実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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本当の夏休み~水遊び~Ⅰ

「あ、遅かったねー速野くん」

 

 やっとの思いでトイレを出て、プールサイドに着くと、すでに全員着替え終わって集まっていた。

 

「悪い、ちょっと腹痛がな」

 

「え、大丈夫?」

 

 腹をさする俺を心配する一之瀬。

 

「ん、ああ、もう収まった」

 

 収まったのは腹痛じゃないんだが。

 

「ならよかった」

 

 俺の無事を確認して、一之瀬はその場を離れた。

 俺は間違っても先ほどの映像を思い出したりなどしないよう、自然対数の底、ネイピア数を頭の中で暗唱しながら会話をしていた。

 円周率はダメだ。パイはまずいパイは。

 

「な、なあ、ちょっと俺もトイレ行きたくなってきた! 行こうぜ健、春樹!」

 

「お、おう!」

 

 そう言って、今度は3バカが更衣室へと戻っていく。

 目的は分かっている。恐らくラジコンを回収しに行くんだろう。

 なんの映像も残っていないあのラジコンを。

 

「あ、おいちょっと待て池」

 

「え!? な、なんだよ。漏れそうなんだよ」

 

「いや、さっきトイレ行ったときに見たんだが、お前のロッカーのカギ、更衣室に落ちてたぞ。なくす前に拾いに行った方がいい」

 

「え、ま、マジで!? そ、そういや手首に着けたはずのカギが……サンキュー速野!」

 

「ああ」

 

 そう言って、3人とも駆け足で更衣室へと向かっていく。

 とりあえず、これでカギの件は怪しまれずに済みそうだな。

 

「妙に慌ただしいわね。あの3人に何か怪しい動きはあった?」

 

 堀北が俺の隣に来て、聞いてくる。

 

「いや、特にはなかった。俺の目の届く範囲ではだが」

 

「そう」

 

 あんなことを堀北に告げるわけにもいかない。

 俺の答えを聞いても、堀北は特に俺を怪しむ様子はない。演技はうまくいったようだ。

 俺はその場を離れ、次に佐倉のもとへ向かった。

 周りに会話が聞こえぬよう、声を潜めて話しかける。

 

「佐倉」

 

 自分の名前を呼ばれたことに反応し、佐倉がこちらを振り向く。

 

「さっきはすまなかった」

 

「う、ううん、全然……でも、ほんとにどうしたの?」

 

「いや、ちょっと諸事情でな。あの電話のことはオフレコで頼みたい」

 

「速野くんが、言うなら……」

 

「ほんとに助かる」

 

 以前の出来事などを通じて、俺は佐倉から一定の信頼を得ているようだった。佐倉には申し訳ないが、それを利用させてもらう形になる。

 とりあえず、これで火消しは完了だ。

 

「あれ、一之瀬たちじゃん。そっちも今日来てたんだな」

 

「あ、柴田くんたちだ。やっほー」

 

 そんなやり取りが前の方で聞こえてきた。

 見ると、男子生徒3人と一之瀬が話し込んでいる。

その中の一人に見覚えがあった。神崎だ。須藤の事件の際に一之瀬とともに協力してくれた人物だ。

それで、あの3人の男子生徒が全員Bクラスの生徒だと想像がつく。

 

「せっかくだから、俺たちも混ぜてくれよ」

 

「私は全然いいよ。寛治くんたちもいいかな?」

 

 池たちからすれば、男子の誰が加入しようと心底どうでもいいだろう。櫛田が言うなら、ということで承諾された。

 ただでさえ大人数だったのが、さらに膨れ上がるとは。

 15人なんて……もう何が何だか分からなくなってきた。

 そもそも俺は藤野と二人で来るはずだったんだぞ……。いや、正直藤野と二人きりというのも少し居づらいものがあったから、ある程度増える分にはむしろ助かるんだが……この人数はその「ある程度」を悠に超えている。

 

「なんか、凄いことになっちゃったね」

 

 人だかりから一歩引いたところで様子を伺っていた俺に、藤野が隣に来てそう言った。

 

「全くだ……。15人っていったらほぼクラスの半分だ」

 

「賑やかになるのはいいことだけど、ちょっと多すぎるかもねー」

 

