実力至上主義の学校にオリキャラを追加したらどうなるのか。   作:2100

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あの日を迎えます。


終わりを告げた日常Ⅰ

 授業をちゃんと受けなくても怒られない。

 放課後や休日は、支給された10万のポイントを使い、遊び回る。

 そんな「天国のような」生活を続けて、1カ月が経過した。

 多くの生徒は、5月1日になれば、また10万ポイントをタダでもらい、夢のような生活を引き続き送ることができるのだ、と信じてやまなかった。

 それが4月30日、昨日までの話。

 日付が変わって、今日はその5月1日。

 ポイントの支給日だ。

 言うなれば、子どもが親から小遣いをもらえる日。

 生徒はたいそう盛り上がっているだろう、と思われた。

 しかしこの教室内には、浮かれるとか、ワクワクするとか、そんな生易しい感情はない。

 あるのは疑問、不安、焦り、そういった負の感情だけ。

 しかし「まあ大丈夫だろう」と言い聞かせて、自分を安心させようとしている。

 そんな異様な空気が流れる中、教室のドアが開き、茶柱先生が入ってくる。

 そして、すぐに違和感を覚える。

 教卓に立った茶柱先生の持つ雰囲気。

 昨日までとは全く違う。

 

「せんせーどうしたんすか? 閉経しちゃったとか?」

 

「これより朝のホームルームを始める。その前に何か質問のある者はいるか? もしいるなら、今のうちに聞いておくことを勧めるぞ」

 

 池のクソ面白くないセクハラをガン無視し、茶柱先生は冷たい声で教室全体に告げた。

 質問を促され、クラスの何人かが手を挙げる。

 その中の1人、本堂が口を開いた。

 

「あのー、今朝見たらポイントが振り込まれてなかったんですけど。ポイントって毎月の1日に振り込まれるって話じゃなかったんですか?」

 

 全員同じ疑問を持っていただろう。

 4月30日時点と、5月1日時点。その間のポイント残高の変動が全くなかった。

 Dクラスの異様な空気も、全てはこれが原因だ。

 俺も今朝、端末のポイント残高を確認して少し驚いた。

 これに、茶柱先生はどう答えるのか。

 

「その通りだ本堂。入学時の説明を忘れたわけではないだろう? ポイントは毎月1日、お前たちに自動的に振り込まれる。そして今月分は、すでに問題なく振り込まれた」

 

「え? いや、で、でも……」

 

 本堂が戸惑うのも無理はない。

 先ほども言った通り、俺たちのポイントに変動はなかった。にもかかわらず、ポイントはすでに振り込まれたという。

 

「……本当に愚かだな、お前たちは」

 

「お、愚か……?」

 

「座れ本堂。ホームルームを始める」

 

「え、さ、佐枝ちゃんせんせー?」

 

「座れと言ったはずだ。次はないぞ」

 

 見たことも聞いたこともない茶柱先生の雰囲気と口調。

 本堂は気圧され、席に座りこんだ。

 それを確認して、茶柱先生は再び話を始める。

 

「間違いなく、ポイントは振り込まれた。学校側のミスでもなければ、ましてやお前達だけ忘れられた、なんて幻想もあるはずがない。分かったか?」

 

「い、いや分かったかって言われても……事実振り込まれてない訳だし……」

 

 本堂は未だに分かっていないようだ。茶柱先生が何を言いたいか。

 いや、学校側が何を言いたいか。

 

「はは、分かったよティーチャー。このくだらないなぞなぞのような話の真相が」

 

 いつものとおり、足を机にあげながら、高円寺が笑って言った。

 

「要するに、今月私たちに振り込まれたポイントはゼロポイントだった。そういうことだろう?」

 

「は? 何言ってんだよ。毎月10万ポイント振り込まれるって言ってただろ?」

 

「私はそんな説明を受けた覚えはない。どこか間違っているかい、ティーチャー?」

 

「ふむ。態度には問題ありだが、その通りだ高円寺。今月お前たちに振り込まれたポイントは、ゼロだ。全く、これだけのヒントをやっておきながら、気づいたのが数人とはな」

 

 先生はあっけなく、1つの衝撃的な事実を告げた。その言葉が浸透していくと同時に、教室内はどんどん騒がしくなっていく。

 

