実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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新たな日常Ⅱ

 須藤の件が片付いた後、俺は綾小路とは別行動で寮に戻り、昼食を済ませた。

 一緒に戻ってもよかったんだが、そこはなんかこう、その場の雰囲気でそうなった。恐らくこれこそ俺がぼっちたる所以だろう。

 その後、荷物の整理を行った。

 衣類やタオルなど先に郵送できるものは入学前に学校側に郵送し、寮の自室に届けられていた。それを備え付けのクローゼットやベッド下の収納スペースに片付けていく。

 空になった段ボールをまとめるところまで作業を終えると、次は生活必需品の買い出しだ。

 向かった先はホームセンター。

 掃除機やドライヤー、電子レンジ、冷蔵庫など、基本的な家電は寮に備え付けのものがある。調理器具もフライパン、まな板、包丁、さじ等は用意されていた。食器も最低限はそろっており、材料を買えばすぐに調理ができるようになっていた。

 電気代、および水道光熱費はかからないことになっている。そのためポイントを節約したければ自炊するのが得策だが、10万ものポイントが支給された今、そんな億劫なことをする生徒はいないだろう。

 ホームセンターではシャンプー等のバスグッズ、指定のゴミ袋、各種洗剤、それからペットボトルの水を2L購入した。何か不足があったら、また次の機会に買い足せばいい。

 その整理を終えると、本格的にやることがなくなった。

 いや、それは正確じゃないな。

 やることはあるが、とりあえず作業がひと段落したために、体が動きたくないと言っている。

 虚無の時間。部屋には静寂が流れる。

 

「……昼寝するか」

 

 睡眠には、脳内の情報を整理する働きがあるという。

 とりあえず気持ちを落ち着けよう。

 腹が減ったら勝手に起きるはずだ。夕飯はその時でいいや。

 

 

 

 

 

 1

 

 俺が昼寝から目を覚ましたのは、午後6時ごろのことだった。

 

「ちょうどいい時間に起きたな……」

 

 早すぎず遅すぎず、夕飯にはジャストタイミングだ。俺の腹時計に称賛を送ろう。

 さて。どこに食べに行こうか。

 コンビニは昼に行ったので、どこか違うところに行きたい。

 となると、学食か、どこかのレストラン……

 学食にするか。

 今日配布された端末を利用して調べると、放課後の営業時間は夜7時まで。ラストオーダーは6時半だ。

 買い物から帰ってきてそのまま昼寝をしたので、最初から服は外出しても問題ないものになっている。準備に時間がかからないから、恐らく間に合うだろう。

 寝癖がやばくないかだけチェックして、部屋を出る。

 学食はその名のとおり、学生のための食堂。放課後だけでなく、昼食時間も学生でにぎわう。というより本来の役割は昼食時間だろう。そのため当然、校舎に併設されている。

 つまり寮から学食への道のりは、イコール校舎への道のりということになる。

 寮からそのまま校舎に向かうのは、これが初めてのことだった。

 所要時間は大体10分弱ってところか。

 

「今日からこの道を通って、学校に通うことになるのか……」

 

 と言っても、通っている時間帯が違うからな。

 朝の登校時に見る景色は、いまとは全く違うものになるんじゃないだろうか。空の色や太陽の方角、歩いている生徒の数や方向とか。

 学食は空いていたが、十人ほどが食事をとっている。

 新入生かどうかの判別はつかないが、大半はこの時間まで学校に残っていた生徒だろう。

 部活か、あるいはそれ以外の用事か。

 寮からなら、ケヤキモールという大型ショッピングモールの中や、その付近にあるレストラン街の方が若干ではあるが近い。

寮からわざわざ学食に来る物好きは、滅多にいないだろう。

 早速メニュー表を見て、何を注文するかを品定めする。

 

「……?」

 

 その時、俺の目に飛び込んできたもの。

 それは昼間のコンビニと同じ「無料」の二文字。

 

「またか……」

 

 日用品だけじゃなく、食事にも……

 無料のメニューの一つは「山菜定食」と名付けられている。

 写真が載っているが、見るからに貧相で、はっきりいって美味しくなさそうだった。

ただ、無料か……。

 

「……いや、やめとこう」

 

