実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
それでも平穏は訪れない
「寒いな……」
そんな呟きが、幾度となく口をついて出る。
人間というのは、その感情を口に出さずにはいられない生き物らしい。今のように寒ければ寒いと言うし、暑ければ暑いと言う。驚いた時には「びっくりしたー……」なんて少々長い言葉であっても、まるで流れるように口から出ていく。
それはもう無意識の領域だ。何か特別な要因でもない限りこの現象は止めようがないし、別に止める必要もない。
では、意識的に感情と逆のことを口に出してみるとどうなのだろうか。
やったことがないので分からないが、やるだけなら簡単だ。
なのでやってみることにする。
「暑いな……」
……こう、喉に小骨が刺さったというか、錠剤の薬飲んだ時に上手く呑み込めずに喉に残った時というか、残尿感というか。とにかく何となくむしゃくしゃする感覚に襲われる。
自分の感情に嘘をつくとこうなるのか。
いや、それは少し違うだろう。
実験だからといって全くつきたくもない嘘をついたから、という言い方が正しいかもしれない。
ただ少なくとも、「寒いなんて口にするから余計に寒くなるんだ! 弱音を吐くな!」なんて主張が大嘘だということは分かった。
一人での登下校の最中や、寮の自室での暇な時間など、何の益体もなくただただ無駄に時間が流れていく時を過ごしていると、このようにクソほどどうでもいいことに自然と頭が回ってしまうものだ。
しかし、学校に到着したことでそれも終わり。
校舎内は空調が効いており、暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい温度に保たれている。
いつも通りに廊下を歩き、Dクラスの教室へ到着する。
2学期最後の山場である期末テスト、ペーパーシャッフルを完勝という形で乗り越えたDクラス。
つい最近までのどこか殺伐とした空気は鳴りを潜め、今は落ち着きを取り戻している様子だ。
このDクラスという称号も、今月限りで手放すことになるかもしれない。
先ほど述べたように、俺たちDクラスはCクラスに勝利した。これによりポイントが変動。12月1日時点でCクラスは496ポイント、Dクラスは346ポイントだったが、100ポイントずつ増減し、それぞれ396ポイント、446ポイントとDクラスがCクラスを逆転したのだ。
このまま生活態度等で再逆転されないまま1月を迎えれば、俺たちは晴れてCクラスとなるわけだ。
入学からしばらくして、Sシステムの裏側、クラスポイントの存在を明かされて以降、不良品だのなんだのと散々嘲りを受けてきたDクラス。それだけに、この逆転の喜びは非常に大きかっただろう。
しかし、それで浮かれ倒しているようなことはない。先ほども言った通り、Dクラスのようすは以前の落ち着きを取り戻している。それだけDクラスも成長したということだ。
まあ、意地でも再逆転を許すものかという意識の表れでもあるが。これで油断して減点なんてされたらシャレにならないしな。
試験に勝ち、クラスも逆転した。
このまま何事もなく、平穏無事に冬休みを迎えることができたらいい。Dクラスの多くの生徒の願いだろう。
しかし、物事はそう上手くは運ばないものだ。
1
「Cクラスのクラスポイントが減点された」
帰りのホームルーム。茶柱先生からそんな報告があった。
突然のことに、教室内がざわつく。
「え、な、何ポイント引かれたんすか?」
「100ポイントだ。詳細は言えないが、Cクラスの生徒に重大な校則違反があった。連絡事項は以上だ」
茶柱先生はそのまま解散を告げ、教室を出ていった。
それからはこのことが教室中の話題をかっさらう。
「はは、あいつらDクラスに落ちそうになってヤケになったんじゃね?」
生徒たちは帰り支度を整えつつ、先ほどの衝撃の連絡事項について好き勝手に話している。
