実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
バスに揺られて
3学期が始まって2週間ほどが経った水曜日。
高度育成高等学校の全校生徒が、4クラス×3学年、計12台の大型バスに乗って移動していた。
バスの席順は苗字のあいうえお順で決められており、「はやの」の俺の隣には「ひらた」が座っている。
みんな思い思いに移動時間を過ごしている。
所持品に厳しい制約はなかったため、マンガ雑誌やスナック菓子を持ち込んでいる生徒が多い。その他にもトランプやUNOといったカードや、ゲーム機で遊んでいる生徒も見られる。
そんな和気藹々とした車内。しかし俺たちはいま、自らが置かれている状況をほとんど理解できていない。
そもそもこの移動について知らされたのは、1週間前のホームルームが初めてだった。
そして知らされた、と言っても、茶柱先生から俺たちに与えられた情報はほんのわずかだ。
1週間後……つまり今日、バスに乗って長時間の移動をするため、朝8時までに寮のロビーに集合すること。
制服ではなくジャージを着用すること。
替えの体育着や下着を複数用意することを推奨する、ということ。
それだけだ。
何日間、どこで、誰と、何をするのか。5W1Hの部分は一切明かされていない。
そのため、今朝バスに乗り込む直前までは、生徒たちはみんな独特の緊張感に包まれていた。それはもちろん、特別試験が課されるのではないか、という警戒心だ。
この学校に在籍しているであれば、「旅行なんじゃね?」みたいな淡い期待を抱くことはない。
教育されているというべきかどうか迷うところだな。
しかし、長いバスの移動時間中に先ほど述べたような娯楽に興じることでその緊張は解けたようで、今は全員リラックスして過ごしている。
それをプラスに捉えるかマイナスに捉えるかは、少し考える必要がありそうだが。
そんな空気感のため、バスの中は少々騒々しい。
一番前の席に座っている池は、席が離れている須藤や山内と大声でしゃべっているし、トランプやUNOをプレイしているエリアでは本人たちに加え、その周りにいるギャラリーも時折盛り上がりを見せる。
俺の隣に座る平田も、通路越しにその隣に座る女子生徒と話している。平田は優しさからか時折こちらにも意識を向けてくるが、俺が「構わないでいい」というオーラを全力で出しているうちにそれもなくなっていった。
俺は誰ともやり取りをすることなく、一人静かに座って過ごしている。
それは俺がコミュ障であるというのももちろんあるが、決してそれだけではないということは声を大にして強調しておきたい。
これは乗り物酔い対策でもあるのだ。
乗り物酔いをしないためには、酔い止め薬をしっかりと服用したうえで、寝るか、正面を見るか、できるだけ遠くの景色を見ることが重要だ。
誰かと会話をしようとすれば必然的に首が横を向いてしまう。今の俺にとっては端末を見るために下を向くことと同じくらい危険な行為だ。
なので俺は止むを得ず静かに過ごしているだけであって、やろうと思えば平田の慈悲で会話に参加させてもらうくらいはできる。あんまり俺を見くびるなと言いたい。
……堀北に言ったら「私のできうる限りの全力をもって見くびってあげるわ」とか言われそうだな。
ま、正直な話楽しく過ごしている連中をうらやましく思う気持ちはある。コミュ力的にも三半規管的にも、俺には手の届かない世界だ。特にバスの中でゲーム機なんて考えられん。
つい先日の話ではあるが、俺にも友人グループといえる存在ができた。
自由席なら、恐らくそのグループで固まって座ったりしただろう。
しかしいまはそれぞれ席が離れているため、そのグループで直接会話するということはない。
以前長谷部も言っていたが、このグループは、元々友人グループを持たないいわば「余り物」が集まって構成されたグループだ。そのため他のクラスメイトのように離れた席同士でも声を張って会話する、というようなことはしないのである。
その代わりに、端末におけるグループチャット欄は先ほどからちょくちょく動いている。
