実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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『X』との取引

 それから2日後のこと。

 今日は2学期最後の登校日だ。

 終業式を終えた俺たちは、その後1時間ほど各々の教室で冬休み中の注意事項やその他の連絡事項を伝達され、終わり次第帰宅、という流れになっている。

 そのためクラスによって帰宅時間にはバラツキがある。

 先ほどから少し廊下が騒がしいが、これは俺たちより先に帰宅を告げられたクラスによるものだろう。

 

「今朝のホームルームでも説明したが、今日は部活も休みだ。できる限り早く下校するように。以上だ」

 

 最低限のことを生徒に伝え、茶柱先生は教室をあとにした。

 教室が一気に騒がしくなる。

 ま、これで2学期が終わり。明日から休みとなればテンション上がるだろうな。社会人だって休みの前日の夜は飲み歩いて騒ぐんだから、高校生としては当然の反応だ。

 

「げほっ……」

 

 椅子から立ち上がった瞬間、少し咳き込んでしまう。

 

「あなた、昨日から咳き込んでいるけれど風邪?」

 

 そんな俺に、堀北が聞いてくる。

 

「ん、ああ……最近冷え込んできたからなあ」

 

 と、適当に返しておいた。

 堀北の言う通り、確かに俺は昨日から少し咳の症状が出ている。

 しかし実際のところは風邪でもなんでもない。

 ただ龍園に絞められた首のダメージの影響が出ているだけだ。

 

「くれぐれも私に移さないでね」

 

「なら早く帰れよ。冬休み中に会うことはないだろうし」

 

「そうね。そうさせてもらうわ」

 

 お互いに憎まれ口をたたき合い、堀北は教室を出て下校した。

 ま、この咳き込みは今日にでも収まるだろう。俺としては昨日で収まると思ってたんだが、感覚のずれで少し読み違えたらしい。

 荷物を片付け、バッグを持って教室を出る。

 その最中、俺は気づかれないように一人の生徒の背中を追っていた。

 その生徒とは軽井沢だ。

 先ほど堀北と会話をしている間、軽井沢が一瞬綾小路に視線を合わせたのを見逃さなかった。

 それで悟った。

 龍園の決行日は今日なのだと。

 間違いなく軽井沢は龍園に呼び出されている。俺の時のように過去をバラすと脅して。

 しかし、どこで何をするかまでは分からない。

 それを探るために、軽井沢の背後を取っているというわけだ。

 追いかける対象は、理論上は綾小路でもいいんだが、それだと尾行がバレてしまう恐れがあるからな。

 綾小路にはあまり妙な動きを悟られたくない。言い訳するのも面倒だし、それで取引を反故にされるなんてことになったらたまらない。

 バレないように尾行を続ける。

 俺はこのために、昨日からわざわざ色の違うコート二着を持ち歩いていた。

 絶対に見失わないように。且つ周囲の人間に怪しまれないように。

 学校を出た軽井沢は、いつも遊んでいるであろうメンバーとともにケヤキモールに向かった。

 そこで昼食やらショッピングやらを楽しんでいた。

 当然、俺はそこでも軽井沢から目を離さないように行動していた。さすがに女性服売り場に入った時は距離を取ったが。

 それから1時間半ほどが経過したころだろうか。

 遊んでいた女子グループから軽井沢が離れ、単独行動を始めた。

 

「……いよいよか」

 

 ケヤキモールを出た軽井沢の足は、学校に向かっている。

 軽井沢の行先が分かったところで、俺はいったん尾行を止めて立ち止まり、ある人物に電話をかけた。

 数コールののちに、その人物は電話に出る。

 

「もしもし」

 

『どうしたんだ突然』

 

「いや、悪いな幸村。いま綾小路たちと一緒か? 後ろがちょっと騒がしいが」

 

『ん、ああ。みんなでケヤキモールにいる』

 

「あー……そうか。悪い、ならまた今度でいいや」

 

『別に今でもいいぞ』

 

「いやいい。大した用じゃないからな」

 

『そうか……なら分かった』

 

「悪いな」

 

