実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
なんだかんだで、Dクラスはうまく機能していた。
この無人島サバイバルという特別試験を乗り切る、という一つの明確な目標のもと、即席ではあるが団結力のようなものが垣間見えている。
初日や2日目に比べると、生徒の心にも余裕のようなものができていた。
そんな、サバイバル3日目の午前10時ごろのことだった。
「なあ、海行こうぜ海! せっかくあんなきれいな浜辺があるのに、泳がないなんて勿体ないだろ!」
「だな!」
「っしゃ行くか!」
須藤、池、山内のいつもの三人は、海で泳ぐために浜辺に出るようだ。
その大きな声を聞きつけ、海に行きたい生徒たちが3人の周りに数人集まる。
数分後には、男女混合の8人ほどの集団が出来上がっていた。
「……ちょうどいいな」
俺はそれについていくことにした。
もちろん、海で泳ぐわけじゃない。水着持っていかないし。
しかし傍から見れば、俺も海に泳ぎに行くメンバーのひとりにしか見えないだろう。
初日のこともあって、俺は一人でベースキャンプから離れられないからな。ベースキャンプの外で何か行動を起こすときには、こういう集団に乗じるしか方法がないのだ。一人で行こうとすれば止められてしまう。お前また遭難する気か、と。
準備を整え、ベースキャンプを出発。
20分ほど歩いて、ようやく浜辺に到着した。
「うっほー海だ!!」
「いえーい!!」
綺麗な海に魅せられてはしゃぎ、服を脱ぎ捨てて一直線に海に飛び込む。どうやら全員服の下に水着を着てきていたらしい。準備がいいな。
楽しそうなクラスメイトの様子を傍目に、俺は周囲を見回す。
いまDクラスが泳いでいる砂浜の右側……少なくとも目視できる範囲には、昨日までCクラスのベースキャンプがあったはず。
しかし、その場所はもぬけの殻だ。俺と綾小路の想像通り、全員がリタイアする作戦をとったようだ。
特に道具も残されてはいない、か。
それを確認し、俺はBクラスのベースキャンプへと歩を進めた。
昨日と同じ道のりを進んでいく。
「折れた大木が目印だったな……」
10分ほど森を歩いていくと、昨日も目にした折れた大木を見つける。
「昨日は気にならなかったが、この折れ方は……」
自然に折れたにしては少し妙な切り口をしている。
おそらくこれは人為的なもの。この近くにスポットがあるというヒントとして学校側が用意したのかもしれないな。
昨日あの二人がやったようにここを左折し、そのまま進んでいくと、何やらにぎやかな声が聞こえてくる。
間違いない。Bクラスのベースキャンプだ。
「あれ、君、Dクラスの速野くんだよね? どうかした?」
「……」
ベースキャンプにお邪魔しようと近づいた瞬間、Bクラスの生徒と思われる男子に声をかけられる。
名前、知られてるのか……と一瞬たじろいだが、そういえば前に一之瀬が言ってたな。あの小テストで満点を取ってから、俺は軽く有名人だと。
怪しまれることのないよう、勤めて冷静に対応する。
「ああ。神崎にこの場所を教えてもらったやつから又聞きしたんだ。迷惑だったら帰るが」
「いや、迷惑なんてことはないよ。ちょっと待ってて、一之瀬さんを呼んでくるから」
「え、あ、ああ」
名前も知らないその男子生徒は、そう言って駆け足でベースキャンプへと入っていく。
そして1分もしないうちに、一之瀬が一人でこちらに来た。男子生徒の姿は見えない。
「こんにちは速野くん」
「ああ、突然悪いな。さっきのやつはどうしたんだ?」
「あ、浜口くん? 彼には戻ってもらったよ。君も、知り合いの方が話しやすいでしょ?」
「ああ、まあな……」
そういう気遣いがあったようだ。
「それで、ここに何か用かな?」
「それなんだが、ここというより、お前に用があったんだ」
「え、私に?」
「ああ」
そのため、偶然だとは思うが、こちらから何も言っていないのにあの男子生徒……浜口っていったな。そいつが一之瀬を呼んできてくれたのは、正直かなり助かった。
「なになに、私に用って?」
「綾小路と堀北に、Aクラスのベースキャンプの場所を教えたって聞いてな。俺にも教えてほしいんだ」
言うと、一之瀬は思案顔になる。
