実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。 作:2100
試験3日目。いまは午前中の座学の時間で、教室に大グループが集合している。
今日の一年生の朝は、朝食作りから始まった。
炊事にある程度慣れている俺にとっては、早起きしなければならないこと以外はあまり苦痛には感じなかった。しかしグループの半分以上は朝食づくりそのものに煩わしさを感じている様子だった。
グループの中には炊事の勝手がある程度分かっている生徒が俺を含めて3人ほどいたが、正直な話、10人で分担して作るより、その3人で作った方がよっぽど効率がいいと思う。
少しして担当の教師が教室に入ってくると、大グループの全員出席を確認し、さっそく今日の授業内容を口にする。
「これから、お前たちには自己紹介をしてもらう」
それを聞いて、少なくない生徒の頭にはてなマークが浮かんだ。
自己紹介は普通初顔合わせの大グループ決めの際にやるべきで、実際すでに済ませている。
試験3日目にしていったい何を言い出すのかと。
しかし教師は俺たちの疑問の表情を意に介さずに続ける。
「といっても、当然ながらやってもらうのはただの自己紹介ではない。これはあくまで授業、そして試験の一環でもあることを覚えておくように。今日からこの授業では、学年ごとに設定されるテーマに沿ったスピーチを行ってもらう。評価ポイントは『声量』『姿勢』『内容』『伝え方』の4つだ」
なるほど、スピーチか。ようやく繋がった。
バスの中で読んだ資料にも、授業内容の一つとして一応触れられてはいたことだ。
「1年生のスピーチテーマは、今までこの学校で学んできたこと、これから学んでいきたいことだ」
その指示の後、2、3年生たちのスピーチテーマの指定も行われると、用紙が配布され、スピーチの原稿を考える時間が与えられる。
例によって俺の隣に座っている龍園にも紙を手渡した。受け取ったのを確認し、俺も考える時間に入る。
テスト本番でも、原稿用紙を見ながら発表して構わないらしい。しかしだからといって、しゃべる内容一言一句をすべて記入するのは得策ではない。箇条書きにして、原稿を見るために視線を落とす回数を最小限に抑えるべきだ。これは恐らく『姿勢』と『伝え方』の採点項目に関わってくる。
もちろん、完全に内容を暗記して原稿に目を落とさずに行うのが理想だが、無理をして下手に詰まってしまうよりは潔く原稿を見たほうがいい。せっかく認められてるんだから。
ニュースキャスターだって原稿なしではニュースを読まない。
とすれば、あとはしっかりと内容を固めることだ。
「……」
この学校で学んだこと、か。
常に学校側のルールを嘲笑うような戦い方をしてきた龍園は、一体この学校で何を学んだのか。そしてこれから何を学んでいきたいと思っているのか。
ただ、この発表で龍園が自身の本音を晒すとは思えない。
今のこいつの様子からして、当たり障りのない内容を書いてくるだろう。
その日は、教師がランダムに指定した各学年2人ずつの6人が代表で発表し、全体のフィードバックを行って終了した。
授業が終わり、教室から出て共同部屋に戻る最中。
いつも通りグループの最後尾を歩く龍園に、俺は話しかけた。
「おい」
その声には反応されない。が、恐らくは聞こえているだろうと勝手に判断して続ける。
「お前、本当にリーダー降りたのか」
「あ?」
質問を耳にし、ようやく俺の方に目を向ける龍園。
「降りたとして、何があった。傍若無人に俺の首締め上げたやつが、その数日後に飼い犬に手をかまれてリーダーを降りるなんてどうも納得がいかない」
「てめえの納得なんてゴミみてえなもん、俺の知ったこっちゃねえな」
「答えてはもらえないのか」
「俺の指示に従わねえ雑魚どもをまとめるのに疲れたんだよ」
「俺を襲った時の石崎は、とてもお前に反抗するようには見えなかったが」
「知るか」
そっけなくそう答えると、俺を振り切るようにして歩く速度を上げ、一人で共同部屋へ戻っていった。
「……」
俺がこのような質問を龍園にしたのは、二つの意味でのアリバイ作りが目的だった。
一つはグループのメンバーに対して。
龍園と消極的ではない程度に接し、目付け役として最低限の努力はしたということを示すためだ。
