実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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第1巻
新たな日常Ⅰ


 2015年4月6日。

 今日この日をもって、俺は晴れて高校1年生となる。

 小学校、中学校計9年間の義務教育を終え、初めて自分の意思で入学する学校。

 だからと言って、俺自身に何か特別な変化があるわけではない。

 急に背は伸びたりしないし、髭が濃くなったりもしない。

 変わるのは俺自身ではなく、環境だ。

 制服、通学路、人間関係、学習の内容。

 しかし、理論上はそうであっても、感情はそうとは限らない。

 どこか新鮮で、シャキッとした心持。

より大きく、大人への一歩を踏み出したような気分だ。

そんな思いを胸に、俺は今日から3年間お世話になるであろう学校へと足を踏み入れる。

 

 東京都高度育成高等学校。

 

 日本政府が主導で作り上げた、これからの日本の未来を支えていく若者を育成していく高校。

 生徒の望む将来に全力で応えます、と学校案内のパンフレットに大きく書かれていた。

 その謳い文句は伊達ではない。

 実際にこの学校は、就職率、進学率ともに100パーセント、という現実離れした実績を誇っている。

 政府系の組織とあって、正直めちゃくちゃ闇を感じる数字ではあるが……俺がこの学校に入学を希望した動機は、他の部分にある。

 というのもこの学校、全寮制なのだが……寮費はもちろん、入学金、授業料が全てタダなのだ。

 つまり生徒側の負担はゼロ。

 中学の担任教師からの推薦もあり、これは行くしかない、というか行かない理由がない、ということで受験。見事合格を果たしたというわけだ。

 俺の配属されたクラスはDクラス。

 廊下の所々にあった案内に従って歩き、5分ほどでDクラスの教室に到着した。

 

 

 

 

 

 1

 

 入り口の引き戸を開けて教室に入ると、8×5の40名分の座席があることが確認できる。

 机の上には一つ一つ、ネームプレートが置かれている。

 そこから自力で自分の席を探せ、ということらしい。

 入り口から教室全体を見回して、「速野知幸」という名前を探し、そこに着席する。

 座席の位置は、窓際の後ろから二番目。

 日はあたるし出口からは遠いし、あまり好みとは言えない席だ。どうせなら一番後ろが良かった。所謂主人公席ってやつ。

 ひとまず、持ってきていた荷物を机の上に置いた。

 そして一息ついて、教室の様子を俯瞰する。

 座席は既に約半分ほどが埋まっている。

 キョロキョロしてるやつ。

 ボーっとしてるやつ。

 机に突っ伏してるやつ。

 本や学校の資料を読んでるやつ。

 誰かと話してるやつ。

 大まかに分けるとこの5パターンか。

 若干1名、机の上で足を組んで爪を研いでいるやつがいるが、どう考えてもパターン分けの母数に入れるべきじゃないので無視だ。多分やばいやつだろう。

 さて、それを踏まえて俺はどのような行動をとるべきか。

 資料を読み込むのは悪くない選択肢だ。家では斜め読みしただけのため、内容を把握したとは言えない。しかし生憎内容に興味が持てない。却下だ。

 机に突っ伏す。要するに寝る、或いは寝たふりをするという案だが、眠たくはないし、なんか嫌なのでこれも却下だ。

 となるとやはり、誰かに話しかける、という選択がベストか。

 つまり、友達を作りにいくということだ。

 これから3年間の学校生活、友達がいなければ、ちょっときついどころの話じゃない。

 そうと決まればさあ、早速。

 と、言いたいところだが。

 ———できたらとっくにやっとるわ、と心の中で吐き捨てる。

 まず大前提として言っておきたいのは、俺はすんごく友達が欲しい。ぼっちがいいとか孤高こそ至高とか、青春は嘘であり悪であるとかそんなことは微塵も思っていない。

 しかしそんな思いとは裏腹に、俺という人間はコミュ障に分類されるタイプらしく。

 対人コミュニケーション能力が著しく低いのである。

 年齢が離れている人物相手なら、むしろ楽だ。

 そういった人たちに対しては、ひたすらに他人行儀に接していればいいだけだ。

 問題は同級生や、ある程度年齢や立場が近しい人を相手取ったとき。

 こういったパターンの人に対しては、微妙な距離感の違いを正確に測って、コミュニケーションを取っていく必要がある。俺はどうもこの能力がゴミクズらしい。距離感が全然わからないのだ。

