実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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新たな日常Ⅴ

 今日は、いつもより多めの荷物を持っての登校だ。

 教室内の様子は、いつも通りに……いや、いつも以上に浮ついていて、騒がしかった。

 

「今日は待ちに待ったプール授業!」

 

「プールといえば女子の水着!」

 

「ああ、想像するだけで興奮してくるぜ!」

 

 そんな、文字通りの馬鹿騒ぎをしているのは、クラスメイトの池と山内だ。

 2人とも、クラス内では所謂「お馬鹿キャラ」として定着している。

 この2人に、コンビニで色々あった須藤も加え、「三羽カラス」ならぬDクラスの「三馬鹿」と呼ばれていた。

 そんなことしてたら好感度落ちるぞ。まあ落ちるような好感度があればの話だが。

 ああいうのが健全な男子高校生というやつなんだろうか。だったら俺は不健全で結構。

 俺が問われるとすれば、健全な男子高校生かどうか以前に、健全な人間生活を送っているか、だろうな。

 人付き合いの観点からすれば、俺はすでに余命宣告出されるレベルの危篤状態だ。

 だが、ついに先日、俺にもはっきりした「友人」という存在が出来てしまった。危篤状態から、一気に脈拍安定くらいには回復した。

 このことに関連して、俺の中で小さな驚きが一つあった。

 それは、はっきりと「友人」になる前と後で、藤野との距離感や接し方には、何ら変化が生まれなかったことだ。

 もうちょっと何か変わるかと思っていたが、実際のところこんなものか。

 もしくは俺の中で、すでに前々から藤野のことを世間一般でいう「友人」にカテゴライズしていたのか。

 実際のところはよくわからなかった。

 と、まあそんなことはさておき。

 今日はプール授業がある。

 いつもより多めの荷物も、いつもより浮ついた教室の様子も、理由はこのプール授業の存在だ。

 こんな感じで色々無意味に頭を回しつつ、席に座ってぼーっとしていると、先ほどの山内たちの話し声がもう一度耳に入ってきた。

 

「博士ー」

 

「呼んだか?」

 

 博士、とはクラスメイトのあだ名。本名は外村というらしい。

 体系は小太りで、眼鏡をかけている。なんというか、一世代前のオタクのイメージを投影したような生徒だ。

 

「何してんだ?」

 

 そこに須藤があらわれ、会話に加わる。

 

「実は博士に、おっぱい大きい女子ランキング作ってもらうんだよ」

 

「体調不良で休んで観察するつもりンゴ」

 

「……大丈夫かよそれ」

 

 外村……博士でいいか。博士のわけの分からない語尾と、池たちの企みに、須藤は少し引いていた。

 その後綾小路が呼び出され、野次馬の話に加わっていった。

 会話からは、途切れ途切れに「長谷部」や「佐倉」などのクラスメイトの名前が聞こえてくる。

 俺だってこれまで友人を作る努力をしてこなかったわけじゃない。今日までの間にクラス全員の名前は覚えた。……でも顔は覚えてない。意味ねえ。

 こんな具合なので、2人の容姿までは知らない。ただまあ、巨乳なんだろうな。たぶん。

 男子はこの手の話題(猥談)に敏感らしい。始めはほんの数人の集まりだったにも関わらず、ものの数分で10人強の規模の集団と化していた。

 周りには聞こえないように注意していたのも初めのうちだけ。段々と会話のボリュームが大きくなっていき、最終的に女子には丸聞こえ。全員がゴミを見るような目で見られていた。

 一方で男子はその視線にも気づかず、猥談に花を咲かせていた。

 

「あなたも参加してきたら?」

 

 後ろから堀北に話しかけられ振り向くと、俺にまで軽蔑のまなざしを向けてきた。

 

「おい、そんな目線向けんな。俺は無関係だっつの」

 

「どうかしらね。本当は参加したくてたまらない、という目で彼らのことを見ていた気がするけれど」

 