 眉をへの字にして困り顔の藤野。

 藤野でさえそう思うなら、俺の感覚は正しいってことだ。よかったよかった。

 と、その時。

 バチャーンッ、と、何かが水面を叩く音が響いた。

 施設内にいる者なら全員に聞こえたであろう今の音。みんな何事かと音のした方に目を向ける。

 音の発生源を特定するのは容易だった。

 ネットが設置されてあるプールで、上級生とみられる生徒たちがバレーボールに興じている。

先ほどの音は、アタックしたボールが水面に叩きつけられた時のものだろう。

 暇つぶしついでに観戦してみることにする。

 俺から見て左側のコートからのサーブ。

 速く、そして綺麗なドライブ回転がかけられている。恐らくは経験者か。

 ドライブ回転のかかった鋭いサーブは、レシーブも容易ではない。しかし、レシーバーは体勢を崩されながらもなんとかコート内にボールを上げた。

 そしてトスから、スパイクが放たれる。

 バレーのスパイクは、未経験者にはスパイクを打つのも一苦労だ。トスされたボールが最高到達点に達し、そこから落ちてくるタイミング。そして自分がジャンプし、最高到達点に達するタイミング。腕を全力で振るう位置。これらすべてがマッチして初めて理想的なスパイクを打つことができる。しかし、素人にはそれらを合わせることは非常に困難だ。

 スパイクを打てる時点で、バレーのスキルがそこそこであるということ。しかし、動きにどこかぎこちなさがある。恐らくセンスのある未経験者だろう。

 左側のコートに向けて放たれたスパイクは、レシーバーによって上げられる。そして理想的なトスから、先ほどとは比べ物にならないほどの強力なスパイクが放たれた。

 ボールは水面に叩きつけられ、先ほどと同じくバチャーンという音が施設内に響き渡る。

 

「さっきの音もあの人のスパイクか……」

 

 スパイクを打った上級生は、この異様にレベルの高いバレー対決の参加者のなかでもひと際異彩を放っていた。

 

「い、イケメンでスポーツもできるとか……なんなんだよあの人は!」

 

 前方から、山内たちの僻みの声が聞こえてくる。

 確かに、容姿は整いすぎているほどに整ってるな。目鼻立ちはもちろん、綺麗に染められた金髪に、細身で無駄がなく、それでいて強靭な筋肉がついた体躯。ファッション誌の表紙を飾っていても不思議じゃないレベル。

 やけに女子のギャラリーが多いが、ほとんどはあの人が目当てだろう。

 

「相当なものね。彼一人であの場を支配している」

 

 堀北も素直に認めるほどだ。

 

「南雲雅先輩。2年Aクラスで生徒会副会長。次期生徒会長確実って言われてる人だよ」

 

 ここにいる俺たちに説明して聞かせるように言ったのは、一之瀬だった。

 

「藤野、知ってるか?」

 

「名前と、2年生の先輩の中でも一番の実力者、ってことだけは一応ね」

 

 学内でかなりの有名人らしい。

 この前、橘書記が南雲って名前を口走ってたな。一之瀬曰く副会長らしいし、間違いなくこの人のことだろう。

 

「でも、私南雲先輩が生徒会の、しかも副会長やってるなんて知らなかったよ」

 

「それは多分、今の堀北会長が凄すぎるからじゃないかな。生徒会といえばこの人、って感じで、他のメンバーを覆い隠しちゃうくらいのオーラがあるから」

 

「なるほど……確かにそうかも」

 

 一之瀬の説明で藤野も納得したようすだ。

 特に今年の1年生には、部活動説明会で強烈な印象を残しただろうからな。堀北会長以外の生徒会メンバーに目が向かなくても無理はないか。

 

「でも、実力では南雲会長も負けてないって噂だよ。去年の生徒会選挙も、堀北会長と当時まだ1年生だった南雲先輩の実質的な一騎打ちだったみたいだから。その時は大敗しちゃったらしいけどね」

 

「やけに詳しいんだな」

 

「うん。私生徒会に入ったから。そのあたりの事情には自然と詳しくなっちゃったんだ」

 

「……あなたが、生徒会に……?」

 

