実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
そんなこんなで時間は流れ、体育祭まで残り1週間と迫ってきた。
今はその金曜日の放課後。俺はメモの保護のために教室に残っている。
この役割は、メモに書かれている情報が増えてくるほどにその重要性が格段に増す。他クラスの人間が教室に入ってこないか、しっかりと注意を向けつつ教室での暇な時間を潰していた。
堀北の二人三脚についてだが、俺との一件があった後は、堀北が誰かと揉めている姿は目に入ってこなかった。
堀北が譲歩することを覚えたからといって、すぐにペアが決まるわけでもない。試行錯誤のためにペアの変更は何回か行っていたようす。そしてその結果、ペアは櫛田に決まったらしいという話が流れてきた。
よりにもよってこの二人か……水と油どころか混ぜるな危険の領域なのでは、とは思ったが、だからこそ安心できるという見方もある。つまりは個人的な感情よりも優先するほどに、櫛田との二人三脚の相性が良かったということでもあるからだ。
櫛田も足は速いし、堀北さえ協力的であれば申し分ないタイムが期待できるだろう。
そんなことを考えながら、暇つぶしのために自分の席でテキストを開いている俺に、綾小路が声をかけてきた。
「ちょっといいか」
「どうした?」
「明日の午前中、空いてるか?」
「ああ」
何も考えずとも即答した。
休日の俺に予定が入った回数なんて、片手どころか親指と人差し指だけで足りる。
「他クラスの偵察がしたくてな。時間をもらいたいんだが」
「……俺とお前でか?」
自分で言うのもなんだが、このクラスではトップクラスに向いていない2人だろう。
そう思ったのだが、どうやらそうではないらしかった。
「いや、櫛田と堀北も一緒にな」
「ああ……なるほど」
帰りのホームルームが終わってすぐ、綾小路と櫛田、それに堀北が一か所に集まって何事か話していたのを思い出した。この話だったんだろう。
「まあ、いいぞ」
「助かる。明日の10時にロビーに来てくれ」
「わかった」
俺との約束を取り付けると、綾小路は荷物を持って教室を出た。
「……本当に偵察が目的か」
いや、そうだとしたら俺は要らない。何なら堀北も要らないだろう。発起人である綾小路と櫛田、この二人だけで充分だ。
なのに綾小路は堀北と俺も加えた。そこには何か別の狙いがあるとみていい。
そして俺にはその心当たりがある。
先日、綾小路は不思議そうに教室の天井を眺めていた。
あれだけで、俺が何らかの策を弄したことに気付いていたとしたら。
「……ちょっと恐ろしいな」
俺が勝手に怯えているだけだった、という間抜けなカラクリであることを望もう。
1
そして迎えた土曜日。
綾小路との約束の時間が迫り、俺はそれに遅れないように身支度を済ませ、エレベーターに乗った。
ドアが開くと、その中には堀北が立っていた。
「……そういえば、あなたも誘ったと言ってたわね」
偶然、かと問われればそうは言い切れない。同じ時刻、同じ場所で待ち合わせをしているのだから、このような事態も十分に起こりうる。
「いちゃ悪かったか」
「別に」
口ではそう言うものの、不機嫌なオーラは隠しきれていない。というより隠すつもりもなさそうだ。
その原因は俺以外にも、そもそもこの集まりそのものに気が進まないということもあるだろう。
堀北が積極的にここに加わったとは思えない。綾小路にうまい具合に丸め込まれたのだろう、と推測する。
堀北とともにロビーに降り立つと、備え付けのソファにはすでに綾小路と櫛田が腰掛けていた。俺と堀北の来訪に気づいた櫛田が立ち上がる。
「おはよう堀北さん、速野くんっ」
