実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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冬休み~プレゼント~

 クリスマスイブ。

 俺はいつもより少しだけ早く目を覚ました。

 といっても、何のことはない。単純にいつもより少しだけ早い時刻に端末のアラームをセットしていただけのことだ。

 そこから惰眠を貪ることなく、ベッドから起き上がる。

 朝飯は……いいか。

 そのまま洗面台に移動し、水道の水とドライヤーを使って寝癖を直す。

 普段なら面倒くさがってこんなことはしないんだが……今日は違う。

 この後すぐ、ちょっとした予定が入っている。

 

「……まあ、こんなもんでいいか」

 

 人に見られても問題ないと判断できるまで落ち着いたところで手を止めた。

 別に長時間外出するわけじゃない。というより、これは外出と言えるのかどうかも一瞬迷うくらいだ。

 自分の部屋の外に出るという意味では間違いなく外出なのだが。

 クローゼットの中にある数少ない服の中から適当に見繕い、着替えを済ませる。

 そして端末の時刻を確認。

 

「……行くか」

 

 先日購入したものを持って、俺は部屋を出た。

 現在の時刻は9時。

 今日と明日は人の出入りが激しくなることが予想されるが、敷地内の娯楽施設が営業を始めるのは朝の10時からだ。そのため多くの生徒はまだ部屋の中で過ごしている。

 静かな廊下を歩き、エレベーターホールへ。

 到着したエレベーターに乗り込み……1階ではなく12階のボタンを押した。

 エレベーターは途中の階で停止することなく、目的の12階へたどり着く。

 そして、その階の1つの部屋のインターホンを押した。

 扉越しにトントンと足音が近づいてくるのが分かる。

 ガチャリと音がして、扉が開かれる。

 

「あ、速野くん。おはよ」

 

「ああ、おはよう」

 

 部屋の主である藤野麗那が、軽装で俺を出迎えた。

 事前にこれくらいの時間に尋ねることは伝えていたので、特におどろかれるようなこともない。

 

「とりあえず、これ」

 

 こういうのは後に引っ張っても仕方がない。

 特に前置きもなく、手に持っていたものを藤野に渡した。

 

「誕生日だよな、今日。おめでとう」

 

 12月24日、クリスマスイブ。

 藤野の誕生日だ。

 

「わ、ありがとう。じゃあ、これはプレゼント、ってことでいいのかな?」

 

「まあ、そうだな」

 

 これは先日坂柳と出くわしたときに購入したものだ。

 坂柳は俺があの場所で商品を見ていた時点で藤野への誕生日プレゼントを選んでいるのだと理解し、その後の会話でもちょくちょくそのことをおちょくってきていた。

 まあ、あそこらへん一帯のエリアはレディースものが揃ってたし、男の俺がそれを見ていれば誰かへのプレゼントを選んでいるとしか思わない。そのうえで俺と藤野が友人であることと、藤野の誕生日が近いことを知っていれば、それが藤野への誕生日プレゼントだろうと結論付けるのは当然だ。

 

「開けてみてもいい?」

 

「ああ。何なら今日使ってみてくれ」

 

「え?」

 

 俺の発言に疑問を抱きつつも、包装を解いて中身を確認する藤野。

 

「わ……マフラーだ」

 

 包装を床に置き、マフラーを広げて見る藤野。

 サイズなどを悩む必要がなく、且つ実用的で価格帯もプレゼントとしてちょうどいい。誰かにプレゼントを買うという経験をほとんどしたことがない俺にとっては一番いい塩梅のチョイスだった。

 藤野もマフラーは持っているだろう。使用しているのを何度か見かけたことがある。恐らくベージュのものと黒のものが1つずつあるはずだ。

 しかし、俺の個人的な感覚を述べさせてもらうと、藤野を思い浮かべてすぐに結びつく色は水色だ。

 そのため、青系統のものを選んだ。

 

「……ちょっと待ってて。あ、ドア閉めちゃっていいよ」

 

「わかった」

 

