詰め   作:kab3

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3 オレはオマエの弟じゃない

 え、お前ら弟いたの?

 

 

 

 なんとなく集まって、平和に静かに談笑したりトランプしたりなんかして過ごしていた秋ごろ週末昼下がり、斑目の上げた声に目を向けたのは一人ではなかった。噂ばっかり出回って、六本木でいまいちどんな生活をしているのかわからない灰谷兄弟。家族構成どころか生活圏だって六本木ってことくらいしか知られていない灰谷兄弟。いいところに住んでるらしいのに家には絶対誰も呼ばないと評判の灰谷兄弟が斑目の会話の相手だったからだ。

 当然というか、気になる。

 秘密ごとは知りたくなるものだ。意図的に隠しているのかどうかは別にして。

 何気ないふりをして先の会話を続けつつ、耳はそっちに向けることなど天竺幹部には朝飯前だった。

 

 

 

うん。いるよ、オレの弟。

 

そんで、竜胆の弟だからオレの弟。

 

は? ん? どういうことだよ

 

 

 

 どういうことだよ、と思ったのは斑目だけではない。腹違いだったりすんのか? と冷静に考えたのが一名、まったく興味なさげに手元のカードを並べ替えるのも一名。ババ抜きに興じつつ話に耳を立てていたせいで、ババを引かされたことに気がついていないのも一名。

 

 

 

つまりなに、灰谷兄弟は三兄弟ってこと?

 

ハ? ちげえわ。これだからバカは

 

あン?

 

オマエ聞いたことあんのかよ、灰谷兄弟が三兄弟って

 

なるほど、ねぇわ

 

だろ?

 

灰谷兄弟はオレとコイツ。蘭と竜胆な。

 

 

 納得するなよ斑目、と心中で檄を送った一名は、隣の鶴蝶にババを引かせることに成功した。斑目のせいでえらくババの回りが良い。いまいち鶴蝶のポーカーフェイスが上手くないせいでその隣のイザナが顔を顰めている。

 

 

んで、オレの下に弟がひとり

 

だから、オレには弟がふたり

 

きょうだいってやつ

 

灰谷じゃぁないんよ、家族ともね

 

家族でもいい気はするけど

 

やっぱダメなんよな

 

オレらはオレら。アイツはオレの弟

 

ふーん? わからんけど、弟いるってことね

 

 

 

 イザナに手札がバレたのを早々に理解したらしい鶴蝶が手札をシャッフルした。そのうち、下僕がそんなことすんのか? と圧をかけられそうな予感がしたが鶴蝶の表情は真剣である。たいしたものを賭けているわけではないが王にも負けてやらないという意志が見えた。気がした。

 鶴蝶の隣がイザナになった時点で、鶴蝶からババが回ることはなくなったのかもな、とイザナの隣で安心した一名は思う。引けよ、とイザナの目に凄まれれば引かない自信がイマイチなかったからだ。斑目のヤツ、理解すんの諦めたな、としばらく順番が回ってこないためにあっちの会話に集中していたもう一名も思う。

 

 

 

そ、かぁいいオレの弟

 

手出すなよ、殺すぞ

 

マジでだかんな

 

冗談じゃねーぞ

 

いや、分かんねーよ顔もしらねーのに

 

それもそうか

 

 

 

 鶴蝶が目をつむって手札をイザナに差し出した。良策だ。目を開けてるよりババを引かせる確率は高くなっただろう。黙ったまま、マジかよカクチョー逃げんのか、とその大きな目で訴えたイザナが伏せられた手札から一枚引く。生憎、その訴えは目を力いっぱいにつむった鶴蝶には届かない。

 

 

 

オマエ、蓮が名乗る前に手出しそうだよな

 

蓮もシオンくらいならノせそうだけど

 

言えてら

 

六本木に入らなきゃ良くね?

 

アイツほとんど他所のまち行かねーしな

 

万事解決って感はある

 

あるけどさ、やっぱ

 

それもそう

 

これ写メな

 

顔、しっかり覚えろよ

 

レン?

 

そう、これが弟。蓮って言うんだ

 

キレイな目だろ

 

やっぱいつ見てもカワイイわ

 

なんとか言えば?

 

なんとか言えよ

 

カワイイって言えよ

 

ほら、蓮くんカワイイ、だろ?

 

……レンクンカワイイね?

 

 

 

「レン?」

 

 

 

 イザナが両の手からポロポロとカードを落としたのは、今しがた引いたそれがジョーカーだったからじゃないと望月は思いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生きているから心配しなくていいよ、面倒見てくれてありがとね。と蓮の親から親を伝ってメールが届いたのは青宗が蓮を失って百と四十七時間が経った頃だ。起きているのか眠っているのか壊れてしまったのか無事でいるかも分からない連絡に意味が分からず腹が立ち、行き場のない感情は八つ当たりしかできなくて、そのまま青宗は不良街道を突っ走った。そもそも真一郎のバイク屋通いのおかげでそういうのに憧れていたのもある。

 家のあたりは黒龍のシマだったが、総長が例のあの黒川イザナだったので黒龍には入らなかった。顔を見たら正気でいる自信がなかったのだ。イザナのせいで、と思うことも度々ある。それを八つ当たりとするにはイザナに原因もあるのが悪かった。

