「たか子ォ~、ちょっと見てみろよこれ」
寝転がりながらスマホを眺めていたとも子が、たか子を呼びつけた。
ネットリテラシーたか子はというと、時空連続帯の乱れが深刻化している件でマシーナリーとも子の家にやってきたところだった。
「全く、貴方は…」
あきれながらもたか子は部屋に上がり込み、とも子の画面をのぞき込む。
「小説?」
「ああ。私たちサイボーグのことを想像して面白おかしく書いてやがる。人類の創作魂には驚かされるぜ」
それはマシーナリーとも子らサイボーグについて、断片的な情報から想像した人類が作った創作小説だった。
サイボーグが人間の超能力者の体を借りたり、ゴーストなる存在と戦ったりと、かなり好き放題に描かれている。
まだ人類にとってサイボーグはほとんど知れ渡っていないとはいえ、こうも突飛な内容を書かれると、その想像力にとも子は笑ってしまう。
そんな様子のとも子に、たか子は苦言を呈す。
「確か、貴方も創作物…漫画を作っていたけど、そういうものには力が宿るものよ。足元を掬われないよう注意しなさい」
「どういうことだ?」
疑問符を浮かべるとも子を無視し、たか子が本題を切り出す。
「貴方は総選挙で勝つと言っていたけど、そうも言っていられないわよ。時空連続帯の乱れが活性化している」
それは、少し前から彼女らサイボーグを悩ませる事態で、このまま放置すると宇宙が崩壊してしまうという事象だった。
「おいおい!まだ猶予はあるって話じゃなかったか!?」
「そうなんだけどね。その乱れは波のような周期が存在するの。今、ひときわ大きな波が来ている…宇宙の崩壊までは至らないけど、何が起こるか分からない…事態…」
「たか子?」
話している途中で、たか子の様子がおかしくなった。直接会話しているのに、声が途切れ途切れになっている。
しかし、それは声だけではなかった。
「オイ、たか子!体が透けてるぞ!?」
たか子は何かを言おうとしたが、それがとも子に届く前にたか子の姿は消滅した。
「嘘だろ?」
数時間後。たか子をはじめ、ジャストディフェンス澤村・ハンバーグ寿司・鎖鎌・錫杖・アークドライブ田辺・トルー・ワニツバメ…シンギュラリティ陣営とN.A.I.L.陣営のほとんどが忽然と姿を消していた。
「これが時空連続帯の活性化…」
おそらく、現在敵対しているアトランティス陣営も消滅を免れてはいないだろう。
「ウーム…何から手を付ければいいのかわからん…」
困ったとも子は、アカシックデータ復旧サービス(株)にやってきた。宇宙空間に存在するこの組織は、宇宙のデータをクラウド保存しており、記憶の断片を用いて宇宙を復旧する。
しかし、
「時空連続帯の異変については私たちの能力を大きく超えています…残念ながらお力にはなれないでしょう」
自室にもどって転がり込むとも子。そんな時、視界に見慣れないものが目に入った。
「何だぁ?これ…」
それは一見すると十徳ナイフのようだった。買った覚えのないそれをとも子が恐る恐る開くと、刃物の手入れに使えそうなパーツが次々と飛び出した。
「これは…鎖鎌が買ってきたものか…」
その時。とも子の頭の中に一つの光明が見えた。
「あそこなら…でも頼りたくねェ~」
仕方なく、あまりあてにしたくないが訪れることに決めたのだった。
「何だって!?あの子たちが!?」
驚く象頭の神、ガネーシャ。とも子は鎖鎌のバイト先であるガネーシャに助けを求めに来たのだ。
ガネーシャは四本の腕を組み、考える。
「その異変に、あんたの関係者ばかりが巻き込まれていることが気になるね」
ガネーシャの指摘にとも子も頷く。
「確かになァ…人類どもは騒いでいるようすはなし、あんたもピンピンしてる…」
「時空連続帯の乱れ自体、鎖鎌とワニツバメの二人によるものなんだろ?その中心人物であるとも子、あんたが選ばれるのは当然だと思うがね」
原因は何となくつかめたが、対処法については全く分からないままだ。
「ちょっと待ってな」
ガネーシャが奥に引っ込む。ガネーシャの店はアーティファクトを取り扱っており、不思議なアイテムはこの事態の手助けになるかもしれない。
しばらくすると、ガネーシャが不思議なボールをもって出てきた。ラグビーボールに似た不思議な形状と、一言では言い表せないマーブルのような不可思議な模様。
いかにも危険そうなその物体をガネーシャはよこしてきた。
「この球体は、"いないはずの人を呼び出した"という伝承のある、摩訶不思議なアーティファクトだよ」
「これ…本当に大丈夫か?」
「知らない。相当危険な賭けだ。でも、それに頼るしかないだろう」
「グムム~!!」
悩むとも子に、ガネーシャはしっしっと追い払うしぐさを見せた。
「そいつはサービスしとくよ。私との関わりが少なかったことへの感謝料さね」
ガネーシャに渡された怪しげな球体を持って、とも子は帰路についた。
家の扉を開けても、誰もいないことを確認しとも子は、その球体に願いの内容を発した。
("いないはずの人を呼び出した"…で、合ってるよな)
「私と関係してた奴ら全員、呼び出してくれ~!!」
その瞬間…光が球体から溢れ、しずくとなって零れた。