「……あの、先生。質問いいでしょうか。腑に落ちない点があります。どうしてポイントがゼロだったんでしょうか」

 

 騒然とした教室の中、そう主張したのはクラスのリーダー、平田だ。

 その平田の質問にも、先生は冷たく答える。

 

「遅刻欠席、合計98回。授業中の私語や携帯を使用した回数、391回。一月でよくもまあこれほど怠惰を続けられたものだな。以前も説明しただろう。この学校は実力で生徒を測る、と。この学校は、クラスの成績がそのままポイントに影響する。この1ヶ月間を総合して、お前たちDクラスの厳正な査定を行なった結果、その評価は、『ゼロ』だ」

 

 突如として明らかにされる、ポイントの支給制度、「Sシステム」の裏側。

 俺が入学初日の夕食時に立てた仮説は、なんだかんだで当たっていたのだ。

 貰えるポイントは増減する。

 そして俺たちは今月、0ポイントを獲得した、というわけだ。

 点と点がつながり、線となってその形が露わなっていく。

 後ろでは、堀北がシャーペンを走らせるサラサラという音が聞こえてくる。

 メモを取っているのは恐らく、先ほどの遅刻欠席などの回数や、先生の発言。事態の把握を狙っているんだろう。

 

「ですが先生、僕らはそんな説明は……」

 

「受けた覚えはない、か?」

 

「はい。もし説明を受けていれば、誰も私語や欠席なんてしなかったはずです」

 

「それはおかしな話だな。お前たちは小、中学校合計9年間の義務教育の中で、授業中の私語や遅刻はしてはいけないことだと習わなかったのか? そんなわけがないだろう。その程度のことを説明しないと分からないのか。お前たちが当たり前のことを当たり前にこなしていれば、こんな結果にはならなかった。全てお前らの自業自得ということだ」

 

 それは絶対的な正論だった。出来て当たり前のことを、俺らは出来ていなかった。それだけのことだ。

 恐らく平田は今になって、授業をちゃんと受けよう、とこれまで注意してこなかったことを後悔しているだろう。

 

「大体、高校に上がったばかりのお前たちが、なんの制約もなく1ヶ月に10万もの大金を使わせてもらえると思ってたのか? 優秀な人材を育成することが目的のこの学校で? あり得ないだろう。常識を少しは身につけたらどうだ。なぜ疑問を疑問のまま放置しておく?」

 

 言われて気づく。

 疑問を解消しようとしてこなかったのは、完全に俺の落ち度だ。

質問して情報に確実性を持たせるべきだったのに、立てた仮説を仮説のまま放置していたのは悪手だった。

 しかし想定外なのは、支給されるポイントはクラスごとに決定されているらしい点。先ほどから「クラスの評価がゼロ」といった言い回しをしていることから恐らく間違いない。

 俺は支給額が変わるとしても、それがクラスごとに評価されるという可能性には全く思い当たっていなかった。そのため俺は自分さえちゃんとしていればいいと考え、特にクラスメイトに声かけをするようなこともなかった。

 ただたとえ声かけをしたとしても、昨日までのDクラスの生徒に届くとは思えないが……。

 

「では……せめてポイント増減の詳細を教えてください。今後の参考にします」

 

 悔しそうな表情を見せる平田だが、また新たな可能性を模索し、先生に言う。

 

「それは出来ない相談だ。人事考課、という言葉は知っているだろう。ポイントの増減は、この学校の決まりで公開出来ないことになっている。……しかし、そうだな。私も一応お前らの担任だ。一ついいことを教えてやろう」

 

 そう言うと、茶柱先生に一気にみんなの視線が集まる。

 

「お前たちが今後、私語や遅刻を完全に無くし、マイナスをゼロにしても、プラスになることはない。来月も、その次も0ポイントだ。つまり、お前たちが今までやってきた私語も遅刻も、授業中の携帯使用もし放題というわけだ。どうだ、覚えておいて損はないだろう?」

 

 皮肉たっぷりの先生の言葉に、平田の表情が沈む。俺も少し気分が悪くなり、先生を睨んだ。

 ……いや、或いはここでキレさせることが目的か。

 そんな時、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

「どうやら、少し無駄話をしすぎたようだ。本題に移るぞ」

 

