実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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直接対決

 放課後、Cクラスの生徒に常に自分の後をつけられるというひどくストレスの溜まる日々が続いて久しい。

 そんな日常に変化が訪れたのは突然のことだった。

 そのきっかけとなったのは、とある日、帰りのホームルームを茶柱先生が終えた直後のことだった。

 先生が教室を出ようとしたのとほぼ同時に、教室の入り口が乱暴に開かれた。

 そこに立っていたのは、龍園をはじめとして、そのほかに山田アルベルト、石崎、小宮、近藤といったCクラスの武闘派として知られる4人の生徒。

 先生は特に気に留めた様子もなく、そのまま教室を出ていった。

 学校が終わり、和気あいあいとした空気から一変。教室内に緊張が走る。

 

「なんだよオイ。ここはDクラスの教室だぜ」

 

 沈黙を破ったのは須藤の言葉だった。

 先日の一件や、他のDクラスの生徒がCクラスからちょっかいを出されているということで警戒心が高いのだろう。

 このままでは険悪な空気になってしまう恐れがあることを見越して、平田が間に入って対応する姿勢を見せた。

 

「うちのクラスに何か用かい? 龍園くん」

 

「おいおい、何をビビってやがる。他クラスっつっても同じ学校の同じ学年の教室だろ。訪ねちゃいけない理由でもあんのか? 他クラスの友人を訪ねるのはよくある話だろ」

 

 石崎たちのように腕の立つ生徒を集めておいてこの物言い。相変わらずの様子だ。

 

「確かにそうだね。だけどこの学校は他の学校とは事情が違ってくるんじゃないかな。少なくとも君は、これまでそんな友好的な態度を示してこなかった。僕らとしては警戒してしまうのも当然のことだよ」

 

「クク、確かにな。ま、心境の変化ってやつだ。これからはもっと他クラスとも交流していこうと思ったのさ」

 

 到底本音とは思えない発言だが、もちろん龍園もそれが全く受け入れられないことは分かっている。分かったうえでこのような態度をとっているのだ。こいつにとってはこれも遊びの一環なんだろう。

 

「それで、用件を聞かせてもらえるかな。龍園くん」

 

 平田としては一刻も早くこの事態を収拾したい。しかし龍園には平田の思いなど全く関係のないことだ。

 不気味に笑い、口を開く。

 

「俺は今、お前らDクラスに対して警告をしてやってるのさ。丁寧にな」

 

「警告? どういう意味かな」

 

「理解してないやつに説明してやるほどお人好しじゃねえからなあ。それとも理解してないフリか?」

 

 同時にガン、と出入り口の扉に拳を叩きつけた。教室内の空気がさらに凍り付く。

 体が固まったDクラスの生徒を見回していく龍園。

 その視線は最終的に一人の生徒を捉えた。

 その生徒は、この空気の中で唯一体を固めることなく、マイペースに帰り支度を済ませて席を立ちあがった。

 そんなやつ、この教室には一人しかいない。

 高円寺だ。

 龍園のことなど意に介さず、そのまま下校のために教室を出ていく高円寺。

 それを見送ったかと思うと、直後に石崎達に目で合図を送り、高円寺の後を追わせた。

 

「邪魔したな」

 

 龍園もそれだけ言い残し、ドアを乱暴に閉めて立ち去って行った。

 張りつめた空気から解放されたDクラスの教室。あらゆる場所からため息が聞こえてきた。

 

「なあ、なんかやるんじゃねえの龍園のやつ!」

 

「一体何するつもりなんだ!?」

 

 自分たちにはあまり関係なさそうだとみるや、野次馬根性で口々にこれからの展開を予想する面々。

 しかし中にはそう楽観的に事態を捉えていない人物もいる。その一人が堀北だ。

 

「よくない展開なんじゃない? これ。あれだけの人数を用意して、高円寺くんに一体何をする気かしら」

 

「様子見に行くのか?」

 

「万一に備えて、そうした方がいいかもしれないわ」

 

 どうやら堀北はそうするようだ。

 

「俺たちも行かないか、清隆。さすがに見過ごせないだろ」

 

 三宅もこちらに来て、綾小路に声をかけた。

 

「そうだな……監視カメラはあるはずだが、絶対じゃないしな」

 