もう一つは龍園に対して。
俺は清隆と龍園の一件を知らないということになっている。
さっき実際に口にしたように、首を締めあげられた相手が数日後にそのクラスのリーダーを降りるなんて事態になれば、詳細を知りたいと思うのは当たり前の思考だ。
逆に何一つ質問しない方が不自然だろう。質問することで龍園からあらぬ疑いをかけられることを事前に避ける。
このやり取りで、それら二つの目的を同時に達成することができた。
1
昼食時間が終わった後、全生徒がスキー場へ移動。
スキーは基本的に小グループ単位で練習が行われるが、俺たち滑れない組の属する「基礎コース」のメンバーは本来属する小グループから外れ、指導を受けることになっていた。
「基礎コースの1年生は全員集まったかな?」
担当する講師がそう言いつつ、メンバーを数えて確認する。
「うん、全員いるね。じゃあ早速始めようか」
そこからは講師の見本、それを見て俺たちが実践、見本、実践の繰り返し。
俺たち基礎コース組は、その名の通り滑るための基礎を丁寧かつ徹底的に叩きこまれていた。
そんな中で、すでにコツをつかんでいる生徒が2人ほどみられる。その2人は恐らく、今日中にでもグループ単位での練習を行っている『演習コース』に移動することが叶うだろう。
それに対し、ポンコツぶりを発揮している生徒が一人。
俺である。
「……滑れん」
ストックを使えば進むことは進む。しかし進行方向やスピードの調整など、それらのコントロールがまったくと言っていいほど効いていないように見えているだろう。
「うおっ」
このように体勢を崩して派手にこけることもしばしば。今日だけですでに4回目だ。
「ちょっと、速野くん大丈夫?」
うずくまって尻をさすっている俺に声をかけたのは、同じCクラスから基礎コースにいる松下だった。
俺の一つ前の順番で滑っており、俺のずっこける様子が目に入ったらしい。
「ああ……大丈夫」
「さっきからこけすぎじゃない?」
「まだコツがつかめてないんだ」
「まあ、私も滑れないんだけどねー……」
だろうな。前方を見ていても、松下は満足に滑れているとは言えなかった。
しかし絶望的というほどではないようにも感じる。
「ていうか、速野くんが滑れないことがそもそも意外だよ」
突然そんなことを言い出す松下。
「はあ? なんで」
「いやさ、なんか速野くんって割となんでもできそうなイメージだったから。成績は言うことなしだし、体育祭でも割といい感じだったし」
確かに体育祭では順位としてはそこそこの数字を出したが、俺は別に運動は得意というほどではない。クラスの半分より上ではあるだろうけど。
「まあお互い頑張ろうよ」
「ああ、そうだな」
会話上はこれで打ち切られた形だが、戻る方向は一緒のため俺と松下はほとんど隣同士でスタート地点に戻っている。
松下といえば……少し気になる点があったな。
船上試験の際に池に尋ねたという、俺は堀北のタイプと啓誠のタイプ、どちらに近いか、という一見して奇妙な質問。
そしてそれを聞いたことを俺本人には伝えるな、という頼み。まあこちらについては池のポカにより俺の知るところとなったわけだが。
俺が松下について知っていることは、佐藤、篠原と3人でよくつるんでいるということと、その3人の中では比較的高めの実力を持っているということだけだ。学力に関してはクラスで中の上程度。3人でいるときは勉強を教える側に立つタイプだろう。
松下に対しての印象はこれくらい。そもそも普段から関わりはないし、会話したこと自体これが初めてぐらいだ。
「……」
いくつか松下に対する疑問点はあるが、まだ何かをされたわけでもないし、こちらから何かする段階ではないだろう。
材料がなさ過ぎて何もできない、ということでもあるわけだが。
2
夕食時間。
この合宿の中で唯一、全ての男女が空間を共有する時間。学校側の意図があるのは明白だ。
実際、この時間の男女間での接触は多い。もちろん友人同士、恋人同士の接触が多いようだが、中にはクラス内での情報共有を目的とした接触も含まれているだろう。俺の把握できないところで。
まあそれはいい。俺はこの試験、クラス間での小競り合いにはあまり関心がない。情報共有でもなんでも自由にやればいい。