 そう言うと、先生は持ってきていた大きな白い紙を黒板に張り出す。

 そこには、A~Dクラスの文字、そしてその横には数字が書かれていた。

 Aクラスが940。Bクラスが680。Cクラスが490、そして俺たちDクラスが0。

 Dクラスの数字から、これはポイントに関連することだろうと推測できる。

 にしても、AからDにかけて、随分と綺麗に数字が下がっている。

 それを奇妙に感じたのは堀北と綾小路も同じらしく、後ろで何事か話しているのが聞こえてきた。

 

「お前たちは入学してから昨日まで、贅沢三昧をしてきた。もちろん、それを糾弾する気も否定する気もない。ただの自己責任だからな。事実、学校側はポイントの使い道に関しては制限をかけなかっただろう」

 

 確かに、そのようなことも言っていた。「このポイントは振り込まれた時点でお前たちのものだ。遠慮なく使え」と。

 その説明は、俺らにポイント使用の権利を付与したとともに、ポイントに関しての無限責任を課すことにも繋がっていたということだ。

 

「この数字は『クラスポイント』と呼ばれるものだ。このクラスポイント1につき、月初めに100ポイントのプライベートポイントが支給される。クラスポイントが0であるお前たちに支給されるポイントは当然、0というわけだ」

 

「そ、そんなのあんまりっすよ! こんなんじゃ生活できませんって!」

 

「安心しろ。お前たちも敷地内で目にしただろうが、この学校には、いたるところに無料で購入できる物資が存在する。それを使っていけば死にはしない」

 

 やはりそうか。

 1ヶ月3点までのコンビニの無料コーナー。

 学食の無料のメニュー。

 自販機で無料で購入できるミネラルウォーター。

 そしてスーパーの無料食品コーナー。

 無料のものを使わないと生活できないほどの状況になることも、学校側は想定済みということだ。

 

「それに、よく見てみろ。お前たち以外のクラスには、1ヶ月生活するには十分すぎるほどのポイントが支給されているだろう」

 

 俺たちの次に少ないCクラスでも、49000ポイントが支給されたことになる。

 茶柱先生の言った通り、1カ月には十分だ。

 

「言っておくが、一切不正は行われていない。査定は全クラス同じ基準で、厳正に行われた。そのうえで、このようにポイントが並んでいる。どうだ、段々分かってきたんじゃないか? お前らがどうしてDクラスに選ばれたのか」

 

 ……Dクラスに、『選ばれた』?

 

「え? 理由なんて適当じゃないのか?」

 

「普通そうだよね……」

 

「この学校では、優秀な生徒たちと、そうでない生徒たちのクラスを順に分けて編成することになっている。優秀な人間はA、ダメな人間はD、とな。つまりお前たちはこの学校では最下位。最低最悪の『不良品』というわけだ」

 

 聞き覚えのあるフレーズだ。

 入学初日、コンビニで上級生に言われた「不良品」という単語。

 この学校ではこの「不良品」という言葉が浸透しているらしい。

 須藤もはっとしたような表情をしている。

 

「私は逆に感心しているんだ。歴代のDクラスでも、1ヶ月で全てのポイントを吐き出したのはお前たちが初めてだ。実に立派だよ」

 

 再び皮肉のこもった言い方で、今度はぱちぱちと拍手まで加えてきた。

 

「このポイントが0である限り、僕らはずっと0ポイントということですか?」

 

「そうだ」

 

 先生が返事をした瞬間、ガンッ、と音が聞こえてくる。

 須藤が机を蹴り飛ばした音だ。

 

「……俺たちは卒業まで、ずっとバカにされ続けるってことか」

 

 恐らく、あの上級生たちのことを想定して言っているんだろう。

 

「なんだ、お前にも人の評価を気にする気があったんだな。なら、上のクラスに上がれるように頑張ることだ」

 

「あ?」

 

 上のクラスに上がる、とはどういうことだろうか。

 

「クラスのポイントは、個人の支給ポイントを示すだけではない。クラスのランクに反映される。つまり、現時点でお前たちが490より上のポイントを保有していたら、お前たちはCクラスに昇格していたということだ」

 

 上のクラスに上がる。

 それはDクラスにとって、文字通りゼロからのスタートだ。至難の道であることは火を見るより明らかだった。

 

