詰め   作:kab3

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2.オレはオマエを弟にする

 

 

 

 

 「りんどー……リン。リン、オレの兄ちゃん」

 

 菫の瞳を雨にとろとろ溶かした子供は竜胆に縋り付いてすっかりしっかりイっていた。雨に濡れてべしょべしょの子供がひっついたせいで竜胆もじわじわと濡れてしまったが、竜胆はそんなことを気にしていなかった。

 

「は? クソカワイイんじゃねオレの弟」

 

 なにせそっくりの目で上目を上手に使って竜胆だけが頼りだと全身で伝えてくるのだ。兄の弟としていままで生きてきた竜胆はもちろん兄の弟であることに満足していたが、末っ子の悲願としてずっと弟が欲しかったのは否めない。兄と二人で生きることはそれはもう至上に楽しいだろうし当然のことと思っていたがそれはそれとして、だ。世の中の末っ子は下の子が欲しくて仕方ないと決まっている。

 

「いーよね兄貴」

「んー、ちゃんと面倒見ろよ?」

「あたりまえ」

 

 振り返った蘭はやっぱりニマニマと笑っていた。機嫌が良さそうでなにより。竜胆は意味をなさなくなった傘を蘭に預けて自分より頭ふたつほど小さい体を抱き上げた。

 

「名前は?」

「……レン。兄ちゃんまたオレの名前忘れたん?」

「あー、悪い悪い。最近忘れっぽくて」

「いーよ、兄ちゃんだもんね」

 

 また、と言ったぞ? と竜胆は疑問に思ったがカンタンに言いくるめることのできた蓮に対する不安がそれを覆い隠した。いささか危機感がなさすぎるのではないだろうか。肩口に頭を埋める新しい弟には、教えることがたくさんあるらしい。

 

「オレ、蘭ね。竜胆の兄ちゃん」

「……兄ちゃん、兄ちゃんいるの?」

 

 蓮は心底不思議そうな顔をした。兄ちゃんに兄ちゃんはいなかったハズだが。いや、前の兄ちゃんにはお兄ちゃんがいた。ちがう、イザナは兄ちゃんじゃなくて。だから、兄ちゃんに兄ちゃんはいない風に記憶していた。

 

「そう、オレの兄貴」

「ほぇー、兄ちゃんの兄ちゃんか」

 

 蓮は下からじっくり蘭をながめた。靴、兄ちゃんとお揃い。背、たか。持ってるの何? 警棒? 三つ編みが胸あたりでちょろちょろしていて、

 

「でも兄ちゃんの兄ちゃんはオレの兄ちゃんじゃないもんね」

「は? 兄ちゃんの兄ちゃんなら兄ちゃんだろーが」

「え? だって兄ちゃんの兄ちゃんでしょ?」

 

 菫の目を見た。

 

「ごめん、オレが間違ってた。兄ちゃんの兄ちゃんは兄ちゃんだ。ラン兄ちゃん」

 

 なぜ主張が変わったのか分からなかったが良しとして蘭はニンマリ笑った。竜胆の渡した傘を二人にさしてあげるほどの優しさを以って弟を歓迎した。蘭は兄になるべくして生まれた長男なのだ。

 

「じゃ、おうち帰ろーな」

「兄ちゃんのおうち?」

「ウン、兄ちゃんのおうち」

「そっか……へへ、うれしーな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜胆(弟力に敗北したすがた)

蘭(兄の兄も兄)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キキ、家帰ってない」

 

 何をどうやって知ったのか知らないが、今しがたに電話を終えた九井は携帯を握りしめ青ざめた顔でそう言った。それよりもっとひどい顔をしているのが青宗で、びしょびしょのままで唇を固く結んでいるのがイザナだ。同じくらいびしょびしょに濡れた真一郎は難しい顔をしてイザナの隣にいる。

 

「クソッ」

「どこ行くんだよイヌピー!」

 

 雨の中に飛び出そうとする青宗の腕を九井が掴んだ。

 

「決まってんだろ探しいくんだよ」

「あてもなく? 無理だろ!」

「だからなんだじっとしてろって!? それこそ無理だ、この雨ん中でレンがまた眠っちまってるかもしんねーのに!」

 

 雨脚はいっそうに強くなっている。真冬でなくとも雨に濡れれば寒いだろうし、レンの傘は道に落ちたのを拾われて入り口に立てかけられている。その上“兄ちゃん”を失ったばかりとなれば後戻りしていたっておかしくない。また元に戻ってしまったとすれば、雨で濡れる心配もそうだが、車に轢かれたり何処かで倒れていたりしていないだろうかという方向にも心配がいく。だから青宗は一刻も早く蓮を見て安心したいし、九井も蓮がいなくなる恐怖を抱えていた。