 

 総長が斑目とかいうのに代わってから青宗は黒龍の特攻服を着るようになり、けれどあの日からあれほど通い詰めた真一郎のバイク屋に足を運ぶことはなかった。いつかに強盗が入ったとかいうウワサも聞いたが今も無事にバイク屋が営業しているのを見る限り、何もなかったのだ。何も。生活が変わるような、何かを失うようなことはそこにはなかったのだ。

 

 九井は赤音と上手くやっている。稀に家に帰ったときに九井の靴を見る確率はほぼ五分の四くらいだ。自分だけが蓮を失い、戻れないでいる。

 

 それを悟らされるから、家に寄りつくのは日を追うごとに少なくなった。

 

 

 

 青宗を変えたのはやっぱり九井だった。本質的に変わったのかと言われれば、違うと答えざるを得ないが、それでも青宗は九井のせいで変わった。上手く暮らしているハズなのに、斑目の黒龍が自壊していった頃に九井は青宗を訪ねてきた。現状に不満しかないんだと言いたげな目を携えて、わざわざ赤音に許可を取って髪を刈り上げて。

 久しぶりに交わした言葉は、「ココ、おまえの趣味、そんな感じだったんだな」から始まった。乾は九井と同じ髪型をしている不良を見たことはまだなかった。

 

 親友が一度同じところまで落ちてきたせいか、荒れに荒れていた青宗の心はほんの少し穏やかさを思い出した。親友と姉を取り戻して、柴大寿を頭に据え、世間一般の凪とは随分かけ離れているが青宗は格段に穏やかになった。

 それでも、決定的に足りないのだ。青宗には、兄と弟がいた。兄と弟がいたところは兄と弟でしか埋まらない。青宗はひどく不器用だった。一時だけの詰めものは、すぐに剥がれてしまう。ささくれるのをやめ、滑らかさを思い出した心にこそ、その穴はよく目立った。

 

 不定期に、たまに、というには頻繁に取り乱し、空いた穴を塞ぐものを求める青宗を騙すのはもっぱら九井だ。いなくなった弟ばかりか、死んだらしい兄さえ求める青宗に大寿も何か思うところがあったのか、九井が頼まずともその胸を貸すことがあった。顔も知らないリンとかいう兄の代わりをしてはレンとかいう存在の分を紛らわす。

 怒りさえしなければ大寿は静かだ。寧静としたところはリンとよく似ているようだった。正気でない人間、しかも同い年に死んだ兄と重ねられるのはいい気分ではなかったが、それで気が済むのなら黙ってリンに見立てられても良いと思うほどには大寿は青宗を嫌いではなかった。それに、儚げな容姿にわれた心を備えたキレイな人間は、タダで手放すには惜しい魅力があった。

 

「九井、レンってのは」

「探してはいる」

 

 青宗には及ばないまでも苦しげに顔を歪めた九井を見て大寿はそうか、とだけ言った。他人の事情に口を出すものではない。藪を叩いて蛇を出す心地だった。九井が探していて見つからないのなら、それはもう本気で居なくなったのだろうとは思う。隠されているのか、隠れているのか。探すにも蓮の写真は焼けた家を除いてどこにもないことを大寿は知らない。レンというのもさして珍しくない名前だ。親がなにも言わないから、蓮が学校にも行かないから、転校したことも引っ越したことも知らされていない九井が探し人をするには持つ情報が少なすぎるというのも大寿は知らない。少なくとも、レンというのが名のある不良にはなっていないことは確かだった。大寿は不良の名前にレンを知らない。

 

 代わりを作って埋め合う二人を見るのも悪くはなかった。同い年で、男同士、幼馴染で、将来はおそらく義兄弟といった諸々に目を瞑れば。

 壊れたものには壊れたものにしかない魅力がある。深く事情は知らないが、大事なものを大切なところの代替品にして苦しむ姿は滑稽で、仄暗く、今まで見たこともない関係は大寿の興味を引きつけた。

 べつに、そう。それだけのハナシだ。特別執着はなく、執心しているわけでもなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに大将、蓮知ってるの?」

 

 その目を大きく見開いて灰谷兄弟を見つめるイザナ。それを鶴蝶が諦めたような、物悲しげな目で見ているから何かがあるのか、と自然消滅した対戦の手札をテーブルに捨てて武藤は思う。今さらやり直しはない雰囲気だ。

 

 イザナは蘭の持っていた携帯を奪い取り、そのままついでに転がした斑目の上を踏みつけ、潰れた鳴き声を上げる斑目をよそに写真を見る。

 紫。黒。レンだ。あの日よりずっと大きくなったレンだ。イザナに向けていたような、兄のための特別な笑顔を見せて笑っている。あの頃よりもずっと幸せそうかもしれない。

 

「レンだ」

 

 良かった、と思った。一時とはいえ兄弟の真似事をした。今は、弟と同じように想っている。心配していたんだ。チットも目撃情報はなくて、真一郎は乾にも会っていないと言っていた。それが笑っている。オレが、兄がいなくても────ちょっと待て、コイツらさっきなんて言ってた?