「え? うん、それは全然かまわないけど……どうしてあの二人に聞かないの?」
まあ、当然そこは気になるよな。
「ちょっといろいろと事情があってな。はぐらかさせてくれ」
「はぐらかさせてくれって……にゃはは、そんな言葉初めて聞いたよ」
苦笑いする一之瀬。
「事情を聞かなきゃ教えられないか?」
「ううん、別にいいよ。たぶん私たちには関係ないだろうしね」
「そう言ってくれると助かる」
「いいのいいの。それで、Aクラスの拠点だよね。ここを抜けると開けた場所があって、そこから右に入ってまっすぐ行くと洞窟が見えるの。そこがAクラスの拠点だよ」
シンプルで分かりやすい説明だ。迷うことなくたどり着けるだろう。
「分かった。助かる」
「でも、二人からも聞いてるでしょ? Aクラスの様子。見に行っても情報は得られないと思うけど……」
この言い方からして、Bクラスも独自に調査しようとしたが、断念したんだろう。
「たぶんな。でも、聞いただけじゃわからないこともあるし、この目で確かめようと思ったんだ」
「ふーん……そっか。じゃあ気を付けてね。間違っても遭難なんてしないように」
そう言う一之瀬は、子どもに言いつける教師のようだった。
「ああ、肝に銘じるよ。それから一之瀬、質問ばっかりで悪いんだが」
「ん、何?」
「Aクラスの状況について、ちょっと教えてほしいんだ。なんか、派閥争い? みたいなのが起きてるって話は聞いたんだが、それ以外は何にもわからなくてな」
藤野から聞いたのは対立があるという話だけ。具体的なことは聞かされていない。
「うん、いいよ。Aクラスは今、葛城くんの派閥と坂柳さんの派閥に分かれてるの。二人ともとても優秀なんだけど、まったくと言っていいほど馬が合わないみたいでね。葛城くんが保守派で、坂柳さんが革新派、って言ったらいいのかな。そんな感じで、とにかく考え方が真逆なんだよ」
「……なるほど。今どっちが優勢とかあるのか?」
「うーん、そこまでは……でも、この特別試験を取りまとめてるのは葛城くんのはずだよ。坂柳さんは、このバカンスそのものを欠席してるから」
「そうだったか」
そういえば、Aクラスからは欠席者が出て、初めから30ポイントマイナスされてたな。その欠席者が坂柳ってやつだったのか。
「情報助かった。お返し、と言っちゃなんだが、こっちも一つ伝えることがあるんだ」
「え、何?」
「浜辺に陣取ってたCクラス、全員リタイアしたみたいなんだ」
「全員リタイア……!?」
驚きを見せる一之瀬。
「ああ。さっき見てみたら、昨日のバカ騒ぎの跡形もなかった」
「……なるほど。最初から全員リタイアするつもりだったから、あんなポイントの使い方をしてたんだね」
落ち着きを取り戻して冷静に思考し、一之瀬は正解にたどり着いた。
「たぶんな」
「とんでもないこと考えるよね。まさかゼロポイントであることを逆手に取るなんて」
「ああ、まったくだ。ただ、これでCクラスはプラスを積み重ねることができなくなった。うちにとってもBクラスにとっても、好都合な展開ではあるな」
「確かに、そうだね……」
そう答える一之瀬だが、その表情はどこか固い。
「……何か気になることでもあるのか」
気になって、単刀直入に質問する。
すると一之瀬は表情を崩し、首を横に振った。
「ううん、なんでもない。じゃあ、お互い頑張ろうね」
「そうだな」
お互いに励ましの言葉をかけあい、そこで一之瀬とは別れた。
1
Bクラスのベースキャンプを出てからは、一之瀬に教えてもらった通りの道を進んでいく。
歩き始めて30分ほど経ったころだろうか。大きな洞窟が俺の目に飛び込んできた。
そしてその穴を塞ぐように、ビニールがかけられている。綾小路から聞いていた通り。
ここが間違いなく、Aクラスのベースキャンプだ。
ビニールで塞がれた洞窟の入り口付近には、シャワー室と仮設トイレが2台ずつ置かれていた。
いくら秘密主義といっても、こういうのは洞窟の外に置くしかないよな。生活スペースは洞窟の中だろうが、そこに便所を置くのは衛生的にも精神的にも避けたいはずだ。
俺は2台並べられた仮説トイレの裏側に回る。
「おい、何してるんだ」
するとその瞬間、背後から声をかけられる。
その声からは、俺に対する警戒の色がありありと読み取れた。
