盛岡トレセンのトレーナー室にメイセイオペラとそのトレーナーはいた。
目的は今後のトレーニング方針の確認と、それに関しての質疑応答などの話し合いのためだ。
「さて、ダート三冠を取るにあたり、必要なことは何かわかるか?」
「やっぱり体も出来でぎだってごどで、すごい特訓どがだが?」
メイセイオペラは年相応に目をキラキラとさせていた。
「残念ハズレ。正解はな、基礎をこれからも繰り返すことさ」
トレーナーがそう言うと、メイセイオペラは不満げだ。
「えぇ!?でも基礎は中等部の頃にがっぱり(たくさん)…」
「そう。しかし以前とこれからでは基礎を行う理由が違う」
「理由だが?」
「そう。オペラがさっき言っていたように中等部でやっていた基礎は文字通り体を作るためのものだった」
メイセイオペラが頷くのを見るとトレーナーはさらに続ける。
「しかしそれは言うなれば土台作りに等しい。鍛えるに相応しい下地を作っていた。要するにやっとスタート地点に立っただけだ」
そう言われるとメイセイオペラは見るからにしょんぼりしている。
「しかしだからこそ、より効率的かつハードなトレーニングも可能となったわけだ。技術も応用も、結局は基礎あってのことだからな。頭でわかっているだけなのと、実際にそれが可能かどうかは別問題なんだよ」
それは言うなれば、野球でピッチャーがど真ん中にストレートを投げて来ると分かっていても、バッター側にそれを打ち返すだけの力やバットを振るタイミングを見計らう能力がなければホームランどころかヒットにもできないようなもの。
いわゆる机上の空論というやつだ。
「正直地味で味気ないだろう。しかしこれは勝つためには避けられないことだ」
「でも…」
「大丈夫さ、前も言ったろう。焦らなくとも結果は出せる」
しかし、そう言うトレーナーにも懸念はあった。
それはメイセイオペラ自身が如何に強かろうと切磋琢磨し合える相手、つまりはライバルと目することが適う相手が居ないということ。
ウマ娘の闘志とは、一度燃え上がればそれこそ燎原の火の如く燃え移るものだ。
中央なんかは、時期さえ良ければかつてテレビで応援していた憧れのウマ娘に生で出会えるということでモチベーションにも繋がるのだろうが、地方ではそうもいかない。テレビの中の有名人はあくまでテレビの中の人という認識が取れないのだろう。
しかし、ここの子達は実力者が現れると萎縮するばかりでどうにも闘志に欠けるように思える。
よく言えば『心優しい子が多い』とも言えるのだろうが………。
無論、だからと言って別に素質に欠ける子ばかりという訳でも無い。
むしろメイセイオペラが中等部の段階で、それなり以上の素養やその片鱗を見せた子だって居ない訳では無かった。
だが、そう言った子のトレーナーは得てして手の内を晒すことを良しとはしない。
仲の良いクラスメイトもいるようだが、友達付き合いならまだしも並走トレーニングともなると断って来るのも別段珍しくは無いと言う。
かと言って他所の方針に口を出すのはナンセンスにも程がある。
「難しい問題だな…」
前途は多難である。
そうトレーナーが思っていた時のこと…。
コンコン…。
不意にトレーナー室の扉がノックされる。
「よぉ、メイセイオペラとそのトレーナーってのはここにいるのか?」
その声を聞くや、トレーナー室の入り口の方をトレーナーとメイセイオペラは見やる。
「入るぞ〜」
そう言う声は特に威圧感や緊張感だとか、敵愾心を感じさせない、どちらかと言うと親しみやすいような声色だった。
果たして、そう言いながら入室して来たのは所謂ビン底眼鏡をかけた鹿毛のウマ娘だった。
南関東の哲学者って異名カッコいいですよね。