「さて、お前たちにもう1つお知らせがある」

 

 そう言うと、先生はもう一枚の大きな紙を再び黒板に張り出した。

 

「いくらお前たちが馬鹿だとはいえ、これが何のことかくらいは察しがつくだろう」

 

 その紙には、Dクラス全員の氏名、そしてその右には先ほどと同じく数字が書かれていた。

 

「先日行った小テストの結果だ。不良品にふさわしい結果だな。お前たちは一体中学で何を勉強してきたんだ?」

 

 俺も点数の一覧を見てみるが……おいおいマジかよこれ。

 あのテストの問題は最後の三問を除いて、解けて当たり前の問題ばかりが並んでいた。

 そのため平均点は7割5分、少なくとも7割はあるだろうと踏んでいたのに、実際には60点台が多くを占めていた。

 申し訳ないが、茶柱先生の言った通りだ。中学のうちに勉強したことが何も発揮されていない。

 

「これが本番でなくてよかったな。もし本番だったら、下位7人はすぐに退学になっていたところだ」

 

「は!? た、退学!?」

 

「この学校は、赤点を取ったら即退学だ。説明してなかったか?」

 

「お、おいふざけろよ! 退学なんて冗談じゃねえよ!」

 

「私に喚かれてもどうしようもない。これは学校の制度だ」

 

 それは初耳だ。

 これはもう一度、学校案内を読み直しておく必要がありそうだ。

 まあ、支給ポイントが増減する、なんて重要事項を記載していなかった学校案内にはあまり期待できないが……

 

「ふっ、ティーチャーの言うように、このクラスには愚か者が多いようだね」

 

 相変わらず机に脚を乗っけたまま、上から目線でそう言う高円寺。

 

「は!? お前もどうせアホみたいな点数なんだろ! 見栄張るなよ」

 

「やれやれ、どこに目が付いているのか、甚だ疑問だねえ」

 

 言われて、高円寺の名前を探して見る。

 下から上へと視線が動いていくが、中々見つからない。

 

「な、う、嘘だろ!?」

 

 高円寺の名前を見つけたであろう生徒が、驚きの声を上げる。

 高円寺の名前があるのは、上位中の上位。点数は90点だ。つまり、あの3問のうち少なくとも1問を解き明かしたことになる。

 

「そんな……須藤と同じくらい馬鹿だと思ってたのに……」

 

 俺やクラスの奴らは、プールの件で高円寺の身体能力が驚異的だというのは知っていたが、ペーパーテストについてもここまで優秀とは、正直俺も驚いた。

 

「それともう1つ。この学校は高い進学率と就職率を誇っているが、その恩恵にあやかることが出来るのは上位のクラスだけだ。お前たちは全員がこの特権の対象だと思っていたかもしれないが、お前たちのような低レベルの人間が、自由に好きな大学、好きな就職先に行けるなんて話が、世の中で通るわけがないだろう」

 

「つまりその特権を得るためには、Cクラス以上に上がらないといけないということですか?」

 

「いや、違うな。CクラスでもBクラスでも無意味だ。この特権を手にできるのは、卒業時にAクラスに所属していた生徒のみだ」

 

「え、Aクラスに!?」

 

「ああ。それ以外の生徒については、学校側は一切の保証をしない」

 

 Aクラスだけの特権、か……。てことは、藤野ってすげえやつなんだな。薄々感じてはいたが。

 

「そ、そんな! 聞いてないですよ! あんまりだ!」

 

 話を聞いてそう叫んだのは、幸村という男子。

 小テストの結果は高円寺と同じく90点を獲得している。高得点だ。 

 

「みっともないねえ。男が慌てふためく姿は」

 

 そんな幸村に、高円寺の呆れたような声が降りかかる。

 

「お前……不服じゃないのかよ。Dクラスに配属されて、『不良品』なんて言われて! おまけに進学も就職も保証されないなんて!」

 

「不服? なぜ不服に思う必要があるのか、私には理解できないねえ。学校側が私を最低ランクと評価するのは、学校側の勝手さ。それは学校側が私のポテンシャルを測ることができなかっただけに過ぎない。私は私自身を誰よりも素晴らしい人間であると自負し、そう確信している。学校側がどんな評価を下そうと、私には何の関係もないということさ」