 そんなやり取りののち、電話を切った。

 綾小路はまだケヤキモールから動いてないみたいだな。

 ならいい。綾小路がすでに校舎内に戻っていたら、そこで鉢合わせることは対策のしようがないからな。

 一安心したところで校舎の方向へ目を向けると、軽井沢が玄関に入って靴を履き替えるところだった。

 

「おっと……」

 

 校舎内で見失うと面倒だ。少し駆け足で玄関に向かい、靴は履き替えずに裸足で校舎の中に入った。

 ちなみに、荷物は俺とは全く関係ない3年生の靴箱のそばに放置した。

 いずれ綾小路が戻ってきたときに、馬鹿正直に俺の靴箱にバッグが置かれていたら怪しまれるだろう。念のため外履きもバッグの中に入れておいた。

 今日は全クラスに早めに帰宅するよう促されていたためか、校舎内には誰もおらず、まさにもぬけの殻だ。

 軽井沢は尾行されているなどとはつゆも知らずに行動しているので、空っぽの校舎内にその足音が響き渡っている。そのおかげである程度の距離を空けても正確に後を追うことができた。

 軽井沢はどんどん階段を登っていく。

 2階から3階、3階から4階……そして最後に、屋上へと続く階段を登っていった。

 

「っ、何よあんた……」

 

 直後、そんな声が階段に響く。

 尾行がバレたか、と一瞬思ったが、どうやらそうではない。

 おそらく屋上の扉の前に門番のように立っている生徒がいて、それを見た軽井沢の発言だろう。

 少ししてから、屋上のドアが開くキイッという音、そして閉まるバタンという音が聞こえてきた。

 軽井沢が入ったか。

 そこから少し時間が経過し、再び屋上のドアが開かれた。

 そして階段を速いスピードで降りるバタバタという足音。

 俺はすぐに身を隠してやり過ごす。

 視線をやらなかったため、誰が下りてきたのかは分からない。

 少しして、今度はゆっくりとした足音が聞こえてきた。

 それに合わせて、若干ではあるがチャプンという水音も聞こえてくる。

 

「結構重いなこれ……龍園さんは何に使うつもりなんだ? バケツに水なんて……」

 

 聞こえてきたのは石崎の声だった。

 先ほど忙しなく階段を下りてきたのは、どうやら龍園の指示でバケツに水を汲みに行っていたかららしかった。

 

「……」

 

 いや、本当に何に使うつもりなんだろうか。

 軽井沢にぶっかけるか?

 いや、濡れれば当然ながら軽井沢に跡が残る。軽井沢がそれを証拠に学校側に訴え出ればそれで終わりだが……いや、そこで軽井沢が握られている弱みが効力を発揮してくるのか。

 学校側に訴え出ればその弱みをばらまくぞ、とでも言えばいいだけ。

 そうすれば軽井沢も、そして今後も軽井沢を利用し、且つ自分の正体も隠したいはずの綾小路も屋上でのことは秘密にするはず。

 となるとやはり、あの水はいわば拷問器具のようなものってことか。

 えげつないことをするな、龍園も。この寒空の下で水でもぶっかけられれば、身体に異常をきたすのに数分もかからないだろう。

 その後、2回ほど石崎が往復して水を汲みに行っていた。

 容易に想像できる軽井沢の惨状を思い浮かべながらも、俺は身を隠す。

 そしてそこからしばらく経ったとき……いよいよ姿を見せた。

 綾小路。

 もう一人茶柱先生も連れている。

 二人とも山田アルベルトが控える階段からは十分に距離を取って、俺と同様息をひそめていた。

 何やら二人の会話が聞こえてくるが、距離が離れているためほとんど聞き取ることはできない。聞こえても、こもった声がごくたまに俺に届くだけだ。

 それから数分後。まったく想定外の人物がそこに現れた。

 堀北学、元生徒会長だ。

 元々、綾小路がここに来る際に誰かをこの件の証人として連れてくることは予想できていた。

 茶柱先生を連れてきたのを見てこの人に頼んだのかと思っていたが、本命は堀北先輩だったか。ここは少し読み違えた点だ。

 堀北先輩が到着すると同時に、綾小路はその場を離れ、屋上へ続く階段を登っていった。

 綾小路が屋上に出たのを確認して、俺は身を潜めていた場所を離れ、茶柱先生と堀北先輩の前に姿を現した。

 