俺はできる限り下を向きたくないため端末を開くことすらしていないが。
俺の視線はバスが出発してからずっと車窓からの景色に固定されている。
しかしそこから見える光景は非常に味気ない。
高度育成高等学校は東京のど真ん中にあり、インターチェンジまでは目と鼻の先だ。出発から2分もしないうちに高速に乗ると、そこからの景色は微妙に曇った空と道路の防音壁のみ。これが「世界の車窓から」あたりで放送されたら苦情殺到でテレビ局のコールセンターがパンクするレベル。
と、そこで突然窓の景色が黒くなった。そして一定の間隔で光が横切っていく。
トンネルに入ったのだ。
一時的に車内が暗くなり、カードゲームをプレイしていた生徒は一度中断する。
10秒くらいで抜けるだろうと多くの生徒は考えていただろう。一般的にトンネルの長さはそんなもんだ。
しかし10秒、さらには20秒が過ぎ、1分、2分と経過してもまだ抜けず、車内は暗いまま。かなり長いトンネルだ。
そこからさらに1分ほどが経過したところでようやくトンネルを抜け、車内に光が戻る。
それと同時に、マイクのスイッチが入るノイズが聞こえてきた。
「盛り上がっているところ悪いが、静かにしろ」
マイクを通して、天井についているスピーカーから茶柱先生の指示が届く。
「そろそろ、お前たちがいまどこに向かっているのか、そして何をするのか、それを知りたい頃だと思ってな」
確かにそれはそうなんだが、行先と目的を知りたいと思っていたのは1週間前に説明を受けたその瞬間からだ。遅すぎるでしょ。
「そりゃそうですよ。どこに向かってるんすかこれ? まさかまた無人島とかじゃ……」
無人島においては活躍を見せた池にとってもあまりいい思い出とは言えないのか、不安そうにそう呟く。
「安心しろ。あの手の大規模な特別試験はそう年に何度も行われるものじゃない。しかしすでに察しがついている生徒もいるだろうが、今このバスが向かっているのは特別試験の会場だ」
特別試験。
その単語が発せられた瞬間、車内に一気に緊張感が走るのが分かる。
「これからお前たちをとある山中の林間学校へと案内する。恐らくあと1時間弱で到着するだろう」
「え、林間学校? って、夏に行くものなんじゃないんすか?」
思った疑問をそのまま口にした池。
「池。1時間弱で到着するという私の言葉の意味を考えることだな。説明の時間が短く済むほど、それだけお前たちが使える時間が増える。そのうえで聞くが、その疑問は本当に必要なことか?」
「え……あ、いや、すんません……」
茶柱先生からお叱りを受けてしまった。
しかしこれはある意味非常に優しさを持った行為だ。これで池だけでなくクラス全員が説明によりいっそう集中するだろうし、その分特別試験をどのように挑むかという作戦を立てる時間も増える。クラスの勝利に近づく第一歩といえる。
そんなことをするのはある意味では茶柱先生らしくないともいえる。
ただ、池の疑問というのも存外的外れというわけではない。確かに林間学校というと夏に行われるイメージが強いし、事実俺が小学生の頃も夏に行った記憶がある。
とはいえ、いきなり生徒に無人島でサバイバルやらせるような学校にそんなことを言うのも野暮というものだろう。
「説明を続けるぞ。今回の特別試験は通称『混合合宿』と呼ばれるものだ。今までお前たちがこなしてきた特別試験は全て1年生の間のみで競い合うものだったが、今回は学年の壁を越えての交流があり、それを今日から7泊8日の日程でこなしてもらうことになる。なお、学年の人数が異なる関係上お前たちと2年生、3年生とでは若干ルールが異なるが、他学年のルールを把握する必要はない」
俺たち1年生は入学当初と変わらず160名。しかし2、3年はそれなりに退学者が出ている、という話は以前藤野から聞いたことがある。
その点が関わってくるのだろうか。
しかし把握する必要はないとのことなので、ひとまずその点は放っておくことにする。
「口頭では伝わりづらい面もあるだろう。これより特別試験に関する資料を配布する」
