メイセイオペラ。
盛岡トレセン学園に入学したての彼女を初めて見た時の大抵のトレーナーの感想はとにかく小柄、と言った印象。
中には本当に競争ウマ娘になれるのか不安視するトレーナーも少なくなかった。
血統も名門とは言えないくらいには平凡で、多くのトレーナーにとって見るべきところもそれほど無いと言う地味な評価になるのも当然と言えば当然だった。唯一適性がここらの地方レースではそれなりにあるダートに適性が周囲よりあるかもしれない点で少し評価されたくらいか。
しかし、彼女にはそれを補ってあまりあるほどの執念があった。
誰にも負けないと煌々と目に宿る炎は本物だったのだ。
競争ウマ娘に限らず、他のどんなスポーツでも体格というのはアドバンテージになりうる重要な要素だ。
背の高いサッカー選手がヘディングで活躍するように、背の高いバスケ選手がパスでもシュートでも重宝されるように、背が高く手足も長い競争ウマ娘の一歩がそうでない他の選手のそれより大きいように。
しかし、だからこそ高等部に上がる前にはすでに彼女の体が出来上がっていたのを見て、昔の彼女を知る多くのトレーナーが腰を抜かしたものだ。
なんでも日中はおろか夜間にも寮を抜け出して、少しでも鍛えようと必死に己を鍛え抜いたらしい。
後から聞いた話だが、この頃には中央から誘致の手紙が来ていたようであるが、デビューは祖母の故郷の水沢でしたいと言って全て断っていたそうだ。
そして彼女は万全の状態で選抜レースを勝ち抜き、得難い恩師を得た。
『栗毛の来訪者』それは彼女を現すに最適な表現だ。
地方より突如として現れ、中央G1を制してあっさりと帰って行った。
中央ウマ娘達を羨むでも無く、かと言って見下すでも憐れむでもなく、ただひたすらに真摯にしのぎを削りあうライバルとして。
「メイセイオペラ」
そうはじめて呼ばれたのは忘れもしない。
自分をイジメ抜くようなランニング中に声をかけられたことだ。
「無茶はいけない」
と、初対面のジャージ姿のトレーナーは言葉少なに言う。
「放ってででくなんしぇ」
流れる汗を腕でぬぐいながら彼女はそう返した。
「スジはいい。君は多分、高等部から伸びるタイプだよ」
だから焦らなくていいと、タオルを渡されながらそう言われた時心を見透かされた気がした。
慰めでも気休めでも無い。
ただ本心で自分を、自分の走りを認めてもらいたかった。
「気が向いたら、明日わたしのトレーナー室においで」
そう言ってさっさと帰って行ったトレーナーは、メイセイオペラにとって心から自分を尊重してくれている気がした。根拠はないけれど。
『ダート史上最もレース感に優れる』
そう言われた彼女の直感は、この時芽吹いたのかもしれない。
次の日、彼女は言われた通りのトレーナー室に向かった。
コンコン、と控えめにノックをする。
「どうぞ」
そう言う声は、昨日と同じで優しげなものだ。
安堵を覚えて「失礼します」と引き戸を開けると、パソコンをそっと閉じて立ち上がるトレーナーの姿があった。
「コーヒー飲むかい?」
そう言いつつ、トレーナーはカップ片手にエスプレッソマシーンに向かう。
「あ、いえ、緑茶でお願いします」
言って、少し図々しかったかなと思う。
「そうか、すまないね。次からは用意しよう」
トレーナーはそう言うと、メイセイオペラをソファに案内する。
彼女が着席したのを確認すると、トレーナーもその正面のソファに腰掛け、聞く。
「それで、話はトレーニングの事でいいのかな?」
「はい。高等部さ上がるまで、徹底的さ鍛えでくなんしぇ」
その目は、尽きることのない闘志を映していた。
「それって、三年後の選抜レースで必ずわたしの担当ウマ娘になるという解釈でいいのかな?」
青田買いは傍目には褒められたことではないが、やっているトレーナーもいるにはいる。
ただ、地方だと環境のせいか中央ほど熱心ではないが。
「はい!!」
そう真っ直ぐ返事するメイセイオペラに、トレーナーは黙って頷いたのだった。
次はちょっとかかるかも
ゆっくりと待ってて貰えると嬉しいです。