「お前……」

 

「驚いたな。まさか速野、お前まで来るとは」

 

 二人とも俺の登場に驚いている様子。

 

「綾小路と茶柱先生がここに来る30分以上前からいましたよ。隠れてましたけど」

 

「そうだったのか……」

 

「軽井沢を追ってたので」

 

「お前は知っているのか。今から屋上で起こることを」

 

「知っているというか、予想ですけど……殴り合いでもするんじゃないですか」

 

 恐らくそうなる。

 龍園がそういう舞台を整えた。……と、そう見せかけ、綾小路がそうなるよう誘導していたからだ。

 

「なぜお前はここにいる? 綾小路から事前に知らされていたのか」

 

 茶柱先生はその点が気になるようだ。

 

「……知らされていた、というのは正確な表現ではないですけど。ただ俺がこの場にいることに関して、綾小路は不承知ですよ。なので俺がここに来たことは、綾小路にも、もちろんそれ以外の生徒にも伝えないようにお願いします」

 

「願うのは勝手だが、私たちがそれを守る保証はないぞ」

 

 おっと、そう来るか。

 妙にあたりがきついな。

 

「……先生はたぶん、進んでここに来たわけじゃないですよね。軽井沢の過去やクラスの行方などを盾にとられて、仕方なくここに来たんじゃないですか?」

 

「……」

 

 答えないが、どうやら図星のようだ。

 俺が軽井沢の過去を具体的には何も知らないことを、先生がこの場で判断する手段はない。

 

「なら、俺も似たような手段を取るだけです。もしくは、先生が綾小路にしたことを学校側に報告する、ということでもいいかもしれません」

 

「……」

 

 それを聞いて押し黙る先生。

 まあ、この人も本気で報告しようとしていたわけじゃないだろう。さすがに先生側に利益がなさすぎる。その程度のリスクリターン計算ができない人ではない。

 

「……なぜここに来た?」

 

「もちろん……この件の結果を知るためです。俺にとっても割と重要なことなので」

 

 俺は初め、姿を現すことなくずっと身を潜めているつもりだった。

 しかしこの人が来たことにより、その必要がなくなった。

 

「堀北先輩にお聞きしたいんですが」

 

「なんだ」

 

「綾小路が腕っぷしの面で誰かに負けるところ、想像できますか?」

 

 茶柱先生は、なぜそんな質問を堀北先輩にするのか疑問に思っているだろう。

 しかし先生がそれを知る必要はない。

 堀北先輩は俺の質問に対し、少し考えてから答えた。

 

「そうだな……素人、いや、多少の手練れが相手でも、まず想像できない。屋上にいるのが5人以内なら、軽くひねってしまうだろう」

 

 言葉を濁したりすることなく、そう言い切った。

 

「……龍園や山田アルベルトみたいな喧嘩自慢が揃っててもですか」

 

「ああ」

 

 なるほどな。

 この人が言うのであれば、まず間違いはないだろう。

 

「ありがとうございます。……そういうことなら、俺の用事は済みました。これで帰ります」

 

 二人に軽く頭を下げ、俺はその場を立ち去った。

 その人の実力は、実際に対決した人間にこそ分かる。

 堀北先輩があそこまで言っているのだ。綾小路が龍園たちに負けることはない。

 なら大丈夫だ。俺と綾小路の取引は、確実に達成される。

 

 その翌日……龍園がCクラスのリーダーを降りた、という噂が、1年生の間で流れ出すことになった。

 

 

 

 

 

 1

 

 時間は少し前に遡る。

 龍園が高円寺を訪ねてDクラスの教室の来た翌日の放課後。

 俺は綾小路を自室に呼び出した。

 

「悪いな、急に呼び出して」

 

「いや、暇だったから構わないが……」

 

「とりあえずそっち座ってくれ」

 