バスのガイド席付近の収納スペースから茶柱先生が紙の束を取り出し、それが前の席から順々に回されていく。
「はい、速野くん」
「ああ……悪い」
俺も平田から10数ページほどの資料を受け取った。
決して顔が下方向を向かないように注意しつつ、資料をぱらぱらとめくり流し見する。
途中途中で林間学校の施設のものと思しき写真が目に入った。大浴場、食堂、教室などなど。何かスキー施設のようなものも確認できた。試験内容にウィンタースポーツでも関わってくるのだろうか。
そんなことを考えていると、茶柱先生が再びマイクのスイッチを入れ、説明を再開する。
「資料は全員に行き渡ったな。私が行う説明は資料にリンクしたものとなるため、目を通しつつ聞くことを勧める。今回の混合合宿は『成長』をテーマとしている。普段あまりない他学年との交流の機会は、様々な面でお前たちに成長をもたらすだろう。それに加え、普段慣れないものとの交流を通して、それへの対処や、他人と円滑な関係を築けるかどうかを確認し、またその術を学んでいくこともこの試験の大きな目的の一つだ」
あー……なるほど。「混合合宿」という名称を聞いた時点で薄々感じてはいたが、つまりは俺の苦手な分野ということか。
コミュニケーションに関しては入学時点と比べれば多少なりともマシになった自覚はあるものの、まだまだまずいレベルだという事実に変わりはない。
「この試験では、『大グループ』と『小グループ』の2つの括りのグループが存在する。合宿所となる林間学校に到着した後、お前たちはまず男女に分かれてもらう。その後学年ごとにも分かれ、6つの小グループのメンバー決めを行ってもらう。小グループの決定に関するルールは、資料5ページの上部に漏れなく記載している」
茶柱先生がそう言った瞬間、資料のページをめくる音が一斉に聞こえてくる。
〇第1学年 小グループ決定方法
・小グループとは、男女別に話し合いを持って作成された各学年6つずつのグループを言う。
・試験初日の指定時間内に小グループを作成し、担当の教師に報告すること。
・小グループは全員が納得する形で形成されなければならない。
・1グループには、必ず2つ以上のクラスの生徒が属していなければならない。
・1グループに1人ずつ必ず「責任者」を選任すること。
・1グループの人数は、各学年の人数により変動する。男女別に分けた際の同一学年の人数が60人以上であれば8人から13人。70人以上であれば9人から14人、80人以上であれば10人から15人とする。ただし、60人未満の場合は別途参照。
主なところはこんな感じだ。そして……。
「小グループを時間内に結成できなかった場合、そのメンバー全員が退学処分となる。注意するように」
先生の口から出た退学という単語で、社内の空気に緊張が走る。
つまり小グループの結成は、定期テストで赤点を取らないことと同じくらいにできて当然のものということだ。
「さて、ここまでの内容で一度質問を受け付ける。何かあるか?」
「先生、『責任者』とはなんですか?」
隣に座る平田が手を上げて質問した。
「『責任者』の存在は結果に大きく関与してくる。その点については結果の説明と同時に解説する。他にはないか?」
その後は手が上がることはなく、茶柱先生もそれを確認して話を続ける。
「もう一つ、『大グループ』の説明についても、その下部にもれなく記載している」
〇大グループ決定方法
・大グループとは、各学年6つずつの小グループから学年ごとに1つずつを組み合わせた、計3つの小グループにより作られる集団を言う。
・小グループを作成後、試験初日の就寝時間までに大グループを結成し、担当の教師に報告すること。
・なお、大、小グループの決定の話し合いに関して、教師は一切の関与を行わない。
「中でも小グループは非常に重要で、これから9泊10日の間、同じメンバーで授業や課題、寝食を共にするメンバーとなる。林間学校の日程は、基本的にこの小グループのメンバーでこなしてもらうことになるだろう。また食事時間は1日3度設けられるが、その中の朝食は、試験3日目以降、天候不良の場合を除いて大グループ単位で自分たちで分担を決め、作ってもらうこととなる」
