詰め   作:kab3

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イザナがネンショーに入っていた時の記憶はほとんどない。
かろうじて最初の頃にイザナのベットでイザナを待っていた記憶と、鶴蝶と一緒に布団に入った記憶があるだけだ。
ただ、不安で不安で仕方がなかった感情と捨てられた絶望感はよく思い出せる。もう二度と味わいたくないモノだ。

再びはっきり記憶できるようになったのは、帰ってきたイザナの膝で久方ぶりに安眠を取ろうとした時に、俺がもう寝たと思ったらしい二人の会話からだ。

どうも、イザナがいない間鶴蝶にはいたく迷惑をかけたようだった。聞く限り恥でしかない。まったく何も覚えていないことだけが救いだった。

いや、違う。

その時初めてほっぺたのキスを知ったのだ。





 


賢いイヌッコロ
ワンちゃん


白い髪で、菫色の目を持つこのキレイな人がいるのなら、こんな世界も悪くないと思ったりした。

好きってことだ。

 

「おい犬、来い」

 

冷たい言葉で呼ばれても、喜んでワンと鳴いて駆け寄れるくらいには好きだ。おそらく心酔しているというのだろう。もちろん俺の名前は犬ではない。

 

「いいか? 今から言うのはとても大切なことだ。お前の残念なアタマでも分かるように言ってやるから一生忘れるなよ」

 

コクコクコクと頷く。飼い主さまはとても優しく、わざわざ俺のアタマに合わせてくれるらしい。言い含めるように俺の目をみて言うその顔がもう好きで仕方がなかった。見惚れてると言っても過言ではないどころか過小というか。しかし視界にばかり気を取られて肝心の声を聞き漏らすことは許されない。当然だ。一回で言うことの聞けない犬コロなど俺の王様には不要なのだ。俺は賢い犬コロである。

 

「お前はオレの犬」

「うん。俺はイザナの犬」

「他のヤツに負けたら殺す」

「うん。負けない」

「オレにウソはつくな」

「つかないよ」

「裏切りもナシだ」

「うん。俺はずっとイザナのモノ」

「呼んだらすぐ来い」

「うん」

「あとは?」

「俺は、イザナのために生きるよ」

「よし、いい子だ」

 

顎の下をスリスリ撫でられる。あんまり気持ちがいいもんだから目を細めてしばらくそれを堪能した。イザナは俺の撫で方を心得ている。ホントはアタマをワサワサと撫でられる方が好きなんだけれどもそれはもっとトクベツに褒めてもらえるときだけだ。

 

「賢くしてるからさ」

「うん?」

「俺おいていなくなんないでね」

 

飼い主に先立たれた犬ほどかわいそうなものもないと俺は思うんだな。クソみたいな世界からはちゃめちゃに綺麗なこの人がいなくなったら息する価値も無くなるし。

 

「さあ……どうだろうな」

 

確約はされなかった。そりゃあそうだ。俺は、捨てられたって待つことしかできないのだ。か弱いワンちゃんだから。

 

 

 

 

 

 


 

 

ワンちゃん、犬、ペット

 

2月27日生まれ。お肉とお魚大好き。野菜嫌い。優しい父さんと綺麗な母さんと仲良しの兄弟のいる生活にほんのちょっと、ちょっとだけ憧れるふつうのおとこのこ。綺麗なものは好き。面食い。四捨五入したら160センチと言い張ってはいるが……?