 

「分かってる!」

「ココ……」

「でも、だからこそ先ず情報だろ。慌てるだけじゃうまくいかねー。それに、なぁ? なんのためのツテだよな、真一郎クン?」

「探し物には人手がイチバンだよな」

「でも、オレは」

「……いいんだ、オレが考えるから。一緒に探しに行こう? イヌピー、キキはさ、あっちの道走ってったって。オレキキの家分かるからさ、そっから探して行こ」

「……ウン」

 

 蓮の傘を持って青宗と九井は外に向かった。真一郎を振り返ると大丈夫だと頷かれた。腹が立つ。けど、代わりにしたのは蓮だ。悪いとも思った。けど。でも。

 

「ナァ、なんでそんなに必死になれんの」

「……レンはオレらの弟みたいなもんだから。少なくともオレはそう思ってる」

「トーゼンな」

「他人なんだろ」

「……他人でも、アイツはオレの家族だ。オマエもレンのこと弟だと思ってたんじゃねーのかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 よそんちの匂いがする家にあげられ、先ず蓮は風呂場に突っ込まれた。その頃にはとろとろ重い瞼が落ちるのをなんとか堪えているような具合だったから、しっとり濡れた竜胆がそのまま蓮を抱えて入った。雨で張り付いた服を脱がすとあちらこちらの古い傷跡と腕の大きな火傷跡が目についたが、こんなものとは縁のないような生活を送っていただろうと思っていただけに少し驚いた。が、驚いただけだった。傷跡くらいで何が変わるのか。

 

「あ、湯船張ってねーわ」

 

 竜胆に頭を洗われ本格的に夢の世界に旅立とうとする蓮を竜胆は見て、考えた。とった手はまだ冷たい。ぐしょぐしょに濡れていたから何も考えず兎に角風呂に入れたけれど、風呂を沸かすのを忘れていた。マズったな、と思いながらボタンを押す。普通に寒い。二人分の体積でいつもよりお湯がたまるのが早く感じるのが救いだ。

 

 胸の下くらいまで浸かるようになった頃、兄ちゃん兄ちゃんと肩に頭を預けて微睡む蓮に釣られて竜胆も眠たくなってきた。自分も寝落ちる前に上がるか、と思ったとき、風呂場に冷たい風が差す。

 

「ちょーしどぉ?」

「兄ちゃん正気?」

 

 裸の蘭である。ついでだが、灰谷の家の風呂は一般的な家庭用のサイズだ。

 

「ラン兄ちゃん?」

 

 入れ替わった空気のせいで蓮の目もさめた。

 

「スミいれてんの?」

「竜胆もだけど? アレ? レン目悪い?」

「兄ちゃんも? ホントだ……スミ入ってる……」

「殆ど寝てたもんな」

「わ、兄ちゃんと半分コだ! すっごー、カッコいーね触っていい?」

「フハッ、今更?」

 

 ほくほく顔を赤らめた蓮が人差し指でつうっと竜胆の刺青をなぞった。刺青を見るのは初めてだった。

 竜胆は楽しげな旋毛をしばらく見下ろしていたが、指が脇腹に差し掛かったときくすぐったくなって笑った。揺れたお腹に指を離した蓮が竜胆を見上げる。同じ色がやけに映える。何故か愛おしくて愛おしくて仕方がなかった。

 

「あーー! オレの弟サイコーにカワイイ!」

「おわっ」

 

 掻き抱いた蓮は今まで触れた誰よりもか弱い。今日あったばかりの他人にどうしてこうも愛着がわいているのかは分からなかった。気にも留めなかった。結局、事実として、弟というものはカワイイのだ。

 

「竜胆うるせー」

「わっ」

 

 じゃぼんと一気に風呂の水嵩が上がった。

 

「は? せま」

「文句あんの?」

「ありまくりだわ、狭いんだって」

「ふふ」

「男三人入るようにできてねーんだって」

「キチいな」

「だからさぁ」

 

 さしもの灰谷兄弟と言えども一緒に風呂に入るのなどいつぶりだろうか。遠い記憶だ。なにせ体格に恵まれてスクスク育ったから。

 

「りんどー、狭いって」

「出れば」

「なんか湯少なくねぇ?」

「あー、それは」

 

 風呂が鳴いた。

 