なるほど。
資料に大まかな日程が書いてある。起床時間が6時。その後座禅、そして掃除の時間が設けられており、朝食時間は7時からだ。
となると、朝食を作る場合はどんなに遅くとも5時までに起床しておく必要がありそうだ。
分担制ということで毎日ではないのだろうが、かなり厳しい生活を強いられそうだな。
「今まで敵だったヤツと一緒に過ごすとか、冗談キツいぜ」
質問というよりは独り言に近い形で須藤が吐き捨てた。
しかし茶柱先生はその発言を拾いあげた。
「初めに言っただろう須藤。それがこの試験の根幹でもある。社会生活を送っていくうえでは、苦手な人間……言ってしまえば嫌いな人間とも関りを持たなければならない場面が必ずある。それを学ぶためのものだ」
「そりゃ、そうだろうけどよ……」
不満そうな須藤ではあるが、一方でそれが必要なことであるということ自体は理解しているらしい。
「では続いて、お前たちが最も気になっているであろう結果についての説明を行う。資料の9ページに詳細を記載してあるが、口頭でも説明を加える」
指定された9ページを開くと、大きく「合宿最終日実施総合テスト内容」と印字されていた。
「試験結果は、基本的に属している大グループの『平均点』によって決められ、順位付けがなされる。そして全員の点数は、合宿最終日に行われるテストによって算出される」
〇合宿最終日実施総合テスト内容
・以下の項目に関する総合テストを合宿最終日に実施し、大グループの平均点を算出する。
『道徳』『精神鍛錬』『規律』『主体性』
これはまた随分と抽象的な項目だ。
各項目に関しての解説文があるにはあるが、どの項目を測るためにどのようなテストが行われるのか、ということに関しては一切記述がない。
おそらく小グループ決めに関する明確な決め手をなくし、生徒により深く考えさせることが目的なんだろう。そうなると現時点でこの部分を考える優先度は高くなさそうだ。
「そしてその順位に伴い、お前たちに報酬、およびペナルティが与えられる。詳細の記載は10ページだ」
〇基本報酬およびペナルティ
・大グループごとにつけられた順位により、以下の報酬、およびペナルティを与える。
1位 プライベートポイント10000、クラスポイント2
2位 プライベートポイント5000、クラスポイント1
3位 プライベートポイント3000
以上を、報酬としてその大グループに所属するメンバー全員に与える。
4位 プライベートポイント5000、クラスポイント1
5位 プライベートポイント10000、クラスポイント3
6位 プライベートポイント20000、クラスポイント5
以上を、ペナルティとしてその大グループに所属するメンバー全員から差し引く。
なお、ペナルティにより所持ポイントが0未満となった場合、累積赤字として計上する。
「そして、ここで先ほど平田が質問した『責任者』がポイントになってくる。各小グループの責任者が属するクラスの生徒の報酬が2倍になる仕組みだ」
「2倍、ですか……」
「そうだ。そしてこの倍率はペナルティには適用されない」
つまり、マイナスが増大することはないということ。
これだけでは全クラスがこぞって責任者になりたがるに決まっている。
しかし「責任」という言葉を使っていることからして、何かしらその代償があることは明らかだろう。
「そして小グループは2クラス以上で組まなければならない、というルールを聞いて、お前たちの中には最低限の2クラスだけで組めばいい、と考えた者もいるだろう。しかしそう単純ではない。組んだ小グループ内のクラス数、それに加えて小グループに属する人数の多寡に応じて、責任者の場合と同じく倍率がかかる」
倍率に関しては、報酬の項目の下部に記載があった。
〇報酬の倍率について
・一定の条件を満たすことで、基本報酬に倍率をかけることができる。
責任者が所属するクラスの生徒は、得られる報酬が2倍になる。
小グループ内のクラス数が2つの場合は等倍、3つの場合は2倍、4つの場合は3倍となる。