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

クソ野郎とクソ野郎の間に生まれた俺もすべからくクソ野郎だ。しかしクソ野郎にも幸運は巡ってくるみたいで、ある日突然それは降って湧いた。オトナの事情は知らないが、クソ野郎は最後に俺のほっぺに()()()()()()()いなくなり、新しく住むことになったお家で素晴らしく綺麗な人と出会えたのだ。それはもう、クソみたいなモンしか持ってないとしても、全部を捧げてもいいと思ったくらいに。

綺麗な人──イザナにはけれども既にゲボクがいた。ゲボク。なんの言葉かは知らなかった。なんの言葉かは知らないが、ゲボクは二人もいらないらしい。ちょっと泣きそうになった。ウソだ。俺が泣くわけない。じゃあもうカゲから見つめるかカメラを持って追いかけ回すか無い可能性に賭けて好きになってもらうかどうすれば側においてもらえるんだろうかと考えていると、イザナは「じゃあお前オレの犬な」と俺に手を差し伸べた。今度はホントに泣いた。犬の意味は俺にもわかった。そんなんでも十分すぎるくらいだった。

そうして俺はハッピーなペットライフを送ることになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくかくしかじかと俺はスクスク育ち、イザナもスクスク綺麗に育ち、鶴蝶もスクスク身長を伸ばした。一時イザナに捨てられたのだと騒いだ時期もあった気がするが、大体は何事もなく平和に俺はイザナの犬をしている。何かあったことなどもう忘れた。忘れたったら忘れた。イザナはちゃんとペットとゲボクを迎えに帰ってきたんだからモーマンタイだ。最近だとアニマルセラピーができているような……気はしないでもないと思いたい。

今日はイザナが呼んでくれなくて暇だから絵本を開いていた。俺は身を弁えているペットだからご主人が来てほしくない時には寄っていかないのだ。なんてったって賢いから。

そして俺は、ある重大な真実に気がついてしまったのだ!

 

「カクチョー! ペットは家族って!」

 

虚をつかれた鶴蝶が、意味がわからないとばかりに顔を顰めた。

ひどくない? と思わないでもなかったが鶴蝶はこんな顔ばかりしていると思えばそうだった。今更なのだ。鶴蝶は度々俺をヘンな目で見る。

 

「俺ってばイザナのワンちゃんだから、つまり、イザナさんちのワンちゃんじゃん? てことはイザナさんちの家族の一員になれちゃうわけで、そう! 俺! イザナと家族なのでは!?」

 

「何言ってんだ犬、血繋がってないくせに家族になんかなれるかよ」

 

通りすがりのイザナが俺の腹蹴ってまたどこかに行った。鶴蝶にだけ何か言い残して。

クソほど痛い。馬鹿みたいに悶絶して寝転ぶ俺を鶴蝶が上からちょっと心配そうに見てきた。腹見て? 服めくって? 絶対アザになってるよな? なんかもう感覚ねーもん。

 

イザナが血に並々ならぬ執念のようなものを抱いているのは察していた。今日は機嫌がよくて助かった。迂闊だった。何も考えず言葉を口にするもんじゃない。だからしばらく考えた。よく回る素晴らしいアタマをさ、めいっぱい回してぐるぐる回る天井をぼうっと見つめながら考えた。目が回る。いつのまにか鶴蝶は俺の横で俺の持ってきた絵本を読んでいた。お前も絵本読むんだな。わかっただろ? 絵本は子供の読み物じゃない。大人になってもやっぱり絵本は読むべきだ。たまにでもいいから。

 

腹を押さえて細く息を吐いてる間に、俺の優秀なアタマはとうとう答えを導いた。

 

「食ったモノがさ、血肉になるってならさ」

「うん」

「イザナの血をさ、ちぅッと吸わせてもらったらさ」

「うん?」

「俺のナカにイザナの血が入って、そんで俺の血になるわけじゃん?」

「うーん」

「したら実質同じ血が流れてるわけだからさ、ひとつ屋根の下で一緒に暮らしてるわけだしさ、俺はイザナのワンちゃんだしさ、血の繋がった家族以外の何物でもなくなるってことじゃない?」

「……うーん」

 

「うん」しか言わないbotになった鶴蝶は俺の話ちゃんと聞いてる? 難しい顔になったけど。いや、違うな。何言ってんだコイツって顔だワ。残念ながら鶴蝶のアタマは俺のアタマの回転の速さについてこれなかったみたいだ。

 

「……はーぁ、イザナに血ぃちょうだいって言ってみようかな」

 

