詰め   作:kab3

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オマエはオレの兄ちゃん
1.オレはオマエをお兄ちゃんにする


 

 

 

 

 お隣さんから飛んだ炎が家を焼いて兄ちゃんが死んだ。祖母の方から継いだ瞳の色が綺麗なヒトだった。

 

 

 

 

 

 

 

レン、生きろよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乾青宗の隣の家の沖木さんちには綺麗な兄弟が住んでいた。

 兄の方は青宗よりも赤音の方が年が近かったが、弟の方は青宗よりもひとつ下なだけで、それはもう、よく遊んだ。なにしろ隣の家は親の気配がない。人の良い両親は隣に遊びに行くと言えば「いってらっしゃい」の後に決まって「お夕飯に誘ってみて」と言うくらいだったし、親の目がなくそれでいて遅くなっても親がうるさくない遊び場は幼い少年たちにはたいへんな魅力だった。

 それに、沖木さんちにはカーレ○ジャーのアクセ○チェンジャーもあったし、ウル○ラマンの人形だってあった。ビデオにとってもあった。姉しかいない青宗には男兄弟ばかりの家はとても良いものに見えた。変身ベルトを握ってはしゃげるはじめての相手だった。姉は優しかったがどうも変身ごっこには付き合ってくれなかったのだ。

 

「キキ」

「なに? ココくん」

「キキの兄ちゃんさ……赤音さんのこと好きなんかな」

 

 恋する少年九井一の目下の悩みとしては、まず第一に想い女が親友の兄と想いあってるのかどうかといったところが挙げられる。なにせ九井の目から見ても、〝キキ〟と呼んだこの親友の兄は綺麗な男だった。それはもう天使みたいに美しいもう一人の親友の姉と並べば此処は浄土か楽園かと勘違いしてしまいそうなほどに。

 

「知らね。セーくんは? 知ってる?」

「付き合ってはない……と思うけど?」

「そーね。きょうだいみたいに育ったもんな」

「あんま想像できねー」

「なんだよ、キキもイヌピーも全然役立たねーじゃん」

「ひっでぇ、な?」

「うん。ヒドイ」

「役立たねーとか言われちゃったよ」

「真剣に答えたってのにな」

「な」

「うぇー」

 

 本心ではないだろうが悲しげな顔をされ、九井はほんの少し後悔した。反省をしそうになった。姉と兄もそうだが弟たちも相当に綺麗な顔をしているのだ。常日頃からどちらもあまり表情が動かないが、逆にそれが整ったパーツを際立てている。そりゃあもちろん、笑った顔が一番良いことを九井は知っているのだが。

 

「本人に聞けよ」

「そーだよ当たれよ」

「オレら知らねーもん」

「当たって砕けろ」

「イヌピーはともかくキキはなんなんだ」

 

 蓋があいてるせいでカパカパ音を鳴らしている黒のランドセルを軽く殴った。九井はキキのランドセルが閉まっているところを見たことがなかった。

 

「ほら、ちょうどさ」

 

 キキが後ろを親指で指した。

 

「青宗! 蓮! 一くん! 今帰り?」

「そーだよアーちゃん」

「図書館寄ってかない?」

「また? オレ先帰っとく」

「オレもー、塾あるし」

「え、じゃ」

「は? オマエは行けよ」

「行けよ」

「……行く」

「じゃ、そういうことで! またねアーちゃん!」

 

 キキは青宗の手を引っ張って走っていってしまった。キキが塾なんて行ってないことを知っている九井は、少しばかりキキに感謝して「荷物持つよ」と赤音に言った。もちろん、赤音もキキが塾に通ってなんかいないことを知っている。図書館までの道のりはなんとなく浮ついていた。

 

 

 

 

 

 

「アレ、靴あんじゃん。ただいまー!」

 

 カギを開けて玄関の両端に散らばった兄の靴を見て、蓮は兄が家にいることを知った。つま先でそれを揃えて玄関のカギを閉める。自分の靴は揃えたまま脱いだ。キレイではないが、兄だけの時よりキレイではある出来栄えになんとなく満足した。

 

「おかーり」

「兄ちゃん今日暇なン?」

「ウン」

「へへ、うれしー」

 

 リビングのソファで寝転ぶ凛は菫の瞳を細めて笑った。蓮は凛のその目がいっとう好きだった。凛も自分のことが大好きな弟が大好きだった。

 

「手、洗ってくる」

 

 凛はパカパカとランドセルを鳴らして階段を上がる蓮の背中を追いかける。

 