 こんな俺でも、小学校4年生まではかなり多くの友達がいた。

 しかし5年生以降、だんだんと俺の周りから人がいなくなっていき、中学の3年間に至っては友達と呼べる存在は誰一人としていなかった。中学に関しては、俺の声を知らないやつすらたくさんいるだろう。

 だから友達が欲しいというのも、一人で過ごすことのデメリットはもちろん、メリットもしっかり理解したうえでの欲求だ。

 にしても、友達ってマジでどうやってる作るもんだったっけ。

 とりあえず話しかけないと話にならんというのはもちろん分かってるが、それにしたってこんなに勇気いるようなものだったっけ?

 どうやって話しかける? 話題はどうする? 天気とか? というかそもそも誰に話しかける?

 などとあーだこーだ考えているうちに、スーツを身にまとった女性が一人、教室に入ってきた。

 

「お前たち、席につけ。ホームルームを始める」

 

 口ぶりからして、このクラスの担任か。生徒たちはその指示に従い、各々の席に戻っていく。

 この時間での友達作りはあえなく失敗か。

 ……ま、まあこれからまだチャンスはあるだろ。多分。

 担任の教師とみられるその女性は、一度咳ばらいをしてから話し始めた。

 

「えー、諸君。Dクラスの担任になった茶柱佐枝だ。科目は主に日本史を担当している。まず初めに言っておくが、この学校にクラス替えなるものは存在しない。3年間同じメンバーで過ごしていくことになると思うので、よろしく。今から1時間後、体育館にて入学式が執り行われるが、その前にこの学校の特殊な決まりについて、いくつか説明しておこうと思う。今から資料を配布する。これは入学案内に同封されていたものなので、既に持っている人もいるかもしれないが」

 

 配布された資料を見ると、なるほど確かに見覚えのある表紙だ。

 あとクラス替えないのか。知らなかった。斜め読みしかしてないだけあって知識がザルだ。

 となると、尚更このクラスで友達作りに失敗するわけにはいかんな……という俺の不安をよそに、全員で資料の読み合わせが始まる。

 先ほど茶柱先生の述べたこの学校の特殊な決まりとは、例えばこのようなものだ。

 

・生徒は3年間、敷地内の寮で生活する

・原則、敷地外に出ることはできない

・敷地外の人間との連絡はできない

 

 特に二つ目と三つ目。

 この学校の特殊性が非常によく表れている。

 つまり今日の朝、登校中のバスから見たのを最後に、俺はしばらく外の景色を見ることができない、ということになる。

 その代わりこの学校には、生徒が退屈することのないよう、様々な娯楽施設が用意されている。

 ショッピングモール、カラオケ、映画館など。どれもこれも最新式のものが誘致されているらしい。この学校の敷地全体が一つの街を形成しているような感じだ。

 そしてもう一つ、この学校の特殊性を象徴するような決まりがある。

 

「これより、Sシステムに関する説明を行う。それに先立って、まずは学生証カードと個別端末を配布する」

 

 今配布されている学生証カードには、この学校において通貨の役割を果たす「プライベートポイント」がICデータとして入っている。1プライベートポイント=1円のレートだそうだ。

 