イザナと血の繋がった家族って響きがどれだけ甘美なことか! どこぞのクソ野郎とクソ野郎の血が半分ちゃんぽんな俺の血全部抜いてイザナと同じ成分でできた血を流したい。これは夢だ。希望だ。宇宙飛行士になりたいよりももっと、世界征服したいとかくらいに憧れでしかない夢だ。でも、ワンチャン、ワンチャンねーかなとも思ったりする。頼み込んで頼み込んでしてみれば案外ペットに甘いイザナなら指の先切ってチロッと舐めさせてくれたりするかもしれないじゃん。そしたらよ? 血が繋がってたらさ、イザナは俺のこと絶対捨てないでしょ?

 

「……骨は拾ってやる。墓の場所も希望があるなら聞いてやるよ」

 

鶴蝶は、そう思わなかったみたいだが。

 

「えぇ……そうね……山ん中は嫌だな。俺自然の緑って嫌いなんだよね。葉緑体、見えないけど気持ち悪いじゃん」

 

そうかと呟いた鶴蝶はしばらくしてイザナのところに行かないのかと俺を見つめたが、生憎俺はもう立つ気がない。鶴蝶と俺を置いてどこかに行ったイザナの後を追いかけてお願いするなんてハードルが高すぎるんだよな。しかもお願いは突拍子もない俺の欲望だ。夢は夢のままであるからこそいいみたいなところあるし。それにこんなことでイザナのご機嫌悪くして捨てられちゃかなわない。ペットは一家の一員になれても、血の繋がった他人よりカンタンに捨てられるかもしれないのだ。人権とか道徳とかはイザナに期待するモノじゃない。

 

天才だった考えはアタマの隅に片づけて、俺は鶴蝶の膝の中で眠ることにした。同い年のくせに、鶴蝶ばかりずいぶん大きくなってしまっているのは少し腹が立つ。けれどもペット身分としては他人のなかに収まりやすい自分のサイズは割と気に入っていたりもする。

 

「カクチョーは俺と兄弟なりたい?」

「……そうだな」

「血、くれる気になったら教えてね。そしたらちゅーしよ」

 

うげ、と鶴蝶が顔を顰めた。俺はキス好きだけど、鶴蝶は嫌いなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワンちゃんちっさいね〜」

「うっせ、ワンちゃん言うなや」

「特注サイズじゃね」

「トップクなんかみんな特注みたいなモンじゃん」

 

背が高くて、背が高くて、そいでもってけっこー割りかし綺麗な兄弟は俺が面食いなのを知っていて、その顔で見られちゃひどく反抗できないのを知ってて俺を揶揄う。それと俺の名前はワンちゃんではない。ワンちゃんに擦りもしていない。今になると鶴蝶くらいじゃないかな、ちゃんと名前呼んでくれるの。

 

「そんなにちーさいかな」

 

蘭が広げて持っている赤い特攻服は俺のモノである。イザナがくれた。身長いくつだっけ? と聞かれたと思えば、だ。それからどこに行くにも持ち歩いている。いつ要るか分かんないからね!

イザナよりも小さいから天竺の他の誰よりも小さくはあるけれども、一度不良から目を逸らせばそれほど小さくも……ないと思う。周りがでかいだけだ。モッチーとかデカすぎだもんね。

 

「蘭ちゃんここハサミある? カッターでもいいけど」

 

暇だ。それにこの兄弟は止めたりしない。鶴蝶はやらしてくんないのだ。

 

「またやんの? そんなのしてるから身長伸びないんじゃない」

「いーのいーの、イザナよりおっきくなるつもりないし」

 

竜胆がハサミをくれた。持ち手がこっちに向いてることがなんとも言い難くそわそわする。

刃を手首の外側につけて、スゥッと引いた。

ぷつぷつと出てくる赤い雫をしばらく眺めてちろッと舐める。ツバのせいでちょっと滲みた。

 

「ちゃんとハサミの血ぃ拭けよ」

「わかってんよ」

「理解できねー」

「してくんなくていーよ」

 

指先に傷をつけるとちょっと痛い。手首の内っかわだとちょっと血がたくさん出ちゃいそうで怖い。けど血を吸いたかった。腕以外だとちょっと不便だろ? 