櫛田の明るい社交辞令には軽く手を上げて返す。櫛田の姿を見た堀北の不機嫌オーラがさらに大きくなった気がしたが、それでいて尚こんな対応ができる櫛田には尊敬の念を抱かざるを得ない。
櫛田がいるとはいえ、この4人の間に世間話なんてものが生まれるはずもなく、足早に目的地であるグラウンドへと向かった。
「おー、やってるね」
グラウンドでは、サッカー部が紅白戦を行なっている。その中で俊足を生かしてプレーする平田の姿を発見した。
が、今は他クラスの情報収集だ。見知ったクラスメイトからは視線を外し、改めてグラウンド全体を俯瞰する。
「なんか諜報活動みたいでドキドキするね」
「そんな立派なもんじゃないけどな。偵察と言っても、見えるものは限られてる」
「でも、堀北さんはそうは考えなかったんだよね?」
「ええ。情報は多いに越したことはないわ」
綾小路の言ったことも堀北の言ったことも真理ではある。
ただ、偵察に成功して多くの情報を持って帰ることができたとしても、何組目に出るのか、自クラスの誰と当たるのかが運要素である限りは強力な一手にはなり得ない。
その運要素を排除できて初めて、偵察により集めた情報は本当の威力を発揮する。
ところで、今の一連のやり取りで一つの事実が発覚した。櫛田はこの件、綾小路ではなく堀北が発起人であると伝えられていたようだ。
当然俺はそれに対してツッコミを入れることはない。
しかし、櫛田は甘くない。
「今日私を誘うって決めたの、堀北さんじゃないよね?」
と、真理をつく発言をした。
「どうしたんだ急に。なんでそう思った?」
「あはは、人が悪いよ速野くん。私と堀北さんの仲が良くないのは知ってるでしょ? 堀北さんが自分から私を誘うとは思えない。決めたのは速野くんか綾小路くんのどっちか、だよね?」
「少なくとも俺じゃないぞ。俺は綾小路を介して堀北から誘われた。そう言ってたよな」
俺は綾小路に目を向けて確認を取る。
綾小路から直接誘われたことが事実である以上、その綾小路が発起人であることを隠し通したいなら、今の俺の言葉を事実であると認定するしかない。
そんな俺の問いに、綾小路はゆっくりと頷いた。
「それに、別に不思議でもないんじゃないか? 例えばだが、1学期中間テストの時の勉強会、覚えてるか」
「うん。皆で頑張って乗り越えたよね」
ここにいる櫛田以外の3人が計10万ポイント失ったアレである。
「一度勉強会が崩壊した後、改めて勉強会を開くにあたってお前を誘うことを決めたのは堀北だったし。好き嫌い関係なく、適材適所ってことじゃないのか」
最後だけ堀北に向かって言葉を投げかけるが、当の堀北は口を開こうとしない。
俺の言っていることに嘘はない。中間テストのことも、こういった情報収集には櫛田が最適であることも。が、櫛田がどういう印象を受けるかはわからない。肯定とも否定とも受け取れない反応を示している。
話を一旦打ち切り、グラウンドに向き直って偵察を再開する俺たち4人衆。
いや、4人というより、2つの意味で3人と1人という表現が正しいかも知れない。
まず、一つ目の意味は櫛田が1人の側であるという捉え方。
これはまあ単純で、綾小路本来の実力を知っているかどうかの違いだ。
そしてもう一つ。それは、俺が1人の側だという捉え方だ。は? いつものことだろと思ったそこのアンポンタンはお口にチャック。俺が言ったのはそんなことじゃない。
分断する基準は何かというと、いま目の前にいる櫛田桔梗という生徒の裏や闇といった類の部分をどれほど知っているか。
俺が知っているのは、櫛田が堀北のことを嫌っているということだけ。だが綾小路と堀北は恐らく、それ以上の何かを知っている。それが具体的に何か、は知る由もないが。
