実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

48 / 77
第5巻
ただの体育祭


 夏休み明け最初の授業日。

 生徒たちはまだ休みの気分が抜けきってないのか、どこか授業にも身が入っていないようすだった。

 しかし、さすがにDクラスも1学期で散々学んだ。クラスポイントが減らされるような失態は犯さない。誰も居眠りはしないし、携帯を弄ったりもしていなかった。

 そのまま午前中の授業を消化し終わり、昼休みとなる。

 ダルそうにしている者、これ幸いと教室を出ていく者様々ではあったが、全員に共通しているのは疲労困憊ということだろう。授業ってこんな疲れたっけ、と。

 さて、俺はいつも通り、学食などへは行かず、教室に残って昨夜の残りで作った弁当を広げている。

 

「あなたは夏休み中、先取りで学習を進めていたのよね」

 

 突然、俺の左斜め後ろに座る少女、堀北から声をかけられる。

 

「……まあ、そう考えてもらっていいが」

 

「先取りでの学習は学力向上には効果があるけれど、副作用もあるみたいね。授業中に気を抜きすぎじゃないかしら、あなた」

 

「……なんで授業中の俺の様子を知ってんだよ」

 

「あれほど集中を欠いていれば、嫌でも目に入るわよ」

 

「別にいいだろ。減点されるようなことはしてない。話は聞いてるし、ノートはちゃんととってる」

 

 そもそもそれについては今に始まったことじゃない。俺は高校範囲の学習まではすでに一通りやり終えている。全教科だ。

 夏休み中の学習も、通常の授業進度で見れば先取りだが、俺にとっては復習だ。

 

「……まあいいわ」

 

 俺に小言を言い終えると、堀北は席を立ちあがった。

 

「どっか行くのか?」

 

「ええ」

 

「どこに?」

 

「あなたには関係のないことよ」

 

「……そうですか」

 

 そう冷たく言い放ち、スタスタと行ってしまった。

 

「……疑いは全く晴れてないみたいだな」

 

 あの分だと、当面の間は無理そうだ。

 行動で示していくしかないか。

 時間はかかるが。

 

「……飯だ飯」

 

 ひとまず、大した量も入っていない弁当をかきこんだ。

 

 

 

 

 

 1

 

 午後の授業の2コマは、どちらもホームルームということになっていた。

 始業ベルが鳴ると同時に、担任である茶柱先生が教室に入ってくる。

 

「ふむ。休み明けで少々気が抜けているかと思ったが、全員席にはついているようだな」

 

 教室の様子を俯瞰して、先生がそう言った。

 

「当たり前っすよ先生。せっかくもらったポイントなくしたくないじゃないですか!」

 

「殊勝な心掛けだな。だが池、今のは私語としてカウントされかねない行動だぞ?」

 

「ゲッ……」

 

 先生が警告すると、クラス中の視線が一瞬で池に集まる。

 

「はは、冗談だ。まあとにかく、これからも意識を高く持つことだ」

 

 これまでの話をまとめるような言葉に、クラス全員頷いた。

 

「さて、この授業から2つ続くホームルームの時間だが、すべて来月に行われる体育祭に関連した内容になる」

 

 大方の予想はつけていたが、やはりこの内容だったか。

 

「その体育祭に向けて、これからしばらくの間は体育の授業の時間が増えることになる。そのため、期間限定の新しい時間割表を配布しておく。そして同時に体育祭に関する資料も配布する。しっかりと保管しておけ。また体育祭の資料に関しては、これと同じものが今日の放課後より学校のホームページで閲覧可能になる。必要なら適宜参照することだ」

 

 手元に来た資料をざっと眺める。

 体育祭に関するルール説明……か。

 斜め読みしただけでも、ポイントがどうたらといった記載があることが分かる。

 

「先生、この体育祭もポイントが絡んでくる、特別試験ということですか?」

 

 平田が手をあげて質問した。

 

「どう捉えるのも自由だ。いずれにせよお前の言う通り、ポイントが絡んでくることに間違いはない」

 