「一体どういうことかしら。独裁を敷く龍園くんがこのようなことを許すはずがないけれど……」
訝しげにそう呟いたのは、これまで龍園と渡り合ってきた堀北。
直接相対したからこそ、龍園がこのようなミスを犯すはずがないと直感している。
「実際どう考えてるんだ?」
「これも何かの策だと言われた方が納得がいくわね。けれどクラスポイントを100も削ってまで、一体何がしたいのかしら……」
いい線だと思う。俺もこれが単なる大ポカだとは思っていない。
クラス間競争において100のクラスポイントは非常に大きな価値を持つ。
しかし龍園は、クラスポイントよりもプライベートポイントの方に重きを置いているのかもしれない。それは無人島試験でAクラスと結んだ契約の内容からも伺える。
だがプライベートポイントを重視しているにしても、クラスポイントが100減るということは月々に支給されるプライベートポイントが1万減るということ。クラス全体で月に40万の損失だ。
この大きな犠牲と引き換えに、龍園は何を手にしたのか。
『X』探しに関することなのは、恐らく間違いないのだが。
「それにしても、最近は随分楽しそうね、彼」
いくら考えても答えの出ない話題を切り替え、堀北はそう呟いた。
「彼?」
「綾小路くんよ」
「ああ……」
嫉妬というわけでも、もちろん歓喜というわけでもなく、ただただ思ったことを口にした感じだ。
弓道部に所属する三宅を除き、期末テストの勉強会のメンバーだった幸村と長谷部、それに加えて佐倉とともに教室を出ていく綾小路。
最近、特にテスト終了後はそんな様子を目にする機会が顕著に増えた。
一学期のころは池や山内あたりと比較的親しくしていた綾小路だが、親密度合いでいえば今とは比べ物にならない。
「あいつ無表情すぎるからよくわからないんだが、楽しそうなのか」
「表情が動かなくても見ていれば分かるわ。最近帰る支度がスピーディーになっているもの」
「へえ、よく見てるなあいつのこと」
「……イラっとする言い方だけれど、別に大したことじゃないわ。7か月も隣の席で過ごせば嫌でも分かるというだけ」
いやそれでもかなり目ざといだろう。あいつもそんなんで見破られたと知ったら驚くと思う。
そういえば、改めて考えると綾小路と堀北が隣の席っていうのも中々の奇跡だよな。
クラスで最もAクラスへ上がることを欲している生徒と、クラスで最もAクラスへの熱意がなく、それでいてとんでもない能力を隠し持った生徒。
席順はおそらくランダムで決められているはずだ。神様のいたずらというのも頭ごなしに否定できるもんじゃないな、なんてことを思う。
もしこの2人の席の位置が互いに離れていたら、Dクラスはまた違った道を辿っていたかもしれない。
「今度はあなたの方が憐れね」
「なんだよそれ」
「彼はクラス内でのぼっちを脱却したわよ?」
俺には藤野という友人がいるから、という言い訳を封じるような言い回しだ。
「お前も似たようなもんだろ。一人を苦にしてるわけじゃない」
「私は苦にしていないわけじゃなく、好きなのだけれどね」
「ああ、そう……」
格が違うと言いたいらしい。
一皮むけても、そのあたりの認識は前とあまり変わってないんだな。
まあそんなことで張り合っても無意味だ。
一人を苦にしない、という共通項があっても、俺は友達を欲していて、堀北は欲していないという違いはある。そんな格でよければ遠慮なく譲ってやろう。ってか全くもっていらねえし。
往生際が悪いと思われるかもしれないが、俺は別にまだ友達づくりをあきらめたわけじゃないから。
ここにきて綾小路にああいう友人ができるなら、俺にもできたって確率論的にはおかしくないはずだ。たぶん。
「せいぜい孤独ライフを楽しむことね」
荷物を持って立ち上がりながら、こちらを煽るように言う堀北。
「そうしたいところだが、今日はこれから藤野と合流する予定だ」
「そう」
「……」
え、それだけ?
