実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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第7.5巻
冬休み~ティータイム~


 世間、もとい、高度育成高等学校の敷地内も、だんだんとクリスマスカラーに染まってきた。

 先々週くらいからだろうか。夜にベランダから外を眺めると、ライトアップされた景色が目に入るようになってきた。

 素直にきれいだと思ったので少しの間眺めるのだが、5分と持たずに冬の寒さに負け、布団にくるまる。ここまでが定型化された一つの流れである。

 こういった景色を見ると、「もうすぐ今年も終わりだな」なんて思ったりする。

 クリスマスツリーやライトアップは、そういった一種のシンボル的な役割も果たしているのかもしれない。

 ところで、「クリスマス」の元々の意味をご存じだろうか。

 まあ知らない人はあまりいないだろう。

 クリスマスという行事はキリスト教の開祖、つまりイエスキリストの生誕祭である。

 実際のところキリストは別に12月25日に産まれたわけでも、クリスマス・イブと呼ばれる前日の24日に産まれたわけでもないらしいのだが。

 にもかかわらずこの日がキリストの生誕祭として扱われているのにはいろいろと理由があるそうだ。が、ここでは割愛する。

 だってみんな割とどうでもいいでしょ?

 そう、どうでもいいのだ。

 25日がキリストの誕生日ではないという事実も、クリスマスの本来の意味がキリストの生誕祭であるという事実も。クリスマスをそのような意味でとらえている日本人はキリシタンを除けば皆無と言っていいだろう。

 クリスマスには友人と過ごしたり恋人と過ごしたりぼっちで過ごしたりするわけだが、その時間、ほとんどの人間はキリストのキの字も頭に過らないと思う。

 みんな何かにかこつけて娯楽を楽しみたいだけなのである。クリスマスもそう。バレンタインもそう。ハロウィンもそうだ。

 別にそれを否定する気はない。

 まあ正直、そういった行事を謳歌している人たちを見ると、疎ましく思ったりムカッとくる心情がないわけじゃないが……それをやれ企業の売り上げ戦略に乗せられてるだけだの、やれ騒ぎたいだけしか能がないやつらだのと言って否定するのは違う。それは言うなれば「すっぱい葡萄」であって、何ら意味のないことだ。

 むしろ散財して経済を回す彼らに感謝の念を抱いたとしても、罰は当たるまい。

 

 

 

 

 

 1

 

 どことなく浮ついた雰囲気というのは、外に出かけていても感じられる。

 はいそこ、「お前外出んのかよ」って思ったやつ。

 ……いや、そ、その通りなんだけど傷つくからやめろよ。

 それに今日は少し特殊な事情もある。

 ある日の昼下がり。

 俺はその足でケヤキモールに来ていた。

 クリスマス間近のうえ、冬休みに突入したというのもあって、非常に活気にあふれている。

 施設内は、まさにクリスマス一色といった感じだ。

 配置されているクリスマスツリーは一本や二本じゃない。途中から数えるのをやめたくらいだ。

 店内のどこにいても、あの有名な「ジングルベル~♪」のミュージックが耳に入ってくる。

 時折、所謂JPOPと呼ばれるようなジャンルの音楽も聞こえてくる。おおよその若年層なら知らない人はいないくらいの有名な曲なんだろうが、俺はその方面の音楽には普段全く触れないのでよくわからない。

 その方面の音楽と言ったが、ではどの方面の音楽なら分かるのかと言われるとどの方面にも全く精通していない。

 空いた時間ができたときに「よし音楽を聴こう」なんて考えもしないし、何か作業をしているときにBGMをかけようとも思わない。やったとしても、備え付けのテレビを無意味に垂れ流すくらいだ。

 買ったイヤホンも英語のリスニング練習以外には一切使ってないしな……。

 考えてみると、俺は本当に音楽に触れる機会というのが絶望的なほどにない。

 別に音楽そのものが嫌いなわけじゃないんだが、単純に聴こうというモチベーションが湧かない。

 こんどテレビの代わりに音楽垂れ流しでもやってみるか。

 周りを見渡しながら、目的地もなくぶらぶら歩く。

 こうした時に目につくのは店頭販売の商品だが、そのほとんどが何かしらクリスマスに関連付けて販売されていた。

 包装の色が赤や緑といったクリスマスカラーだったり。袋を抱えたサンタクロースが印刷されていたり。あの手この手で消費させようと商業戦略を展開しているのがありありと分かる。