 返ってきたのは、そんな曖昧な答え。

 平田も少々腑に落ちないといった表情をしている。

 何気ないが、非常にいい質問だった。

 おそらく学校側は、これを特別試験という枠組みでは考えていない。

 無人島で配られたマニュアル、そして船の上で説明の時に受け取ったプリント、そのどちらにもはっきりと「夏季特別試験」という記載があった。

 しかし、今受け取った資料には「特別試験」の言葉はどこにも載っていない。

 それが答えだ。

 要するに、いらんことをうだうだ考えずにひたすら体育祭の競技の練習に集中するのが吉、ってことだ。

 そこまで考えたところで、一度教室の様子に目を向ける。

 ……割とはっきり分かれてるな。

 こういった体を使うイベントに自信を持つ生徒は張り切っている。対照的に、体を動かすことを苦手としている者は、すでにかなり気分が沈んでいる。そのどちらでもない者は、淡々と先生の説明に聞き入っていた。

 

「さて、すでに目を通した者の中には把握している者もいるかもしれないが、この体育祭での採点方式は、今までのものとは違い少々特殊だ。全学年のAクラスとDクラスを紅組、BクラスとCクラスを白組にわけ、紅白で競う。体育祭の間は、今まで敵だったAクラスが味方になるというわけだ」

 

「うお、そんなことあるのか!」

 

「ああ。ただ、それだけではない。学年ごとのクラス別でもしっかりと順位付けがなされる」

 

 つまり、紅白別とABCDクラス別、二本立ての採点方式ということだ。

 俺は再び資料に目を落とす。

 

 

 体育祭のルールおよび採点方式

 

 各学年のクラス別のほか、全学年のAクラス、Dクラスを紅組、BクラスとCクラスを白組と分け、競う。

 体育祭で執り行う競技は、全員参加競技と推薦競技の二つがあり、それによって点数付の方法が異なる。また、その点数の合計により順位をつける。

 

〇全員参加競技の点数付け

・個人競技の場合

 1位に15点、2位に12点、3位10点、4位8点、5位以降は7点から、1点ずつ低くなっていく。

・団体競技の場合

 紅白のうち、勝利した組に500点が与えられる。

 

〇推薦参加競技の点数付け

 1位に50点、2位に30点、3位15点、4位10点、5位以降は8点から、2点ずつ低くなっていく。最終競技のクラス対抗リレーでは、クラスごとに3倍の点数が付けられる。

 

〇紅白の競争でのポイント配分

 紅白の組のうち、敗れた組のクラスポイントが100引かれる。

 

〇学年別クラス間の競争でのポイント配分

 1位となったクラスに50クラスポイント

 2位となったクラスは変動なし

 3位となったクラスはマイナス50クラスポイント

 4位となったクラスはマイナス100クラスポイント

 

〇個人競技での報酬およびペナルティ

各個人競技の順位により、報酬もしくはペナルティが存在する。

 1位を取った生徒には5000プライベートポイント、もしくは学力試験において3点分の点数を与える。

 2位を取った生徒には3000プライベートポイント、もしくは学力試験において2点分の点数を与える。

 3位を取った生徒には1000プライベートポイント、もしくは学力試験において1点分の点数を与える。

 最下位を取った生徒にはマイナス1000プライベートポイントのペナルティを課す。所持ポイントが1000を下回る場合は、学力試験において1点のマイナスとする。

 

 学力試験の点数は、次回中間試験で利用可能である。ただし、マイナスは必ず適用される。また、点数を他の生徒に贈与することはできない。

 

〇最優秀生徒報酬

 全競技で最も高い点数を取った生徒には50万プライベートポイントを与える。

 

〇学年別最優秀生徒報酬

 学年別で、全競技で最も高い点数を取った生徒には10万プライベートポイントを与える。

 また、1位を含む上位3名には各1万プライベートポイントを与える。

 

〇学年別下位生徒ペナルティ

 学年別で最も低い点数を取った下位10名の生徒には、ペナルティを課す。

 ペナルティの内容は学年ごとに異なる場合があるため、各クラス担任からの説明時に発表とする。

 

 

「見ての通り、運動が得意な者も苦手な者も、全員が全力で競技に参加することが求められる設計になっている。しっかりと励むことだ」

 

「あの、先生、紅組と白組で、勝った方の報酬はないんですか? 書かれてないんですけど……」

 

「ない。負けたら100クラスポイントを引かれる。それだけだ」

 