一人であれこれ考えながらぼーっとグラウンドを眺めていると、平田以外にもう一人、知っている生徒がいることに気づいた。
「あれ……確か柴田だったよな。プールの時にいた」
「うん。平田くんがよく自分より上手いって褒めてるよ。仲良いみたいだね」
柴田は上手さだけじゃない。平田をも上回る速さも兼ね備えている。プールでのバレーの時から運動神経はかなりいいとは思っていたが、足の速さだけなら須藤にも負けていないと思われる。
「やってるやってる。今日も元気があって最高だなー!」
そんな時、やたらテンションが高くさわやかな声が後ろから聞こえてきた。なんだ、と思って振り向くと同時に、その人物が俺の横を通り過ぎる。
「南雲先輩、おはようございます」
櫛田は顔見知りなのか、声をかけた。
櫛田以外の3人も夏休みのプールで見かけたが、それはこちらが一方的に知っているというだけのことだ。顔見知りではない。
櫛田の挨拶を受けた南雲先輩は、笑顔でそれに答える。
「お、君は確か桔梗ちゃんだね。ダブルデート?」
「い、いえ、そういうのじゃないんですけど……ちょっと気になって見に来ちゃいました」
「じゃあ、ゆっくりしていくといいよ。うちの部はいつも本気だから、実力測るにはバッチリだしネ」
こちらの考えてることは見通されているようだが、南雲先輩にも不満はないだろう。AクラスとDクラスは同じ赤組なのだ。他学年であれば対決もないし、向こうとしてもこちらには勝ってほしいはずだ。
「なあ、生徒会と普通の部活の掛け持ちってありだったか?」
グラウンドに向かって走っていく南雲先輩の背中を見ながら、綾小路がそう呟く。
「絶対禁止、ってわけじゃないみたいだけど、今は退部してるって聞いたよ。でも辞めても一番上手いから、こうしてたまに練習に参加してるみたい」
確かに生徒会の説明の時、掛け持ちは『原則禁止』って言ってたな。掛け持ちしてもいい、あるいはせざるを得ない条件があるのだろう。
南雲先輩がグラウンド、もといピッチに入ると、一気にそこにボールが集まり、マークも厳しくなる。
そんなものを物ともせず、一人二人、そして三人をするすると抜き、ミドルの位置からシュート。大きくカーブがかかった球はキーパーも上手く反応出来ず、そのままゴールネットに突き刺さった。
「うま……」
思わず感嘆の声が漏れ出る。
「次期生徒会長の肩書きはダテじゃないってことだな」
「……運動神経はね」
プールでもそうだったが、兄が生徒会長という手前、堀北は南雲先輩を素直に認めようとしない。
聞いた話によれば、この人は堀北兄の望む方向とは違う場所へこの学校を導いていく方針らしいが……どのような公約を掲げるのかは未だ不明。というか、そもそも堀北兄が何を望んでいるのかすらも俺は知らない。
少なくとも言えるのは、生徒会長の意志という鶴の一声は学校の方針を180度変えることすらできるということだ。
「そんな目で見つめられても困っちゃうなー」
隣から、櫛田のそんな声が聞こえてくる。
なんのことかと思ったが、櫛田は俺ではなく綾小路に対して言ったようだ。
対する綾小路は、誤魔化すわけでもなく、正面から櫛田を見て言った。
「これ以上オレからは何も聞かないと約束する代わりに、ひとつだけ教えてくれないか」
「……ずるい言い方だよね。これ以上聞かないって」
「どうしても気になってな。……お前と堀北の不仲の原因はどっちにあるんだ?」
かなり踏み込んだ質問だが、先ほどの条件により、答えを引き出させやすくすることができる。
「本当にこれだけだからね?」
櫛田もそう念押しし、答えた。
「……私だよ」
普通、仲が悪い者同士は、その原因を相手に求めようとするものだと思ってたが……やっぱりただならぬ何かがある。そういうことか?