 ところで、サンタクロースというのを信じているだろうか。

 いや、流石に信じている人はいないとは思うんだが。

 では聞き方を変えよう。いつからサンタクロースを信じなくなったのか。

 昔のこと過ぎて覚えてないという人が多いだろう。

 実を言うと俺ははっきりと覚えている。

 あれは4歳の時のクリスマスイブ。

 サンタクロースはどうやってプレゼントを置いていくのかに疑問を抱き、俺は一晩中目をばっちり開けて起き続け、その正体を明らかにしてやろうと思い立った。

 結果的に俺は4歳という幼さにして、夜中に足音を立てないようそっと俺の枕元に忍び寄り、プレゼントを置く父親の姿を目撃することになったのである。

 あの時の父親の慌てようは今でもうっすらと思い出せる。まさにあわてんぼうのサンタクロースである。

 こういうのは大体途中で寝落ちしてしまうのが鉄則で、それがいかにも子どもらしい可愛いエピソードになったりするわけだが、俺の場合はただ単に夢をぶっ壊されたエピソードでしかない。

 ちなみにその翌年からクリスマスプレゼントは手渡しになった。

 と、そんな時。俺はとある商品のコーナーで足を止める。

 いや、正確には止まった、というべきか。

 俺はそこに入り、商品を見る。

 

「……いいかもな」

 

 事前に用意していたいくつかの条件にも当てはまる。

 モノはこれでいだろう。

 あとは色か……。

 いくつか商品を手に取り、吟味していく。

 そんな時。

 

「何かお探しですか?」

 

 女性の声が聞こえてきた。

 振り向くと、そにはAクラスの坂柳、そして高円寺の一件の時に取り巻きの一人だった女子生徒の計2人が立っていた。

 

「たまたまお見かけしたので、声をかけさせていただきました。ご迷惑でしたか?」

 

「いや……」

 

 迷惑ではないんだが……。

 

「ふふ、なぜ自分が声をかけられたのか、不思議に思っているようですね」

 

「……うん、そうです」

 

 え、なんで心読めるの? こわっ。

 

「理由が気になるのでしたら、この後お茶でもご一緒にいかがでしょう? ちょうど近くに喫茶店がありますし」

 

「え……?」

 

 坂柳のそんな提案に疑問の声を漏らしたのは、俺ではなくもう一人の女子の方だった。

 俺の方に目を向け、眉をひそめている。

 

「いや……そっちの人嫌そうなんだけど?」

 

「ああ、問題ありませんよ。ですよね真澄さん?」

 

「はあ……まあいいけど」

 

 真澄さんと呼ばれた女子から聞こえてきたのは、「まあいいけど」というセリフとは裏腹のうんざりしたようなため息。

 坂柳は「ね、大丈夫でしょ?」みたいな顔してるが、むしろこれで俺に大丈夫だと思わせることができたと考えていたとしたら、Aクラスの陥落は近いと思う。

 しかし、むげに断ってもいいものか。

 こういうの、大体後から面倒になってくるパターンの気もするしな……。

 

「もちろん、お代の方は私の方で持たせていただきますので、ご安心を」

 

 ……オーケー、心は決まった。

 

「分かった」

 

「ありがとうございます。では、お先にプレゼントの品定めを済ませてしまってください。それをお邪魔するのは忍びないですから」

 

「……」

 

 いや、だからそうやって人の事情読むのやめてくれよほんと。寿命縮むじゃん。1時間くらい。

 

 

 

 

 

 2

 

 その後買い物を済ませるため10分ほど坂柳に待ってもらい、合流。

 坂柳のエスコートに従って喫茶店に入店した。

 

「……行き慣れてるのか」

 

「よく行く場所の一つではありますよ」

 

「へえ……」

 

 クラスが上になって財力が上がるほど、こういった場所に詳しくなっていくものなんだろうな。

 

「速野くんはこうした場所にはあまり行かないのですか?」

 

「まったくと言っていいほどな」

 

 施設内で外食した経験なんて本当に片手で足りるほどしかないので、俺には全く分からない。

 と、そこでウェイターが通しの水を持ってきた。

 それを受け取るのと同時に、テーブルに2冊備え付けられているメニュー表を手に取り、開く。

 坂柳と真澄さんと呼ばれた女子は俺の向かいに並んで座っているが、メニュー表を見ているのは坂柳のみだ。

 一緒に見りゃいいのに。嫌なのか?

