マシーナリーサーガ   作:晩舞龍

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フィニッシュヒム諸岡EX最終回。
諸岡の周囲を揺るがす、大事件が起きる。そして、諸岡は逃げた。


フィニッシュヒム諸岡EX~逃げた諸岡篇~

 ────横須賀データセンタ────

 

「や、や、どんな具合だい」

 横須賀の責任者であるドゥームズデイクロックゆずきは、搬送作業に勤しむサイボーグの一機に声をかけた。

「こんなに破壊されたサイボーグが来たのは初めてですよ! いったい何が起こってるんですか!?」

 ここ、横須賀データセンターはサイボーグセメタリー、いわゆる共同墓地のような役割も兼ね備えている。

 それが今、溢れかえる事態となっていた。

 

「サイボーグを壊してまわる凶悪な存在が日本にやってきてね……すでに関東の各支部は壊滅状態さ。現在は池袋支部が相手をしているが……」

 

 バイオサイボーグ・ワニツバメ。サイボーグへ復讐するため、その多くを破壊。

 その攻撃を受け、散っていった者たちがここに運び込まれているのだ。

 

「それで、ゆずきさんはなぜここへ?」

「ああ、どこの誰が破壊されてしまったか、データを取らなくてはいけないからね」

 そう言うとゆずきは巨大な腕を展開し、内臓されたコンピュータに記録を取り始めた。

 

 

 ────???────

 

 フィニッシュヒム諸岡。町田支部所属、疑似徳サイボーグ。回転体は納豆。

 彼女はいま、自分がどこにいるのかわからなかった。周囲には田畑と山、申し訳程度の家が見える。川の流れを見ながら、ため息をつく。

「ハァ……なんで、あんなことしちゃったんだろ……」

 その顔には焦燥の色が浮かぶ。しかし、どこかへ歩き出すことも無く、その場にしゃがみ込む。

 そして、再びため息。

 彼女の頭の中では、先ほどの光景がフラッシュバックする。

 

 破壊される町田支部。

 胴から引きちぎられる仲間。

 回転体を壊され、動けなくなった仲間。

 

 諸岡は、そんな仲間たちを置いて逃げた。すぐ眼前にせまる死の恐怖に耐えられなかったのだ。

 夏の合宿を経て、諸岡は恐怖を克服した。だが、戦ってきた相手は自身より弱い存在である人類ばかりだった。

 異星人と戦った時には、自身の力で撃退したり、頼れる本徳サイボーグがいたり。

 それが今回の相手は違った。

 頼れる先輩も、信頼する上司も。ことごとくが粉砕された。

 そんななか、諸岡の精神の奥底に救う臆病で卑屈な心が叫んだ。逃げろ、と。

 

 そして今、どこかもわからぬ田舎で後悔を繰り返している。

 

「オい、諸岡。なにやってんだ」

 その声に諸岡はバッと顔をあげる。

「えっ……どうして」

 そこには破壊されたはずの先輩サイボーグ・メテオスマッシュ久保井。

 そして上司の本徳サイボーグ・カバディみや子がいた。

「ほラ、そんなとこで座り込んでないで飲みに行こうぜ~」

「この前の月報の原稿は本部からも高い評価を得ていたからね。今日はわたしの奢りだよ」

 久保井もみや子も、体には傷一つなく、様子も至って普通であった。少し声の調子が悪いようだが。

 諸岡の記憶にあった彼女たちと寸分たがわない。

「???」

 諸岡は手を引かれるままに居酒屋に向かうことになった。

 

 その後、諸岡はワニツバメのことについて聞いた。久保井とみや子は、破壊されたはずではなかったか、と。

 しかし、彼女たちは何を言っているかわからないと言った様子であった。

 居酒屋を後にし、いつものように歩いていくと、そこには粉々に破壊されたはずの町田支部があった。

「夢……?」

 

 それからの日々は、諸岡にとって幸せなものであった。いつものように仕事に出向き、時にはみや子や久保井と無駄話をする。そして、命の危険を感じることなく一日を終える。

(最初は夢か走馬灯のようなものだと考えていた……でも、この夢はいつまでたっても冷めない)

 

 次第に、ワニツバメ襲撃の件について諸岡は考えないようになった。きっと、調子が悪くて自分だけ悪い夢を見ていたのだろう、と。

 そうして、だんだんと彼女の心は晴れやかになっていった。死の恐怖を感じなくなっていった。

 でも、幸福は長くは続かなかった。

 

「あっ」

 書類を整理していたら、以前研修に行った時のものが出てきた。参加メンバーと日程について書かれている。

 なにか嫌な予感がした。

 思えば、久保井とみや子の二人と居酒屋に行ってからの数日間、諸岡は他のサイボーグと顔を合わせていなかった。

 メンバーのうち、ジャストディフェンス澤村とアークドライブ田辺はミッションのため2010年代へ向かったはずだ。

 それ以外はこの時代に残っているはず……

 もしワニツバメのことが悪い夢ならば、皆元気な声を聞かせてくれるはずだ。

 諸岡は通信機器を操作し、震える手をおさえてクラッシュトリガー生天目に通話を試みる。

 

