実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
龍園は、優待者の法則、それを見抜いたという。
それはまさしく、試験の根幹の見抜いたことに等しい。
だが、それを成し遂げたのは龍園だけではない。
少なくとももう一人存在する。
……それが、俺だ。
全員が寝静まった午前4時半。
場所は屋上のデッキ。
日の出が近づき、空は薄明るくなってきている。
オレンジと青が入り交じった空と、目の前に広がる広大な海。その二つが相まって、神秘的な光景を作り出していた。
日中に比べれば気温は低い。緩やかな潮風もあって、恐らく今が一番過ごしやすい時間だろう。
今から約10時間後には船は東京に到着する予定だ。この景色を見られる時間も、残りごくわずかとなっている。
「綺麗だね」
後ろから、そんな声が聞こえてくる。
「……そうだな」
素直にそう返答した。
こんな時間に起きて、船のデッキに出てくる生徒は、俺が待ち合わせている相手以外にはいない。
そう、藤野だ。
「待たせちゃったかな」
「いや、そんなに」
「そっか、ならよかった」
「……座るか」
「うん」
そうして二人でベンチに腰掛ける。
近づきすぎず離れすぎず、一人が座れるほどの間を空けて座った。
「もうちょっとこの景色を楽しみたいけど……そうしてると時間を忘れて、みんな起きてきちゃうかもしれないから」
「……そうだな。早速やるか。答え合わせ」
1
時刻は2日目の深夜、俺と藤野がI室にて密会を開いたときまで遡る。
「え……?」
藤野は、俺のセリフに動揺を隠しきれていなかった。
それも仕方のないことだ。
今俺が口にしたのは、Aクラスの優待者4人全員のフルネームだったのだから。
その中には、俺が所属しているグループIの一員である石田の名前もあった。
同じグループである石田と菊池が優待者。つまり13のグループの中に1つ紛れ込んでいる特殊グループは、俺が属するグループIだということになる。
「い、一体、どうやって……」
「悪いが藤野、今それは言えない。でもこれで分かっただろ。俺は優待者の法則を見破った。正直なところ、サンプル数が自クラスの3人だけじゃ不安だったんだが……お前の反応で確信が持てた」
今の反応が演技ではないことくらいは分かる。
「でも待って……見破ったなら、どうして試験を終わらせないの?」
「さっきも言ったが、サンプル数が3だけだと不安があるからだ。他クラスの人間にも確認して、それが的中していてようやく確信に至る」
どれだけその法則に自信を持っていたとしても、だ。
「それからもう一つ、そんなことをしたら、俺にポイントが集まらない」
「え……?」
「全グループで試験を終わらせたとしたら、その報酬はそれぞれのグループでメールを送った生徒に入る。おそらくクラス全員で山分けになるだろうな。でもそれだと俺の取り分が少なくなることが予想される」
すでに裏切りの起こったグループEはこの際度外視するとして、もしグループA,K、Lを除く全グループで試験を終わらせたとしよう。
得られるクラスポイントは600ポイント。卒業までに31回支払われるから、計186万ポイントだ。クラスポイントとプライベートポイントの価値の変換は、以前無人島で契約を結んだ際にも利用した「クラスポイント値×100×残りの支給回数」という計算式が一件合理的に見えるが、経済学的に見ればこれは誤り。現在の金の価値と未来の金の価値は違うという通説のもと、現在から遠い時間軸になるほど、それだけお金の価値を多く割り引いて計算するのが正しい。未来に得られる金を現在に換算する場合は、この割引を考慮に入れた「割引現在価値」として算出する。割引率の設定はその時々の状況に合わせた裁量によるが、先ほどの186万の割引現在価値は、いいとこ175万ってところだろう。