 綾小路も行くことに決めたようだ。

 最終的に、三宅、綾小路、幸村、堀北、須藤が後を追うようだった。

 平田もはじめは教室を出たのだが、すぐに戻ってきて全員に言う。

 

「みんな、とりあえず落ち着こう。大丈夫、龍園くんもあからさまなことはできないはずだよ」

 

 どうやら戻ったのは、軽く混乱状態にある教室のようすを落ち着けるためだったらしい。

 その後も平田はしきりにクラスメイトを安心させるような言葉をかけ続け、教室内は徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

「部活がある人や他の用事がある人もいると思う。ひとまずは解散にしよう。ただ、いま高円寺くんたちがどこにいるかは分からない。不要なトラブルを避けるために、校舎を出てその現場に遭遇したとしても、不用意に近づかないようにしてほしい」

 

 平田の注意に全員が頷き、その場は解散となった。

 俺も荷物を持って教室を出る。

 特に用事があるわけでも急いでいるわけでもないが、同じように教室に居残る理由もないからな。

 靴箱のある玄関を目指して廊下を歩いていると、あるグループに遭遇した。

 坂柳、そして橋本。他にも男女が一人ずついたが、名前は分からない。しかし以前体育祭で見かけたので、Aクラスであることは確かだ。

 そんなAクラスの4人グループが、俺と同じく玄関に向かって歩いている。

 杖をついて歩く坂柳に合わせるため、そのペースはかなりゆっくりだ。

 何より気になるのは、4人とも荷物を持っていないこと。

 つまり少なくとも下校するわけではないということになる。

 すると、こちらが目を向けているのに向こうも気が付いたようで、坂柳がこちらに目を合わせるとともに歩みを止めた。

 

「ご無沙汰しています、速野くん」

 

「ああ……何しに行くんだ?」

 

「ふふ、どうやら面白いショーが見られるとのことで、いまその会場に向かっているところです」

 

 相変わらずの挑戦的な目。

 なんかもう分かった気がする。

 どこからか龍園と高円寺の話を聞きつけて、そこに首を突っ込もうということだろう。

 

「あなたもご一緒にいかがですか?」

 

「いや、遠慮しとく」

 

「そうですか。それでは残念ですが、またの機会に」

 

 軽い会釈をし、坂柳は取り巻きとともに校舎の外に出ていった。

 龍園に高円寺に坂柳か。俺は坂柳について詳しく知っているわけではないが、藤野から聞き及んでいた情報をもとにすれば、カオスな現場になる予感しかしない。

 様子を見にいったDクラスの生徒たちが気の毒だな。

 坂柳たちの足取りからしてどうやら通学路の途中に現場があるみたいだが、もし見つけても平田の言いつけに従って完全スルーすることにしよう。

 

 その日を境に、放課後に俺の後をつけるCクラスの生徒は姿を消した。

 

 

 

 

 

 1

 

 誰にも後をつけられない生活ってのは、いいもんだ。

 いや、本来それが当たり前なんだが。

 しかし数日前まで、その当たり前のことが全く保証されていない状態だったからな。ストーカー被害者の心労は想像を絶する。

 龍園がDクラスの教室に来た日からは、そのようなことはしばらく鳴りを潜めていた。

 聞くところによれば、同じくあの日を境に他の生徒もCクラスにちょっかいをかけられることはなくなったらしい。

 あれほど騒がしかった龍園の行動が、いきなり大人しくなった。

 では、龍園の『X』探しは終わったのか。

 違うだろう。

 むしろこれからが本番のはずだ。

 ちなみに高円寺の一件、その概要を後から堀北に聞いたのだが、やはりカオスだったようだ。

 龍園と坂柳の煽り合いに、日本語がまったく通じない高円寺。さらには龍園が坂柳を蹴り飛ばそうとして、坂柳の取り巻きの一人が庇って吹っ飛ばされるというアクシデントまで起こったそうだ。

 興味本位で見に行かなくてよかったと心の底から思ったね。概要を語る堀北の表情はこれ以上ないほどにうんざりしていた。

 そんなことを考えながら学校からの帰り道を歩く。

 校舎内の並木道。

 帰りにどこかで遊んだりする生徒も、校舎を出るには必ずこの道を通る必要がある。普通の学校にあるような所謂裏門はこの学校には存在しない。

 そのため、登校時だけでなく下校時にも必ず賑わいを見せるのがこの道だ。

 冬休みが間近に迫ってきたこともあり、生徒たちの様子はより浮ついている感じを受ける。

 それぞれの会話はしっかりとは聞こえないが、冬休みは何をするとかどこに行くとか、そういった声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 まったく、羨ましいことこの上ない。

