実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
いよいよ体育祭のフィナーレ、1200メートルリレーだ。
1年Dクラスの最下位はもはや確定的だ。
しかし明らかに変化のあった須藤と堀北の帰還により、クラスの雰囲気は一変。何としてでも最後に一矢報いたい、とモチベーションはこの体育祭で最も高かった。
堀北は足のケガにより、二人三脚に続いてリレーも櫛田に出番を交代。
櫛田が代役の報告をしにそんな時、平田が手を上げて前に出た。
「ごめん、実はみんなに言わなきゃいけないことが……」
「少し待ってくれ平田」
平田の声を遮るようにしてそう言ったのは三宅だ。
「実は、午前中の200メートルで足ひねっちまったんだ。昼休憩中に休めば痛みも引くかと思ってたんだが、ちょっと走るのは厳しそうだ。誰か代役を頼めないか?」
堀北に続き、三宅も負傷してしまっていたらしい。
しかし名乗り出る者は出てこない。まあそれも致し方ないことではある。これだけクラスのモチベーションが上がっている中、しかも最大の目玉競技のリレーで、もし迂闊に名乗り出て失敗してしまったら一気に戦犯扱いだ。
男子が互いにけん制し合っている中、一人の生徒が手を挙げた。
「その代役、オレがやってもいいか? もちろんポイントは自分で出す」
ほかでもない、綾小路だった。
「え、なんでお前が……」
「僕は賛成するよ。今まで彼のことを見てきたけど、必ず結果を出してくれる人だと思う」
不審がる声が多く上がる中、平田が率先して賛成した。
それで反対する雰囲気も徐々にしぼんでいく。そして最終的に全員が容認する形となった。
「じゃあ、三宅くんの代役は綾小路くんだね。これは提案なんだけど、Dクラスはベストメンバーじゃないから、先行逃げ切りの形をとるのはどうかな。須藤くんは予定通りスターターをやってもらって確実にインコースを取り、とにかくリードを作って後ろの人に託すんだ。2番手は僕、3番手は小野寺さん、4番手に前園さん、5番手に櫛田さんで、できるだけリードを守る。そして最後に綾小路くんが走るんだ」
「平田がアンカーじゃダメなのかよ? 綾小路より適任だろ」
「いや、綾小路くんはバトンパスの練習をしていないからね。やってもらうとしたらスターターかアンカーがいいと思う。スターターは須藤くんから変えるわけには行かないから、彼にアンカーをやってもらうんだ。どうかな?」
「……ま、しゃーねえな。それがよさそうだ」
須藤が頷いたことで、走順もそれで定まった。
メンバーがトラックへ向かう。
そこに集まっているのは、全員が各クラスの精鋭たちだ。
柴田や一之瀬、それに藤野。他学年からは堀北の兄である現生徒会長堀北学、次期生徒会長候補という南雲雅の姿もあった。
その中でも一番のダークホースはやはり綾小路だろう。
100メートルでもハードルでも200メートルでも、目立った走りを見せていたわけでもない生徒。
しかし俺や堀北兄、そして堀北は、以前綾小路の運動能力の高さの一端を垣間見ている。そんなあいつの走力はいかほどのものなのか。
その前に……この展開はおそらく、綾小路と平田によって作られたものだろう。
先ほど平田は何かを言い出そうとしていた。三宅の怪我の報告に遮られて何を言おうとしていたのかは闇の中だが、おそらく用件は三宅と同じ、怪我をしたという報告だろう。
そして代役を募り、綾小路が名乗り出る。さらに平田が先行逃げ切りの形を取ろうと言って、綾小路をアンカーに推す。平田が言うなら反論も出にくいだろうしな。