 言われるまま、ドアを閉めて玄関のたたきの部分で待機する。

 藤野は居間へ移動して何かをやっている。その間ガサゴソという音が聞こえてきた。

 少しして、藤野が玄関先に戻ってくる。

 

「どうかな?」

 

「……」

 

 俺の渡したマフラーに、コートを合わせて着ている。先ほどの居間での作業はこれだったらしい。

 これは……。

 

「……いいと思うぞ、たぶん」

 

「えー、たぶん?」

 

 はっきりとしない俺のセリフに対し、不満そうに頬を膨らませる。

 

「いや……俺のファッションセンスなんて当てにするもんじゃないぞ」

 

「違うよ速野くん。こういう場合はさ、一般的にどうとかじゃなくて、速野くんがどう思ってるかさえ聞ければいいんだよ」

 

 ……そういうもんなのか。

 

「それでいいなら……まあ、間違いなく似合ってる」

 

 正直、わざと滅茶苦茶なコーディネートでもしなければ藤野はなんだって着こなしてしまいそうではあるが、それでも今の藤野に似合っているということはどうしようもない事実だった。

 

「よかった。ありがとう」

 

 そう言って藤野はにっこりと笑った。

 

「大切に使うね」

 

「……ああ」

 

 このマフラーを手渡した時点で生殺与奪の権利は藤野の手にあるが、大切に使ってもらえるというならこちらとしてもありがたい。

 

「それじゃあ……俺はそろそろ」

 

 あまり長居するのも変なので、会話がひと段落したところで解散を提案する。

 

「これから友達と遊ぶんだろ? たぶん今日も明日も」

 

「うん、その予定。ごめんね、本当は速野くんとも遊びたかったんだけど……」

 

「いやいい」

 

 人には身の丈に合った過ごし方というものがある。

 藤野が多くの友達に囲まれて過ごすように、俺にも決められた予定がないわけじゃないのだ。

 無理をして背伸びをしたところで、伸びるのは高々10センチ程度。さらには足の裏までつりそうになってしまう始末。

 ただ、その痛みを耐えられるかどうかが、ステップアップできる人間であるかどうかの分かれ道だったりするのかもしれない。

 

 

 

 

 

 1

 

 その日の午後6時ごろ。

 俺はいま、寮から学校へと向かう通学路を歩いていた。

 多くの生徒は今まで遊んでいて寮に帰るところなので、必然的に俺とはすれ違う形になる。

 実は制服を着て歩いているのだが、上からロングコートを羽織っているため他人から見られることはない。もし何も羽織っていなかったら、俺はさらに好奇の視線にさらされていたことだろう。冬の気候が幸いした形だ。これほどまでに寒さに感謝するのは後にも先にも今回だけだと思う。

 人通りの多いケヤキモールへの道を外れ、校舎へと入っていく。それと同時にコートは脱ぎ、腕に抱えた。

 校舎の一部は改修工事が行われていて、ところどころ通ることのできない廊下がある。そこを避けて目的の場所へと向かっていくが、遠回りといってもたかが知れているので大した負担にはならない。

 当然ながら、冬休み中の、しかもこんな時間に校舎内に人の姿は見られない。工事の関係者もすでに出払っていて、相変わらず適温に調節された廊下には俺の足音だけが反響している。

 廊下の電灯はまばらについていて、いつもここで過ごしている時よりは当然暗いが、それでも歩くには十分な明るさがある。

 なんだかんだで8か月もこの学校に在籍していることになる。それだけの期間があれば、校舎内の地理もある程度は自然に頭に入っている。

 脳内の地図を応用して工事で通れない場所を避け、目的地である応接室、その扉の前に到着した。

 時間は午後6時25分。指定時間より5分ほど早いが、こういうのは5分前に行くのが社会常識というもの。その点でいえば時間ぴったりととらえることもできる。

 そう考え、俺は応接室のドアを4回叩いた。

 

「どうぞ」

 

 ドア越しにそんな声が聞こえてくる。

 

「失礼します……」

 

 入ると、そこには2名の職員が座っていた。

 1人は担任である茶柱先生。もう1人は知らない。学内でも会ったことのない職員だ。

 

