実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
堀北は須藤という相棒を手に入れた。
綾小路は、軽井沢という駒を手に入れた。
なら俺はどうだ。
手に入れるしかないだろう。
自分だけの武器を。
最後の決着のため。
2学期の集大成だ。
1
12月下旬、某日。
俺はいま、ある人物と待ち合わせをしている。
現在地は、寮を通り過ぎたところにあるバスケットコート。1学期、俺が始めて佐倉と話した場所だ。
少し懐かしいな。確かあのとき佐倉はアイドルとして自撮りをしていて、俺に見つかったことに焦って逃げようとして電柱に追突したんだっけ。
そんな佐倉も、今では綾小路や長谷部たちのグループで一緒に行動していると聞いた。子供の巣立ちを見守る親鳥の心境ってこんな感じだろうな。違うか。
「うー、さむ……」
そんなどうでもいいことを考えて寒さを紛らわせようとしたが、結果は失敗だ。ポケットに仕込んであるカイロを両手で持ってなんとか暖をとる。
もう完全に真冬だ。それに夜ともなればさらに気温が下がる。
端末で調べると、現在の気温は6℃だそうだ。そりゃ寒いに決まってる。
唯一の救いは風があまり強くないことか。
初雪はまだ観測されていないが、近々降るだろう、と天気のお姉さんが言っていた。
ここ最近は、雪が降らない所謂グリーンクリスマスが続いていたが、ホワイトクリスマスも期待できるかもしれない。
といっても中学の頃、俺にとって雪に関するいい思い出はなかったが。今年は綺麗な雪景色を素直に綺麗だと思えたらいいなと考えている。
俺がここにきて5分ほど経過したころだろうか。外灯に照らされ、こちらに向かって歩いてくる人影が見える。
この距離ではまだ誰かお互いに判別することはできないが、だいたい誰かというのは見当がつく。
「……速野くん? なんでこんなところにいるの?」
本当に疑問に思っているような表情で、首を傾げて問いかけてくるその少女。
「実は人を待っててな」
「へえ、そっか」
いつもの笑顔で、俺の目の前に佇んでいた。
その少女は、俺の隣に立ったところで立ち止まる。
「私もここで待ち合わせなんだよね」
「……そうなのか」
それはまた、面白いことも起こるもんだな。同じ時刻、同じ場所で待ち合わせなんて。
まあ、ちょうどいい。始めるか。
「なあ、一つ相談していいか?」
隣に立つ少女に、そんなことを問いかける。
「相談? うん、いいよ」
承諾されたので、俺は早速話し始めた。
「実はいま、ちょっと厄介なことがクラスで起こっててな」
「え、どんな厄介ごとかな。ちょっと把握できてないかも」
「まあ、それでも不思議はない」
その厄介ごとはほんの僅かな人間しか知らない。
「体育祭、覚えてるよな」
「もちろんだよ。負けちゃったけど、あの時からクラス一丸で、って感じになったよね」
「そうだったな」
あそこがDクラスの一つのターニングポイントだ。堀北が一皮向け、須藤に心境の変化があった。現時点でクラスに必要不可欠であろう2人の大きな成長は、Dクラスに確実にいい影響を及ぼしている。
「あの時、妙に堀北がCクラスから狙われてたの、分かったよな?」
「うん。少し可哀想だとは思ったけど……でも、堀北さんすごく優秀だから、マークされちゃっても仕方ないのかも」
「でも、変だと思わないか。騎馬戦で集中攻撃食らうのはともかくとして、ランダムのはずの徒競走で、あいつは全部の出番でCクラスの陸上部2人とかち合った」
「そういえば、平田くんがみんなに説明してたよね。参加表がCクラスにバレちゃったみたい、って。たぶんその影響なんじゃないかな」
「ああ、俺もそう思う」
重要なのはここからだ。