根拠もある。平田は綾小路をアンカーに推し、これでいいかと確認を取る際、リレーメンバーを中心としたクラスメイトの方を向いていたが、綾小路本人には一切見向きもせず、確認を取ることもなかった。まるで綾小路からアンカー辞退の声が上がることはないということを分かっていたかのように。
綾小路は基本的に目立つことを嫌う。それは平田も理解しているはず。だとしたら、アンカーをやってもらうことを提案する際に確認くらい取るだろう。しかしそうしなかった。理由として考えられるのは、この展開が平田と綾小路によって事前に打ち合わせられていたもの、ということ。
気になるのはなぜそんなことをしたのか、だが……今の時点では分かるはずもない。ひとまずレース展開を見守るしかないだろう。
「今いいかしら」
そこに、堀北が来て話しかけてくる。
「さっきの詳細を聞かせてくれるのか」
「ええ。なぜあなたに借金をしなければならないのか。……正直憚られるけれど、すべてを話すわ」
顔を見ずとも、声色から堀北の感じている悔しさが伝わってくる。
「昼食時間、私がここを離れたのには気づいていたかしら?」
「ああ。綾小路となんか話した後に飛び出してったな」
「そのあと……恐らく200メートル走の出番が終わった後でしょうね。櫛田さんが私を保健室へ呼びに来たのよ」
「櫛田が……」
てことは、途中で櫛田もテントを離れてたのか。気づかなかった。
「そこには龍園くんと、怪我を負った木下さんがいた」
障害物競走で堀北と接触した生徒だ。
「彼らの言い分はこうよ。あの接触は私が意図的に引き起こしたことだと」
「へえ……実際はどうなんだよ。お前しきりに木下の方振り向いてたよな」
「意図的なわけがないでしょう。あれは途中、木下さんが何度も私の名前を呼んだからよ。けれど、彼らはその状況を利用して主張してきたわ。もちろん否定したけれど、どこまで行っても水掛け論。怪我の具合が木下さんの方が酷いこともあって、こちらの分が悪かったわ。兄さん……生徒会長を巻き込んで学校側に提訴すると言ってきた」
「なるほど……」
堀北の弱点を的確についたな。
「そして向こうは示談の条件として、100万ポイントと私の土下座を要求してきた。それに従うか、学校側に判断を仰ぐか、今日の放課後までに決めろ、とね。櫛田さんが私を迎えに来る手はずになっているわ」
「そこで100万か……ってか、土下座までねじ込んできてたのか」
やはりこの体育祭、龍園の狙いは単にDクラスというだけではなかったらしい。
堀北を徹底的につぶすこと。それが第一命題だったんだろう。
とりあえず、堀北が借金を頼んできた理由は想定通りだった。
「……わかった。貸すよ。50万と言わず、100万まるごとな」
「……どういうこと? あなたさっき持っていないと」
「それだ。今後俺の所持ポイントについて一切詮索しないこと。もし知ったとしても他人に絶対に漏らさないこと。それが貸す条件だ。それを守ってくれれば無利子でいい」
堀北としても簡単に納得は行かないだろうが、ここは頷いておくしかない。
「……わかったわ。これから先、あなたのポイントの原資を問うことはない」
「……よし、話は整ったな」
そうこうしているうちに、リレーのスタートが近づいてくる。
スターター総勢12名がスタート位置に一列に並んだ。
そして競技場全体に響き渡るピストルの音。スタートの合図だ。
「はっや!」
須藤はその初動から他の追随を許さないスピードで駆け出した。各所から感嘆の声が聞こえてくる。
学年の違いなど意味をなさない。狙い通りにインコースを獲得した須藤はそのまま圧倒的な走りを見せ、2位と20メートル近くの差をつけて次の平田にバトンをパスした。
それを受けた平田も安定した走りを見せる。若干差は詰まったが、それも誤差の範囲。十分なリードを保って3走の小野寺へ託した。