「そんなわけないだろ……。少なくとも俺は参加しない。勝手にやらしとけばいいんじゃねえの」

 

「やられる方からしたら、不愉快極まりないけれどね」

 

 だろうな。だが、俺にはどうすることもできない。

 

「そんなに気になるなら自分で説得してこいよ。とはいえ話題が話題だし、お前は引き合いに出ないだろうから安心していいと思うぞ?」

 

 言うと、堀北の睨みが一気に強くなる。

 

「……それはどういう意味かしらね。苦しさに這いつくばりながら死ぬのと、苦痛にのたうち回りながら死ぬの、どちらがいい?」

 

「……どっちも却下で」

 

 やっぱり堀北にこんなことを言うのは間違いのようだ。

 まあ今のは俺の発言がクソだったが……それを抜きにしても、堀北はやはり癖が強い。

 堀北以外にも、須藤、それに入学初日に机の上に足を組んで爪を研いでいた、俺がドン引きした高円寺。

 他のクラスもこんな曲者ぞろいなのだろうか、この学校は。

 

 

 

 

 

 1

 

「っしゃ、プールだ!」

「でっかくね!?」

 

 着替えを終えた男子が、プールサイドに集まっている。

 屋内プールもこれまたかなり立派だ。

 スイミングスクールでも25メートルが普通だろうに、ここは50メートルプールだった。

 しかしこの男子高校生どもは、すぐに別のことに関心を示し始める。

 

「女子はまだかっ……!!」

 

「着替えに時間がかかるからまだだろ」

 

「やべえ、俺興奮してきた……」

 

「あんまり水着とか意識しないほうがいいと思うぞ?」

 

「意識しない男がいてたまるか! ……勃ったらどうしよう……」

 

「そんなことしたら櫛田ちゃんに一生嫌われるぞ!」

 

「そんなあああ!!」

 

 いや、櫛田以外からも普通に嫌われると思うぞ。

 まあ名指しで出てきたのは、櫛田が男子から大の人気を誇っているからに他ならないんだが。

 ただ、その分苦労も多そうだな。例えば夜、一体櫛田は何人の男子の頭の中に登場してくるのだろうか。

 ……俺? いや、俺はそんなことしてないよ? ホントホント。

 いや、マジで。

 

「へー、すごい広ーい!」

 

「ホントだー!」

 

「「「「ぅぉぉぉぉぉ……」」」」

 

 着替えを終えた女子が更衣室から出てきた。

 男子が小さな声で、女子には聞こえないように唸り声をあげる。

 男子の目は文字通り釘付け。今肩をトントンと叩いて知らんぷりするゲームをやってもバレない自信がある。

 しばらく鼻の下が伸びきっていた男子連中だが、次第にあることに気づきはじめる。

 

「あ、あれ、長谷部がいねえ!?」

 

「ど、どういうことだ博士!?」

 

「ンゴゴッ!?」

 

 二階の見学者席の博士が唸る。だからそれ何語だよ。ドミン語?

 

「あ、う、後ろだ博士!」

 

 指摘されて後ろを振り向くと、そこには長谷部、加えて先ほど話題に上がっていた佐倉もいた。

 その後も、見学者組の女子が続々と姿を現す。

 

「巨乳がっ、見られると思ったのにっ……巨乳がっ!」

 

「キモ……」

 

 池の叫びが聞こえていたのか、長谷部の嘲るような声が上から降りかかる。

 長谷部に同意だ。今のは俺から見ても少し……いやかなりアレだと思う。

 一方で、池にはその声は聞こえていなかったようだ。

 

「落ち込んでる場合か池! 俺らにはまだたくさん女子がいるじゃないか!」

 

「そ、そうだよな。こんなことしてる場合じゃないよな!」

 

 そんなことを言いながら、山内と2人で握手を交わしていた。

 下心で繋がる友情かあ……あんまり羨ましくないなあ……。

 

「何してるの? 楽しそうだね!」

 