小グループ内の人数が下限であった場合は等倍、そこから1人人数が増えるごとに0.1倍ずつ倍率が上昇していく。
なお、この倍率はペナルティには適用されないものとする。
とのことだった。
報酬とペナルティのバランスが妙に悪いと思っていたが、恐らくはこの倍率があったためだろう。
「そして、最下位になった大グループにはさらなるペナルティが課せられる」
「え、ま、まさか……」
「そう、退学だ」
その単語が出た瞬間、バスの中に緊張が走る。
「だが、大グループ全員が退学させられるわけではない。退学するのは、最下位になった大グループの中の小グループのうち、学校側が設定する平均点を下回った小グループの『責任者』に限られる」
やはり、「責任」の意味はこれだったか。
退学のリスク回避を取るか、報酬の倍率を取るか。
小グループがどのようなメンバーで構成されるかにもよってくるだろう。優秀そうな生徒が集まっているグループとそうでないグループでは、責任者決めの様相はかなり異なってくることが予想される。
さらに一口に「優秀そう」とは言っても、最終テストでどのような能力が問われるかが具体的に分かっていないため、判断は容易ではない。例えばペーパーテストが得意な生徒を集めてグループを組んだのに、テストで体力が問われました、なんてことになればそのグループは一気に点数を落とすことになるだろう。
これだけでもかなり複雑な思考が絡み合ってくるが、ここで茶柱先生からさらに衝撃的な内容が告げられた。
「また退学になった責任者は、同じ小グループ内の人物1人を指名し、連帯責任として退学させることができる」
「え!?」
口々に驚きの声が上がる。
責任者の退学は、みんな警戒心を抱きつつもまだ受け入れることができた。
しかし連帯責任の部分。
これはいわば「道連れ」だ。
しかしこれは、退学になった責任者の気まぐれで自分が退学になってしまうかもしれないということ。
それは責任者の退学とは比べ物にならないほどの拒否感を生徒たちに抱かせた。
ただこの反応は学校側としても想定済みのようで、茶柱先生は騒然となった車内を落ち着かせるように言った。
「安心しろ。道連れにすることができるのは、平均点のボーダーを下回った原因であると学校側から認定された生徒のみだ。よほどいい加減なパフォーマンスをしない限りはその対象にはならないと考えていい」
そうか……まあ、それはあって当然の制約だろう。
もちろん、いい加減な態度で試験に臨んでわざと責任者を退学にさせる、なんてことがまかり通ることのないようにルールの設定は必要だ。
しかし、それでもやはりどこか今までと比べると異質さを感じるルール設定だ。
学校側ではなく、生徒の側が敵クラスの退学者を指定できるという点がそう感じさせるんだろう。
もちろんそれは責任者が退学になるという前提があってのことだが、それがルール上可能であるという点は非常に大きなポイントだ。
「そして責任者、および連帯責任で退学になった生徒の所属するクラスは、クラスポイントが100引かれるルールとなっている。このマイナスでポイントがゼロ未満となった場合、順位のペナルティと同様累積赤字として計上される。また退学者に関する救済措置も存在する。課されたペナルティに加え、クラスポイント300、プライベートポイントを計2000万支払うことで、その生徒の退学を取り消すことができる」
「先生、プライベートポイントは本人以外で負担してもよろしいのでしょうか」
再び平田が手を上げて質問した。
「それは自由に対応して構わない。だが、今のお前たちには無理な話だろう」
突き放したような言い方にも聞こえるが、否定しようのない事実ではある。クラス全員の所持ポイントを足し合わせても2000万ポイントには遠く及ばないはずだ。
と、そこで端末が震えた。
これまでも綾小路グループのチャットの進行で端末のバイブレーション機能が作動することはあったが、今回はそれとは震え方が違う。
これはメール受信の通知だ。
チャットではなくわざわざメールを使ったことが気になって確認してみると、メールの送信元は藤野だった。