 興味本位で注文してみようかと思ったが、寸前で踏みとどまる。

 夕飯はしっかりと食べたいという欲求が、好奇心を上回った。

 とはいえ、山菜定食も当然気になる。そっちは不味いこと覚悟で明日の昼にでも食べるとしようか。

 結局、450ポイントの生姜焼き定食を選択。

 お膳を受け取り、会計を済ませる。

 ここでも、ポイントによる決済の利便性を実感した。

 小銭はあまり綺麗ではないからな。食事の直前に触れたいものじゃない。

 対してこの決済方法なら、端末を機械に通すだけで、つり銭もなくスムーズにできる。

 端末をポケットにしまいつつ、適当に空いている席に腰かけた。

 飯に口をつける前にウォーターサーバーから水を入れてこようと思い、椅子を引いて席から立ち上がろうとした。

 そのとき。

 

ゴツン

 

「あっ!」

 

「え」

 

バシャッ~

 

 ……うっそだろおい。

 立ち上がろうとした瞬間、後ろを歩いていた生徒に引いた椅子が直撃。

 そしてその生徒が、持っていたお膳を落とした。

 結果、俺は頭から味噌汁をぶっかけられることになってしまった。

 頭皮に広がる生暖かい感覚。

 ブレザーにも味噌汁がしみこんでいく。

 米も付着し、これじゃまるで猫まんまだ。

 

「あ、ご、ごめんなさい! いま拭きます!」

 

 ぶつかってしまった生徒は女子生徒で、焦った様子でスカートのポケットからハンカチを取り出している。

 

「え、ああいや、大丈夫なんで……」

 

「で、でも拭かないと……」

 

 遠慮したが、その女子はすでに俺のブレザーにハンカチを当てていた。

 さすがにここまでされて無理やり拒否するわけにもいかない。素直に拭かれることにする。

 そして、そろそろいいか、というところで声をかける。

 

「あの……もう大丈夫ですよ。いきなり椅子引いてすいません」

 

「い、いえ、私の方こそ味噌汁かけちゃって……本当に……」

 

 お互いに平謝り。

 まあ双方不注意だったし、それを自覚している。どちらが悪いわけでもない。強いて言えばどっちも悪い。

 これ以上の問題はなさそうだ。

 ただ、謝ってばかりでは先に進まない。

 

「あの、床も汚れてるし、そっち片付けませんか」

 

 床には、米やおかずなど、彼女が注文したとみられるメニューが散乱していた。

 

「そ、そうですね」

 

 汚れてしまったブレザーを脱ぎつつ、しゃがみこんで床を片付ける。

 なんか、数時間前にも似たようなことした気がするんだけどなあ。

 たぶん厄日だ、今日は。

 

 

 

 

 

 2

 

「水、どうぞ」

 

 二つ持ってきたコップのうち、一つをその女子の前に置く。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いえ……」

 

 その女子はそれを受け取り、ごくごくと飲み始める。

 白く細い喉がかすかに動く様子が目に入り、視線を固定されてしまった。

 襟足が長めの銀髪のショートボブで、色白。身長は平均的だ。目はくりくりとしていて大きく、かなりレベルの高い美少女だろう。

 あと、胸がめっちゃでかい。

 それから……いや、気のせいか。

 

「あの、学年、教えてくれませんか?」

 

 コップの4分の1ほどを飲み終えたのち、その女子が聞いてくる。

 

「1年……ですけど」

 

「あ、そうだったんだ。私と同じ。よかったあ」

 

 そう言って、安心した表情を見せる。

 まあ、これが普通の反応だろうな。あんなことになったのが年上なら少し怖くなるし、年下なら申し訳なさが増大する。

 だが、個人的にはあんまり安心はしない。例によって、俺は同級生とのコミュニケーションが苦手だ。

 とりあえず頑張ってはみるが。

 

「私、Aクラスの藤野麗那。よろしくね」

 

 明るく自己紹介をされた。

 俺と違って、相当コミュ力が高いらしいというのがすぐに分かる。

 

「あ、ああ。……Dの速野知幸だ。よろしく」

 

「うん。よろしく」

 

 頷いて、俺に笑顔を向けてくる藤野。

 ああ、男女問わず人気者なんだろうな、こいつ。

 いいことではないとは思っていても、やっぱり人って見た目で判断してしまうものだ。見てくれと雰囲気がいいやつってずるい。

 にしても、どうすっかなあこの雰囲気。

 普通に腹減ってるし、早く生姜焼きを食べたいんだが……なんかこう、食べづらい。

 恐らく原因は、俺が藤野の夕飯を台無しにしたことへの罪悪感だ。

 なら……仕方がないな。

 

「……藤野、これ食っていいぞ」

 

「え?」

 

「俺の不注意でお前の夕飯おじゃんにしちまったし……まだ手は付けてないから大丈夫だ」

 