こっちが言い返したらこの反応だよ。うざ。
2
教室を出て藤野と合流し、食材の調達のためにいつもの食品スーパーへ向かう。
もちろん目当ては無料コーナーの商品だ。
「この習慣もずいぶん長く続いてるな」
「だねー。4月からだもんね」
この学校の1年生の中にこのスーパーの、それも無料コーナーにここまで通い詰めている生徒は、俺と藤野を除いて他にいないだろう。
あまりにも頻繁に行くせいで、藤野に関してはレジのおばちゃんと会計中に雑談するまでになっている。俺もそこまでは行かないものの顔は覚えたし、向こうも認識はしているようだった。前に「よく来るねえ」と言われたことがある。
食品スーパーに入り、いつもとは少し違うルートを通って遠回りで無料コーナーへと向かう。
そして藤野はあらかじめ決めていたものを、俺はその場で夕飯のメニューを考えて、粗悪な質の無料商品を買い物かごへ突っ込んでいく。
ここまで淀みのないスムーズな動き。主夫力を競わせたら上位に食い込む自信あるね。
ちなみに購入する量については、いつも俺の方が藤野よりも倍ほど多い。
単純に食事量に差があることも要因の一つではあるが、藤野は俺とは違って毎日無料の食材で自炊をしているというわけではないから、というのが一番の理由だ。
Aクラスはポイントにも余裕があるし、友達も多くその付き合いで飲食店で飯を食うこともある。
俺とのこの買い物も、藤野にとっては友達付き合いの一環という解釈だろう。まあポイントの節約になるというのもあるだろうけどな。
いつもの通りゼロポイントの会計を済ませ、袋を引っ提げて店を出る。
俺たちが通った後、開ききった店の自動ドアが閉まり始める音がするが、直後にそれが止まりまた開き始める。誰ともすれ違わなかったため、誰かが俺たちの後に退店したということだ。そして当然ながらその人物はいま俺たちの後ろを歩いている。
しかし特に振り返ることはなく歩みを進める。
「……ねえ」
そんな中、声を潜めて俺に話しかける藤野。
そのままの距離でもギリギリ聞き取れるくらいの声量だ。耳を近づけたりはせず、言葉の続きを促す。
「やっぱり……つけられてるよね?」
「……」
声には出さず、小さく頷いて肯定した。
俺たちは追跡されている。いま後ろを歩いている生徒に。
スーパーに入った後、無料コーナーに行くのにわざわざ遠回りをしたのはそれを確かめるためだ。
尾行の上手さはそこそこのレベルだったが、放課後に学校から直接食品スーパーに向かう生徒はそう多くない。違和感に気付くのにそう時間はかからなかった。
「……誰かわかるか」
「……Cクラスの子だね」
やはり。
龍園の『X』探しの波がここまで及んできた、ということか。
「なんのためにこんなことしてるんだろ……?」
「さあ……」
ここでは知らないふりをしておく。藤野が相手であってもだ。
まだ何も噂になっていない今の段階で、龍園のDクラスに対する不可思議な行動を『X』探しと結びつけることができるのは、堀北の裏で試験を動かしていた影の人物の存在が頭に入っている人間だけだ。Cクラスの生徒以外では、まず綾小路本人、そして元から綾小路の隠れ蓑をやっていた堀北、体育祭終了後のやり取りの現場を知る櫛田と俺だけだ。
Dクラスの頭脳が堀北の他にいるというのは、クラス間競争の戦略上とても重要なことで、他クラスには隠し通すべきものだ。藤野にも黙っている理由の一つはこれだ。藤野であってもクラスが別である以上敵は敵。この基本姿勢はお互いに持っているもので、友人関係と信頼を維持していくために必要なことだ。
もちろん、いずれ龍園の口からその目的は明るみに出ることになるかもしれないが。
それを受けて藤野が尋ねてきたときにどう答えるかは、また少し考えておこう。
3
朝の登校時間。
今日は比較的早い時間に部屋を出た。
特に何か目的があるわけではない。単純に普段より少し早い時間に目が覚め、それに伴って飯や着替え等のタイムテーブルが前倒しされたというだけのことだ。
いつもは端末のアラーム機能を頼りにして起床しているが、今朝はそれが鳴る前に目が覚め、惰眠をむさぼることもなく起き上がった。
時間にして10分も差はないが、どこかいつもより空気が冷たい気がする。