 

「このような場所もよいものですよ。Dクラスの皆さんも、今はもう日々ポイントに困窮しているというほどでもないと思いますし、たまには贅沢をしたって罰は当たりません」

 

 真澄さんと呼ばれた……って言うの長いし面倒だからもう真澄さんでいいかな? いいよね。いいってことにしよう。真澄さんにメニュー表を手渡しながら、坂柳がそう言った。

 

「Dクラスにもこういうところに来る人はいると思うぞ」

 

「ですが速野くんは毎日の食事を食品スーパーの無料コーナーのみで賄っているとか」

 

「……よくご存じで」

 

「藤野さんからお話は伺っていますから」

 

 ああ、やっぱりそうか。

 

「以前私も、好奇心で無料コーナーの食品の調理を試みたことはありますが、満足のいく出来栄えではありませんでしたね。私の調理が未熟だった、ということであれば話は別ですが」

 

「まあ、言っちまえば粗悪品だからな、あそこの食品は。味は通常より圧倒的に劣る」

 

 無料コーナーに並んでいる食品は、特に野菜や果物などに関しては規格外品と呼ばれているものだろう。通常は出荷されずに廃棄されてしまうものを何らかのルートで入手していると予想される。

 

「しかし、経験したからこそ分かるのですよ。その食品での生活をずっと続けているあなたの忍耐強さが」

 

「……まあ、俺のこれは性分みたいなもんだよ。カフェの味はこの機会にありがたく味わっておくことにする」

 

「うふふ、ぜひそうなさってください。遠慮せずにどうぞ」

 

 にしても、こうして見ると物腰そのものは本当に丁寧なんだよな。育ちの良さを感じさせる。

 そういえば、この学校の理事長の苗字も確か坂柳だったが……血縁関係があったりするんだろうか。

 まああまり聞かないでおこう。よほどのことでもない限り、他人の家庭の事情には手出し無用だ。堀北の例もあるし。

 

「そういえば速野くんは、真澄さんとは初対面でしたか」

 

「いや、この前廊下で会った時に見かけはしたが……それを省くなら初対面だな」

 

「そうでしたか。彼女は神室真澄さん。体が不自由な私のお手伝いをしてくださっている方です」

 

「手伝い……」

 

 というよりは召使いという印象を受けるが……今も目配せ一つでウェイター呼ばせてるし……。

 坂柳がどこか女王様気質というのもあるのかもしれないが。

 まあそれはいいとして坂柳ナイス。神室っていうのねこの人の名前。頭の中で断然呼びやすくなった。

 その神室が呼んだウェイターが注文を取りに来た。

 メニュー表を指し示しながら、各々の注文品を伝えていく。

 ウェイターが立ち去った後、坂柳がこちらを見て聞いてくる。

 

「紅茶派でしたか」

 

 坂柳と神室はコーヒーを注文していたが、例によって俺だけアールグレイティーという名前の紅茶を注文していた。

 

「いや、コーヒーが舌に合わないだけだ」

 

「それはお気の毒に」

 

 確かに、何事もそれを楽しむことができないというのは不幸なことだ。

 コーヒーの他にも酒、飲食物以外でいえばテーマパークの絶叫マシンなんかもその一つか。

 

「ところで、速野くんは誕生日はいつですか?」

 

 隣の椅子に置いた俺の買い物袋を見ながら坂柳が言う。

 この……。

 

「……3月27日だ」

 

「あら、そうなのですね。かなり近いので少々驚きました」

 

「いつなんだ」

 

「3月12日です。速野くんの2週間ほど前、ということになりますね」

 

「へえ……」

 

 本当に近いな。

 って違う違う。いや誕生日については違わないが、そういうことじゃない。

 