 

 なんというか……言葉も出ないな。

 天上天下唯我独尊という言葉がこれほどまで似合う人間は、世界広しといえどなかなかいるもんじゃないだろう。

 

「それに、私は進学や就職を学校側に頼ろうなどとは、微塵も考えていないのでね。私は高円寺コンツェルンの後を継ぐことが決まっている。進学や就職の保証があろうとなかろうと、私には一切関係ないのだよ」

 

 高円寺コンツェルンか。名前だけは耳にしたことがある。

 高円寺は、そこの跡取り息子ってところか。それがこんなんで、果たしてその企業は大丈夫かと心配になる。

 まあそんなことはさておき、少し気になる点がある。

 高円寺はさきほど「学校側はポテンシャルを測れなかった」と言ったが、恐らく学校側は個人のポテンシャルのみを見て評価を下しているわけではない。

 高円寺の他にも、学力の高い生徒はDクラスにいる。さっきの幸村もそうだし、堀北もそうだ。3人とも小テストの点数は90点と高得点だ。

 それに、高円寺は水泳のときに見せた圧倒的な身体能力も備わっている。それに関しては堀北も同様だ。

 そして、その2つに加えてコミュニケーション力とリーダーシップも備えた平田も、Dクラスに在籍している。

 このことから、学校側はもっと何か別の基準を設けて、生徒をクラスに振り分けたと考えることができる。

 高円寺の演説は、気休めにもなりはしない。それどころか、クラスの士気を余計に下げるものとなってしまった。

 教室内に沈黙が流れる。

 

「どうやら、自分たちがいかに愚かで、悲惨な状況に立たされているかは理解が及んだようだな。中間テストまで残り3週間。精々頑張って退学を回避することだな。私はお前たち全員が赤点を回避して、退学を免れる方法があると確信している。それまでじっくり考えて、出来ることなら、実力者にふさわしい振る舞いをもって挑むことを期待している」

 

 

 

 

 1

 

 先生が教室を出た直後、今度は平田が教卓に立ち、クラス全体での話し合いが始まろうとしていた。

 

「みんな、少し話を聞いてほしい。特に須藤くん」

 

「あ?」

 

 平田に名指しされた須藤。不服そうに目を向ける。

 

「僕らは今月、ポイントを獲得できなかった。これはとても大きな問題だ。まさか、このまま卒業までポイントなしで生活、なんてわけにもいかないだろう?」

 

「そ、そんなの無理!」

 

「分かってる。だからみんなで協力して、力を合わせて解決していかないといけない。出来ることから始めたいんだ。授業中の私語をお互いに注意し合うとか、遅刻をゼロにする、とかね」

 

「は? なんでお前に指示されてそんなことしなきゃいけねんだ。それやってもポイントは増えないって言ってたじゃねえか」

 

「でも、そこから直していかない限り、僕らのポイントはずっとゼロのままだ。今はとにかく、マイナス要素を削らないといけない」

 

「チッ、納得行かねーな。真面目に授業受けてもポイントもらえないなんてよ」

 

 須藤は悪態をつき、乱暴に舌打ちをする。

 真面目に授業を受けてもプラス査定にならないのは、当然といえば当然の話だ。

 それはやって当たり前のこと。この学校に望んで入学した者として、やらなければならない最低限のことだからだ。

 そんなことで一々プラス査定なんてしてたらキリがない。そんなことをすれば、Aクラスは今頃1500やら2000ほどのクラスポイントを稼ぎだしていたかもしれない。

 しかし、俺たちはその当たり前のことすらもできず、このような結果が生まれた。そんなことは自明のはずだが、須藤は認めようとしなかった。

 この教室に須藤の味方は元々多くない。ましてや、対立しているのは平田。話している内容も平田の方に理がある。どちらが支持を受けるか、それは言うまでもないことだ。

 段々と、須藤に非難のこもった視線が向けられるようになる。

 それで居心地を悪くした須藤は、もう一度露骨な舌打ちをしながら、教室を出て行った。

 

「須藤くんほんと空気読めないよね。ていうか、生活態度一番悪いの須藤くんだし」

 

「あいつがいなければ、ポイントだって少しは残ってたんじゃないか?」

 