「この学校において、プライベートポイントで原則買えないものはない。指定のポイントを支払うことで、あらゆるものの購入や、施設の利用が可能だ。そしてポイントは、毎月一日に自動的に振り込まれることになっている。そして学生証カードとともに配布した個別端末を使って、ポイントに関連する操作を行える。ポイントの譲渡や受取、残高照会、さらにポイントの出入りの詳細が示される帳簿機能もついている優れものだ。また、この端末には通常のスマートフォンとしての機能も備えられている。この中には個人で携帯電話を所持している生徒もいるかもしれないが、入学前に通知していたように、そちらでの通話やインターネット通信はできないので、気を付けるように。なので今後は、この端末を自身の携帯電話として使用することをお勧めする。すでにポイント関連のアプリが端末にインストールされている。試しに残高照会でもしてみるといい」

 

 とのことなので、早速アプリを開き、残高照会という項目をタップする。

 それと時をほぼ同じくして、教室内がざわめき始めた。

 俺自身も思わず「えっ」と声を上げてしまった。

 確認したポイントの残高は……10万。

 俺たちはいきなり、10万円相当もの大金を手にしてしまったのだ。

 

「ふふ、額の大きさに驚いているようだな。この学校は実力によって生徒を測る。この学校に入学を果たしたお前たちには、その時点でそれだけの価値があるということだ。先ほども言ったが、このポイントが毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。なお、ポイントをいくら貯め込んだとしても、このポイントは卒業時に全て学校側が回収することになっているので、その点は気を付けておけ。ポイントは何にどう使おうとお前たちの自由だ。遠慮なく使え。ただし、他の生徒からポイントを巻き上げる、なんてマネはするなよ? 学校はそういったことには敏感に対処する」

 

 と、いうことらしいが、ほとんどの生徒は額に呆気にとられ、その後の説明など右から左の様子だった。

 今の説明、だいぶ違和感だらけだったと思うんだが。

 今日高校生になったばかりのガキに、10万円もの大金をポンと渡しておいて、積極的に散財することを促すような説明の仕方。「計画的に使え」とか「無駄遣いするな」などの注意は一切なかった。いまどき消費者金融ですらやってるのに。

 義務教育ではないから、自主性を尊重する、ということか。

 果たして、先生の言葉通りに使いまくってもいいのかどうか。

 

「質問はないようだな。では、よい学生ライフを送ってくれたまえ」

 

 

 

 

 

 2

 

 入学式。

 それは新入生の新たな門出を飾る、重要な行事の一つ。

 ……と思っているのは、生徒の親など、ごく一部だけだろう。

 その他大勢、特に主役たる新入生にとっては、何も面白みのない形式的なだけの行事にすぎない。

 学校の理事やら役員やらが語る、それはそれはありがたいお言葉。

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます、なんて本当に耳にタコができるほど聞かされてうんざりする。オクトパスなんて受験のゲン担ぎアイテムだけで十分だ。

 そんな退屈な入学式を終え、一度教室に戻った。

 その後は茶柱先生から敷地内の施設の簡単な説明を受け、そのまま解散を告げられた。

 生徒の多くは、そのまま寮に戻るようだ。

 しかし、中には早くもグループを形成し、早速ポイントを使ってショッピングやらカラオケやらに行く生徒もちらほら確認できる。

 俺も誰かに誘われないかなーと思うが、この学校に来てから俺が発した言葉は「えっ」だけ。そんなやつ誘われる方がおかしいというものだ。当然の流れとして、放課後は1人で時間を過ごすことになる。

 そのまま寮に行ってもいいんだが、俺はその足でコンビニに向かうことにした。

 端末に登録されていた敷地内のマップを調べていたのだが、この学校にあるコンビニは、大手コンビニチェーン店のどれにも当てはまらない店名だった。

 品ぞろえもわからないので、それを把握するのが一つ。ついでに昼飯もそこで買っていこうと思う。

 敷地内を歩いていて感じることは、やはり管理が行き届いているな、ということだ。

 流石は政府主導の学校。汚れやほこりなどは目につかない。非常に清潔に保たれている。

 校舎を出て数分歩くと、目的地であるコンビニに到着する。

 店内では、俺と同じ新入生と思われる生徒が買い物をしていた。

 結構、いやめちゃくちゃ広いな。コンビニは確か法的規制の問題で店舗面積を抑えていたはずだが、その規制面積ギリギリを攻めてるんじゃないか。

 そのためか、品ぞろえはかなりよさそうだ。何十種類ものカップ麺が同じ棚に並んでいる光景なんて、壮観ですらある。

 

「もしかして、Dクラスでオレの前の席に座ってたか?」

 

 羅列されたカップ麺の光景に感心していると、ふとそんな声が聞こえてきた。

 Dクラス、って単語が出てくるってことは、もしかしてこれ、俺に話しかけてる……?