 俺は冬休みの予定がほとんど埋まってないからだ。もはや当たり前のようにと言っても過言じゃない。

 

「はあ……」

 

 自然とため息が出る。

 ぼっちでみじめな学校生活を送っていることに対して。

 しかしこのため息にはそれだけではなく、もう一つの意味がある。

 俺の背後には、俺のことを追跡するような人影。

 それも以前のように1人じゃない。4人だ。

 Cクラスの龍園、石崎、山田アルベルト、伊吹。

 やはり、こういうことになったか。

 先ほどの俺のため息。そのもう一つの意味は……ここまでは狙い通りに来ていてほっとしている、ということ。

 俺はそこで並木道を外れ、狭い路地へと入っていく。

 すると必然、龍園たちも俺を追って路地に入る。

 賑わいのある通学路からの距離はどんどん遠くなっていき、気づけばそこには5人分の足音が響くのみとなっていた。

 何が起こっても、下校している生徒の視界には入らない。そう判断できる場所まで来たところで、俺は立ち止まった。

 4人はそんな俺を壁に追い詰めるような形で囲い、逃げ道を潰す。

 そして龍園が一歩前に出て言う。

 

「クク、まさかてめえの方から舞台を用意してくれるとはなぁ。随分と気前がいいじゃねえか」

 

「俺としては、大ごとにされる方が不都合なんだよ。先延ばしにするよりも、ここで片を付けてもらった方がいい。そのための努力はする」

 

「素直な態度は嫌いじゃないぜ」

 

 好かれようが嫌われようがどちらでもいい。

 この件は今日、この場ですべて清算する。

 今までそのために色々と動いてきたんだ。

 

「堀北から話は聞いたぞ。堀北の後ろにいるやつを探し出すとか言って、かなり大立ち回りをしたって」

 

 龍園がこんな大所帯で俺を追う理由なんて一つしかない。何の話だ、などと誤魔化すことなく初めからその話題を提供する。

 

「話が早くて助かるぜ。鈴音の裏でコソコソ動き回って、俺の計画を邪魔しやがったヤツを見つけ出して俺の前に引きずり出し、俺の手で潰す。これはそういう遊びだ」

 

 龍園は不気味な笑みを浮かべたまま、俺に一歩一歩近づいてくる。

 

「遊びか」

 

「そうさ。鈴音を潰すのもその裏にいるヤツを潰すのも、一之瀬を潰すのも全ては遊びの延長だ。坂柳までの前菜でしかねえんだよ」

 

 へえ、龍園でも坂柳のことは前菜扱いしないのか。

 そんなのんきな思考は、次の瞬間に打ち消されることになる。

 

「俺が探し求めていたヤツはてめえだな? 速野」

 

 その言葉と同時に、龍園の右手が俺の顔に迫る。

 そしてその手は俺の首を掴み、その勢いのまま壁に押し当てた。

 

「ぐぁっ……!」

 

 背中に強い衝撃が走り、首が絞まる。

 本当に遠慮がないやつだ。俺の逃げ道を塞いだ3人は、万が一の通行人の視線を遮断する壁と見張りの役割も同時に担っていたか。

 伊吹はともかく、石崎、そして特に山田アルベルトの圧倒的な体格によってこの場所は隠され、俺のこの現状が他人に伝わることはない。

 

「ぅ……ぁあっ……!」

 

「クク、ひ弱が過ぎるぜオイ。どんだけガリなんだよ。うっかり折っちまいそうになるじゃねえか」

 

「がっ……ぐぁぁ……!!」

 

「ああ、そうか。首が絞まってちゃ喋れねえよなあ」

 

 もう少しで意識が飛ぶ。

 その寸前で、龍園の手は俺の首から離れた。

 

「くぁ……はっ……はっ……」

 

 小刻みに呼吸を行い、体内に不足していた酸素を行きわたらせる。

 想定はしていたが、明らかにその手のことに慣れている手つきだ。

 ただ殴る蹴るだけじゃない。苦痛の与え方をよく知っている。

 