「なら、どうして漏れたと思う?」
少女に質問する。
「私にはちょっと分からないけど……管理してた私たちの責任は大きいと思う。だからすごく反省してるよ」
「多くの人はそう思ってる。でも考えてもみてくれ。授業中や昼食時間中、休憩時間中といったDクラスの生徒が大勢いる時間帯はもちろん、そうじゃない早朝にも放課後にも、Cクラスの生徒はDクラスの教室には一切出入りしなかった」
「私たちが見逃してた、ってこともあり得るかも」
「万が一そうだとしてもだ。メモにも参加表にも多くのダミーがあって、どれが本物かを見分けることは知っている人間以外にはできないだろ。何度も何度も見比べれば多少絞り込めるかもしれないが、それが可能になるほどの回数見逃すなんて考えられるか?」
徐々に外堀を埋めていく。
「じゃあ、速野くんはどうしてだと考えてるの?」
「誰かが参加表をCクラスに渡した」
悩むことも遠回しに言うこともなく、ストレートに即答した。
「そして、そんなことをしでかしたDクラスの裏切り者が……」
目線を外さず、むしろより強めて、俺はその先の言葉を口にした。
「櫛田、お前だよな」
核心の一言を告げても、櫛田の表情はあまり変わらない。
だが、しっかりと見ていればわかる。ほんの僅かだが、櫛田の纏う雰囲気が強張った。
「……やだな。どこから聞いたの?」
「別にどこからってわけじゃない。俺が自分で突き止めた事実だ」
堀北からも綾小路からも一切情報提供は受けていない。俺が独自で動き、掴んだ。
「だから、今日はその真偽を確かめようと思ってここにお前を呼んだんだ」
櫛田がここを通りかかったのは偶然じゃない。俺が呼び出した。いや、正確には櫛田が来ざるを得ないようにした。
「……じゃあ、このメールはやっぱり速野くんが送ったんだね」
「ああ。フリーアドレスを使った」
わざわざいらぬ情報を交渉相手に与える必要はないからな。
「どこでこんな映像を手に入れたかは分からないけど、あれ、なんの映像なの? 私覚えがなくって」
俺が櫛田に送ったメールの中身は、龍園とのつながりの指摘だ。
Dクラスの優待者の情報を龍園に流したこと。参加表を龍園に漏らしたこと。そして龍園とともに堀北に土下座を強要しようとしたこと。
言い逃れができないように証拠映像も添付して送ったんだが、あくまでもシラを切るつもりか。
案外肝が据わってるな。
まあ、いいだろう。
「本当に覚えがないか?」
「うん。ちょっと分からない」
「そうか……俺にはこれが、体育祭の参加表の画像を写真にとっているようにしか見えないんだけどな」
送りつけたメールに添付されている映像を流しながら、徐々に徐々に、真実に迫っていく。
「あ、思い出したよ。確かに写真に撮ったよ。忘れないようにって」
「事前の確認で、参加表の写真は絶対に取らないどころか、できるだけ手に触れることすらないように、って決めてただろ」
「ごめん、うっかりしちゃってたな」
なるほど。そう来るか。
まあ確かに、この映像から分かるのは「櫛田が事前の約束を破り、参加表を写真に撮った」ということだけ。それを龍園に流したかどうかの証拠にはならない。
これだけでは、櫛田をおびき出す材料にはなっても、とどめを刺すことはできない。
「なるほど。……自分で認めて欲しいってのはあったんだけどな」
「認めるも何も、私は何もしてないよ?」
いつもの櫛田だ。
そんな顔をされると信じてやりたくなる。こいつが裏切っているなんて信じたくない。そう思う人間が何人いることか。
だが、俺はさらに強く踏み込む。
「……本当か?」
再度、疑いの目を向けて櫛田に確認を取る。
「うん。私、Dクラスが好きだから。裏切るなんてできないよ」
あくまでもいつもの笑顔でそう答える。