俺は櫛田の返答を聞いて堀北の様子を伺ったが、綾小路と櫛田のやり取りを無言で見つめているだけだった。今は、こいつから何も言うつもりはないんだろう。
元から櫛田と堀北の関係に関する情報には二歩も三歩も遅れを取っている。この件は綾小路と堀北に一任した方が良さそうだ。俺が最優先に注意すべきはあくまでその先。
「やめだ。考えるだけ無駄な気がしてきた」
「あはは、そうだよ。今は偵察が優先でしょ?」
「そうだな……」
今日この場にこのメンバーを集めたのも、恐らくは今のやり取りを見せるためだったんだろう。
船でのグループ別試験のグループKの結果について、綾小路は龍園のほかにも櫛田が何かしら絡んでいるとみている。それへの探りを入れた。そしてその結果として仮に何か分かった時、そのことを知っておいた方がいいと判断した人物……つまり俺と堀北をこの場に揃えた、ってところか。
まあ結局何も分からなかったみたいだが。
頭を切り替え、サッカー部の偵察に集中した。
そこから10分ほどが経ち、紅白戦を終えたサッカー部が休憩に入る。直後、南雲先輩と何事か話していた平田と柴田がこちらに駆け寄ってきた。
「4人ともおはよう。珍しいね、こんなところに来るなんて」
「おはよ桔梗ちゃん。それから……速野と綾小路、堀北ちゃんだっけ。ダブルデートかー?」
「いや、違うって」
南雲先輩と全く同じノリだ。
「今日はどうしたの?」
「偵察だ。他クラスの情報を集めようと思ってな」
「お、じゃあこの快速柴田マンはマークしてくれたか?」
バッチリマーク済みなので安心してほしい。
あれだけ速ければ、仮に須藤と当たってもいい勝負するんじゃないだろうか。
「本当に要注意だよ柴田くんは。Bクラスでは一番速い。僕も同じ組では走りたくないな」
「へへ、でも油断しないぜ洋介。お前も速いんだからな」
一般校の体育祭には、多分こんな感じの光景が随所に見られるんだろうと思う。誰が速いとか、上手いとか、俺この組なんだよな、とか。本来なら、隠し事やら裏切りやらを警戒して挑むものではない。こんな人間不信に陥っても良さそうな学校、高校生にとっては精神不衛生にもほどがある。
休憩時間の終わりが近づき、平田と柴田は練習のためグラウンドに戻った。それを見て俺たちもその場を立ち去り、他の部を見て回る。
今はテニスコートを見て、体育館に向かっている最中。堀北がこんなことを言い出した。
「櫛田さん。あなたのことには興味ないの」
「わ、いきなり手厳しいね」
「でも、私にはひとつ聞かなければいけないことがあるわ」
「綾小路くんに続いて、だね。何かな?」
「夏休みの船での試験、自分が優待者であることを龍園くんに教えたのはあなたなの?」
堀北がそう質問したのを聞いて、なるほど、と思った。
どうやら綾小路の目的はもう一つあったらしい。
サッカー部もそうだが、バスケもテニスも、Dクラスには部活に入ってるやつがいるからそいつに聞けばいい。本来偵察する必要があるのは不確定要素。つまりスポーツ系部活以外の部活生、そして帰宅部だ。
だから今日の本当の目的は偵察ではなく、堀北と櫛田が会う場を作ること。そして櫛田の裏切りの可能性について堀北が言及すること。事前に綾小路が堀北に何かを吹き込み、こういった質問を行うよう誘導していたと思われる。
質問した堀北だが、直後にこう続けた。
「聞かなければいけないこととは言ったけれど、答える必要はないの。終わったことを掘り返しても意味がないわ。でも私はこれから、あなたをクラスの仲間として信頼してもいいのかしら」
「もちろんだよ。私はDクラスの皆でAクラスに上がりたいって思ってる。堀北さんがなんでそんなことを聞いたのかは分からないけど、信じてほしいな」
いつもの笑顔を見せながらも、真剣に堀北を見返す櫛田。
「じゃ、オレは帰るわ」
「は?」
「元々提案したのは堀北だし、櫛田の人脈があれば事足りるだろ」