「ところで……俺を呼び止めた理由をそろそろ教えてくれ」

 

 そもそもの誘い文句はこれだった。その話を聞いておくべきだろう。

 

「ああ、これは失礼しました。そうですね、まずはその話からしましょうか。といっても、特に深い理由ではないのですよ。一言で言ってしまえば、あなたを一種の『天才』だと思っていたからです」

 

「……?」

 

 想定外の単語が出てきたことで、頭の中が疑問符に支配される。

 

「あなたはほとんどの定期テストで満点を獲得していますよね」

 

「ああ……まあ」

 

「満点を獲得するポテンシャルを持っている生徒、ということならばこの学校にも一定数いるでしょう。もちろんそれでもかなり限られてはきますが、それはせいぜい学力が優秀、という程度。天才的とは言えません」

 

「はあ……」

 

「ですが、満点を獲得し続けているとなると話は別です。常人の高校生が『確実に満点を取れる』と自信をもって言えるレベルは、高々小学生レベルの問題まででしょう。つまりあなたにとってこの学校の問題のレベルは、常人にとっての小学生レベルという捉え方ができます。そのような感覚の持ち主は、紛れもなく天才と言っていいレベルです。そんなあなたと、一度ゆっくりと話してみたかったのです」

 

「……なるほど」

 

 概要はまあ分かった。

 嘘をついているようには見えないが、この話を真面目に捉えることもない。

 と、そこでウェイターが俺たちの注文品を持ってきた。

 坂柳、神室、そして俺の順番で置かれていく。

 ごゆっくりどうぞ、というお決まりのセリフを言って、ウェイターはその場を離れていった。

 坂柳はコーヒーにミルクとコーヒーシュガーを入れ、ティースプーンで混ぜて一口すすった。

 よく来ると言うだけあって、勝手知ったるという感じの手つきだ。

 一口飲み終えた坂柳は、ティーカップをソーサに置く。

 カチャリ、という音が聞こえ、それを皮切りに坂柳が再び口を開く。

 

「群を抜いた能力を持つ人間というのは、えてして生きづらさを感じるものです。特にこの学校は様々な部分で恵まれている反面、生徒の側に求められることも非常に多いですから。そういった経験があなたにもおありでしょう」

 

 うん、確かにあるな。

 

「直近でいえば、まさにペーパーシャッフル。大きな負担があなたにかかっていたことでしょう。Dクラスの提出した問題の多くは、あなたが作ったものだったのではありませんか?」

 

 そうだな。幸村と堀北の協力もあったが、大部分は俺が作った。その負担も決して軽いものではなかったというもその通りだ。

 

「そして今も、その天才的な学力が理由で私に呼び止められ、時間を割かなければならなくなっている。面倒だ、という心情が心のどこかにあるでしょう?」

 

「……」

 

 安易に頷くわけにもいかず、口を結んで黙らざるを得なくなる。

 それを見た坂柳は、察したような微笑を浮かべた。

 

「うふふ、その点に自覚がないわけではありません。なので私は、せめてこの時間をあなたにとって有意義な時間にしたいと思っているのです。どうでしょう?」

 

「……そりゃ、意義があって悪いことはないだろうけど」

 

「ふふ、私もそう思います。なので速野くん、まずは私にあなた自身のことを話してみませんか?」

 

「……?」

 

「今まで、人からあまり理解されないことが多かったのではありませんか? お世辞にもあなたに友人が多いとは言えないことが、それを証明している」

 

「……」

 

 いや……確かにそうだけど、傷つくからあんま言わないで。

 

「うふふ、いえ、他意はありませんよ。友人と呼べるような存在が多くないのは、私とて同じことです。それは決して恥ずべきことではない、と私は思っています」

 

 と思ったらフォローされた。

 確かに、あの取り巻きは「友人」ではないだろうな。派閥の中で信頼できる人物ではあっても、ただそれだけだ。いや、信頼すらしているかどうか。

 おそらくお互いにそう認識し合っているだろう。

 

「そして同じ私には、あなたを理解することができるんです。あなたと私は同じ領域にいるのですから」

 

「同じ領域……?」

 