ここしばらくの習慣だけれど結構気に入ってる。傷が目的ではなく、血が欲しいだけだったのだけれど、どうも自傷癖に見られてるような気もする。まぁ、勘違いされて困るものでもない。

わざわざ美味しくもない血を舐めてるのはいずれ家族と同じ血を流すための予行練習みたいな感じだ。誰とも予定はないけど。欲求不満の解消なのかも。よくわからないけどこれで落ち着くのだから良いだろうと思ってる。

 

「それともなーに、家族になる?」

「意味わかんねー」

「ハハ、イカれてんね」

 

まだ血の滲んでる腕を差し出してみたけれどホンモノの家族には俺の機微はわからないようだ。ふむ。分からん。

 

「どう? かぁいい弟欲しくない?」

「えー、ワンちゃん蘭ちゃんの弟になりたいの?」

「弟……」

 

竜胆が弟の響きにちょっと心奪われてる。

 

「ハ、ハ、ふふ……本気にしてんの? かぁいいね竜胆」

 

竜胆が兄ちゃん。どうだろう。ちょっといい? ちょっと……うーん、良い、かもしれないような。多分ドロドロに甘やかしてくれる。

 

「はぁ!?? ウソかよ」

「ウソだよ」

「ウソだろ」

 

横目で見た蘭は竜胆とそっくりな顔で竜胆を笑っていた。

 

「カワイイ弟だね、蘭ちゃん」

「カワイイ弟なんだよ、ワンちゃん」

 

精々蘭と似た表情で笑ってやった。そしたらすぐむくれて、やっぱりカワイイヤツだ。

 

「で、なんで今日は大将と鶴蝶にほってかれてんの」

「イザナが行きたいって言った店がペット同伴禁止だったからだよ竜胆」

 

意趣返しか? 効かないよそんなの。

ニッコリ笑ったまま答えてやれば蘭はとうとう声を上げて笑い出した。少しの間の後竜胆も笑った。ゲラゲラ笑ってるとホントにそっくりな顔。笑い方までそっくり。

 

「おま、それでいいの?」

「俺はイザナの犬だからね」

「マジもんの犬じゃん」

「イザナが眉下げながら此処ペットダメなんだって……って言ってきたらもうそれは俺モノホンの犬になるしかないでしょ。クゥンってないてみたもんね」

「そんでここに置いてかれたわけだ」

「俺は別に一人で待っててもよかったんだけど、喧嘩弱いんだからハイタニんとこ居ろって」

「あー」

「ワンちゃん別に弱くないでしょ」

「だってぇ、カクチョーとイザナにお前弱いんだからって言われたら流石に弱いって認めるしかなくない?」

 

イザナが黒と言ったら何だろうと黒だしイザナと鶴蝶が黒って言ったんなら何だろうと俺が黒く塗りつぶす。二人が言うならハッタリでも真実である。

首を傾げれば灰谷の「あー」が揃った。いいな、やっぱりこういうの。聞いたことないけど双子なんだろうか。

 

「ちっさいしね。おっきい人いないとなめられるのはホントだし」

「ま、六本木で俺ら付いてたらワンちゃんに馬鹿やるヤツいないでしょ」

「家で待ってるの飽きただろ? どう? 出かける? ああもちろん、ワンちゃん同伴オッケーの店ね」

「えー、俺六本木でトップク着ててだいじょぶ?」

「脱いどけば」

「寒いじゃん」

「来る時どうしてたんだよ」

「フツーに寒かった」

「ウケる」

「あ! 着てる方が面倒ない説!」

「あるわ」

「ないわ」

「俺の服貸す?」

「マジ? テンション上がんじゃん」

「デカいけどネ」

「オーバーサイズオーバーサイズ」

「引き摺んなよ」

「え、流石にそれはなくない? 流石に」

「どうだか」

「ちっせえもんなぁ〜」

「ハイハイハイハイ」

 