「ええ、マジかよ……」

 

 落胆の声が上がる。勝っても得がないというのは、少々やる気がそがれるのも仕方がない。

 この体育祭、全体を通してみてもマイナス要素が大きい。

 プラスを積み重ねることに重きが置かれていた夏休み期間中とは、うってかわっての内容だな。プライベートポイントのペナルティと言うのも、俺たちにとってははじめてのものだ。

 その代わり、と言っては何だが、少々特殊な報酬も用意されているようだ。

 

「せ、先生、この学力試験で何点とかって……どういうことっすか!?」

 

「お前たちの考えている通りだ。例えば1位と3位を1回ずつ取り、4点分の点数を確保した場合、次の中間試験で国語に2点を加算、英語に2点を加算といった具合に、自由に配分できる。須藤、お前のような生徒にはうってつけの報酬だろう」

 

 確かに。

 須藤の身体能力を考えれば、いくつもの競技で1位を取ることが可能だろう。次の試験がだいぶ楽になるはずだ。

 

「あの、それで、この下位10人のペナルティってのは、なんなんすか……?」

 

 池が恐る恐るといった様子で質問する。

 仔細が書かれておらず、かなり不気味な記述になっている。怯えるのも無理はない。

 

「今から説明しようとしていたところだ。お前たち1年生には、次回中間試験での減点というペナルティを課す。下位10名、例外なく10点のマイナスだ」

 

「ええええええ、マジすか!?」

 

「具体的にどう減点するかは、中間試験本番が近づいてから追って連絡する」

 

「そんなあ……」

 

 ここでも中間試験関連か。学力、身体能力ともに心もとない生徒にとっては、かなり厳しい行事になるな。

 Dクラスの中でいえば、池や山内、井の頭、佐藤、外村、それに佐倉もか。このあたりだ。

 運動がだめでも、学力が申し分ない生徒に関しては対処のしようもあるが。

 

「さて、開催競技についてだが、次のページに書かれている。目を通しておくように」

 そう言って、先生はページをめくるよう促した。

 

 

 全員参加競技

➀100メートル走

➁ハードル競争

➂棒倒し(男子)

➃玉入れ(女子)

➄男女別綱引き

➅障害物競走

⑦二人三脚

⑧騎馬戦

⑨200メートル走

 

 推薦参加競技

⑩借り物競争

⑪四方綱引き

⑫男女混合二人三脚

⑬3学年合同1200メートルリレー

 

 

「え、ちょ、多すぎないっすか!?」

 

「1日でできる量じゃないですよ!」

 

 口々に驚愕と不満の声が上がる。

 

「安心しろ。この体育祭では、応援合戦や組体操などといった順位付けがなされないような行程は一切行わない。1日すべて、これらの競技の遂行に費やす」

 

 いや、それを勘定に入れたとしてもだろう。こりゃ息つく暇もないハードスケジュールになりそうだ。

 体のケアをしっかりしておく必要がありそうだな。ま、そんな立派な体でもないが。

 

「次に、この参加表について説明する」

 

「参加表、ですか?」

 

「私の手元に1部だけ用意してある。この参加表に、どの種目に、誰が、どの順番で参加するか、すべてを記入し、提出期間である体育祭当日1週間前から、前日の午後5時までの間に私に必ず提出しろ。期間内に提出がなければ、すべてランダムに振り分けられることになるので注意するように」

 

「すべてを、決めるんですか……」

 

「そうだ。そして受理されれば、いかなる理由があろうとも内容の変更は許されない」

 

 なるほど。

 客船であった特別試験のメール同様、この参加表は絶対に他クラスに知られてはならないものになりそうだ。

 自分たちで必ず守り通す必要がある。

 

「私から質問してもよろしいでしょうか」

 

 あらかたの説明を終えたところで、堀北が手を挙げてそう言った。

 

「構わない。今のうちに聞けることは聞いておけ」

 

「では……。参加表は受理された時点で変更ができなくなる、ということですが、当日欠席や、競技中の怪我などで参加できない生徒が出てきてしまった場合はどのように対応するのでしょうか。個人競技であれば欠席扱いで済みますが、二人三脚や騎馬戦の場合は、一人かければ競技そのものが成立しません」