振り向くと、これまた見知らぬ男子生徒が俺をにらみつけていた。
「お前、Dクラスの速野だな。昨日の今日で懲りないな、お前たちも」
「……」
なんか、俺というよりDクラス全体に敵意を抱いてる感じだ。昨日ここで何しでかしたんだよ堀北。
とりあえず、今はこの場を乗り切るか。
「……いや、悪い。偵察に来たわけじゃない。探索してたら、たまたまここに出ただけだ。それから、昨日堀北と綾小路がここに来たのは知ってる。その時に何か失礼があったなら、俺が代わりに謝る」
「そんなことはもうどうでもいい。それより、ここはAクラスの占有場所だ。部外者のお前がいていい場所じゃない。今すぐに出ていけ」
「……ああ、わかったよ。ただその前に」
「なんの騒ぎだ」
俺の発言の途中に割り込んでくる声。
大柄で、スキンヘッドの男子生徒だった。
「葛城。こいつ、Dクラスの速野だよ。Dクラスのやつ、懲りずにまた来やがったんだ」
怒りをあらわにしている男子生徒。
……なるほど、葛城ってのはこいつか。
好都合だ。
「そうなのか、速野」
葛城は俺の方を見て質問する。
「いや、さっきこいつにも言ったが偵察に来たわけじゃない。探索してたら開けた場所が見えて、それがここだっただけだ」
「そうか。町田、こいつは先の堀北のように無理やり中を見ようとしたわけでもない。手荒な真似はやめておけ。下手をすればこちらの落ち度ということになりかねない」
今にも俺に食って掛かりそうな町田という男子生徒を、葛城が言葉で制する。
そして今のセリフで、町田と呼ばれたこの男子生徒がDクラスに対して敵意むき出しだった理由が分かった。堀北お前……。
「で、でも葛城、探索してたらたまたまここに来たなんて話、信じるのかよ。Dのベースキャンプはここからかなり遠いんだぞ」
「どれだけ疑ったところで証拠はない。ここは引け」
「……わかった」
このやり取りを見ている限りじゃ、この葛城が対立している派閥の一方の頭、というのは間違いなさそうだ。
「ややこしい真似をしてすまなかったな、葛城」
「構わん。だがAクラスとしては、他クラスの生徒にベースキャンプの近くをうろつかれるのは耐え難い。早急にこの場を立ち去ってもらおう」
「ああ、わかった。ただその前に葛城、クラスのまとめ役であるお前に一つ頼みがある」
「なんだ」
「さっき話に出た堀北なんだが、無人島に降り立つ前から体調がすぐれないようでな。そのうえこの環境のせいで今も悪化してる。このままだと、最終日までには限界がきてリタイアする可能性が高い。もしもの時は、外界からより遮断されたこの洞窟内で、堀北を匿ってはもらえないか」
そんな俺のふざけた申し出に、葛城は間髪入れずに答える。
「断る。こちらにメリットがない。何より、我々のクラスの生徒に風邪がうつったら、どう責任をとるつもりだ」
ぐうの音も出ない正論だ。もちろん本気でお願いしたわけではないため、俺はおとなしく引き下がる。
「まあ、そりゃそうだよな。悪い、冗談だ」
「早く出ていけよ!」
おどける俺に怒鳴り声を飛ばす町田。
「分かった、分かったから。じゃあな葛城。そっちも、体調不良には気をつけろよ。もしもリーダーがリタイアなんてことになったら、どうなるかわからないからな」
「無論だ」
「それから、藤野によろしく言っといてくれ」
そう言うと、葛城は何か思い出したようにはっとした表情になる。
「……そうか、藤野とお前は仲が良いんだったな」
「ん、ああ、まあ。友達だよ」
「今から藤野のいる場所に向かうところだ。お前も来るか」
そんな、予想だにしていなかった誘いが葛城から持ち出される。
「ちょ、おい葛城! Dクラスの奴にそんなこと……!」
「AクラスだろうとDクラスだろうと、クラスポイントというファクターを除けば一人の同期生だ。いらぬところで対立する必要はないだろう」
「そ、そうかもしれないけど……」
「町田。試験中だから気が立つのは仕方のないことだが、冷静な思考を失うな。肩の力を抜け」
そう語りかける葛城の声色は、先ほどより少し穏やかなものに聞こえた。
「……そうだな。悪い、ちょっと取り乱した。速野も悪かったな」
町田も落ち着きを取り戻したようで、俺にまで謝罪の言葉を述べてきた。
