実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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体育祭Ⅰ

 ついに開幕した体育祭。

 使用するのは、いつも体育の授業や練習で使っていたグラウンドではない。立派な陸上競技場だ。

 といっても、ここに来るのははじめてではない。体育祭のリハーサルと称して、何度かここでプログラム一連の流れを確認したことはある。

 そしてそのリハーサル通り、入場行進や開会宣言を終え、早速競技が始まる。

 全員参加の個人種目は、全て1年生から始まる。最初に1年男子で始まって3年女子で一つの競技が終了。インターバルを挟んでからは、1年女子から3年男子、という風に切り替わっていく仕組みだ。

 競技に参加するため、1年男子がぞろぞろとグラウンドへ出ていく。

 須藤は開幕スタートの1組目。開幕直後に圧倒的な走りを見せ、流れに乗ろうという算段だ。

 須藤以外の1組目の生徒がそれぞれスタート地点につく。

 

「1位は健で決まりだなー。なんかデブとガリしかいないし」

 

 酷い言いようだが、確かに須藤以外に足が速い生徒はいなかった。池の言うとおり須藤のトップはほぼ確定だ。

 しかし、考えようによっては運がないとも言える。

 須藤ならおおよそ誰が来ても勝てる。ならば本来1位を取れたはずの他クラスのエース格を倒し、2位以下に落としておきたかった。

 1つの組には各クラス2人ずつが配属され、合計8人で競う。Dクラスからは須藤ともう1人、外村が選出されていた。

 そして合図がなり、スタート。

 同時に全員が体を起こすが、須藤だけは別格で、初めから体二つ分ほど抜け出したかと思うと、最後には圧倒的な差をつけて1位でゴールした。

 

「っしゃ!!」

 

 ゴールでは須藤がガッツポーズ。そしてこのタイミングでようやく外村が最下位でゴールした。

 そして、間髪入れずに次の組の用意に入る。プログラム上、このようにぎゅうぎゅう詰めにしないと消化できないんだろう。

 1つの組が用意してからゴールするまで大体30秒ほど。1学年男女10組ずつの3学年なので、全員が走り終えるのには30分ほどかかる計算だ。

 そうこうしている間にも順番は進んでいく。葛城、神崎のいた3組目は神崎が1位、葛城が3位という結果に、平田、綾小路のいる7組目は平田が僅差で1位、綾小路は5位という結果に落ち着いた。また4組目には龍園がおり、しっかりと1位を取っていた。

 ちなみに3組目には高円寺もいたのだが、出場していなかった。では今どこにいるかといえば、体調が悪いと申告して休憩所のような役割を果たしているコテージで過ごしている。

 もはや仮病であることは誰の目にも明らかなんだが……まあ、それはもうどうしようもない。とりあえず今は俺の番だ。

 9組目のDクラスは俺と池。パッとしない組み合わせとなっている。

 他のコースも見てみるが、足が速いと有名な生徒はいない。これなら入賞は狙えるかもしれないな。

 パン、の合図と同時にスタートする。俺にはクラウチングスタートなんて無理なので、野球の盗塁スタイルだ。須藤が特殊なだけで、一部の生徒や陸上部以外は大体この走り方だろう。

 圧倒的でもなく接戦でもなく、特に盛り上がりどころのない9組目。ここでは1位と2位の生徒が頭半個分くらい抜けて速く、俺は次点の3位という結果に落ち着いた。

 狙いは2位、あわよくば1位を、と期待されていたが、下振れしてしまったことになる。こればかり組み合わせに恵まれなかったと諦めるしかない。俺より上位に入った2人はかなり速く、転倒でもしない限りノーチャンスだった。

 ちなみに池は6位だ。

 そこから2分と経たないうちに、1年女子へと交代する。すでに1組目はスタートしていた。

 そんな中、コテージの方が騒がしいことに気づく。

 コテージには高円寺がいる。胸騒ぎがしてそちらを向くと、やはり嫌な予感は当たっていて、まさに須藤が高円寺に詰め寄っている場面だった。

 当然ながらここまで声は聞こえてこないが、仮病でサボっている高円寺に須藤が怒り、大声で怒鳴りつけているのは遠目からでも分かる。

 この流れによくないものを感じたらしく、途中で平田と綾小路がコテージの中に入っていった。

 しかし須藤は収まらない。

 そのうち怒りが頂点に達した須藤が、高円寺に殴りかかった。

 

