ちょっとドキドキ。
「…それで、キミは?」
突然の闖入者にメイセイオペラのトレーナーは訝しげにそう質問を投げかける。
「カッカ、おれのことはいいじゃねぇか。でもまぁ、呼び名がないのは不便か。とりあえずはアブさんとでも呼んでくれや」
そう名乗った彼女は眼鏡をかけ直すように指で抑える。
それは彼女自身のあだ名か、或いはその場での思いつきか。
なにやら本名を明かさないのにはそれなりの理由、事情があるらしい。
まぁこうして学園内に入って来ているということは相応の手続きはしたのだろう。
不法侵入者が現れたにしては廊下も特に騒がしくもなってはいない。
「安心しろって。なにも新人イビリに来たんじゃぁねえさ」
そう言うと彼女はメイセイオペラを見遣る。
「ふぅん…。ヘェ〜」
さわさわ、さわさわ…。
「うひゃい!?」
彼女は唐突にしゃがんだと思うと次の瞬間にはメイセイオペラの脚に何かを確かめるように触っていた。
「脚質は…逃げってとこか。無駄も偏りもない、いい筋肉だ。なかなかにいいトレーナーがついたな」
そのウマ娘は、あっさりとメイセイオペラの脚質を見抜いた。
「君は、トレーナー志望なのか?」
驚いた様子でトレーナーは尋ねる。
「お?当たり?いやぁウチのトレーナーの方針でな。自分らの体のことはよく知っといて損はねーだろって」
だからと言って、脚に数秒触っただけで脚質を見抜くのは尋常では無いが。
しばらくの後、彼女はメイセイオペラから手を離して、用は済んだと言わんばかりに入って来た扉に向かう。
そして、思い出したように一言。
「あ、一時間後に動ける格好でダートコースに集合な。他の連中にはおれから声かけとくから」
彼女は去り際にそう言うと、返事も聞かずにさっさとトレーナー室から出て行ってしまった。
「と、トレーナーさん。どうすんべー?」
メイセイオペラら不安げにそう言う。
が、彼女のトレーナーはあくまで冷静だ。
「……とりあえず、嫌がらせや危害を加える気はなさそうに見える。それに、唐突ではあるが彼女にもなにかしら考えがあってのことだろう。ならひとまずは指示に従うことにしようか。オペラ、キミは着替えを済ませておいで」
「わ、わがった……」
二人は一時間後に備えて着替えや諸々の準備を済ませ、その時を待つ。
何があってもすぐに対応ができるように。
一体一時間後に何があるのか、あのウマ娘は何をするつもりなのか。
それは分からないが、分からないなりに用意するしかない。
そして、言われた通りダートコースに行ってみると、少なくない人数が集められているのが分かった。
皆、顔には困惑の表情を浮かべながら校庭の方から持って来たのだろうマイクが置かれた古ぼけた朝礼台を見つめる。
しばらくすると、件のウマ娘が校舎の方からスタスタと歩いて来るのが見えた。
「おぉ〜!!集まってんねぇ〜!!よしよし…」
そう言うや否や、彼女は朝礼台に登り、ひとこと。
「よぉ、オメェら第二の『オグリキャップ』になりたかねぇか?」
よく通る声で、確かにそう言った。