実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
休憩時間が終了し、生徒がぞろぞろと競技場に戻ってくる。
次は1年女子からの競技順となっている。
インターバル後の最初の種目は騎馬戦だ。
4人1組で騎馬を作る。1クラスから4騎ずつ出る決まりとなっており、紅白それぞれ8騎ずつということになる。残りのメンバーはリザーバーだ。
騎馬はそれぞれポイントを所持していて、敵の騎馬の騎手がつけているハチマキを奪えば、1本ごとにそのポイントが手に入る。それにプラスして、最後まで生き残っても同様にポイントが入るルールだ。
4つのうち1つの騎馬は大将騎と役割づけされている。通常の3つの騎馬の所持ポイントは50だが、大将騎は100ポイントが配分されるのだ。もちろん、大将騎のハチマキが奪われれば敵に100ポイントが行ってしまう。
強気で攻めれば大量のポイントを期待できる反面、自分も奪われやすくなるリスクがある。Dクラスはリスクを負わない方を取り、決して運動神経がいいとはいえない森の騎馬を大将騎とし、それを残り3つの騎馬で守る狙いだ。
ちなみにAクラスの騎手には、大将ではないが藤野もいた。運動神経のいい藤野の動きにも期待がかかる。
スタートと同時にB、Cクラスの騎馬が迫ってくる。
「な、なんだあれ!?」
池が驚くのも無理はない。
Cクラスの騎馬4つ全てが、開始と同時に堀北が騎手を務める騎馬に向かって一直線に進撃を開始したのだ。
いや、より正しく言うならば堀北本人、か。
他の騎馬には目もくれていないCクラス。あっという間に堀北の騎馬は他の騎馬と分断され、4対1の構図が出来上がってしまう。
その様子を見ていた須藤は、歯を食いしばってその様子を睨みつけている。
「龍園の指示だろっ。あのクソ野郎が!」
「仕方ないだろ。リーダーを潰すのは作戦として邪道なわけじゃない」
悔しそうな須藤の声に、綾小路の冷静な指摘が入る。
苦しい状況の中、救援に動いたのは軽井沢の騎馬、そして藤野の騎馬だ。
しかし、軽井沢に対してはBクラスの大将騎である一之瀬が、藤野に対しては白波の騎馬がそれを阻む。
軽井沢の騎馬は仲良しのメンバーで組まれているのに対し、一之瀬の騎馬はBクラスでも指折りの実力者だった。
だが、仲良しチームの連携力も負けていない。正直すぐに決まるんじゃないかと思っていたが、軽井沢対一之瀬の勝負は意外と長引いた。
藤野の騎馬はその様子を見て、白波の騎馬から離れて一之瀬の騎馬へと向かった。軽井沢と挟み撃ちにする狙いだ。
藤野の騎馬の動きは速く、白波の騎馬はどんどん距離を離され、軽井沢と藤野の合流を防ぐことができなかった。
「あ!!」
と、ここで状況に変化が訪れる。
堀北がハチマキを取られ、落馬してしまったのだ。
悔しそうにしながら立ち上がる堀北。先ほど痛めた足のこともあるので少し心配だ。先ほどのインターバルでもらってきたのか、湿布が貼られているのが見えた。
そしてここから状況は大きく動いていく。
堀北が狙われている間にハチマキを奪えなかったDクラスの軽井沢以外の2つの騎馬は、抵抗空しくあえなく撃沈。
しかしその間、軽井沢と藤野に挟まれた一之瀬が軽井沢にハチマキを奪われて失格となった。
堀北のほかDクラスの二騎を倒したCクラスの四騎は、次に軽井沢と藤野を囲みに出る。
それをいち早く察した藤野の騎馬は、素早い動きでその場を離れてそれを回避。しかしスピードのない軽井沢の騎馬は間に合わない。
Cクラスの四騎に加えてBクラスの三騎にも囲まれ、瞬間的に7対1という状況を作られてしまった。
こうなるともう勝ち目はないと悟ったのか、軽井沢は自爆覚悟で特攻し、Bクラスの一騎のハチマキを奪って相打ちで勝負を終えた。