「兄ちゃんアーちゃんのこと好き?」

「ナニ、急に。好きだけど」

「ココがアーちゃん好きなんだって」

「告るって?」

「どうだろ、スエゼンしたげたけどヘタレだから」

「へー、イイね。ココがおとーとになるわけだ」

「アーちゃん好きじゃないの?」

「好きだけど、好きじゃないよ」

「ナンデ?」

「赤音は妹みたいなモンじゃん」

「ふーん、シュラバになんなくてよかった」

「お腹すいてる?」

「ウウン、兄ちゃんは?」

「眠たいんよ」

「いーよ、お昼寝したら? オレ作るよ」

「今日当番オレだし」

「んーじゃ待ってる」

「待てる?」

「ウン」

「一緒にお昼寝しないかって誘いたいんだケド」

 

 今日はカラッと涼しくて気持ちが良かった。

 

「……いーよ」

 

 夜は外に出ていることが多い兄が家にいるのが蓮には嬉しかった。ホントはちょっとお腹がすいてたけど、そんなのも全然気にならなかった。はにかみ笑う蓮のついさっき洗ったばかりで湿っている手を引いて凛は自分の部屋に行く。

 

「なに食べたい?」

「お米と……あと兄ちゃんがいれば上々だね」

「ナンデモイイと一緒なんだぜ? それ」

「昨日なんだった?」

「鮭」

「一昨日……」

「ファミレス」

「その前……」

「……ピザ?」

「うどんじゃなかった?」

「分かんね」

「ふふ、目玉焼きしてよ。オレ硬いのね」

「ご飯に乗せる?」

「乗せない」

「トーストするか」

「パンあった?」

「買いに行ってもイイし」

 

 トロトロと自分と似ている色の瞳が隠れていくのを見ているだけで眠気が誘われる。そもそも誘ったのは自分の方だったと思い出せばもっと眠たくなった。

 

「起きたら考えよう」

「だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

沖木さんち

たんまりお金振り込んで仕事に行くタイプの親。親の家は別にあるらしい。授業参観にも運動会にも来ないが面談は来るタイプの親。よそのお家からは知られていないがたまに様子見にくる。愛は多分ないこともないんじゃないかなと本人たちは思ってるけど側から見たらないタイプの家。

 

キキ、蓮

キキはオキギのキキ。ピーココよりひとつした。変身したいお年頃はちょっと過ぎたけどオモチャは捨てずにとってる。乾電池はどこかにいった。セーくんと遊ぶの楽しかったナー。

 

兄ちゃん。おそろしく別嬪。もしかしたら不良なのかもしれない。でも間違いなくリーゼントではない。兄も兄でキキ呼びなんかされてるんかも……しれない。目玉焼きは半熟派。

 

 

 

セーくんとアーちゃん

天使より顔がかぁいい

 

ココ

天才のそれ

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃん! 起きて! にいちゃん! リン!」

 

 くさいな、と思って起きた。起きれて良かった。起きなければ良かったとも思った。起きなければこのまま兄との幸せのうちに煙を吸って眠れたことは想像に難くないからだ。

 隣の家がひどく燃えていた。うちにも火が回っている。

 

「兄ちゃん、ねぇ……頼むよ起きて」

 

 凛は眠りが深かった。一度寝たら中々起きてくれない。火はまだまわり切っていなく、今なら外に逃げられそうだった。

 蓮ひとりなら逃げられたということだ。

 蓮に凛を置いてひとりで逃げる選択肢はなかった。かと言って、凛は蓮に運べるサイズでもない。

 

「にいちゃん!」

 

 煙を吸い込んでしまって咳が出た。喉がヒリヒリ痛かった。焼けたんかな。焼けるんかな。空気が良くない。当たり前だ。

 

「ん……レン、だいじょぶか? あれ、え、くさ。なに焦がしたん? 今日料理オレがするって言わんかったっけ」

「燃えてんだよ! 家! 火! えっとなに? かじ! 火事なんだってば!」

 

 寝ぼけ眼のまま咳き込む蓮に手を伸ばした凛の腕を掴んで蓮はまた叫んだ。必死な弟を見て凛はとうとう目を開けた。

 

「かじ? マジか……マジか! やべーな、行けるか? 逃げんぞ」

 

 飛び起きて辺りを見回す。すぐそこに見える炎に心臓が跳ねた。逃げ遅れたのは自分のせいだ。唇を噛む。今日ほど自分の寝汚なさを憎んだことはない。

 凛が振り返ると蓮は床にへたりこんでいた。ケホケホと苦しそうに息を継いでいる。

 

「レン? おぶろうか」

 

 屋根が焼け落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「四千万、死んでもオレが作ってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 九井のいなくなった病室で青宗は隣のベッドを眺め見た。