 

「竜胆が、オマエらがレンのお兄ちゃんなワケ?」

 

 だめだったんだ。やっぱり、兄がいなくちゃレンはダメだった。

 

 イザナの言葉を聞いて、灰谷は察した。つまり、オレらと会う前の蓮をイザナは知っている。ともすれば、本当のお兄ちゃんすら。

 灰谷兄弟は、蓮の親に会ったことがあった。一度オハナシしたいんだって、と携帯を握りしめた蓮が言ったから。会って、その時に全部聞いた。全部聞いて、それでも竜胆は蓮を弟にしたままだった。惜しむとすれば、蓮の親がイザナのことを知らなかったこと。お兄ちゃんを見つけたんだ、という話は聞いてもそれが黒川イザナだってことを知らされていなかったこと。黒川イザナが、灰谷兄弟にとっては見知らぬ兄に重ねられても黙ってそれを享受するニンゲンには見えなかったことだ。

 当然、灰谷兄弟はそのひとつ前のお兄ちゃんがイザナだとは思わなかった。

 

「そー」

「オレん弟」

「リン、リンって」

「かぁいいんよ」

「こないだも一緒に買い物行ったな」

「もう中三のくせにまーだ手繋いで楽しそうにしてんのよ」

「兄ちゃんのケツ乗るからバイクはいらないって」

「帰ったらすっげえ笑顔で出迎えてくれんよ」

「枕持って部屋の前立ってたから一緒に寝ちゃった」

「は!? なにそれ聞いてない」

「その日竜胆帰ってこなかったじゃん」

「ウチ?」

「いや、蓮んち」

「それだわ」

「それか」

「誕生日にケーキ一緒に食べたし」

「六本木で勝手すんなよって不良しめてたりするし」

「元気だよ」

「毎日幸せそうだよ」

 

 だから、悪気はなかった。灰谷兄弟は蓮の親が蓮の知り合いに殆どなにも話していないことを知らなかった。純粋に、イザナが知り合いだったなら蓮の今の様子とか知りたいんじゃないかな、と思っただけだった。まさか、蓮がもとの知り合いからすれば行方知れずでどこでどうして生きてるのかも分からない状態とは思うまいし。

 カーペットと化した斑目をチラチラ見ながらイザナのご機嫌を取ろうと頑張る竜胆はまったく悪気がなかった。蘭とて、蓮の写真を映したままだろう携帯の心配がアタマの六割を占めているが、悪気はなかった。

 なにが悪かったと言うならば、なにも話さない蓮と蓮の親が悪いのだ。

 

「オレの……」

「え、」

「あ?」

「オレの弟だ!」

 

 言うに事欠いて子供のように憤慨したイザナを笑う前に灰谷兄弟は地に伏せた。イザナの機嫌を取り損ねてノされるのは久しぶりだった。

 

「イザナの弟?」

「万次郎とかじゃなかったか?」

「東卍のマイキーだよな」

「それが灰谷んとこの弟?」

「レンっつーんじゃなかった?」

 

 カーペットを脱却した斑目を加えて混乱の中にいる約三名を放ってイザナは灰谷に詰め寄る。痛みに呻いている蘭と竜胆の頭を引っ掴み、顔を上げさせ、目を合わせる。

 

「会わせろよ」

 

 多少なりとも事情を知っている鶴蝶は、喜ぶやら面倒やら判別つかない顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 路地裏を覗いた瞬間、得も知れぬ感覚があった。それがなければ、その小さな身体はとっくに殴り飛ばしていたのに。

 

 

 

 

「地図読める? ここ、六本木って言ってさ、兄ちゃんが、リンがシメてる街なわけよ」

 

 蓮は学校通いをしていない。好きにしていいけど大学は行きなよ、と親が言ったから一応お勉強なるものはしているが、在籍だけしているらしい中学校に一度だって通いはしなかった。そして幸い蓮は両親のおかげかそこそこにお勉強が出来た。もうすぐそこに迫ったお受験だって心配ないくらいにはお勉強が出来た。

 出かけるらしい兄二人を蓮の家から見送り、日の高い六本木を目的なくぶらつくくらいには暇だったのだ。今日はどうも人が多いから、もしかしたら祝日か週末だったかなと思いながら。

 

 ここをどうにも新宿か渋谷かと勘違いしているらしい特攻服野郎を路地裏で叩く。なんでこんな昼間っからトップク? と思わないではなかったが地図も読めないのだ時計も読めないでも仕方がないと完結させる。白い特攻服。BDの文字は確か、そうだ、黒龍だったか。黒龍は馬鹿の集まりというよりなんというか賢いイメージだったんだけどなぁ、とも思う。イザナの時代やその後一代のころはいざ知らず、今の総長に代わってからはそこそこアタマの良い立ち回りをしている覚えがあった。評価は良い方。ずいぶんアタマが回って、暴力もけっこう。名前はたしか

 

「柴大寿」

 

 ここにも特攻服野郎がひとり。色が違うから一瞬別のチームかとも思った。

 

「さてはアンタが黒龍の総長だったりする?」

 

 白のBDを踏んづけている身では、逃れはできそうにもなかった。

 

「……そうだと言ったら?」

「ごめんなさいするけど」

 

 勝てない。や、もしかしたら勝てないことはないかもしんないけどこんな平日か週末か祝日かの昼間から死闘なんてそんなことしたくない。少なくとも殴り飛ばせる未来より地面に叩きつけられる未来の方が容易に想像できた。