その間に背後をとらえた藤野の騎馬が、Cクラスの騎馬のハチマキを1つかすめ取ることに成功している。
しかし戦況は不利だ。2騎減ったとはいえ、数の上では向こうが圧倒的。残りのAクラスの騎馬も包囲殲滅を喰らってしまう。
囲む騎馬の数が増えるほど、囲まれた騎馬が抵抗できる時間は少なくなる。そしてその短時間では、後ろをとってもハチマキを奪うまでには至らない。
最終的に6対1に持ち込まれた藤野の騎馬。軽井沢と同様に特攻し、Cクラスの大将騎との相打ちで終わった。
こちらは全滅。向こうの損害は3騎だけという大敗北を喫してしまった。せめてもの救いは、倒した3騎の中にB、Cクラスの大将騎が含まれていたことか。
最後の場面、藤野がCクラスの大将騎にぴったり張り付いていなければ、その騎馬には撤退されてしまいハチマキを奪うことはできなかっただろう。あれは好判断だったといえる。
ただ、敗北は敗北だ。Aクラスの騎馬で動きが良かったのは藤野の騎馬のみで、それ以外はかなり鈍かったといわざるを得ない。そしてそれらAクラスの騎馬がCクラスの動きに動揺したのか漁夫の利を狙ったのかは知らないが、堀北に対してほとんど何の救援策も展開しなかったことがまず大きい。そして様子見をしている最中にも敵のハチマキを奪えなかったことが敗因の多くを占めるだろう。この敗北に関しては、ひいき目を抜きにしてもAクラスの責めが大きいと言われても仕方がないと考えられる。
しかし、終わったことを考えても仕方がない。仕切り直しだ。
「っしゃ行くぞお前ら!」
須藤の叫び声とともにスタンバイする。
ただ正直、憂鬱だ。
須藤、綾小路、三宅。騎手に平田を擁立した最強の騎馬。初めはこの騎馬を大将にする方向で話が進んでいたのだが、どこでどう間違えたか、俺が騎手を務める騎馬が大将騎ということに決定してしまっていたのである。
「はあ……」
女子が全滅という結果になってしまったので、なおさらその責任は重大だ。思わずため息が漏れてしまう。
まあ、もう騎馬の池、山内、本堂に頑張ってもらうしかないだろう。
俺が騎手をやると決まった時点で、俺が騎馬役に頼んでいた作戦。それは制限時間の3分間、絶対に囲まれないようにただひたすら逃げ回ることだ。敵のハチマキを奪うことなんてこれっぽっちも考えない。初めから逃げることだけに100パーセントを出し切る。みっともないと言われるかもしれないが……いや、認めよう。これはみっともない作戦だ。大将なのに逃げ回るとか大将の器疑うレベル。だから平田たちを大将騎にしろって言ったんだ。俺は悪くねえ。
「頼んだぞ」
「おう!」
平田にもこの話は承諾してもらっている。何か作戦会議のようなことをやっているが、俺は攻撃には参加しないので話半分に聞いていた。
そして、スタートの合図が鳴る。
「狙うはクソ龍園の首一つ! ぶっ飛べやオラあ!!」
スタートと同時に、俺の騎馬を除く赤組の7つの騎馬が突撃していく。
その様子を見ながら、Cクラス大将騎の騎手である龍園は不敵に笑っていた。
須藤のあの馬力と平田のテクニックなら、あのエース騎馬だけで2、3騎は潰せると踏んでいる。そして1騎は釘付けにできるだろう。それ以外の4騎は他の騎馬になんとかしてもらう。
俺の騎馬は、複数騎が仕掛けてきたときのことを警戒して、体力温存のために自陣からほぼ動かない。
だが、戦局は予想以上に良好だった。
須藤は敵に向かって体当たり作戦を発動し、白組の騎馬を合計3騎崩していた。もっとも騎手が落馬しただけのためこちらにポイントは入らないが、それでも大金星と言っていいだろう。
言い方を悪くすれば孤立しているともいえる俺たちの騎馬。しかし先ほど女子の戦いで各個撃破の有効性が実証されたため、前線での勝負に直接加わっていない騎馬もA、D連合の計7つの騎馬の塊に釘付けにされてしまいこちらには来られない状況だった。