 そんな淡い期待を胸に、声のする方へ振り向いた。

 

「えーっと……」

 

 そこには、茶色がかった髪の男子生徒が立っていた。

 顔を見ると……あーはいはい、確かに、俺の後ろの席のやつだ。配布物を後ろに回す時に見た顔で間違いない。

 これは交友関係を築くチャンスだ。この機を逃すわけにはいかない……。

 

「あー……ああ、多分それで合ってる」

 

「自己紹介のとき、いなかったよな。どこに行ってたんだ?」

 

「……自己紹介?」

 

「入学式の前、先生が教室を出て行ったあと、みんなで自己紹介しようって話になったんだ」

 

「……マジで?」

 

「ああ」

 

 うそだろ、そんなイベントがあったなんて……。

 

「いや、まあちょっと……雉を撃ちに行ってて」

 

「ああ、そうだったのか。悪いこと聞いたな」

 

「……ま、まあ、気にすんな」

 

 マジかよこいつ。雉撃ちで意味通じるのか。想定外だった。「雉を撃つ?」って聞き返される予定だったんだが……。

 ちなみに意味はトイレの大のことだ。有体に言えばうんこだ。

 つまり俺は、便意の解消と引き換えに、友達作りのきっかけとなる重大イベントをみすみす逃してたってことだ。

 後悔の念がどっと押し寄せてくる。

 ……まあ、俺が自己紹介を友達作りに有効利用できるかは大きな疑問だが。

 終わったことをいつまでもくよくよしていても仕方がない。今は目の前のチャンスを逃さずに掴むことが先決だ。

 

「オレは綾小路清隆だ。よろしく」

 

 どう会話を続けていこうか考えていると、向こうの方から自己紹介をしてきた。

 

「……」

 

 なるほど。友達が欲しいのは俺だけじゃなかったってことか。

 

「……速野知幸。よろしく」

 

 互いに自己紹介を済ませただけではまだ友人とは呼べないだろうが、「顔も名前も知らないクラスメイト」から「知り合い」くらいにはなっただろう。

 綾小路にとってはどうかわからないが、俺にとっては非常に大きな一歩だ。

 

「よかったわね、お仲間ができて」

 

 突如耳に入る、女子生徒の声。

 棘の含まれたセリフは、綾小路の後ろにいた女子生徒からのものだった。

 

「言い方に悪意を感じるんだが?」

 

「別に、好意も悪意もないわ。あなたの交友関係に興味なんてないもの」

 

「そうですか……」

 

 穏やかでないやり取りを繰り広げる綾小路。

 その会話相手の女子生徒は、一目見ただけで美人と言えるほど、整った容姿をしていた。

 え、綾小路こいつ、女子とコンビニ来てたのか……こいつ実は中々やり手? いやでも、会話の内容を聞く限りだと全然仲良くなさそうなんだが……

 まあそれはさておき、俺はこの女子生徒にも見覚えがあった。

 

「綾小路とは知り合いなのか」

 

「……それは私に話しかけているの?」

 

「あ、はあ、一応そのつもりだけど……?」

 

 変なことは聞いてないはずだが、めっちゃ嫌そうな顔をされてしまった。

 

「はあ……そうね。彼とは一応知り合い、ということになるわね。ちなみに勘違いしないうちに言っておくけれど、私が彼とここにいるのは偶然よ」

 

「……そうなのか?」

 