しかし問題はここから。3、4、5走と女子が続くDクラスでは、順位ダウンは免れない。
獲得していた差は瞬く間につまり、4走の前園にバトンをパスする瞬間に2年Aクラスに追い抜かれた。その後も次々と追い越しを許してしまう。
全体のレース展開としては2年Aクラスと3年Aクラスが頭一つ抜け出している。しかし、ここで3年Aクラスが転んでしまった。すぐに立ち上がって走り出すが、数人に抜き去られてしまい3年Aクラスは大きく順位を落としてしまった。1年生の中で最も健闘しているのは3位のBクラスだ。
その間、俺たちDクラスは1年Aクラスにもリードを許していた。そのまま5走の櫛田へとつなぐ。
3年Aクラスの5走は賢明な走りで順位を上げ、3位へと浮上していた。
ここで競技場内にいる全生徒に衝撃が走る。
3位でバトンを受け取った3年Aクラスアンカーの堀北兄が、走り出すことなくその場に留まったのだ。
「一体何を……」
隣にいる堀北も、兄の奇行に驚きを隠せない。
状況が変わったのは次の瞬間。
櫛田が7位で綾小路にバトンを繋いだ時だ。
その瞬間、止まっていた堀北兄が綾小路とともにスタートを切った。
「なんだあれは……」
2人とも、形容のしようもないとんでもない速さだった。
アンカーを任されている生徒はクラスでも1番速いはず。しかしこの2人に比べれば明らかに見劣りする。格が違うとはまさにこのことだ。
もはやトップ争いなどどうでもいい。2人の走りは会場中の注目を一手に集めた。
この日一番の大歓声が競技場を包み込んだ。
1
走り終えた綾小路に好奇の視線が向けられる。
結果から言うと、綾小路は堀北兄に敗北した。だが、これは2人の驚異的な追い上げに慌てた走者がこけて、綾小路の進路を塞いでしまうという不確定要素が絡んだもの。それがなければどうなっていたか分からない。
ただ、レースの結果自体はそれほど重要ではない。着目すべきは、これで綾小路に注目が集まったということ。そして綾小路は、わざわざ平田と裏工作をしてまでこの展開を作り出そうとしていたということだ。
とまれこうまれ、これで体育祭の全日程が終了した。
得点が開示され、各クラスの順位が明らかになる。俺たちは他学年の順位には目もくれず、1年生だけに注目した。
1位 1年Bクラス
2位 1年Cクラス
3位 1年Aクラス
4位 1年Dクラス
「うわ! やっぱ俺ら最下位かよ!」
予想通りの順位。得点を見ても、言い訳のしようもない清々しいほどの大敗北を喫した。
唯一の救いは、赤組白組の対決は赤組が制したということくらいだろう。
これによってCクラスもDクラスもマイナス100ポイントとなり、差は開きも縮みもしなかった。1年は全クラス後退だ。圧倒的大差をつけて勝利した2、3年のAクラスには感謝のしようもないな。
また、須藤が狙っていた学年別最優秀賞には柴田が選ばれた。須藤の敗因はやはり途中の欠場だ。自分の非を自覚している須藤は、悔しそうにしながらもその結果を冷静に受け止めていた。
「須藤くん、約束は覚えているわよね?」
そんな須藤に、堀北が近寄って声をかける。
「……ああ。分かってるさ。これからは堀北って呼ぶ」
「いい心がけね。……そう、一つ思い出したことがあるわ。あの時、私はあなたに一方的に要求を突きつけられただけで、私は何も言っていなかったわね」
「は? なんだよそれ」
「あなたが目標を達成できなかった時の要求。私にはそれをする権利があるはずよ」
「まあ、そうだけどよ……」
「要求は……そうね。金輪際、正当な理由なく他人に暴力を振るうことを禁止する。自クラス他クラス関係なく、ね。約束できるかしら」