 

「その場合は、そのグループそのものが失格扱いとなり、競技に参加できなくなる。二人三脚ではパートナーも失格、騎馬戦であれば、一騎少ない状態で戦いを強いられることになる。だが、救済措置も存在する。全員参加競技では今述べたような対応になるが、推薦競技に関しては、一人あたり10万ポイントで代役を立てることが可能だ」

 

「10万ポイント、ですか……」

 

「高いか安いかは、お前たちの考え方次第だが」

 ……今の俺たちであれば、出せない額ではないな。絶妙な値段設定といえる。

 

「……わかりました。もう一つよろしいですか。仮に当日体調不良になったとして、その場合はドクターストップがかかるなどして参加を止められることはあるのでしょうか」

 

「あまりにも度が過ぎると学校側が判断した場合は止めに入ることもあるが、基本的には生徒の自主性に任せる方針だ」

 

「……ありがとうございます」

 

「ほかになければ、これで話は終わりだ。次の時間は体育館に移動し、他クラスと顔合わせの時間となっている。まだ授業時間は20分ほど残っているが、どう使うのもお前たちの好きにしろ」

 

 特に手が上がることがないのを確認し、茶柱先生は教室の端に控えた。

 それを見て、俺は席を立つ。

 

「ちょっと、どこへ行くの?」

 

 それを咎めるようにして、堀北が俺に声をかけた。

 

「ちょっと先生に確認ごとだ」

 

 それだけ言って、俺はその場を離れ、茶柱先生のもとへと向かった。

 

「……どうも」

 

「なんだ、珍しいな速野」

 

「まあ……先生に頼みごとがありまして」

 

「ほう、言ってみろ」

 

 まずは一つ、頼みごとを伝える。

 それを聞いた茶柱先生は、眉をひそめた。

 

「……そんなことをしてどうする?」

 

「念には念を入れるんですよ。それに、今の時点で先生が何かをするわけじゃありません。俺がやることを黙認してもらえればそれで充分です。先生も、クラスの不安要素がいつまでものさばるのは本意じゃないでしょう? クラスが上に上がるために」

 

「……何が言いたい?」

 

「話は聞いてますよ。卒業時のクラスが、査定やらなんやらに色々と響いてくること。だからクラスの担任教師は、公平な立場でいながらも自分のクラスをできるだけ押し上げたいと思っている」

 

「私はそんなことに興味はない」

 

 すました顔でそう言う茶柱先生。

 

「どうですかね。夏休み中の特別試験でのあいつの動きには、どうにも違和感がありました。あいつは自主的にあんなことをするようなやつじゃない。先生に脅されでもして、やむなく動かされてたんじゃないですか?」

 

「根も葉もない話だな」

 

「そうでもないですよ。あいつ本人から聞いたことですからね」

 

「何?」

 

 まるで睨むような視線で、綾小路を見つめる茶柱先生。

 

「口止めしていたはずなのに、って感じですね。まあでもあいつを責めないでやってください。綾小路は俺には何も言ってませんよ」

 

 そう告げると、茶柱先生ははっとしたような表情になる。

 そして鋭い視線を俺に向けた。

 

「……お前、カマをかけたのか」

 

「先生、隠し通す覚悟のない嘘はつくもんじゃないですよ」

 

 俺ははじめからずっと「あいつ」としか言っていなかった。にもかかわらず茶柱先生は「誰のことか」と聞くともなく、さらには綾小路に目まで向けた。

 先生の中で、夏休み中に違和感のある動きをした生徒イコール綾小路、と初めから繋がっていたのだ。

 何か心当たりがある決定的な証拠だ。

 

「やっぱり、あいつが急に動いたのは茶柱先生の差し金だったんですね。納得がいきました。相当強い脅しをかけたんでしょう。力を発揮しなければ退学にするぞ、といった具合で」

 

「……」

 

「……え、マジですか」

 

 おいおいこの人……職業倫理も何もあったもんじゃないな。

 クラス間競争に興味がないかのような振りをしておきながら、とんでもない野心家だ。

 だがこれは……ともすれば茶柱先生の弱みにもなる。

 こちらとすれば、都合の悪い話ではない。

 

「……では先生、もう一つ」

 