「そ、そんな、悪いよ……それに、速野くんはどうするの?」

 

「山菜定食でも食べればいいだろ」

 

 試すのは明日の昼、と思っていたが、まあいいや。遅いか早いかの違いでしかない。それに案外美味しいかもしれないし。

 そうして再び注文カウンターへ行こうとしたのだが。

 

「ちょ、ちょっと待ってってば。そんなことできないよ」

 

「俺はいいから。気にせず食えよ」

 

「私がダメなの」

 

「ダメなの、って言われてもな……」

 

 このままガツガツ食うわけにもいかないし……。

 

「うーん……あ、そうだ。じゃあ半分こしようよ」

 

「……はあ?」

 

 突然わけの分からない提案をしてきた藤野。

 

「意味が分からん」

 

「そのまんまの意味だよ。お肉は2枚ずつ食べて、ご飯もサラダも半分ずつ。それから生姜焼き定食は450ポイントだから、その半分の225ポイントを私が速野くんに譲渡する。これでお互いすっきりするでしょ?」

 

「味噌汁はどうすんだよ」

 

「えっと……それは、まあ感覚で」

 

 そこだけ適当かよ……。

 

「いいから、俺のことは気にせず食えって」

 

「気にするよ……今回のことは、私にも責任あるし……」

 

 申し訳なさそうにつぶやく。

 ……ここまで主張するなら、ちょっと面倒だがもう仕方がない。

 

「ああもう、分かったから。それじゃ先に食ってくれ。俺が残り食うから。ポイントは別にいらないけど、払いたいならあとで払ってくれ」

 

 妥協案としてはこれが最適だろう。

 藤野もそれで納得したのか、頷いて俺に笑顔を向ける。

 こうして藤野の表情を見ると……うん、すごい美少女だなって思います。

 そうと決まれば、まずは俺の前にあったお膳を、藤野の前に寄せる。

 

「ありがとう。じゃあ先にいただきます」

 

 言うが早いか、藤野は豚肉、キャベツ、米を一緒につかんで口へ運ぶ。

 

「んー、おいしい」

 

 その後も、次々と食材を頬張っていく。

 美味そうに食べるなあ……作った人がこれ見たら喜ぶだろうな。

 余計に腹減ってきた。

 いい食べっぷりを見せる藤野は、5分と経たないうちにノルマである半分を完食してしまった。

 

「ごちそうさま。これ美味しいよー」

 

 テーブルの上にあるティッシュで口を拭きながら、生姜焼き定食の感想を述べた。

 

「はい、次は速野くんの番だよ」

 

「ん、ああ」

 

 こちらにお膳が返ってきた。

 早速箸を取って、生姜焼きを口に運ぼうとしたのだが……。

 なんか、めっちゃ見られてる気がする。

 

「……もう半分食うか?」

 

「えっ? あ、ううん、そんなつもりじゃないよ。ごめん、気にさせちゃったかな」

 

「いや、特に用がないならいいんだが」

 

 どうやら無意識だったらしい。

 さて、ようやくだ。ようやく飯にありつける。

 

「それじゃ……いただきます。……おお」

 

 豚肉のいい味が出ていて、サラダの食感とマッチしている。そしてそれを白米がうまく中和している感じだ。

 注文してから時間が経っているため、少し冷めているのが残念だが、それでも美味い。藤野のさっきの食べっぷりにも合点がいく。

 それにしても……藤野はびっくりするくらい本当に半分ジャストを残している。

 肉が2枚だったのはもちろん、サラダも半分。米に関しては真ん中でぶった切られたような感じだった。味噌汁も、この残量は恐らく半分くらいだろう。

 想像以上に律儀な性格だ。

 まあ多分、俺でも同じようにしていた気はするが。

 

「ふう……美味かった」

 

「美味しいよね。こんど友達も誘ってこようっと」

 

「……もう友達ができたのか?」

 

「うん。数人だけどね」

 

「へえ……なんで夕飯には誘わなかったんだ?」

 

「今日初めて会って、さっき一回遊んだばっかりだしね。今日のところはこれくらいがちょうどいいと思うから」

 

 遊びに行ったのか……その時点で、俺の思う「ちょうどいい」の範囲は大きく超えている。

 ごみの片づけと昼寝で放課後の時間を潰した俺にはまったく理解のおよばない世界だ。

 感服していると、突然藤野が思いがけない提案をしてきた。

 

「ねえ速野くん」

 

「ん?」

 

「連絡先交換しようよ。せっかくだしさ」

 

「……」

 

 おお……これは感動してもいいんだよな?