 赤音ほどひどい火傷じゃないハズだ。包帯だって腕に巻かれているだけだ。青宗は赤音の姿をあれから見ていなかったが同じ病室にいるってことはやっぱり赤音ほどひどくないのだろう。

 それでも起きない。青宗は起きているのに。胸が騒ついた。

 九井は青宗の隣にキキが眠っていることに気がついていないみたいだった。乾家の隣の家が燃えていたことも気が付かなかったのかもしれない。隣の救出劇に気を取られて、周りの目もそっちに向かず余計に助けが遅れたのは知らない方がいいのかもしれないけれど。

 

「レン……」

 

 凛は死んだそうだ。助け出された時には二人重なって倒れていたとか。落ちた天井から蓮を庇ったらしい凛は外傷のせいで死んだ。誰かがそう話していた。知らない声だった。

 

「早く起きろよ」

 

 キキのベッド脇まで歩いて行って椅子に座る。俯いて何も考えず、しばらく経っただろうか。

 キキがムクリと起き上がった。

 

「レン!」

 

 反応はナシ。

 

「レン……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして。青宗くん、うちの息子が世話になってるみたいで」

 

 青宗が病院から去るのと同じ日、凛の葬式の日に青宗はキキの両親に初めて会った。両親の横に並んで喪服を着ているキキは今日も何も見ていない。

 

「はじめまして、レンのお父さん、お母さん」

 

 自分の両親に背中を叩かれ慌てて返事をする。青宗の知らぬ間に赤音の治療を始め、青宗の知らぬ間に立ち直り、青宗の知らぬ間に笑顔を取り戻した両親の手だ。家のあった土地は売り払い、これまた知らぬ間に新しいマンションを借りたらしい。

 

「レン、こんなだろ? 悪いんだけど、まだ面倒見てやってくれないかな。私たちは少し忙しくて」

 

 こんなだろ、と指されたレンはやっぱりどこかを向いていた。あの日から一言も声を聞いていない。一度も目が合わない。随分痩せてしまっていた。

 

「ウン」

 

 もちろん、見放す気はなかった。それと同時に、自分たちで見ないのか? と少し、ほんの少し疑問に思う。家に帰っている姿は見たことがないけれど、それでも親なのならそうあるべきではないかと頭の奥で考えていた。

 

「ありがとう、とても心強いよ」

 

 しかし間違っても悪人ではないのだろう。青宗の目の高さまで視線を合わせてくれて、優しい言葉を使って、ニコリと笑いかけてくれるのだから。

 青宗はその笑顔にどことなく違和感を感じたものの、それを言語化することはできなかったために気のせいだということにした。

 

「ウン」

 

 人のいない葬式だった。凛にはたくさん友達が居たように思えたが、ここにいるのは青宗の両親とキキとキキの両親だけである。九井もいない。「なんか……赤音、なおしてもらえるんだって」と電話で伝えたきり連絡が取れていなかった。

 訳の分からないお経を聞き、顔の見えない棺桶に手を合わせ、いないことをなんとなく感じながら燃えた死体を更に燃やすのを見る。あれきりの炎に胸が少しざわついたが、中で燃やされているのを考えれば外は随分平和だった。蓮は棺桶に見向きもしなかった。

 

「レンの親ってさ」

 

 帰りの車で青宗は父親に聞いた。父親が乗って行っていたおかげで火事を免れた車だ。キキの親とはもう別れて、そのキキは青宗に身体を預けて眠っていた。

 

「赤音のために治療費を出してくれたんだ」

「タダで? なんで?」

「……さぁな」

「感謝だけしなさい。青宗は聞かなくていいわ」

 

 父と母とあの人たちの間に何か話があったのだろうと思った。それで赤音が助かったのなら青宗も大きな声で何も言えないが、薄々、横で寝ているキキに関係があるのだろうと思った。だって、どう考えてもうちの車に乗っているのはオカシイ。マトモに起きていない子供と離れて、なお親がしなければならないことはなんだろうか。いい人たちに見えたのに。赤音を助けてくれた人たちなのに。

 ふと今、ずっと引っかかっていたことがわかった。

 凛が死んだのにちっともこたえていないみたいに笑うのがオカシかったんだ。

 それなのに、蓮のことは心配している風に装って。

 

 朝起きて、隣でもう起きている蓮の手を引いて洗面所に向かい、飯を食べさせ、学校まで連れて行くのが日課になった。蓮のベッドは青宗の部屋にないが、青宗は蓮と一緒に寝ていた。一人にしていればただでさえ不健康な隈をこさえた蓮が寝るような気はしなかったし、何より青宗が蓮をそばで見ていないと落ち着かなかった。