「ええ。常人には決して理解の及ばない領域。『天才』と呼ばれる要素を持った者だけが踏み入れることのできる領域です」

 

「……」

 

 いや、何というか恐れ入った。

 これほど自分の能力に自信を持てる者もそうはいない。

 自分が天才であると自負し、そのことに全く疑いを持っていない。

 別に非難はしていない。

 坂柳が「天才」であることは事実なのだろう。

 何せ、この年齢でここまで「コールドリーディング」のスキルを使いこなすことのできている人間を、俺は今まで見たことがない。

 つまり坂柳は自惚れも謙遜もなく、自分の能力の程度を正確に把握できているということだ。

 そしてそれもまた、坂柳を天才たらしめている要因の一つということか。

 さて、俺はそのコールドリーディングを目の前にして、どう対処するべきか。

 

「……別に、特段人に何か話すような人生は送ってきてないぞ」

 

「いえいえ、そんなことはありません。特に天才と呼ばれる人間には、その天賦の才が開花するタイミングというものがどこかに必ずあるのです。速野くんがどうして今の速野くんに至ったのか。私にあなたのことを教えてくださいませんか」

 

 ここまでの会話で、坂柳が『天才』という概念に強いこだわりを持っていることは何となくだが分かった。

 となるとこの会話の目的は、俺の実情を探ることの他にも坂柳の興味本位という色も強そうだ。

 

「なんでも構いませんよ。例えば……そうですね、速野くんのご家族の話なんてどうでしょう。あなたのお父様はどのようなお仕事をされていたのですか?」

 

 無意識のうちに自分の表情が強張ったのが分かった。

 それを見た坂柳の笑みが一瞬強まるが、すぐに俺を気遣うような表情に変わる。

 

「申し訳ありません。触れられたくない部分でしたか?」

 

「いや……そうでもない。俺の父親は特筆する点もない普通のサラリーマンだった。仕事の話はほぼしない人だったから仕事内容はよく知らないが、母さんは専業主婦だったから、それでやっていけるだけの収入のある仕事だったんだとは思う。まあ普通に良い父親だったと思うぞ」

 

「そうでしたか。どのような教育方針でしたか?」

 

「……よくわからないな。厳格ってわけでも放任ってわけでもなかった。少なくとも英才教育を施されたなんてことはない。ただ、俺の興味が向いたものはできる範囲で体験させてもらったな」

 

「穏やかな家庭で育てられたのですね」

 

「ああ、そう思うよ」

 

「先ほど『家族』という言葉が私の口から出た際、顔をしかめられたように感じたのですが……その理由をお聞きしても?」

 

 やっぱりその点は聞いてきたか。

 

「いや……正直言うのが小っ恥ずかしいんだが……これだけ親元を離れれば、軽いホームシックになっても不思議じゃないだろ? 義務教育の枠から出たとはいえ、俺はまだ15年とちょっとしか生きてないんだから」

 

「……なるほど、そういうことでしたか」

 

 表情に変化はないが、その心情はいまいち測ることができない。

 一口、コーヒーに手を付けた坂柳。

 俺ではなく、神室の方に目を向けた。

 

「真澄さんはどうでしょう? この学校に来てから、ホームシックになったことはありますか?」

 

「は……なんで急に私に」

 

「気になったものですから」

 

「別にそんなのなってない」

 

「だ、そうですよ速野くん」

 

「いや、サンプル数1じゃな……」

 

「ふふ、それもそうですね」

 

 そう言って、もう一杯コーヒーに手を付けた。

 

「これはペーパーシャッフルの話なのですが、実はDクラスが私たちを指名しないかとひそかに期待していたんです」

 

「え?」

 

 また随分急な話題転換だ。

 

「速野くんの作成した問題を解いてみたいと思っていたので。もちろん、そうなる可能性がほとんどないことも承知の上で、ですが」

 

「……そうか」

 

 なるほど。この言い方からして坂柳はDクラスがCクラスを指名すること、そしてBクラスがAクラスを指名することを読んでたな。

 Dクラスはとにかくポイントを増やさなければならない時期だ。最も勝機のあるCクラスを指名するのは必然的な流れ。難しい予想じゃない。

 Bクラスは無人島試験、船上試験、体育祭と着実にAクラスとの差を縮めてきた。その勢いでペーパーシャッフルでもAクラスをまくることができれば、一気にその座が近づく。ならばここで勝負に出る可能性は高いと考えられる。