「そこに座ってくれ」

 

「はい……」

 

 支持の通り、椅子に腰かける。

 2人の向かい側、ちょうど真ん中くらいの場所だ。

 就活の圧迫面接ってこういう感じなのかな。

 

「予定時刻より少し早いが、さっそく話を始める。構わないか?」

 

「はい」

 

 俺としてもその方がありがたい。別に耐えられないほどではないが、この空間を早く抜け出せるに越したことはない。

 ここは自分から話を切り出すのが得策だろう。話の主導権を取りに行く。

 

「条件は問題なく達成されたはずです。要求は通った、ということで間違いありませんよね?」

 

 この件により詳しいのは茶柱先生ではない初対面の職員の方だと判断し、その人に向けて言う。

 

「その通りだ。君の要求通り、『学習部』が君一人だけで発足されることはすでに決定している」

 

 それを聞いて、まずは一安心だ。

 7月以来、5か月間の俺の目標は達成された。

 部活を作ろうと思い立ったのは、茶柱先生が部活動の功績でプライベートポイントを得られる可能性について言及した時だ。

 あの時茶柱先生は、報酬が目当てで部活に入ったとしてもいい成績を残すことはできない、と言った。その言説は一定程度の確からしさを持っている。

 しかし、それならば自分の得意分野の部活を作ってしまえばいいだけのことだ。

 俺の場合、それは学力試験だった。

 しかし、学力試験に運動部の対外試合や書道部などのコンクールといったものはない。

 ならばどうやって功績をあげるのか。

 おおよそほとんどの高校生が受ける、大学受験予備校の主催する全国模試だ。

 運動部の対外試合は、練習試合であってもプライベートポイントが入る場合があることは確認済みだ。そうだとすれば、全国模試を受けてその結果によってプライベートポイントを獲得することもできるという理屈が立つ。

 それを確認したのが、夏休み中にあった堀北先輩、橘先輩との面談だ。

 しかし、ここで一つの問題があった。

 部活動の発足には3人以上の初期部員が必要であるという校則だ。

 つまり、俺以外に後2人用意しなければ、部活を発足できないということ。

 もちろんそれは相応のポイントを支払えば解決が可能だ。俺も部活発足に関連した校則を洗った際にはそう思っていた。

 しかし、またここでもう一つの問題が起こった。

 初期部員の制限を取り払うのに必要なポイントは、ポイントを支払うことを確定させなければ知らされないという隠れたルールだ。

 俺もこのルールの存在を明かされた時には「なんじゃそりゃ」と思ったが、ルールはルールなのだからどうしようもない。

 しかしあまりにもリスクが大きすぎた。

 いくら請求されるかも分からない契約を結ぶわけには行かない。

 そのため俺は、そのルールも回避するために学校側にある条件をつきつけた。

 その条件というのが……。

 

「私たち教師陣は君の学力を見くびっていたようだ。2学期中に受ける模試で、総合科目での全国1位を5回達成する、なんて無理難題を達成できると考えていた者は誰一人いなかった」

 

 それくらい吹っ掛けなければ認めてもらえないと思ったからな。

 しかし、十分に達成可能だろうとは考えていた。

 もし達成できなければ、その時は校則に則って三人集めただろう。

 どうして俺一人で発足しようと考えていたのかについては、ちゃんと理由がある。

 まず、できるだけ秘密裏に動きたかったためだ。大量のプライベートポイントを持っていることを他人に知られることには、基本的にデメリットはあってもメリットはない。

 そして次に、三人で立ち上げたときと比べて格段に動きやすくなるためだ。そもそもなぜ発足に初期部員が三人以上必要かと言えば、立ち上げようとしている部が本当にふさわしいものかを判断する材料にするためだ。学校の部活動には学校側の予算から部費が支給されるが、一人での立ち上げが可能になってしまうと、部の乱立を招き、その分の費用が無駄になってしまう恐れがある。そして部がしっかりと機能しているかの審査は、発足後も行われる。主に「発足時と比較して」部が機能不全に陥っていないかどうか、という観点が用いられる。つまり、発足時に部員が俺一人であれば、三人の時と比べてその後の審査が格段に通りやすくなるというわけだ。

