マンハッタンカフェとのお話 作:不敬であるぞ……ウララちゃんは別だ
気が向いたら書き直します
白尾山──標高800m程のその山は、八種類ものコースや頂上までのロープウェイを備えた、登山エンジョイ勢や初心者に人気の山だ。いや、これはカフェの受け売りなのだが。ともかく、今日の天気は快晴、風がやや強く春先にしては少し寒いくらいの体感気温だったが、汗をかいて火照った身体にはその風が心地よい。
「はぁ、はぁ……ふぅ」
初めての登山だったが、正直山を舐めていた。舗装された道や階段を歩くのと違い、木の根や石などの障害物が多く、体力の消耗が激しい。「トレッキングポールは持っていった方がいい」とカフェに言われた時は、杖が必要なほど険しい山に見えなかったので首を傾げていたが、なるほど彼女のアドバイスは正しかったようだ。
足元に気を使わなければあっという間転んでしまいそうな悪路。そんな道でもヒョイヒョイと登っていくカフェの様子はレース中、荒れた芝を跳ねるかのように走り抜ける姿を思い出す。彼女の脚質はこういったところで培われたりしたのだろうか。
「少し休憩しますか……?」
「いや、まだ、行けるぞ!」
現在地はおおよそ七合目、最初こそトンビの独特な鳴き声に耳を傾けたり、コーヒー談義に花を咲かせたりと余裕があったが、三十分ほどで勾配が急になった辺りで徐々に口数は減り、一時間もした今はほぼ無言でカフェに食らいつくのが精一杯だ。
一方のカフェはと言えば、疲労どころか汗ひとつかいていない。むしろ機嫌が良さそうに耳をぴくぴくとしている。男として彼女のトレーナーとして、もう少し余裕のある所を見せたかったのだが、長距離レースを得意とするスタミナモンスターと競り合うのが間違いなのかもしれない。
「わかりました。──このペースでしたら二十分程で頂上です。そこまで頑張りましょう……」
「了、解ッ!」
震える両足に喝を入れてまた山道を歩む。普段の彼女だって辛いトレーニングに挑んでいるのだ。ここで折れてしまってはトレーナーの矜恃に関わる。
先頭を進むカフェを追い越すつもりで登る。──レースの終盤、先頭に追いすがる彼女もこんな気持ちだったのだろうかと妄想すれば、少しはやる気が上がった。
「頂上到着……ッ!」
記録、一時間と二十三分。汗だくだくの足ガクガクで実にみっともないが、兎にも角にも登頂には成功した。頂上は広場のようになっていて、ベンチでカップルが昼食をとったり、レジャーシートを広げた家族連れが休憩していたりと、平日にしては賑わっていた。
「ふぅ……お疲れ様でした、トレーナーさん」
そう言うカフェは全く疲れたように見えなかった。もっとカフェにあったレベルの山にアタック出来るように、身体能力の向上が急務だ。トレーニングルームの機械は申請したら使わせてもらえるだろうか……
「さて、お昼でも食べましょう……食べられますか?」
「ごめ……もうちょっとだけ休ませて」
流石に今胃の中にものを入れる気になれない。水ですら吐いてしまいそうだし、なんなら途中で食べたクッキーも戻してしまいそう。
「それでしたら、もう少し移動しましょう。丁度いいスポットがあります」
「分かった」
カフェに着いていこうとすれば、膝がカクリと折れる。立とうとするもガクガク震え、産まれたての子鹿のようだ。なまじ休ませたせいで、もっと休みをくれと要求しているのだろうか。
「……肩を貸しますので、腕をコチラに」
「いや、少し休めば大丈夫……それに汗かいてるから」
「気にしませんから、ほら」
ウマ娘に人間が力で叶う訳もなく、無理やり肩を組まれ支えてもらえばなんとか歩くことが出来た。しかし今の自分は汗臭くないだろうかと少し鼻を鳴らせば、鼻をくすぐるほんのりと甘いコーヒーの香りがした。
「着きましたよ……トレーナーさん?」
「っと、すまん。ボーッとしていた」
カフェに連れられたどり着いたのは展望台の一角だった。妙に静謐な雰囲気の漂うそこは、大きなベンチと六角形の屋根、そして遠くにそびえ立つ山々がえも言われぬ美しさを醸し出している。
「おぉ……綺麗だな」
我ながら捻りのない褒め言葉が出てしまったが、そんなシンプルな褒め言葉を受け取った案内人は酷く嬉しそうだ。
「気に入ってもらえてよかったです……ここなら滅多に人は辿り着かないので、ゆっくりとしましょう……?」
「ああ……!」
早速と言わんばかりに持ってきた弁当を広げる。今日の昼食は同僚のトレーナー指導の元作ったお手製お弁当。ビッグ人参ハンバーグにうまさんウインナー、旬の野菜に卵焼きなど、味·見た目·栄養バランスもバッチリだ。
「わぁ……これ、トレーナーさんの手作りですか?」
「もちろん。さあ、早速食べて感想を聞かせてくれ」
母に弁当を作ってもらったことはあっても、誰かのために弁当を作るなんて初めてだ。期待半分不安半分でカフェの感想を待つ。