ならば、と、俺はさらに踏み込んで行くことにした。
「そうか……つまり、これ以上は何も出て来ないんだな?」
そう言うと、再び櫛田の雰囲気が僅かに強張るのがわかった。
「……どういうこと、かな?」
「お前が裏切ったと思わせるようは証言やら証拠やらは、もう出て来ないんだな?」
「それは分かんないよ。他のクラスの人が混乱させるためにそんなことをいい出しちゃう、なんてこともあるかもしれないし。でも私は本当に裏切るなんてことはしてないよ。それを言い続けるだけだから。信じて、くれないかな?」
一歩詰め寄った櫛田は、懇願するような目で俺の顔を見つめてきた。
表情を変えずに、俺も櫛田の顔を見返す。
可愛い。
完璧な笑顔だ。
素直にそう思う。
そして何より……薄ら寒い。
「なら、これも頑張って否定してくれ」
俺は端末を取り出して操作し、「あるもの」を再生した。
少しくぐもってはいるが、聞き取るには十分な解像度だ。
『先生。期末テストの問題を提出しに来ました』
端末から流れてくる、ひとりの少女の声。
『わかった。受理しておこう』
『それから先生、一つお願いがあります』
『なんだ櫛田』
『この問題文と解答は絶対に漏らさないでください。それから、私以外の誰が提出しに来ても、受け取るだけで保留にしてくれませんか』
『どういう意図だ櫛田』
『問題文をすり替えようとす「もういい。やめて」
まだ再生の途中ではあるが、櫛田の声に応じて停止する。
「……最初から私が裏切り者だって証拠を持ってたんだね」
こういった流れで展開していけば、逃げ道が狭まると考えた。
事実、ここまでのやり取りの中で櫛田は自らで自らの首を絞め、もう言い逃れできないところに来てしまった。
もっとも、弁明なんてつもりもないみたいだけどな。櫛田の様子を見ていればわかる。
学校では見せない、異様な雰囲気。普段はくりくりとしている目は釣り上がり、怒気とも怨恨とも取れない、黒々しい、禍々しいオーラを纏った櫛田がそこにはいた。
なるほど……これが「裏切り者」の櫛田か。初顔合わせだ。
「もう隠す気は無いようだな」
「馬鹿にしないで」
人っていうのはこんなに豹変するものだったんだな。改めて目の当たりにすると少し驚いたが、努めて冷静に会話を進める。
「それで……何これ。どうやってこんなもの手に入れたの? 教室の映像に茶柱先生との会話の録音なんて」
一瞬、こいつに答えを伝えてもいいかを考える。
……まあ、問題ないだろう。すでに終わったモノだ。
「これは学校の監視カメラの映像じゃない」
真実を告げるが、櫛田は呆然としている。
「……は? どういうこと?」
「俺が後から付けたものだ」
学校のルールに触れるようなことでもなければ、学校側が一生徒に過ぎない俺に監視カメラの映像なんて提供するわけがない。
体育祭に向けての話し合いが始まる前、茶柱先生と接触した時。
俺はある頼みごとをした。
「茶柱先生に頼んで、体育祭の話し合いが本格的に始まる前に教室に1台、監視カメラを設置する許可をもらった」
「……」
元々教室には複数台のカメラが設置されている。1台増えたところで気づく者はほとんどいない。
俺が知っている中で、監視カメラが一台増えていることに気づいていたのは綾小路だけだ。
あの時、天井を見て違和感を覚えていたのは俺の設置したカメラが原因だろう。
「それで、参加表を提出する前日……つまり櫛田、お前が放課後の見張りを務めていた時に撮れたのがこの映像だ」
もちろん、俺が映像の悪用などしないよう、映像を確認する際は茶柱先生が立会いの下で行う、という条件もつけていた。