 驚きを見せる堀北。

 

「うん。生徒会に入るためには、4月から6月いっぱいまでの間か、生徒会の任期が終わる10月に面接を受けて、それに受かる必要があるんだ。実を言うと最初は断られてたんだよね。会長が中々認めてくれなくて。でも何回受けてもいいってことだったからあきらめずに挑んだの。そしたら副会長の南雲先輩が認めてくれて、入れてもらえたって感じかな」

 

「……そんなことが」

 

 なんかちょっと申し訳なくなってきた。こっちは逆に入らないかと誘いを受け、そのうえで即断ったってのに。

 

「堀北会長は確かにすごい。けど、私の目標はたぶん南雲先輩になると思う。実は南雲先輩、私と同じBクラスでスタートしたんだ。でも実力でAクラスに上がって、今では次期生徒会長にまで……だから私も、ってね」

 

 自分と似たような境遇の南雲先輩にシンパシーを感じているのだろう。

 

「スタートでBクラスと出遅れている時点で、たかが知れているというべきかしらね」

 

 堀北は堂々とそう言い放った。

 おいおい、ここにはそのBクラスの生徒が6人もいるんだぞ……いや、それよりもだ。

 

「Dクラスでスタートしたお前がそれ言うのか?」

 

「私は自分がDクラスであることを認めてないわ」

 

「……本気かお前」

 

「当然でしょう」

 

「……」

 

 いや……もはや何も言うまい。

 

「うーん、でも堀北さんが疑問に思うのも無理ないかな。単純に優秀な生徒から順に上のクラスに配置されてるってわけじゃないっぽいしね。もしそうだとしたらさ、堀北さんもそうだけど、ここにいる櫛田さんや、平田くんがDクラスなのも変だと思わない?」

 

「……それでも、納得は行かないわね」

 

 納得いかないというより、したくないんだろうな。こいつは。

 クラス分けに関しては、俺も前々から疑問に思ってはいたことだ。一之瀬の言う通り、単に個々の生徒の総合力で上から振り分けられているとは考えにくい。

 Aクラスの戸塚なんて最たる例だ。正直なところ、あいつがAクラス並みの総合力を持っているとはちょっと思えない。

 以前堀北会長に尋ねたときにも、そのあたりのことはまだ分からないと言っていた。あの人でもだ。

 しかし、当時と比べれば俺もこの学校に関する知識が増えた。それで分かったこともある。

 この学校はクラス間競争の色が強い。そんな中で総合力で劣った人間ばかりがDクラスに集められれば勝ち目なんかあるわけがない。そんなことを学校側が強いるのか。それはあまりにも理不尽というか、無意味なことだ。事実、落ちこぼれと言われるDクラスにも、平田や櫛田、それに堀北(一応高円寺も)など戦力は揃っている。

 学校側は、クラスがクラスとして機能し、そのうえでAからDにかけてその格が下がっていくよう計算して組んでいるんじゃないか。

 Aクラスには坂柳と葛城、Bクラスには一之瀬、Cクラスには龍園、Dクラスには平田や櫛田など、各クラスに必ずクラスをまとめられる人材がそろっているのがその証拠だ。

 そしてこれはほぼ確定的なことだが、入学に関して、全受験者の中から総合的に優秀な者を上から合格させていった、というわけではないだろう。

 基本的には入試と面接、中学での内申書である程度ふるいにかけ、須藤のような特殊な人材はそれとは別枠で取る、というのが想定できる。

 池や山内もその別枠である可能性がある。が、あの二人に須藤のような特殊性があるかといえば、ない。少なくとも今のところは発現していない。

 だとすれば……Dクラスというクラスを編成するにあたって、ぴったりとはまるピースだったから……か?

 いやいや、だがそれじゃ本末転倒だろう。合格者の中からクラス編成をするのであって、クラス編成のために合格者を選ぶわけじゃない。それだと試験や面接に何の意味もなくなってしまう。

 ……これも俺の思い込みなのか? あんなぶっとんだ試験を生徒に課すこの学校は、その大原則すらも容易く打ち破ってしまうのか?

