実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
楽しかった……楽しかったか? まあ楽しくないわけじゃなかったから楽しかったってことでいいや。楽しかったことにしよう。ということで、楽しかった夏休みも、残すは今日を除いてあと2日。
あっという間だった、と感じている生徒は多いだろう。そしておそらくそれは気のせいではない。
通常、夏休みというと期間は1か月。もちろん、この高度育成高等学校でも、学事暦の上では夏季休暇は1か月とされている。
しかし俺たち1年生は、その前半はバカンスという名の特別試験に駆り出されていた。そのため実質的に俺たちが夏休みを過ごしたのは2週間程度。通常の半分ということになる。
短く感じるのは全くもって正常な感覚だ。
さて、そんな貴重な一日を部屋にこもって消化した俺。
夕飯を食べ終わり、皿洗いをしていたところで、机の上に充電して放置していた端末が、電話の着信音を奏でた。
「……っと、電話か」
手に付着した食器用洗剤の泡を落とし、水を止めて端末を確認しに行く。
着信の相手は綾小路だった。
通話ボタンをタップして電話に出る。
「もしもし」
『今大丈夫か』
「皿洗い中だったから、用件は手短にしてくれると助かる」
『わかった。速野、明後日は予定空いてるか』
おっと、何かの誘いか。
「明後日……夏休み最終日か」
『ああ』
なんの誘いかは分からないが、俺の返事は決まっている。
「すまんが無理だ。その日は終日予定がある」
迷うことなくそう言う。
その答えに驚いたのか、綾小路が電話口で黙り込んでしまった。
「……何か言えよ」
『……ウソだろ?』
「おいなんだその反応は」
心外だ。
いや、まあ俺が暇人なのは認めるよ? ただ俺だって予定が入る日くらいはある。
まあそれもさっき埋まったところなんだが。
「とにかく、その日は予定があるから。悪いな」
『わかった。それなら仕方ない。じゃあな』
「ああ。また学校で」
そこで通話を切り、俺は台所に戻って皿洗いの続きを再開した。
1
さて、やってきた夏休みの最終日。
時刻は8時半の少し前。
俺は寮のエレベーターに乗りロビーを目指す。
しかし乗り込んだエレベーターは、5階から1つだけ降りて4階のところで停止した。
どうやら4階にも利用者がいるようだ。
誰もいないからということでエレベーター内のど真ん中に立っていた俺は、すぐに斜めに移動して隅によける。
チン、と小気味の良い音が鳴ってドアが開く。
そしてこのエレベーターを4階で停止させた犯人(人聞きが悪い)が乗り込んでくる。
その瞬間、心臓が跳ねた。
「……お、おはよう」
「……おう」
なんとその人物は綾小路だったのである。
今日の誘いを断った相手に、エレベーター内という密室で出くわすとは……これ以上に気まずいことも中々あるもんじゃない。
それは向こうも同様なのか、挨拶を交わしたきりお互いに視線を別方向にやっていた。そのため服装や所持品などはほとんど頭に残っていない。
ようやくエレベーターがロビーに到着する。5階からロビーまでの移動がこんなに長く感じたのははじめてだ……。
エレベーターの手前側に立っていた綾小路が先に出て、俺はその後ろを歩く形になる。
ロビーが目に入った瞬間、俺は再び驚愕することになる。
そこには、池、山内、堀北、櫛田、佐倉、そして藤野の6人が集まっていたのだ。
「……え?」
「あ、速野くんこっちこっち」
「あ、お、おう……」
藤野に呼びかけられ、そこに向かう。
「なあ、これはいったい……」
「ね、私もびっくりしちゃった。すごい偶然だよこれ」
藤野のその言い回しで、いろいろと察してしまった。
「……まさか」
「うん、そのまさかだよ」
藤野は早めに来て、すでに事態を把握していたようだ。
そもそも俺が綾小路の誘いを断ったのは、電話をもらうほんの30分ほど前に藤野から「夏休みの最終日にプールに行かないか」と誘われたからだ。
それで8時半ごろにロビーに集合、ということになったのだが……。
どうやら綾小路からの誘いの内容も、これと完全に一致していたらしい。
夏休みの最終日である今日この日にプールに遊びに行くこと。
そして集合時間が8時半であること。
集合場所がロビーであること。
これらが全て。
「こんな偶然があるんだな……」
「私も藤野さんから話を聞いた時には驚いたよ」
そこで、櫛田も会話に加わってくる。