「待てよ……そもそも、堀北の裏には本当に誰かがいるのか……? ぐっ!!」

 

 再び龍園の手が俺の首を掴む。

 首が絞まり、意識が飛びかける。

 そして、またギリギリで解放される。

 

「いつまでとぼけてられるか楽しみだぜ」

 

 悪魔のような笑みだ。ただの煽りや演出じゃない。言葉の通り本当に楽しんでいるからこそ、ひしひしと感じとることのできる狂気。

 一刻も早く解放されたいと、逃げろと、本能がそう叫んでいる。

 しかし、それをまた別の理性で抑え込む。

 

「とぼける? 俺は何も……っぁ!」

 

 また始まる苦痛の時間。

 意識が飛びかける。

 寸前で解放される。

 その繰り返し。

 自分の中の理性を総動員し、持ちこたえる。

 

「ぁ……はあ、はあ……がほっ、げほっ……」

 

「話す気になったかよ? あ?」

 

 項垂れる俺の髪を掴み上げ、持ち上げる龍園。

 

「……俺は、体育祭の時に言ったはずだろ……俺なんかに構うなって」

 

「それこそが、てめえが鈴音の裏にいる『X』だって証拠だ」

 

「さっきから言ってる『X』って……? ああ、堀北の裏にいるやつを……そう呼んでるのか……もし俺がその『X』だとして、そんなことを言った理由はなんだよ?」

 

「俺の手から逃げ回るため、だろ?」

 

「だったら……そんな思わせぶりなことは言わないだろ……」

 

「そう言い訳できる材料を残してたってことだ」

 

「違う……お前は結論ありきで動きすぎだ……ぐあぁぁっ!!」

 

 再び首が絞まる。

 

「だったら、なんでてめえは鈴音の裏に誰かがいることを知ってやがる?」

 

 今度は意識の限界が来る前に、質問を終えるのと同時に解放された。

 

「くはっ……はっ……堀北の下でこれだけ馬車馬働きさせられてりゃ、嫌でも気づくことがあるんだよ……無人島でお前を出し抜いた堀北と、体育祭でお前に散々にやられた堀北が同一人物には思えない……はぁ……はぁ……なら、堀北以外の誰かが裏で糸を引いてるんじゃないかと勘繰るのは自然だろ……?」

 

「なら、なぜさっき誤魔化そうとした?」

 

 さっきというのは、堀北の裏に本当に誰かいるのか、という俺の発言のことか。

 

「誤魔化しじゃない……あれは確認だ……堀北の裏に誰かの存在を感じていても、別に証拠や確信があるわけじゃない……本人に聞いても当然何も答えない……でも、お前もそう感じてるなら、その勘が正しかった確率が上がる……だろ?」

 

 龍園は少し考える仕草を見せた。

 

「……クク、なるほどなあ」

 

「ぐあぁぁっ!!!」

 

 次の瞬間、再びあの地獄が訪れる。

 首が絞まると、必然的に頭が上を向くことになる。

 しかし、髪を引っ張られ、無理やり頭を正面に向かせられる。余計に首が絞まってしまい、苦痛が増した。

 

「ぐうぅ……っ!」

 

 それをしたのは龍園ではなく、龍園の指示を受けた伊吹だった。

 その表情からは心情はうかがえない。指示を機械的にこなしている感じだ。

 龍園は余った左手で端末を操作し、その画面を無理やり俺に見せる。

 

「お前の根性はよくわかったぜ。ヒョロガリのくせに中々肝が据わってやがる。俺の想定を超えたお前に敬意を表さねえとな。だから俺も次の手に移行してやる。こいつが誰だか分かるよなあ?」

 

「ぁ……ぁぐっ……」

 

 俺の目が見開かれる。

 端末の画面に表示されているのは、隠し撮りされたと思われる一枚の写真。

 Dクラスの生徒、軽井沢恵の姿が映っていた。

 

「お前が認めないなら、こいつをここに呼び出すだけさ」

 

 それを言い終えると同時に、ようやく解放された。

 

「がっ……はあ……はあっ……ごほっ、げほっ、げほげほっっ……!」

 

 今度は少し長い間絞められていたため、苦しさも大きい。今まではなかった吐き気まで催してきた。

 幾度となく咳き込みながら何とか呼吸を整え、話せるまでに回復する。

 