 

「……駄目だな。こりゃあの人も分からないわけだ」

 

「え? なんか言った速野くん?」

 

「ワンサイドゲームだな、って言っただけだ」

 

「あ、う、うん。ほんとだね……南雲先輩のチームが圧倒しちゃったよ」

 

 ギャラリーの女子に囲まれる南雲先輩を見つつ、まだまだこの学校には苦労させられそうだ、としみじみと思った。

 

 

 

 

 

 1

 

「ねえ、私たちもバレーで対決しない?」

 

 上級生たちがネット付きのコートから引き上げてから、一之瀬が全員にそう提案した。

 

「Dクラス対Bクラス+藤野さんで。8人と7人でちょっと人数はオーバーしてるけど、そこらへんはローテーションで交代しながらさ」

 

「おお、やるやる! 俺も南雲先輩みたいに活躍して……うへへ」

 

 池が気色の悪い笑顔を浮かべている。恐らくあの人と同じようにギャラリーの女子に囲まれている自分を思い浮かべているんだろうが、そんな機会は訪れない。

 南雲先輩並みに一方的な活躍を果たすとすれば……須藤だろうな、たぶん。

 

「あ、あの、私、運動は苦手だから……見てますね」

 

 一歩引いてそう言う佐倉。

 本当に体を動かすのが嫌なんだろうな。それがあまりにも態度に現れていたため、無理に参加させようとする者は現れなかった。

 

「私はこの遊びそのものに乗り気じゃないわね」

 

「うーん、確かに遊びだけどさ。Aの藤野さんが加わってるにしても、これはクラス間対決の延長にあると思わない? DクラスとBクラス、どちらが運動神経やチームワークに優れているか。それでも堀北さんは勝負を避けたい?」

 

「……いいわ。やりましょう」

 

 見え透いた安い挑発だったが、堀北は乗っかった。

 あの性格は苦労しそうだな。自他ともに。

 

「盛り上がりを持たせるために、負けた方が勝った方のお昼ご飯代を全額負担する、ってことでどう?」

 

「昼飯か……テンション上がってきたぜ!」

 

 人の金で飯を食いたいのはみんな同じで、これに関しては反対意見は誰からも出なかった。

 

「たかが遊びでも、やる以上は勝ちに行くわ。あなたが使えるかどうか、試させてもらうわよ須藤くん」

 

「おう。よく見とけ鈴音。あんな連中蹴散らしてやっからよ」

 

 自信満々に答える須藤。

 試合前のその言葉通り、須藤の活躍は目覚ましい。

 

「おっしゃ任せろ!」

 

 水中からこんなところまで跳べるのか?というほどのジャンプ。そこから全身の力を腕に伝えて振り抜くと、ボールは勢いよく水面に叩きつけられた。

 

「っしゃ!」

 

 そのアタックをBクラスチームは誰も止められず、再びこちらの得点になる。試合開始時から、この場は須藤の独壇場と化していた。歓声をあげる人はいないものの、先ほどの南雲という上級生並みのアタックだ。

 

「凄いね今の球!」

 

「へっ、まあ落ち込む必要はねーぜ。女に俺のアタックは返せねえよ」

 

「おっ、それは女性蔑視かな? こっちだって負けないんだからね!」

 

 須藤の言葉にも楽しそうに返す一之瀬。得点は7対3とDクラスがリードしていた。

 次のサーブは山内。放たれたボールを神崎が打ち上げる。

 

「よし、俺にくれ一之瀬! 狙い目を見つけた!」

 

「オッケー!」

 

 トスが上がり、スパイクを打ったのは柴田だった。

 一之瀬のトスは位置や高さもさほど良くなかったが、それでも運動神経の良さをうかがわせるアタックだ。

 そのボールは綾小路めがけて迫っていった。

 

「取れよ綾小路!」

 

 そんな須藤の声に呼応するかのように綾小路は動き出す。伸ばした腕にボールが当たるが、明後日の方向に飛んでいってしまった。

 

「うげ……」

 

「いえーい!」

 

 その様子を見て、一之瀬たちはハイタッチを交わした。

 

「なんだよ今のヘナチョコレシーブは!?」

 

「悪い……まあ、どんな形で取った1点も結局は1点ってことだな」

 