「それで、よかったら一緒に遊ぼうっていう話になったんだけど、速野くんはそれでいい?」
「ああ、もちろん」
そういうことなら、断る理由は全くない。というか、どうせ行先も目的も一緒なのだから、わざわざ同意しなくとも自然にそうなるだろう。
「ほんと? うれしいな」
「いや、このままだと藤野がかわいそうだとは思ってたんだ。渡りに船ってもんだ」
「え、藤野さんがかわいそう?」
「そこら辺の事情は本人に直接聞いてくれ」
それだけ言って、俺は櫛田のもとを離れた。
そして池、山内、綾小路の男子連中が固まっている場所に向かう。
池と山内の二人にも挨拶をしておこうと考えてのことだったのだが、二人の表情を見て足が止まる。
まるで般若面のような顔。
俺はそのまま池と山内の二人に両腕を掴まれ、ロビーの奥まで連行されてしまう。
「お、おいちょっと……なんだよ急に」
「てめえこの野郎! 藤野ちゃんと二人でプール行くつもりだったのかよっ!」
「あ、ああ、まあ……」
「裏切り者! お前やっぱり藤野ちゃんとっ……!」
ああ……やっぱりこういう勘違いが出てくるか。
「いいか、落ち着いて聞け」
「これが落ち着いてられるかっ!」
「無理でも落ち着け。いいか、そもそもなんで藤野が最終日までプールに行かなかったと思う?」
「はあ?」
今から俺たちが向かうプールは、通常の授業で使用するプールではなく、特別水泳施設。水泳の大会でも使用されるようなプールで、授業で使われるプールの倍以上の広さを誇る屋外施設だ。
この施設が、夏休みの最後の3日間、一般生徒向けに開放される。
しかしこれには条件があり、各生徒が利用できるのは3日間のうち1日だけなのだ。
つまり最終日にプールを利用する人物は、1日目、2日目にプールを利用してこなかった人物ということになる。
「お、お前が誘ったからじゃないのか」
「違う。誘ってきたのは向こうからだ」
「なっ、さ、誘われただと!?」
さらに怒りを増幅させる二人。落ち着けって言ってんのに。
「言っとくが、藤野が俺を誘ったのは、やむを得ない事情があったからだ」
「は? なんだよ事情って」
「藤野は男女問わずに人気だ。それこそ櫛田といい勝負するくらいにはな。プールの誘いなんてかなり早い段階からあったに決まってるだろ。事実、藤野は本当は1日目にプールに行くはずだったんだよ」
「じゃ、じゃあなんで今いるんだよ……?」
「気の毒なことに……その前日に夏風邪をこじらせて、プールに行けなくなったんだ」
「「え!?」」
二人して驚きを見せる。
何を隠そうこれが真相だ。
「それで藤野は予定をキャンセルしたんだ。その穴埋めとして、俺にお鉢が回ってきたってことだ」
正直、この話を聞いた時は俺も驚いた。と同時にめちゃくちゃかわいそうだと思った。
「つまりだ、俺は藤野にとって補欠人員なんだよ。向こうが一番遊びたかった相手は俺じゃないんだ。分かったか?」
俺の不遇ぶりをこれでもかと強調して説明する。
すると、二人は俺に聞こえないように何かこそこそと話し合う。
「……?」
納得してくれたのならいいが……と思っていると、二人が同じタイミングで俺の両肩に手をやる。
「な、なんだよ……」
「速野……」
「……」
「「スーパーファインプレーだぜ!」」
「……は?」
気色が悪いほど満面の笑顔でそう言い、二人とも元の場所に戻っていった。
「……なんなんだ一体」
まあ……藤野は容姿といいスタイルといいめちゃくちゃいいからな。そんな女子と一緒にプールで遊べるんだから、テンションが高くなるのも当然か……。
2
中々ロビーから動こうとしない集まりに疑問を抱き、隣に立つ綾小路に聞く。
「なあ、まだ行かないのか? 集合時間8時半だったんだろ? もう10分くらい過ぎてるぞ」
「ああ、須藤がまだ来てないからな。たぶん部活の疲れが溜まって……と、来たみたいだぞ」
エレベーターの方から大あくびをしながらこちらに歩いてくる須藤の姿を確認する。
「そういうことだったか。須藤も誘ってたんだな」
てかあいつ、学校だけじゃなくこんな時にも寝坊するのか。
まあ部活の大会で気張ってたらしいから、情状酌量の余地は十分にあるが。
「これで全員揃った。移動ももうすぐだ」
「了解」
その言葉通り、櫛田の「じゃあ移動しようか」という言葉で、全員ロビーを出ようとする。
「ねえ、もしかして君たちもプールに遊びに行くの?」
しんがりを務めていた俺の背後から声がかかる。
自分たちのことを言われていると察して、皆足が止まる。