おそらくほとんどは気のせいかもしくは単純に今日がいつもより寒い日というだけのことなのだが、しかし同じ10分でも早朝と昼間ではそれに伴う気温水準の変化の度合いが違うというのも事実だ。
そもそもなぜ朝より昼間の方が気温が高いのか。もちろん太陽光が地球に届いている時間の長さも要因の一つだが、もう一つ大きいのが太陽光が地球に当たる角度だ。
懐中電灯で例えると分かりやすく、教科書でもよく採用される。地面を照らす際、地面と直角に光を当てれば照射される面積が小さくなる分明るくなるが、これを斜めに傾けると、照射される面積が広がり明るさが薄まる。これはつまり一定面積あたりに提供されるエネルギー量が小さくなることを意味している。これを太陽光に置き換えれば、前者が南中時の、後者が早朝および夕刻の状況で、地上との角度が直角からズレるほど温度も低くなりやすいわけだ。
ここでもう一度地面と懐中電灯のたとえを採用して考える。地面と直角に光を照射している状態から10度傾けても、光量の変化は大してない。しかし、地面とほぼ0度の角度から10度傾けると、明らかに光量が増えるのが分かる。つまり地面との角度が元々小さいほど、供給されるエネルギーの変化量がより増える。
太陽は時間経過によって地面との角度が変化していくわけで、よって早朝は昼間と比べて時間経過とともに気温が上昇しやすい傾向にあるということがいえる。
10分後の気温がより上昇するということは、その10分前の気温はより低いということになる。つまり、冒頭で寒く感じた俺の感覚も、一概に気のせいと切って捨ててしまうのが正しいとはいえないということだ。
いや、だからなんやねんって話なんだけどね。お付き合いありがとう。
「や、おはよう速野くん」
俺のどうでもいい思考がまとまったのとほぼ同時に、横から挨拶をされた。
1年Bクラスの一之瀬が、手を振りながらこちらに近づいてくる。
「おお……おはよう」
「この時間に速野くん見かけるなんて珍しいね」
「いつもより早く目が覚めたんだ」
「あ、なるほどー」
逆に一之瀬はいつもこの時間なのだろうか。だとしたらさすがだな。快活な少女というイメージに違わない。
「最近冷え込んできたでしょ? だからベッドから起き上がるのもだんだん難しくなってきちゃって。今日みたいにいつもより遅い時間になっちゃうことはあっても、早い時間には起きられないんだよね」
どうやら俺の予想は外れていたようだ。いつもはこの時間どころかもっと早かったらしい。何という健康優良児。
「速野くんもしかして寒いのに強い?」
「いや……まあ、暑さ寒さには慣れてる方ではあるかもしれない」
慣れているとはいっても苦にしないというわけじゃない。むしろその「苦」に慣れているという表現がより正しいかもしれないな。
「あ、そういえばまだちゃんとお礼言えてなかったよね」
「礼?」
急なことで、何を指しているのか要領を得ない。
「勉強会のお礼だよ。速野くんたちが開いてくれたおかげでAクラスとも善戦できたから。ありがとう」
「ああ……いや、あれは相互的なもんだから、こっちが一方的に礼を受けるもんでもない。言うにしても堀北に言ってくれ」
「もちろん、堀北さんにも折を見て伝えるつもりだよ。でも私は速野くん個人にも感謝してるから」
「俺個人に?」
「速野くんが渡してくれた問題があったでしょ? あの中に3問か4問、Aクラス側が出題したものとほぼ同じ問題があったの。それもかなりの難問でさ。みんなそれですごく助かったって言ってたから」
「ああ……」
堀北も少し疑問に思っていたが、Bクラスが平均点にして0.5点差までAクラスに肉薄できた秘訣はこれだ。
「完璧に偶然だが、役に立てたならよかったよ」
「まあ、惜しくも負けちゃったけどね。にゃはは」
後頭部を掻いて情けなさを表現する一之瀬。
ちなみにこの件だが、偶然というのはもちろん大嘘だ。
解き方がほぼ同じ3、4問というのは、間違いなく事前に藤野からAクラス側の問題として情報提供を受けていたものだろう。正確には4問。それを偶然を装ってBクラス側に提供し、Bクラスの点数を引き上げること。これが藤野から俺への依頼だった。