「堀北とは不思議な縁があるんだ。今朝登校したバスも一緒だったし、席も隣。今もこうして同じコンビニに居合わせてる」

 

「嫌な偶然もここまで重なると、呪いでもかけられているのかと疑いたくなるわね」

 

「同感だな」

 

「……」

 

 この二人のぎくしゃくした会話はさておき、俺がこの女子生徒に見覚えがあった理由が分かった。綾小路の隣だから、何かの拍子に目に入ったんだろう。

 あと、この女子生徒の名前は堀北っていうのか。把握。

 てかこの二人、いくら何でも偶然重なりすぎじゃないか。窓際の一番後ろとその隣って。ラノベの主人公とヒロインかよ。戦死者に鬼の補習が待ってたりするの?

 

「ねえ……これ、どういうことかしら」

 

 声に反応して振り返ると、堀北が少し驚いた表情で、ある方向を指さしていた。

 そこにあったのは、「無料コーナー」と表示されたワゴン。

 1カ月3点まで、と注意書きがなされ、歯ブラシや絆創膏などの雑貨がワゴンに詰め込まれていた。在庫処分セールかと一瞬思ったが、無料なんだからセールですらない。

 

「なんだこれ……」

 

「ポイントを使い過ぎた人への救済措置、ってことかもな」

 

「1カ月に10万円も与えておいて、随分と甘い学校なのね」

 

 全く同感だ。

 この学校でポイントが必要になる場面なんて、生活必需品費を除けば娯楽などの嗜好品費くらいのものだろうに。

 もちろん、むやみやたらに散財を続けていれば、月10万なんてあっという間に消えてなくなるだろう。しかし常識に則って計画的に使えば、月5万円でも十分すぎるくらいだ。

 学校側の意図は分からないが……今はそんなことは関係ない。

 無料ならそれを利用しない手はない。

 ありがたくその恩恵に預かることにする。

 俺はそのワゴンから歯ブラシを2本、歯磨き粉を1つ手に取り、近場にあったカゴに入れた。

 

「早速買うの? 浪費しろとは言わないけれど、このタイミングで無料の商品を取るなんて、かなりの守銭奴ね」

 

「守銭奴って……」

 

 言い方きつすぎるだろ。まだ会って数分のはずなんだけど。

 

「別に粗悪品ってわけでもなさそうだし、いいだろ。それに安いもので済ませたいって思ってるのは、堀北も同じじゃないのか」

 

 堀北の持っているカゴの中には、シャンプーや保湿クリームなどが入っている。しかしどれも安価なものばかりだ。

 

「……まあ、浪費家よりはいいかもしれないわね」

 

 納得したんだかしてないんだか、よくわからない返事が返ってくる。

 表情は相変わらず不機嫌そうだが……これは同意を得られたってことでいいんだろうか。少なくとも反発はしてなかったし……なら同意だな。うんそうだ。そういうことにしておこう。

 

「ねえ」

 

 そんなことを考えていた中で堀北に呼ばれ、体が跳ねそうになるのを抑えて答える。

 

「ん、何か」

 

「あなたいつの間に私の名前を知っているの? 名乗った覚えはないけれど」

 

 ああ……なんだそのことか。

 

「俺も別に名乗られてない。綾小路がさっき口走ったのを覚えてただけだ」

 

「そういうこと……迷惑なことをしてくれたわね」

 

「迷惑って……名字で呼ばれるのに何か不都合あったか。なら希望の呼び方を教えてくれ」

 

「出来れば呼ぶことそのものを控えてほしいわね」

 

「仮にもクラスメイトでそれは難しいだろ。しかも話によれば、三年間クラス替えはないらしいしな」

 

 つまり予定ではこいつと3年間同じ教室で過ごすわけだ。

 その間に名前を呼ぶ機会がないということはあり得ない。

 

「はあ……堀北鈴音。呼び方は堀北でいいわ」

 

「お、おお……そうか。わかった。堀北ね。了解」

 