 そこにやってきたのは、男子のほとんどが待ち焦がれていたであろう、櫛田だった。

 クラス内での櫛田人気は凄まじい。それに藤野から聞く限りじゃ、学年全体でも櫛田はものすごい人気を誇っているそうだ。それも男女問わず。さすがに「全員と友達になる」なんて目標を掲げているだけはある。

 そんな櫛田は男子の視線を一身に集めるが、その男子はみんな一瞬で体ごと櫛田から逸らしてしまう。

 ……あー、まあ、生理現象だものね。朝とかつらいよね。

 だが、櫛田のスクール水着姿を見ているとそれも納得がいく。制服の上からでは分からない身体の細かなラインが、スクール水着によって明らかになっている。

 すると、櫛田がこちらに歩いてきた。

 

「……みんなどうしちゃったのかな?」

 

 疑問の表情を浮かべながら俺に質問してくる。

 

「さあ、どうしたんだろうな……トイレにでも行きたくなったんじゃないのか」

 

 俺としてはこう答えるしかなかった。

 だって、これは男子の生理現象でだな……とか言えるわけないだろ。どうしても知りたいなら国指定の保健体育の教科書を勧めていたところだ。

 それにトイレに行きたくなったというのも、あながち間違いじゃない。

 

「綾小路くん、あなた以前運動部だったの?」

 

 堀北のそんな声が聞こえてきて、俺もそっちを振り向く。

 ……確かに。須藤とは違い隆々ではないが、身体は運動部である平田よりも、ガッチリしている印象を受ける。

 

「いや、オレはずっと帰宅部だ」

 

「それにしては、筋肉の発達が尋常じゃないけれど……」

 

 堀北は気になるのか、綾小路の全身を見ている。

 

「親から貰った恵まれた身体、ってやつじゃないのか?」

 

「それだけでここまでになるかしら……」

 

「何だよ疑い深いな。お前筋肉フェチか? 命賭けるか?」

 

「そこまで否定するのね……」

 

 渋々といった表情で引き下がる堀北。

 すると今度は視線の先に俺を捉えたのか、こちらをさっきの綾小路と同じように見てくる。

 

「……どちらかというと貧相ね」

 

「おい」

 

 ひどくね? 確かにあんまり筋肉付いてないけどさ……これでも中学までやってた体力テストでは平均かそれ以上出してたぞ。握力以外。

 お返しに堀北のも見てやろうか、なんてそんな勇気があるはずもなく、俺はその場から目をそらした。

 

「おーし、全員集合しろー」

 

 そんな実りのないやり取りをしていたところで、水泳担当の先生から集合がかかる。

 

「1年Dクラス、だな。見学者が随分多いみたいだが……まあいいだろう」

 

 確かに。先ほどは気にしてなかったが、かなり多いな。半数近くか。

 女子には生理なる日がある、ということくらいは俺も知っているが、その日がこんなに被るとは思えない。何人かはサボりだろうな。

 

「早速だが、実力をチェックしたいので、準備体操を済ませてから泳いでもらうぞ」

 

「あ、あの、俺あんまり泳げないんですけど……」

 

「安心しろ。俺が担当するからには、夏までには確実に泳げるようにしてやる」

 

「で、でも、そんなに必死で泳げるようにならなくても」

 

「そうはいかない。泳げるようになれば、必ず役に立つ。必ずだ」

 

 随分と「必ず」という言葉を強調したことに違和感を覚えながらも、準備体操をする。

 それが終わると、体を慣らすためにウォームアップとして、軽く泳ぐよう指示された。

 プールか。かなり久しぶりだな。小6のときに授業で入った以来か。

 泳ぐこと自体が3、4年ぶりくらいだ。

 確かその時、自由時間中の遊びに混じれなくてひたすら遠泳してた記憶がある。この学校に50メートルプールを30ターン近く、ノンストップで泳いだやつはいるだろうか。

 

「とりあえず、ほとんどの者は問題なく泳げるようだな。よし、じゃあ競争始めるぞ。50メートル自由形だ。女子は5人2組、男子は最初に全員泳いだ後、タイムの速かった者上位5人で決勝を行う」