 学校に行っても保健室の日当たりのいいカーテンの中でぼうっとしていることがほとんどだが、稀に眠気に負けている姿を見る。その日は少し安心する。学年が一緒なら隣で授業を受けて過ごすのだが、そういうわけにもいかず、トモダチがいるとは言え教室に何もしない幼馴染をひとり放り込むこともできず、結局毎日二人分の給食を保健室に運んでいる。卒業するまでにどうにかならないと中学に行けないか家から出られないかになってしまいそうだ。

 蓮は自分では飯を食わないが、食べさせようとすれば食べる。しかし蓮が前より随分痩せたのは、食べても吐く日があるからだ。今日は調子が良かった。外の植木を眺めながらチロチロと牛乳を飲んでいる。

 

 

「レン、赤音がな、退院できそうなんだ」

 

 話しかければこっちを見てくれる日も増えた。

 

「全部キレイにとはいかなかったみたいなんだけどな」

 

 瞳に凛を思い出した。凛は死んだ。黒の髪も伸びた。短かったのがココと同じくらいに。

 

「ココ……来るかな。赤音、会いたくないって言ってたけどキズなんかココ気にしないよな」

 

 青宗のキズも随分良くなった。痕を消したいかとあれからもう一度蓮の顔を見た蓮の親に聞かれたが、断ったのだ。蓮の親が聞いてくるってことは、つまり、蓮の親がカネを出すってことで、そのカネは、蓮がこうなってるから青宗の家に入ってくるんだと思ったからだ。嫌だった。蓮が眠ったおかげで治してもらえたんだと、いつか起きた蓮に言いたくはなかった。

 蓮のキズにはまだ包帯が巻かれている。蓮がかきむしって何度か傷が開いたから治りが遅い。親がなんと話していたのかは知らないが、少なくとも青宗は蓮の火傷痕をどうこうしようと大人が話しているのを聞いたことはなかった。腕のその包帯を替えるのも、掻こうとする手を止めるのも青宗の役目だ。青宗が面倒をみると言ったから赤音が治ったのだと、そう確信していたから。

 

「ココ、あの日に告白したんだって。赤音さ、嬉しそうだった。両想いなんだよな。ココがオレのきょうだい? ちょっと笑えるけど、赤音と結婚したらココがにいさんになるんだぜ」

 

 義兄さんと呼べば九井はどんな顔をするのだろうかと考えて、想像力が追いつかなくて青宗は考えるのをやめた。ふよふよとした到底九井らしくない顔しか浮かばなかったのはしばらく顔を見ていないせいにしておく。

 

「蓮はオレのおとーとみたいなモンだから、みんなきょうだいだ」

 

 ほんの少し嬉しくなって、それから悲しくなった。言わなきゃ良かったなと反省した。蓮にはもうひとり兄がいて、青宗にも、赤音にも兄がいた。いなくなった。

 

「凛が死んで赤音は泣いたよ。オマエはまだ……泣いてなかったよな」

 

 ワケもわからないで青宗を見ている蓮の頬を撫でた。火傷なんて知らない、キレイな顔だ。凛が守った顔。青宗は泣かなかった。涙はとっておくことにしている。ひとりはさみしいから。

 

 蓮がしゃがれた声で「せー」と言った日、青宗は笑った。しゃがれた声よりもっと顔をシワクチャにして笑った。ようやく起きて、今は寝ぼけてるところなんだと思うことにした。そのうちちゃんと起きてくれるのだと信じて疑わなかった。

 手を繋がなくても真っ直ぐ歩いて背中をついてくるようになったし、ご飯も一人で食べられる。それでもまだ保健室のベッドのお世話になっていたし、窓際のベッドのカーテンの中は蓮のモノだった。給食は二人分トレイに乗せて毎日運んだし、青宗は蓮の手を引いたし、昼休みはずっとそばにいた。

 

 いつものように保健室の扉を開くと、カーテンの向こうから日に透けて二人の人影が見えた。ひとつは蓮だ。いつもはいる保険医も今日はいない。トレイを机に置いてカーテンを開けた。給食は三人分持ってくるべきだったかと青宗は思った。

 

「ココ」

「……イヌピー」

 

 久しぶりに見る九井はほんの少し痩せたかもしれない。ベッドに乗り上がって蓮の顔にふれていた。

 

「キキ、なんでこんなになってんの?」

「あの日、レンの家も燃えた。凛が死んだんだ。なんで……知らないんだよ」

「知ってる。焼けた痕は何度も見た。そしたら知らねーうちにまっさらになっちまって、売り地になってた! 知らねぇヤツの家が知ってたとこに建ってる! わけわかんねー!」

