生きていたくない人間のお話。   作:長谷部潤一

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こんばんは、長谷部潤一と申します。
この作品は私の身近な人から聞いた話を勝手に書いているだけです。
私は小説など書いたことがありませんので、文章構成も感じの正しい使い方も何も知りません。
ですので、変な事ばかり書きます。それでも良ければ読んでみてください。人によっては共感を得られるかもしれません。


プロローグ

プロローグ

 

 

 

 皆さんはこんな考えをしてみた事、口に出してみた事がないだろうか。

 

 「この世から消えたい、忘れられたい、自分のことをだれもが知らない世界に行きたい」

 

 

 そして、「死にたい」と。

 

 

 人間生きていれば誰もが嫌な思いをする、それは小さいものから大きいものまで様々である。

 

 例えばそれは恋愛からくる痴情の縺れ、他人の死、挫折、後悔など多岐にわたるものである。

 

 

 反対に人によっては大したことではないことが、自分にとっては大きなことであるのは珍しいことではない。

 

 失恋など大したことではない人もいれば、挫折など何度も乗り越えてきた人もいる。

 

 さらに、自分では大したことがないことだと思っている事が、大きく、自分に影響を与えるものであると知らないこともある。

 

 

 

 

 人間は基本的に十人十色、百人百様とされ違うのが当たり前なはずなのに、こと人間として生まれると多くの人が同じような道を歩むものである。

 

 なぜそうなのか、私がそれを知りたいと思ったことは一度や二度ではない。しかし誰も教えてくれないのである。

 

 

 

 

 

 さて、私は幼少期から自分の取り組んでみたいと思ったことは何一つできたことがない。

 

 例えば友人と行う外での遊び。

 

 例えばゲーム。

 

 例えば習い事。

 

 例えば絵を描くこと。

 

 

 

 こんな小さなことからそのうち話すであろう大きなことも、あれもダメ、これもダメと、まあ否定をされ続けたものである。

 

 その期間が長きにわたれば、私が自発的に何かを執り行うことがなくなるのも決して不思議なことではない。

 

 

 否定は辛いものだ、一生懸命子供ながらに考えた内容は一蹴されるのだから、怒られるよりもつらい、外に締め出されるよりも辛い、殴られるよりも辛い。

 

 人格形成に大きく影響を及ぼす幼少期にこんなことが続いたらどうなるか、親はきっと考えることができなかったのであろう。

 

 親はきっと、正しいと思ってやってきたのであろう。なぜなら、私の意見をすべて一蹴し、否定したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてプロローグもそろそろ終わりだ。

 

 このお話は私が年齢ごとにどんな経験をし、そのうえでどのような思考に陥ったのかを書くものである。

 

 

 親の心子知らずとは言うが、その逆もまた然りでありその内容が赤裸々に綴られているだろう。

 

 

 どうして子供は親の言うことを聞かなければならないのだろうか、どうして幼少期すべての最終決定権は親にあるのだろうか。

 

 どうしてその選択が実の子を自殺未遂へと導くことになろうとは考えられないのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、私が希死念慮の泥沼にはまっていく、そんな話。

 

 

 

 

 

 

 




 はい、プロローグだけ書いてみました。

 多分文章はめちゃくちゃです、自分でも何かいてんのか分かんなくなってきます。

 

 皆さんはこんなことを考えたことがありますか。

 この作品は、鬱や自殺などを取り扱うものです。
 人によってはつらい内容があるかもしれません、大したことがないのかもしれません。

 しかし、現実にはこんな人がいるんかもしれませんよ。

 次回をそのうち書きます。
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