「おいおい……」

 

 しかし、その拳を高円寺は何事もなく受け止める。

 その後平田が働きかけ、須藤は怒りを撒き散らしながらもどうにか身を引いた。

 

「クソが! あの野郎ぜってー殴り殺してやる!!」

 

 Dクラスのテントに戻ってきた須藤は荒れに荒れている。

 これまでDクラスに貢献してきたリーダーとはいえ、こんな様子では人は離れていく。

 怒りで自分を制することが全くできなくなってしまうのは須藤の大きな欠点だな。指導中にもそれが見られる場面が多々あった。

 そんな時、スタートの合図が耳に入った。

 どうやら女子の4組目がスタートしたらしい。

 トラックの方向に目を向けると、すぐに目に入ったのは佐倉の姿。見知らぬ女子と抜きつ抜かれつの熾烈な順位争いを繰り広げている。もちろん、争いといっても最下位争いだが。

 1位がゴールしてから数秒後、その2人はほぼ同時にゴール。だが、わずかな差で佐倉が上回ったようだ。

 

「おお……」

 

 素直に驚いた。

 言っちゃ悪いが、佐倉は外村と同じ最下位要因だった。クラスでの練習においても最下位でなかったことはない。それを免れたことは、ポイント的にも大きい。

 運が良かったのももちろんあるだろうが、もしも練習期間中に佐倉がまじめに取り組んでいなければ、この結果はなかったんじゃないだろうか。

 少し経って、佐倉が息を切らしながらこちらに向かってくる。

 

「はあ、はあ……み、見ててくれた? 私、初めてビリじゃなかったよっ……!」

 

「お、おう……とりあえず落ち着いて、呼吸整えろ」

 

 興奮気味の佐倉を宥めるようにして言う。佐倉にとって最下位脱出は、俺が考えている以上に嬉しいことなのだろう。

 俺は一旦佐倉から目を切り、再びトラックの方へと視線を移した。

 6組目が走り終え、7組目がスタート地点にて準備を始めている。

 

「堀北と……伊吹か」

 

 伊吹澪。無人島試験の際、龍園からDクラスに送られたスパイの役割を果たしていた。その際に体調不良でボロボロだった堀北と一戦交えており、かなりの身体能力の持ち主だと記憶している。

 スタートの合図と同時に飛び出す女子。やはり抜け出したのは伊吹と堀北。その中でも、若干ではあるが伊吹がスタートダッシュを制した。

 付かず離れずの熾烈な争い。半分を走ったところで、堀北がほんの少し前へ出た。

 そしてラストスパート。この段階で、伊吹がジリジリとその差を詰めていく。並ぶか、並ばないか、という微妙なところで、2人ともゴールした。

 

「す、すごい速いね、堀北さんも、伊吹さんも……」

 

 隣の佐倉は2人の走りに感嘆の声を漏らす。

 まあ、佐倉の目にはあの2人が超人か何かのように映っていても不思議じゃないな。自分が走った直後だし。

 結果から言うと、堀北が接戦を制したようだ。ゴール付近には定点カメラが設置されており、恐らくビデオ判定を行ったんだろう。肉眼で差を見極めるのは不可能に近いものだった。

 だが見た感じ、伊吹は走っている途中、正面ではなく堀北の背中を見ていた。少し意識が強かったのかもしれないな。ゴール地点ではひどく悔しがっている伊吹の様子が見られた。

 にしても、これまた少し残念といえば残念。堀北、伊吹を除くさっきの組の他の女子生徒のレベルはかなり低かった。

 

「速野」

 

 トラックに目を向けていた俺に話しかけたのは、二人三脚で俺のペアとなる三宅だった。

 集団での行動を好まない三宅は、普段1人で行動することが多い孤独体質の俺と二人三脚以外でも割と気が合う。というか、気を使わなくて済む。お互い口数が少なく、話すのも楽だし、もちろん無言もオーケー。むしろウェルカム。こういうのがドライな関係というものなのかは知らないが、少なくとも俺はこの付き合い方は性に合っていると思っている。

 

「ん、どうしたんだ」

 

「3位だったらしいな」

 

「ああ。そっちは」

 

「俺も2位だ。できれば1位になっておきたかったけどな」

 

「まあ、仕方ないだろ。1人や2人速いやつに当たるのも自然だ。お前もその速い方にカテゴライズされるだろうし」

 