「ココが電話にも出ないからだろ! 赤音放って何してたんだよ」

「カネがないと赤音さん治んねーだろ!」

「治ったって言っただろ? カネならレンの親が出した。そのカネでオレんち今も暮らしてる」

「んで、キキの親が」

「レンがこんなんなってるからだ」

「なんで」

「世話できねーから」

「なんで」

「……ココ」

「なんで」

「ココ、分かってんだろ? 留守電聞いたよな」

「……そうだよ、分かってる。全部わかってる」

「ならさ、なにしてんの? カネはもう要らねえよ。まさか赤音に傷痕あるのがイヤだとか言わねーよな」

「言うわけねーよ、そんなの。でも……オレ、カネがないせいで大事なヒト助けられねーのはイヤなんだ」

「だからって今ココがしなきゃならねえのはさ!」

「イヌピー、オレな、才能あるみたいなんだ。カネ作る才能」

 

 青宗は顔を顰めて黙り込んだ。なんと返せばいいのかわからなかったからだ。

 

「オレ……」

「セーくん?」

 

 ふいと袖を引かれて、見れば蓮が困った顔をしていた。

 

「あ……あぁ、悪い、レン。メシだよな」

「は?」

「ココの分ないけど……教室行ってとってくるか?」

「オレはさ、キキ喋れねーって聞いてたんだけど?」

「……? 喋れてるけど」

「だよな、今イヌピーの名前呼んだもんな」

「腹減ってないの?」

「セー、セーくん」

「ん、牛乳な」

「しかもイヌピーの名前ばっかり」

「レンはオレの名前しか呼ばねーよ?」

「……ずりぃ!」

「ココが会いにこないのが悪い」

「やだやだ、な、キキ、ココって言ってみろよ」

「オレもレンも半分こはしてやんないけどいいの? 昼休み終わるぜ」

 

 蓮は九井と目を合わせてニコリと笑った。パックの牛乳は空になった。

 

「取ってくる! 帰ってくるまで食べ終わってちゃダメだからな!」

「あ、今日一緒に帰る?」

「帰る!」

 

 保健室の扉にはふさわしくなく大音量で閉められた扉をしばらく眺めて青宗は蓮を向いた。我関せずとばかりにパクパクとひとりで大人しく給食を食べている。

 青宗も箸をすすめた。九井がすぐに帰ってくるなら食べ終わるまでに間に合うだろうが、久々に投稿する同級生をすぐに送り返すヤツが九井のクラスにいたかどうかを考えれば間に合うかどうかなどすぐに分かることであった。

 

 ここのところは青宗が起きても寝ていることの多かった蓮が今日、青宗が起きた時には隣で半身を起こしていた。

 

「セーくん」

 

 寝ぼけ眼で蓮の顔を見て青宗は目を覚ました。蓮が起きていた。

 

「リン、今日帰ってくるかな」

「……死んだ」

「シンダ? シンダってナニ?」

「レン」

「オレ知らないよ」

「……帰ってこないってことだよ」

「そっか、今日も帰ってこないのか」

 

 そっか、と言ったきり蓮は起きているのをやめた。分からないまま、青宗は蓮を抱きしめた。胸のどこか奥の方がひどく痛かった。

 

 

 

 

 

 

「え、キキ起きたの?」

「一回」

「いつ?」

「朝」

「今日?」

「ウン」

「やったじゃん!」

 

 九井は青宗と反対側の蓮の手を握った。蓮はなにも言わないけれど服が擦れて痛いかもしれないから、とまだ包帯が巻かれている方の腕だ。眠っているせいかあたたかい。

 

「そっか、起きたんだ」

 

 九井には、蓮が起きられたということが重要だった。起きられたのだから、起きられる。時間はかかっても、治るんだと思えるのが良かった。

 

「ウン」

「……なんかあった?」

「レン、起きないかも」

 

 青宗のこんな顔を、九井は久しぶりに見た。けれども記憶には新しい。火事の日に見たのと一緒の顔だった。

 

「……なんで」

「……リンがいないから」

 

 生憎、幸い、九井のアタマは良い方だった。

 

「リンがいなくちゃダメなんだ。リンが帰ってこないと」

 

 カネがあっても凛を作れないことを九井は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青宗には少し前からよく通っている場所があった。モチロン、蓮の手を離してお出かけするなど青宗のアタマには考えられないので蓮も一緒に通っていることになる。両親は赤音の世話となにがしかの後片付けで忙しそうにしていて、蓮はいつまで経っても寝ぼけていて、九井とも会えないしで青宗の幼い心が疲れていたときに、好きなだけ居てもいいと言ってくれたヒトの店だ。