「……ああ、罰ってやつだろ。守るさ」
堀北の言葉にも大人しく従う須藤。
今回一番成長したのはこの2人かもしれない。
「……そうだわ。今回、私はあなたのように結果を残すことができなかった」
「あ? 怪我したんだからしゃーねえだろ」
「でも、私自身を許すことができないの。だから自分にも罰を与える。あなたが呼びたいのなら、私を下の名前で呼ぶことを許可しても構わない」
堀北のそんな言葉を聞いた須藤は驚愕の表情を浮かべる。
「は? お、おい……」
「これが私の罰」
そう言うと、堀北は須藤から視線を外して後ろを向く。
「最下位だったけれど、お陰でこれからの戦いに希望が持てた。感謝しているわ」
「お、おう……」
須藤は、少し照れ臭そうに鼻の下を擦りながら、グラウンドを立ち去る堀北の姿を見つめている。
「うおおおおおおおおおっしゃああああああああああああああ!!!」
勢いよく腕を振り上げた須藤の大絶叫が、体育祭の余韻の残るグラウンドに響いた。
「よかったな須藤」
「おう!」
「盛り上がってるところ悪いんだけど、ちょっといい?」
そんな中、1人の静かそうな雰囲気を持つ女子生徒が綾小路に声をかけていた。
「着替えた後でいいんだけど付き合ってもらえる?」
「……なんでオレが?」
「話があるから。5時になったら玄関に来て」
「お、おい、話って……」
言いたいことだけを簡潔に述べ、その女子生徒はその場を立ち去った。
「お、おいおいなんだよ、どういう展開だよ綾小路!?」
須藤が言外に示しているのは告白の可能性だろう。
しかしもしそうだとしたら、その相手にこんなにうんざりしたような態度で接してくるだろうか。
「なんだよ、お前にも春が来たのかよ」
「そんな風には見えなかったが……」
「いや、最後の走りを見て一目惚れしたやつがいてもおかしくはないぜ」
「参ったな……」
なんとも青春っぽい会話をしながら着替えに戻っていく綾小路と須藤を見ながら、俺はその場にとどまる。
グラウンドには、片付けをしているスタッフ以外はほぼ誰もいない。
いるとすれば、俺。そして……。
「お疲れさま。速野くん」
その後ろにいる、藤野だけだ。
先ほどから姿を確認していたので、敢えてここから動かなかったのだ。
「端末返そうかなと思って」
「ああ、助かる」
「はい」
藤野が手渡してきた端末を受け取り、ポケットの中に入れる。
すると、藤野が思い出したように聞いてきた。
「そういえばさ、なんで速野くん端末持ってたの? どうせ使えないからって、教室に置いてく人が多かったのに」
「まあそうだろうけど……ちょっと撮りたいもんがあってな」
「あれ、もしかして写真好き?」
「いや、全く違う。まあ目的物は撮れたよ」
「? そうなんだ……」
藤野はまだ腑に落ちていない様子だ。
協力関係があるとは言っても、何でもかんでも話すわけじゃない。
「あ、ねえ。折角速野くんが携帯持ってるからさ、一緒に写真撮ろうよ」
「写真?」
「うん」
ニコニコしながら手を広げてくる藤野。携帯貸してという意味だろう。
……まあいいか。
俺は承諾して頷きながら、端末のカメラアプリを開いて手渡す。
「ありがと。じゃあ行くよ?」
「あ、ああ」
インカメラモードで、こちら側の映像が反転した状態で映し出される。藤野の顔が近い近い。あと俺の肩に髪の毛当たってる。いいのかこれ。そんな感じで頭が錯乱状態のまま、藤野の親指によってシャッターが切られた。
「ん、撮れたよー」
「お、おう……」
あー……なんかどっと疲れた。自分の携帯を持つようになってから人と写真を撮ったことなんてなかったから知らなかったが、写真1枚撮るのってこんなに体力使うものなのか……?