 そう言って促した先には、一人がけの座椅子と丸テーブルが置いてある。

 ポイントに余裕が出たことで、つい最近購入したものだ。

 最近はここで夕飯を食べることが多い。

 元々は勉強机で済ませていたのだが、キレイに使うよう心掛けていてもどうしても汚れてしまう。このままでは教科書類にまで汚れがついてしまう恐れがあると判断した。

 これらを購入したことで、かなり過ごしやすくなった。今まで腰かける場所といえば、勉強机とともに備え付けられていたキャスター付きの椅子とトイレの便座くらいだったが、そこにこの座椅子という選択肢が増えることで精神的にかなり楽になった。所謂「QOLの向上」というやつだ。購入時には全く意図していなかった点だったため、いまは購入してよかったと素直に思っている。

 丸テーブルにコップに入れた水を置く。これは綾小路の分。

 自分の分は勉強机に置き、備え付けのキャスター付きの椅子に腰かけた。

 

「それで、一体何の用だ」

 

「龍園の件についてだ」

 

 遠回しに言っても仕方のないことなので、単刀直入に告げる。

 

「龍園がどうかしたのか」

 

「いま、龍園が堀北の裏で動いていた人物……まあつまりお前なんだが、探し出そうと大きく動いてるだろ」

 

「みたいだな」

 

 さすがに黒幕が自分だって点をとぼけるようなことはしないよな。

 

「その件に関して、今日はお前と取引をしたいと思ってここに呼んだんだ」

 

「……オレと取引?」

 

「ああ」

 

 と言っても、現時点でのこいつは素直には応じないだろう。

 まずは、俺が取引相手たり得るとこいつに認識してもらう必要がある。

 

「前提条件から確認するぞ」

 

 水を一杯飲んで喉を潤してから、話を始める。

 

「まず綾小路、お前はCクラスにスパイを放ったよな。そして体育祭の時、そのスパイから堀北を潰す策を龍園が練っているという情報を手に入れ、その策を龍園が口に出している録音を提供させた。そして龍園と堀北が話し合っている時間帯を見計らって、それを龍園の端末にフリーアドレスで送り付けた」

 

「……」

 

 ここまでは、現場にいた堀北から話を聞けば分かる領域だ。当然それだけで綾小路が驚くことはない。

 なので、俺はそこからもう一歩踏み込む。

 

「お前が放ったそのスパイは三人。真鍋志保、山下沙希、藪菜々美、だろ」

 

 そこで初めて、綾小路のまとっている空気に変化があった。

 これは本来俺が知り得ない情報。綾小路も、俺がここまで知っていることなど想定外だっただろう。

 

「全員、船上試験でお前と同じグループだった生徒だ。たぶんそこで何かあったんだろ。これはただの憶測だが、行動を起こしたのは船上試験完全自由日の3日目、俺たちが佐倉から話を聞いた後に地下に降りたときじゃないのか。あの時のお前は少し妙だったからな」

 

 これに関しては付け加えの要素だ。当たっていてもいなくてもどちらでもいい。だが、様子を見ている限りではあながち的外れでもなさそうだ。

 

「そして何らかの形でその3人を支配下に置いたお前は、そいつらをCクラスのスパイに仕立て上げた。おかげで堀北はポイントを搾り取られずに済んだわけだ。ただそれはお前の本当の目的じゃなかったんだろ」

 

 たとえ堀北が龍園と櫛田に土下座をし、ポイントを取られていたとしても、こいつにとってはどうでもよかったんだろう。

 結果としてDクラス、そして堀北にとっては最高の形での幕引きとなったわけだが、それはあくまでも副産物でしかない。

 

「お前が三人をスパイにしたのも、あのタイミングで録音を龍園に送り付けたのも……堀北の裏で動く何者かの存在を、龍園に対して強烈に印象付けるため。そしてそれを受けた龍園が黒幕探しを始めるように仕向けるためだ」

 

 堀北の屈伏に成功したと思ったところで、あの録音が送り付けられる。龍園にとってこれ以上の衝撃はないはずだ。

 誰が邪魔をしたのかを突き止めにかかるのは目に見えている。

 自分の存在を隠し通す方針で動くなら、スパイにしか手に入れられないあの録音を龍園に送りつける理由がない。

 何者かがスパイ行為を働いたという事実から、Dクラスの中にそのスパイを送り込んだ何者かがいるということを嗅ぎつけられるからだ。

 