靴を履いて、蘭の持ってきた上着を羽織ってみて、オーバーサイズと言えなくもないかななどと思う。割と似合ってる気さえした。

 

「ど? 六本木歩ける?」

「歩ける歩ける」

「これ見られたら大将に蹴られっかなぁ……」

「鶴蝶も一緒にいるんだっけ?」

「やべー」

「え、なんで?」

「いーやなんでも」

「あ、財布持ってねーわ」

「あ? 灰谷兄弟なめんなよ」

「沸点わかんねー」

 

ケラケラ笑って玄関のカギが閉まるのを見る。特攻服は紙袋に入った。

 

「かぁいい弟のワンちゃんはどこ行きたいの?」

「かぁいいお兄ちゃんのオススメでいーよ」

 

竜胆が悩み始めた。かぁいいお兄ちゃんが自分だとわかってるようだ。カワイイ。足取りが遅くなる。隣でさりげなく手繋いできた蘭を見上げた。蘭は怖いくらい機嫌が良かった。鼻歌でも歌いそうな具合で、目元なんかもともと垂れ目なのに今はすっごく垂れ垂れ、優しそう。こんな目で見られちゃ女の五人や十人いっぺんに侍らせれると思う。顔がいいから。

 

「あ、行ってらっしゃいのちゅーしてよ」

「ちゅー? 一緒に出かけるのに?」

「うん。ほっぺに」

「いーけどさ」

 

ほっぺたに薄い唇が触れた。くすぐったくて笑うと蘭は屈んで「ん」と横を向いた。

ちゅーしてやる。

こっちを見て「うわ」と言った竜胆の襟首掴んで屈ませておんなじようにしてやった。大して抵抗はなかった。そしたらまたおんなじように返ってくる。俺が言うのもなんだが、街中で良い度胸だ。灰谷兄弟の顔なんかみんな知ってるのに。

 

「へへ」

「キス好き?」

「好き。唇でほっぺたふにってしてくれるのが好き」

「いっつも鶴蝶とかとしてんの? 行ってらっしゃいのちゅー」

「しないよ」

 

灰谷が揃って俺の頭を見下ろした。なに、しないよ。ダメだよ。不純じゃん。

 

「俺らは?」

「不純は?」

「だって今日は俺のお兄ちゃんでしょ? 家族じゃん。血繋がってないしニセモノだけど」

 

言えば片方は額を押さえ、片方は上を向いた。

 

「ワンちゃんいくつだっけ」

「カクチョーと一緒」

「鶴蝶と一緒かぁ……」

「毎度思うけど嘘みたいだよなぁ」

 

ポツポツ不良っぽいのに頭を下げられるのを見て、ちゃんとシメてんだなぁ……とかなんやら思う。アイスを買ってもらって、名前の知らないふわふわのお菓子を竜胆と半分こしたくらいでふとイザナに呼ばれた気がした。

ケータイ構えて写真ばっかり撮ってる蘭がどうしたかと聞いてくる。

 

「呼ばれた」

「は?」

「んで分かんの?」

「俺イザナのワンちゃんだから」

 

ケータイなんて高いの持ってないしイザナだって持ってたかどうか……持ってたか? 