「……一之瀬か」
「おっはよー速野くん」
「おお、おはよう」
一之瀬のほかにも、その友達と思われる女子二人が隣に立っていた。
「君たちも、ってことは、一之瀬たちもか」
「うん。もしよかったらご一緒していいかな? Dクラスのみんなの邪魔にならなかったら」
一之瀬が連れの二人を見て「いいよね?」と確認し、その二人はもちろんとばかりに首を縦に振った。
「一応言っとくと、Dクラスだけじゃないぞ。藤野もいる」
「え? あ、ほんとだ」
一之瀬は背伸びしながら藤野に向けて手を振る。
向こうもそれに気づき、手を振り返していた。
「なになに、一之瀬ちゃんたちもプール?」
そこに池が会話を挟んでくる。
「そうだよー。だから、もしよかったら一緒にどうかなって」
「もちろん大歓迎だぜっ! な!」
「ああ!」
このイベントの発起人である池と山内が賛意を示せば、それに異を唱える者もいない。
堀北も特に口をはさむつもりはないようだった。
「じゃあ一之瀬さんたちも加わったってことで、改めて出発しよっ」
櫛田を先頭にして、特別水泳施設へと歩いていく。
かなりの大人数になったな。元々7人だったのが、俺と藤野を加えて9人、さらに一之瀬たちを加えて12人だ。
「なんかすごい大グループになっちゃったね」
俺と同じことを考えていたのか、一之瀬が隣でそうつぶやく。
「そうだな」
「でも、佐倉さんが参加してるのはちょっと意外かも。あ、他意はないよ?」
「それは俺も思った。ただ、綾小路に誘われたって考えると……」
「あ……なるほどねっ」
それで察したらしく、一之瀬が「皆まで言わなくていいよ」とでも言いたげにウィンクした。
一之瀬は佐倉がグラビアアイドルであることや、楠田のストーカー事件のことを知っている。佐倉が綾小路に特別な感情を抱いているという発想に至るのは難しくない。
「俺としては堀北の参加の方が不思議だ。あいつは綾小路に誘われたからって理由で来るようなやつじゃない」
「確かに……なんでだろ。ちょっと聞いてくるよ」
即断即決。迷うことなく、一之瀬は堀北のもとへと駆け出していく。
そして二言三言会話を交わしたかと思うと、再びこちらに戻ってきた。
「理由、聞けたか?」
「うーん、なんか、自分の意思とは関係なく、甘んじて受け入れなければいけないことがあるとかなんとか……」
「……なんだそりゃ」
「さあ……?」
そのまま解釈するなら、自分は参加したくなかったが止むを得なかった、ってことになる。
やむを得ずに参加を決意する理由ってなんだ? 謎は深まるばかりだ。
「でも、藤野さんって速野くん以外にもDクラスの人たちと仲良かったんだね」
「あ……あー、そのことなんだが……」
そうか。一之瀬は途中参加だから、俺と藤野が最初からいたものだと思い込んでしまっている。
勘違いを招かぬよう、池と山内と同様に経緯を説明する。
「なるほど、そんな偶然があったんだ」
「ああ。たまげたよ」
「にゃはは、そりゃそうだよね」
一之瀬は愉快そうに笑顔を見せた。
「君と藤野さん、入学当初から仲良いよね。何かきっかけがあったの?」
「あー……なんと説明すればいいやら」
あの食堂でのことを要約するのはちょっと一苦労だ。
「や、無理には話さなくてもいいからね」
「ああ……」
一之瀬が問いを取り下げたことで、会話は一度途切れる。
すると一之瀬は、こんどは後ろを歩いていたBクラスの女子生徒二人との会話に華を咲かせていた。
このままだと盗み聞きのような格好になってしまうため、俺は一之瀬たち3人から少し距離を取るようにして前に進んだ。
そのままの流れで堀北に話しかける。
「正直めちゃくちゃ意外だぞ、お前の参加」
「……自覚はあるわ。でも、仕方がないこともあるのよ」
「一之瀬にも聞いたが、なんだその仕方がないことって」
問うと、キッと睨みつけられてしまう。
そんなこと聞くな、殺すぞと目が言っている。
「……わかったわかった、聞かねえよ」
観念して両手を上げ、ようやくその視線から解放された。こええ。
「ねえ、そんなことより、池くんと山内くんの荷物、プールに行くにしては少し多すぎはしないかしら」
「ん?」
言われて、二人の荷物に目を向ける。
確かに俺や綾小路の荷物と比べると二回りくらいでかいな。
「ほんとだな……」
「あら、あなたは素直に認めるのね」
「……はあ?」
発言の意味が分からずに聞き返す。