「……沸いてなかったの?」

「今沸いたってさ」

「ふふふ」

「寒かったろ?」

「ウウン、兄ちゃんが抱いててくれたからあったかかった」

「え、なに」

「レン、上がるか」

「竜胆? 兄ちゃん今入ったとこなんだけど」

「ウン」

「ゆっくりあったまれよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刺青半分コ兄弟(弟力MAXの前では出会ってからの時間など関係がないのである)

圧倒的弟(しばらく眠っていたので精神的には同い年より幼い)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜を過ぎても蓮は見つからなかった。時間が経つごとに青宗の涙までのカウントが減っている気がした九井は二重の意味で焦っていた。誰がすき好んで好きなヒトと同じ顔した、しかも親友の涙が見たいと思うのか。

 捜査願を出すにもまだ1日も経っていない上に蓮の親には連絡がつかない。捜索を中断して帰った家で、つきっぱなしのテレビから交通事故で一人死亡のニュースが流れたときほど青宗の顔を見るのが怖いと思ったことはなかったと九井は思う。九井はその前に流れた誰ぞやの名前を見て蓮ではないと安心した後だったのだが、そのあとに流れた“死亡”の声であからさまに隣に座る青宗の手が震えたから。

 

「別のヒトだ、キキじゃない」

 

 顔は見ないまま拳に手を重ねた。

 それ以外にニュースは不幸を報道しなかった。そりゃあ裏路地で誰にも見つからず……とかなら分からないが、安心はした。ほんの少し。やっぱり心配だ。不安だ。なんで見つからないのかがわからなかった。駆け込む先なんて今の蓮にはないはずだし、ホテルを取るなんて脳があるのかもわからない。そもそも“兄ちゃん”を失った精神状態で蓮がまともに動けているのかもわからない。傘もなく雨の中を駆けて風邪引いてんじゃないだろうかとか何処かでこけて怪我してないだろうかとか、そんな小さい心配から何かに巻き込まれでもしてないだろうかとかショックのままに自殺でもしてないだろうかとか酷い心配まで様々がぐるぐる頭をまわる。

 

「ココ、オレもう一回探してくる」

 

 青い顔でフラリと青宗が立ち上がった。また、最悪の想像でもしたのだろう。昼間よりもずっとひどい顔だった。

 

「イヌピー、オレな、イヌピーが心配だよ。キキのことも同じくらい心配だし不安だし怖いけど、それでもキキ探してイヌピーが倒れるのもイヤだ。どっちも大事だから」

「倒れねぇ」

「顔色悪いしメシ食ってねーだろ」

「大丈夫だ」

「大丈夫じゃないって分かんない? 学校サボって明日また探そう? 今日はもう寝た方が良いって」

「寝れねーよ……こんなんで寝れるかよ」

 

 寝てる間にも、と一度考えが及んでしまえばじっとしているのはひどく難しい。こわいのだ。知らないうちに手遅れになるのは。何もしないでいるのは寒すぎるのだ。

 

「オレも。オレもだよ。こえーもん」

 

 青宗を抱え、九井は青宗の肩に顔を埋めた。どちらともなくヘタヘタと床に座り込み、襟口を濡らして縋りついた。どうしようもなく胸が苦しい。ニュースの声が耳障りだ。腕の中の存在を確かめるように掻き抱いて、目の前の親友の温もりを(レン)の代わりにした。

 そうすれば、今日は眠れる気がしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベッドふわふわじゃん」

「あたりめーだろ」

「どこで寝んの?」

 

 ふわふわのタオルにくるまれてふわふわのベッドにそおっと落とされた蓮は、竜胆の足の間に座って、ふわふわになるまで髪を乾かされた。すっかり目が覚めてお腹もすいたような気もするけれど、兄ちゃんが食べないなら蓮も食べない。そういうふうにできていた。

 

「もう寝んの?」

 

 時計はまだ真上を越していない濡れ鼠を持って帰ることになったから家に帰ってきたものの、竜胆にはまだ夜もこれから一日もこれからな時間だ。

 

「寝なくていーの?」

 

 しかし蓮は真っ当に育ってきた。マトモに生きていたら(つまり眠っていなければ)夜九時にはウトウト眠たくなるし、ご飯を食べれば眠たくなる。お風呂に入っても眠たくなるし、けれど人並みに夜ふかしに憧れがあった。

 

「いーよ、メシ食うだろ?」

「食べる!」

「嫌いなモンある?」

「ないよ」

「えらいじゃん」

「へへへ」

 