そんなんではなくどっちかってーと原始的な方法で呼ばれた気がした。「犬かよ」って言ったそこの竜胆、聞こえてるからな。

 

「行く?」

「俺は行かなきゃ」

「どーする兄ちゃん」

「俺さ、今日は灰谷さんたちと一緒に居ろって言われてんのね」

 

「あー」とまた灰谷が揃った。やっぱり、いいなと思う。同じ血が流れたら後からでも気持ちがわかったりするようになるのかな。

 

「どっち?」

「あっちの方、多分」

「多分、多分ね」

「ま、ワンちゃんが言うならそーなんだろ」

 

流石にニオイは追えないけども、ピンピン感じる。気のせいかもしんないけど。

 

「うわ、居るわ」

「ホントだ、居るわ」

「居たわ」

「お前がびっくりすんなよな」

 

イザナと、鶴蝶。喧嘩をした風ではない。ホントにいたことに今日限定のお兄ちゃんたちがびっくりした。ほんの少し得意になって鼻を伸ばす。犬の鼻はお兄ちゃんの3倍くらい効くのだ。ウソかもしんねえけど。

 

「イザナ!」

「……テメェらも来たのか」

 

俺の顔を見て、横の兄弟を見たイザナは兄弟にちっとも興味がなさそうだった。俺が来ることを疑ってもなかったイザナに気分が良くなる。よくなってばかりの気分はそろそろどうなるのかわからなくなってきた。天にも届きそう。歌だって歌える。オンチだけどネ。灰谷兄弟が別についてこなくてよかったんじゃないかなって後悔してる風なのも気にならない。所詮今日だけのお兄ちゃんである。

 

「なんで呼んだの? ケンカ?」

「ケンカでお前呼ぶかよ。弱いくせに」

 

ハンと笑われたからムッとした顔を作った。比較対象がおかしいだけだ。鶴蝶とイザナは強いんだから。お兄ちゃんたちとならいい勝負できるもんね。多分。一人ずつなら。多分。いや、ちょっと無理かもしれ……ないことはない。イザナと鶴蝶以外に俺は負けないのだ。なにせ俺はイザナの犬。

 

「ワンちゃんは一緒に入っていいらしかったから」

 

あぁ、あくまで犬扱いは崩さないようだ。

いいんだけどね。全然、イザナにワンちゃんって呼ばれるのは全然、まったく問題ない。それより、まだいきたい店に入ってなかったのかと思った。いったい二人でなにしてたんだろ。結構お家で時間潰したと思ったんだけど。

 

「で、なに着てんの?」

「これ? 貸してくれた」

「誰が」

「蘭ちゃん」

 

ね、と手を繋いだままの蘭を見上げる。笑顔がちょっと引き攣ってるのが分かった。どうしてか、なんて俺は知らない。知らないったら。

 

「寒かったンだよね」

「ふぅん……ま、いいけどトップクは?」

「こっち、これで六本木歩けないし……竜胆が入れてくれた」

 

袋の口を開いて見せる。ずっと持ち歩いてる赤い特攻服はキチンと畳まれていた。俺だったらこうはいかない。竜胆はいいお兄ちゃんだ。袋を持つので両手を使ったから蘭とは手が離れてしまった。蘭はちょっとずつ後ろに下がる。竜胆のいる方だ。やっぱり仲良しじゃんね。

 

「じゃ、行くぞ」

「カクチョー」

「あー、俺ら帰るね」

「服、また来た時でいいよ」

 

灰谷兄弟がひらひらと手を振るから振り返す。ちょっと残念だけど無理は言えない。空気の読めるいいお兄ちゃんたちだ。服はクリーニングするべきだろうか。洗濯……じゃないことは確か。洗濯いらねーよとか言ってくれそうだけどな。

 

「なんの店なん?」

「んーナイショ」

「……カクチョーなに持ってんの」

「ン、ナイショだ」

「えぇ……」

 

気がつけばイザナの手が触れていた。初デートのピュアな恋人みたいにはなりたくないので俺から握った。なにも言わない。反応ナシ。

まぁ、そんなもんかと思って鶴蝶を振り返る。手のひらを差し出したらナニカの袋を持つ手を変えて俺の手を握ってくれる。こっちは笑ってくれた。もうすぐ中3になろうともする男二人と成人も近い男がなんてことをしているのかなと一瞬疑問に思ったがすぐに飛ばした。きょうだいみたいだから。家族でも中学生手繋がないよとか言うのはナシ。横浜じゃ顔さすから恥ずかしいけどココは六本木だし。