 

 いままで家族の連絡先しか入っていなかった俺の携帯に、ついに赤の他人の連絡先が……!

 

「まあ、俺のでいいなら構わないが……」

 

「ほんと? やった。クラスメイト以外では初めてだよー。速野くんは誰かと交換した?」

 

「いや……見ての通りだ」

 

 端末で連絡先一覧のページを開き、まっさらな画面を見せてやる。

 

「あはは……変なこと聞いちゃったかな。ごめんね」

 

「……」

 

 ……え、入学初日に誰とも連絡先交換してないのって、別に普通のことじゃないのか? みんなもう数人と交換してるの?

 でも確かに思い返してみれば、綾小路と交換しようと思えばできた場面はあった。

 みんなああいう場面で交換するのが普通で、逆に俺と綾小路が変だってことか。

 

「はい、連絡先登録できたよ。ありがと」

 

「あ、ああ、こっちこそ」

 

 藤野に渡していた端末を受け取ると、画面には「藤野麗那」の文字があった。

 記念すべき、初めての連絡先登録者である。

 ああ、感動だ。

 しかし、いつまでもその感動に浸っているわけにはいかない。そろそろ学食は閉まる時間だ。早く退店しないと。

 

「じゃあ、ひとまず出るか」

 

「うん、そだね」

 

 食器を片付け、学食を出る。

 校舎の玄関で外履きに履き替え、俺は寮とは違う方向へと歩みを進めた。

 

「じゃあな」

 

「あ、ちょ、ちょっと待って」

 

「……?」

 

 俺はこのまま別れるものだと思っていたが、藤野の中では違ったらしく、呼び止められる。

 

「もしかして、クリーニングに行くの?」

 

「ん、ああ。さっき調べたら、平日は8時までやってるらしい。今のうちに出しに行こうと思ってな」

 

 学校から支給されたブレザーは2枚ある。

 味噌汁のついたこの1枚をクリーニングに出しても、学校生活に何ら問題はない。

 

「じゃあな」

 

「あ、ちょ、待ってって。なんですぐ行っちゃおうとするの……?」

 

「いや……ここで解散じゃないのか?」

 

「私も一緒に行くよ」

 

「……なんで?」

 

 クリーニング屋に服の所有者本人以外が行ってもなんの意味もないことだ。

 

「さっきも言ったけどさ、この件は私にも責任があるから……せめてこれくらいは、ね? もちろん、クリーニング代も半分出すよ」

 

「……まあ止めないけど、面白くはないと思うぞ?」

 

「面白さは関係ないよ」

 

 さっきの食べ方といい、ほんと律儀な性格してるな、藤野は。

 ただ、全員とこんな接し方をしているとは思えない。

 この接し方を「いちいち細かい」とか「面倒くさい性格」などと思う人もいるだろう。いくら俺がコミュ障だといってもそれくらいは分かる。

 藤野は恐らく、この短時間で俺の性質を自分なりに分析して、それに適した接し方をしている。

 恐ろしい人間観察力の持ち主だ。

 

「クリーニング屋さんって、どこにあるの?」

 

「ケヤキモールの一角のはずだ……ん?」

 

「ど、どうしたの急に……?」

 

 急に立ち止まった俺に驚く藤野。

 

「……いや、あの自販機」

 

「え? ……普通の自動販売機じゃない?」

 

「左上のミネラルウォーター……0ポイントって書かれてるよな」

 

「あ、ほんとだ……無料、ってことだね」

 

 また出た。無料。

 

「この学校、やけに無料のものが多くないか」

 

「あ、確かにそうかも。さっきの山菜定食もだし、遊びに行ったショッピングモールにも、ちょこちょこ無料の商品があったよ」

 

「ショッピングモールにも……?」

 

「うん」

 

 いたるところに無料のモノがあるんだな。

 さすがにかなり引っかかる。

 学食も無料、水も無料。となると極端な話、食費をゼロに抑えることも理論上可能だ。

 そのうえ娯楽も我慢する、ってことになると……

 学校側は、たとえ生徒のポイントがゼロの状態でも、禁欲すればちゃんと生活できるようにしてるってことだ。

 おかしくね? 俺たち10万も貰ってるのに。

 これが月5,000ポイントや10,000ポイントしか支給されないなら話は別だが……

 ……ん?