「……なんだ」

 

 そして、俺は二つ目の頼みごとを伝えた。

 

「……なんだと」

 

「やってもらえますよね。これもクラスが上に上がるためには不可欠なことです」

 

 教師と生徒ではあるが、先ほど綾小路の件が露呈したことで、それが一時的に逆転現象を起こしている。

 

「……わかった。お前の言った条件が整えば、やろう」

 

 茶柱先生も、承諾せざるを得ない。

 

「どうも。じゃあ、さっそく今夜にでも作業をするので」

 

「……今夜か。ずいぶん急な話だな」

 

「早い方がいいでしょう。それじゃあ、俺は席に戻ります」

 

 ゴネられたり話が長引くのも面倒なので、俺は少々無理やり話を終わらせ、自分の席に戻った。

 俺の近くの堀北の席には、須藤、池、山内の3人が集まって、体育祭に関する話をしている。

 

「おー速野、何してたんだよ」

 

「先生にちょっと確認をな。お前らは?」

 

 主に堀北に向けた問いかけだったのだが、それに答えたのは須藤だった。

 

「あぁ、おい速野、お前からも言ってやれよ。こいつら推薦競技も含めて平等にチャンスが欲しいとか言ってやがんだよ。大して運動得意でもねえくせによ。ポイント稼ぐためには、役に立つやつが多く競技に出るのが一番だろ?」

 

 くだらない、と吐き捨てる須藤。

 

「いや……まあ、確かにそれが一番だが」

 

「だろ?」

 

「須藤くんの言うことは間違ってはいないし、私も同感よ。けれどこれは時間をかけて話し合うべきことよ。恐らく池くんのように考えている人はクラスの中に一定数いるはず」

 

 堀北の予測はおそらく正しい。

 点数をもらえるなんて、学力に問題を抱える生徒にとってはこれ以上ない好機だ。

 体力自慢ではないにしても、そのチャンスすら最初から与えられないのは理不尽に感じても仕方がないかもしれない。

 

「とりあえず、次のホームルームを踏まえてから考えたほうがいいわ」

 

 

 

 

 

 

 2

 

 続く時間、茶柱先生が予告していた通り、俺たちは体育館に集められていた。

Dクラスも時間通りに移動し、まとまって並ぶ。ABCD順ではなく紅組白組で分かれているのか、隣には1年のAクラスが座っていた。

 この学校は生徒の数が固定されており、1クラス40人の一学年4クラス。全校生徒は総勢480人となっている。数人の退学者はいるだろうが、教職員も合わさったこの体育館にはおよそ500もの人数が集まっていることになる。

 席が近いこともあり、俺、綾小路、堀北の3人は一緒に移動し、体育館の中でも近い場所に座っていた。

 堀北に目を向けると、どこかソワソワしている様子。恐らく、兄である生徒会長の堀北学を探そうとしているんだろう。

 本人に直接確認したことはないが、恐らくこいつはお兄ちゃん大好き人間だ。態度の節々にそれを感じさせる要素がある。5月ごろに盗み見したあの光景や、先日のプールで南雲先輩と生徒会長の話題になった際も、兄である堀北会長を持ち上げる態度を取っていた。

 まあ、そんな家庭の事情を一々気にする必要はない。それにこんな人だかりの中、見つけるのは容易ではないだろう。

 体育座りで待機していると、上級生とみられる生徒数名が前に出てきた。

 

「3年Aクラスの藤巻だ。今回、赤組の総指揮を執ることとなった。まず始めに、1年生に1つアドバイスをしておく。一部の連中は余計な世話だと思っているかもしれないが、この体育祭は非常に重要なことだということを理解しろ。この経験は必ず次につながる。これからの試験は一見遊びのように思えるものもあるかもしれないが、それら全てが、例外なくこの学校での生き残りをかけた戦いとなる。今はまだ自覚がないかもしれない。だが、やる以上は勝ちに行く。それだけは肝に命じておけ」

 

 アドバイスの内容は曖昧だが、これらが今までの経験に基づくものなら藤巻という先輩の言っている内容は的確なんだろう。

 

「3学年合同のリレーを除き、競技は学年別のものばかりだ。残りの時間は学年に別れた話し合いを好きにやってくれ」

 