 

「ま、いーか」

 

リード代わりに手繋いで散歩も偶にはしてくれていいだろう。仮にもペット。お世話はしてもらう方だ。

ワンちゃん同伴オッケーのお店は犬同伴オッケーな店ではなかったが、おかわり自由の炊き立てご飯の付いた美味しいお肉の店だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

佐野さんちの兄弟喧嘩に鶴蝶が割って入った。イザナを止めるとか、俺にはできないことだ。下僕にもできないハズだ。少し、羨ましくなった。けれど、それでいいのだ。

 

ずっとピリピリと感じていたのは敵意なのか殺意なのか。無駄に俺はワンコロではない。そもそも近くにいたのもある。銃弾の通り道に割り込むのも容易いことだった。

ホントは、本当は、鶴蝶が撃たれるより前に間に合えばよかったんだけど。

 

衝撃があって、視界がチラチラして、なんにもロクに見えなかったけど、目指すところはさっきから変わらない。真っ直ぐ前。勢いだけで目標を蹴り飛ばした。鶴蝶よりも、イザナよりも俺は弱いけど武器つかわねぇと喧嘩によれないクソ野郎より強い自信はある。

 

上も下も分かんなくなって、冷たいところに倒れ込む前、かろうじて振り返った時に見えたのは、俺と鶴蝶の間に、銃口から鶴蝶を庇うみたいに立っていた、イザナだった。

やっぱり、ほら、これでよかった。

 

「何してんだよ!」

 

蹴り飛ばしたヤツは誰かに取り押さえられていた。後ろからイザナの声がして、多分俺は抱き起こされた。元気そうだ。よかった。ホントによかった。

 

「イザナ怪我、ない? 俺さぁ、ちっせえからさ、ちゃんと防げたかわかんねーの」

 

耳。耳、遠いかも。あんまり聞こえない。近くで銃声聞いたからかな。ちゃんと喋れてたら良いんだけど。

 

「イザナ、イザナ、俺、賢かったでしょ」

 

血、吐いたんかな。喋り辛い。

 

「キスしてよ」

 

ペットにあげるヤツでいい。家族みたいに。挨拶みたいなのでいいから。嘘でもいいから愛してるってキスしてほしい。愛情表現にキスしか思い浮かばないアタマはやっぱりダメなのかもしれない。

ほっぺたとか額とかを期待してた。馬鹿言えって断られるのも想定してる。

 

 

 

 

 

急にクリアに世界が見えた。

肩撃たれた鶴蝶もすぐそばにいた。誰か止血してやればいいのに。

鼻血で濡れてたイザナの唇が俺の血でもっと赤く色づいていた。口紅よりもずっと赤い。キレイな紅じゃないけれど、やっぱりイザナは綺麗だった。

イザナが流した血が、イザナに付いた俺の血と混じって、そうして、唇から、イザナのナカに落ちるのを見た。

 

「は、ハハッ……イザナのナカに俺の血入っちゃったよ。血、つながっちゃった」

 

死にかけなのに、人生最大で最高の気分だ。口の中に血が入った。てことはもうイザナを流れる血は俺の血だ。ほんの少し解釈違いの気もあるけれど、イザナの家族に俺がなる夢が俺の家族にイザナがなってくれるカタチでかなったのだ。万々歳でも足りない。居もしない神さまに感謝を捧げたい。身体が好きに動けば得意ではないダンスだって踊り死ぬまでできそうだ。運動神経は悪くないハズなのに、俺ってどうもリズム感が足りないんだな。

頰がゆるゆるになった自覚はある。止めるつもりもない。嬉しくて嬉しくてたまらなかった。心臓が高鳴って、余計に血が流れた気がする。それでもやっぱり顔は弛んでるハズだ。

 

「これで俺ら家族だね」

 

最後の記憶は大好きな大好きなイザナの顔。

 

 

もちろんそれは素敵な笑顔……だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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