「そして次にペーパーシャッフルだ。お前、堀北と櫛田との賭けに自分から巻き込まれに行ったらしいな。それはおそらく、今後邪魔になる可能性の高い櫛田を排除……退学に追い込むための下準備だ」

 

 話の時系列が移っていく。

 

「カラオケの件が妙に気になってたんだよ。軽井沢が急に暴走しただろ。あれは間違いなくお前の指示だ。軽井沢に櫛田のブレザーを汚させ、櫛田がその替えを持っていないか確認する。替えがなく、今着ているこの一着しかないと確認出来たら、軽井沢にカンニングの材料を仕込ませる。その証拠もあるぞ」

 

 俺は端末を操作し、ある写真を綾小路に見せる。

 

「これは……」

 

 櫛田のブレザーと、その胸ポケットに仕込まれた数学の問題文の記述があるプリント。少しブレてはいるが、はっきりそれと分かるものだった。

 

「そしてお前は龍園と取引したんだろ。そしてCクラス側の数学の問題を入手した。それをさっき言った櫛田のカンニングの材料に使った。櫛田は事前に問題を入手してただろうからな。カンニングを摘発されれば退学になってもおかしくはない。それに加えて、試験中の櫛田の反応からすると数学の問題も差し替えさせたな? これで櫛田は賭けに負けた。お前も堀北も退学を免れたわけだ」

 

 龍園がこの取引に応じた背景には様々なものがあるんだろうが、そこまで推し量ることは俺にはできない。

 しかしこの場の説明としてはこれだけで十分だ。

 次に、唐突に出てきた形になった軽井沢についての説明を始める。

 

「お前と軽井沢が何らかの形でつながっているのは、夏休み最終日、プールに行ったときに気付いた。まず……池、須藤、山内の3人が、女子更衣室の覗きを画策していた。違うか?」

 

 再び綾小路の感情が揺れるのを感じる。

 

「そしてその対処を、どうやら軽井沢にやらせてたみたいだな。俺はそこでお前と軽井沢が繋がってるんじゃないかと疑問を持った。確信に至ったのは帰り際だ。俺たちが全員更衣室に引っ込んだと思って、軽井沢と軽く遊んでたのは迂闊だったな。それを見てから、軽井沢がお前を見る目が夏休み前と全く違っているのに気づいた」

 

 その点は綾小路の失策だったといえる。

 

「軽井沢と繋がりを持ったのは、さっきの三人と同様船上試験の時だろ? 軽井沢も同じグループだった。そこでお前は軽井沢の弱みを握って支配下に置いた。その弱みは、お前がスパイに仕立てたさっきの3人も知ってるな。そして3人のスパイ行為はいずれ龍園の知るところになる。そうなれば軽井沢の弱みも龍園に伝わる。当然龍園は、それを黒幕探しのための材料に使う。お前はそれを想定済みで、いやむしろ狙って行動していた」

 

 何も言わず、黙って話を聞いている綾小路。

 

「次は未来のことについてだ。お前の思い描く未来は……龍園が軽井沢を呼び出し、黒幕を聞き出そうとする。事前に握っていた軽井沢の弱みを突いて、しつこく揺さぶってな。そしてお前もまた龍園のもとに出向いて決着をつける。場所がどこであるにせよ、取っ組み合いの喧嘩でもするつもりだろ。そこでお前が龍園を完膚なきまでに叩き潰せば、お前は軽井沢の秘密も自分の正体も知られず、すべてを片づけることができる」

 

 ここまでが、ずっと綾小路が思い描いていたシナリオのはずだ。

 こいつはそれを船上試験の時点から考えていたことになる。

 いや、まったく末恐ろしいことこの上ない。

 

「まあ、ところどころ少し違う点があるかもしれないが……大筋ではこうだろ? 少なくとも、俺との取引を無視できなくなるくらいにはなったんじゃないか」

 

 俺は別に、今まで綾小路がやってきたことを正確に言い当てるゲームをやっているわけじゃない。

 ここまでは前提条件。

 本題はここから、取引に応じさせることだ。

 

「……正直、お前が何らかの策を打っていることには気づいてたが……ここまで見抜かれているとは思ってもみなかった。どんな取引がしたいんだ?」

 