そしてプライベートポイントは600万ポイント。先ほども言った通りこれはおそらく山分けになる。単純に40で割れば一人15万ポイント。法則を見破った上乗せを考慮に入れても25万が関の山だ。
つまり全グループの試験を終わらせても、得られるポイントは200万ポイント。そのうえ大胆に立ち回ることで俺の名前が知れ渡り、クラスでの動きは制限され、今後無人島の時のように裏でせこせこポイントを稼ぐ機会もなくなってしまう。
さらに言えば、この計算はDクラスにしてやられたA、B、Cクラスが団結してDクラスの優待者を当てに行かないという前提がある。
龍園は法則を見破っていたし、葛城や一之瀬もサンプル数が増えればおそらく法則にたどり着いただろう。
そうなれば、結果的に俺が得るポイントは200万を大きく下回ることが想定される。
「でも、それでも大金を得ることには変わりないんじゃない?」
「ああ。だがこんなのよりももっといい方法がある。俺が所属した特殊グループでは、最大200万のプライベートポイントを稼ぎ出すことが可能なんだ」
そう言うと、藤野は疑問符を浮かべる。
「え……でも、特殊グループは3人指名したら試験終了なんじゃ……」
「いや、試験の規定は3人指名されるまで試験続行、だ。つまり、2人までなら通知もされず、試験は続く」
俺は携帯を取り出し、メールにAクラスとCクラスの優待者の名前を打ち込む。
「は、速野くん? まさか……」
「ああ。そのまさかだ」
そして、それを学校側に送信した。
これで俺は裏切り者。だが、まだ3人目が指名されていないため試験は続行している。
「そして、だ。この状態から、もう一人がBクラスとDクラスの優待者を指名したらどうなる?」
それで、藤野がはっとした表情になる。
理解に至ったようだ。
「そっか、そうすれば速野くんが100万、そのもう一人が100万……合計200万ポイントを学校側から引き出せるんだ……」
「そうだ。そしてそのBクラスとDクラスの優待者を指名する役を、さっき言ってた和田にやってもらいたい。時間は……そうだな、明日の午前11時ちょうどくらいに」
言うと、藤野は思案顔になる。
「……頼めば、やってくれるとは思うけど……でも速野くんの口ぶりからして、琴美ちゃんが得る100万ポイントは、全額速野くんに譲渡する、って条件があるんだよね? それから、琴美ちゃんには速野くんのことを話す必要が出てくるけど、それでもいいの?」
「ああ、和田だけに、ってことなら話しても構わない。それから譲渡する額に関しては、確かに交渉の余地ありだな」
いくら法則を解き明かしたのが俺とはいえ、得た100万ポイント全額を譲渡しろと言っても簡単に納得できる話じゃない。他クラスの生徒である俺ならなおさらだ。それくらいは理解している。
そこで、俺はある「秘密」を口にする。
「藤野。これは極秘で得た情報なんだが……Cクラスの龍園は、俺と同様優待者の法則を解き明かし、且つ全グループで裏切りは決行せず、Aクラスだけを狙い撃ちするそうだ」
「え……?」
当然、驚きを見せる藤野。
「なんでそんなこと……ていうか、そんな情報どこで……?」
「それは言えない。だが一定程度信頼できる情報だ。Aクラスが狙い撃ちされるってことは、特殊グループであるグループIも同様にターゲットの一つってことだ。だがこの取引を行えば、Aクラスはその被害を未然に防ぐことができる。そのうえ2クラス分の優待者を当てるから、逆に50クラスポイントのプラスだ。その対価としての100万。これでどうだ?」
考える仕草を見せる藤野。
手ごたえありだ。
「もちろん、この情報が本当だってことが確認できてからでいい。これが嘘だったら、俺に譲渡するポイントはゼロでいい。だが本当にCクラスがAクラスだけを狙い撃てば、Cクラスは大量のポイントを得て、Aクラスは最下位に沈むはずだ。この取引を交わしたうえでも。最後の結果発表が、同時に答え合わせにもなる」
もちろん俺は嘘はついていない。少なくとも、CクラスがAクラスを狙い撃つという情報を仕入れたのは本当だ。その情報元が嘘をついている可能性がなくはないが……それは限りなく低いとみていい。