「いや、ちょ、そういうことじゃなくてだな……」
止めようとしたが、綾小路はスタスタと寮の方へ歩いて行ってしまった。
「……」
えー……どうすんだよこれ。
ここで抜けるってのをあいつだけの問題だと思わないでほしい。
険悪な仲の2人に俺が加わったらどうなるか。
気まずくなる。答えはそれ以上でもそれ以下でもない。だが俺にとって死活問題だ。呪うからな綾小路。
「とりあえず歩こうか」
櫛田の提案に乗り、元々の行き先だった体育館へと足を進める。
やっているのはバスケ。サッカーと同様紅白戦をやっているらしく、須藤が出場していた。以前揉めたCクラスの2人、小宮と近藤はベンチにいる。
「やっぱり、須藤くんすごいね」
プレーの様子を見て櫛田が言う。
当然だが、俺が以前須藤とやった時とは比べものにならないほどの速さとキレがある。
須藤が成長したというのもあるし、その時とは気合の入りようだって全く違うだろう。今やってもボールには指一本触れられそうにない。
「確か、1年生でベンチ入りしているのは須藤くんだけだと言ってたわね」
「……ああ」
「なら、これ以上ここにいて得られるものはなさそうね。他に出ている1年生もいないようだし」
他学年の情報は、今は役に立たない。退散するのも手だ。
「堀北さん、帰るの?」
「ええ。もう十分よ。悪かったわね、付き合わせて」
綾小路ではなく堀北からの提案だと言う体裁を保つため、そう説明した。
「ううん、そんなことないよ。それに、堀北さんもちゃんとクラスのことを考えてくれてるんだなって思ったから」
「必要なことはするわ。仕方なくよ」
「私も頑張らなくちゃね」
以前に比べて多少丸くなった堀北と、嫌いという感情が全く態度に出ない櫛田。この2人の仲が本当に険悪なのか、一見して見抜ける人物は多くはなさそうだ。
堀北も寮に向かって歩いていく。俺も帰ろうかと思ったが、ここは櫛田の意見を聞いてみることにした。
「お前はどうする? 帰るか?」
櫛田が帰るなら帰るでいいし、何か提案があるのならばその時考える。
「どうしようかな、まだ時間はあるし……あ、そうだ」
何か得策を思いついたらしい櫛田に言葉の先を促す。
「よかったら、お昼ご飯一緒にどうかな? ケヤキモールのフードコートで」
昼飯の提案だった。
断る理由はないな。
「ああ、いいぞ」
ここからショッピングモールまではそこまで遠くない。それも計算に入れての提案だったのだろう。
2
箸が皿にあたる音があちらこちらでカチャカチャと鳴る中、俺も例に漏れず、食事を口に運ぶ。米をつかむ際に、俺の茶碗からもカチャッと音が鳴った。
俺と櫛田が足を運んだフードコートには、大勢の生徒が客として来店していた。俺の顔が狭いせいで知り合いは見つけられないが、そんな俺とは違い、目の前の櫛田の知り合いデータにはビシバシヒットしているだろう。
「美味しいね」
「ああ」
食事中ということと、相手が俺だということもあってか、櫛田も普段に比べると口数少なく、静かに食べていた。会話といえば、たまに先ほどのような短いやりとりがあるくらいだ。
ちなみに俺が注文したのは肉じゃがだ。
安定して美味い。日本人はやっぱこれだねー。最後まで汁たっぷり。問題はその汁が余ってしまい、膳を持ち上げるときにこぼしそうになることだ。それから、しらたきの先っぽについた汁がその遠心力でこっち側に飛んでくるのもかなりうざい。服が汚れる。
まあそんなことはいいんだ。
改めてこの状況を吟味してみると……少しあの時を思い出す。
俺と藤野が初めて出会った日。
俺が席を立ち上がったところで藤野にぶつかり、あいつのお膳がひっくり返って、結局俺の注文したものを半分ずつ食べることになった。そもそも俺が立ち上がったのも、食事に手をつける前に水を取ってくるのを失念していたからで、要は藤野との出会いのきっかけは俺の凡ミスだとも言える。
だが、それがもう半年ほど前の出来事なのだ。少し懐かしさを感じる。