 そう言って、藤巻先輩は3年Aクラスの集団へと引っ込んでいった。そしてその指示通り、学年ごとに分かれた集団が形成される。

 それぞれの学年のAクラスとDクラス。

 その代表者が前に出て、話し合いを始めている。

 1年Dクラスからは平田が、1年Aクラスからは葛城が出た。

 

「奇妙な形で協力することになったが、仲間同士、滞りなく協力関係を築いていきたいと思っている。よろしく頼む」

 

「こちらこそだよ葛城くん。一緒に頑張ろう」

 

 積極的協力関係、というわけではないだろう。同じ組になった以上は足の引っ張り合いだけはしないようにしよう、という感じか。Aクラスにしてみれば、最下位クラスであるDクラスと組むメリットは本来ないわけだしな。

 

「……ん?」

 

 少し想定外の光景が一瞬目に入り、その方向を振り向いた。

 

「話し合いをするつもりはないってことかな?」

 

 俺が向いた方向とほど近い場所から、一之瀬のそんな声が響いた。

 体育館はその様子を見てざわついている。理由は簡単。1年Cクラスの生徒が全員、体育館から出ようとしていたからだ。

 龍園を先頭に、出入り口付近に固まっているCクラス。

 独裁政権は揺るぎなし、か。

 

「俺はお前らのことを考えてやってんだぜ? 俺が協力しようと言ったところで、お前らが素直に受け取るとは思えない。なら、初めからやらねえ方がいいってことさ」

 

「なるほどー。時間の無駄を省くためなんだねー?」

 

「そういうことだ。感謝するんだな」

 

「協力なしで、今回の試験に勝てる自信があるの?」

 

「クク、さあな」

 

 船の上のカフェの時のように不気味に笑い、そのまま体育館を後にしていった。

 その瞬間、石崎、小宮、近藤の3人と一瞬目が合うが、こちらが見返すとすぐに逸らした。

 石崎は龍園の側近のような立場だ。中学時代は不良で喧嘩慣れしているということもあり、Cクラスの龍園体制への不満を力で押さえつけているんだろう。山田アルベルトもその1人かもしれない。伊吹……は多分違うだろうな。戦闘力は申し分ないが、あいつは本気で龍園を嫌っている。

 

「早くも動き出した、ということでしょうか」

 

 そんな落ち着きのある声が後方から聞こえ、それにつられて多くの生徒が後ろを振り向いた。

 声の発信源は、とても小柄な少女だ。藤野とはまた違う、藍色がかった銀髪。落ち着いた雰囲気なのに、どこか強い意志を感じさせる目。

 何より注目を集めたのは、多くの生徒があぐらをかいたり、体育座りで過ごしている中、その少女は杖を持ち、椅子に腰掛けていた点だ。異様に細い体躯も合わさり、体を不自由にしていることは容易に想像がつく。

 そんな時、右肩をツンツンと叩かれた。

 振り向くと、そこには手を振りながら笑っている藤野が立っていた。

 俺の隣に座りながら話しかけてくる。

 

「やっほ、速野くん」

 

「おお……」

 

「坂柳さんが気になる?」

 

「ああ、やっぱりあれが坂柳だったのか」

 

 坂柳は夏休みのバカンスを欠席している。それがあの体の不自由そうな生徒なら辻褄があう。

 

「うん。坂柳有栖さん。訳あって、学校から杖や椅子を許可されてるの」

 

 体が不自由で、と直接言うのは気が引けたんだろう。遠回しにそう伝えてくる。

 

「別に遠慮して言う必要はありませんよ、藤野さん。隠すことでもありません」

 

 カツ、カツ、と杖をつく音とともに、坂柳はこちらに近づいてきた。

 そして、今度は全体に向けて語りかける。

 

「残念ですが、この体育祭、私は戦力としてお役に立てません。全ての競技で不戦敗となります。ご迷惑をお掛けすることになるでしょう。その点についてまずは謝らせてください」

 

「謝ることはないと思うよ。そのことについて追求することはないから」

 

 平田の言葉通り、そんなことをする人間は1人もいない。須藤もだ。どうしようもないことを責めても仕方がない。

 多くの人は、どこか前評判と違う印象を坂柳に受けたんじゃないだろうか。攻撃的な性格とは思えない。口調も穏やかで、礼儀正しい。かく言う俺もだ。想像とはいささか乖離している。