「須藤くんに似たような質問をしたら、そうは思わないと答えたのよ。綾小路くんはそれを誤魔化すようにして遊び道具が入ってるんじゃないかと言い出すし。何かよからぬ企みがあるんじゃないかと勘繰らずにはいられないわね」
「よからぬ企みって……いやまさか、そんなことは……」
池と山内、それに須藤に目を向け、少し考える。
「あり得ない、と言い切れる?」
「……いや」
正直、全く言い切れない。
あいつらならやらかしかねない。
3人の今までの行い———特に池と山内———は、そう思わせるのに十分だった。
「とりあえず、怪しい行動をとらないかどうか見張っとく」
「お願いするわ」
もしも本当に覗きなんてマネをやらかして、それがバレたら、クラスポイントの大幅減どころか退学処分にもなりかねない。
それだけは阻止しなければならないだろう。
3
特別水泳施設に到着した。
この施設は学校のそばに併設されているが、一般生徒向けに開放されている期間は特別に制服を着用しなくてもいいということになっている。
すでに男女ごとに分かれ、俺たちは男子更衣室の行列に並んでいる。
入場できるのは9時からで、それまでまだ5分ほどの時間があるが、更衣室前はすでに大盛況だった。
利用できるのは3日間のうち1日だけ、という制限を付けたのは大正解だな。今以上に混みあうとケガ人やトラブルが起きかねない。
人の波に押し押されしながら待機していると、時計の針が9時を回り、入場可能時間となる。
池と山内は我先にと更衣室に突撃。そして一番奥の通風孔付近のロッカーを占拠した。
あいつらがそこに行くなら、と、俺もその近くのロッカーを利用することにする。
「はぁ、はぁ……い、いよいよだぜ春樹っ!」
「ああ、俺たちは一歩、いや、十歩先に進むんだ!」
何やら意味不明な会話を繰り広げる池と山内。
それを止めるようにして、須藤が二人の首根っこをつかむ。
「ぐぇっ! な、なにすんだよ健!」
「はやる気持ちは分かんなくもねーけどよ、ちょっとは落ち着けよ。怪しまれるだろーが」
そう言いつつ、須藤はその握力で二人の首を絞めていく。
「がぁぁぁっ、ちょ、ギブギブギブ!」
「死ぬって! マジで!」
当然だが、さすがに須藤も殺すつもりはないようで、数秒ののちに二人を解放した。
さっきから会話の流れがよく分からないな。十歩進むだの怪しまれるだの。
「綾小路、ちょっと」
「なんだ」
3人の様子を少し離れたところから見ていた綾小路に声をかける。
「俺はもう着替え終わったからプールに出るが……あの3人がよからぬ動きを見せないか、見張っててくれないか」
「……わかった」
「頼むぞマジで」
頷く綾小路を横目に、俺は更衣室を後にしてプールサイドに出た。
「……ひっろ」
話には聞いていたが、実際に目にするとまた格別だな。
授業で使うプールとはやはり比べ物にならない。
そもそもプールの個数からして違う。
合計3つ。
通常通りに泳げる50メートルプール。こっちはかなり本格的で、高さ10メートルと5メートルのところに飛込用の台まで設置されている。深さも国際大会などで使用されるような感じで、水深1メートル弱から徐々に深くなり、一番深い飛び込み台の真下の水深は4メートルにもなる。
次に流れるプール。特殊な装置で定期的に大波が来るようにもなっているらしい。
そして最後にスポーツ用のプール。水中ドッジや水中バレーなどに興じることができる。
恐るべし特殊水泳施設。正直水泳部が普段使いするにははじめの50メートルプールだけで事足りてるはずだが。この3日間のためだけに残りの2つも整備しているとすれば、ちょっと税金の無駄な気がしないでもない。
さらに言うと、プールサイドでは出店のようなものも出されていた。
焼きそばやらかき氷やら、海の家で出されていそうなメニューが取り揃えられている。
そして少し興味深いのが、その出店を営業しているのはこの学校のスタッフではなく、生徒本人らしいという点だ。
おそらくは上級生。
たぶん売り上げに応じてポイントが入る、って感じなんだろう。特別試験の一環かどうかは定かではないが、来年は俺たちもこういったことをやるんだろうか。
そんなことを考えつつ。俺はプールサイドの壁際で他のメンバーが着替え終わるのを待つ。
10分ほどして、綾小路と3バカの4人が出てきた。
しかし、どうも池と山内の様子がおかしい。
明らかに挙動不審で、何度も何度も更衣室の方を振り返っている。
須藤にも若干その仕草が見られた。
大体、普通男子の着替えに10分もかかるか?