 晩御飯の準備もしてないし、今日は多分蓮の家の方に兄とその兄は帰ってくる気がするのでカラダに傷なんか付けずに待ってたいし。

 

「さっきコレかアレが携帯持ってたからそんで来たんだろ? や、ホント黒龍とかとコト構えるつもりはなくってさ、ホントホント。リンのシマを堂々と白のトップクが歩いてたからノしただけで全然、そんな、喧嘩売ったわけじゃないんだ」

 

 黙ったまま近づいてくる推定柴大寿は、それはもう大きな身体をしていた。蓮だってそこそこ背はあるし、そこそこ体格もいいのだが、白いBDを踏んづけたまま尚見上げるくらいの大きさだ。

 

「そ、だから許して欲しいなぁ〜って。いやね、ごめんとは思うよ、そりゃ。こんだけノしちゃったわけだし。電話一本で下のヤツ助けに来てくれるような部下思いの総長さんには心苦しいんだけどね。でもさ、でもさ、ノコノコ六本木歩いてる方も悪くない? 灰谷の街って知らないわけないしさ。オレだってわざわざそっちの方に踏み込んで喧嘩売ったわけじゃないんよ」

「……オマエは?」

「オレ?」

「そうだ」

「名前?」

「あぁ」

「名前、かぁ……」

 

 なんとなく、見逃してくれそうな雰囲気に安堵した。名前聞いてから速攻殴りかかってくるとかそういうのは多分ない、と思いたい。生憎黒龍総長の為人までは知らなかった。偽名で許してくれるのだろうか。カンタンに名前を教えてはいけませんとのいつか誰かの兄との約束を蓮は今も律儀に守っていた。もちろん蓮にとってはどの兄も兄であった時は一様にお兄ちゃんとして記憶されている。お兄ちゃんのお兄ちゃんは今のところ一個人しかいないが、お兄ちゃんは生まれた時から今までずっと蓮にはひとりしかいない。

 誤魔化せるかな、と考えるもしかし、いかんせん、柴大寿は不義が嫌いそうな顔をしていた。

 

「そうだな……キキ、キキっていうのでどう?」

 

 久々に口にした響きだ。耳に入るのも久しぶり。自分の声だが。

 

「渾名か」

「ウン。オレの……親友が付けてくれたんだ。兄ちゃんに名前はカンタンに教えちゃいけねーよって言われてるからこれで納得してもらいたいな」

 

 久々に思い出した。記憶の底に居た親友だ。幼馴染と親友、二人の顔を思い出したが、どうもあまりはっきりしない。金と、黒と。数年会っていないから風化してしまったようだ。きっと二人とも成長してて、ひとつ上だから今は多分高校生? ほんの少し、会いたいような気がしてきた。制服はブレザーだろうか。

 

「兄貴がいるのか」

「ウン。兄ちゃんがひとりとその兄ちゃんがひとり」

「仲は、いいのか」

「リンはいい兄ちゃんだからね」

「リン……?」

 

 しばらく聞いていた名前に大寿は首を傾げる。先程にも出てきた名前だ。リンのシマ、と言ったからにはおそらく灰谷兄弟の弟の方を指しているだろうことは想像に難くない。灰谷兄弟は弟がいたんだろうかと考えてはみたが、別に、どうでも良いことに気がついた。ただ、リンという名に聞き覚えがあっただけだ。

 

「いや、まぁいい。悪かったな、ここらで仕事があったもんで」

 

 キキに殴りかかってもよかったが、灰谷の子飼いで、竜胆を兄と呼ぶほどの仲(だと大寿は判断付けた)なら少し不都合が生じる。今は六本木と揉める気はなかった。

 ノされた部下には悪いが、ここらは灰谷のシマであることも事実。電話の感じからしてこちらから突っかかったとは思いたくないが他所のシマで背後に気を配って歩いていなかったのだろうから責められないわけじゃない。

 白の特攻服に刻まれたBDの文字を踏み躙られているのも、大寿の心境からすると看過できるほど。まぁ、我慢できる。決して、駆けつけて早々ベラベラと弁明をされたせいで気が削がれたとかではない。ないったらない。

 

 首を傾げて少し考えたらしいキキは、「そうか、黒龍ってそうだったっけな」と特攻服が昼間をうろついていたことに納得をつけたようで、大寿の部下から足を退けた。

 踏み台がなくなって更に見下ろす形になる。

 見上げられて初めて見えた瞳は淡い紫。今更だが髪は黒。路地に駆け込んだときから感じていたなんとも言えない感覚がいっそう増した。

 

「オマエ……」

 

 一度、聞いたことがある。乾青宗の弟で、九井一の幼馴染らしい探し人は、菫の瞳の備わった、それはもうひどいくらいに、美しい貌を持っている、とか。

 

「レンとかいうんじゃないだろうな」

 

 ぽかんと間抜けな顔を晒したキキに確信を持った。そういえば、九井はレンをキキと呼んだこともあったな、と今になって思い出す。リンは死んだとか聞いていたが灰谷竜胆は生きているし、そもそも兄なわけないとは分かっているがなんとなく、コレはレンな気がした。