ただ普通にこの空間で過ごしているだけでは、目的の人物と接触することは難しい。
なんせここには生徒や教師も合わせて500名にも及ぼうかという数の生徒がいるのだ。
収容人数は500名ほどあるそうだが、それでも窮屈なことには変わりない。そんな空間では、人1人探すのもままならない。
ではどうすればいいのか。端末などの連絡手段もないこの空間で目的の人物を探し当てる方法。
実のところ確実な正解はない。だが、確率を上げる方法はある。
それは探す方と探される方に明確に分かれ、探される方は常に同じような場所に陣取ることだ。
動いている的と固定されている的、どちらが当たりやすいかを考えればわかりやすいだろう。
しかしそれにはどちらがどちらの役割を果たすか、事前に決めておくか、暗黙のうちに理解しておくことが必要になる。
俺がこの3日間、ほとんど同じ場所で食事をしているのはそれが理由だ。
そして同じように、3日間とも俺の視界の同じ角度、同じ距離に映っている生徒も、恐らくは誰かが見つけやすいようにそうしているのではないかと予想ができる。
その1人が、クラスメイトの軽井沢だ。
そして今日、同じくクラスメイトの清隆がその軽井沢の近くに座った。
事前に打ち合わせていたか、それとも軽井沢が何も言われずとも自分の役割を理解していたか。
いずれにせよ、接触するのは清隆が必要になったときだけ。それまでは自分から接触しに行くことはない、ということだろう。
言い方は悪いが、忠犬だな。
軽井沢はいま友人たちと夕食を食べているため、まともに会話ができる状態じゃない。食べるペースを遅くするなどして人払いを行うだろう。
その後、清隆との間でどんなやり取りを行うかは全く見当もつかないが。
そしてどうやら、俺たちの初めての接触も今この瞬間になるようだ。
俺はその人物が通り過ぎる直前に机の上に紙きれを置いた。
その人物は紙切れを回収し、俺に何か話しかけることもなくそのまま立ち去っていった。
誰の目にも留まらなかっただろう。これでいい。
夕飯を食べ終えた俺はトレイを戻し、この建物内を歩き回る。食後は食べたものの消化という目的もあっていつもこうしている。
食事を行えるスペースはこのフロアだけだが、この建物自体には2階も用意されている。といっても何かがあるわけではない。大きな吹き抜けが二つあって、1階の食堂全体のようすを見渡せるだけだ。あるものと言えば数個のベンチと観葉植物くらいのもの。
2階へ続く階段は奥の方にあり、それを利用して2階へ。
まだ食べ終わってない人も多いということもあってか、10人足らずの生徒が雑談に興じているだけだった。
その中に1人、異質な生徒を見つけた。
吹き抜けから1階をぼーっと見つめている生徒。
それが普段から1人で時間を過ごすことが多いような生徒なら、特段不思議に思うこともなかったかもしれない。
しかしそれをしているのが元生徒会書記の橘茜だったため、目に留まってしまたのだ。
明らかに元気がない。
別に俺は橘先輩と関わりが強いわけではないが、印象としてはこの手の試験は比較的得意なイメージがある。少なくとも3日目にしてここまで気疲れするような生徒だとは思えない。
気まぐれだが、声をかけることにした。
「どうも」
「……速野くんですか」
一瞬だけ俺に顔を向けたが、すぐに視線を下に落とす。
「ずいぶん疲れてますね。なんかあったんですか」
その問いに対して、何か口から出かけた言葉を呑み込むような所作があったあと、また口を開いた。
「……いえ、何もありませんよ」
「なんですか今の間は」
「だ、だから何もないって……」
そう言ってかたくなに否定する橘先輩。
「……そうですか。まあならいいんですけど」
本人が何もないとここまで言うのだから、これ以上この人に直接踏み込むのは余計なお世話だろう。
俺は軽く会釈をして、橘先輩のもとを離れた。
3
今日、4日目にあたるのは土曜日。
普段の学校なら休みだが、この林間学校はそうではない。平日より終了時間が早いだけで、午後までしっかりとカリキュラムが用意されている。
「ったく、なんで土曜なのに休みじゃないんだよ……」
「ほんとだりーよな……」
朝食作りの最中も、このように文句たらたらである。
まあ、少しのやり取りもなく無言で作業するよりは、こうしたコミュニケーションが発生している方がグループとしては健全かもしれない。