しかし状況は段々と動いていく。まずAクラスの騎馬が、Bクラスの神崎や柴田を擁する騎馬を討ち取るのに三騎を消費してしまった。
その後も前線の小競り合いで、互いにじりじりと騎数を減らしていく。
しかし、数の上では紅組残り三騎、白組残り二騎と有利だ。ただし俺の騎馬はスタート地点から動いていないため、前線では実質2対2だ。
「俺たちも前線に行くぞ」
「え、いいのかよ!」
「積極的に戦うわけじゃない。ただいるだけでもプレッシャーは与えられる。それが狙いだ」
「お、オッケー! 行くぜ!」
3人に指示を飛ばして前線に向かう。
しかし、そこにたどり着く前に龍園でない方のCクラスの騎馬がこちらに向かってくる。
「うわっ、こっち来た!」
「よし、練習通りに頼む」
「わ、わかった!」
まあ、練習通りと言っても大したことはしていない。前後左右への方向転換をスムーズにするように頑張っただけだ。それでもまだまだガタガタだが、逃げることだけに100パーセント集中していればなんとかなるだろう。
「くそ、待て!」
敵の騎手の声が聞こえてくる。
「はあ、はあ……は、速野、そろそろ限界が……」
前方を務める本堂が悲痛な声でそう言った。
「……え、もう? 俺はガリだから楽勝とか言ってただろお前」
「し、仕方ないだろ! 実際に移動すると結構重いんだよ! で、どうすんだよ!?」
前線の様子を伺う。
そこでは、少し不思議な光景が広がっていた。
「なんで挟んでないんだ……?」
なぜか平田の騎馬と龍園の騎馬で一騎討ちが行われていた。その横にはもう一騎、葛城の騎馬がいるのに、加勢する様子がない。
気になるが、それは今はいい。龍園がこちらに来る様子はないし。ここも一騎討ちに持ち込めるだろう。
「止まってくれ。迎え撃つ」
「え、出来んの!?」
「じゃあ走るか? 無理ならもう仕方ないだろ。なんとかする」
俺がそう言うと、3人とも止まって相手の方を向く。
その様子を見て、相手の方も止まってこちらへの攻撃の機会をうかがっているようだ。
攻撃はいい。とにかく避け続けることだけに集中する。大将騎の俺は奪うことより守ることが絶対優先だ。
敵の騎手が素早く手をハチマキに向けてくる。俺はそれを後ろに反るようにして避けた。するとさらに近づいてきたので、今度は腕自体を受け流して防御した。
「くっ……」
その後も同じようにして避け続ける。攻撃の意思が全くなく、ただただ避けるだけの俺は心底うざったく映っているだろう。攻撃しないことで、守備にも隙が生まれづらい。対して相手は、こちらが攻撃してこないということがある程度分かっても、俺が攻撃する可能性への警戒を怠ることができない。一騎討ち、かつ防御に徹して欲張らないということを心に決めておけば、守備側が絶対的に有利なのだ。これは葛城あたりが好みそうな戦法かもしれないな。
タイムリミットが迫る。残り1分。しびれを切らした相手はここで防御を捨て、無防備に手を伸ばしてきた。
これを待っていた。
俺は馬鹿正直に伸びてきた腕をつかみ、こちら側に引っ張ってバランスを崩させる。
「うわ!?」
体が前に倒れると、必然、ハチマキを巻いた頭がこちらに近づく。
取られる、と察知した敵が後ろに下がったが、すでに俺はハチマキを掴んでいた。そしてそれが相手の頭からするっと外れる。
「よし……」
「すげえじゃん! ハチマキ取ったよこいつ!」
「ああ、まあ相手がラストスパートで無防備に攻めてくれたからな……」
とりあえず、成功してよかった。
呼吸を落ち着けて、先ほどの平田たちの方に目を向ける。
しかし、平田のハチマキは龍園の手にあった。
「……取られたか。急ぐぞ」
「お、おう!」
現在は葛城の騎馬の騎手である戸塚と龍園が対峙する形になっているが、そう長くは持たないかもしれない。戸塚の救援に急いだ。