 

「青宗か。レン、今日調子いいのな」

「ウン、真一郎くん。今日も見てていい?」

「おー、飽きねえな」

「ウン」

 

 壁際にしゃがみ込めば、蓮もしゃがむ。真一郎がバイクをいじるのを見ているだけだが、部品のことはまだわからないまでもバイクは好きだし、いろんな人が来る店はいくら居ても飽きなかった。安っぽいタバコのにおいも好きだった。

 はじめは蓮を連れてきていいのかと誰も彼もが青宗に聞いたが、青宗が医者に蓮は部屋でベッドに繋ぐより外でいろんなものを見たほうがいいって言われたことを伝えればよくモノを見せてくれるようにも、構ってくれるようにもなった。蓮が青宗を呼ぶようになったときには随分と店主は喜んでくれたし。

 夜まで居座って、何事もなく帰る。今日もそのハズだったのだ。

 

「真一郎」

「おう! 久しぶりだなイザナ」

 

 店の入り口に立つ人の、瞳の色を見て青宗は目を見開いた。反応が遅れたのは予想もしていなかったからだ。

 青宗が隣を振り返ったときにはもう蓮は立ち上がっていて、いつぶりかの俊敏な動きに真一郎も少しの驚きを見せた。

 

「兄ちゃん!」

 

 初めて見るその男に蓮は躊躇いもなく抱きついた。抱きつかれた男はびくともせずに蓮を見下ろす。この店に来るので気の長いヒトはそうそういないことを知っている青宗は瞬間に血の気が下がったし、「セーくん」以外で蓮が喋るのを初めて聞いた真一郎は口に咥えていたタバコを落とした。

 

「兄ちゃん、どこ行ってたの? 髪染めたん? イイね、白も似合ってる」

「だれ?」

 

 青宗の不安のように蓮はすぐに殴り飛ばされることはなかった。そのかわりいかにも不機嫌そうな顔で真一郎に質問を投げた。だれ、と聞くのは一番ダメだろうと青宗は思ったが、今度も青宗の不安は当たらず、蓮はその言葉を聴こえていないことにしたらしい。

 

「あー、んー、レン、ちょおっとゴメンな? その……その人と話したいんだけど」

「ん、いーよ」

 

 タバコの火を踏みつけ消した真一郎が男を手招きした。ニコニコと笑みを崩さない蓮が今は不気味だ。

 その人、と真一郎に名前を呼ばれなかったことに更に顔を顰めたらしい男に身の縮まる思いで青宗は真一郎の側に移動した。

 

「アレオマエの連れ?」

「あー、ハイ」

「イザナ、こっちは青宗。あっちはレンって言うんだ。その……火事で兄貴を亡くしてて、今ついさっきまでろくに話しもしないくらい……」

「眠ってたんだ。レンの兄貴はアンタと似た色の目で、えーと、勘違いしてるんだと思う。けど、話合わせてくれたら嬉しい。レンが起きるの、ずっと、オレ、まってて」

「ふーん」

 

 イザナは蓮を振り向いた。相変わらずニコニコと笑っている。兄を亡くして、壊れたようだがオレにはカンケーないよな、と思いながら一歩二歩と近づいてみた。

 

「お話もういいの?」

「ウン」

 

 イザナより頭ひとつ小さいだろうか。見上げてくる瞳は確かに鏡で見るものと似通っている。菫色の、どこか濁ってキラキラした瞳。

 あれ? とイザナは考えた。

 もしかしたらもしかしないか?

 兄ちゃんどうかしたの? ときれいな瞳で聞いてくる蓮は見れば見るほど弟のように思えて仕方がない。いやまさか。コイツの兄は死んで、オレと兄弟なわけない。いやでもやっぱり待てよもしかして……。

 

「ウン決めた!」

「なーに」

「名前、なんだっけ」

「レンだよ、忘れちゃったん?」

「ウン。ごめんな、レン」

「いーよ、兄ちゃんだもん」

「レンな。いいよ、オマエをオレの弟にしてやる」

「え? ふふ……バカだなぁ、はじめからオレは兄ちゃんの弟だよ」

 

 バカだと言われてもちっとも腹が立たなかった。ふくふく笑う蓮の頭をかき混ぜてイザナははたと思い至った。忘れてた。今日は弟を作りにこんな場所に来たのではないのだ。

 