ようやくこれで緊張の瞬間が終わるかと思ったが、あろうことか、藤野は撮った写真を俺にも見せるためにさらに密着してきてしまった。こ、今度は胸が……主張のめっちゃ強い胸が……当たって……ないな。当たらないようにギリギリの距離を保ってる。よかったよかった。
ようやく離れてくれて、上がりきった心拍数が落ち着きを取り戻す。
「あとで私にも送ってね」
「分かった」
藤野から手渡された端末をポケットに仕舞い、俺はロッカーに向かって歩き出した。
「途中まで一緒に戻ろうよ」
「ん、ああ、いいけど」
藤野が俺の隣に並んで歩いてくる。一応の配慮として少しだけ歩幅を縮めた。
体育祭で撮れる写真は酷いものだけかと思っていたが、最後にいい思い出ができただけ喜んでおくべきだろう。
「ああ、藤野。ちょっと頼みごとがあるんだが」
「え?」
突然のことに、藤野はキョトンとした表情をしていた。
2
着替えを終えた生徒が、教室から自分の荷物を持って帰宅していく。
これから用事がある者なんてほぼいないだろう。飯、風呂、寝る。帰る途中に打ち上げとしてどこかで夕飯を食べていく生徒も中にはいるかもしれないが、基本的には今言った3ステップのはずだ。
しかし、その例外が堀北、そして俺だ。
堀北は龍園に呼び出されている。
そして俺はそんな堀北に100万ポイントを貸すこと……そしてもう一つ。
「譲渡できたぞ。言っとくけど下らんプライドで土下座拒んだりするなよ。俺が汗水たらして稼いだ100万が無駄になる」
「本当に汗水たらしたのかしらね。……でも、その点については安心してもらっていいわ。私は今回龍園くんに完敗した。今更プライドも何もないわよ」
「……ならいいんだが」
話はひと段落した。
しかし席から動こうとしない俺を、堀北は訝しむ。
「帰らないの?」
「お前がここに戻ってくるまではな。これを持ってってくれ」
「これって……」
堀北に差し出したのは、通話状態になった端末だ。
「あなた、一体何をしようというの……?」
「別に。ただお前と龍園……そしてDクラスの裏切り者がどんなやり取りをするのか、それを聞きたいだけだ」
「……本当にあなたはどこまで……」
俺が櫛田=裏切り者であると知っていることに驚いているようだ。
「これくらいいいだろ。お前の債権者として」
これを持ち出せば堀北としても断りづらい。
端末を無言で受け取り、教室を出ていった。
3
「逃げずに来たようだな、鈴音」
「当然よ。ここで逃げたら私はとんでもない愚か者になる」
「はっ、前よりもいい女になったじゃねえか」
そんな龍園の言葉を全く意に介さず、堀北は櫛田に向き直った。
「そんなことより櫛田さん。そろそろ茶番は終わりにしないかしら」
「茶番? って、どういうことかな堀北さん」
「もう誤魔化すのはやめましょう。ここには私たちしかいないわ」
本当は速野が堀北に渡した端末を通して速野がやり取りを聞いているが、それを言うことはない。そもそも堀北は、速野に櫛田の事を知っておいてもらうのが得策だと考えていた。
「あなたがDクラスの参加表をそこにいる龍園くんのCクラスに漏らした。そうよね」
「……やだな、そんな話誰から聞いたの?」
「私自身が疑問に思っていたことよ。ひとつ前の特別試験でもそう。自分が優待者だと龍園くんに名乗り出て、結果1に導いたのもあなたね」
「さっきから何を話してるのか分からないな」
「いい加減向き合うべきじゃないかしら」
「向き合うって、何に?」
「自分自身の過去によ。初めはあなたのことなんて分からなかった。でも、学期が始まってすぐに気が付いたわ。櫛田さん、あなたが私の中学にいたことに」
「……」
その瞬間、櫛田の表情が変わる。
「そして……あなたの過去を知る私を、退学にしたいと思っていることもね」
明かされる事実。
「けれど、それは非常にリスキーなことじゃないかしら。私と明確に敵対すれば、あなたのことを暴露しない保証はどこにもないわ」
「そうかもね。でもこの学校であんたの言うことを信じる人間がどれだけいるの? 中学の時と同じ、惨めなぼっちのあんたが」
「それでも疑念は残るわ」