 確かに、と言って、三宅は引き上げていった。そうそう、切り替えは大事だ。

 そんな短いやり取りを終え、俺は改めてトラックの方へと視線をやる。

 

「……ん、次は藤野か」

 

 9組目の3コースにスタンバイしている藤野が見えたので、レースを見ることにする。

 スタートしてすぐ、2人の生徒が飛び出した。1人は藤野。そしてもう1人は、さっきは藤野の身体に隠れて確認できなかった5コースの一之瀬だ。

 

「おいおいかなり速いぞあれ……」

 

 勉学や頭脳、さらには性格においても非の打ち所がない2人には、どうやら運動能力まで備わっているらしい。これは伊吹と堀北の勝負にも匹敵するレベルの高さかもしれない。

 2人はほぼ同時にゴール。だがわずかな差で一之瀬が勝利した。

 

「すっげえええ! 見たかよアレ!」

 

「ああ、やばかったな!」

 

 興奮したように池と山内が言う。

 伊吹と堀北のときもそうだったが、観客席から小さく拍手が巻き起こった。観客席には、この学校で働くスタッフや従業員などが疎らだが来ている。いつも使っているスーパーのレジのおばさんも確認できた。

 

「これで今日のは決まったぜ!」

 

「勿論だ!」

 

「「あの乳揺れっ!!!」」

 

 閉口した。

 まあ、そんなこったろうと思ってたけどさ。

 

 

 

 

 

 1

 

 続いての競技はハードル走。

 ハードル走は、公式陸上と同じ110メートル区間。ハードルは10個ある。

 だが、この体育祭のハードル走には公式陸上とは大きな違いがある。

 公式陸上では、ハードルに触れたり倒したりしたとしても基本的に何ら咎めはない。もちろんその分スピードが落ちるため、選手たちは絶対にハードルに触れないよう普段からの練習をこなしていくわけだ。

 しかし体育祭においてはペナルティがある。ハードルに接触で0.3秒、倒してしまうと0.5秒の加算だ。公式陸上よりもはるかに大きく順位にかかわってくる。

 恐らく多くの生徒が引っ掛かってしまうだろう。中にはハードルを飛び越えられない生徒も出てくる。公式ルールではハードルを意図的に倒せば失格を言い渡されるが、この体育祭ではそのようなことはない。そういった生徒は、ハードルを倒して0.5秒のペナルティを積み重ねつつ完走するしかない。

 

「えー、外村くんいませんか? 不在の場合は失格となります」

 

 スタート地点にいる審判からの警告。

 

「せ、拙者腹痛でござるよ……欠場してもいいでござるか……?」

 

 先ほどの競技終了からかなり時間が経っているが、外村はいまだに息を切らしており、そして腹痛という言葉通り右手で脇腹を抑えている。

 

「あ? どんな手使っても完走しろ。眼鏡叩き割るぞ」

 

「ひ、ひぃぃっ! こ、ここにいるでござるよ!!」

 

 須藤の脅迫に負け、怯えながらコースに入っていった。まあ、最下位でも得点は入るからな。失格よりはマシだ。結局、練習でもハードルをほとんど跳ぶことができていなかった外村は案の定全てのハードルを手で倒し、圧倒的最下位でゴールした。

 そんな外村は、先ほどの100メートル走と同じく1組目。俺は今回その後ろ、2組目に配属されている。そしてそこには……

 

「よ、速野。よろしくな」

 

「……お、おう」

 

 Bクラスの快速柴田マンがいた。しばった(しまった)なー。はっはっは。少し冷え込む日も出てきた今日この頃である。

 まあ、このように冗談で笑い飛ばしたくなるほどの速さが柴田にはあると思ってくれればいい。

 柴田以外は……とびぬけて速いと聞く選手はいない。中堅層か。だが中堅層でも速い方の選手が固まってしまっていた場合、単純な走力では俺より速い生徒が何人もいる可能性がある。

 俺は2コース、柴田は4コース。合図と同時に飛び出した。

 一歩目を早く踏み出したのは俺だった。だが、その後一瞬で柴田に追い抜かれる。俺はスタートが割と得意だが、その後のスピードは普通のため、取れるリードは微々たるものだ。

 また、その時点で俺を抜いていたのは柴田だけではない。7コースにいるCクラスの生徒、8コースにいるAクラスの生徒も俺からリードを奪った。どうやら中堅層の中でも上位の生徒が集まる組み合わせを引き当ててしまったらしい。