「遅かったな」
「へっ!? ああいや、ちょっと着替えに手間取って……」
受け答えする池の声は上ずっている。
「4人全員か?」
「わ、悪いかよ!」
「いや……」
興奮気味の池。
俺はそんな池に手招きして、こちらに近づけさせる。
「な、なんだよ」
そしてそのままの流れで池の左腕を引っ張り、プールに突き落とした。
と同時に俺も飛び込む。
「ぎゃぇぇっ!」
断末魔のような池の悲鳴。
すでにプールで遊んでいる生徒は何人か見受けられたが、このような乱暴な入り方をする生徒はおらず、当然ながら注目を集める。
「な、なにすんだよ速野!」
「悪い悪い、テンション上がっちゃって」
「お、お前そんなキャラだっけ……?」
池が狼狽えるのも無理はない。確かにいま俺はらしくないことをした。
基本的にプールは飛び込み台以外からの飛び込みをよしとしていない。明確な禁止事項というわけではないため直接の注意はされなかったが、監視カメラにもいまの映像は映っているはず。いくらかのマイナス要素にはなるかもしれないな。
だがその程度のことは甘んじて受け入れる必要があるだろう。もっと大きなマイナスの可能性を未然に防ぐために。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「あ、お、おう」
俺は4人をプールサイドに残し、更衣室に戻った。
プールに入ったせいで体はびしょ濡れだ。持ってきていたタオルで軽く水分をふき取る。
そして俺はロッカーのカギを開け、中のカバンを漁った。
……そう、池のカバンを。
さっき池を突き落としたのは、あいつが左手首につけていたロッカーのカギをくすねるためだ。
「あいつらはいったい何を……」
バスタオルと着替えをよけ、カバンの底をのぞき込んだ瞬間。
「ぶーーーーーーーっ!!!!!!!??????」
すぐにその光景から目を背けるために首ごと明後日の方向に動かす。
しかしその動かした方向が悪く、開いているロッカーの扉に頭を強打してしまった。
ガツン、という音とともに俺の頭部に鈍い痛みが広がっていく。
「っつうぅぅー……」
当然、俺の奇行に周囲の視線が集まる。
更衣室は学年ごとに分けられているため、ここにいるのは一年生のみ。そのため顔だけは見たことのある人物が多数存在している。
「あ……その、ちょっと虫が飛び出してきて……気にしないでくれ」
そう言って何とか誤魔化し、俺から視線を外させた。
「……」
あいつらは……ほんとになんてことを……。
俺が見たもの、それはとある映像だった。
その映像とは……水着に着替えるために衣服を脱いでいる女子の映像。もっと正確に言えば、これから俺たちと一緒に遊ぶ一之瀬たちの映像だ。
完全に見てはいけないものを見てしまった。
これがまだ着替えを始める前、或いは着替え終えた後だったならまだよかった。
しかし俺が目にしてしまった瞬間は、全員思いっきり服を脱いでいたのだ。
私服を脱いだ後、且つ水着を着る前。最悪中の最悪の瞬間だ。
それにだ。あのモニター、確かRECの文字が見えた。つまりあの映像は録画されているということ。
あのモニターはコントローラーのようなものに付随しているものだった。恐らくラジコンカーを通風孔の中に入れ、女子更衣室のところまで走らせて撮影しているんだろう。
とんでもないことをやらかしてくれたな、あいつら……てか、綾小路はこれ止めなかったのか。
この作業をするにはかなりの手間もかかる。
考えたくはないが……あいつもグルってことか?