 

「え、きょ、競争!?」

 

「男女別で1位になった者には、先生から特別に5000ポイント支給しよう。その代わり、男女ともに最下位のやつは、それぞれ補習を受けてもらうからな」

 

 一位にポイント支給、か。

 茶柱先生が言っていた、「この学校は実力で生徒を測る」。その片鱗が早くも見え始めている。

 この先生がサービス精神旺盛なだけなのか、それは分かりかねるが、一つ言えることは、これは社会の構図にもあてはまるということだ。

 実力があって、結果も出せるやつは稼げる。

 逆に実力がなければペナルティが待っている。

 ここでは補習がそれに当たるが、社会なら減給なんてこともある。そういう意味では、以前から懸念していた支給額の減額措置があっても別に不思議ではない、と最近思うようになった。

 俺がネガティブ思考に勤しんでいる中でも、プールサイドは騒がしい。

 なんか「今日のおかずを確保するんだ!」って声が聞こえて来たが、おかずならスーパーとかに売ってるぞ。……あ、そっちじゃない? ですよねー。知ってた。

 

「おおおー、堀北やるなー」

 

 とある男子の声に促されるように、プールを見てみる。

 堀北は既に一位で泳ぎ終わっていた。それに続き、他の女子も続々ゴールする。

 堀北が宣告されたタイムは28秒と少し。かなり速い。俺勝てるかな……?

 驚いている俺とは裏腹に、堀北は呼吸一つ乱さず、涼しい顔をして歩いている。このタイムでも、まだ本気ではないってことか。

 

「ふおおおおーー!」

 

 男子の誰かが奇声を上げたと思ったら、どうやら次は櫛田が泳ぐらしい。

 応援する男子に、櫛田が手を振っているのがみえる。それが余計に男子の興奮度合いを高めた。

 ほとんどの奴が櫛田に下卑た視線を送っていて、中にはバレないように股間を抑えている者までいた。そういう目で見ていないのは平田ぐらいのものか。

 櫛田の組のレース展開は、水泳部らしい小野寺という女子がぶっちぎりで一位だった。櫛田もまあまあ速かったとは思うが、小野寺がいるためか、速さの面ではあまり目立ってはいなかった。けど、男子は櫛田しか見てなかったな……

 次に男子の番が来た。

 俺は2番目の組で泳ぐことに決まった。

 1組目には、かなり速いと予想される須藤と、体格に恵まれている綾小路がいた。

 合図があり、一斉に飛び込むと、須藤の一方的なレースが始まった。とにかく速い。2位と4秒ほどの差をつけてゴールした。

 綾小路は……まあ平凡なタイムだ。だが、フォームのそれは小野寺と似ている感じがする。理想形に近い、ということだろうか。

 

「すごいな須藤、25秒切ってるぞ。水泳部にこないか? これなら、大会も十分狙えるレベルだ」

 

「俺は昔っからバスケ一筋っすよ」

 

 水泳なんて遊び、と言いながら戻っていく。遊びでこれか。すげえな。

 そして、いよいよ俺が属する組が泳ぐ番になる。

 隣のコースには、Dクラスのイケメン筆頭、平田がいた。

 スタート台に立つと同時に「きゃー」という女子からの叫び声が上がる。

 男子から櫛田への声援の男女逆バージョンみたいなものなんだろうが、女子がやると別に気持ち悪がられないってずるいと思う。

 平田は細身だが、しっかりと筋肉が付いている。かなり速いだろう。可能かどうかは別問題として、補習を免れるためには、平田についていけば間違いなさそうだな。

 

「頑張ろうね、速野くん」

 

「あ、……ああ」

 

 そして俺に話しかける気遣いの心も持っている。誰か平田の欠点教えてくんない?