だがこう言うことで、藤野に対して真を取ることができる。
「……わかった。そういうことで、琴美ちゃんに話してみるね」
「ああ、頼む」
「あ、速野くんが嘘をついてるとは思ってないよ。琴美ちゃんにどう説明するか考えてたの。勘違いさせちゃったらごめんね?」
「いや……むしろ疑って当然だ。気にしてない」
「ありがと」
2
あの場であったやり取りは、これですべてだ。
「それで、和田はなんて言ってたんだ?」
「うん、100万の譲渡に応じてくれたよ。自分で突き止めたわけじゃないから仕方ないって」
「……そうか」
これだけ素直だと、なんか逆に罪悪感が湧いてこないでもないが……。
それでも、譲渡される100万を受け取らないってことにはならないけどな。
「ところでさ。今回の優待者の法則って、一体どんなものだったの?」
「やっぱり気になるか」
「うん。すっごく」
俺は裏切りを恐れ、保険として法則は教えなかった。
法則を秘密にしたうえで、俺の教えた優待者の情報が本当なら、逆に俺の信用を勝ち取る材料にもなるしな。
だがもう試験は終わったし、隠しておく必要もなくなった。
藤野には説明してもいいだろう。
「俺が法則に気付いたのは、2日目の夕方だった」
あの日、俺はいくつか優待者の法則につながっているかもしれない糸に、立て続けに遭遇した。
一つ目が、綾小路との会話で出た「トランプ」。
二つ目が、図書スペースで見つけた「最後の晩餐」。
三つ目が、一之瀬との会話で出た「蛇」。そこから連想される干支。
干支に関しては12個だが、有名な絵本である「十二支のおはなし」には、十二支のほかに猫が登場する。それを加えれば13になる。
だが、俺が最終的にたどり着いた答えは、「トランプ」でも「最後の晩餐」でも、「干支」でもない。
「お前もクラスの優待者を把握してたんなら、何となく誕生日が関わってきそうだってことには気づいてただろ?」
「う、うん。グループのアルファベットが若い方から、誕生日が早い順に並んでるな、とは思ってたよ。チャットアプリのプロフィールを全部入力させたのも、グループ全員に誕生日を把握させるためって考えたら筋が通るし。でもそれ以降は全然……」
そう。それ以降に進むことができないのだ。
しかし、ある一つのキーワードを踏まえることで、一気に答えに近づくことができる。
「この謎を解く最も重要なキーワードは……『星座』だ」
「星座……あっ!」
藤野も何かに思い至ったようだ。
「ああ。星座は普通、黄道十二星座が一般的に言われているが……黄道上を通る星座は、その12個以外にもう一つ。それが『蛇遣い座』だよ」
一之瀬の「蛇」から、俺は「蛇遣い座」に思い至り、その瞬間に確信した。
優待者は『星座』に基づいていると。
「そして次に出てくるのが、説明の時にあったあの不自然なアルファベットだ」
「あ、うん。あったね……。私たちはCaだったけど、確かもう一つCaのグループがあって……」
確か、グループDがそうだったな。
「あのアルファベットの正体は、蛇遣い座を含めた13星座を英語のスペリングで表したときの頭文字だ」
「っ、そういうことだったんだ……」
おそらく、あのアルファベットが何らかの頭文字であるという発想に至ったのは俺だけではないだろう。
その正体が何かは分からなくても、その頭文字に当てはまる英単語をローラーしていけば、いずれ何らかの共通点が見つかり、無理やりにでも答えにたどり着くことはできる。
そのためのツール……英和辞典を用意できれば。
そう思って図書スペースに行ったが、本棚にも電子書籍にも、英和辞典はなかった。おそらくこの解き方を潰すために、学校側が意図的に取り除いたものと考えられる。
だが、逆は可能だ。端末で星座のスペリングを調べればいいだけ。
すると、ものの見事に一致した。
グループAのArはAriesで牡羊座。