しかし、そこで不自然な光景を目の当たりにした。
「くそっ、なんだこれっ……!」
戸塚は何度か龍園のハチマキに手をかけているが、引き抜こうとすると、するりと手が離れてしまう。
この不可解な現象に、戸塚自身も納得がいっていない様子だ。
俺たちが救援する間もなく、戸塚は隙をつかれてハチマキを奪われ、落馬してしまった。
残り30秒。俺と龍園、大将騎同士の一騎打ちとなる。
「よう。久ぶりだなガリ勉野郎。まさかてめえが大将とはな」
緊迫した状況の中でも全く臆することなく、俺に挑発的な言葉を投げつける龍園。
大した胆力だ。
「お前、なんだそのハチマキ。戸塚がつかんだと思ったら滑って離れていく。なんかつけてるのか」
「ああ? 知るかよ。平田も戸塚も間抜けだっただけだろ」
残り15秒。
このまま何もしなければ、ポイント差で白組の勝ちが決まる。それが分かっているからか、龍園からはあまり攻撃の姿勢が見えず、俺に対してゆったりと構えていた。
何かは分からないが、龍園のハチマキに何か滑りやすいものがついていることだけは間違いない。
となると……。
「じ、時間ないぞ速野!」
「なんとかしてくれ!」
山内と本堂の焦る声。
俺は作戦を定めた。残り3秒。
まずは左手を前に出した。
「がっ……!」
その瞬間、龍園が突然目を閉じてしまう。
俺はその隙を逃さず、先ほど奪ったハチマキを持つ右手で龍園の長い髪を引っ張る。その瞬間、手に粘性のある何かが付着した。ワックスだ。滑るハチマキの正体が判明した。残り1秒。
しかし今はそれはどうでもいい。重要なのは素手で取ろうとしても不可能だということ。
俺は取るのではなく、奪ったハチマキを龍園のハチマキと頭の隙間に滑り込ませた。ここでは滑りやすい性質が逆に幸いしてスムーズに行く。
そして滑り込ませたハチマキの先端と、もう一方の先端2つ合わせて右手で握り、ロック。
そのまま奪った方のハチマキを引っ張った。
すると龍園のハチマキは俺のハチマキに引っ張られ、龍園の頭から外れた。と、ほぼ同時にタイムアップ。試合終了を告げる合図が鳴った。
「「「おおおおおおお!!!!!!」」」
平田と葛城でも崩れなかった龍園の牙城。それが崩れた事実に、主に紅組から大歓声が沸いた。
「てめえ……」
ハチマキを取られた龍園は俺を強く睨みつける。
「これ、ワックスか。それがしみ込んで滑りやすくなってるとしても仕方ないな。なら、砂塵が巻き上がる中でお前の右目に砂粒が入るのも同じく仕方のないことだよな」
龍園が目をつぶった理由。それは俺が左手を前に出した瞬間に、ポケットから取り出してはじき出した大きめの砂粒が右目に直撃したことが原因だ。
もちろん、何も証拠はないため龍園は追及できない。
自分では勝てなかったが、龍園を負かすことができた事実に須藤は留飲を下げていることだろう。
しかし、それもつかの間。
紅組にとって残酷極まりないアナウンスが流れる。
『ただ今紅組騎手の速野知幸君が、白組騎手の龍園翔君のハチマキを奪いましたが、これはタイムアップ後のプレーであったと判断し、無効とします。よって、最終結果350対500で白組の勝利とします』
お互いの大将騎だけが生き残った形だが、ハチマキを取った数も換算すると白組には及ばなかった。
その瞬間、紅組からは落胆の声が、白組からは安堵の声が上がった。
「ざけんなよコラ!! どう考えても時間内だっただろうが!!!!」
この結果に須藤は怒り狂い、怒鳴り声をあげている。
正直、ただ負けるよりもよっぽどフラストレーションの溜まる結果になってしまったかもしれないな、須藤にとっては。
「お前の勝ちだってよ。……よかったな龍園。無人島の時みたいにならなくて」
俺はそう言って奪ったハチマキを龍園に放り返し、その場を立ち去った。