 こんな近くに居たとかいうのが分かったら、二人はどんな顔をするんだろうか。

 

「乾青宗と九井一、知ってるだろ」

「……知ってるけどなに」

「ウチにいるってのは?」

 

 痛くはない沈黙が場を支配した。ハクハクと大寿には聞こえない声で何かを呟いたらしいキキは、少しの間息をしないで、終にヘンな顔で大寿を見たので、大寿は神妙に頷いてやった。

 

「はぁ!???? セーくんとココ不良やってるん!?」

「ウチの親衛隊長と特攻隊長だ」

「黒龍の! 隊長ッ?」

「けっこー名は知れてたと思ったんだがな」

「知らねー! 六本木以外にキョーミなかったし」

「アイツら、オマエのこと探してるぞ」

「え? なんで?」

「なんでってそりゃ……や、しらねーわ」

「えー、なんでだろ。わっかんねー」

「さぁ……?」

「セーくんが……あんなに真面目だったココが……? アーちゃんが許したとかある? いや、フラれたからその反動……とかだったら……ある? ある……? フラれるとかあんの……? え、え……特攻隊長……特攻隊長なんだもんな……どっちが?」

「乾」

「セーくん!」

 

 おもしろいヤツだな、と大寿は思った。なんというか、愉快だ。肯定はされなかったがおそらく九割九分九厘青宗と九井の探している“レン”であるだろうキキはコロコロと表情を変え、大げさに驚き、見ていて飽きないようなタイプの男だった。

 会った頃は年相応、この年頃の他の不良と変わらないような感触を持ったが、会話が進むにつれて幼く印象が塗り変わっていく。

 いや、おもしろいヤツだ。

 

「セーくんほんと? ホントのホントに特攻隊長? 殺人部隊とかなんちゃらの隊長なん?」

「ウソだと思うなら踏んでたヤツらに聞いてみろよ」

「ねぇ、きみ、ホント? あ、意識飛ばしちゃってんだったわ。オイ、起きろやカス」

「……オマエ」

「いやマジ、マジごめんなさいってば! ホント、セーくんのチームなんて知らなかったし! 六本木ウロウロトップクで歩いてたから蹴り飛ばしただけだし! や、ほんと、ホントなんでそんな目で見るん!? 黙って腕握るんやめて? なんで? なんか喋れってば! な、柴大寿クン?」

 

「見つけちまったからにはオマエを乾んとこまで連れて行かないとならねぇんだな、これが」

 

 キキの腕を掴んでから、連れて行けばもうあの二人の慰め合う姿は見れないのか、と気がついた。少しばかり惜しい。

 しかし、これが知られては九井の方が恐ろしい。部下がやられてるわけだし、チームにキキの風貌が広まらないとも限らない。乾はチーム内のウワサなどに興味を示したりしないが、もし、部下をノしたコイツが“レン”だと九井が知り、その部下に呼ばれて大寿が駆けつけていたと知れば、だ。面倒ごとになるのは避けられない。

 まだ伸びている部下には悪いが、何事にも優先順位というものがあるのだ。

 

 

「なんだ、セーくんとこなら腕掴まんでもついてくケド」

「あ? や、そうか、隠れてるわけじゃなかったンだったな」

「なんで隠れてるとかいう話になるワケ?」

「いや、必死で探されてたんだワ」

「オレ別に失踪とかしたつもりないんだけどナ」

「知らねーよ」

「そりゃあ連絡は入れてなかったけどさぁ、でもそんなもんじゃない? 家近いから付き合い始めたのに引っ越したあとも連絡取り合う方が少なくない? お隣さん引っ越したってバイバイまた会おうねって言って終わりでしょ、むしろそのあと会うヤツいなくね?」

「オレに言うな……いや、待てそれ乾には言うなよ」

「は? なんでだよ」

「見たらわかる」

 

 キキの相手をしつつカコカコとメールを打つ。電話をした方が早いに決まってはいるが、隣のコレの声が入るとおそらくよろしくない。ほんの少しのサプライズ精神を込めて、居場所を聞くだけに留めた。アジトにいるのか、いないならすぐ帰ってこい、と。乾は携帯を見なかったりするから、九井に送った。どうせ二人一緒にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「レーン、いねーの?」

 

 鍵を開け、蓮の家に帰った竜胆は蹴られた腹をさすりながら静かな家に踏み込んだ。

 電気が付いていないのは、まだそんな時間じゃないからとしても、物音ひとつもしないのはおかしかった。蓮がいるとしたら、だ。だって竜胆が蓮の名前を呼んでいる。

 

「レーンー!」

 

 いちおう寝ている可能性やらを考慮して、部屋を手当たり次第覗いていく。いない。出掛けてるのかな、と思う。普段なら困りはしないし蘭と竜胆が帰るのは夜の予定だったからおかしくもない。メールに返信がないのも、蓮は携帯を見ないことも多いし部屋に忘れて行きさえするから心配するほどではない。が、今日ばかりは少し困った。玄関口でイザナが不機嫌な顔をしている。不機嫌じゃないのかもしれないが、少なくとも竜胆には不機嫌な顔に見えた。

 

「出掛けてるみたい」

「……夜には帰ってくると思うけど」

 