藤野のことを考えたところで、俺の頭に一つの命題が思い浮かぶ。
櫛田と藤野は似ているのか。
あの時以降、俺は何回か自分自身に問うていた。
4月の時点では結構似ていると思っていた。
今の見解を示そう。
似ている要素はある。だが、この2人には決定的に違う部分がある。
それは、俺が2人に対して抱く意識だ。
藤野に抱いている「大切にしないといけない」意識や、「裏切ってはいけない」意識。そういうものを、俺は櫛田に感じていなかった。
そんなことを考えていると、無意識のうちに櫛田を凝視してしまっていたらしい。それに気づいた櫛田がこっちを向いて笑いかけてくる。そうそう、そういうところはちょっと似てるんだよな。
「速野くんと2人でご飯、なんて初めてだね」
「そうだったか?」
「うん」
まあ、考えてみるとそれもそうか。誰かと飯を食うこと自体が稀だ。綾小路と堀北とは前に食べたことがあるが……。
朝夕の食事を一人でとるのはまあ当たり前。俺の場合はそれに加え、昼食も教室で一人で食べることが多い。
佐倉や堀北も教室組だが、ほぼ会話することはない。綾小路もたまに教室で食べることはあるものの、大体は須藤たち3人と学食に食べに行っている。
俺と須藤たちは仲が悪いわけではないし、男子の中ではむしろ比較的親しくしているが、食事に付き合うほどではない。結果的に1人で食べることになるわけである。
その後も、櫛田の話に時折首肯しながら食べ進める。櫛田はやはり話が上手いし、話題が尽きない。常日頃から誰よりも人と接している賜物だろう。
そろそろこの不思議な食事会も佳境を迎えた頃。白米が入っていた茶碗の底が見え始めたあたりで、俺は口を開いた。
「櫛田、ひとつ聞いていいか」
「速野くんも質問? あはは、いいよ」
箸を置いた櫛田。それを見て、話題に切り込む。
「お前が前に言ってた、堀北と対立するって話、それが今なのか?」
1学期中間テストの前日、俺のいる前で堀北のことが嫌いだと明かした櫛田は、帰る際に自分が堀北と対立することがあったら自分側についてほしいと言ってきたのだ。あの時は少し衝撃を受けたが、今はどうだろうか。
「違うよ。体育祭はみんなで助け合ってやっていかないといけないから、私は出来る限りクラスのために頑張らなくちゃって思ってる」
「さっき言ってたな」
「うん。本心だから」
「……そうか、なら安心だな」
櫛田の発言を様々な角度から考え、俺はそう答えた。
「体育祭、頑張ろうね」
「……ああ」
参加するからには、俺もできる限りのことはするつもりだ。
できる限りのことは。
3
「じゃあ、体育祭の最終的な組み合わせを決めようと思う」
体育祭まであと3日と迫ったこの日のホームルーム。
今日はこの時間を練習ではなく、参加表を完成させることに使う。
これまで大事に保管してきたメモをもとに、平田が読み上げて異論反論がないことを確認し、そして櫛田が参加表を埋めていく。
この1か月間、全員の練習の成果をもとに決められていく組み合わせだ。今更反論する者も見られない。
今現在もクラスを仕切っている平田と櫛田。この二人も本当によく働いた。常にクラスの前に出て動いていた。
常にクラス全員の目にさらされるこの役割、いかに慣れているとはいっても大変だっただろう。心の中で労いの言葉を送っておく。
「じゃあ、クラス対抗リレーのアンカーは須藤くんだね」
「うん」
最後の競技である1200メートルリレー。男女3人ずつを選出する必要があるが、須藤、平田、三宅、堀北、小野寺、前園と手堅いメンバーで固められている。
そしてその最後を飾るアンカーに須藤を抜擢することに、反論などあろうはずがない。これで参加表のすべての項目が埋められ、Dクラスの組み合わせが決定した。
ただしすぐに提出はしない。受理されて以降の変更はできないというルールのため、万が一変更があったときに対応できるよう、ギリギリまでは教室で保管しておく。