「真一郎、ケツ乗ってよ」

「ん?」

「兄ちゃん、どっか行くの?」

「ウン。またここに会いにくるよ、レン」

「帰ってきてね。待ってるから」

 

 店を閉めた真一郎とイザナの背中を見送り、青宗は蓮の手を繋ごうとした手を抑えた。

 

「レン……」

「セーくん?」

「いや、なんでもない。帰るか」

「ウン」

 

 なにも言わず蓮が横をついてくるのを不思議に思った。家の場所は前と違う。どこまでなにをどう覚えているのだろうか。凛が死んだのは覚えてなくて、でも眠っていたときの記憶はある? アタマの中で都合の良いように変換されているのかもしれない。けれど、なんでもよかった。蓮が起きた。ずっと起きていることに変わりはないからだ。

 

「赤音今日家にいるしココもいるだろ」

「アーちゃん? 久しぶりだなぁ」

 

 前言撤回。赤音と顔は少なくとも毎朝合わせていたハズだ。だって青宗はそうだし同じ家にいるんだから。眠っている時の記憶はないのか? けれどそれじゃあ久しぶりなんて言葉は出てこないだろうし。

 ともかく、口裏を合わせるべきだと青宗は思う。携帯電話は持っていないから、なんとかして蓮と一緒に家に帰って、蓮より先に二人に会って、ことの次第を説明しなければならない。

 

 なにもこれといって画期的な案も浮かばないままただいま、の声がふたつ重なって、いつもなら特に返事も返ってこないが今日は瞬間にドタバタと慌てる音が聞こえた。二人分。両親はまだ働いている時間だから居るのは予想通り赤音と、ココだろう。

 

「どうしたんアーちゃん、ココ。そんなに慌てて」

 

 赤音の部屋の扉が開いて、中から二人の顔が出てきた。

 

「レン!」「キキ!?」

「レン、先手洗ってこいよ」

「ウン? ウン。いーよ」

 

 軽い足取りで洗面所に向かう蓮を同じように目で追った二人に青宗は頭を悩ませる。口が上手な方ではなく、手を洗って帰ってくる前にちゃんと説明しなくちゃならなくて。

 

「イヌピー、あれキキ? どうして? 無理なんじゃ」

「レンが……兄ちゃんを作ったんだ。だから、その……もうリンの話はしないで」

 

 また後戻りは嫌だと言えば二人は神妙に頷いた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 蓮がまずはじめにしたのは親に連絡を取ることだった。心配そうに玄関口までやって来てどこに行くんだと聞いてくる青宗に親に会うと言い、ついて行くと言う青宗を宥め、丁度赤音に会いに来たらしい九井に青宗を受け取らせ、電車に乗って最寄りまで行った。ホントに起きたんだなと目を開いた後に微笑んだ親に笑いかけ、セーくんちを出たいんだと伝える。そうだろうとも、と頷いた父親に渡された鍵を喜んで受け取り、一応お伺いを立てれば好きにしていいよと母親が言う。住所が変わるから学校も変わるンかなとふと思ったがむしろ学校は変えた方がいいのかもしれない。だってあまりにもボーッと過ごしすぎたし。これまた一応聞いてみれば手続きはするよと父親が言った。

 

 運ぶものは特にない。いつかの火事で何もかもが焼けたし、セーくんのお部屋で世話になっているうちに何か新しいものが増えたことはなかった。いや、服は買ったんだっけか。でも要らないかも。

 ボーッとしている間にも律儀に振り込まれていたらしい口座のお金を引き落とし、お部屋に入れるモノを考える。ベッドはいくつ? 大きいの一個? 枕はいくつ? ふたつでいい?

 モチロンモチロン真一郎のバイク屋に通うのも忘れてはいけない。

 新しい家の間取りを調べて、バイク屋で今日は兄ちゃん来ないのかなと待ってみて、乾さんちに帰る。新しいルーティンだ。青宗はついてくる日もあるし着いてこさせない日もある。

 

 

 

 

 兄ちゃんは知らぬ間にバイクを運転できるようになっていて、後ろに乗せてもらったり、ゲボクくんのことを教えてくれたりした。会わせてくれたことはまだない。こんにちはと店の扉をくぐるたび真一郎くんはヘンな顔をするが、元からそんな顔だった気もする。乾さんちの父さん母さんは出て行くと言ったときあんまりびっくりしなかった。親から聞いてたのかもしれない。でもセーくんとアーちゃんはびっくりした。セーくんは難しそうな顔をした。でも、いつまでも他所さんのお家にお世話になるわけにもいかないだろうし。家族水いらずとかって言うし。

 