 これが100メートルや200メートルなら、順位を覚悟した方がいいかもしれない。だがこのハードル走に関しては、俺は走力で劣る生徒にも食らいついていく所存だ。

 俺はこの体育祭、比較的自信を持っている競技がいくつかある。三宅と組んでいる二人三脚、そしてこのハードル走がその一つだ。そしてクラスの練習では、とにかくその自信のある競技だけを練習し続けた。

 それぞれのハードルまでどの程度の歩幅で何歩進めばスムーズに跳ぶことができるのか。幾度となく検証し、なんとかそれをつかんだのである。

 おかげで減速することなくハードルを跳べる。

 それによって、1つ目のハードルを跳んだ時点で柴田以外の生徒を置き去りにすることに成功した。

 一瞬柴田にも追いつくが、次のハードルまでの直線でまた離される。跳んで追いつき、走って離される……を繰り返していく。

 柴田はハードルの経験は浅いのか、跳ぶたびに減速を余儀なくされている状態だった。

 徐々に徐々に差を詰める。

 しかし結局最後まで柴田の前に出ることはできず、さらに最後の直進で圧倒的な走りを柴田が見せたことで、ゴール地点では接戦とは言い難い差が出ていた。

 

「ふう……」

 

「速野、ハードル跳ぶのめっちゃスムーズじゃん! もしかして陸上やってた?」

 

 前評判通りに1位を取った柴田に声をかけられる。

 

「今まで部活の経験は一回もない」

 

「それであの動きかよー。すげえな!」

 

「ああいうのは元々得意だったからな……でも、その得意分野でもお前には勝てないって分かった結果になったな」

 

「へっへー」

 

 得意げに胸を張る柴田。

 できれば1位を取りたかったが……規格外に速い柴田がいては仕方がない。2位でも十分だろう。

 ひとまず俺はその場を離れ、Dクラスのテントに戻った。

 息つく暇もなくレースは進んでいく。須藤は最終組で、ここでも難なく1位を獲得することができた。しかしここでも須藤の相手はぱっとしない生徒が多かった。悪運が重なっている。

 1年男子は全員走り終え、次は1年女子だ。

 Dクラスの1組目には堀北と佐倉が選出されている。堀北に緊張の様子はないが、佐倉は緊張でガッチガチの状態だ。

 

「ちょっと良くない組み合わせになったね、堀北さん」

 

「ん、そうなのか」

 

 隣に座った平田が静かにそうつぶやく。

 

「うん。Cクラスで一番速いといわれてる陸上部の矢島さんと木下さんがいるんだ」

 

「へえ……」

 

 スタートするが、堀北はリードを奪えない。食らいついてはいるものの、ついた差が縮まる気配は残念ながらなかった。

 結局堀北は3位。平田の言っていた女子2人がワンツーフィニッシュとなった。

 堀北も速いが所詮は帰宅部。陸上部には敵わないか。

 

「やっぱダメか」

 

「……速野くん、ちょっと変じゃないかな、これ」

 

「……確かにそうだな」

 

 平田の言わんとすることは分かる。

 Dクラスはよりポイントを多く稼ぐために、速い人を同じ組には入れなかった。しかし、Cクラスは足の速い2人を同じ組に突っ込んだ。

 あの速さなら、違う組に入れたとしても両方1位を取れるはずなのに。

 それをしなかったCクラス、龍園には、何か別の作戦があるというのか。なんとも不気味さの残るレースとなった。

 

 

 

 

 

 2

 

 続いて、男子団体競技の棒倒しだ。

 

「お前ら絶対勝つぞ。高円寺のクソがいない分気合入れろよ!」

 

 須藤が前に出て、A、Dクラスの男子に喝を入れる。

 俺は対戦相手となるB、Cクラスの方を見た。

 棒倒しでは、速さと同じかそれ以上にパワーが要求される。体格でみると、俺たちにとって1番の脅威はCクラスにいる山田アルベルトという生徒だ。圧倒的な体格で、パワーは須藤以上だという。遠近法による目の錯覚で、アルベルトの隣にいる生徒が遠くにいるように見える。

 それ以外にも屈強そうな生徒はいるが、果たしてどうなるのか。

 今回は、二本先取した方の勝ちとなる。事前の話し合いで、クラスごとに攻めと守りを交互にやることを取り決めていた。まずはDクラスからオフェンス。須藤の突破力を考えてのことだろう。