 だが、今受けている印象の通りの人となりや考え方なら、葛城と真っ向から対立するとは思えない。今は感じられない何かがあるんだろう。

 

「あなたが速野くん、ですね。お噂は予々。藤野さんのご友人で、とても高い成績を保持していると聞いております」

 

「は、はあ……」

 

「申し上げた通り、私は今回参加は叶いませんが、Dクラスの皆さんのことも、影ながら応援させていただきますね」

 

「あ、ああ、是非よろしく頼む」

 

 妨害されたら溜まったものではないが、応援してくれると言うなら素直に受け取ることにする。

 

「では、頑張りましょうね」

 

「……ああ」

 

 そう言い残し、坂柳は椅子に戻っていった。

 前では、平田と葛城のスムーズな話し合いが行われている。その様子を見て、俺は藤野に言った。

 

「一応まだ影響力はあるんだな。葛城は」

 

「今回は、っていうか今回もだけど、坂柳さんが参加できないからね。葛城くんに引っ張ってもらわざるを得ないんだと思う。見ての通り対立はしてるけど……」

 

 藤野の言う通り、Aクラスは一見クラスでまとまって座っているようで、葛城派と坂柳派が綺麗に分かれている。

 だが、その差は明らかだった。現時点で坂柳派に属す生徒がクラスの大半を占めている。葛城派は坂柳派の半分に満たない。

 当初は均衡していると聞いていたが、ここまで坂柳派が勢力を伸ばした理由は、単にバカンス中の葛城の失態だけではないような気がする。坂柳も、俺たちの見えないところでしっかりと成果を残していると言うことか。

 

「今も葛城派に属してるわけじゃないんだよな?」

 

「うん。私は中立だよ」

 

 一方で、影で第三勢力を作りクーデターを狙っている藤野。

 藤野が当初目的としていた葛城の失脚はすでに達成されたと言っていい。残るは坂柳。葛城としても相手に実権を渡したくはないだろうし、利害の一致ということで(もちろん藤野側の利益は伏せて)葛城派に属している可能性があったが、そうではなかったか。

 気になることが1つあったので、声を潜めて聞く。

 

「藤野……1ついいか」

 

「どうしたの?」

 

「……あの中の何人がお前の派閥なんだ?」

 

 あの状況から鑑みるに、どちらにも属していない中立の生徒は大体10人ほど。その中の何人が藤野が第三勢力を作っているのを知っており、またそれに属しているのか。

 

「……7人、かな。私を含めたら8人」

 

 ……なるほど。

 いや、非公式にしては上々の出来だろう。葛城派の人数と大差ない。

「俺がお前と協力してるっていうのは知ってるのか?」

 聞くと、藤野はコクリと頷く。

 

「ほかのクラスに協力者がいる、っていうことは。ただ、速野くんの名前は琴美ちゃん以外には出してないよ。琴美ちゃんにも口外しないように言ってあるから。速野くんもその方が都合がいいでしょ?」

 

「……まあ」

 

「1つ謝らせてほしいのは、最後まで隠し通す自信はないってことだけどね。私と速野くんがこうやって話すのを見られるたび、速野くんって存在が仲間の頭の中に残っちゃうから」

 

「……聞きづらいが、仲間の裏切りの可能性は?」

 

「悔しいけど、ゼロとは言えないかな。今だって、出来るだけ信頼できる人に声をかけて、考え方も含めて協力できると思った人だけに協力をお願いしてるけど、どちら側かのスパイを私が見抜けなかったって可能性もある。でも、これに関しても時間の問題じゃないかな」

 

 藤野から依頼を受ければ、俺はそれに協力して坂柳の妨害をするだろう。いずれ坂柳も何者からかの妨害を受けていることに勘付く。第一に疑われるであろう葛城派がシロだとわかった場合、次に疑われるのは中立的立場の人間だ。そうなれば、第三勢力の藤野派の存在が明らかになるのは必至だろう。

 まあ、それ自体は大分先の話になりそうだが。

 

「取り敢えず、今回に関しては動いても大した効果は望めそうにないな」

 