 笛が鳴り、全員一斉に飛び込む。

 と、ここで事件が発生した。

 

「やばっ……」

 

 入水した瞬間、俺のゴーグルが外れてしまった。

 足をつけるわけにもいかず、煩わしいので左手でゴーグルを取り、そのまま泳いだ。左手の使い勝手が非常に悪いが、この際仕方がない。

 一応のこと泳ぎきる。組の中では3着だった。

 平田は当然1着。タイムはおよそ26秒らしい。「サッカーだけじゃなくて水泳も得意なんだね!」とか「平田くんかっこいい!」などなど、女子に囲まれて色々言われていた。

 俺のタイムは35秒ほど。可もなく不可もなく、という感じか。

 

「速野くん」

 

 プールサイドに上がり、元に戻ろうとしていた俺に声がかかる。

 櫛田だった。

 

「……なんだ?」

 

「最初に話して以来、速野くんとちゃんとおしゃべり出来てなかったからさ。迷惑……かな?」

 

 ここで必殺上目遣いか。

 天然でやってるのか、自分を最大限可愛く見せる方法を知っていらっしゃるのか。どちらにしても可愛いのでどうしようもない。男子って単純だよなあ……。

 

「いや、そんなことはない」

 

「よかったぁ。それでさ、速野くん、泳ぐの速かったね」

 

「……そうか? そうでもなかっただろ」

 

「ううん、最初にゴーグル外れてなかったらもっとすごいタイム出てたよ!」

 

 そう言って櫛田が一歩、ずいっとこちらに近寄ってくる。

 

「……」

 

 以前、綾小路とパーソナルスペースに関して話をしたことがある。

 人は他人に近づかれすぎると、不快感を覚える。

 だが櫛田の場合は、なぜかそれが発揮されない、と綾小路は言っていた。

 確かに、と、櫛田の凄さを実感する。

 だが、ギリギリのところでそれが発揮され、俺は一歩後ずさった。

 

「あ、ちょっと速野くん危ない!」

 

「え? あっ」

 

 後ずさった先、それは……地面ではなく、水面だった。

 

「おおっ!」

 

 ぐいっ、と櫛田に腕を掴まれるが、残念、それは悪手だ……

 

「きゃっ!」

 

「うわっ!」

 

 ザッパーン。

 

 俺の腕を掴んでいた櫛田も一緒になってプール内に落ちる。

 背中にダイレクトでダイブの衝撃が行った。腹打ちの背中バージョンみたいなもので、とても痛い。

 

「ぷはっ!」

 

 水の上に顔を出し、酸素を吸う。

 その瞬間、俺の顔の数センチ先に櫛田の顔があって、驚きで心臓が跳ね上がった。

 

「うおっ!」

 

 水の中でもう一度後ずさる。

 大げさに後ずさった理由は顔以外にあった。顔があれだけ近いということは……その……櫛田様のお胸が、水着越しに俺に押し付けられている状態でしてね……形が変わってるのが目に入って、さっきゴーグルなしで泳いだせいで、ただでさえ赤くなった目がさらに血走りそうになってですね……。

 

「あ、あの……その、手が……」

 

「……手?」

 

 櫛田に言われ気づく。

 水中で何が起こったのか分からないが、俺の腕を掴んでいたはずの櫛田の手に指が、何故か俺の指に絡まっていた。

 いやいやいや、不自然にもほどがある。一体どういうことだこれは……。

 だめだ、考えてる暇はない。取り敢えず今はこの手を離さないと。

 

「あ、ああ、悪い……」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

 そう言いながらプールサイドに上がる。

 

「おい、何をしてるんだお前ら」

 

 仮にも授業中。通常の授業と違って、プールでのおふざけは命の危険につながる。いくら放任主義とはいっても、この場で注意が入るのは当然か。

 

「ごめんなさい、脚を滑らせちゃって……」

 

「桔梗ちゃんドジだなー」

 

