まえがき
『 しずかなのけもの 』 第1話です。
このおはなしは、『ジャパリ・フラグメンツ』内の短編、〈 しずかなのけもの 〉をふくらませて、一人称にしたものです。(向こうとはセリフ等が違う箇所があり、矛盾が生じています)
独自設定が暴走しています。
全4話です。加えて、『あとがき・設定』が1話あります。
横書きで、PC版を基準に書いています。スマホは横向きが良いかもしれません。
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わたしは、『なみみ』。
とってもヒマだから、昔の記憶を開いてみよう。ちょっと前に編集したガラクタが、奥の奥にいっぱい詰まっていたはず。偽物の記憶……嘘と間違いと矛盾だらけの思い出だ。
時折、暗くて退屈な日常がキラキラ輝く瞬間があった。短い人生の中の、数瞬……。
まだ、ジャパリパークがヒトと共にあった頃。思い出すと胸が苦しくなる、平穏な時代。
ジャパリパークの西寄り、森の中にある、『アンイン第4炊事場』。お堅い名前だからか、飼育員の間では『妖怪キッチン』って呼ばれている。地元の伝説にちなむ、親しみを込めたあだ名だ。 *1
華やかなレストランが併設されている第3炊事場とは違い、ここには閉鎖された大食堂が残るのみ。かつてはお客さんで賑わっていたけど、今は “アニマルガールではない動物” 向けのごはん作りがメインだ。
早朝の、まだ暗い時間に、わたしの一日は始まる。
軽く朝食を食べて、作業服を着て寮を出て、隣の建物の調理場へ向かう。
調理場ではエプロンを着ける。工場みたいでかわいくない、厚手の白い大きなエプロンだ。
壁にかかっているのは、『普通の時計』と『ジャパリパーク標準時』の時計。
ジャパリパーク標準時の時計は、盤面が虹色の二重円で、数字も目盛りも無い。これの読み方を知っているのは、古参の飼育員くらいだろう。 *2
動物たちの生活リズムをベースにして、季節や気候に合わせて盤面や針の動きが変化する、生きている時計。ヒトは、目盛りの上を一定の速さで回る時計に慣れすぎていて、変動する表示に馴染めなかったから、今ではあまり見かけない。職員の勤怠管理も普通の時計が基準だ。
でも、わたしはパーク標準時が好き。とっても心地いい時間だから。
『普通の時計』の5時頃に、おんぼろのトラックがやってくる。ドライバーのおじさんと一緒に、段ボール箱に入った大量の食材を降ろし、ウォークイン冷蔵庫へ詰め込む。わたしは台車に乗せて運ぶけど、ドライバーさんは台車を使わない。『手で運んだ方が速い』んだって。*3 もうひとり欲しいところだけど、早番ができる人がいないんだ。
このドライバーさんとは長い付き合いだ。言葉足らずで会話が苦手なわたしのことを理解してくれていて、何もしゃべらなくても作業が進む。
ドライバーさんは、手早く仕事を終えて去って行く。あの人は、港に荷揚げされた資材をトラックに積み、各所を回って資材を届け、不要品を回収する。だから、わたしより早起きで力持ち。寡黙なおじさんだけど、ちょっと格好いいなって思う。*4
わたしは、タブレット端末に送られて来るオーダーをもとに、野菜、お肉、お魚、栄養剤などを準備していく。動物によっては毒になる食材もある。稀にオーダー内容にミスがあるから、それを指摘できる知識も必要。栄養士……というより、薬剤師みたいな仕事なんだ。飼育員になるために学んだことは、ちゃんと役立っている。
アニマルガールはヒトと同じものが食べられるし、各個体に合わせて栄養素が調整できるジャパリまんも開発中。だけど、 “アニマルガールではない動物” には、本来の食べ物が必要なんだ。 *5
調理器具の準備と下ごしらえが、わたしのメインの仕事。動物たちはものすごい偏食で、信じられない量を食べる。材料をカットして、フードプロセッサーにかけるだけでも大変だ。
この大きな野菜スライサーが難物だ。刃の切れ味が悪いうえに部品がガタガタで、野菜を上手くセットしないと引っかかって止まっちゃう。交換刃は高いから買ってくれないし、機械ごと買い替えてほしい……なんて言えないよね……。
日が昇る頃に、電動スクーターの音が聞こえて、マグ先輩がやってくる。先輩というより師匠みたいな人だ。*6 とっても心強いけど、朝が弱いんだよね……。ふたりで協力して、重労働の下ごしらえを終えたら、ガスコンロやオーブンやフライヤーを使う調理が始まる……とは言っても、生で食べる動物が多いのだけれど。調理と同時進行で、各方面への仕分け作業もする。
リンゴが余ってるから、内緒でレッサーパンダ舎に送ろう。こういうイタズラは、わたしのささやかな楽しみ。