「その時は生徒会長を巻き込んであんたを追い込む。私はあんたを追い出すためならなんだってするつもりだから」
龍園は櫛田が過去に何をしたのか、その具体的な内容を知っているわけではなかった。
そのため、「なんだってする」という櫛田の言葉の重みを真に感じているのは堀北だけだった。
そして、ここでも出てきた生徒会長の名前。
堀北に対するこれ以上ない防衛策だ。
「ああ言っておいてなんだけれど、私は余計なことを言うつもりはない。それはあなたも分かっているわよね。なら私のことなんて無視しておけばいい話じゃないかしら」
「言うとか言わないとかもう関係ないの。私が私でいるためには、私の過去を少しでも知る人間にはいなくなってもらわないと困るんだよね」
「つまり、この話を聞いてる俺も、てめえのターゲットにされるわけか」
「場合によっちゃそうなるね」
「クク、おもしれえ女だぜ。ま、だからこそ手を組むことにしたわけだがな」
不敵に笑う龍園。
電話口で話を聞いている速野は、とんでもないとばっちりを食った形になった、と龍園とは対照的にため息をついていた。
「話を先に進めましょう。私の土下座と、100万ポイントだったわね。龍園くん……いえ、あなたたち二人の望みは」
「クク、ああそうだ。言っとくが鈴音、あの接触は偶然の事故だ。お前が疑ってるような事実はねえぜ」
「……そうね、証拠はない。潔白を訴えても、その言い分が素直に聞き入れられることはないでしょうね。けれどそのうえで言い切っておくわ。今回の件、すべてあなたが裏で仕組んでいたことだとね」
「妄想だな」
「それでも聞かせてもらえるかしら。あなたがこの体育祭でどんな罠を仕組んだのか」
「せっかく土下座するんだ。お前がどんな被害妄想をしてんのか、話してやるよ」
愉快そうに笑いながら、龍園はカラクリを話し始める。
「俺は櫛田を使ってDクラスの参加表を手に入れた。そしてどうやったら効率的にDクラスを潰せるかを考えて組み合わせを完成させた。もちろんAクラスも徹底的に調べ上げたうえでな」
「それが功を奏して、CクラスはAクラス、そしてDクラスに勝った。けれどそれにしては不自然な点もあるわ。陸上部二人を私にぶつけ続けるなんてことをしなければ、Bクラスにも勝てていたかもしれない」
「んなことはどうでも良かったのさ。今回の俺の目的はお前を潰すこと、そんだけだ」
「そう。けれど、幸運だったわね。私が続行不可能な怪我を負ったことも、木下さんが転んで大けがを負い、私に疑いの目を向けることができたのも、どちらも偶然の出来事だったのだから」
「クク、確かにお前の怪我は偶然だ。だが木下は違う。俺は体育祭の期間中、木下に一つのことだけを練習させ続けた。偶然を装って他人と接触し、転ぶ練習をな。そしてもう一つ。木下の大けがだが……あれが偶然だと本当に思ってんのか?」
「……どういうこと?」
「転ぶことはできたとしても、そこで大けがを負う練習なんてできやしねえ。だから俺は木下にけがを負ったふりをさせて競技場の外に連れ出し……こうしてやったってわけだ!」
龍園はその右足を高く上げ、そして勢いよく地面に叩きつける。
つまり、今のようにして木下の足を踏み潰したということだ。
「そんなことを……」
「ま、普通は断るだろうな。だが50万やるっつったら素直に承諾したぜ。ったく、金の力ってのは恐ろしいもんだ」
堀北は内心、龍園を恐ろしく感じていた。
目的のためにどんな手段も取る実行力と度胸。その策に強引に従わせる支配力。
しかし……同時に勝機も見出していた。
「そう……ありがとう龍園くん。あなたの取った非道な策は、これで学校側に知れることになるわ」
「あ?」
堀北は速野から預かっていた端末……ではなく、自らの端末を取り出して龍園に見せた。
「ここでのやり取りはすべて録音させてもらった。あなたがここで私に土下座とポイントを要求するなら、私はこの証拠を持ってあなたと争うわ」
堀北のそのセリフで、龍園の表情から余裕が消える。
「鈴音、お前……」
「私としても、これ以上事を荒立てることは望まない。今回はこれで収めないかしら?」