 蘭と目を合わせイザナを窺う。玄関口に知り合いがいるのは初めてだった。灰谷の家の方でも、蓮の家の方でも。

 

「ふーん」

「……待つ?」

「ウン」

「……上がる?」

「ウン」

 

 お邪魔します、と言ったのはイザナの後ろをついてきた鶴蝶だけだ。放り出された分の靴を揃えたのも鶴蝶。天竺の他の面子とはとうに別れた。きっと今頃三人仲良く灰谷のお家事情の考察でもしているのだろう。

 灰谷の家は蓮の家ではないが、蓮の家は表札が沖木なだけで実質灰谷の家と変わらない。今朝だって灰谷兄弟は自分の家ではなくこちらの家からアジトに向かった。当然鍵は持ってるし、靴も服も置いてある。勝手知ったるものでイザナをリビングに通し、何か飲むかな、とキッチンで湯を沸かした。インスタントコーヒーの粉と、紅茶のティーパック。冷蔵庫には牛乳とヤクルトと、“レンの”と書かれたコーラの瓶が入っているのは把握していた。おそらく竜胆が飲んでも蓮は怒らないだろうが、名前の書いてあるのは触らないようにしている。

 イザナにヤクルトを出すわけにもいかないし、コーヒーか紅茶ならコーヒーだろうなと決めつけたところで、鶴蝶はもうコーヒー飲めたっけ? と不安に思う。水か炭酸飲んでるところしか見たことがなかった。蘭は最近レモンティーにハマってたから今日もたぶんそう。まだブーム真っ最中だろうし。

 

「んで、大将は蓮のなに?」

 

 それ聞くの? と竜胆は思ったが、蘭は言った。いつもの蓮の場所に座ったイザナをいつもの蘭の場所で見つめていた。竜胆は所在なげにしている鶴蝶をそこ座っていいよ、といつもの空席を教えてやった。

 

「……兄貴、を、やってた。今もそうならいいなとは思ってる」

「あぁ、ね。最初のリンはイザナだったわけか」

 

 蘭とイザナの間で会話が進む。よくもまぁずけずけとイザナに質問できるなぁと竜胆は兄に感心の念を送った。そこが兄貴のいいところでもひどいところでもある。

 蓮を捨てたらしい前の兄ちゃんがイザナであったのは少しの驚きをもたらしたが、それよりも半ば伝説にも思えていた、あんなにも“弟”な蓮を捨てられる男が存在していることに驚いた。蓮に兄と慕われて、捨てれる人は本当に居たんだな、と。

 

「で、なにしにきたんだっけ」

「会いに」

「いまさら? 今のリンは竜胆だ。リンは二人もいねーの」

 

 蘭がイザナを圧している。こと家族とか、兄弟とかの話になればイザナの気は少し弱る。家族とか、兄弟の話になると蘭の気は少し強まる。ここが蓮の家で、灰谷の家であることも関係しているのだろうか。会わせろよ、とアジトで言ったイザナは今のリンに対して引け目もあるみたいだった。

 

「会ってどうする」

 

 家に連れてきといてそれ聞くんか、と竜胆は思う。いや、別に思ってたことではあるけれど、捨てたとはいえ兄ちゃんしてたなら普通は弟に会いたいモンじゃねーのかな、と理解をつけていた。

 

「謝りたい」

 

 あれ、と蘭は表情そのままに黙った。

 お? と竜胆は持ち上げたケトルをコンロに戻した。

 え、と鶴蝶は落としていた目線を上げてイザナを見つめた。

 心中はひとつ。謝るとかイザナの辞書にあったんだ。

 

「ひでぇこと言ったんだ。オレが悪かった。ずっと謝りたくて。今更遅いのは分かってるけど次会ったら謝るつもりがさ、レンのやつそのままどっか行っちまって行方わかんなくて」

 

 行方知れずは灰谷には初耳だった。蓮、というより沖木さんちはなにやってんだろと思った。

 

「これでも探したんだぜ?」

 

 眉を下げて物憂げに、珍しく顔を正しく使ったイザナに蘭は感嘆の声をあげそうになった。竜胆の淹れたレモンティーを飲んで紛らわす。顔も知らないレンとかいう子供を探す手伝いをした鶴蝶はどこかここではないところを見ていた。竜胆は鶴蝶の前にそっとヤクルトを置いた。

 

「でも、オマエらが隠してたってことなんだろ?」

 

 竜胆に渡されたコーヒーカップを両手で持って、しばらく黒い液体を眺めていたイザナが呟いた。何かのアイデアロールに成功したみたいだった。静かにテーブルにカップが置かれる。

 おっと風向きが変わってきたぞ、と蘭は身構えた。

 

「オレがレンを探し回ってる時にオマエらレンとなにしてた? カワイイ弟オマエらのせいで見つけらんなかったっつーことだよなぁ!」

「いやいやちげえよ!」

「溢れる! コーヒー溢れるって!」

「あ゛?」

「なんでキレんの!」

「情緒ヤバいから!」

「蓮見つけた時雨降ってたし保護だって保護!」

「オレらなんも悪くなくない!?」

「オレら大将が捨てて泣いてる蓮を拾ってあげたんよ?」

「あのままにしてみろどこでのたれ死んでたかわかりゃしねー」

「兄ちゃんがいなくなったって泣いてたよ」

「むしろ感謝しろ?」

「蓮はなんも言わんかったし探されてるとか思わんよ」

「雨に降られて熱出したからしばらく外出せなかったし」

「オレらも事情聞いたん拾ってからしばらくしてからだし?」

「濡れ衣だよなぁ竜胆」

「だよね兄ちゃん」

「……レン、泣いてた?」

 