「茶柱先生は、平田が全員に参加表を写真に撮らないよう指示したのを聞いている。それを破って参加表の写真を撮りにいくなんて、裏切ろうとしている人間以外に考えられない。茶柱先生が撮れた映像を確認し、お前が裏切り者であることを理解させた上で、今度はペーパーシャッフルの前に、櫛田と先生が接触している際の会話を録音し、その音声を提供することを約束してもらった」
茶柱先生が上位クラスに上がることを心の中で熱望している以上、クラス内の裏切り者の問題は解決してもらいたいはず。そのため、俺の頼みは断らないという確信があった。
「それがこの映像と音声……ってことだね」
「そうだ」
つまり正確に言えば、初めから櫛田に逃げ道なんてなかった。俺にとってここでのやり取りの肝は他にある。
「期末テストで私に点数をわざと下げるよう言ってきたのも、あんたってこと?」
「ああ」
「じゃあカンニングの材料を仕込んだのも」
「いや、それは俺じゃない」
「……どういうこと?」
やはり、櫛田は「あれ」を全て俺がやったことだと思っていたらしい。
「俺はこの出来事の背景にいるもう1人の作戦を利用して、お前に点数を下げさせただけだ。もっとも、問題が変わっていたみたいだから意味はなかったが」
「もう1人……?」
「そうだ。お前の身の回りにカンニングの材料を仕込んだのは俺じゃない。そのもう一人だ」
俺はそれを利用させてもらっただけ。
俺はカンニングの材料の証拠写真をエサに、櫛田にこの写真を学校側に提出してカンニング疑惑を争うか、数学のテストでわざと3問間違えるかの二択を迫った。
載せた写真は二枚。ブレザーの胸ポケットの写真、そして櫛田の机の中の写真。
それが数学のテスト前、櫛田に届いたメールの正体だ。
まあ送信したのは俺ではなく、また別の人間なんだが。
このメールを龍園は知らない。メール内に『このメールを龍園を含む他者に知らせた場合、問答無用でお前の裏切り行為を学校中にばらまく』と書いたためだ。
このメールに関して知っているのは、俺、櫛田、送信した人間、そして藤野の4人だけ。
なぜ藤野がこれを知っているのか。
単に俺が無意味に話したわけじゃない。
藤野も協力者の一人だからだ。
櫛田のブレザーに何か仕掛けられると判断した俺は、藤野に協力を仰ぎ、テスト前日の放課後に櫛田と部屋で勉強する約束をしてもらった。
その時の藤野の部屋はさぞ暑かっただろう。俺の指示で、登校するときに暖房をつけっぱなしにしてくれと頼んだからだ。これに関しては単純な消し忘れで通る。
そんな状態の部屋に入れば、ブレザーを脱ぐのは当然の流れだ。
そこに、櫛田のブレザーを探る時間が生まれるという寸法だ。
何か見つけたらバレないように写真を撮って送ってくれと頼んでおいた結果、その夜にブレザーの胸ポケットに仕込まれたプリントの写真が送られてきたというわけだ。
櫛田は間違いなくCクラスから模範解答をもらっていたはず。その確認が取れれば疑惑は深まる。尚且つ、カンニングは厳罰に処される。つまり退学を宣告される可能性だって低くはないということだ。
おまけに龍園の名前を出すことで、Dクラスへの裏切りを知られていることを示す。
それらを加味すれば、櫛田に選択肢は残されていない。
俺の予想した通り、櫛田はわざと間違える方を選んだ。
堀北が満点だったのを見て同点の可能性を考えずに堀北の完全勝利を確信できたのは、櫛田が確実に数問間違えることを事前に知っていたからだ。
「これがどういうことか分かるか」
櫛田にここまでの状況を整理させる。
「……どういう意味」
「お前が堀北を追い出したがってるのと同じように、お前を本気で退学させようとしてる奴がいるってことだ」
つまり綾小路だ。
だがそれは言わない。櫛田には常に退学の危険にさらされていてもらう必要がある。