グループCのGeはGeminiで双子座。
グループDのCaはCancerで蟹座。
グループEのLeはLeoで獅子座。
グループIのOpはOphiuchusで蛇遣い座。
グループJのSaはSagittariusで射手座。
グループKのCaはCapricornusで山羊座。
グループLのAqはAquariusで水瓶座。
今回のこの並びは、牡羊座を最初の星座として、その星座に当てはまる誕生日が早い順に並んでいる。
このことから、俺たちDクラスで明らかにすることができなかったグループB,F、G、H、Mも推測が可能だ。それぞれ、Bは牡牛座、Fは乙女座、Gは天秤座、Hは蠍座、Mは魚座。
そして、グループに割り当てられた星座の誕生日の範囲の中に自身の誕生日がある生徒が、そのグループの優待者ということになる。
そして、黄道上にありながら12星座から省かれてしまった特殊な星座……蛇遣い座にあたる俺たちグループIが、特殊グループになるという仕組みだ。
「これが優待者の法則だ」
「すごい……全部完璧に見抜いてたんだね」
「……まあな」
最初にアルファベットに気付き、そのことを平田に知らせて情報を集めることができたのが非常に大きかった。
だが、答えにつながる最大のヒントをくれたのは一之瀬のあのセリフ。
一之瀬には感謝しなきゃな。
「ほんとに……すごい」
藤野は改めてそうつぶやく。
そして、なぜか目を伏せた。
顔が下に向けられ、その表情をうかがい知ることは叶わない。
「……藤野?」
名前を呼びかける。
返事を待つが、聞こえてくるのは、船体に打ち付ける波の音だけ。
「……ごめんね」
数分の沈黙ののち、藤野から出たのは謝罪の言葉だった。
「……何が」
尋ねると、藤野はようやく顔を上げて、答える。
「もちろん、速野くんを最初にけしかけたのは、私なんだけど……驚きと同時に、ちょっと怖くなっちゃったの。速野くんがこんなにすごいなんて、想定外だったから……」
「……」
俺はその言葉に何も言い返せずにいた。
すると突然、藤野が俺との距離を詰めた。
「おい……」
止めようとしても止まらない藤野。
そのまま距離は縮まり続け……ついには距離がゼロになる。
まずは腕が触れ、そして肩が触れ……最後には、自身の顔を、俺の肩の上にもたれさせてきた。
意識せずとも感じてしまう。藤野がその綺麗な髪につけたであろう、シャンプーのにおい。
「……どうした」
「……さっき怖いって言ったけど、それにはもう一つ意味があるの。……こういう形で協力関係になることで……私たち、友だちじゃなくなっちゃうんじゃないかって」
……それを心配してたのか。
「だから……速野くんがよければ、だけど……これからも、友だちでいてくれないかな?」
まるで懇願するようなその声は、少し震えているようにも聞こえた。
「……」
自分の心に聞いてみる。
確かに今回の一連のこともあって、俺たちの間にあるのはもう友情だけではない。
だが、だからと言って、藤野と友だちでなくなってしまうことを俺は許容できるか。
……否だ。
俺はもう、後戻りできないところまで藤野のことを友人だと認識してしまっている。
それだけは確かだった。
「……ああ、もちろんだ」
そう答えると、藤野の目が大きく見開かれる。
しかしすぐに、普段の穏やかな表情に戻る。
「……ありがとう」
そして、安心したような声でそう言った。
太陽が、水平線から顔を覗かせ始めている。
俺たちはしばらくそのまま、綺麗な日の出に見入っていた。
だが、一つ……俺には気になることがある。
……俺と藤野の間にあるのは、元から友情だけではなかった。
勘違いしてほしくないのが、それは決して「恋心」なるものではないということ。
もっと、何か別の……。
いったい、これはなんだ。
藤野に出会った瞬間から感じている、友情やら恋心やらとは全く別の、「俺はこの人のために生きなければならない」という、妙な感情は。
なんで俺は、こんな感情を……。