「いや、疑われるようなことをしたのは俺の方だ。こっちこそ悪かったな」
この町田は、恐らく葛城派の生徒なんだろう。
葛城からは、チームリーダーとしての器の大きさを感じるな。
「それから葛城、さっきの藤野の話なんだが……」
2
俺は葛城の言葉に甘え、藤野のいる場所まで案内してもらうことにした。
「ほんと、悪いな」
「構わない。さっきも言ったとおりだ。クラス間争いと関係のない部分では、他クラス
の生徒との対立は避けたいと俺は考えている」
「そうか」
このあたりの考え方は、藤野とも通ずるものがありそうだな。
ちなみにだが、俺は今、葛城と二人ではない。
俺たち以外にもう一人、戸塚弥彦という男子生徒も合流して、一緒に歩いている。なぜか手に大きな袋を持っているが、何に使うかは判然としない。
戸塚は、はじめは俺を見て一瞬警戒するような顔をしたが、葛城が事情を話すと納得したらしく、それ以上何かしてくることはなかった。
雰囲気からしておそらく葛城派の生徒、それもかなり距離が近い存在だ。互いに信頼しあっている……側近、って感じか。ただの高校生には似合わない言葉ではあるが。
「着いたぞ。ここだ」
「ああ」
葛城と戸塚が立ち止まり、俺もその一歩後ろで止まる。
ここって、確か……。
と、考え事をしていた中、生い茂る植物の間から藤野の姿を確認できた。
葛城は一歩前に出て、藤野に話しかける。
「待たせたな藤野」
「あ、葛城くんと戸塚くん……と速野くん!? え、な、なんでここに……?」
この場にはいるはずのない俺の登場に、当然ながら驚きを見せる藤野。
「探索しているうちに、我々のベースキャンプにたまたまたどり着いたそうだ。ついでにここまで連れてきた」
「そ、そうだったんだ……いやあ、まさかこんなところで会うなんて、思ってもみなかったよ」
かったよ」
「ああ、まったく同感だ」
Aクラスの洞窟に来たのはもちろん目的あってのことだが、まさかそこからこんなことになるとは。
「そんなことより藤野、そのキャベツ誰かが取りにきたりしなかったのかよ」
戸塚は全く別のことが気になるようで、藤野にそんな質問を飛ばす。
突如出てきたキャベツというワード。
疑問に思って藤野の足元に目を向けると、そこには20個余りのキャベツ畑があった。
「あ、うん。大丈夫。袋は持ってきた?」
「ああ」
「じゃあ、持ってっちゃおっか」
……なるほど、袋はキャベツの収穫のためか。
「よく見つけたな、こんな場所……」
「3人で探索してたら、葛城くんが見つけてね。その時は手ぶらだったから、私が見張って、二人が収穫用の袋を持ってくるのを待ってたんだ」
「そうだったか……」
ならば、と、俺もキャベツ畑に足を踏み入れ、土から掘り起こす。
「お、おい速野! ここは俺たちAクラスが見つけたんだ! 勝手に取っていくなよ!」
焦ったように戸塚が言う。
どうやら勘違いされてしまったらしい。
「さすがにそんな卑しいことはしない。収穫を手伝おうと思っただけだ。短い時間だが、葛城にはちょっと世話になったしな。それすらもダメなら手を引くが」
答えながら、俺は引っこ抜いたキャベツを戸塚が持ってきた袋に入れる。
その行動で俺に持ち帰る意思がないことを悟った戸塚は、それなら、と引き下がった。
俺はそのままもう一つも抜いて袋に入れ、残りはAクラスの3人に任せた。
「ありがとう速野くん」
「いや、せめてこれくらいはな」
「あ、ねえ葛城くん、ちょっと速野くんとおしゃべりしていってもいい? 道はちゃんと覚えてるし、後から戻るからさ」
キャベツの入った袋の口を縛っていた葛城は、藤野の言葉にはっとため息をつく。
「……止めはしないが、勧めもしないぞ。絶対に迷うなよ」
「うん、大丈夫」
「なら、好きにしろ」
「ありがと」
収穫したばかりの新鮮なキャベツを抱え、二人はベースキャンプへ戻っていった。
藤野なら、迷うことはないと信頼しているのか……ただそれにしては、ちょっと突き放したようなニュアンスがわずかに含まれていた気がしないでもないが。
「……本当に大丈夫か?」
「うん、私こういうの覚えるの得意な方だから。それに、ベースキャンプから歩いてきた速野くんならわかるでしょ? ここからベースキャンプまではほぼ直進でいけるんだよね」