 鬼の居ぬ間に洗濯、というか、不在裁判、というか。本人がいなくなった瞬間、須藤への批判が集まり始める。

 その様子を見ていると、来月もポイント入るのかこれ……? と強い不安に駆られる。

 この状況で何もできない俺は、平田のリーダーシップに期待を込めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 2

 

「速野くん」

 

 1時間目の授業が終了した直後、堀北が俺に話しかけてきた。

 

「参考までに聞かせて、あなたは先月何ポイント使ったの?」

 

「えーっと……確か7000行かなかったくらいだ」

 

 言うと、驚いた表情を見せる堀北。

 

「随分と切り詰めたのね……。あなたが自炊なのは知っていたけれど、それでもここまでポイントを使わずに生活することが可能なの?」

 

「……飯を作るのに使ってる食材は、全部食品スーパーにある無料のものだ。ポイントはかけてない」

 

「食品スーパーにも無料のものが……そういうことだったのね。こんなことをするなんて、あなたはポイントの件について知っていたの?」

 

「あり得ない話ではない、とは思ってた。他クラスのやつにも確認したら、『毎月10万とは言ってなかったかもしれない』ってことだったからな。付け加えるなら、単純に金銭感覚が狂うのが怖かった、ってのもある」

 

「なるほど……あなたに他クラスの知り合いがいたことはこの際置いておくとして……そうなると、入学時のポイントに関する説明の際の言い回しは、生徒をミスリードするために学校側で練り上げられたもの、ということかしら」

 

 さらりと重要なことが置いて行かれた気がするが……気にしている余裕はなさそうだ。

 

「多分、そういうことだろうな。まあかわいそうではあるが、ポイント使い切ったやつは自業自得だ」

 

「そこは概ね同意ね。ところで」

 

 と、堀北が言いかけたところで、平田がこちらに歩いてきた。

 

「堀北さん、綾小路くん、それに速野くんも、少しいいかな。実は放課後、ポイントを獲得していくために、Dクラスがどう行動していくべきか、話し合いを持とうと思ってる。そこに参加してほいんだ」

 

「何でオレたちなんだ?」

 

 綾小路が疑問をぶつける。

 

「君たちだけじゃない。全員に声をかけるつもりだ。でも全体の場で言っても、真剣には耳を傾けてくれない人がいるかもしれない」

 

 平田はそう言うが、俺たち3人に始めに声をかけたのは、参加する確率が低いと踏んだからだろう。事実、俺は乗り気ではなかった。

 

「申し訳ないけれど、遠慮させてもらうわ。他を当たってくれる? 話し合いは得意ではないの」

 

「無理に発言しなくてもいいんだ。参加してくれないかな」

 

「私は意味のないことに関わりたくないの」

 

「でも、これはDクラスの今後に関わることだと思うんだ。だから……」

 

「私は参加しない、と言ったはずよ」

 

「……そ、そっか、ごめん。でも、気が変わったら、いつでも待ってるから」

 

 平田はそう言ったが、堀北はすでに関心を示していなかった。

 

「綾小路くんと速野くんは、どうかな?」

 

「あー……悪いな」

 

「俺もパスだ。すまない」

 

「……ううん、僕の方こそ急にすまなかった。でも堀北さん同様、気が変わったらいつでも言ってほしい」

 

 そう言うと、それ以上強く誘ってくることはなかった。

 平田が立ち去ってから、俺は堀北に聞く。

 

「……で、堀北、お前何か言いかけなかったか?」

 

「いえ、何でもないわ。気にしないで」

 

「ん、そうか」

 

「にしても、平田はああやって行動を起こせるところがすごいよな」

 

 俺たち全員に断られた後、他のメンバーにも声をかけている平田を見て、綾小路が感心するように言った。

 

「それはどうかしらね。そもそも話し合って解決できる問題ではないわ。能力のない人間が集まって話し合っても、建設的な結論が出るとは思えない。迷走して終わるのが関の山。それに私には、今のこの状況を受け入れることなんて、到底できない」

 

「……?」

 

 最後に付け足すように言った堀北の一言の意味を、俺は汲み取ることができなかった。

 

 

 

 

 

 3

 