龍園の視線を感じながら歩いていく。
その道中、池が少し震えたような声で俺に話しかける。
「お、お前、なんであんな普通に龍園と話せるんだよ……睨まれた時マジで殺されるかと思ったぜ俺」
「こんな大衆の面前で暴力なんか振るえるわけないからな。須藤とは違う」
須藤は怒りに任せて暴力を振るってしまうが、龍園は暴力の使いどころを分かっている。自分にとって何の利にもならない暴力は振るわない。
「いや、でもさ……報復とかこええじゃん」
「報復されたら学校側に訴えりゃいいだろ。変な言いがかりで暴力振るわれたってな。もしかしたらCクラスに上がれるチャンスかもしれないぞ」
「……」
池、そして山内と本堂までもが俺の言動にドン引きしていた。
「……冗談だよ。怖かったに決まってるだろ。でも何かされる前にビビってたら、なんとなくちょっと悔しいだろ?」
「ま、まあ……」
取り敢えず、そう言って誤魔化しておいた。
閑話休題。
俺には一つ疑問があった。
たまたま近くにいた平田の騎馬の1人、三宅に尋ねる。
「なあ、なんで葛城たちはあの時龍園を挟み撃ちにしてなかったんだ?」
「ああ、実は……」
そこで、龍園が須藤を挑発してタイマンに持っていく方向に誘導したこと。須藤が挑発に乗ってしまったこと。そして説得できなかったこと。龍園のハチマキを何度か掴んだが、不自然に滑って奪うには至らなかったこと。そして結果的に自分たちが取られてしまったことなどの説明を受けた。
「なるほどな……」
俺はため息混じりに須藤の方を見る。
溜まりに溜まったフラストレーションを発散できず、須藤は顔を真っ赤にして怒り狂っていた。
俺はその須藤に近づいて言う。
「おい落ち着け須藤。なんでお前が俺より怒ってんだよ」
「ああ!? てめえ悔しくねえのかよ! あんな反則ばっかのカス野郎にいいようにやられて!」
「……龍園のハチマキが変に滑ったあれ、多分髪につけてたワックスだ。もう乾いてるだろうからたぶん証拠は残ってない。反則とは認められない可能性の方が高いぞ」
「だったらあのカスぶん殴って自分の口から認めさせりゃいいんだよ!!」
「それは絶対にダメだよ須藤くん」
具体的に暴力を示唆する言葉が出たことで、さすがにまずいと思った平田が止めに入る。
「っせえよ平田! 悪いのはあいつだろうが!」
「ここで龍園くんを殴ったとしても、得をするのは君じゃない。殴られた龍園くんの方だよ。冷静になって考えれば君なら分かるはずだ」
「知るかよんなこと! 殴り込みに行くぞ平田。おい速野、てめーも来い」
「ダメだ須藤くん。とにかく今は冷静になることだよ」
「この体育祭のリーダーは俺だぜ。てめえが俺を薦めたんだろうが。だったら俺の言う通りに動けよ」
「君がリーダーという役割を担っていることは間違いないよ。でも須藤くん、いまDクラスのクラスメイトの中に、今の君を真にリーダーとして認めている人がどれだけいると思う?」
須藤のクラスへの貢献度は大きい。
しかし、限度を超えてやりすぎた。
気に入らないことがあれば喚き散らす。暴力をちらつかせる。威張る。これだけでも、クラスの信頼を失うのには十分だった。
「……なんだよそりゃ。俺はクラスのためにやってやってんだろうがっ……!」
「本当にそうか須藤」
そんな言葉をはさんだのは、これまで状況を静観していた幸村だった。
「お前、クラスを勝たせることより、自分が活躍して、注目を浴びて気持ち良くなりたいだけじゃないのか。葛城と挟み撃ちにできたはずなのに、お前が手を出すなって喚いてたのは聞こえてたぞ。それが自分さえよければいいと思ってる証拠だ。お前はクラスより自分の気持ちを優先したんだ。リーダーならそんなことはせず、冷静に、客観的に行動する必要があるだろ」
幸村の発言はまごうことなき正論だった。
しかし、今の須藤には神経を逆なでる言葉にしかならない。