 誰かがそう言うと、プール内は笑いに包まれた。実際は脚滑らしたのもドジ踏んだのも俺だが、この場はこうしておいた方が丸く収まるだろう。

 いや、そんなわけなかった。男子からの怒りの目線が俺に突き刺さる。だが櫛田が戻っていくと、その視線も表面上はおさまった。

 代わりに殺気が溢れていたが。

 

「一体何をやっているのかしら、あなたたちは」

 

 通りすがり、堀北にそう言われてしまう。

 

「……俺にもよく分からなかった」

 

 仕方ないだろ。一瞬の出来事すぎて、未だに頭の中で整理が追い付いてないんだから。

 俺と櫛田が妙な喜劇を行っている間に、男子最終組のレースは終了していた。

俺がその様子を観ることは叶わなかったが、高円寺が須藤を超える23秒22という驚異的なタイムをたたき出して、軽く騒ぎとなっていた。

 

 

 

 

 2

 

 入学してからまだ2週間足らずであるにも関わらず……いや、これだけの期間があれば十分なのだろう。クラス内では、すでに仲良しグループの概形が出来上がっていた。

 形成されたグループが顕著に表れるのは、主に放課後と、この昼食時間だ。

 多くは三、四人ほどで集まり、食堂やカフェに昼食にでかけている。

 初めの1週間くらいは、教室で食べる生徒もそこそこいた。しかし今やそれは、コンビニで買ってきた昼食をグループで食べる人か、もしくは取り残されたぼっちかのどちらか。いずれにせよ、極少数の人間だけだ。

 中でも自分で弁当を作ってきている人物となると、さらに限られてくる。

 確認できるだけで、俺ともう一人だけ。確か佐倉と言ったか。プール授業の際、胸がデカいとかで少し話題になった生徒だ。

 俺のようにポイントを節約したいと考えているのか。あるいは単に料理が趣味なのか。

 いずれにせよ、それだけの共通点で、俺と彼女の間に何かしらの接点が生まれることはない。

 互いに干渉せず、静かに、一人で飯を食う。

 俺の弁当の中に入っている食材は、当然、すべて藤野から紹介してもらった食品スーパーの無料コーナーのものだ。昨日の夕飯の残りをそのまま弁当につっこんでいる。

 食費がほぼゼロになったのは、ポイントの節約をするにあたって非常に大きな役割を果たしている。

 いくら禁欲とはいっても、食欲まで放置し続ければ当然人は死ぬ。

 本来必要な出費として出ていくはずだったポイントがなくなることで、俺の手元には未だに9万強のポイントが残っていた。

 ポイントを潤沢に残した先に何があるのか、未だに見えてこないが……

 少なくとも、誰かと遊びに行く、という使い道はほとんどなさそうだ。

 クラス外に藤野という友人と、クラス内にも綾小路という話し相手がいることで、なんとか本物のぼっちという状態は回避できている。

 そんなジリ貧の俺に対し、綾小路はなんだかんだで馴染んできている風だ。

池や山内などと一緒にいるところを何度か見かける。

 他方、俺の右斜め後ろの席に座る、堀北鈴音。

 彼女は俺など比較にすらならないほど、ぼっちの道を極めていた。

 稀に俺や綾小路と会話を行うが、一言二言で途切れ、そのあとは沈黙、というのがほとんどだ。

いまも1人でコンビニで買ったであろう昼飯を、1人で食って、1人で本を読んで、1人で過ごしていた。

 そんなことを考えていた時。

 

「前から気になっていたけれど……あなた、それ弁当手作りでしょう。自炊なんてできたの?」

 

 珍しい。堀北の方から話を振るとは。

 

「……まあ少しはな」

 

「そう。意外ね」

「……」

 

 あ、会話途切れた。

 

 

 

 

 

 3

 

 昼食直後、5コマ目の授業。

 腹が満たされ、多くの生徒に睡魔が襲ってくる時間帯。

 事実、大半の生徒は机に突っ伏して、堂々と寝ていた。

 昼休み時間中なら全く問題はない。

 問題は、授業開始のベルが鳴っても、起きることなく寝続けていることだ。

 起きろよ。まあ俺は起こさないけど。

 起きてるやつは起きてるやつで、デカい声でしゃべってるし。

 そいつらのおかげもあって、俺は授業に集中することがほとんどなかった。

 授業開始のベルが鳴ってもガヤガヤしている教室に、茶柱先生が入ってくる。

 