勝利を確信してそう告げる堀北。
しかし。
「……ク、クク、クハハハハ!」
龍園は再び大声で笑う。
「そうかよ、そうかよ鈴音。お前がここまで楽しめる女だとは思わなかったぜ! 想定以上だ! だが、俺の想像を超えることはできなかったようだな」
「一体どういう……」
龍園は手に持っていた端末を堀北に見せる。
それは、録画状態のカメラアプリだった。
「俺は最初に言ったはずだぜ? 今から話すのはてめえの妄想を俺が推理しただけだってな。この録画映像にはそのセリフも全て入ってんだぜ。お前がその録音をどう使おうが自由だが、それで問題は起こりゃしねえのさ」
龍園は先の先まで読んでいた。
堀北の完敗だ。
「素直に認めろよ鈴音。お前の負けだ。とっとと土下座してポイントを払いな」
堀北は打てる手をすべて失った。
龍園に促されるまま、今まさに櫛田と龍園の前に跪こうとしている。
その時。
この場には似合わない、ピロリンという電子音が響いた。
それは端末の通知音。龍園の端末から発されたものだ。
龍園も特に何かあるとは思っていなかっただろう。ただその通知の正体が気になったから画面に目を向けたに過ぎない。
しかしその瞬間、それまでの不敵な笑みが龍園の表情から消え去る。
堀北のことなどそっちのけで、端末を操作していた。
そしてそこから、こんな音声が流れだす。
『いいかお前ら。今からDクラスを潰すための策を授けてやる。よく聞けよ。木下、お前を鈴音と同じ組に入れてやる。お前が鈴音に接触して転ばせろ。それからお前自身も転べ。そのあと俺がお前に本物の怪我を負わせて鈴音から金をぶんどってやる』
先ほど龍園が堀北の妄想として説明していた策。
それが妄想などではないことの証拠だった。
龍園も、櫛田も、堀北も……そして電話越しの速野も、この音声に驚きを隠せない。
「ねえ、これどういうこと?」
「……なるほど。なるほどなるほど。なるほどなあ。クク、面白え。これがどういうことかわかるか? 裏切り者はCクラスにもいるってことだ。そしてそれを影で操ってるそいつは、桔梗の裏切りも、鈴音が敗れることも全て計算尽くで、お前らだけじゃなく俺も手のひらの上で踊らせてたってことさ! 面白え! お前の裏にいるやつは最高だぜ鈴音!」
「ねえ、説明して。どういうこと?」
「利用されたんだよ桔梗。お前の裏切りは最初から予想されてたってことだ。じゃなきゃこんな録音用意できやしねえよ」
「裏切りを読んでた……? 誰にそんなことできるっていうの? まさか綾小路くん? たしかにあの足の速さは知らなかったし……」
「まあ決めつけはしねえ。鈴音も綾小路も、場合によっちゃ平田すら操れる存在の可能性も考えて、これからじっくりあぶり出すんだよ」
この場で名前は出なかったが、龍園はもう一人、速野の可能性も強く疑っていた。
そして堀北もまた、同じ人物を頭に思い浮かべている。
しかしそれは的はずれ。速野も、このような展開は予想外だったのだから。
だが速野は同時に確信していた。
この録音を用意したのは綾小路であり、そしてその綾小路は自分と似たような策を実行に移していたということを。
「今回はここまでだ。ポイントと土下座は逃したが、でかい収穫があっただけでもよしとしてやる」
「それでいいの? これを元にゆすられたら……」
「そうするつもりならもっと後で出す。この場でわざわざ送り付けるような真似しやしねえよ。これを送り付けてきやがった奴も、これ以上は要求してこねえだろうさ。目的は半分達成できた。俺としちゃそれで十分だ」
4
「さっきのはいったいどういうこと……?」
教室に戻ってきた堀北は開口一番、俺に疑問をぶつけてきた。
「俺を疑う気持ちもわかる。でも今回に限ってはマジで何もしてないぞ俺は。やったのは多分あいつだ」
そう言って、俺はある方向に目を向ける。
窓際の一番後ろ。
俺の後ろで、堀北の左隣の席。
綾小路が座っている席だ。
「あなたでないとしたら、彼しかいないけれど……」
「間違いなく綾小路だ。そもそも俺が用意してたのは別の証拠だ」
「……あなたも何か用意していたというの?」