まず俺は堀北にBクラスとの合同勉強会を提案した。そして対外的には「堀北からの提案」ということにし、俺の意思ではないということにした。この勉強会における俺のただ一つの目的は、藤野からの問題をBクラス側にこっそりと提供することだ。定期開催に持ち込もうとしたのは、出題する問題が定まるのは試験本番がかなり近づいてからのことであるため、それまでの時間稼ぎだ。それと同時に、問題を提供することに違和感を覚えにくくするためでもある。もし勉強会が1回限りで終わってしまい、その時に提供した問題の中に何問もAクラスの出題した問題が含まれていては不自然さを覚える者も出てくる。それをできる限り減らすためだ。
藤野の目的はAクラスを負けさせることではない。完全な坂柳体制になってから初めての本格的な試験、Bクラスとの接戦を演じさせ、「坂柳になってもこんなものなのか」という空気をクラスに作ることだ。
藤野はこれまでの傾向から分析して、そのまま何もしなければAクラスとBクラスの平均点の差はざっと見積もって1科目あたり2点ほどになるだろうと予測していた。そこで、正解率が特に低いとみられる4問をBクラスの7割が事前に知っていたとすると、平均点は0.7点ほど上昇する。
それ以外にも自作した解説などでAクラスから出題される問題の傾向をBクラスの生徒に刷り込み、点数を引き上げる。こういった手を加えることで、平均点の差は1点から1.2点までに縮まるだろうというのが藤野の予測だった。
最終的には0.5点差で予測よりも小さく、危うく追い越されるところだったと肝を冷やしてたな。その部分はBクラスが想像以上の努力を重ねたということだろう。
しかし結果としては藤野の目論見は達成された。Aクラスには坂柳も絶対的ではないという空気が広まり、派閥の勢いはそれまでより低下しているとのこと。
もちろん、これらの行動に対する見返りは受けた。
まあ、この件に関してはここまででいいだろう。
思考を切り替えるべく、俺は新たな話題を提供する。
「そういえば……この前の龍園の件は災難だったな」
「ああー……うん、まあね。突然のことでびっくりしたよ」
直接的に表現しなくとも、俺が何のことを言っているのかすぐに思い当たったらしい。
先日一年生の寮のポストに、一之瀬が不正にポイントを得ているという紙を龍園が仕込んだという件。
結局その後、一之瀬に一切不正がないことは学校側により保証されたが、あの時は軽く騒ぎになったからな。
犯人は十中八九龍園以外の人物、恐らくは綾小路だろうけど。
「ほんとに、龍園くんはいつどんな場面で何を仕掛けてくるかが全く分からないから厄介だよ。君たちも気を付けてね」
「肝に銘じとく」
そういえば、以前Bクラスも何らかの形で龍園の攻撃を受けたと言ってたな。そういった経験則からの忠告だろう。
今のDクラスにはドンピシャで当てはまるであろうアドバイス。ありがたく受け取っておいた。
4
「だーくそっ。なんなんだあいつらは」
教室に入ってくるなり、怒りを露にする須藤。
それを見たクラスメイトは須藤から距離を取る。
口に出すだけに止めて物に当たっていないあたりには精神的な成長が感じられるが、まあそれでも、カリカリしている赤い髪の大男に近づきたいと思うやつはいないわな、常識的に。
「ちょっと聞いてくれよ鈴音」
「一体どうしたというの」
すでに登校して読書をしていた堀北に声をかける須藤。
「さっき龍園の奴らが変なイチャモンつけてきやがったんだよ。廊下塞いできたりよ。邪魔で仕方なかったぜ」
「怒りに任せて妙なことはしてないでしょうね?」
「してねえよ。お前との約束だしな。言いつけ通りひたすら無視してきてやったぜ」
なるほど、堀北からの指示か。いい選択だな。
「けどマジでむかつくぜあいつら」
「道を塞がれた以外には何をされたの?」
「悪口っつーか、バカだの猿だの言ってきた」
高校生とは思えないほど低レベルな煽りだ。もはや悪口にすらなっていないが、かといって言われた方が何も感じないかといえばそうではない。ストレスは溜まるだろう。
「明人……三宅の部活中にも、Cクラスの連中が貼りついてきたらしい」
「三宅くんにも?」
それまで静かに話を聞いていた綾小路が情報を付け加えた。
ってか、お前いま明人って……短期間でずいぶん仲良くなったもんだ。