 部の発足に関する資料を眺めていた初対面の職員が顔を上げ、こちらを見る。

 

「茶柱先生は君の担任だったな」

 

「はい」

 

「だが、今日この場にいるのは担任としてではない」

 

「……え?」

 

 少し間の抜けた声が出てしまう。

 想定外だった。

 じゃあ一体何のためにいるのか。

 

「私が学習部の顧問を務めることになった」

 

「……そうだったんですか」

 

 担任ではなく、新任の顧問としてこの場にいた、というのが真相だったらしい。

 茶柱先生が顧問か……一長一短ありそうだな。

 

「すでに提出された書類にも書かれているが、改めて聞いておく。学習部の活動内容はなんだ?」

 

「文字通り、学習です。主となるのは勉学ですが、それだけに留まるわけではありません」

 

 ありきたりな質問に、俺も事前に用意していた答えを淀みなく言う。

 用意していたと言っても、別に長時間考えてひねり出したわけじゃない。こういうのはそれっぽいことを言っておけばいい。

 

「わかった。では『学習部』の発足を認める」

 

「少し待ってください」

 

 話が終わろうとしたところで、俺が待ったをかける。

 

「何かあるのか?」

 

「学習部が発足したのはいつですか」

 

「……どういう意味だ?」

 

「学習部は今この瞬間に発足したのか、それとも自分が五回目の総合科目一位を達成したことを確認した瞬間に発足したのか。そしてどちらのタイミングで発足させるべきだったのか、ということです」

 

 俺が学校側との間で結んだ契約はこうだ。

『総合科目で全国一位を五度獲得することができた場合、初期部員一人での部の発足を認める』

 

 俺は都合七回の全国模試を受験し、最初の五回で条件は達成された。

 もし仮に五回一位を達成した時点で形式上部は発足していたということになれば、残りの二回は「部を発足させるための試験」ではなく、「部が発足したあとの正式な部活動」という扱いになる。

 

「以前、堀北前会長と話をした時にこういわれました。部活動の発足の承認に必要なのは、生徒会の承諾、担当職員の承諾、校長の承諾、理事長の承諾と。これらはすべて契約した時点で揃っています。つまり五回一位が達成された時点で形式上の部は発足していた、と解釈ができませんか」

 

 そしてもしそうだとしたら、俺は最後の二回の分の報酬を受け取る権利がある。

 職員は、少しの間考え込む素振りを見せた後、口を開いた。

 

「なるほど、つまり君は最後の二回分は正式な活動として報酬を寄越せ、と言いたいわけだな」

 

「……そうです」

 

「君の言い分は分かった。しかしその要求は認められない」

 

 きっぱりと俺の主張を否定した。

 

「……なぜですか」

 

「根拠は2つだ。まず、五回目の結果が届いた時、すでに君は六度目、七度目の受験を終えていた。そうだね?」

 

「はい」

 

「つまり、君の主張通り学校側が五回目の結果を確認した瞬間に部が発足していたとしても、それ以降部の活動は行われていないという扱いになる」

 

「……なるほど」

 

「そしてもう一つ。君は堀北に話を聞いたと言っていたな。今君の口からきいた堀北の発言は確かに事実だが、正確とはいえない」

 

「……どういうことですか?」

 

「部の発足には、理事長の承認があったあと、本人の確認や顧問の紹介などが必要になる。そのステップが今この瞬間だ。堀北の発言の趣旨は、部の発足のために突破しなければならない関門、ということだろう。しかしそれだけでは必要なステップを全て終えたことにはならない。それらが全て終わらなければ部の発足という事実は発生しない。すべての手続きが終了し、部が発足したのは今日だ」

 

 ……なるほど。

 どうやっても最後の2回分の報酬を受け取るのは無理そうだ。

 

「……わかりました」

 

「満足したか?」

 

「はい」

 