そう。俺もタイミングを見計らって、その証拠を龍園ではなく櫛田に送り付けるつもりだった。
しかし、俺が送ろうとしたのとほぼ同時に龍園のもとににあの録音が届き、タイミングを逸してしまったのだ。
「一体どんな証拠?」
「見てもあんまいい思いはしないぞ」
何を言っても見せろと言われるのは目に見えているため、そう前置きして俺は手元の端末を堀北に見せた。
それは、ある録画映像だった。
映っているのは木下と龍園。
『りゅ、龍園くん、私、やっぱり……』
『おいおい、50万やるっつったら承諾したのはお前だぜ木下。安心しろ。すぐに終わらせてやるよ』
『ぎゃあああああああああああ!!!』
あまりにもショッキングな映像に、堀北は思わず画面から目をそらした。
その映像は、人気のない校舎で龍園が木下の足を踏み潰している瞬間だった。
この映像により、木下の負った怪我は堀北ではなく龍園による作為的なものだったことが分かり、さらにそのうえ木下に50万の謝礼が渡っていたことも明らかになる。
堀北が木下に意図的にけがを負わせたという前提が崩れるのだ。
「一体どうやってこんなものを……」
「お前と木下が倒れた後、木下の動向をずっと見張ってたんだが、龍園に連れられて校舎に入っていくのが見えたからな。それを尾行して撮影したんだ」
二人三脚の整列に少し遅れたのはこのためだ。
「あなたはこの展開を全て読み切っていたということ……?」
「大体はな。龍園は毎回手口が同じなんだよ。嘘の中に事実を紛れ込ませて、その嘘を強引に通そうとする。そしてその事実ってのが実際に負った手傷だ。須藤の喧嘩騒ぎの時も、無人島で伊吹がDクラスのベースキャンプに来たときもそうだっただろ。この手口が頭に入ってれば、龍園が木下に対してやるであろう所業は予想がつくってことだ。お前に簡単に100万を貸したのも、それが絶対に龍園の手には渡らない自信があったからだ。何かしら仕掛けてくると思って端末を用意してて正解だった」
「……」
呆れて言葉も出ないといった感じで、堀北はこちらを見つめている。
それを特に気に留めることなく、言うべきことを言う。
「とりあえず堀北、端末と100万返してくれ」
「……え、ええ……というかこの端末は誰のものなの?」
「藤野のものだ」
「藤野さん……彼女はこのことを知っているの?」
「いや」
これは本当に知らないはずだ。俺は藤野に「何も聞かず、放課後に端末を貸してくれ」としか伝えていない。
堀北としても、俺が藤野と仲が良いことは知っている。俺が藤野から端末を借りたとしても、特に怪しくは映らないはずだ。
「にしても綾小路、いつの間にCクラスにスパイなんて作ってたんだ……」
「あなたでもそれは分からないのね」
「俺に綾小路のことが分かるわけないだろ。あいつは俺とは次元が違う」
綾小路とだけは敵対したくない。何か行動を起こすにしても、綾小路を敵に回す形にだけは絶対にしないよう、注意する必要がある。
「それよりお前、櫛田と同じ中学だったなんてな」
「……ええ。特に言う必要のないことだから言っていなかったけれど」
「過去に何かあったんだろ? なら言わなくて正解だ」
「聞きたいとは思わないのね」
「なんだ、聞いたら教えてくれるのか」
「知っている範囲のことならね。といっても私が知っているのは断片的なことだけで、全貌は全く知らないけれど」
良心的だな。
「別に聞かねーよ。あいつから変な恨みを買いたくない」
櫛田の過去が一体どんなものなのか、それを知らなくても、今回で分かったこともある。
堀北を嫌う原因が自分にある、という櫛田の発言の意味。そして入学当初の櫛田が堀北にあれほどこだわり、逆に堀北は櫛田を遠ざけようとした、その理由も。
それが分かっただけでも十分だ。
櫛田の過去に全く興味がないといえば嘘になる。しかし、情報の重要度という観点で言えば今日の茶柱先生の晩御飯のメニューと同じレベルだ。知っても知らなくても益も損もない。
大事なのは、櫛田がクラスを裏切っているという明確な事実。
一手目はうまくいった。あともう一押し、ってところか。