「おーい、お前ら静かにしろ。あと、寝てるやつは起きろ。今日は少し真面目に授業を受けてもらうぞ」

 

「どういうことですか佐枝ちゃんせんせー?」

 

 今の受け答えからすると、真面目に授業受けていないことは自覚しているらしいな。なら直せよ。

 

「月末だからな。小テストを受けてもらう」

 

「げ、マジで?」

 

「安心しろ、これはあくまで今後の参考資料にするだけだ。成績表には何ら影響はない」

 

 その言葉を聞いて、多くの生徒は安心したようだ。

 テスト用紙が手元に来て、先生の合図で早速解き始める。

 英数国理社、各科目4問ずつの全20問。全ての問題に目を通してみるが、大体一瞬で答えの求め方が分かるものばかりだった。

こんなの5分とかからず終わるだろ。

 そんな、ほとんどの問題が拍子抜けするほど簡単だった中。

 

「ぁっ……?」

 

 ラスト3問に関しては、桁違いの難易度だった。

 英語、化学、数学。

 英語の問題は、言っていることは単純なのに単語、文法のレベルが高すぎる。

 化学に関してもかなりの暗記量と計算力が必要だ。

 数学も計算が複雑な上に、そもそもこれは範囲でいうと高校1年のものじゃない。

 この三問に関しては、問題文の意味を読み解けるやつがどれだけいるかすら怪しい。

 そもそも、この問題を出した意図がわからない。差をつける問題として出題したにしても、これでは正答率が低すぎて逆に差がつかないだろう。

 俺はこの問題をどう捉えたらいいのだろうか。

 

 

 

 

 

 4

 

 放課後。

 寮に直帰……と行きたいところだが、今日は用事がある。

 俺の用事といえば当然、食材の買い出しだ。むしろ、放課後に敷地内でこれ以外のことをしたことがほぼない。

 品揃えが悪い棚から粗悪な商品を見繕い、カゴに入れる。

 スーパーの無料コーナーにも、コンビニと同様利用の制限はかけられている。

 利用していいのは4日に1回、買い物カゴ1個分まで。

 ただコンビニに比べるとかなり甘い制限だ。

 食べ盛りの男子高校生とはいえ、一人の人間の胃の容量なんてたかが知れている。

 それに、大食漢というわけでもない。

 4日に1回、買い物かご1個分で、4日間の食事の必要量は十分に確保できる。

 そのため遠慮なく利用させてもらっている。

 買い物が終わり、他に寄るところもなく帰宅する。

 食品スーパーはケヤキモールと隣接しており、これから買い物やらカラオケやらに行くであろう生徒たちとすれ違う。

 1人でここを歩いているのも、両手に買い物袋を持っているのも俺だけという事実が重くのしかかる。めちゃくちゃ居づらい。

努めて意識しないようにしつつ、寮への道のりを進んでいく。

 

「……堀北?」

 

 校門前で信号待ちをしている堀北に遭遇した。

 向こうも俺に気づいたらしく、何やら警戒した表情をしつつも、声をかけてくる。

 

「……今度は偶然、のようね」

 

「は? どういうことだ?」

 

「いえ、何でもないわ」

 

「……?」

 

 こいつも今から帰るらしく、進む道は一緒なので、自然と一緒に歩く展開になる。

 あれ、でも確かこいつ今日……。

 

「お前、ホームルーム終わってすぐ綾小路とどっか行ってなかったっけ?」

 

 聞くと、堀北は苦虫をかみつぶしたような表情になる。

 

「……嫌なことを思い出させないで」

 

「……何かあったのか」

 