「今回は俺が偶然見つけたからいいが、もし誰も気づけなかったら、お前は本当に退学処分になっていたかもしれない」
「……何が言いたいの」
「この状況を放置してたらお前がこの学校に居られる時間はそう長くはないだろうな」
目の前に突きつけられる、「退学」の可能性。
「だから何が言いたいわけ!」
俺の言い回しにイライラしたのか、櫛田が珍しく激昂する。
そろそろ告げてもいいだろう。
「俺はお前を退学させる気は無い」
ここに櫛田を呼び出した目的の核心的な一言を、俺は口にした。
「……はあ?」
だが、櫛田はイマイチ呑み込めていないようだ。
「お前はDクラスから失うに惜しい。もっと役に立ってもらう」
「何、その上から目線」
心底嫌そうな顔で俺を睨みつける櫛田。
「クラスの一員として、邪魔されるより役に立ってもらいたいと思うのは当然だろ。言っとくが、もし数学の問題の変更がなく、俺のメールも受け取らないままお前がテストを受けて満点取ってたら、カンニング摘発されてほぼ間違いなく黒になってたぞ。俺はそれを未然に防ごうとしたんだ。お前を退学させる意思が俺にないことは、それで分かるだろ」
「……だから何? ……結局あんたは何が目的なわけ? さっさと言ったらどうなの?」
苛立ちを募らせる櫛田。やはり勘は良いらしいな。俺が櫛田をこんな場所に呼び出し、このような話をしている目的。恐らくそれを分かった上で俺に聞いている。
「話が早いな」
話の展開や組み立て方は、全部思い通りに行った。
今ならもう言っても大丈夫だ。
「俺はお前を退学させようとしてる奴からお前の安全を保障する。その代わりにお前は俺に協力してもらう」
先生に頼んで教室にカメラを仕掛けたこと、退学させようとしている綾小路からこいつを守ったこと。全ては「櫛田」という強力な手札を手に入れるためだった。
「俺が言うのも変だが、お前にとっても悪い話じゃないと思うけどな」
「ふざけないで! ……あんたみたいなのに利用されるなんて、嫌に決まってるでしょ」
まあ……心中は察する。俺が櫛田の立場でも、俺みたいな根暗な奴にマウント取られるのは耐え難いだろうな。
だが、それは俺の目的を取り下げる理由にはならない。
「あんたみたいなの、本当大っ嫌い」
「そうか……。別に好かれたいとは思ってない」
俺が構築しようとしている櫛田との関係は、一方的に利用する、されるの関係。好印象を抱かれることがプラスなのは間違いないが、たとえ嫌悪感を持たれていても特に影響はない。
藤野との協力関係とは全く別物。そこに「信頼」なんて言葉は存在せず、嫌悪感と不信感がドロドロと渦巻き、それを無理やり押さえつけて利用し、利用される禍々しい関係だ。
「それに、お前が俺を嫌悪してたのは、実はもっと前からだったんじゃないか」
「……どういうこと」
「いや、違うなら違うでいいんだけどな。……具体的には、1学期の最初にあったプール授業、お前はあの時すでに俺のことを気に入らない存在として認識してたんじゃないか」
「……」
……反応を見る限り、図星か。ようやくストンと落ちた。
ずっと納得がいっていなかったのだ。
俺と櫛田が誤ってプールに落ちた時、俺の腕を掴んでいた櫛田の右手が俺の左手と絡み合うなんて偶然が、果たして起こり得るのか。
「プール授業があったあの時点で、Dクラスの男子のほとんどは既にお前のミーハーみたいな感じだったからな。お前にプラスの感情を抱いていない者はほぼいなかった。ただし例外がいて、その例外が高円寺、綾小路、俺だった。そしてこの中では一番チョロそうな俺から落とそうとした、ってとこか」
常識で言えば「自意識過剰だし。キモい」と言われて終わりだろう。
しかしこいつの裏の性格を知った以上、そう推測したくもなる。