「須藤くん、僕らは君を頼りにしているんだ。だからこそもっと大局的に見て、力を貸してほしいんだよ」
「……っせえよ」
「君にしかできない役割なんだ。だから———」
「っせえって言ってんだろうが!!」
まずい……と思った時にはすでに遅かった。
バキッ、と音が鳴る。それはほかでもない、須藤の拳が平田の頬を叩いた音だ。
その衝撃で平田は俺の足元に転がる。
他方の須藤は、もはや誰かの言葉が届くような状態ではなかった。いや、話しかければたちまち殴り掛かられてしまう。そんな危険な状態だった。
「何があった」
騒ぎを聞きつけた担任の茶柱先生が、倒れた平田のもとに駆け寄る。
その質問には、誰かが答えるまでもないだろう。握り拳を作って、明らかに正気を失っている須藤と、倒れこんで頬を腫らしている平田。
これだけ材料がそろっていれば、状況を把握するのは容易だ。
「お前が殴ったのか」
暴力沙汰があったのか否か。その事実だけを問うた。
「……何やってるんだ平田。何もないところでこけたりして。疲れてるんじゃないか」
須藤が何かを口にする前に、俺が言った。
平田も俺の意図を察して口を開く。
「……そうだね。厳しい競技続きで、足が限界だったのかもしれない。そういうことです茶柱先生。僕が勝手にこけてしまっただけです。須藤くんは関係ありません」
クラス内部でのこととはいえ、暴力沙汰があったと学校側に認知されれば何らかのペナルティが下ってしまう。それを避けるための猿芝居だ。
「加害者と被害者がそろわないのなら、何か問題行動があったという判断はできない。だが客観的に見て、お前たちの間で何らかのトラブルが発生した可能性が高い。今はお互いに距離を取れ。そしてこの件に関しては、再発防止のため上の方に報告を上げておく」
「トラブルは何もありませんが、これ以上騒ぎが大きくなることは望みません。わかりました」
「お前もそれでいいな須藤」
茶柱先生は須藤にも確認を取る。
しかし怒りを抑えきれない須藤は、答える代わりにすぐそこにあったパイプ椅子を蹴とばした。
「やってられっか。勝手に負けてろよ雑魚ども。体育祭なんざクソ食らえだ」
そう吐き捨てた須藤は、こちらには見向きもせず寮の方向へ歩いて行ってしまった。
「……大丈夫か、平田」
「うん。ちょっといいのをもらっちゃったけどね……それより、ありがとう速野くん」
「いや、あれぐらいしかできなかった。お前が怪我する前に止めらられれば良かったんだが」
「僕のことは大丈夫だよ。それより、この状況は流石にまずいね」
この状況でも、平田は自分が須藤に殴られたことよりも須藤が抜けたことを気にしているようだった。
平田の言う通り、今のDクラスは客観的に見て非常にまずい状況だ。
全ての元凶である龍園の方を見て、少しため息をついた。
1
3年男子の騎馬戦が終了目前となり、俺たち1年生は最後の全員参加競技である200メートル走に向けて準備を始める。
時間になっても須藤は戻ってこない。もちろん、それで競技が止まることはない。
絶対的エースの不在。Dクラスにとってはかなりの痛手だ。
「平田。須藤はどうした。便所か?」
龍園は不気味な笑みを浮かべながらこちらに近づき、平田に声をかけた。
「彼は訳あって休憩中なんだ。すぐに戻ってくると思うよ」
「クク、根拠のねえことは言うもんじゃねえぜ」
俺はこの200メートル走、龍園と同じ組に選出されている。しかも隣だ。龍園の名前が呼ばれた直後、俺の名前も呼ばれ、スタンバイする。
「龍園くんは、個人競技全てで1位を取ってるって聞いたよ。さっきの速野くんとの攻防も結局時間切れで君が勝った。ずいぶん運がいいみたいだね」
「クク、ツキはあるほうだからな」
結果的には負けていないということもあってか、俺にハチマキを奪われたことも全く尾を引いていないようだった。