それともあいつには何かしらの策が……。
……くそっ、最悪の場合も想定して、今ここで手を打つ必要がありそうだな。
一番手っ取り早い方法はラジコンカーをバックさせてしまうことだが、俺はこういった操縦は不慣れ、というかほとんど経験がない。さらに言えば、モニターを見ずに操縦なんてできない。
それにこの通風孔、取り外しにはドライバーが要るはず……と思ったのだが、存外簡単に外すことができてしまった。
おそらく、あの3人がしっかりと閉めなかったんだろう。
よし……これならいけるかもしれない。
俺は自分のロッカーのカギを開け、自分の端末から佐倉に電話をかけた。
「もしもし」
『は、速野くん、どうしたの急に……?』
「悪い、ちょっと緊急事態なんだ。他のみんなに気付かれないように、何も言わずに言うことを聞いてくれ」
佐倉の着替えが遅いであろうことは予測がつくし、佐倉ならあまり事情を話さなくても動いてくれる。
そう考えた上での人選だった。
『う、うん……』
思い通り、了承してくれた。よし。
「更衣室の奥に通風孔があるだろ」
『うん、あるけど……』
「それをカバンか何かで塞いでくれ」
『え……』
戸惑いの声を出す佐倉。しかし事情を話すわけにもいかない。ここは勢いで押し切るしかない。
「頼めるか」
『で、でも、今通風孔のところには軽井沢さんたちがいて……近づけないんだけど……』
「……軽井沢が?」
『うん……』
「近づくことすらできないのか」
単に軽井沢には近寄りがたいから、ということなら、佐倉には無理やりにでも行動してもらうしかない。
しかし、どうやらそうではないようだ。
『う、うん。軽井沢さんの横に園田さんと石倉さんがいて、まるで通風孔を覆い隠すみたいにしてるの……』
「……」
覆い隠すように……。
これは偶然か?
いや、そう片づけるにしては何もかもが都合がよすぎる。
ってことは……。
「佐倉、軽井沢たちがどこかに行ったらでいい。通風孔を塞いでくれ」
『う、うん。わかった……』
素直に言うことを聞いてくれる佐倉。選んで正解だった。
少しして、軽井沢たちが通風孔から離れた旨が佐倉から伝えられる。
『ふ、塞いだよ』
「助かる。少しの間そのままでいてくれ」
俺は再び池のカバンの中を漁り、モニターを確認する。
すると、先ほどまであったはずのRECの文字がモニターから消えていた。
……やっぱり、そういうことか。
俺はラジコンカーには詳しくないが、録画機能がついているということは、どこかにそれを保存するためのメモリーカードが必ず存在しているはずだ。
池のカバンにあったモニター付きのコントローラーにそれがなかった。となれば、恐らくあるのはラジコンカー本体。
軽井沢たちはそのメモリーカードを引っこ抜き、録画を停止してしまったのだろう。園田と石倉はその作業を隠すためのバリケード役として駆り出されたか。
いずれにせよ、そのデータが入ったメモリーカードは軽井沢が所持しているとみて間違いない。
なら……ひとまずは安心していいかもしれないな。
「佐倉、もういいぞ。助かった」
『う、うん。力になれたなら、よかった……』
「じゃあ、プールサイドで」
『うん』
佐倉との通話を切り、端末をしまって池と俺のロッカーを元通りにする。
「ふう……」
結局俺は何もしていないが……取り敢えずは一件落着ということでよさそうだ。
にしても、池か山内のカバンの2分の1を引き当てたのは大きかったな。
池がハズレだったら、次に山内のロッカーのカギを盗み出す算段を考える必要があった。
……と、そこで、先ほど目にしてしまった映像が頭にフラッシュバックする。
一之瀬に、堀北に、佐倉に、櫛田……そして藤野。
学年でもトップ10には確実に入るであろう5人の肉体。
「……やっべ」
どうやら、本当にトイレに行く必要が出てきてしまったようだ。
自然に収まるまで籠っておかなければ。
「はあ……」
あまりの情けなさに、自然とため息が出てしまう。
結構理性は強い自信があったんだが……結局、本能には逆らえないということか。
俺は池のロッカーのカギをその真下の床に放置して、あいつが自分でカギを落としてしまったように見せかけてから、一目散にトイレに駆け込んだ。