 何よりBクラスにとってはこれが最も後悔のない選択肢で、敗北してしまっても次に引きずらないだろうからな。

 これでDクラスの指名先は被ることなくCクラスで確定することになり、Aクラスを指名する可能性はほぼない、と判断できるわけだ。

 

「一度解かせてはいただけませんか」

 

「次同じような試験があった時の楽しみに取っておいてくれ」

 

「ふふ、手の内は隠しておく、ということですか。賢明な判断です」

 

「まあ……そういうことだ」

 

 それもあるが、「単純に面倒」というのと比率的には五分五分だな。

 

「つかぬことを伺いますが……藤野さんとはどれくらいの付き合いなのでしょう?」

 

 今度は藤野の話題に移っていく。

 

「……どれくらいってのは期間の話か」

 

「はい」

 

「入学初日からだ」

 

「随分長いのですね」

 

「きっかけがあってな。詳細は省くが」

 

 あれはそう人に吹聴して回るようなことじゃないからな。

 

「それがどうかしたか」

 

「いえ、ただ一つ気になることがありまして」

 

「気になること?」

 

「彼女はクラス内外での信頼が非常に厚く、多くの人と親しくしています」

 

「みたいだな」

 

 実際にその現場を目にしたことはあまりないが、話には聞いている。

 

「しかし、特に男子生徒との関わり方なのですが……誰かと1対1で時間を過ごすということが、極端に少ないように感じるんです」

 

「……そうなのか」

 

「ええ。ご存じありませんでしたか?」

 

「ああ……」

 

 だが、ある意味納得もした。

 藤野に全く浮ついた話を聞かないのは、そういった理由があったからなのかもしれない。

 

「本当にあなただけなんです、速野くん。藤野さんが2人だけで行動を共にするのは」

 

 坂柳の視線がまっすぐに俺を捉える。

 

「……いや、そう言われても」

 

 俺としては、普通の友達付き合い以上のことをしているつもりはない。もちろん協力関係は省いてだが。

 

「速野くん本人も理由は分からない、ということでしょうか」

 

「全く心当たりはない」

 

「そうですか。申し訳ありません、根掘り葉掘り聞くような真似をして」

 

「いや……」

 

 一応、建前上の謝罪の弁を述べてきた。

 今のやり取りを、果たして俺はどう捉えるべきか。

 藤野と俺を結びつけるのは簡単だ。別に友人関係であることを隠しているわけでもない。だとしたら純粋な興味本位か。

 いや、坂柳なら藤野の派閥の存在に気付いていても不思議じゃない。そしてもしそうだとしたら、船上試験の結果から俺との結びつきに勘付いている可能性もある。

 坂柳はおそらく、俺が藤野に今の話を伝えるのも想定済みだろう。

 なら、藤野はこの話を聞いてどう考える?

 単純な興味本位。自分を派閥に招き入れようとするために入れた探り。もちろんどちらも否定しきれない。

 しかし、藤野率いる第三の派閥の存在全てを見通したうえで坂柳が一歩踏み込んだ。その可能性は必ず頭に浮かぶ。

 一度頭に浮かべば、それは行動に現れる。隠そうとしてもだ。むしろ隠そうとすればその分怪しさも増す。

 それを見て判断しようというのが坂柳の目的か。

 ならば俺が取るべき行動の正解は、この話を藤野に一切伝えないことだ。

 ともかく、ここは話題を変えよう。

 

「今日は何か買いに来たのか」

 

 なんてことのない世間話だ。

 

「いえ、何か特定のものを、というわけではありません。ウィンドウショッピング、という言い方が最も正確な表現ですね」

 

 そう受け答えする坂柳の雰囲気は、先ほどまでとは全く違う。

 独特の緊張感というか、会話の相手に与えるプレッシャーのようなものが消えている。

 まあ、それならそれでいいか。

 その後はリラックスしたティータイムを楽しみ、この奇妙なお茶会は終了した。

 

 

 

 

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