こいつはあまりにも表裏のギャップが激しすぎる。恐らく池や山内なんかにも好印象なんて微塵も抱いていないんだろう。だが、好印象を抱いているかのように見せかけることで全員と仲良くできる。俺には到底到達できないほどのコミュニケーション力。だがその反動として、血反吐を吐くような精神的ストレスがかかってくることだろう。
やはり、櫛田は単純に凄い。語彙が乏しくて申し訳ないが、素直に凄い、とそう思った。
改めて櫛田の方に向きなおる。
「それから櫛田、お前に一つアドバイスがある」
「……何?」
「クラスを裏切るような真似も、堀北と綾小路を退学させようとするのもやめた方がいい」
ここからは、綾小路との取引の清算だ。
「……どうしてあんたにそんなこと言われなきゃいけないわけ」
「カンニングの材料を仕込まれ、危うく退学になるところまで追いつめられたのは、お前がその二人を退学にする賭けに乗っかったからだ」
もしこんな賭けに乗らなければ、櫛田がカンニングの材料を仕込まれることはなかっただろう。
俺からのメールを受け取るだけで済んだはずだ。
しかし簡単には納得しない。
「あの二人には出て行ってもらわなきゃいけないの。私の過去を知る人間がこの空間にいるなんて絶対に認めないから。そのためにはなんだってしてやる。もちろんあんたもね」
「一つ勘違いがあるみたいだから訂正しとくぞ。俺はお前の過去は知らないし、さして興味もない」
そう言うと、櫛田は少し意外そうな顔をした。
「……堀北から聞いてるんじゃないの」
「いや、何も」
櫛田の口から直接聞かない限り、俺がそれについて知ることはないだろう。
「いいか。堀北や綾小路を退学させようとしても、お前がより窮地に陥るだけなんだよ。そもそも俺に裏切りを知られた時点で、もっと言えば龍園と手を組んだ時点で、2人を片づければ済む問題でもなくなってる。お前が今後もクラスを裏切り続ければ、お前の行為を知る者も増え続ける」
単純な理屈だ。
クラスを裏切り続けるということは、自分の弱みを増やし続けるということ。その分リスクは跳ね上がっていく。
「……諦めろっていうわけ」
「お前が平穏な学校生活を送るただ一つにして最善の手段は、クラスを裏切ったり、誰かを退学させようなんてマネはせず、大人しく俺に協力することだ」
「ふざけるな」
「大まじめだ。分かってるとは思うが、拒否権なんてないぞ。俺がお前を守るのは、お前に利用価値があるからってだけだ。それがなくなれば俺はお前を容赦なく切り捨てる。お前の犯した裏切りを暴露することだってあり得る。堀北や綾小路にちょっかいをかけて自分から退学しに行こうとするやつはいらない」
要するに、櫛田は最初から詰んでいるんだ。
どこにも逃げ道はない、まさに八方塞がりの状況。
いや、動けば動くほど、櫛田の秘密を知る者は増え、自身を縛り付けていく。
それが理解できないほど櫛田もバカじゃないだろう。
「ああ、ただ別に堀北に積極的に協力しろとは言わない。ただ、体育祭の時やペーパーシャッフルの時のように、意図的にクラスを窮地に陥れるようなことをしなければいい」
俺に協力すること。クラスを裏切らないこと。堀北と綾小路を退学させるような行動を慎むこと。
これだけでいい。
「……分かったか」
「……で、私を利用して何がしたいの」
「今はなんとも言えない。だが俺たちは3学期からCクラスに上がる。必然的に課題は見えてくるはずだ」
今度は追うだけでなく、追われる立場でもあるわけだ。今までとは違った戦い方も要求されるだろう。
Cクラスも、龍園に代わる新たな牽引役として誰が担当するかは分からないが、油断はできない。
必要に応じて櫛田を使い、有利な方向に持っていく。
クラスは勿論、何よりも俺自身の利益になるように。