「お前にはないのか、綾小路」
一応質問しておく。
「分からないが、最近グループで行動しているときにCクラスの奴に見られてる、ってのを明人が気づいてたな。誰を対象にしているのかは分からない。個人じゃなく、オレたち全体を監視しているって可能性もなくはない」
「あなたはどうなの速野くん」
今度は堀北から俺に対しての質問。
「実を言うと心当たりはあるんだよ。最近他クラスの同じ生徒をよく見かける。藤野といるときに聞いたらCクラスの生徒だった」
あの買い物の日以降も、俺はそいつに追い回された。あの時点では藤野をストーキングしているはた迷惑なだけの奴という線も細胞レベルであったのだが、俺が一人で登下校しているときにもついて来られたのでその線は切れた。
「全員に聞き取れば、そういったケースはまだまだ出てきそうね……」
「つかよ、鈴音はどうなんだよ。龍園の野郎に何かされてねーのか」
「私の気づく範囲では特にないわね」
「そうか……なんかあったら俺に言ってくれよ」
「あなたに言ったら余計に厄介なことになるでしょう」
須藤には悪いがこれは堀北に賛成だな。今のこいつは自分よりも想い人の堀北に何かされることの方が頭に血が上りそうだ。
「変なことはしねーよ。俺はただ鈴音の力になりたいだけだ」
「それなら私の心配なんてしないで、今後そういった接触がよりエスカレートするようなことがあったらあなたが私に報告して。一応こちらでも対策を考えておくわ。今はとにかく大人しくしておくこと。いいわね」
「ああ、分かってんよ」
堀北からまた新しく指示をもらい、須藤は自分の席へと戻っていった。
「だいぶ操縦が上手くなったな」
「ようやく人並みかしらね、彼に関しては」
そう言うが、入学当初からよくここまで持ってきたものだと素直に感心する。
もちろん須藤が堀北に特別な感情を抱いていて比較的素直に言うことを聞くというのもある。まあ堀北本人はそれに無自覚だが。しかしそれを加味しても、あのとんでもない暴れ馬をコントロールする手腕はなかなかのものだ。
「それより、こんな話を聞いたかしら。Dクラスには陰に潜んだ策士がいるって」
話題を切り替えた堀北。
多くの生徒が教室にいる現状、この3人の間では最も避けるべき話題だ。しかしだからこそ敢えて、堀北は声を潜めることもなくそれを口にしたのだろう。
「初耳だ。そういう噂話には疎いんで」
これは嘘でも誤魔化しでも何でもないただの事実だ。
その策士が綾小路であることは知っていても、そんな話が巷で噂になっていることなど全く知らなかった。普段人との会話がほぼないに等しいのだから、そういう話を耳にする機会も生まれない。むしろ同じぼっちのはずの堀北がそんな情報を持っていることの方が不思議なくらいだ。
「オレはどこかで聞いた覚えがあるな。たぶん偶然耳にしたんだと思う」
「私も同じような感じよ。そんな話が巷でちらほらと噂になっているみたい。その人物を見つけ出すことが龍園くんの狙いなんじゃないかしら? ペーパーテストの点数が異常に良い速野くん、体育祭で急に非凡な走力を見せて注目を浴びた綾小路くん。目をつけられていても不思議じゃないわ」
もはや茶番でしかないこのやりとり。
俺はその最中、堀北は案外素直に綾小路のことを評価しているんだな、と考えていた。
堀北の隠れ蓑はもはや機能していない。完全に龍園に目をつけられてしまった。この状態からでも自身の正体を隠し通せる算段が綾小路にはある。そう考えていなければこのような会話を公衆の面前でしたりはしない。
まあ、裏を返すと「そのように対応しろ」という無言の圧力でもあるわけだが。
「そんな人物がいれば、の話だけれどね」
最後にこんなセリフを付け加えることで、そんな人物などいはしないと暗に伝える。
俺も、綾小路なら上手くやるだろうということに関してはそんなに心配していない。
そもそも、綾小路の龍園への「対応」が始まったのは今じゃない。恐らくそのもっと前から……物事は綾小路の狙い通りに動いていた。
それに気づいた時には驚くと同時に「ああ、勝てんわこいつには」と悟った。
ただ気づいたとはいっても、それは察したという程度のことで、綾小路の手を完全に理解したわけではない。
直近の課題はその不明点の解消だ。