 スンと突然落ち着いたイザナが驚いたような顔をした。

 

「雨降ってたし、わかんないけどさ」

 

 あの日のことを思い出す。ひどい雨だった。目の前で転んだのが蓮で、その目はオレをお兄ちゃんだと教えてくれて。赤くなんてなかったけど。声は震えてなかったけど。

 

「オレは、泣いてると思ったよ」

 

 そっか、と呟いたイザナは幾分か落ち着いたようだった。コーヒーを啜って、少し苦くて、砂糖ねーのと聞こうとした時ふと目に入る。

 

「なんで鶴蝶ヤクルト飲んでんの?」

「うちで飲んでいいのヤクルトかコーヒーか紅茶か牛乳しかねーよ?」

「え、鶴蝶コーヒーとか紅茶飲めるん?」

「ミルクの方がよかった?」

「鶴蝶飲めたんじゃなかったか?」

 

 竜胆も蘭も大人ぶってようやくミルクティーを飲む蓮を思い出した。確か鶴蝶は蓮のいっこしただから、コーヒーなんかもってのほかだし紅茶も飲めるかわかんねーよな、と思っていた。

 イザナはこの間コーヒーを飲もうとする鶴蝶を見ていた。てっきり飲めるようになったと思ってたんだが。

 

「いや、いい。ヤクルト美味しいし」

 

「……もう一本のむ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乾と九井は仕事を終え、残りの後始末を部下に任せて家路につこうとしていた。先に電話でどこかに助けを求められたらしい大寿から九井にメールがあったのは、今日は早かったネ、と微笑む赤音にただいまと言ったとき。ほんの少し機嫌が傾くのを感じてメールを開くとあったのはそっけない一言。

 

「ボスだ。オマエらどこいるか知らねーが至急アジトまで、だってよイヌピー」

「何かあったのか?」

「いや、なにも書いてねーな」

 

 ロクな事情でもなかったらどうしてくれようかな、と思いはしたが大寿が無意に二人を呼び出すこともまずないので大人しく脱ぎかけたブーツを履き直した。

 電話で呼ばれてかけつけたらどこぞの大きなチームとやり合ってしまったとかそういうんだろうか。仕事じゃなく真っ当な不良の抗争は久しぶりになるな、と青宗は考えた。

 いつごろ帰るか尋ねる赤音にまたメールするよと返し、涼しい秋の日にまた飛び出した。至急と言われたからなるたけ急いで。

 ほんの少し息を荒げて扉を開けたアジトには、まだ大寿の影も形も見えやしなかった。

 

 本来なら赤音と今晩のメシの話でもして幸せに浸っていただろうところを邪魔されたカタチになる九井はそれでも別に怒ってなんかはいなかった。なにせ、至急に呼ばれる事態。悪人面で、黒龍なんかの総長をしてしまっていて、すぐに手が出るDVクソ野郎な大寿はしかし、それでいて誠実なところも多々あると知っていた。九井と青宗が赤音との時間を大切にしているのも知られているし、無闇矢鱈に呼び出されることなんてなかった。だから別に、この後訪れる面倒事はなんだろうなと思いこそすれ、大寿に何かを思ってなんかいなかった。

 しかし、青宗と並びソファで暇を潰し、足音と共に開かれた扉の方を見た九井は、大寿に物申したくなった。

 

「あ、セーくん! うゎやだホントに特攻服着てる!」

「だからウソなんかつくかよって」

「でもさぁ、やっぱしんじらんないでしょ。ちゃんと毎日学校通ってたし皆勤自慢してたセーくん見てないから大寿クンは分かんないんだな」

 

 隣を見るのがおそろしい。けれどそんなことを考えるより自分の目は扉の方に釘付けられて仕方がなかった。

 

「……レン?」

 

 隣から震えた声が聞こえる。九井は何も言えなかった。喉が渇いた。

 すこし、背は伸びたか。髪は黒いままだ。瞳だって、ずっと昔から変わらない淡い紫を湛えて。

 

「セーくん」

「ホントに……レン?」

「久しぶりな」

「レン……レンだ」

「え、なんで泣きそうなん?」

 

 ふらふら立ち上がった青宗が蓮に縋りに行った。

 蓮だ。間違いない。夢でも妄想でも幻覚でもなく蓮だ。つまり、なんだ? 大寿が、連れてきたってことか? 連絡は蓮を見つけたからってことで、来いって言ったのは蓮を連れてくるからってことで。

 なんで教えてくれなかったんだ、と思う。無駄なサプライズ精神なんか見せずに引き合わせてくれたらよかった。サプライズしたことあんのか? 絶対初心者だろ、こんなんでオレらが喜ぶとでも? 嬉しいわ。最高に嬉しい。それでも心の準備ってもんがあるだろう。だからまだ九井は追いつけていない。

 