「では、私はこれで失礼する」

 

 その職員は自分の資料をさっとまとめ、応接室を後にした。

 後に残された俺と茶柱先生。

 

「残念だったな」

 

「いえ……仕方ないでしょう」

 

 あそこまで道筋を潰されては、もはや反論の材料も残っていない。

 

「それにしても……自分で部活を作るとはな。目的はポイントか?」

 

「そうですよ」

 

「先ほどの質問では勉学そのものが目的かのように答えておきながらそれか」

 

「本音と建て前を使い分けることを否定するなら、船での特別試験みたいなことはさせるべきじゃないと思いますけど」

 

 そう答えると、茶柱先生はうんざりしたようなため息をついた。

 

「まったく……口の減らない奴だ」

 

「この部活でクラスポイントが増えるかもしれないわけなので、それで許してください」

 

「……確かに、今までにお前がたたき出した成績をそのまま維持すれば、少なくないポイントが加算されるだろう」

 

 そして、それは茶柱先生にとっても歓迎すべきことのはず。

 仕事が増えたことは気に入らないかもしれないが、それでもないがしろにはしないだろう。増えたと言っても運動系などのメジャーな部活動と比べればやることは多くないだろうし、この部活で好成績を出せば、それは顧問である茶柱先生の評価にもつながる。

 

「ところで、大丈夫なんですか? この部活唯一の部員である俺のクラス担任の先生が顧問を務めるなんて」

 

「自分の受け持つクラスの生徒だからといって、私がお前を特別扱いすると思うか?」

 

「いや……俺じゃなくて学校側の認識の話です」

 

 この学校の特色上、その点はどうしても懸念材料になってくる。

 

「さあな。私は上からの命令を受け、それに従ったまでだ」

 

「……そうですか」

 

 まあでも今までの様子から見るに、茶柱先生はそのあたりの懸念度はそこまで高く見られてなさそうだ。

 変に他クラスや他学年の教師に任せるのも、それはそれで部活から得た俺の情報を自分の受け持つクラスに利用されるリスクもある。それならいっそ担任に任せてしまえ、と判断したか。まあすべては憶測だが。

 

「お前はいまだに生活を切り詰めているのか」

 

 話題を切り替え、そう聞いてくる先生。

 

「……聞いてどうするんですか?」

 

 答えることで飯でも奢ってくれるというのなら全力をもって答えさせていただくが。

 

「ポイントが部活の目的だというなら、顧問がその背景を知っておくのは当然だとは思わないか?」

 

 どうやらそんなことは全くなかったらしい。

 

「……つまり、集めたポイントの使い道が知りたいってことですか」

 

 俺のその疑問に対しては肯定も否定もしなかったが、恐らくはそういうことだろう。

 

「別に……ポイントはいくら持ってても損はないでしょう。自分の防衛手段にも使えるってことは、須藤の退学取り消しの件で充分理解できましたし。なので使い道は『もしもの時』です」

 

 そう答えるが、茶柱先生の目は訝しげに俺を捉えている。

 

「……そうか。好きにしろ」

 

「言われなくてもそうさせてもらいます」

 

 その言葉を最後に、茶柱先生も荷物を持って応接室を出ていった。

 

「……」

 

 ……直感、か。

 直感というのは基本的に無根拠だが、しかし中々に侮れないものだ。先ほどの茶柱先生は、明らかに俺を警戒していた。

 別に「もしもの時」に備えておくというのもまるっきり嘘ではないし、実際そのために使うことになるだろう。

 俺が本当に望むポイントの使い方をするには……たとえ億単位のポイントがあっても足りることはない。

 教える気も理由もないうえ、到底実現されることのないものなのだから、教えるだけ無駄なのだ。

 

 

 

 

 

 2

 