 そして、晴れてお引越しした蓮は完成したお部屋のカギをもうひとつ作ってバイク屋に向かった。兄ちゃんは家に帰ってこないかもしれないけれど、いつでも帰って来ていいよのスタンスは大事だ。勿論毎日でも帰って来てほしい。

 ルンルンと雨の中傘をクルクル回して蓮は歩いた。水滴が周囲に飛んでいってしまっても関係ない。

 道の途中で兄ちゃんと真一郎を蓮は見た。

 「兄ちゃん!」と呼ぼうとして、喉が声を出すのをやめた。兄ちゃんと真一郎は言い争ってる様子だったからだ。

 

「血が繋がってなくてもオマエはレンを弟にしたじゃねえか!」

 

 血が繋がっていない?

 

「っうるせぇ!」

 

 うるせぇ?

 

「アイツはホントの家族じゃねーよ!」

「ッイザナ!」

 

 

 傘が落ちる音を聞いた。

 

「兄ちゃんじゃない?」

「……! レン」

「そっか、そうだ。オレの兄ちゃんは」

「レン?」

「シンダ? 違う、違わないよ違うってば!」

 

 雨が降る。頭が冷える。シンダ? シンダってなに? 兄ちゃんは帰ってこないけど。アナタは? 兄ちゃんじゃないなら何? 雨だ。雨の音がひどい。頭が痛い。低気圧か?

 

「そうだ、イザナだ」

 

「イザナはオレの兄ちゃんじゃなかったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レン(弟力MAXのすがた)

兄ちゃん判定ガバ

 

イザナさま

「オレだけのお兄ちゃん」を取る弟じゃないので恨みも辛みもモチロンない。真一郎はオレの兄だけどレンは真一郎の弟じゃないので。でもそれはそれとして凛の代わりの自覚はある。でも兄ちゃん兄ちゃんと慕ってくる弟力天井越えのヤツが可愛くない筈が無い。

神様がきっと真剣に色を考えて丹精に百万分のミリ単位でそおっとパーツをそこに並べたんだろ? 知ってる

 

ランちゃん

弟が弟って言ってんだから弟だろ? なにされてもその顔で笑われたら許せるが? 笑った顔より焦った顔のがキレイ、最高

 

リンくん

弟判定ガバ。かつてこんなにまる眼鏡の似合う不良がいただろうか。いや、いない(反語)アニキと同じ顔で笑うのでこちらもなにされても(ry

 

 

みつや

紫目かどうか真剣に悩んだけど多分灰色だよな

顔がすこぶるイイ。顔もいいがカラダもいい。姿勢が好きだ。脱いでくれ

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 来た道をそのまま走った。握りしめていたカギはその辺の溝に投げた。走り出して少ししたら後ろから声が聞こえたけどイザナも真一郎も追っては来れないハズだ。家の場所を二人は知らないだろうから。

 

 

 

「お」

「あ?」

「ん?」

 

 ペタンと目の前でぶつかった少年が地面に座り込む。ぶつかった衝撃も大してなかったし、なんなら触れたのは傘で蘭も竜胆もチットも濡れなかった。これで相手がもうちょっと大きければそのまま転がしておくか蹴飛ばすか踏みつけるかするのだが、立とうともしない様子に雨の中放っておくのもなんだろうなという気になった。ソイツは不良の風貌でもなかったし。

 なにより、蘭には楽しくなりそうな予感がした。

 

「どーした?」

 

 蘭にいけよと背中を叩かれ、声をかけたのは竜胆の方だったが。

 

「……兄ちゃんがいなくなったの」

「……迷子か? んー、兄貴の名前は? もしかしたら探してやれるカモ」

 

 面倒だな、と竜胆は思った。なにが楽しいのかニマニマ笑っている蘭もそうだし、灰谷が迷子の兄探しを手伝うとかそんな話が広まってもそうだし。

 

「リン」

「ん?」

 

 聞き覚えのある響きに目を向けると顔を上げた子供と目があった。泣いているのかと思ったが、濡れているのは傘も持たないでへたり込んでいるせいだ。声は震えていないし、鼻も目も赤くない。赤くなんてない。目は竜胆と同じ色をしていた。

 

「リン」

 

 なにを思ったか子供はもう一度“兄”の名前を呼んだ。

 その目の色を見ると、なんだかそんな気がしてきた。どう考えても名前呼ばれちゃったし、整った顔立ちだし、目は同じ色だし、垂れ目がちだし、髪は黒だけどやっぱりソックリの目だし。

 

「やばい兄ちゃん俺弟いたかもしんねー」

「マジだわ竜胆俺弟増えたかもしんねー」

 

「リン……オレの兄ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

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