 

「ま、心配いらねえぜ。俺が1人でも相手ぶっ倒すからよ」

 

「倒すのは人じゃなくて棒で頼むぞ……?」

 

「保証できねーな。高円寺の件でイラついてるからよ」

 

 言いながら相手に向かってファッ◯サインを示す須藤。

 暴力行為は違反なので非常に心配だが……まあ、無事を願うしかないな。

 そして試合開始のホイッスルが鳴り響く。鳴る前から前のめり状態だった須藤はすぐに飛び出していった。

 俺も全力ではないが走り出す。相手側の攻撃陣の数人とすれ違うが、接触は禁止されている。あくまで攻撃側は防御陣に向かって攻めていかなければならない決まりになっていた。

 俺は影が薄いという自覚はある。しかし誰にも気づかれないうちに棒に近づき……なんてことは現実には不可能だ。そこまでの影の薄さは持ち合わせていない。

 

「止めろー! 須藤を止めるんだ!」

 

 防御側のBクラスの男子が叫ぶと、一斉に須藤に人が集まる。

 

「がっ、くっそ、何人来るんだよ!?」

 

 初めこそ、言葉通り相手を吹っ飛ばしながらとにかく前進を続けていた須藤だが、棒に近づくにつれぶつかる人数が増え、苦しくなっていく。

 俺も棒を目指して進んでいくが、そこに1人の生徒が立ちはだかった。

 

「久しぶりだな、速野」

 

 Bクラスの神崎だ。

 話すのは多めに見積もって約2ヶ月ぶりくらいか。

 

「ああ、お手柔らかにな」

 

「お互い様だ」

 

 俺は素早く右足を一歩踏み出す。神崎が反応したところで、今度は左へ。もちろんこれも阻んでくる。それを見て次は右、と見せかけてそのまま左へ突っ切る。だが、神崎の運動神経は並ではない。この動きにも追いついてきた。

 そこで一旦ストップ、したところで間髪入れずに再びダッシュをかけた。

 

「く……!」

 

 普段冷静な神崎から悔しがる声が聞こえる。

 しかしそれでも置き去りにすることはできず、ついて来られる。

 完全に置き去りにすることは叶わなかったが、何とか棒の近く、最前線までたどり着くことができた。

 

「これは……」

 

 当たり前だが、棒の周りには人が密集していて、一度入ろうものならもみくちゃにされて放り出されてしまうだろう。ここからはまさにパワー勝負。通用する人員は限られている。

 

「や、やばいぞAクラスが! 山田なんとかってハーフが暴れてる!!」

 

 池がそう叫んだ。

 やはり。あれは技でどうにかなるものじゃなさそうだからな。力を込めて進んでいくだけで大抵の人間は吹っ飛ばされてしまう。

 紅組の棒が倒されるのは時間の問題だ。勝つためにはそれより速く倒すしかない。

 俺は須藤を阻む人間の壁に突っ込む。

 もちろん俺程度の力が加わったところでびくともしない。

 俺はこの密集地では審判の目が行き届かないことを確認し、右腕と左腕を壁になっている生徒2人の脇に突っ込む。

 そしてくすぐった。

 

「うぃっ!?」

 

「ぬぇっははっ!!!」

 

 完全に想像の斜め上からの攻撃。くすぐられた壁の生徒は奇声をあげ、瞬間的に力が抜けた。

 

「おっしゃ!」

 

 その隙を見て須藤が壁を突破する。俺はバレないようにそっとその場から離れ、適当な相手と組みあった。

 もう少しで須藤が棒にたどり着くか、というところで、1試合目終了を告げるホイッスルが鳴った。

 後ろを振り向くと、赤組陣営に立っていた棒の姿が確認できない。防御していたAクラスの足元に無残にも転がっているはずだ。

 紅組の敗北である。

 

「クソ、何やってんだよお前ら! もっと死ぬ気でいけよ!」

 

「そ、そんなこと言ってもよ……あいつら結構強いぜ? いつつ、脚ちょっと擦りむいてるしよ……」

 

「一本取られてしまったことは仕方がないよ。今度は僕たちが守る番だ。頑張ろう」

 

 須藤の怒りも上手く抑える平田。流石といったところか。

 

「わーってるよ……ちっ、お前ら次は絶対守り通すからな!」

 

「分かってるよ! やれる限りはやるって」

 