俺も藤野に頼み事があったのでちょうどいい。
内容を確認し、それへの答えと元からの俺の頼み事も付け加えて返信した。
「これで最終テストに関しての説明は一通り完了だ」
そこで言葉を切った茶柱先生は一度マイクを置き、先ほど資料を取り出した収納スペースを再びがさごそと漁っている。
俺は先生の言い回しに違和感を覚えた。
最終テストの説明は完了した。
裏を返せば、まだ特別試験全体としての説明は終えていないという捉え方もできる。
そんな俺の疑念は、そこから数秒と経たずに解消されることになる。
「では、ここから特別試験期間中に組まれている『スキー演習』に関する説明を始める」
ということだった。
つまり、ここからは最終テストとは別枠の話が始まるということだ。
「え、スキー?」
「お前たちが向かう林間学校にはスキー場が併設されている。そこで1日約3時間、天候の許す範囲でスキーの演習を行う。今からそれに関するプリントを配布する」
資料を配布した時と同じ要領で前から後ろへプリントが行き渡っていく。
その1行目に、「昼食後の13時半から16時半まで、スキー場にてスキー演習を行う」と記載があった。
それを見て、車内からは「面白そう」とか「スキー1回やってみたかった」などの声が聞こえてくる。
「楽しむのは構わない。学校側としてもそういった意図でスキーの日程を組んだことは否定しないが、このスキーも今回の特別試験のテーマに沿って行われるテストの一環であることはしっかりと覚えておけ」
一瞬、茶柱先生の視線が俺を捉えた気がした。
それはほんの一瞬で、俺本人以外は気づかないであろう刹那の出来事。
何の意図があるのか、今はまだ分からない。
「テストの一環ということは、スキーの実力によって報酬があるということですか?」
「その通りだ。ただし、このスキー試験は最終テストで導き出される平均点とは全く別物の独立した試験だ。報酬も違ったシステムで決定される。最終テストでは大グループごとの評価だが、このスキー試験では小グループごとの評価が存在する」
「小グループごとって……リレーでもするんですか?」
「それは現地で説明を受けてからのお楽しみだな」
どうやらここで答えることはできない内容のようだ。
「え、でも先生、プリントに報酬とかどこにも書いてないんですけど……」
池がそう漏らした。
確かに、プリントには「タイムにより報酬を与える」とは書いてあるが、具体的な記載はどこにもない。
その質問に対する返答をすべく、先生の口が開く。
しかしその内容は、俺たちの想定外のものだった。
「スキー演習の報酬とペナルティの具体的な数値は、この場では一切伝えない」
そう言った瞬間、バス内にざわめきが起きる。
「え、な、なんでですか?」
「ルールはルールだ。仕方なかろう。私から言えるのは全力で挑むことを勧める、ということだけだ。なまけた結果、どんなペナルティを受けようとも学校側は一切の救済措置を用意していない」
「え! 救済なしって……」
「じゃあもし退学になってもどうしようもないってことですか!」
「そういうことになる」
先ほどの明るい雰囲気とは一変。報酬とペナルティのシステムが隠されたことによって、理論上無限大の不安が生徒に襲い掛かった。
と、そんな中、一人の生徒が手を挙げた。
「質問よろしいでしょうか」
「堀北か。どうした?」
「スキー試験のペナルティに、退学はそもそも存在するのでしょうか?」
「……ほう」
その質問を受けた茶柱先生は、何やら意味ありげに口角を上げた。
「具体的な話は伝えない、と説明したはずだが?」
「はい。ただ先生は『具体的な数値』とおっしゃったはずです。ですが退学は数値では測れないもの。それに関する説明はされてしかるべきだと思いますが」
よく聞いてたな、堀北。さすがと言ったところか。
この理屈に気付いた生徒は、恐らく学年でも数えるほどしかいないだろう。
「正解だ堀北。スキー試験に限っては、退学のペナルティは存在しない。ただしポイントのペナルティはしっかりと存在する。その点は把握しておくことだ」