 あまりにも何もなさすぎるクリスマスだったな。

 いや、それで全く構わないのだ。

 12月25日、クリスマスといっても、それは結局24時間という時間の経過の一区切りでしかない。それで1日の価値が上下するわけじゃない。

 何もせずに休日を過ごすことくらい誰にでもある。虚無感に見舞われることはあるだろうが、それで極度に悲観したりすることはない。それは今日だって同じことだ。

 今日誰かと遊びに行くことができるような人は、今日でなくたって遊びに行っている。

 逆に普段誰とも遊びに行けないような人が、クリスマスだからって遊びに行けるようになることは通常ない。

 要するに普段の行いの帰結に過ぎない。

 なので必要以上に落胆することも別にない。

 それに何もないのが嫌だからと言って、それで何か事件や事故に巻き込まれるのはもっと勘弁願いたい。

 と、そう頭では理解しているのだが。

 今現在、日付が変わるまであと4時間ほどという時刻だった。

 夕飯を食べ終わったあと、ちょっとした作業を終え、さて寝るか、というところ。

 部屋のインターホンが鳴った。

 

「……誰だこんな時間に」

 

 寮の呼びかけの機能には、ロビーからのインターホンと部屋の前のインターホンの2つがあるが、今回は後者だ。誰かが俺の部屋の前を訪ねている。

 

「はい」

 

 玄関に向かい、返事とともにドアを開ける。

 

「こ、こんばんはっ……」

 

「……佐倉?」

 

 突然の訪問者の正体に、少し驚く。

 誰か心当たりがあったわけではないが、それでも意外な人物だ。

 

「……どうしたんだ急に」

 

「あ、あの、その……何回か電話したんだけど、電源が切れてる、って……」

 

「……悪い、充電切らしてた」

 

 今日一日端末を充電することを失念していたせいで、今は起動すら出来ず、端末はベッドの上で電源プラグにつながれて充電中だ。

 急な用事なんてないだろうと思って油断していた。少し悪いことしたな。

 

「それで、どうしたんだ」

 

 改めて要件を尋ねる。

 

「え、えと、その……これっ」

 

 少し恥ずかしそうに、ラッピングされた巾着型の小袋を手渡してきた。

 

「これは……」

 

「その、クリスマスプレゼント……最近速野くんと話せてなかったから……」

 

 ……マジかよ。

 

「……め、迷惑、だったかな?」

 

 驚きのあまり口をつぐんでいると、不安そうにした佐倉がそう聞いてくる。

 

「いや、ありがとう。開けていいか」

 

「う、うんっ」

 

 許可を得て、縛られているリボンを外して中身を確認する。

 

「これは……」

 

「く、クッキー、焼いたの。速野くん、何が欲しいかわからなかったから……」

 

 種類はプレーンのクッキーと焦げ茶色のチョコクッキー。どちらも3つずつ入っていた。

 俺はプレーンのクッキーを1つ、手にとって口に入れる。

 サクサクといういい食感とともに広がる甘み。店で売られている製品のクッキーとも違ってオリジナリティのある味だ。

 いや、美味いぞこれは。

 

「美味い」

 

「ほ、ほんと?」

 

「ああ。本当に」

 

 そういえば、佐倉も昼食には弁当を持ってくる自炊組だったな。普段やり慣れているからこその出来だろう。

 勉強のお供に使わせてもらおう。

 

「悪いな、お返しとか用意できないんだが……」

 

「あ、そんな、お返しなんて……私が急に来ちゃったから」

 

 その点についても佐倉はちゃんとアポを取ろうと行動してたわけで、責めを受けるべきは俺の方になるだろう。

 そこで少しの間、沈黙の時間が流れる。

 佐倉は帰りを切り出すでもなく、こちらを見たり、かと思えばまたうつむいてしまったりともじもじした様子。

 俺も俺でそんな佐倉の様子が少し気になり、時間も遅いし帰ったらどうかと言うことができない。

 

「……まだ何か話があるのか?」

 

 思い切ってそう聞いてみた。

 

「え、あ……」

 

 少し驚いたのか、聞いた瞬間に言葉にならない声を発した佐倉。

 しかしそのあとにこくりと頷いた。

 

「え、えと……」

 

 まだ少し迷いがあったようだが、佐倉はそんな自分にかぶりを振り、意を決したように口を開いた。

 

「大晦日、なんだけど……みんなで遊ばない?」

 

「……え?」

 

 大晦日……みんな……遊ぶ?