「……おいしいです。とても」
「そうか、良かった……」
顔を綻ばせながら弁当を食べている様子を見るに、気を使って嘘を言っていることもないようで。こんなに喜ばれるなら料理人冥利に尽きると言うものだ。同僚のように毎日、という訳にはいかないがたまにはこうして手料理を振る舞うのも良いかもしれない。
ピーヒョロロロロ
擬音に直せばそんな鳴き声が聞こえたかと思えば、黒い影がすごい速度で目の前を通り過ぎた。
「あっ……!?」
その黒い影の正体はトンビ。物の見事にカフェのお弁当のハンバーグをピンポイントで鷲掴み、その鉤爪でかっさらっていく。その衝撃でうまさんウインナーは地面へ墜落。彼女のお弁当箱に残ったのグチャりと潰れたサラダか卵焼き。ついでに言えば、彼女はまだハンバーグを一口も食べていない。
「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふ……」
人は怒りが有頂天になると笑いが止まらなくなるようだ。しかし、当のトンビ本人(本鳥?)は既に黒い点になってしまっている。いくら身体能力に優れたウマ娘と言えども、遥か彼方を飛ぶトンビからハンバーグを取り戻すのは厳しいだろう……そう思っていたら、ぞわりと背筋が冷える感覚がする。
もしかして:お友だちによる遠隔攻撃
これはいけない。いくら盗人だとはいえトンビにとっては生存競争の一環。いわばこれは大自然の摂理でありガイアの統一意志……ええいあまりに突発的な出来事と芯まで凍える悪寒でこちらまで混乱してきた! とにかく平和的に彼女の怒りを鎮める方法は──
「ええっと、ほら、あーん」
「…………あーん」
パクリ、もぐもぐ。
「美味しい?」
「……もっとください」
咄嗟に出来たのは自分の箸にのったハンバーグを差し出すこと。いわゆる「あーん」である。
取る、差し出す、食べられる。雛鳥と化したカフェが満足するまで、ただただご飯を供給するのだった。
綺麗に弁当の中身が無くなり、カフェも満腹感と満足感で落ち着いたころ。彼女の膨らんだリュックからはガスバーナーやケトル、ミルにドリッパーに豆の入った袋など、まるでここが喫茶店だと言わんばかりに本格的な道具がでてきた。彼女のトレーナーになってからというもの、食後にコーヒーが習慣化している。しているのだが、まさか野外で淹れたてのコーヒーが飲めるとは思わなかった。
「砂糖とミルクはどうしますか?」
「いや、せっかくだから一杯目はブラックで頂くよ」
今回淹れてくれたコーヒーは、彼女が自家栽培したコーヒーノキから取れた豆を加えたオリジナルブレンドらしい。一口飲んで見ればなるほど、普段彼女が好んで飲むものよりも少し酸味があるが、それ以上に深いコクとまろやかな苦味が実にマッチしている。
「とても美味しい……」
「はい……トレーナーさんに飲んでもらえて、良かったです」
ちまちまと彼女のペースに合わせて味わいながらとめどない話題で盛り上がる。次に登る山の話や後輩の話、海外でも相変わらず元気にやってる実験バカとモルモットの話など。やがてカップが3回空になった頃。疲労のせいか、ついあくびが出てしまう。
「ふぁあ……」
「……少し、私のお膝で眠りますか?」
スっと差し出されるお膝。お膝?! 膝で眠る、すなわち膝枕のお誘いである。しかし、あの細い御御足に成人男性の6kg近い重さの頭を乗せて良いのだろうか、いやない。
「いいえ、私は遠慮しておきま」
『行ケーッ!』
頭に物理的な衝撃を喰らい、なんかよくわからない力で眠くなる。これ絶対霊障だよね。
「おやすみなさい……」
ざんねん!
わたしのていこうはむだにおわってしまった!
「……カフェ?」
「おはようございます」
重い瞼を上げれば、目の前には金色の月が二つ覗いていた。もしかしてずっと見つめられていたのだろうか。
「っと。すぐに起きるよ」
「えっ……もう少しだけ、ダメですか?」
そういうのって普通男性側が延長を求めるものなのではないだろうか。しかしこんな公共の場では恥ずかしいものがある。
「また機会があればでお願いします」
「……はい」
微妙な雰囲気を払拭すべく、手早く後片付けを始める。山ではゴミ箱が無いことがザラなので、ゴミは纏めて袋に詰めて自宅で捨てることになる。
「トレーナーさん」
「うん?」
背後から、ちょうどおんぶされるようにカフェが体重をかけてくる。
「次の山の頂上では……膝枕より凄いこと、してあげます……」
……やはり、身体改造は急務である。アグネスタキオンに頼んプロテイン的なものを作ってもらおうか。
????「温泉旅行が出ない? ならば息抜きに私を育ててみてはどうだろうかモルモ、こほん。トレーナー君!」
カフェ「うるさいですね……」
温泉旅行出ないね。サイレンススズカとオグリキャップは育成一発目で出たのにね。