 名乗るべきと考えてはいたものの、……まさかこんなに素直に名乗るとは思ってなかった。

 こちらの名前を聞かなかったのは、興味がないのか、それともさっき綾小路に名乗ったのが耳に入っていたのか……後者だと信じておこうか。

 さて、とりあえず昼飯の調達にかからなければ。

 既にメニューは決まっている。

 さっき見た段階で、今日はカップ麺の気分じゃないことは分かっていたので、そこからおにぎりのコーナーに移動する。

 やはりこっちも種類が豊富だ。

 適当に見繕い、おにぎりを二つと、そしてすぐそばに陳列されていたサラダを手に取ってレジに並んだ。

 

「っせえな、いま探してんだよ!」

 

「早くしてくれよ。後ろがつっかえてるんだから」

 

「あ? なんか文句あんのかよ!」

 

 そんな不穏なやり取りがレジのカウンター付近から聞こえてきた。

 言い争っているのは2人の生徒だ。

 片方はごくごく普通の生徒。

 しかしもう片方、いきなり怒鳴り始めた方は、赤い髪をしたガタイのいい大男だった。ザ・不良って感じ。色々な意味で目立ちまくっていた。

 そしてまたしても、俺はこいつに見覚えがあった。

 俺と同じDクラスの生徒だ。こんな目立つやつ、一回見たら忘れないだろう。

 

「何かあったのか?」

 

「あ? なんだお前」

 

 そのやり取りに割り込み、赤髪に話しかけたのはなんと綾小路だった。

 

「……」

 

「意外ね」

 

 買い物を終え、俺の後ろに並んだ堀北がそう呟く。

 

「何が」

 

「事なかれ主義を自称している割に、あんな面倒ごとに首を突っ込むなんて」

 

「事なかれ主義?」

 

「彼がそう言ったのよ。自分は事なかれ主義だ、とね」

 

「ああ、そう……」

 

 確かに、それが事実だとしたら言行不一致だ。

 ただ、あの赤髪にビビることなく声をかけ、事態の収拾にあたってくれたのはありがたい。

 どうやら先ほどの揉め事は、あの赤髪が一度寮に戻った際に、自室に学生証を忘れてきてしまったことが原因らしい。綾小路が支払いを建て替えるということで、その場は解決した。

 ……てことは、あの赤髪が全面的に悪くね? なんであいつあんなにキレてたの?

 この赤髪といい、教室で足組んで爪を研いで、この赤髪と同じでめちゃくちゃ目立ってたやつといい、今俺の後ろにいる堀北といい……少々厄介な奴らとクラスメイトになってしまったらしい。

 とにもかくにも無事問題は解消され、つかえていた列が進んでいく。

 俺と堀北はそれぞれ別のレジでほぼ同時に会計を済ませ、出口まで一緒に歩くことになる。

 

「便利だな、この決済方法」

 

「財布や現金を取り出す手間が省けるのは、確かに楽ね」

 

 これからは間違いなくキャッシュレスの時代が来ると確信した。

 店を出る直前、レジ横のスペースでカップ麺に熱湯を入れている綾小路が目に入った。

 

「カップ麺買ったのか」

 

「買ったには買ったが、これは須藤……さっきの背がデカいやつのものだ。オレのはこっちだ」

 

 あの赤い髪のやつは須藤か。覚えとこう。しばらくはあんまり深く関わらない方向で。

 

「お前須藤の分まで準備してるのか」

 

「要するに、使いっ走りね。それともこれも友達作りの一環?」

 

「友達作りっつーか……まあ、ついでだしいいさ」

 

「そう。まあ勝手にするといいわ。私には理解できないわね。初対面からこんな扱いを受けて、それを甘んじて受け入れるなんて」

 

 堀北の気持ちは分からなくもないが、発言ひとつひとつに棘を含めないと気が済まない性格なのかこいつは。あと初対面の俺を守銭奴呼ばわりしてきやがったお前がそれ言う?