 本当に急だったので、黙り込んでしまう。

 ちょっと分からないことが多すぎる。一つずつ聞いていこう。

 

「……みんな、とは?」

 

「波瑠加ちゃんと、啓誠くんと、明人くん、清隆くん、それから私。実は明日も遊ぶ予定だったんだけど……清隆くんが都合つかなくって。その埋め合わせ、みたいな感じなの。どう、かな……?」

 

「……啓誠って誰だ」

 

「あっ、そっか。速野くんは聞いたことない、よね……幸村くんだよ。そう呼んでほしいって」

 

「はあ、なるほど……」

 

 まあ多分色々理由があるんだろう。

 にしても、この友人グループには名前で呼びあうという決まりでもあるんだろうか。以前綾小路も三宅のことを明人って言ってたような気がするが……

 いや、今はそのことはいいんだ。

 

「でも……そこ、俺が参加したらしらけるんじゃないのか?」

 

 1番の問題はそこだ。俺がいることによってグループに及ぼしてしまう影響。

 佐倉が誘ってくれたとしても、俺は素直に頷けない。

 

「そ、そんなことないよ!……みんなたまに、速野くんもグループに入ればよかったのに、って言ってて、なんでって聞いたらこのグループが作られたのって速野くんがきっかけって聞いて……」

 

 佐倉が身を乗り出して主張する。

 ……まあ、たしかにそういう一面はあるが。

 

「でも、それは今のお前たちには関係ないだろ」

 

「で、でも、速野くんもいた方が私は、楽しいと、思う、んだけど……」

 

 自信がなくなってきてしまったのか、言葉尻が弱くなっていく。

 

「あー……」

 

 いや、別に嫌なわけじゃないのだ。むしろその誘いは嬉しい。

 ただ俺は、あのグループは他の友人グループより排他的な性質を持っていると思っている。そもそもがあまり他者と深い関わりを持たない人たちが集まってできたグループなのだから、そうなるのも自然だ。

 俺がそこに参加することがいい結末を産むのかどうか、判断がつかない。最悪の場合、ニューイヤームードぶち壊しなんてこともありうるのだから。

 

「みんなも、速野くんが来たいって言ったら歓迎する、って言ってたから……その、どう、かな?」

 

「……」

 

 ……俺は歓迎されてるのか。

 

「……マジで?」

 

「本当、だよ」

 

 こくりと頷く佐倉。

 そりゃ……困った。

 断る理由がなくなってしまった。

 いや、そもそも断る理由なんて初めから存在していなかった。

 なかったものを、わざわざ俺自身が作り出しただけ。

 ここまでくると、俺の返事は定まっていた。

 

「……分かった」

 

 そう言った瞬間、佐倉の表情が固まる。

 

「ほ、ほんとに……?」

 

「……俺が行って迷惑じゃないなら、ご一緒させてもらっていいか」

 

「も、もちろんっ!やったっ」

 

 胸の前で小さくガッツポーズを作る佐倉。

 

「本当にいいんだな?」

 

「もちろんっ」

 

「……そうか」

 

 佐倉はきっと純粋な厚意で俺を誘ってくれているのだろう。

 ここ最近、神経をすり減らす出来事が多かった。龍園や櫛田との接触、坂柳との対談。

 ここは厚意に無警戒にもたれかかってみるのもいいかもしれない。 

 

「それじゃあ……楽しみ、だね。大晦日」

 

「……そうだな。じゃあ、おやすみ」

 

「うん。おやすみなさい」

 

 バタン、と玄関のドアが閉まり、佐倉は自室へと戻っていった。

 

 誰かと遊びに行く、か。

 それなりの人数で遊びに行くのは、夏休みのプール解放以来のことだ。あれだって元は藤野と2人の予定だったしな。 

 今年の大晦日も、どうせいつもと同じような1日になるんだろうと思っていたが……せっかくの機会だ。楽しむほかないだろう。

 

 

 

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