「……そういえば、そうだったかもな」
俺は二人の後についていっただけだったから、あまり意識していなかった。
「それより速野くんこそ大丈夫なの? ここからDクラスのベースキャンプまで一人で戻れる?」
心配そうに言う藤野だが、その点は問題ない。
「ああ。実は一回この近くを通ったことがあるんだ。その時の道は覚えてるから、たぶん戻れる」
「え、でも、ここって目印になるようなものあるかな?」
「ああ、あれだよ」
「あれ?」
俺が指さす先には、数えるのも嫌になるほどの木。
しかし、その中の一本に明確な目印がある。
「木に白いハンカチが巻かれてるのが見えるだろ。あれだ」
「……あ、あぁぁあ、ほんとだ! 気づかなかったよ……!」
藤野にも見えたようで、興奮気味に声を上げた。
「誰があんなところに……」
「さあ、それはわからないが」
つけてる現場を目にしたわけじゃないしな。
「でもよかった。なら大丈夫そうだね」
「ああ」
「ただ、ちょっと気になるなあ、あの木。行ってみない?」
「え、ああ。構わないが……このキャベツ畑の近くに木にも、何かしら印付けておいた方がいいんじゃないか」
「あ、確かに。じゃあこの木にハンカチをつけて、と」
俺のアドバイス通りに、自身の目の高さほどの位置にある細めの枝にハンカチをつける。
「よし、完了。じゃあ行こうよ」
「ああ」
転ばないように注意しながら、例の木を目指して歩く。
その途中、雑談がてらに気になっていたことを質問する。
「そういえば、お前は結局葛城派になったのか? 一緒に行動してたみたいだが」
「ううん、そういうわけじゃないよ。一応まだ中立を保ててるけど……この特別試験では坂柳さんがいないから、葛城くんがクラスを引っ張ってるの。それについていってる感じかな。坂柳さん派の人たちは気乗りしてない感じだけどね」
「まあいくら派閥が違うっていっても、葛城以上に優秀な奴がいなければどうにもならないからな」
「うん。二人の特徴は知ってる?」
「ああ、一応聞いてるよ。葛城が保守的、坂柳が急進的で、考え方が真逆。それが対立の原因でもある、だったか」
「うん。何を話し合っても、方向性が真逆で常に平行線。どっちもとても優秀なのは間違いないから、二人が和解したらすごいことになると思うんだけどなあ……」
「そりゃ怖い……」
なんせ、対立している現状でも、学年で最も高いクラスポイントを維持しているのだ。いがみ合っている二人の歯車がかみ合えば、今以上に手が付けられないクラスになるだろう。
「本人たちだけじゃなく、葛城派の生徒と坂柳派の生徒同士も対立してるのか?」
「うん。前に電話で相談した時も言ったけど、殺伐としてるよ」
「それ大丈夫か。情報伝達とか、上手くいかないこともあるんじゃないか」
「……正直、そうなんだよね。もちろん、基本的なことは連絡できてるけど……自分の派閥を有利にするために、クラスの妨げになるような動きをすることもあるんだよ」
「……大変だな」
1年生の中で数値の上では頭一つ抜けているAクラスも、決して盤石というわけではなさそうだな。
などと、考え事をしていたその時。
藤野が急に立ち止まり、言った。
「……ねえ速野くん、なんか話し声聞こえない?」
「え?」
俺は体の動きを止めて耳を澄ます。
藤野も同様にして、余計な音をたてないように細心の注意を払う。
「……バン、……れば…ったね」
「そう……一度……そうに…い」
風に吹かれて植物の葉が擦れる音に紛れて、確かに人の……おそらくは俺たちと同じく、男女ペアの話し声が聞こえてきた。
「……本当だ」
「誰だろう?」
「さすがにこれじゃ判別はつかないな。もう少し近くに行ってみるか」
「そだね」
声のした方に7歩ほど近づく。
「え、えええええ!? な、なにしてるの綾小路くん!? そんなのい、いくらなんでも早すぎるよお!」
「あ、悪い悪い、断りを入れておけばよかったな。って、早すぎるって、なんだ……?」
と、そんなよくわからない内容の会話が、今度は鮮明に聞こえてきた。
「……んん?」
この声、もしかして……。
「速野くん、もしかして聞き覚えあるの?」
「あ、ああ、こりゃ多分……」
さらに歩みを進めていくと、先ほどの会話の主をはっきりとこの目でとらえることに成功する。