そのため、今日と明日に関しては、俺たち保護役はメモだけでなく参加表もカバーする必要がある。その重要度は段違いに跳ね上がるわけだ。
ちなみに今日の放課後は櫛田が保護を行い、明日の放課後は俺や櫛田といった放課後組だけでなく堀北、平田も立ち会って4人で参加表を提出しに行く手はずとなっている。
授業時間が終わり、茶柱先生が解散を告げる。
するとすぐ、堀北が荷物も持たずに立ち上がり須藤のもとへ駆け寄っていった。
「須藤くん、少し時間をもらえるかしら」
「え? あ、ああ……」
「それから平田くんも、構わない?」
堀北と二人きりの時間になるかも、と一瞬考えた須藤だが、その希望はあえなく粉砕されて少し落胆している様子だった。
平田も堀北の呼びかけに応じ、教室の奥に移動して何やら話し合っている。
途切れ途切れに聞こえてくる会話を要約するとこうだ。
堀北はアンカーを須藤から譲り受けたいとのこと。
そんな突拍子もない提案を受けたほかの二人は当然困惑する。
「でもよ……アンカーって一番速いやつがやるもんじゃねえのかよ」
「常識ではそうね。けれど、この学校では常識に従っているだけでは勝てない。そのことは今までの生活で充分に痛感したはずよ。それにこれは勝つための戦略でもある。須藤くん、あなたはスタートダッシュも得意よね。そこで他クラスを突き放すことができれば、私たちのクラスは一番内側のコースを取り、以降のレースを有利に進めることができる」
堀北の言うことも一理あるとは思う。
しかし、何か違和感を感じる。そんな気にさせるのは、先ほどの堀北の「勝つための戦略『でも』ある」という言い回しのせいだろう。これはつまりそれ以外の目的があるという証拠だ。
堀北がアンカーになりたがる、できれば隠したい理由。
答えにたどり着くのにそう苦労はしなかった。
俺は話し合っている3人に近づき、堀北に対して発言する。
「おい堀北……お前の兄に関することが理由なら、隠さず正直に言った方がいいぞ」
そう言うと、堀北の表情に明らかな動揺が走った。
その後俺を睨みつけるが、その視線もすぐに弱まってしまう。
「堀北さんの、お兄さん……って、もしかして」
平田も思い至ったようだ。
それで堀北も観念し、正直に告白する。
「……ええ。生徒会長の堀北学は、私の兄。兄は必ずアンカーになるはずだから……」
一時でもその兄の近くにいるためには、アンカーになる必要がある。その目的のために、色々理屈をこねてアンカーを変更させようとしたのだ。
「オレも詳しくは知らないんだが、なんかギクシャクした感じらしくてな。仲直りのキッカケが欲しいんじゃないか」
横から綾小路も会話に加わってきた。
そうか……こいつも知ってるクチだったな。
堀北の気持ちはまあ分からないでもない。
ただ、私情を排してクラスの勝利のために組み合わせを決める、と最初の方針で定まった。しかもそれはほかならぬ堀北が強く言い出したことだ。それこそクラスメイトを軽く罵倒してまで。にもかかわらず、自らが思いっきりプライベートな事情を組み合わせに持ち込むのはいただけない。
堀北にもそういった自覚はあるからこそ、それを隠そうとしていたんだろうが。
俺が決める立場ならこの申し出は拒否する。
二人の反応はどうか。
「……急に何の話かと思ったらそういうことかよ。正直、アンカーやりてえ気持ちはあるが……譲ってやってもいいぜ」
夏休み中に葛城に助力した時もそうだったが、須藤は案外情に厚いところがある。その同情心と、頼まれた相手が堀北ということもあってか、受諾した。
そうなれば、もめ事を好まない平田の答えも定まる。
「二人が納得した結果なら、僕もそれで構わないよ。クラスのみんなも、リーダーの須藤くんが納得している話なら受け入れてくれると思う。須藤くんがスターターで、堀北さんがアンカー。参加表はそう修正しておこう」
「ありがとう……」
堀北は深く謝辞を述べ、リレーの走順の変更が決まった。