「!?」
球体はすべて液体となり、床に零れ落ち、世界に浸透して消えた。
「どうなってる…!?」
外から叫び声やざわめきが聞こえ、とも子は家を出た。
人々は空を見上げる。すると…
「なんだァ?」
真昼の空に浮かんでいたのは、巨大な月だった。
地球から見る普段の月と比べ、あまりに大きい。そして、月面に緑の植物が生い茂り、表面にある巨大な眼球が不気味にこちらを見つめている…
どうみてもこの世のものではない。白昼夢や自身の精神疾患を疑うほどに現実離れしたその巨大な物体は、さらにあろうことかこちらへ"交信"をはじめた。
「現行人類の諸君、ごきげんよう。突然だが、君たちの住む世界を軽く調査させてもらった。結果としては…」
尊大な口調でこちらへの第一種接近遭遇を行ってくる。しかし、とも子はその巨大生命体と思わしき存在の話す内容の中で、ある謎のワードを聞き取った。
「マシーナリー…チルドレンだぁ?」
彼女の周りにはこれまでも、鎖鎌や錫杖、そして噂のみに聞く含針ちゃんなど、自身の「娘」を自称する存在を確認してきた。
しかし、今回のはいつもと何から何まで違いすぎる。
鎖鎌と違い、あの巨大存在はまるで宇宙、いや並行世界から来たかのように思えるのだ。
「並行世界…オイオイ!?」
とも子が先ほどアーティファクトを使って叶えた願い。マシーナリーとも子の関係者全員を呼び出す。
その願いが…
「電脳世界の範囲まで展開した!?」
マシーナリーチルドレン。それは、彼女がインターネット上で動画を用いた啓蒙活動を行う際のアバターの作成方法をまねて、バーチャルの…電脳世界に受肉した存在たちである。その存在はとも子も認知してはいたが、それはサイボーグであるとも子本人とは違いバーチャル空間にのみ生きる存在だった…はずだった。
しかし、それらが"マシーナリーとも子の関係者である"という点に関しては疑うべくもなく、こうして"実体"を伴って現実世界を侵食し始めたのだ。
「こいつはまずい…何がマズいって、私の関係した電脳存在が全員この世界に現れるのはまずすぎる!!今までにどんだけトンチキな奴らが居たと思ってる!?」
一人、声もなく叫ぶが、雫と化して消えてしまったアーティファクトの球体に届くはずもなく。
「マシーナリーとも子、貴様!!」
「ひーっ!?」
今度はなんだ、と身構えたら見慣れた顔のサイボーグが二人。
「田原に深川!」
やってきたのは、喫茶店を営む高田馬場のサイボーグ・リープアタック田原と、福岡で活動しているサイボーグ・メタルスラッグ深川だった。
その深川が、いつにもまして剣呑な表情でとも子に迫る。
「貴様のせいだろう!私のハンバーガーちゃんを奪ったのは!」
深川は、とも子とも親交の深いハンバーガーちゃんという女子高生と同棲しており、彼女が消滅したことに激高している様子だ。
「待て待て!今から全部もとに戻すから!」
「なら戻す方法を教えろ、私がやる」
困ったとも子は田原に視線をやるが、目をそらされた。
「チッ」
「何か言ったか!?」
「い、いや…あのデッケー月をぶっ壊せば戻る…と思う」
「"と思う"だと!?無責任な!」
怒りをあらわにしつつも、深川は両腕のダブルガトリングを上空の巨大物体に向けて構える。
「死ねっ」
両腕の巨大重火器が火を噴き、疑似徳のエネルギーが詰められた特殊弾が月の表面を焼く。
だが、あまりにも質量の巨大なその存在には、いくら疑似徳サイボーグといえ致命傷を与えるには至らない。
「くそっとも子!それにあんたも力を貸せっ」
とも子がよろよろと立ち上がり、田原は誰だコイツと思いながら指ミサイルを月に発射。
とも子も羽織っていた白衣を脱ぎ、ミサイルポッドとグレネードランチャーを展開、発射!
本徳の力も及ばず、月型巨大存在には全くのダメージがない!
「オイッとも子!もっと本気出せるだろッ!」
深川に怒鳴られ、やれやれととも子は本気を開放する。
「フンッ」
マニ車高速回転!ツーバイフォー形態!!
両肩の武器も巨大化し、莫大な質量の徳をミサイルと弾に乗せて放出!
「これで吹っ飛べッッ!!」
上空へ飛び着弾、次いで大爆発!
「ヨォシ!」
爆炎と煙の隙間から、月だった存在の破片が落ちてくる。
破片の一つがとも子たちの近くに落下。それが、先ほどの光の雫へと変わり、次に人型をとる。
「見ろ深川!もとに戻るぞ!」
「おお!」
現れた少女。
青い頭髪、大きな眼鏡、そして背中には…レールガン。
「誰だコイツは!?ハンバーガーちゃんじゃないぞ!」
大声をあげる深川。徳を使い果たし、いつの間にか小さくなっていたとも子がその問いに答える。
「こいつは確か…町田支部のフィニッシュヒム諸岡!?」
「こ、ここは…?」
一方、池袋のビル街にも月の破片が落下し、光の雫へと変わっていた。
そして、ビルの間の暗い地面に落ちた瞬間、一人の女性へと変化する。
「うう…私はいったい…」
黒縁眼鏡と、特徴的な黒い長髪。だがその女の目は虚ろだ。
「ローラ…どこ…」
ゾンビのように危うい足取りで、しかし絶対に日の光を浴びぬようにしながら、彼女はどこへともなく歩いていく…