め事がひどかったのか。
「だめだよ。女の子が1人で野宿なんて危険すぎる」
「危険でもそうするしかないんだ。私を助けて何の得がある?」
「損得は関係ない。困ってる人を助けたいだけだよ」
そう言い、笑顔を向ける平田。
裏に隠れた打算的なものもない。こいつは本気でそう思ってる。
平田のまっすぐな言葉に、伊吹も観念したように口を開く。
「……クラスである男と揉めて叩かれた。それで追い出されただけだ」
言いながら、苦々しい表情を浮かべる。
どうやら、思った通りだな。こいつの顔にこんな腫れを作ったのは龍園で間違いない。
「ひどいな。女の子に……」
「これ以上詳しくは話さない。じゃあな」
「ちょっと待って。事情はわかった。クラスの子に君を置いてもらえないか頼んでみるから、少し時間をくれないかな?」
そう言うと、平田は俺を連れてDクラスのみんなに確認を取る。
結果、クラスの7割ほどは賛成した。平田は喜んでそれを伝えに行く。
と言っても、全員が全員、平田のように善意からの行為というわけではなかった。伊吹がずっとここに留まることで、Cクラスは点呼のたびに5ポイントを吐き出す。最終日まで続くとしたら、60ポイントものSポイントを失うことになる。そう言うリターンも勘定に入れた上での納得だった。
しかし気になるのは、リタイアしてしまえば30ポイントのマイナスで済むということだ。つまり、リタイアの方がCクラスの傷は浅くなるということだ。
伊吹の場合は顔の腫れがひどいから治療したい、なんていえばすんなり行くだろう。いやたとえ心身ともに健康だったとしても、外見には出ないような精神的なダメージが、なんていえば学校側としてもその生徒のリタイアを止めることはできない。
にも拘わらずリタイアを選択する素振りを全く見せないのは……何かそれなりの理由があるということなのか。リタイアできない、特別な理由が。
そんな俺の心配事など、口にしない限り伝わるはずもなく。結局、伊吹の面倒をDクラスで見ることになった。
そんなこんなで日は暮れ、夕食の時間となった。
当然ながら。櫛田たちがとってきた植物だけではクラス全員の食料を確保するには至らなかった。よって今日のところは全員分の保存食をポイントで購入。櫛田たちがとってきた植物は、明日以降に持ち越すこととした。
俺含め一部の生徒は、煮沸消毒した川の水を飲んでいる。平田の提案で、飲料水を川で済ませる人の分のペットボトルは川に入れて保存し、冷やしておくことにした。川には、まだ未開封のペットボトルが20本ほど浸されている。
ちなみに伊吹は、櫛田たちから分けてもらったものを食べているようだ。
「馬鹿じゃないのどいつもこいつも。お人好しすぎ。Cクラスとは大違い」
そう言って悪態をつく伊吹。しかしなんだかんだ言いながらも腹は減っていたのか、もらった食料はしっかり口にしていた。
と、そんな時、奇妙な動きをする人物が目に入った。
山内だ。さっきから立ち上がるのかそうじゃないのか、はっきりしない体勢をしている。
「……お前さっきからなにしてるんだ?」
「え? あ、い、いやほら、佐倉が一人で飯食ってるからさ、かわいそうだから一緒に食べてやろうかなーって思っただけだよ」
「ん……ああ、ほんとだ。でも、やめといた方がいいんじゃないか。怖がらせるだけだと思うぞ」
「綾小路にもそう言われたんだよ。くーっ、もどかしいぜ……」
なるほど、それであんな動きを……。なんだ、もしかして山内は佐倉のこと狙ってんのか。
女子のうちで一人で食べてるのは、佐倉のほかには堀北だけか。それ以外の生徒は全員、何らかのグループに属して一緒に食べている感じだ。
男子の方はそこまで隔てなく、全体的にまとまって食べているが……
と、クラスの様子を俯瞰していると、あることに気付いた。
「……高円寺は?」
「あれ、そういやいないな」
俺の左前にいた池が反応する。
「ああ、高円寺なら先ほど体調不良でリタイアして船に戻ったぞ。つまりお前たちは30ポイントのマイナスだ。高円寺には、船内で治療と休養が義務付けられた」
俺たちの疑問を聞いていたのだろう。茶柱先生がその答えを……衝撃的な事実を口にした。
「「「はあああ!!!???」」」
「何考えてんだあいつ!!」
クラス中から悲鳴にも近い叫び声が上がる。
点呼に来ないのは予想していたが、勝手にリタイアするのは想定外だった。
体調不良などと言っていたが、それが仮病であることは明々白々。これで俺たちは、高円寺一人のせいで月3000円を奪われたことになる。
「クソっ、なんてやつだ高円寺の野郎!!」
その叫びは、今頃船内でくつろいでいるであろう高円寺には届かない。
深い森に、空しく響くだけだった。