「やれる限りじゃねえんだよ。死守だよ! 何時間でもよ!」

 

 その気合いには感服するが、残念なことにそれについて来る者は少ない。

 こういう行事に積極的なBクラスと、龍園の絶対王政を敷くCクラス。それに対し、Dクラスのモチベーションは高いとは言えなかった。

 

「Cが攻めてこい……」

 

 そう呟く須藤の声が聞こえてくる。

 完全に私情だけで言ってるな。Cクラスには体格のいい生徒が多く、パワー面ではBクラスよりも圧倒的に優れている。

 防御側の俺たちとしては攻め手はBクラスが受け持ってくれた方が好都合なのだが……。

 

「っしゃ来た!」

 

 開始のホイッスルと同時に、Cクラスの生徒がこちらに向かって走ってきた。

 やはり思う通りには行かないか。

 勢いよく突撃してくるCクラス。

 

「おおっ……」

 

 俺はすぐに吹っ飛ばされ、防御の機能を果たさなくなる。他の生徒もCクラスの勢いに押され、防御壁はみるみるうちに枚数を減らしていく。

 ここでも活躍しているのは山田アルベルト。圧倒的な体格差とパワーで、須藤ですら追いすがるのがやっとという感じだ。

 

「ぐっ、がっ! 誰だ今腹殴りやがったのは!?」

 

 そんな中、須藤の苦悶の声が聞こえてくる。

 どさくさに紛れて須藤に直接攻撃を加えている輩がいるようだ。

 さっきも言った通り、暴力行為は違反だ。つまり、バレないと絶対の自信を持ってやっている。そして事実、やり方はうまい。人が入り乱れて砂塵が巻き起こっている中、その接触が偶然なのかそうでないのかを見極めるのは非常に難しい。

 だが、間近で見ている者にはわかる。

 先ほどから須藤に攻撃を仕掛けているのは、Cクラスのトップに君臨する男、龍園だ。

 その素足が、須藤の背中を踏みつける。

 

「がっ!」

 

 その一撃で、今までなんとか踏ん張っていた須藤が崩れ、防御が意味をなさなくなり、人と一緒に崩れるようにして棒が倒れた。

 勝敗が決し、須藤は龍園を睨みつける。

 

「はあ、はあっ……てめえ、反則だろうが……!」

 

「なんだ、そんなところにいたのか。気づかなかったぜ」

 

 そう言って悪びれる様子もなく去っていく龍園。

 

「ぐっ……」

 

 背中の痛みからか、須藤はすぐに立ち上がることができないようだった。

 

「クソが……次やったら殴り飛ばしてやる」

 

「よせ、それこそ龍園の思うツボだ」

 

 相手の思う通りにさせたくない。そういう気持ちを喚起させる言い方をする事でなんとか踏みとどまらせる。

 事実、これはおそらく須藤の精神をかき乱すための龍園の策だ。

 Cクラスなら小細工なしでもDクラスの守る棒を倒すことはできていただろう。須藤に対しては規格外の怪力を持つ山田アルベルトをぶつけ、それ以外のパワー自慢の生徒で棒を倒す。須藤や平田以外にパワーに秀でた生徒が不足しているDクラスは、それだけで総崩れになってしまう。

 にもかかわらず、龍園があのような形で須藤とぶつかったのは、勝つ以外の目的があったと考えて間違いない。

 何とか痛みが引いた須藤は立ち上がると、たちまち怒りをまき散らす。

 

「あー、イラつくぜ! 全勝するつもりだったのによ!」

 

 須藤の叫びは1年の赤組陣営に浸透した。

 怒りをぶつけられるような言い方にAクラスの数人から睨まれていた須藤だが、頭に血が上っているせいか、元々敏感なタイプでないのも相まって全く気づいていなかった。

 反論しようとする者に関しては、余計ないざこざを起こしたくない葛城が抑える。

 

「すまない、攻めきることができなかった」

 

「いや、僕らもしっかりと守れなかったから。また次頑張ろう」

 

 こんな時でも、平田と葛城は落ち着きを持ってクラスのまとめ役という大役を全うしている。

 果たして、平田の言う「次」という名のチャンスがいつまであるのか。

 そもそも、今の時点でチャンスなるものは存在するのか。

 まあそれは体育祭の全日程が終了して初めて、結果論として言えることだ。

 全員、一度陣営に戻り、女子の玉入れを見守ることにした。

 

 

 

 

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