文句を言ってはいけないなんてルールはないし、作業の手が止まってしまわなければそれでいい。
「なあ、ずっと気になってたんだけど」
そんな中、隣で野菜を切っているBクラスの墨田が話しかけてくる。
「なんだよ」
「なんでAクラスの中で森重を選んだんだ? 別に文句があるとかじゃないんだけどさ」
初日の俺の決断に疑問があるらしい。
「別に、大した理由はないぞ。Aクラスの個人それぞれの実力なんて把握してないし、神崎に3人まで絞ってもらってからその場でなんとなく選んだだけだ」
「なーんだそうか」
俺の答えに興味を失ったようで、墨田はそんな反応を返して元の作業に戻った。
試験だけを考えるなら、本当に大した意味はない。別に森重を選ばなくてもよかった。いや、コミュニケーションが円滑に進みそうという意味ではむしろ橋本の方が適任だったかもしれない。
俺がそうせずに森重を選んだのには意味がある。ランダムに選んだなんてのは当然のごとく嘘だ。
その意味とはなんなのか、今夜にも明らかになるだろう。だが、それはグループのメンバーの知る必要のないことだ。
4
スキー演習で基礎コースに所属している生徒は、日に日に成長している。
今日か明日あたりで大部分の生徒が『演習コース』へと移動になるだろう。
愛理は今日あたり行けるはずだ。松下も今日か。
井の頭と山内は早くても明日だ。俺も恐らく明日には移動することになるだろう。
このように、今日移動できないにしても、明日までにはほぼ全員が移動するだろうというめどが立つまでになっている。
本人たちにとっては、滑ることすらできなかった合宿序盤には想像すらできなかった状況だろう。
まだ数人がコツをつかめていないようだが、そんな生徒たちも最終的には滑れるようになるだろう。少なくとも最終日のタイム計測までには。
「じゃあ次、行こうかー」
俺の前に並んでいた松下が、講師の呼びかけと同時に滑り出す。
やはり松下はしっかり滑れている。
バランスもとれているし、スピードもそこそこ。基礎が習得できている証拠だ。
「オッケー、じゃあ次の人」
そして俺の番。
ストックに力を入れ、体重移動を意識して……
「うん、だいぶ上達してきてるね。スキー板のコントロールをもう少し上手くできればさらにいいと思う。今はスキー板が踏ん張れずに動きが必要以上に大きくなってるから、そこを注意してみて」
「……わかりました」
雪は摩擦係数が小さいため滑りやすく、踏ん張り切れずに動きが大きくなってしまうことがある。それはつまり、せっかくストックで地面を蹴って生み出したエネルギーが、推進力にうまくつながっていないことを意味している。
「……ん?」
そんな感じで滑りの自己分析をしていたところ、あることに気づく。
白い雪の上に入っている、電車のレールのような二本のライン。
「これ……スキー板の跡……だよな」
もちろん、この場にスキー板の跡があるのは不思議ではない。しかし疑問なのは、その跡が向かっている方向だ。
宿泊施設側から見て、手前で練習しているのが『演習コース』。奥側を俺たち『基礎コース』組が使っている。そして『基礎コース』の生徒たちは奥側に向かって滑っている。自分の順番が来たら、10メートルほどのコースを滑り、そこから元のスタート地点まで戻って並びなおす、というのが一連の流れだ。そのため俺が今いる場所にできるスキー板の跡は、すべてスタート地点の方向にUターンしていないとおかしい。
しかしこのスキー板は、さらに奥のほうへ向かっている。
講師のものである可能性も考えたが、この跡は新しい方だ。先ほどから講師はコースを行き来しているだけだから、コースから外れているこの跡が講師のものである可能性はない。
「……まさか」
スタート地点の様子を確認して嫌な予感がした俺は、スキー板の跡をたどり、奥のほうへ向かって滑り降りる。
「……森の方向に続いてるな」
スキー場の両端は森で囲まれているのだが、スキー板の跡はその右側の森へと入っていっていた。
滑り降りた先で見つけたのは、想像していた通りの光景。
「……やっぱり」
「は、速野くん……?」
心底驚いたような声で俺の名前を呼んだのは、ストックを手放し、右足首を抑えて倒れている松下である。