「そうみたいだね。でもそのツキもいつまで続くか分からないよ。流れというのはちょっとしたことで変わるからね」
「ああ? 何が言いたい」
「君の考えていることはわかってるってことだよ。Dクラスが参加表に記入した組み合わせを君が全て把握していることも、それを利用してることもね」
俺にとっては初めて他人から聞かされる事実。
だが、近くにいた綾小路には驚いている様子はない。
「それがハッタリじゃなきゃ面白いんだがな。これまでの状況を見てれば気づく程度のことだ。いくらでもカマはかけられるだろうからなあ?」
「うん。だから君に一つ宣言しておくよ。この体育祭が終わるまでに面白いものを見せるって」
「面白い物だと? そいつは楽しみだな」
なんだよ面白いものって……なんか、俺だけ会話についていけてない。
龍園はその平田の発現も戯言だと本気にはしていないようだ。
龍園が4レーン、俺は5レーンで、スタート位置に着く。
まあ、細かいレース展開については語るまでもない。低レベルというわけでもなく、熾烈な争いがあったわけでもなく、起伏のないレース。順位の変動もあまりないまま、龍園が1位、俺が4位でゴールした。
俺は少し息を整えている中、龍園は涼しい顔をしている。身体能力に開きがある証拠か。
「ふう……木下の具合はどうだ?」
「ああ?」
龍園の鋭い視線がギロリと俺を捉える。
「お前はこれでもCクラスの頭なんだろ? 俺に負けかけたショックで、木下の怪我について十分な気が回ってないんじゃないかと思ったんだ」
あえて挑発的な口調でそう言った。
「てめえ……殺されてえのか」
「殺せるのか? 俺は絶対にお前が犯人だって証拠を残すぞ。そうなればCクラスは転落、お前は退学どころか牢獄行きだ」
「クク……おもしれえ。単なる鈴音の腰巾着かと思ってたが、どうやら認識を改める必要がありそうだぜ。てめえはこの体育祭の後、鈴音の次に相手してやるよ」
「ずいぶん堀北にご執心だな。でも悪いけどお前の相手をする気はない」
「なんだと?」
「お前が思ってるような意味じゃない。俺じゃお前の相手は務まらないってことだ。さっきお前が俺に一本取られそうになったのは、俺のことをガリ勉だと思って油断してたからだろ?」
龍園は肯定はしないが、否定もまたしなかった。
「あいつはそこに隙が生まれると踏んで、俺に指示を出したんだ」
「あいつ?」
「お前がご執心の堀北だ」
「俺に調理された今の鈴音が、あんな指示出せる状態とは思えねえがな」
「それに関しちゃ同感だよ。でも落馬した後、足抑えながら息も絶え絶えに言ってきたぞ。今なら隙をつける。砂粒を隠し持っとけって。あいつもあいつで往生際が悪いんだろう」
「クク、まあだからこそ潰しがいがあるってもんだが……呑み込めねえな。なぜそんなことを俺に言う必要がある?」
「お前に目を付けられると面倒なのが分かり切ってるからだよ。堀北の指示には、クラスの勝ちのためには従う。でもお前に個人的な恨みを買うことまでは俺の領分じゃない」
「はっ、ヤる前から降参宣言とは、とんだチキンじゃねえか」
その瞬間、龍園の目は今までにないほど俺を蔑んだものになった。
「何とでも言えよ」
「だが残念な知らせだ。お前に煮え湯を飲まされそうになった以上、容赦する気はねえぜ。てめえが救いようのねえチキンだろうと、俺は借りモンはきちんと返すタイプなんだよ」
どうやら、がっちりとマークされてしまったらしい。
「龍園。一つ言っとくぞ。堀北はともかくとして、お前は俺なんかに気を取られているべきじゃない。お前が競う相手は別にいる」
「あ?」
本音半分、ってところか。
……まあ、これでいいだろう。
そのような言葉を残した俺は一瞬龍園の方を振り向いた後、逆方向にあるDクラスのテントへと戻った。