「分かりました。ありがとうございます」
退学がない旨の説明がなされ、生徒たちはひとまず安堵の声を漏らした。
これはかなりのファインプレーだろう。ここまでの言い回しからして、恐らく質問しなければ明かされていなかった事実だ。
「これで今回の特別試験に関する説明は終了だ。最後に質問を受け付ける」
「はいっ」
即座に勢いよく手を挙げたのは最前列に座る池だ。
「最初に男女に別れるって話ですけど、試験中ずっと別れたまんまなんすか……?」
試験とはほぼ関係がない、なんとも池らしい質問だ。
茶柱先生も薄く笑みを浮かべて答える。
「基本的に生活空間は男女別だが、夕食時間は男女共同のスペースで食べることになる。スキーは男女共通の時間に行われるが、エリアが分けられているため接触は難しいだろう。そしてそれ以外の時間帯に異性の生活空間に入ることは許されない。わかったか?」
「りょ、了解っす」
完全に隔離されるわけではないということで、池の声色からも安堵の感情が伺えた。
漠然としたものか、あるいは誰か目当ての女子でもいるのかはわからないが、取り敢えずよかったなと言っておこう。
「茶柱先生、マイクをお借りしてもよろしいでしょうか」
これ以上手が上がらないことを確認してから、隣の平田が立ち上がった。
「ああ。好きにしろ」
茶柱先生もこの場を明け渡すようにしてガイド席に腰掛けた。
走行中のバス車内で転倒に注意しながら平田は前に移動し、マイクを持って話し始める。
「早速特別試験の作戦を立てる、と行きたいところだけど、まずはこれだけ確認しておきたいんだ。この中にスキーの本格的な経験者、もしくは速く滑れる自信がある人はいるかな?」
手は上がらない。
仕方のないことではある。スキーは名前こそ有名だが、本格的にやるとなるとかなり骨が折れるスポーツだ。多岐にわたる道具はもちろん、雪山という少々特殊な環境を整えなければならない。
経験したことがあっても、それは家族旅行などで何回か滑ったことがある、程度のものだろう。平田が募った条件には当てはまらない。
「高円寺くんはどうかな?」
須藤をも凌駕するほどの非常に高い身体能力を持つ高円寺。
確かにこいつなら常人では考えられないほどのスピードで滑りそうだが、平田の質問に対して手を上げなかった。
「愚問だねえ平田ボーイ。私にできないことなどない。それが答えさ」
「ならなんで手ェ上げなかったんだよ。本当は自信がねえからなんじゃねえのか?」
すぐさま高円寺にかみつく須藤。
「答えがノーだったからさ」
「はあ? バカかてめえは」
「さて、バカはどちらだろうねえ。私はスキーの経験は豊富ではないが、それでも凡人の君たちなどはるかに凌駕することができる。そしてそれは自信ではなく確信なのだよ。よって平田ボーイの問いかけに対する私のアンサーはどちらもノーだった。だから手を上げなかったまでのことさ。理解できたかな? レッドヘアー君」
と、いうことらしい。
まともに相手をするだけ無駄だと思い知ったのか、須藤もこれ以上何か言うことはなかった。
少しおかしくなってしまった場の空気を整えるべく、平田は一度咳払いをして再び口を開く。
「ありがとう。説明を受けた採点項目の中で唯一はっきりと説明されたものがスキーだけだったから、そこを軸にグループを組むことも考えてみたんだけど……」
今の感じだと、そこを軸にするのはやめた方がよさそうだな。
「取り敢えず、皆の意見を聞かせてほしい。どうやってグループを組むべきか」
「んなの、俺たちで12人組んで、残りの3人を3クラスから1人ずつ引っ張って1位を取るのが一番だろ」
安直ではあるが、決して間違ってはいない。
「もちろんそれが理想ではあるけど、他クラスが都合よくこちらに合流してくれるかは分からないし、万が一順位が芳しくなかった時のリスクも考えないといけない」
「つかさー、そのグループからあぶれた奴らって勝ち目なくね? 俺らだってポイント欲しいぜ。なあ?」
山内が少し不満そうにそう呟いた。
そんなボヤキに頷く生徒も少なくない。