「え、なんでここに……?」
「変なスキー板の跡を見つけて、スタート位置確認したらお前が見当たらなかったから、跡をたどってきたんだよ」
まだ俺がこの場に来たことへの驚きが収まっていない様子だ。
まあこんな状況になって、ただでさえ気が動転してるはず。頭の処理が追い付かないのも仕方のないことだ。
「足、ケガしたのか」
「う、うん、多分くじいたかも……」
右足首をさすりつつ答える松下。見た感じ木に激突してるから、その衝撃の影響だろう。
「ほかにケガした場所は?」
「今は右足以外はいたくないよ」
「そうか」
滑り降りて分かったが、ここは結構スピードが出る。勢いそのままで木にぶつかってケガがこれだけなのは、かなり幸運だ。
「とりあえずスキー板は外したほうがいい」
「そ、そうだね……」
カチャカチャと音を立てながら松下の足からスキー板を外し、横に置いておく。
「歩けそうか?」
「多分無理……」
「だろうな。わかった」
となると……
「講師に言って保険医呼んできてもらうから、ここで待ってろ」
「あ、うん……」
俺もスキー板を外し、ブーツで雪の坂を上って『基礎コース』の1年を指導している講師に松下のことを話す。
講師は驚きの表情を見せながらも、努めて冷静に俺に言う。
「わかった。すぐに保険医の先生に連絡を取るよ」
「ありがとうございます」
「君は練習に戻ってもいいけど……スキーボードはどこに?」
「ああ……現場に置いてきました」
「なら取りに行くついでに、先生が現場に到着するまで彼女のことを見てやってくれないか。2分くらいで着くはずだよ」
「わかりました」
まあ、ついでだしいいか。
話し終えると、講師はすぐにどこかに走っていった。保険医を呼ぶための連絡だろう。保険医は万一に備えて、そんなに遠くにはいないはずだ。
「保険医はすぐ着くらしい」
松下のもとに戻って開口一番そう言った。
「あ、ありがとう」
申し訳なさそうに、ボソッとそうつぶやく松下。
「なんでこうなった? お前は滑るコツつかめてたはずだろ」
『基礎コース』の中でも上手い方だった。少なくとも技術的には、このような惨状をまねくレベルではない。
「その、滑ってる途中で足攣っちゃって、それでコントロールできなくなって……」
「……なるほど」
それなら仕方ない……かもしれないな。
「奥の方ってどうなってるのかなー?」みたいな興味本位で行ったなら松下が悪いが、足が攣るのは事故だ。なのでもし今回の件に失態があるとすれば、それは松下ではなく、講師または教師だろう。
これだけの人数を一人で教えているために、ほかのことに気が回りづらいとはいえ、講師は生徒が誤って滑り降りてしまってケガしたのを、俺に言われないと気づけなかった。俺が気付かなければ恐らく点呼まで気づかれなかっただろう。これは講師側の落ち度。そしてこれだけの人数を一人で見る必要のある状況にしたのは、近くに監督員か何かを配置しなかった首脳部、つまり教師側の責任だ。
「……あれ?」
「ん、どうした。……お、来たみたいだな」
松下の疑問の声は、保健担当の星之宮先生と他数名の教師の到着によってかき消された。
星之宮先生は同じ学年のBクラス、つまり墨田や一之瀬のクラスの担任でもある。
「悪いわね速野くん、見てもらってて」
手を振りつつ、俺に声をかけてくる星之宮先生。
「いや……まあ乗り掛かった舟なんで」
実を言うと、この人のことはあんまり得意ではない。
「ふーん、そっか。で、『基礎コース』の君がどうやってここに無傷でたどり着いたの?」
「……」
「あそこからここまでのコースって結構急な坂だよ?大丈夫だったの?」
……そう、俺が言ってるのはこの視線だ。
一見優しく包み込むようなのに、いつの間にか関節を極められているような、そんな感覚。
「星之宮先生、そろそろ……」
「あ、はーい。じゃあね速野くん☆」
答えに窮する俺だったが、付き添いの先生の言葉によって、星之宮先生の詰問から逃れることに成功したのである。
「君も気を付けて戻りなさい」
「……はい」
言われた俺はスキー板を手に持って、急な坂道を雪を踏みつつ戻っていく。
多分松下の疑問も、さっきの星之宮先生の質問と同じだったんだろうな。
そのあたりは敢えて考えないようにしつつ、今まで通り練習を続けた。