「えぇ……泣くなってば」

「……泣いてない」

「そーね、泣いてないね」

 

 どっちが弟なんだったか。ぎゅうっと抱きしめあって、蓮の手が青宗の背中に回る。九井の方からは青宗の背中しか見えなかったが、そりゃ言い張るのは無理あるだろイヌピーって思うくらいには分かりきってた。

 どれくらい、待ち望んだ光景だろうか。イヌピーとキキがそこにいて、どっちもしっかり起きていて。気がつけば頰は濡れていた。

 

「え?」

 

 穏やかな表情で、目を伏せて兄のように青宗を慰めていた蓮が、ゆるゆると瞼を開ける。

 

「もしかして」

「キキ、だよな?」

 

 青宗を抱きとめていた蓮が目を見開いた。ワナワナと口を震わせるから、不安を覚えて寄り付くのを躊躇った。

 

「……ココくん?」

 

 頷く。固まる。

 

「ココくん不良だった! 大寿クン! ココくんこんな髪剃ってるとか巻いてるとか知らないんだけど! 早く言えよ分かんなかっただろ!」

「親衛隊長って言っただろ」

「聞いた! けど!」

 

「やっぱ不良になっちゃったんて……アーちゃんにフラれ」「てはない」

「てないのに!? てことはその髪型アーちゃんの趣味?」

「赤音がそんな髪型好きなわけないだろ」

「え」

「だよね」

「あ、ココ違うんだ。けっして、その、似合ってないとかカッコワルイとかそんなんじゃなくて」

「アーちゃんの趣味じゃぁないぜ?」

「え」

「赤音はほら、ココが好きだから」

「全然、髪型とかで好き嫌い決める人じゃないし」

「似合ってるし」

「オレはいいと思うナ!」

「イヌピー……知ってて教えてくんなかったん?」

「いちおう、赤音のタイプは爽やか系だってことは……言っとく」

 

 ニマニマ笑みを携えて、青宗を前に引っ付けたまま九井を見る蓮はいつかの記憶と酷似していた。数年の空白なんてなかったみたいに昔と同じような会話ができている。二人で赤音のことが好きな九井をからかって遊ぶのだ。気恥ずかしく、腹も立つが、懐かしく、待ち望んだ間柄だった。

 どんな顔をしていいのか分からず、九井は目線を逸らし、壁際でどうにも笑いを堪えられていない大寿を見つけてしまった。何故だ。空気読んでどっか行けよ水いらずって言葉知ってんのか?

 

「オレが見つけて連れてきてやったのに?」

 

 それにはいちおう、感謝、してる。

 

「蓮のこと、ずっと探してたんだぜ? 今までどこにいたんだ?」

「六本木にね、にいちゃんが住んでるから」

「にいちゃん……そっか、そうだったんだな」

「セーくんは元気? 高校行ってる? アーちゃんココと上手くいってんの?」

「あぁ、高校はココと一緒んとこ。赤音は大学行ってて……ココは今んとこ合コンの断り文句にはなれてる」

「え、オレそんだけ?」

「ふふ、ウソだよ。赤音もココも家じゃ鬱陶しいくらいで……ベタ惚れってヤツ?」

「なんだ、うまくいってんじゃん」

 

 青宗が穏やかに笑うのを見て、九井は不覚にも泣きそうになった。いつから見れなかった景色だろうか。青宗が蓮を慈しみ、それに甘えて蓮が笑う。

 

「赤音も、レンのこと待ってる。今日はウチに来ないか?」

「今日? うーん、や、ちょっとダメっつーかさ、兄ちゃん帰ってくると思うからご飯の準備しなきゃだし」

「……そうか」

「でもホラ! これオレのケー番ね、あと住所。兄ちゃんいたりするから来る前は連絡ちょーだいね。……セーくん、大丈夫。また会えるってば」

 

 最後にぎゅうっと蓮が青宗を抱きしめて、蓮は「じゃあね」とひとこと言った。青宗の腕からするりと抜け出して、九井と大寿にも手を振って出ていった。

 残されたのは、未だ追いつけていない男と、短い回合の名残りを反芻する男と、とっくに番号も聞き出してトモダチに近くなっていた男。

 

「……六本木、()るか」

「……アイツ、灰谷の子飼いやってたぞ」

「……じゃあ手出さねぇ」

「……六本木に居たのになんで見つけられなかったんだ?」

「さぁな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレ、靴あんじゃん……ただいまー! 靴変えた?」

 

 家に他人を上げるなんてあんまり珍しい、というか初めてだったもんだから、見覚えない靴が増えてても、トモダチ呼んだんかな、などという考えが思い浮かばなかった。

 兄が、おかえりと言っても玄関先まで迎えに来ないのからもうおかしいっちゃおかしかったのだ。いるはずなのに、いないみたいで。靴の数に反してやけに静かな家を歩いて、洗面所で手を洗ってからリビングを覗いた。

 

「おかーり」

「おかえり」

 

 いつもの場所に苦笑した兄ちゃんと兄ちゃんの兄ちゃん。誰も座らない余りの席に知らないヒトが座っていて(申しわけなさそうに会釈をされたから会釈を返してみた)、いつもの蓮の場所には

 

「アレ……えーと、イザナ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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