 少し褒めるだけでポッと頬を染めてはにかみ笑う弟をどうしてくれようかと竜胆は真剣に悩んだ。どうしてこうも弟というものは、いや、弟だからなのか蓮だからなのかわかったもんじゃないけど。頭にほんの少し残った正気と良心がコイツのいなくなったお兄ちゃんはどうしているんだろうか、コレは誘拐になんのかな、などと考えてはいたが良心と正気はアタマの片隅の片隅にホコリほどしか残っていなかったようで、そんな考えはすぐに風に飛んで消えた。

 

「でも、その前に服着ねーとな」

「服……濡れちゃったね」

 

 バスタオルにくるまっている状態でも竜胆自身も蓮自身も気にしないのだけれど一応竜胆は蓮に服を着せないといけないよなと思っていたし、蓮も兄ちゃんの前でいつまでも裸ってわけにはいかないよな、と思っていた。パンツから何まで全部濡れて今は洗濯機に入っているだろう服を想って蓮は呟いた。なんならバスタオルの肌触りがとても良いのでずっとコレにくるまっていたい気もするが。

 

「んー、とりあえずオレの服でいい?」

 

 そんな気はかき消えた。

 

「ウン!」

 

 ガサゴソとクローゼットを探り始めた竜胆の背中をタオルにくるまったまま蓮は眺めた。ズボンは履いたみたいだけれど上はまだ着ていない。背中も刺青がある。筋肉質で、キレイな背中だ。リンが兄ちゃんでよかった。うれしい。兄ちゃんの服を着れるのもうれしい。ただ、ほんの少し下半身の開放感が気になった。ノーパンでこれほど長い間過ごすのは初めてだった。

 

「サイズ合わねーだろうけどさ」

 

 竜胆が放ったパーカーはずいぶん質の良いものに見えた。薄々察していたが、兄の生活水準は一緒の家にいた頃とさして変わらず良いモノらしい。

 首を通して腕を通して息継ぎみたく息を吐いて竜胆を見れば満足そうに顔をゆるめていた。

 袖は少し、や、だいぶ余る。竜胆が捲ってくれた。丈は太腿の中頃くらいある。十二分に隠れる長さだ。このくらいの丈の服を着て生足を出している女の人もいるような、いないような。

 

「ど?」

「ウン、コレが良い」

 

 竜胆の服は、すなわち兄ちゃんの匂いがする。おんなじ匂いの兄ちゃんの服を纏っているってだけで胸の奥の柔らかいところがキュンと鳴いてしまいそう。これまた竜胆のなけなしの良心がコイツは今日いまさっき会ったばかりの他人のベッドの上で他人の服を着てノーパンでこんなに安心しきった甘い笑顔を見せて良いとでも思っているのか、警戒心はどこに置いてきたんだと考えたがなけなしの良心はないのとほぼ同じだった。そんな考えはないことになる。代わりに竜胆の大部分はできたばかりの弟に和んでいた。なにせ竜胆は蓮の兄ちゃんだ。兄弟なんだからベッドの上でふわふわになってたって構わないだろう。だって兄弟なんだし。

 

「かわいーの着てんじゃん」

「兄貴」

「ラン兄ちゃん」

 

 開け放たれていた竜胆の部屋の扉から、蘭が顔を覗かせた。髪はまだ濡れている。びしょびしょで出てくんなよ、と竜胆は言いかけたがドライヤーがここにあるから仕方がないなと喉元まで出かかったそれを止めた。

 

「兄ちゃんのなんだ。どぉ、オレかぁいい?」

「は? カワイイ」

「ウンウン、レンはかぁいいな」

 

 乾かして、と差し出してきた蘭の頭を触る手を思わず止めた竜胆。袖が余ってるし、ずり落ちるほどではないにしても肩は見えているし、なにしろ自分が可愛いと疑っていない様子が可愛い。蘭ですら一拍もおかず肯定したのだ。否定なんて起こりうるわけがない。いや、オレの弟カワイイな。

 

「レン今日どーすんの? 家帰る?」

「え、帰らなきゃだめ……? せっかく兄ちゃんに会えたのに」

「いやいやいやいーんだよ、居て全然いいけど……」

「親家で待ってたりしねーの」

 

 頭ドライヤーで焦がしてやろうかと思った。蘭が、蓮を家に帰そうとしている。いつの間に正気に戻ったんだ、ホントに帰ったらどうするんだ。オレの弟なのに。

 

「……そっか、蘭兄ちゃんは知らないね。オレとリンの父さんと母さんは今……どこだっけな、アメリカとか行ってたんじゃないかな。そもそも日本に居ても帰ってこないし生きてるって連絡しかしてないよ」