 ……

 

 生天目は出なかった。諸岡はその後、吉村、加藤、笹平、そして藤本にも通話を試した。結果は同じだった。

 

「どうして……」

 

 

 ────横須賀データセンタ────

「横浜支部……クラッシュトリガー生天目」

 ゆずきは、ワニツバメに破壊されたサイボーグの確認作業を行っていた。

「町田支部……メテオスマッシュ久保井、カバディみや子……おや。もう一機はどこへ行ったかな。この惨状ではさすがに疑似徳サイボーグが無事とは思えないが……」

 

 

 ────???────

 

「やめロ、諸岡」

 振り向くと、そこにはみや子と久保井。その顔には生気がまるでなかった。マネキンのようでうすら寒い。

「ヒッ……!!」

 通信が繋がった。生天目だ。

『やァ。もロヲか。私だ。どうか死たか』

 その声は不気味に軋み、とても諸岡の知っている生天目ではない。

「黙れ、偽物……」

 分かっていた。この世界は、何かがおかしい。その何かは今まで見えていなかったが、少し明らかになった。

「私の本当の仲間は、ここにはいない」

 ワニツバメに破壊された世界。残念ながら、きっとそちらが本当の世界だ。

「私は不思議な世界にやってきてしまった……そう考えるしかない」

 諸岡は立ち上がった。

「元の世界に戻らなきゃ」

 手始めに諸岡は通信をシャットアウト。すぐさまレールガンを放ち、気味の悪いみや子と久保井の偽物を爆撃で吹き飛ばした。

 

 

 町田支部の外に出た諸岡は、周囲に目を凝らす。すると、今まで気付かなかった違和感が一気に押し寄せてくる。

 日本語のおかしい看板。構造上明らかに崩れているはずの建築物。歌詞の意味が理解できない音楽。

 そこは、いびつなモノであふれていた。

(ここはいったいどこ……? どうすればもとの世界に帰れる……?)

 空を見上げると、そこに青空は無かった。ただひたすらに、無地のキャンバスのように真っ白だった。

「これは……!」

 そこに、筆を走らせるように青いものが浮かび上がってきた。それはどうやら、ヒューマノイドの頭部のようだ。

 特徴的な巨大な腕と丸眼鏡をみて諸岡はその正体を確信した。

「ゆ、ゆずきさん……!? どうして空にゆずきさんが!?」

 大空に映し出されたゆずきから街に響き渡るようにして返事が返ってきた。

「おぉ──ーい。諸岡──ーっ。わたしの声が聞こえるか──っ」

 

 

 

 

 ────横須賀データセンタ────

 ゆずきは、サイボーグに関するデータを照会した。その結果、フィニッシュヒム諸岡は確かにこの横須賀データセンターに運び込まれている。確認を取るため、搬送作業をしているサイボーグたちに話を聞くことにした。

「目を覚まさない?」

「そうなんですよ。目立った外傷はないんですが、眠ったまま目覚めないんです」

 

 機能停止したサイボーグたちとは別の部屋に入れられていた諸岡。ゆずきはその部屋に入り、諸岡の体の調査を始めた。

「確かに、どこも壊れていない。となると、異常は頭脳部分か……」

 サイボーグの頭脳となれば、ささみや森繫の力は借りられない。

 ゆずきは腕のマニピュレーターを諸岡に接続。内部の様子をコンピュータに映し出した。

「これは……厄介なことになってるなあ」

 状況を把握したゆずきは、ボヤきながらコンピュータを操作して諸岡のサイバー脳内に直接指令を飛ばし始めた。

 

 

 ────諸岡のサイバー脳内────

「わ、わたしのサイバー脳の中の世界!?!?」

 空の上のゆずきが諸岡に伝えたことは衝撃的なものだった。

 心因性のショックが原因で、諸岡の意識は自身の脳内の世界に閉じこもってしまったというのだ。

(道理で、私にとって幸せな世界が突然夢のように現れたわけだ……)

 諸岡はワニツバメに襲撃を受けた後の夢のような時間を思い出した。しかし、それはすべて自身の脳が生み出した幻想だったのだ。

 

「それで、どうやったらここから出られるのですか」

「ああ、それなんだがね、君は何かから逃げて脳内の世界に閉じこもったんだろう」

 ゆずきに言われたことはもっともだ。諸岡は、ワニツバメによって仲間が殺されたことで、死の恐怖を強く感じた。その結果、その場所からも、現実世界からも逃げ出した。

「私はワニツバメ……"死の恐怖"から逃げました。でも、もう逃げません」

「うむ、いい心掛けだ。自身の行いを反省できるのは徳が高い行為だね」

 ゆずきは諸岡を誉めつつ、さらに語り掛ける。

「逃げないという強い意志が固まれば、おのずとその世界は崩れ去るはずだ。安心していい」

 言うが早いか、諸岡の視界からゆずきが消え、周りの建物も消え始めた。

 地面も消え、周りには白い空間だけが広がった。

「さよなら、わたしの幸せな世界」

 