 とりあえず話を聞いてみると、ああ、確かにこいつが不機嫌にもなるわ、という内容だった。

 なんでも、櫛田が堀北と仲良くなるために、綾小路や他のクラスメイトを使って、校舎に併設されたカフェパレットで偶然出会う、というシチュエーションのセッティングを頼んだらしい。

 その話を加味した上で、質問してみる。

 

「まあお前が不愉快になるのも分からんこともないが……そもそもの話をしていいか。何でそこまで櫛田を毛嫌いする?」

 

 堀北の櫛田嫌いは、クラス内でも有名だった。

 頻繁に近づこうとする櫛田。それを拒絶し続ける堀北。時には少し、いやかなりひどい言葉を投げつける場面を目にすることもある。

 

「言ったでしょう。私は1人が好きなのよ。それに一度、櫛田さんにはもう誘わないでとはっきり言っているのよ。それを根回ししてまでやろうとした櫛田さんには、とても強い不快感を覚える。それに、綾小路くんにも思うところはあるわ」

 

 ただ単に1人を邪魔されたから、ってことか。

 

「この話はもう終わりでいいかしら」

 

「……ああ、分かったよ」

 

 堀北としてもあまり好ましい話題ではなかったんだろう。俺もおとなしく従うことにする。

 話題切り替えの皮切りに、堀北が話を始める。

 

「一つあなたに聞きたいことがあるわ」

 

「何だよ」

 

「この学校の制度について」

 

「……随分大きな話だな」

 

「この学校が国主導であっても、私たちは一介の高校生にすぎない。そんな人間に10万なんて大金を持たせることに、あなたは意味があると思う?」

 

 ポイントについて、堀北も前から疑問に思っていたようだ。

 

「さあな。あるとすれば自己管理能力の向上を促すとか、そこらへんじゃないのか?」

 

「だったらこんな大金を積む必要はないはずよ。それだとむしろ金銭感覚がおかしくなって、自己管理能力は下がるんじゃないかしら」

 

「まあ、確かに。それに、校内のいたるところに無料のものが置いてあるのも、俺としては気になる」

 

「そうね。ポイントが底をついても生活できるようにしてある、としか考えられない」

 

 水と食料は、0ポイントでも最低限は確保できる。つまりポイントがなくても死にはしないということだ。

 

「それに授業中にしゃべっていても寝ていても、誰も何も注意さえしない。甘すぎるんじゃないかしら」

 

「放任主義にしても度が過ぎるのは同感だ」

 

 もし今のDクラスの状況が全学年全クラスに共通するものだったら、この学校は学校として成り立っていないし、宣伝できるような成果もあげられているはずがない。

 

「俺たちがまだ経験していないだけで、生徒の気を引き締めることにつながる何かがある、ってことか」

 

「そう考えた方が自然でしょうね。授業を受けていて分かるけれど、教師のレベルが高いことに間違いはないわ」

 

「何人か有名な人もいるみたいだったな」

 

 敷地内の本屋で参考書や問題集を見ていた時、監修や編集の人名欄に、ここの教師の名前をちらほら見かけた。

 堀北の言うように授業のレベルも中々のものだ。

 まあ、Dクラスの奴らほとんど聞いてないけどな。まだ先の話ではあるが、テスト期間になってどれだけ苦労することやら……。

 それから、テストと言えば……。

 

「今日の小テストも、かなり不自然だったと思うんだが」

 

「あの最後の3問のことかしら」

 

「ああ。出題意図が読めないと思わないか」

 

「確かにそうね……」

 

 堀北の学力がいかほどかは分からないが、これまでの少ないやり取りからでも優秀であろうことはうかがえる。

 その堀北も、俺の違和感には同意らしい。

 

「もうちょっと様子を見るしかないか……」

 

「……そうね。手遅れになっていなければいいけれど」

 

「……そうだな」

 

 この学校には、まだ何か俺たちが知らない、いや知らされていないような裏がある気がしてならない。

 少なくともこのままの状態が卒業まで続くとは、絶対に思えなかった。

 

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