 そう言って、素直に交渉のテーブルについてくれた。

 よし、これで第一関門は突破だ。

 

「お前も話を聞いてて気づいたとは思うんだが、俺はお前がCクラスの3人と軽井沢を支配下に置いた手法も、軽井沢の弱みも知らない。そして俺はそれを知りたいと思ってるんだ」

 

「それを言えばいいのか」

 

「いや、関連のある話ではあるが、取引そのものとは全く別だ。俺はそれを自力で突き止めるつもりだよ」

 

「自力で?」

 

「ああ。恐らく近日中、龍園が俺に接触してくるはずだ。今までのような監視や追跡じゃない。半分くらいは俺を黒幕だと断定して、潰すつもりで来るだろうな。お前の想定している暴力も、ある程度は使われるはずだ」

 

 龍園がそれくらいのことを仕掛ける予想ができるほどに、俺は布石を打ってきた。その時点で、それくらいのことを受け入れる覚悟はできている。

 

「もちろん俺は認めない。まあ認めるも何もそもそも俺じゃないしな……ただ龍園はおそらく、しびれを切らして軽井沢をゆすりのネタに使ってくる。その時に上手く会話を誘導して、軽井沢の弱みを龍園の口から言わせる、ってプランだ。状況にもよるが、成功率は7割くらいだと思ってる」

 

 まあ、この数字にはそこまでの意味はない。ただの直感だ。

 

「ただ、龍園が軽井沢の弱みを言う前にしろ後にしろ、恐らく龍園は俺の狙いが『軽井沢の弱みを聞き出すこと』だと気づくはずだ。そうすれば龍園は俺が黒幕でないと判断し、一気に興味を失う。そのあとに控えた黒幕との決着に向けて準備を進めるだろう。そこで頼みたいことがある」

 

「ここでか。何をすればいいんだ」

 

「俺は今まで、かなり独自に動いてきた。無人島だけじゃない。船上試験でもだ。その動きを今から説明する」

 

 そして、俺は船で藤野に説明した通りのことを綾小路にも説明した。

 優待者の法則を突き止めたこと。自分が特殊グループに配属され、それを利用して大量のポイントを入手したことも。

 もちろん、藤野のことは一切口に出さず、実際にポイントのやり取りをした和田は葛城派の人間だったということにしておいた。

 

「お前に頼みたいのは……この2件を、どちらもお前が裏から指示を出していたことにしてほしいんだよ」

 

 こちらの頼みを口にする。

 綾小路は一瞬の思考のあと、すぐに納得顔になった。

 

「……なるほどな。堀北の裏にいる人物に異様なこだわりを見せる龍園なら、多少無理筋な絡め方でも納得するだろう」

 

「そういうことだ」

 

 さすがに理解が早い。

 要するに、俺を龍園の視界からフェードアウトさせるための手助けをしてほしいのだ。

 言ってしまえば、『X』を俺の隠れ蓑にするということ。

 堀北のようにな。

 

「……そっちの要求は分かった。だが、取引というからには互恵関係なんだろう。お前はオレに何をするんだ?」

 

 そうだな。次はそれについて話さなければならないだろう。

 

「もしお前がそのように対応してくれるなら……」

 

 こちら側の行動を伝える。

 

 ここに、Xとの取引が成立した。

 

 

 

 

 

 2

 

「龍園をしっかりボコったみたいだな、綾小路」

 

 冬休みの初日。

 俺は昼頃に綾小路に電話を入れた。

 

『取引の通りにしておいた』

 

「助かる」

 

 龍園がCクラスのリーダーを降りたという噂。

 そして綾小路の名前も軽井沢の名前も、俺の名前も一切出ていないという事実。

 綾小路が取引通りに動いたという証拠だ。

 

『お前の決行はいつだ?』

 

「気になるか」

 

『答えたくないなら答えないでもいい。聞いてみただけだ』

 

 いや、別にそういうわけじゃない。

 

「……そうだな、先に延ばしてもいいことはないし、今日にでもやるか」

 

『わかった』

 

 安心しろ。しっかりこなす。

 取引を違えることはない。お前とは絶対に敵対したくないからな。

 

 

 

 

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