 

 目を覚ます。

「諸岡!」

 声のかけられた方向を見ると、ゆずきがいた。諸岡は殺風景な部屋の寝台に寝かされている。

「ゆずきさん」

「目を覚ましたか。よかったよかった、君までいなくなってはもはや関東の支部は壊滅状態だからね」

「そうか、私は……ワニツバメの襲撃は本当のことだった」

「そうだ。町田支部は君以外全滅。関東各支部も池袋を除いて全滅」

「そんな……そんなことって……」

 夢から覚めたばかりの諸岡に衝撃の事実が次々と突き付けられる。

「君と共に研修旅行に向かった生天目……彼女もワニツバメによって破壊された」

「そ、そんな……生天目さんまで……」

 

 ショックのあまり放心する諸岡。その様子をゆずきはじっと見据えていた。

 そして、諸岡にビームライフルを手渡してくる。

「そんなにつらいのなら、自ら死を選んでもいい」

「こ、これで……私はこの辛い現実から解放される」

「そうだ。これもまた非常に徳の高い行為だね」

 諸岡は言われるがままにビームライフルの銃口を自分に向ける。

「さよなら、ゆずきさん」

 そして、その引き金を────

 

「そんな徳が低い行為を、私がするとでも?」

 その引き金を、ゆずきに向けて放った。

「グッ……よく分かったなァ、私が本物のゆずきでないことを」

 ゆずきだったものはビームを受けてその姿は歪み、やがて諸岡そっくりの姿へと変化した。

 

 諸岡はもう一人の諸岡に告げる。

「それだけじゃない、この世界も私の頭の中なんだろう。そしてお前は、私の中のもう一人の私」

「ご名答! 私は……フィニッシュハー諸岡。お前はもう、世界に絶望している。だったら、私に肉体をくれてもいいだろう。生まれるときにバグとして処理されたお前のもう一つの人格に!」

 

 突然現れたもう一人の自分を前に、諸岡はそれでも毅然とした態度を崩さない。

「確かに、私にはもうシンギュラリティの指名を果たしたいという強い情熱はない。仲間のいない世界に希望も持っていない。でも」

 ひと呼吸し、もう一人の自分を見据える。

「お前のような徳の低い存在に自分の体を明け渡すことも、自殺という行為で現実世界から逃げることも、もうしない」

 諸岡はその目に確かに、黄金の徳の輝きをたぎらせていた。

「ほざけっ!! 臆病者の分際で!」

 諸岡とは正反対の交戦的な性格をむき出しにし、もう一人の諸岡は向かってくる! しかし、諸岡はその場所にゆったりと構え、回転体である納豆を高速でかき混ぜる! 

「これが、私の徳だっ!!!!」

 超高速で混ぜられた納豆はもはや粒状からペースト状に変化している。そして、黄金の徳エネルギーを纏っている! 

 徳のエネルギーによって球体となったそれが、もう一人の諸岡目掛けて一直線に突っこんでいく。

「私だって……お前と私は同じ存在! 同じ技で相殺する!」

 しかし、もう一人の諸岡の納豆には黄金の徳が発現しない! 

「なぜだっ!! なぜ奴にできて私にはできない!!」

「決まっている」

 もう一人の諸岡は、黄金の徳の球を受け止めきれず、爆散した! 

「お前の徳が低いからだ!」

 

 

 

 

 

 ────横須賀データセンタ────

「君が脳内世界から別の脳内世界に移動したときはヒヤヒヤしたよ、まあ杞憂だったがね」

 ゆずきが声をかける。こんどこそ本当の現実世界に戻れたようだ。

「ゆずきさん……私ともう一人の私の様子、見ていたんですね」

「まあね。脳内とはいえ、あの黄金の徳は凄まじかった。本徳サイボーグになるポテンシャルは十分あるよ」

「本徳サイボーグですか……」

 自身の力の強化を伝えられても、諸岡の表情は冴えない。

「正直言って今回のワニツバメの件は君にとってつらいだろう。それは私も汲んであげるつもりさ。君のような優秀な人材にやる気を失われては困るからね」

 ゆずきの言葉に、諸岡は顔を上げる。

「それは、いったい……」

「君には休息の時間が必要だ。主に心にね。シンギュラリティを一旦離れるといい」

「シンギュラリティを……いいんですか」

 諸岡は思わず立ち上がる。シンギュラリティを離れるサイボーグは、その多くが反逆者だ。しかし、ゆずきはチッチッと指をふる。

「出向だよ出向! ほら、上亜商みたいにさ」

 そう言うと、ゆずきは端末を見せてくる。

「ここなんかどうだろうか。仕事も少ないし、いいリフレッシュになると思うけどな」

「ゆずきさん……ありがとうございます」

 

 

 そうして、諸岡はシンギュラリティを離れることにしたのだった。仲間や友人を失い、現実への希望を失った彼女は、いつの日かシンギュラリティに帰ってくるかもしれない。

 

 完

 

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