程なくして、近隣で働く飼育員たちが、動物たちのごはんを受け取りに来る。*7 この、 “おつかい” は、主に新人の仕事だ。その初々しい姿を見て、 “わたし、ちょっと怖がられてるかな?" なんて思う。
昼前に、遅番のふたりがやってきて、4人体制になる。昼はバラバラに食事。昼間はイートインのお客さんが来るから結構忙しい。*8
妖怪キッチンには、かわいい制服なんてないし、わたしも着たいとは思わない。そして、料理はどれも大盛り。肉体労働をする作業員向けの、実用性一点張りな調理場だ。
マグ先輩 「うちはレストランじゃねえ。うまいメシで力をつけてもらえばいいのさ」
この先輩も格好いい。めっちゃくちゃ怖いひとだけど。
昼を過ぎると、わたしは食材の残りをチェックして、足りないものを発注する。そして、業務日報を書いて寮に戻る。夕食を食べてお風呂に入り、早めに寝て、明日に備える。
これがわたしの一日。シフトは時々変わるけど、このパターンが多いね。
大抵、ぐったり疲れてるから、すぐに眠れる。この仕事に休みはない。
もうひとり欲しい……なんて贅沢は言えない。パークはどこも人手不足だし、優秀な子はセントラルに行っちゃうから。
ジャパリパークの職員が少ないのには、悲しい理由がある。
お客さんが減っているんだ。アニマルガールは珍しくなくなったし、アトラクションも飽きられている。寄付も減っているし補助金は増えない。もともと莫大な運営費がかかるのに、老朽化した施設の修繕*9、新しいアトラクション、ガイドロボットの開発、セルリアン対策などで、パークの運営費は膨らむ一方。
この前、入園料の引き上げが決まった。頑なに値上げを拒んできた園長がついに折れたんだ。『パークをお金持ちの娯楽施設にしたくない』って言っていたのに……。でも、閉園になったら、たくさんの動物が行き場を失う。みんな動物もパークも大好きだから、意見がぶつかるんだよね。
いちばん大きい経費は人件費。何人もの先輩が辞めて行った。『私が知ってるパークじゃなくなっちゃった』って言って、寂しそうだった。後輩も辞めて行った。『仕事がつらい』って。せっかくパークに就職したのに動物とふれ合えないから、嫌になっちゃったんだろうね。なら、辞めて正解だよ。
ガイドロボットの性能が上がれば仕事は楽になるだろう。でもそうなると、もっとヒトが減る。特に、わたしたちみたいな裏方のきつい仕事は。
わたしは、ひとりになっても、妖怪キッチンに残るって決めている。
あこがれていた飼育員になれなくて、妥協してこの仕事を選んだ。わたしは、お料理は好きじゃないし、得意でもない。*10 でも、やってみたら意外とできたし、ちょっぴり楽しさもあった。
今は、この仕事を誇りに思っている。……そのうち本物の妖怪になっちゃうね。わたし。
キリっと冷えた秋の早朝。まだ真っ暗な時間。
わたしは、いつものように調理場に一番乗り……と思ったけれど……。
調理場の中から、カリカリカリ、ガリガリ……と音がする。まあ多分、怖いおばけじゃなくて、食いしんぼうな
わたしは調理場に入り、明かりをつけた。
なみみ 「………かりかりしちゃだめ……」
小さくて、ぼそぼそした声が出た。これじゃ、わたしの方がおばけだね……。
ネコの子 「わわ! ごめんなさい!」
調理場にいたのは、大きなネコ……サーバルのアニマルガールだった。
彼女は、シンクのわきに立てかけてあった特大のまな板で爪とぎをしていた。外が寒いから入っちゃったのかな?
この子はいろいろと有名だ。自覚は無さそうだけど、とっても人気がある。
サーバル 「こんにちは! ……じゃなくて、こんばんは、かな?」
みんなに好かれる、キラキラした輝きを持った子だ。……わたしとは真逆だね……。
って、そうじゃなくて! ここは……
なみみ 「……おはよう……」
なんて暗い声なの! ダメだよわたし! 挨拶はもっと明るく大きな声で言わなきゃ!
サーバル 「おはよう! なみみさん! きょうも早いね!」
サーバルの明るい笑顔。……まぶしすぎて、つらい。どうやったらこんなふうに笑えるの?
わたしは、醜悪な笑顔を見られるのが恥ずかしくて、我慢しちゃうのに……。 *12
今日は集配のトラックが来ない日だ。
なみみ 「……ジャパまん、食べる?」 *13
何の気まぐれか、わたしは、そんなことを言ってしまった。
つづく
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
次話では、複雑な気持ちになったなみみさんが……やらかします。
[ 初投稿日時 2021/11/01 11:21 ]