「そう、だね。特別試験じゃないみたいだし」

 

「……ああ」

 

 藤野もやはり、そこには気づいていたか。

 単に「誰も特別試験とは言っていないから」というだけではない。

 ポイント増減の仕組みが特別試験と同じだとしても、そもそもの根幹、求められているモノが根本的に違う。

 体育祭で問われるのはあくまで運動神経。無人島試験の際のリーダー探しや、船上試験での騙し合いなどの特殊な要素はほとんどない。唯一あるとすれば参加表の守り合いだが、よほどのことが無ければ流出はないだろう。学校側もあまり想定していないように思える。

 つまり学校側が思い描いているのは、純粋に運動能力の勝負。「ただの体育祭」だ。

 まあだからこそ、やろうと思えば自分のクラスをどん底に落とすことも出来る。

 

「何かできるとすればお前だが……別にお前もAクラスを落としたいわけじゃないだろ」

 

「それはもちろん」

 

 藤野の目的はあくまで葛城、坂柳両リーダーの失脚。妨害するにしてもBクラスに追い越されない程度にしなければならない。

 9月1日現在、Aクラスは1024ポイント、Bクラスは820ポイントで、その差は約200クラスポイント。初めよりも詰まっている。

 ちなみにCクラスは592ポイント、Dクラスは446ポイント。その差約130だ。

 ここは、発想の転換……いや、原点に戻って考える、というのが正しいか。

 

「……藤野、お前個人の発言力を高める手段はある」

 

「え?」

 

「単純なことだ。お前から、Aクラスに有益な提案をするんだよ。今回AとDは味方でもあるからな。俺が知恵を貸すハードルも比較的高くない」

 

 藤野は圧倒的なコミュニケーション力で、クラス全員の信頼を勝ち取っている。

 もちろん、それだけでなく、藤野が頭の切れる生徒であることもAクラスは分かっているだろう。しかし、恐らく葛城には及ばないという印象を持たれているはず。

 藤野が頭脳面でも葛城並み、もしくはそれ以上に有能だとクラス全体が認識すれば、台頭した時に反発されにくくなる。

 

「一つ、思いついてることはあるんだけど……でも、葛城くんがうんと言うかどうかは……無人島でのCクラスとの一件で、他クラスとの協力に及び腰になってると思うから」

 

 どうやら藤野は、他クラスと協力するような策を思いついているらしい。

 

「その一件っていうのは……Aクラスの坂柳派が協力したクラスと結びついて、裏切るかもしれないって可能性を考えさせられたことか?」

 

「ううん、無人島に関しては、可能性じゃなくて確定だよ」

 

 意外にもはっきりとそう言い切った。

 

「……本当か」

 

「Aクラスの中に、スポットを誤占有した人がいる。それでマイナス50ポイントを受けちゃったの。たぶんその人は、Aクラスのリーダー情報をCクラスに流すつもりだったんだと思う。そのCクラスが失格になったから、そうはいかなくなったけど」

 

「……なるほど」

 

 クラス内……あるいは派閥内で、さまざま検討があったんだろうな。170ポイントという結果に至るプロセスが一体どのようなものだったのか。そうしてはじき出された結論だろう。

 

「……葛城は尻込みするだろうな、そうなると」

 

「うん。というか、そうじゃなくても今回は元からかなり危険な綱渡りだよ。この体育祭、クラスを窮地に陥れようと思えばかなり簡単だから」

 

「……参加表を外部に漏らすだけでいいからな」

 

 頷く藤野。

 

「……だから今回は、あんまり複雑なことは考えずに、純粋に体育祭を楽しもうよ。せっかく同じ組だしさ」

 

「……それもいいかもな」

 

 ただ、同じ組とは言うものの……平田と葛城の話し合いは、お互いにあまり深入りはせず、必要最低限の協力にとどめる、という方針で固まっているようだ。

 手堅い戦略を打つ葛城。平田も、無理はしない方がいいとそれに同調している。

 クラスのリーダーたちが決めた方針があるうえに、さらに俺と藤野のような男女間となれば、ますます関わることは少ないだろう。

 にしても……裏切り者への悩みはAクラスもDクラスも同じ、か。

 前途多難だ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。