「……呼び出すって……こいつが、そんな訳のわからん呼び出しに……げほっ……素直に応じるとは思えないが……?」

 

 途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。

 

「過去をバラすと脅せば、素直に来るだろうぜ」

 

「過去……?」

 

 龍園から飛び出した『過去』というキーワード。

 軽井沢の過去に何があるというのか。

 俺は何も知らない。

 しかし、龍園はそれを掴んでいるという。それをネタに呼び出されれば、ここに来ざるを得ないと龍園が確信するほどに決定的な軽井沢の弱みを。

 そしてそれはおそらく……綾小路が軽井沢を従わせているネタでもある。

 

「クク、ククク……」

 

「……」

 

 その瞬間、龍園が笑う。

 

「なるほど、クク、ククク、なるほど、なるほどなあ。クハハハハハ!」

 

 もはや通行人のことなど気に留めていないのではないかというほどに高笑いをする龍園。

 石崎も伊吹も、何が何やら分からない様子。

 山田アルベルトは、相変わらず表情を変えずに立っている。

 そんな中で、龍園はギャラリーをそっちのけで、何かを得心したように一人で盛り上がっている。

 

「そうか、そうだったのかよ速野! お前の目的を今から言い当ててやろうか? 『軽井沢の弱みがなんなのかを探ること』なんだろ!?」

 

「っ……」

 

 言われた瞬間、心臓が跳ねる。

 ……そうか、こういう展開になったか。

 

「何……どういうこと?」

 

「外れだ伊吹。こいつは『X』じゃねえ。こいつをいくら詰めても尻尾は出さねえだろうさ」

 

「はあ!?」

 

 あからさまに苛立ちを見せる伊吹。

 

「あんたがさっき言ったんでしょ。『X』を潰しにいくって」

 

「なんだお前、素直に俺の言うことを信じ切ってたのか。案外可愛いところあんじゃねえか」

 

 そう返答され、伊吹は派手に舌打ちをかました。

 無人島試験の時からそうだったが、こいつは本気で龍園を嫌ってるな。それでも従っているのは、クラスが勝ち上がっていくために龍園が不可欠だと理解しているからか。

 

「ま、こいつが『X』の有力候補だったのは間違いねえ。だがここにきて違うと確信したぜ。軽井沢が『X』の駒だってのは間違いない。そこで軽井沢を脅すと突き付けられた時、『X』の対応は素性を認めるか、軽井沢を見捨てるかの二択だ。だがこいつはそのどっちでもなく、軽井沢の弱みを俺の口から吐かせるように会話を誘導しやがったのさ」

 

「2択って……あんたが勝手に言ってるだけでしょ、それは」

 

「俺と『X』はやり口が似てる。だからこそ分かることもあるってことだ」

 

 ほぼ完璧な推理だ。まったく弁解の余地もない。

 

「だが残念だったな。お前の思い通りにはいかない。本来俺には軽井沢の弱みをお前に隠す理由はねえが……なぶられ損になったお前の面を拝んでやりたくなったんでな。引き上げるぞ」

 

 用が済んだとなるや、さっさと取り巻きを連れて引き上げようとする龍園。

 しかし俺も往生際は悪い。それを引き留める。

 

「待てよ……俺が暴力を振るわれたことを学校側に訴えると言ったらどうする?」

 

 この暴力の隠蔽と引き換えに、軽井沢の情報を渡すという取引。

 石崎や伊吹は多少うろたえる様子を見せたが、龍園は一切動じていない。

 俺に対し吐き捨てるように言う。

 

「無駄な抵抗はみっともないぜ速野。訴えたけりゃ訴えてみな。監視カメラも目撃者もいない裏路地で、お前は一切の外傷を負っていない。首を絞めたときに俺の手がお前の首に触れてるが、皮膚から指紋は検出されづらいんだぜ」

 

 やはり……殴る蹴るをしてこなかったのは、暴力の証拠を残さないためか。

 流石に抜け目がない。

 

「あばよ。お前との遊びも中々楽しめたぜ。ま、楽しみに待ってな。運が良けりゃ、軽井沢の弱みが学校中にばらまかれるかもしれねえからな」

 

「い、いいんですか龍園さん。こいつ、『X』の正体知ってるかもしれませんよ」

 

 石崎が言うが、龍園は立ち止まらない。

 