 

「確か……」

 

「どうしたの速野くん?」

 

 よくよく思い出してみると……Sシステムの説明のとき、茶柱先生は「毎月10万」とは一言も言ってなかったような……

 かなり微妙な言い回しではあったが、それと確定できるような言い方はしていなかった……

 藤野にも意見を聞いてみよう。

 

「……ちょっと聞いていいか?」

「なに?」

「俺たち、今月10万もらってるけど……今後、支給額が減るって、あり得る話だと思うか?」

 

 聞くと、藤野は思案顔になる。

 午前中の教師からの説明を思い出しているのか。

 

「そんな説明は受けてないけど……でも確かに、『毎月10万』とは一言も言ってなかったかも……」

 

 どうやら藤野のクラスでも同じのようだ。

 説明に使う語句には教師間で些細な違いはあるだろうが、その点は一貫している。

 

「……節約、した方がよさそうだな」

 

「うん……私もちょっと不安になってきたかも……」

 

 仮に支給ポイントが変動するとしても、学校側がこんな不親切な説明の仕方をするとは考えにくい。

 ただ可能性が捨てきれない以上、最初の1カ月間は様子見で節約を心掛けた方がよさそうだ。

 せっかくあちらこちらに無料の商品があるんだ。利用しない手はない。

 自炊は落ち着いてから、なんてさっきまでは考えてたが、明後日からでも始めよう。

 

「……取り敢えず、いまは早くクリーニングに行ったほうがいいな。時間にたっぷりの余裕があるわけじゃない」

 

「あ、そうだね。8時までだっけ」

 

 立ち話をしている間に、時刻は7時20分を回っていた。

 時間に遅れるとまずい。味噌汁がかかったブレザーを1日部屋に置かなければならなくなってしまう。

 少し歩くスピードを速め、クリーニング店への道のりを急いだ。

 

 

 

 

 

 3

 

「思ったより安く済んだね」

 

「……ああ、確かに」

 

 1000ポイントくらいは覚悟してたが、意外にも600ポイント弱で引き受けてもらうことができた。割り勘で一人当たり約300ポイントの支払いだ。

 仕方がないこととはいえ、これは防げた出費だよなあ……。

 店員のおばちゃんに「入学初日にここに来る新入生なんて初めてよー」と困り顔で言われた。まあそりゃそうだろうな、と思いつつも、こちらとしては苦笑いするしかなかったわけで。

 

「ショッピングモール、まだ結構人いたね」

 

「そうだな」

 

「私たちと同じ新入生かな?」

 

「新入生もいただろうな」

 

 中には俺のクラスメイトもいたかもしれないが、まだ顔も名前も覚えていないので認識はしていない。

 紙袋を2つも3つも持って上機嫌に歩いていた女子生徒たちは、多分新入生だ。早速服か何かを買ったんだろう。

 あの様子だと、10万なんて1カ月でぱっと使い切ってしまいそうだ。

 さっきは男子の姿は見なかったが、ゲーム機なんかに大量のポイントを使う人は少なくないだろうな。

 節約するなら、欲は大敵だ。俺がゲームにもファッションにも全く興味を持ってなくてよかった。

 道中こんな感じで会話を少しはさみながら、10分ほど歩いて寮に到着した。

 タイミングよく1階に来ていたエレベーターに二人で乗り込む。

 

「今日はほんと、ごめんね」

 

「お互い様だ。こっちこそ悪いな、こんな時間まで」

 

「ううん、全然。次からは気を付けないとね」

 

「ああ。もう二度とこんなことはごめんだ」

 

「あはは……」

 

 いや、冗談抜きでもうこりごりだ。

クリーニング代かかるし、あと今まであんまり気にしてこなかったが、まだ髪の毛が味噌汁で若干湿ってるんだよな。

 明日、学校に行ったら髪の毛からほんのり味噌汁の香りが……なんてことがあっては困る。

 今日買ってきた新品のシャンプーで入念に洗おう。

 

「あ、ついたよ、5階」

 

 そうこうしているうちに、エレベーターが俺の降りる5階で停止した。

 寮の規定上、下の階が男子、上の階が女子ということになっているので、俺が先に降りることになる。

 ボタンを見る限り、藤野の部屋は10階にあるようだ。

 

「じゃあな」

 

「うん、またね。あ、今夜連絡するね」

 

「ああ、分かった。……え?」

 

 俺の疑問の声が藤野に届く前に、エレベーターのドアは完全に閉まってしまった。

 少しの間、その場で立ち尽くしてしまう。

 

「……いや、社交辞令だよな、さすがに」

 

 

 




メインヒロインの登場です。
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