「ふざけんなよコラ。あれくらいせめて上にあげろよ」

 

 そう言われる綾小路だが、できないものはどうしようもない、と言いたげな表情をしていた。

 次にBクラス側、藤野のサーブだ。

 高く上がったボールは、細い腕によって振り下ろされたとは思えない鋭い軌道で俺の正面に向かってきた。

 

「っと」

 

 オーバーかアンダーかで迷ったが、今立っている位置の顔の目の前だったので、一歩前に出てオーバーでレシーブしてボールを上げた。比較的上手く行ったんじゃないだろうか。

 

「堀北」

 

「ええ」

 

 言われなくても分かっている、という動きで綺麗にトスを上げる。

 

「おらっ!!」

 

 大きな声の気合と共に腕が振り下ろされ、ボールは敵陣の水面にワンバウンド。こちらの得点だ。

 

「あちゃー、取られちゃったか」

 

「藤野さんサーブ速いね。もしかして経験者?」

 

「うん。小学校5年生くらいからやってたよ。中1で辞めちゃってからはやってないけどね」

 

 なるほどそういうわけか。言われてみれば確かに、今までの動きも経験者を感じさせるものだった。堀北も素人とは思えないほどのレベルだが、纏っている雰囲気みたいなものは藤野の方が一枚上手という印象を受ける。

 順番が巡り、俺のサーブの番になった。

 俺にはスピードのあるサーブを打てる藤野のような技術もなければ、須藤のようなパワーもない。それ以外の面で工夫するほかなかった。

 相手は、前衛に一之瀬と柴田、後衛に藤野と神崎の2人を置き、なるだけ隙がないようにしていた。

 俺は藤野と神崎の間の、申し訳ないがBクラス側の中では一番動きが鈍いと判断した女子生徒にめがけてサーブを放った。

 スピードのない、「文字通り」フラフラとしたサーブ。取るのは簡単そうだったが、その女子はしっかりと捉えることができず、腕に当たったボールはプールサイドへ転がって行ってしまった。

 

「あ、あれ?」

 

「ドンマイ千尋ちゃん! 今のは仕方ないよ」

 

 一之瀬はミスした生徒にも優しく声をかける。うちの須藤とは大違いだ。

 俺の元にボールが返ってきて、再びサーブを放つ。次も同じ位置を狙った。さっきよりスピードは出ていたが、やはり遅い。千尋と呼ばれたその女子は両手を頭の上に構え、オーバーレシーブの構えを見せる。

 しかしボールは思ったより手前で落下し始め、オーバーではレシーブできない。しかし今から構えを変えることもできず、オーバーの構えのまま前のめりになってボールを前に押し出す形になってしまった。

 ボールはネットにかかり、そのまま落ちる。再びこちらの得点だ。

 

「やったねっ」

 

 隣にいた櫛田が手を差し出してくる。ハイタッチを求められているとわかり、ゆっくりと伸ばした俺の手が櫛田の手に触れた。

 さらに、前にいた堀北にも声をかけられる。

 

「あなた、経験者、ではないわよね?」

 

「ああ」

 

「じゃあ1球目の無回転サーブや、今の高速回転のサーブは勘でやったということ?」

 

「まあ、テレビで見たのを思い出して見よう見まねでな」

 

 無回転サーブはボールの軌道がゆらゆら揺れ、レシーブが難しくなる。文字通りのフラフラサーブだ。

 2球目は打つ瞬間に手首を巻いてドライブ回転をかけ、ボールを落下しやすくした。それで2球ともあの女子はボールを上げられなかったのだ。

 

「パワーがないから、スピードのあるサーブは打てなくてな。これくらいしか工夫をこらす点がなかったんだ」

 

「……そう。では、3球目はどんな工夫をこらすのか、楽しみにしておくわ」

 

「素人に期待すんなよ……」

 

 思いつくものはすでにやってしまった。ネットのギリギリに当てて落とすという作戦も考えはしたが、そんな技絶対無理だと断念した。

 結果、1球目の無回転サーブを打つことにする。しかし打つコースをミスしたうえ、かなり回転がかかってしまう。ボールは藤野のところへと飛んでいった。

 

「えいっ」

 