「こいつがそれを知ってようが知ってまいがどうでもいいことさ。ま、どうせ知らされてねえだろうが、例え知ってたとしてもほっとけ。俺は楽しみは後に取っておく主義なんだよ。こいつを拷問して吐かせても面白くねえ。雑魚は引っ込んでな」

 

 そう言って、今度こそ龍園は立ち去った。

 もうそれを止める手立てもない。

 

「……げほっ、げほっ……ふう……」

 

 ボロボロになった俺は、そのまま壁にもたれかかる。

 龍園からの暴行で感覚が麻痺していたが、こうして少し落ち着いてみると、体が寒さを感じているのが分かった。

 12月も中旬から下旬に差し掛かろうとしている。それも当然だろう。

 空を眺める。

 何ともいえない曇り空だ。まったく、救いがないな今日は。O型と魚座は運勢が悪そうだ。

 

「……勝率は7割くらいあると踏んでたんだけどな……」

 

 誰の耳にも届くことのない呟き。

 げほ、と何度目かも分からない咳き込みをしてから、俺はこれまでの行動を振り返った。

 綾小路と軽井沢が繋がっていることを知った俺は、どうしてこの二人が繋がりを持ったのかを知るべく行動した。

 動いたのは主に体育祭。

 そこで龍園の視界に俺を入れた。

 騎馬戦では策を用いて龍園と戦った。その後、「競うべき相手は俺の他にいる」などとわざと含みのあるセリフを吐いた。

 いずれ龍園は堀北の裏で誰かが糸を引いていることに気付く。そうなればこいつは必ず興味本位でその誰かを探すだろう。

 事前にこのような餌を撒いておくことで、龍園は俺に対して強く疑惑の目を向けるはずだ。龍園の言葉を借りるなら、『X』は俺なんじゃないか、と。それもそれなりに高い確度で。

 その疑惑を晴らすわけでも深めるわけでもなく、絶妙なラインをキープしながら動いていけば、いずれは今日のようなことが起こる。ある程度の暴力を受けることも予想していた。

 龍園が動くとすれば、綾小路の手駒の軽井沢の弱みを握ったあと。それらをネタにして追い詰めようとすると読んでいた。

 つまり、軽井沢の弱みを知る龍園とそれを知りたい俺が、秘密裏に直接向かい合う機会が間違いなく生まれる。

 その機会こそが今日だったのだ。

 あとは実際の現場で上手く会話を誘導し、龍園の口から軽井沢が綾小路に従う理由を言わせるだけ、というところまで来たが……最後の最後で龍園の読みが上回ったか。

 俺にミスと言えるようなミスはなかった。しいて敗因を上げるなら、最後の方に龍園が言っていた、自分と『X』はやり方が似ている、という部分。龍園と『X』……つまりは綾小路がそこで通じ合っていなければ、俺の会話の誘導に疑問を持つ可能性も軽減されていたかもしれない。

 しかし言い訳はない。文句なしで俺の負けだ。

 だが、今日のもう一つの目的は果たせた。

 俺が『X』とは別でチョロチョロ動いていただけの小物と知ったことで、龍園は俺から興味を失っただろう。

 『X』の正体を俺は知らないと龍園が誤解していたことがその証拠だ。

 無人島で俺が派手に動いたことも、『X』が堀北に指示を出させていたという線で解釈するはず。

 そして船上試験ですべての優待者を見抜いていた龍園なら、俺たちのグループのポイント増減の詳細も計算して気づいているはず。しかしそれも、すべて裏にいる『X』が絡んでいたと考える。

 龍園は『X』に執着し、そして自分を楽しませる存在として過度ともいえる期待を寄せている。多少無理やり『X』と絡ませたとしてもあいつは納得するだろう。

 散々俺の首を絞めたことで、体育祭で俺に砂粒をぶつけられたことへの腹いせも済んだ。

 龍園に、完全に俺を制圧できたと思わせることができた。

 これで俺は、ペーパーシャッフル前の堀北と同じくらいの立ち位置になったはずだ。

 つまり、完全に清算が済んだわけだ。

 これでいい。

 軽井沢の弱みは知れずじまいだが、最低限のノルマはクリアできた。

 端末を手に取り、電話をかける。

 

「もしもし? ……ああ、全部狙い通りとは行かなかった。でも最低限はできたよ。だからあとは取引の通りに頼むぞ……綾小路」

 

 

 

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