「ふーん、そっか、ならずっと一緒に居れるな」

「いいの!?」

「いーよ、今家どこ? 荷物取り行かねーとな」

「家、近いけど服しか置いてないな……火事でぜんぶ焼けたから」

 

 火傷痕に合点がいった。しかし、ものが揃っていないなら最近の火事だろうがそれにしては火傷痕が古かった気がする。

 

「今いくつ?」

「小……や、もう中学生になるんだっけ? 次で中一……かな、たぶん」

「全然覚えてないじゃん」

「仕方ないだろ、最近までぼうっとしてたんだから」

「……学校は?」

「転校するって、母さんが手続きした。だから入るのは……えっと、なんだっけ、忘れちゃった。家に書類はあるけど」

 

 ちょっと面倒な拾い物をしちゃったかなと蘭は思ったが、竜胆をリンだという兄に勘違いしているらしい蓮も、蓮を弟だと思っているらしい竜胆もお互い幸せそうに触れ合っているのを見て納得することにした。蓮は弟の弟。竜胆が楽しそうだし、弟が増えるのも可愛いものだし。中学生が一人暮らしをするのもアレだし、むしろ面倒見てやろうってんだから帰ってこない親にも感謝されるべきじゃないかなと考えたりした。

 

「レン、漢字なんて書くの?」

 

 いいだろう。今日からオマエは弟だ。竜胆が弟を可愛がっているうちはオマエはオレの弟。そういうことにする。そういうことでいい。金はあるし、蓮も金は持ってそうだし、単に可愛がる人数が増えただけだ。

 

「ハスの花の、蓮」

「レン、蓮ね。ハスの、花」

 

 ああ、まったく。

 

「今日からオマエオレらの弟な」

 

 まるで兄弟になるべくしてなったみたいじゃないか。

 

「今日も昨日もずっと、兄ちゃんとオレは兄弟だったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兄ちゃん(可愛いものを見たらまずキレそう(偏見))

兄ちゃんの兄ちゃん(弟にバカになった弟の代わりに一応の倫理観を見せた。でも親が帰ってこないならうちの子でいーじゃんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレはずっとお兄ちゃんが欲しかったんだ」

 

 イザナがポツポツ話すのを、聞き逃すまいと真一郎は集中した。まだ服も頭も何もかもが濡れたままだが、風邪を引かないために風呂を入れたり着替えたりするにはもう手遅れだと思った。既にずいぶん寒い。

 

「弟はいらなかった。レンを弟にしたのも今はなんでかわかんねー」

 

「オレは、リンとかいうのの代わりで、レンはオレを見てリンを求めてた。……血の繋がったホンモノの家族だ。ニセモノのオレじゃレンのお兄ちゃんにはなれなかったんだ。アイツはイカれててオレをお兄ちゃんだと思ってたけど、正気に戻ったら血の繋がってないオレなんか他人だ、すぐに捨てられると思った」

 

「アイツとオレはニセモノで、それは分かってハリボテを作ったんだ。でも、オレは、オレと真一郎は、ホンモノだと思ってたんだ。でも違った! ニセモノだった! オレにはニセモノのきょうだいしかいなかったんだ!」

 

「真一郎、ホンモノだと思い込んでるオレはどうだった? 笑えたか?」

 

 真一郎はイザナを腕に閉じ込めた。抵抗されるかと思ってもいたが、なされるがまま大人しいイザナに少し安堵した。まだ、間に合う。

 冷え切っているせいか腕の中の存在は酷く熱かった。

 

「ずっとオレはオマエを(ホンモノ)だと思ってるよ、笑えるのか?」

 

 どうして間違えたんだろう。ただ、イザナはオレの弟で、そこに他の何も関係はしないってだけ。愛しているのだと教えてやればそれで、よかったのではないか。

 

「リンの代わりにしたのは悪かったよ、けど、ホントはレンだって愛してやってたんだろ? あんなこと言うつもりなかったんだろ? 分かるよ、イザナは優しい子だから。……謝りに行こうな。また、イザナがレンの兄ちゃんに戻れるようにさ」

 

「オマエは知ってるはずだ。ホントは血なんかなくても兄弟になれるって」

 

 何度も首を縦に振るイザナが愛おしい。

 

 

 

 

 

 

 しばらくそのまま確かめ合って、ずぶ濡れにずぶ濡れを重ねて家に帰った。泣いて飛びつくエマを足に引っ付けたまま、不審げにイザナを見上げる万次郎にイザナは言った。

 

 

 

「オマエ、今日からオレの弟だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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