 無回転でなければ、あんなのはただのへなちょこサーブでしかない。

 藤野の余裕のレシーブで綺麗に上がるボール。それを柴田がトスした。そして最後、一之瀬と藤野が同時に跳んだことで、どちらが打つか判断がつかない。

 結果的に一之瀬がアタックし、球は堀北の元へ。しかしあまり勢いはない。堀北はそれを難なく拾い、俺がトスを上げる。そして須藤が跳躍し、強くスパイクを放ってこちらの得点になった。

 

「っしゃ! ナイスだぜ」

 

 須藤からお褒めの言葉を賜った。

だが、褒めた気持ちの割合的には俺1に対し堀北99くらいだろう。下手すりゃもっと。いや、むしろ俺褒められてない説がある。あいつ堀北の方しか見てなかったし。

 そのままの流れでサーブを打つが、ボールは狙いとは大きく外れ、一之瀬の正面へ行ってしまった。

 

「あ、やべ」

 

 そう思ったが、一之瀬によってレシーブされたボールは想定外に取りにくい場所へ飛んでいった。

 そこから何とか立てなおし、Bクラスチームはアタッカーへとボールをつなぐ。

 スパイクされたボールは、綾小路の方へ向かっていった。

 その動きはさっきとは見違えるほどスムーズ。しかし、レシーブすると同時に不恰好に足を滑らせ、プールの中に転んでしまった。

 やるな、綾小路。

 

「うわ、下手くそだなー綾小路」

 

「下手でもなんでも上がりゃオッケーだ! 行くぜ!」

 

 そして、須藤の体から再び凄まじい勢いのスパイクが放たれた。

 

 

 

 

 

 

 2

 

「いやー、完敗だよー」

 

 試合を終え、プールから上がった一之瀬が悔しそうにそうつぶやいた。

 

「まあ、須藤の一人勝ちみたいなもんだけどな」

 

「そうね。ほとんど彼一人の得点だし」

 

 綾小路の言葉に続いて、堀北も素直に須藤をほめたたえる。

 

「じゃあ約束通り、だね。お昼ご飯にしよっか」

 

「な、なあ一之瀬ちゃん、ほんとになんでも食っていいの?」

 

「うん、もちろん。言い出しっぺだしね。遠慮しないで注文しちゃって」

 

「よっしゃあ!」

 

 Dクラスの今月の支給ポイントは、先月と変わらず8700ポイント。少なくはないが、それでも毎日毎日美味い飯を食えるほどじゃない。二つの特別試験で350以上のクラスポイントを得たものの、その反映は夏休み明け以降だ。今も変わらず金欠だろう。せっかく他人のポイントで飯を食える機会を得たのだから、本当に遠慮なく注文するつもりだろう。

 

「悪いな、ごちそうさん」

 

 注文を終え、近くにいた藤野に声をかけた。

 

「あ、うん、実は私は出してないんだよね。一之瀬さんが全部持ってくれて」

 

「……そうなのか」

 

 Dクラス側の8人に、自分自身も含めて9人分。奢られる奴らが遠慮なく注文すれば、出費は1万5000近くにもなるだろう。少ない額じゃない。

 

「太っ腹だな……」

 

 アイドル並みのスタイルしてるのに、とは言わなかった。さすがにセクハラだ。

 ……にしても。

 

「藤野……」

 

「ん? なに?」

 

「いや……スク水着てるのがほとんどなのに、お前はその、違うんだなと」

 

 表現が難しいが、かなり際どいものを身に着けている。

 白を基調として、ところどころに緑がかった白い造花が添えられている。泳ぐためというより、ファッション色の強いものだ。

 

「あ……うん。実は、最初に来る予定だった子たちと、買った水着を見せ合おうって約束してたんだよね。でも、私の風邪で話が流れちゃって。でも、着ないのももったいないと思ってさ。……どうかな?」

 

「いや……まあ、似合ってるんじゃないかと」

 

「ほんと? ありがと」

 

 人の身体を見比べるなど失礼極まりないことだが、無意識のうちにやってしまう。

 藤野のスタイル……一之瀬と同じか、それ以上にいいのでは……?