 その日の放課後。

 Dクラスの生徒たちは、常々とは違う行動を取っていた。

 放課後にどこに行って遊ぶか、なんて話は一切ない。

今までそのようなことを楽しそうに話していた連中は、平田の開く話し合いに参加するために席についている。

 いや、そもそもそういった生徒には、放課後に遊びに行くようなポイントなんて残っていないだろう。

 遊びたくても遊ぶ金がない。少なくとも1ヶ月間、我慢と禁欲を強いられる地獄のような生活が、彼らを待ち受けている。

 本当に、節約しておいたのは大正解だった。おかげですぐに金欠になることはなさそうだ。1カ月前の俺に感謝だ。

 ただそうはいってもやはり、新しいポイントが入らないというのは、少し辛いものがある。

 予想していたシナリオの一つとはいえ、俺だって本気でそんなことを考えていたわけじゃない。

 今日にはポイント残高が19万くらいになっていて、やっぱり杞憂だったな、ははは、みたいな展開を思い描いていた。

 嫌な予感は当たるもの、という言葉は間違いじゃないのかもしれない。

 俺は幸いにも「金」を使わない生活にはすでに慣れている。そのため現時点ではあまり心配はしていない。

 しかし普通は、1か月間ゼロポイントで生活するなんて考えられないだろう。ましてや入学したての高校1年生だ。0円生活なんてバラエティ番組の企画の中だけだ、と思っていたはずだ。

教室を見渡していると、どうやらクラスメイトからポイントを貸してもらおうとする人もいるようだ。

 たとえば、山内は綾小路にゲーム機を売りつけようとしていた。絶対売れないだろうけど。

 また、軽井沢に関しては「あたしたち、友達だよね?」という言葉を使い、確実に返すつもりがないであろうポイントを様々な人から借りていた。

 そろそろ話し合いが始まりそうなのを予期して、俺は1人で教室を出る。

 その時、校内放送のチャイムがが校舎に鳴り響いた。

 

『生徒の呼び出しをします。1年Dクラス、綾小路清隆くん。1年の綾小路くん、茶柱先生がお呼びです。職員室までお越しください』

 

 山内のゲーム機の押し売りを追い返した綾小路に、哀れみをこめた視線を送る。向こうは「そんな目で見るなら助けてくれ」とでも言いたげな表情だ。

 悪いな、俺にはどうしようもない。

 綾小路のことは悪いが見捨てさせてもらい、気を取り直して歩き出そうとした。

 

「ねえ、速野くん」

 

 しかし誰かに呼ばれ、再び足を止めることになってしまう。

 振り向くと、櫛田が立っていた。

 

「話し合い、本当に参加してくれないの?」

 

 少し不安げな表情を浮かべ、こちらを見上げる櫛田。

 

「ああ、悪いな」

 

「……そっか。うん。ごめんね? 急に呼び止めて」

 

「いや、いい。じゃあ、話し合い頑張ってくれ」

 

「うん、ありがと」

 

 そう言い残して、俺は今度こそ、今度こそDクラスの教室から離れた。

 俺が話し合いに乗り気ではなかったのは、堀北が断った理由とは厳密には違う。

 あいつはバカが何人集まっても意味がないと言っていた。

 対して、俺は話し合いそのものに意味がないとは考えていない。

 話し合いで決まることが大体予測できるからだ。

 一つ予言しておくと、この話し合いでは、授業中の私語を止めること、遅刻欠席を止めること、授業中、携帯の電源は切っておくことなどが提案されるんじゃないだろうか。

 さらに言えば、中間テストに向けての提案として、勉強時間を増やすこと。もしくは、自分たちで勉強会を開くことなんかも可能性としてはあり得る。

 そして学校に対する姿勢として、先生の話をよく聞き、疑問に思ったことはすぐに質問するよう意識することも、平田あたりは考えていそうだ。

 ただ、現状ポイントの増やし方が不明である以上、それは根本的な解決にはならない。そんなことは誰でも分かっている。

 だからこの話し合いの目的は、解決ではなく、解決の糸口を掴むこと。

 そしてもう一つ、クラス全体の意識や雰囲気づくり、一致団結するためのある種の儀式としての意味合いも強いだろう。そういったことに意味を見出さない堀北は、恐らくこの部分を取って「無意味な話し合い」と断じたんじゃないだろうか。

 堀北といえば……あいつ、今日はやけに早く教室出てったな。

 

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