勝ちを狙いに行くグループには入れないと自覚する生徒たちだ。
「もっともな意見だよ山内くん。その点については、皆の賛同が得られれば体育祭の時みたいに均等に配分する方法を取りたいと思うんだ」
「ちょっと待ってくれ」
話の流れに待ったをかけたのは、幸む……啓誠だった。
後方の席から手を上げて発言する。
「俺も体育祭の時はその恩恵に預かった側だ。そのうえで言いたいんだが、やっぱり全員均等にっていうのは逆に公平性に欠ける気がしてる」
「でもよ、分け合わないってことになったら俺たち試験のたびにポイント失うばっかだぜ?」
「ああ。グループ分けで優遇されたうえで、ポイントを得た人が全部持って行くのももちろんフェアじゃないとは思う。分け合うことを否定したいわけじゃない。だから間を取って、分け合うのは個人のマイナス分を補填するのに止める、っていうのはどうだ」
啓誠の提案はまさに折衷案。
マイナスにはならないが、プラスになるためには自分で努力して稼ぎに行くしかない。
上位でポイントを得た側の負担も、均等に割り当てた場合に比べれば軽くなる。
「なるほど……一度多数決を取ってみようか。この結果が決定事項になることはないし、後で意見が変わっても構わない。あくまで目安程度に考えてもらいたいんだ。分からなかったら手を上げなくても構わない。均等に分け合うか、マイナスをなくすか、ポイントを得た人のものにするか。まずは均等に分け合うのがいいと思う人」
ちらほらと手が上がるが、数としては多くない。10に満たないだろう。
「ありがとう。じゃあ次に、幸村くんの案がいいと思う人」
先ほどと同じくらいか。啓誠など得意不得意がはっきりしており、試験の内容によって上位にも下位にもなり得る生徒、そして比較的気性がおとなしく、一番罪悪感の少ない選択をした生徒が多い印象だ。
「ありがとう。最後に、全てポイントを得た人のものにするのがいいと思う人」
大差はないが、前者2つと比べると若干多いかもしれない。
やはり一番わかりやすい形の選択肢ではある。
「みんなありがとう。幸村くんも、貴重な意見をありがとう」
平田はそう礼を言った。啓誠もそれを受けて小さく頷く。
「じゃあ、次に具体的な作戦の話に入っていきたいところなんだけど……細かい点を詰めるには時間が足りない。ただ最初に決めておくべきは男女それぞれのはっきりとしたリーダーだと思うんだ。基本的に男女別の試験だから、女子のみんなを今まで通りに支えていくことはできないと思う。女子のリーダーを一人決めておきたいんだ」
そして平田はひとりの女子生徒に目を向ける。
「君にお願いできるかな、堀北さん」
誰も文句はない、納得の人選だろう。
堀北もそれを受けて小さく頷いた。
「分かったわ。試験期間中、何か問題が起こったら私に相談して。どんな些細なことでも構わないわ。ただ……」
と、そこで言葉を切る。
「私ではまだ相談しにくいという人も中にはいるでしょう。そのためにサブリーダーを決めておきたいの。櫛田さん、あなたにお願いしたいわ」
「え……私?」
自分の名前が出たことに驚いている櫛田。
「ええ。あなた以外に適任はいないわ。お願いできるかしら」
真っ直ぐ見据えられた堀北の目。櫛田に対しての正直な評価なんだろう。因縁など関係なく……いや、因縁があるからこそ、と言うべきか。
対する櫛田はまだ少し動揺している。
その目が一瞬だけ俺を捉えた。
しかしすぐに堀北の方に向き直り、言った。
「うん……私でよければ、喜んで協力するよ。ありがとう堀北さん」
「助かるわ。こちらこそありがとう」
堀北は満足そうに頷いた。
こうして、この試験での女子の体制の構築ができた。
今のやりとりを見て、櫛田と堀北が冷戦に近い状態であることに思い至ることができる人間は事情を知る者以外ではいないだろうな。
だが、少なくともこの試験では大丈夫だろう。櫛田も俺に釘を刺されたばかりで迂闊な真似をするとは思えない。先程目が合ったときにもそれを感じた。
平田の言っていた通り、今回試験の面でクラスの女子に手出しできることはほとんどない。俺が櫛田の活用をする必要はなさそうだ。