 反論されても面倒なので、心の中だけでそう毒づいておいた。

 なんというか、堀北としゃべるのは楽だ。

 俺は空気を読めない人で、堀北は空気を読まない人。言いたいことだけ言って、言いたくないことは言わなくていい。距離感を測る必要が全くないのだ。

 

「カップ麺って簡単に作れるな」

 

「え、作ったことなかったのか?」

 

 おかしな言い回しをする綾小路に、気になって突っ込みを入れる。

 

「いや、そういうわけじゃないんだが。こう、改めてな」

 

「……そうか」

 

 いやまあ、確かにめちゃくちゃ簡単だよね。それでいて大体美味い。安藤百福先生には頭が上がらないぜ。

 綾小路がお湯を入れ終わったのを確認して、3人でコンビニを出る。

 店を出てすぐ、数本ののぼり旗が並んでいるスペースに、先ほどトラブルの種となった須藤が座っていた。

 綾小路は持っていたカップ麺の一つをお湯がこぼれないように須藤に手渡す。

 

「おう、あんがとよ」

 

「ここで食べるのか?」

 

 戸惑いを見せる綾小路。

 

「たりめーだろ。ここで食うのが常識だっつの」

 

 迷いのない返答を聞いて、堀北は呆れ交じりにため息をついた。

 常識かどうかは知らないし、絶対そんなことはないと思うが、確かにコンビニの前でたむろってカップ麺食ってる集団は街中で見かけたことがある。

 ただ店側は迷惑だろうし、行儀の悪い行為なのは間違いない。ああいうのは中学あたりで卒業するべきだろう。

 

「私は帰るわ。ここにいたら、私の品位まで落ちそうだもの」

 

「あ? どういう意味だよコラ。お高くとまってんじゃねーぞ」

 

 すかさず堀北に噛みつく須藤。対して堀北は全く意に介していない様子で、ガン無視を決め込んだ。

 須藤の沸点の低さはどうかと思うが、その前の堀北の言動もなかなかのものだ。

 誰とも仲良くするつもりがない、って姿勢はめちゃくちゃ伝わってくるが、それならそれで余計なこと言うなよ。

 誰とも仲良くしないことと、自ら周囲に敵を作って嫌われにいくことは全然違うことなんだが、堀北はそこらへんちゃんと分かってるんだろうか。

 

「おい、人の話聞けよ!」

 

「ねえ、どうしたの彼、急に怒り出したけれど」

 

「は……」

 

 え、そこで俺に回すのか堀北さんよ。文字通りのキラーパスだ。

 俺が対応に困っているうちに、須藤の怒りは勢いを増していく。

 

「こっち向けよ、おい!」

 

「おい須藤、堀北の態度も少し、いや大分悪かったが、それにしてもちょっと怒りすぎだ」

 

 例によって、綾小路が止めに入る。

 しかし須藤の怒りは収まらない。

 なんか、俺もちょっと帰りたくなってきた。コンビニに来た目的は達成できたしもういいかな帰っても。

 

「ああ!? この女が生意気なのが悪いんだろうが!」

 

「やかましいわね。思い通りにいかないとすぐにわめき散らす。3歳児と同じレベルね。2人とも、その人とは友だちにならないことをお勧めするわ」

 

 そう言って、堀北は寮へと歩き出していった。

 

「待てよコラ! おい!」

 

「落ち着けって」

 

「クソが! なんなんだよあの女! ああいう真面目ぶったやつが一番嫌いなんだよ俺は!」

 

 怒りをぶつけるようにして、須藤は持っていたカップ麺をすすり始める。

 堀北が真面目ぶっているかはさておき、あんな態度では悪印象を持たれても仕方がない。

 どうしたものか、と綾小路に視線を送るが、向こうも向こうで困ったような表情をするだけだった。

 そして、災難というものはえてして続くものだ。

 

「おい、お前ら1年か? ここは俺たちの場所だぜ」

 