「やっぱり……綾小路と佐倉、お前たちだったか」
俺の声に反応し、二人とも振り向く。
「……速野」
「え、は、速野くんっ……!?」
先ほどの藤野と同じく、ここにいるはずのない俺の登場に驚く二人。まあ綾小路は顔色一つ変えていないが……。
なんかデジャブ……って、そう感じるのは当たり前か。一昨日にほとんど同じようなことが起こったばかりだ。
「お前、なんでこんなところにいるんだ」
「いや、まあ紆余曲折あって……迷ったわけじゃないんだが」
話せば少し長くなる……いやそれより、その紆余曲折の末にたどり着いたこの場所で、あの時と同じく綾小路・佐倉のコンビに出くわすなんて、一体どんな確率だよ。
と、その瞬間、俺と藤野はほぼ同時にある事実に気が付く。
それは、綾小路の恰好。
身に着けていたシャツを脱いで、今は上裸の状態だった。
「ね、ねえ、もしかして私たち、お邪魔だったんじゃ……?」
その様子を見た藤野が、恐る恐るつぶやく。
「そう、みたいだな……」
「まて速野。それにあんたも。確実にとんでもない勘違いをしてるぞ」
珍しく、綾小路の声から焦りの色が見て取れた。
「いや、でも……なあ」
「うん、この状況はさすがに……」
上裸の男と、それを見て赤くなっている女。
これはどう見ても……。
「頼むから誤解しないでくれ。これだよ」
綾小路は脱いだシャツを左手に持ち、右手で地面を指さす。
「これって……トウモロコシ?」
藤野の言う通り、そこには大量のトウモロコシが、黄色い実を覗かせていた。
「ああ。いま見つけたんだが、入れるものを持ち合わせてなかったから、シャツの口を結んで袋代わりにしようと思ったんだ」
綾小路が上裸だった理由が明らかになる。非常に理にかなった決断で、俺も藤野も一気に申し訳なさがあふれ出してきた。
「あ、なるほど……」
「……いや、その、悪かったな二人とも」
綾小路の言う通り、盛大な勘違いをしていたようだ。
「わ、私は、別に……」
「オレも、いきなり脱いだのは不用意だったが、できればこういう勘違いは勘弁してくれ」
「ああ、善処するよ」
「私も、ほんとにごめんなさい……」
藤野も深々と頭を下げる。
しかし、二人ともきょとんとしている。どうやらこの女子生徒が誰かわかっていないらしい。
「ああ、こいつはAクラスの藤野で、俺の友人だ」
「あそっか、まだ自己紹介してなかったね。Aクラスの藤野麗那です。初めまして。綾小路くんと、佐倉さん、だよね」
名前を呼ばれた二人はそのことに少し驚きながらも、軽く会釈をしていた。
まあ、綾小路は俺がよく話に出してるし、佐倉も以前通学路で見かけたことがあったはずだ。藤野の情報網なら、顔と名前を一致させていても不思議じゃない。
「お詫びにトウモロコシの収穫、手伝うよ。持ち運べるようなものは持ってないけど、取ることはできるから。それと、これ全部持っていくつもりでしょ? こんなに大量だと、たぶんクラスメイトをここに呼び寄せるんだよね。その間誰かに持っていかれないように、私が見張ってるからさ」
状況を適切に分析し、先を読んでそう提案する藤野。
「ああ、確かにそうするつもりだったが……いいのか」
「うん、もちろん。お詫びも兼ねてだから。ね?」
綾小路は即決はしない。何を懸念しているのかくらいは予想がつく。
「大丈夫だ綾小路。俺たちがいない間にくすねたりするような人間じゃないぞ、藤野は。まあそんなに信用できないなら、俺たち3人のうちの誰か1人がここに残るって手もあるが、それだと藤野のいる意味がほとんどなくなる」
見張りは1人いれば十分だからな。
ここまで言うと、さすがに綾小路も大丈夫だと判断したようだ。
「わかった。じゃあ頼めるか、藤野」
「うん、おっけー」
藤野の協力を取り付け、その場に生えていたトウモロコシ50本余りをすべて収穫。
結果的に、そのすべてをDクラスが手にした。
ちなみに後から聞いた話では、この場所は初日の探索の時に高円寺が妙なことを言っていた場所で、あの白いハンカチはその場所の目印として木にくくりつけた佐倉のものだったらしい。
にしても、キャベツにトウモロコシか。学校の手が加わってるのは明らかだな。そして、それを高円寺は初日のあの探索だけで見抜いていたのか。