 胸は引けを取らないし、ウエストに関しては一之瀬より引き締まってる気がする。

 いやいやいや……思い出すな思い出すな、あの映像だけは絶対に。

 

「2.71828182846……」

 

「は、速野くん?」

 

「……いただきます」

 

 藤野に余計なことを言われる前に、購入したオムそばを口に入れた。

 すべての邪念を食欲に変換するんだ。ああオムそば美味い。実際には普段の学食や施設内の飲食施設のほうが味は上なんだろうが、プールサイドで食べるという状況が味を上げているのだろう。祭りで食う焼き鳥が異常に美味いのと同じだ。

 

「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」

 

「……ん?」

 

 できるだけ藤野の顔を見て対応する。一瞬でも目を下に向けると、視線が固定されそうになってしまうからだ。

 

「山内くんと佐倉さん、何かあったの?」

 

「……は? なんでそんなこと」

 

「いや、二人きりになった時、すごく気まずい雰囲気が流れてるの」

 

「単純に普段から関わりが薄い人同士だからじゃないのか?」

 

「うーん、そんな感じには見えなかったけど……二人は関わりが薄いの?」

 

「いや、仲良くはないが関わりがないわけじゃない」

 

「やっぱり。変に隠し事しないでよー」

 

 腕をつんとつつかれてしまう。

 藤野の人を見る観察眼は圧倒的だな。

 

「少し前までは、山内から佐倉に対してかなり露骨なアプローチがあったんだが……」

 

「あー……なるほどね。たぶん山内くんが告白して、振られちゃったのかな」

 

「……そんなことが分かるのか」

 

「たぶんだけどね。ああいう空気を見たの、これが初めてじゃないから」

 

 以前にも似たようなのがあったってことか。

 

「山内、いつの間に告ったのか……」

 

「あれ、知ってるわけじゃないんだ」

 

「何も知らないよ。綾小路は知ってるかもしれないけどな」

 

「……綾小路くん」

 

 俺がその名前を出すと、反復するように呟き、その人物へ目を向ける藤野。

 

「なんていうか、不思議な人だよね」

 

「……なんでそう思うんだ?」

 

「雰囲気もそうだけど……特にさっきのバレーだよ」

 

「バレー?」

 

「うん。最初のレシーブの時の動きは素人同然というか、初めてやったみたいな感じだったのに……次のレシーブの時は、足の運びから腕の持って行き方まで経験者顔負けだったよ。あの一瞬でとんでもないレベルアップをした上に、最終的にはわざとこけて下手なフリなんて……」

 

「……」

 

 綾小路、見抜かれてるぞ。すべて。完ぺきに。

 

「速野くんは気づかなかった?」

 

「ボール追いかけるのに夢中で、綾小路の動きまではちゃんと見てなかったから。こけたのわざとだったのかよあいつ」

 

 藤野に綾小路の実力のことを話す理由はない。

 協力関係があってもあくまでクラスは別。その線引きはしっかりとしないとな。

 しかし、全く心当たりがないと答えるのも不自然ではある。

 

「でも、俺も不思議には思ってたんだ。あいつはなんか、自分が『できる』部分を隠してる節があるからな」

 

「……それ、私に言ってもいいことなの?」

 

「あんな観察眼見せられたら、隠そうって気も起らない」

 

 変に隠すより、こういう相手には、事実を話して信じさせた方がいい。

 もちろん、ありのままの事実ではないけどな。

 

「目立ちたくないんだろうな。テストでも、あいつ本当は80点以上取れるくらいの学力はあると思うんだが、いっつも60点そこそこに落ち着いてる」

 

「そうなんだ……」

 

 あいつなら全科目満点なんて恐らく余裕だろうけどな。ここは80点以上と言っておくことで印象を操作する。

 嘘は言っていない。80点だろうが100点だろうが、数値としてはどちらも「80点以上」だ。

 と、そこで藤野が俺の肩ととんとんと叩いてくる。

 

「ねえねえ、オムそば2口くらいちょうだい」

 

「は? 普通1口じゃないのか」

 

「焼き鳥一本あげるからさ」

 

「……確かにそれなら1口じゃ釣り合わないな」

 

 その後、昼食休憩は30分ほど続き、俺たちは屋台の味を満喫した。

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