 俺も寮に戻るか、と思ったところで、綾小路と同じく熱湯を入れたカップ麺を持ってコンビニから出てきた3人組に声をかけられた。

 口ぶりから、上級生であることが分かる。

 マジかよ、この人たちもここで食べるクチか。

 政府が運営してる学校のくせに、こういうの内申評価とかでふるいにかけなかったのかよ。

 

「あ? いま俺が食ってんのが見えねえのかよ。失せろ」

 

 フラストレーションが溜まりまくっている須藤。その苛立ちを隠すことなく言い放つ。

 

「おいおい聞いたか? 失せろ、だってよ。こりゃ生意気な新入生が入ってきたもんだ」

 

 俺たちを馬鹿にしたように笑う3人組。

 この場に堀北がいなくてよかった、と安心したのも束の間。

 須藤がやおら立ち上がり、食べていたカップ麺を地面に叩きつけた。

 当たりに飛び散る麺と具とスープ。おい、俺の靴にちょっとかかったんだけど……なんてとても言い出せるような雰囲気ではない。

 

「1年だからって舐めてんじゃねえぞ!」

 

「うるせえガキだな。ほら、ここに荷物置いてんだろ?」

 

 そう言いながら、上級生の1人がぶちまけられたスープを避けるようにして「今」荷物を置いた。

 

「はい、ここに俺たちの荷物がありました。わかったらどけよ」

 

「上等じゃねえかコラ……」

 

 須藤の後ろには、メラメラと怒りの炎が見えてくるようだった。

 ただこの件に限っては、須藤よりも、悪質な絡み方をしてきたこの3人組に非がある。キレている須藤を責める気にはなれなかった。俺の靴にスープがかかったことを除いて。

 このままでは暴力沙汰になりかねない。

 気がかりなのは、天井で俺たちを撮っている監視カメラがある中、須藤が暴力沙汰を起こしても問題にならないのか、ということだ。

 あとこの上級生も。今日入学したばかりの新入生に対してこんなちょっかいをかけるなんて。発覚したら注意されるんじゃないのか。

 様子をみる限り、この3人はそんなこと全く気にしてなさそうだが。いまも怒りをまき散らす須藤を見て、愉快そうに笑っている。

 

「おー怖い怖い。お前らのクラス当ててやろうか? どうせDクラスだろ」

 

「あ!? だったらなんだっつんだよ!」

 

 須藤が答えると、上級生は一瞬の間の後、今までよりさらに盛大に笑った。

 

「はは、やっぱりな! お里が知れるってもんだよなあ」

 

「どういう意味だよコラ!?」

 

「うるせえガラクタだな。んじゃ、今日だけはお前ら『不良品』にこの場所譲ってやるよ」

 

 そんな捨て台詞を残し、荷物を取って立ち去ろうとする三人。

 しかし、須藤はまだ噛みつこうとする。

 

「逃げんのかよおい!」

 

「吠えてろよ。どうせお前ら、いずれ地獄を見ることになんだからよ」

 

 そう言って、ようやく3人は俺たちの前から姿を消した。

 須藤の怒気は未だに収まっていないが、これ以上ゴタゴタが起こらないよう祈るばかりだ。

 それにしても。

 不良品。それに地獄を見る。か。

 どちらも気がかりなワードだ。それに、俺たちがDクラスだとわかったときの反応も妙だ。

 気になったが、質問しようにも3人の姿はすでにない。それにあの様子だと、聞いても馬鹿にされるだけで答えてはもらえないだろう。

 

「あーうぜえ。女といいあいつらといい」

 

 舌打ちをしながらそう言い、須藤は散らかったカップ麺の残骸をそのままに立ち去ってしまった。

 残されたのは、完全にとばっちりを食らった形の俺と綾小路。

 

「……片付けるか」

 

「……そうだな」

 

 2人してしゃがみこんで、ごみの片づけを始めた。

 コンビニを出る生徒が例外なく寄越す「何やってんのこいつら」みたいな視線が痛い。

 奇遇だな、全く同感だ。何やってんだろうな俺たちは。

 綾小路との親密度が深まった気がした。

 

 

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