まえがき
『 しずかなのけもの 』 第2話です。
サーバル 「静かにしてると、いろんな音が聞こえるね」
なみみ 「…………」
わたしは……時計の音が気になる。
サーバル 「ほら……葉っぱの音、虫の声。……むこうに鳥の子がいるよ」
サーバルが窓の外を見た。この子には、目に見えるように聞こえるのだろう。
なみみ 「……?」
わたしは、窓の外を見た。かすかに空が白み始めていて、木々のシルエットが見えた。
なみみ 「……見えない……」
わたしはいつも通り、動物たちの食事の下ごしらえを始めた。
サーバル 「すっごーい!! なにこれ! お野菜がバラバラだよー!」
サーバルが、例のおんぼろスライサーを見て目を輝かせた。
そして機械に触れた……
……カバーがベコッと内側にズレて、ガリガリっと嫌な音がした。
サーバル 「んみゃ?」
スライサーが止まり、エラーの赤ランプが点灯した。見慣れた緊急停止だ。
サーバル 「ぅわー!! ごめんなさい!! わたしのせいかも!!」
サーバルがあわてた。カバーが外れてる所さわっちゃったかな?
なみみ 「……だいじょうぶ……いつもの……」
スライサーのカバーを開けて見ると、回転刃が外れていた。
わたしは、刃を付け直そうとしたが、ポロっと取れてしまった。よく見ると取り付け部分が折れていた。これ、この前みたいに応急処置できるレベルじゃない。マグ先輩でも直せないかも。
なみみ 「間に合わない……」
手作業では、先輩とふたりでやっても厳しいね……。
サーバル 「わたしにやらせて! こういうの得意だから!」
……焦って混乱したわたしは、あろうことか、ネコの手を借りてしまった。
サーバル 「みみみっ!……ねむぃ……ふみゃみゃみゃ!」
サーバルは、半分寝ながら、野菜を投げ上げ、爪でカットしていった。速すぎて、どう切っているのか見えなかった。*1
なみみ 「怪我するよ……」
ああ…細かく切りすぎて飛び散ってる……片付けが大変だ……。
だめ! キャベツは古い方から使ってよ!
何も仕事を知らない子が手伝うと、かえって やることが増えちゃうんだよね……。
なみみ 「えっと……」
わたしは、人に指示を出すのも教えるのもすごく苦手だから、ひとりでやった方が速くて楽なんだ。でも、善意で手伝ってくれているのに、邪魔者扱いするわけにいかないよね……。
なみみ 「……このくらいで…………」
わたしはキャベツを包丁で切って見せた。
野菜のカットだけに専念してもらおう。いろいろ教えると、わたしの方が混乱しちゃうから。
サーバル 「みゃみゃっ!! こんなかんじかな?」
サーバルは、言葉足らずなわたしの意図をくんでくれた。じんわり嬉しくなった。
ふたりで、プラスチック製のバケツに、大量の刻んだ野菜を入れた。
なみみ 「……これで、おしまい」
やることは、まだまだたくさんあるのだけれど。
サーバル 「おかたづけ、やらせて!」
サーバルが元気に手を上げた。
困ったな……正直、仕事の邪魔なんだよ。
……ああ……何考えてるのわたし!! 最低だよっ!! 手伝ってもらっておいて!!
最低な考えから目をそらすと、『ジャパリパーク標準時』の時計が『朝はじめ』になっていた。
なみみ 「……もういいから……よい子は寝る時間」
この子は夜行性だからね。
屋外が明るくなり、“ 明け方のパーク ” から “ 朝のパーク ” へと変わっていった。
鳥の声は聞こえるけれど、電動スクーターの音は聞こえない。マグ先輩、また寝坊しちゃったのかも。
サーバル 「きょうは、なみみさんに会えてよかったよ」
サーバルの明るい声。
なみみ 「へ?」
わたしは耳を疑った。
サーバル 「なみみさん、あしたも会おうね! わたし、この時間ひとりだから、さみしくて」
サーバルは、にっこりと、少し恥ずかしそうに笑った。
わたしの中に、理解不能な熱がわいてきて、心臓がキューっとなった。
この子は、わたしがいると さみしくない、ってこと? そんなことありえないよ……。
普通嫌がるでしょ? わたしがいたら。*2
でも、この子が嘘をつくとは思えない。
サーバルが、不思議そうな顔をして、わたしの胸を見た……じゃなくて耳を向けた。
サーバル 「どうしたの? ドキドキしてるよ?」
耳が良すぎだよこの子……恥ずかしい……。
なみみ 「………こんなふうに……求められたこと、無かった………」
サーバルが、きょとんとした。
サーバル 「どういうこと?」
そのままの意味だよ。
なみみ 「……友達いないから、わたし」
今も昔も、本当にひとりもいないんだ。 “顔見知り” ならたくさんいるけどね。
サーバル 「そうなんだ…………えぇ!! えっと……そ、そんなことないでしょ!」
サーバルは驚いて動揺していた。 *3
なみみ 「……そういう子がいるの……ヒトの世界では」
大抵、クラスにひとりくらいいるね。 *4
サーバル 「でも、あなたと おともだちになりたい子、いっぱいいたでしょ?」
なみみ 「……近づいてくるひとはいたけど、わたしを、いじってるだけだった。
変なやつがいる、って」
サーバル 「それはかんちがいだよ! その子、あなたとなかよくしたかったんだよ!」
サーバルは、強めの口調で言った。
確かに、わたしと仲良くなろうとした子はいた。いたけど……からかい半分にしか見えなかったよ。『あなた、ひとりでかわいそうだね。これで遊ばない?』って、笑顔で ねこじゃらしを振られて……。
わたしは冷たく無視したけど、内心、頭にきていたんだ。“バカにしないで! わたし、あなたのペットじゃないんだよ! 『かわいそう』じゃないんだよ! しゃべらなくても怒るんだよ!” って。 *5
今思えば矛盾している話だね。いちいち怒っていたら心が持たないよ。
なみみ 「……なんにもしゃべらない。話しかけても無視。
そんな子と、仲良くなりたいなんて思わない」
最初は、無視じゃなかったんだけどね。
サーバル 「どうしてしゃべらなかったの?」
わたしが会話が苦手な理由は、いくつもあって複雑だ。中でも、根っこにあるものは……
なみみ 「わたしは、言葉をうまく組み立てられなかったの」
考えすぎて、声に出すまでに時間がかかってしまう。それが “こいつ無視してる”って誤解されたんだ。そして、いろんなことが原因でいじめられて、意地になって本当に無視して……。
これは、“ニワトリが先か卵が先か” なんだ。黙るのが先か、会話が苦手になるのが先か …… いずれにせよ、わたしは悪循環に陥っていたんだ。
どこが始まりかな……幼稚園の頃、先生に『静かにしなさい』と言われたのを愚直に守り続けて …… って、なにその理由!? 理屈は分けるけど極端すぎるよ! *6
……説明が難しいね……簡単に言うなら…… *7
なみみ 「めんどくさくて黙ってたら……じゃべれなくなっちゃった」
こうやって普通に会話ができるのは、ずいぶん進歩したんだよ。自分でも驚くくらい。
サーバル 「つらかったんだね……」
違う。信じてくれないと思うけど……
なみみ 「わたしは、ひとりが当たり前だから、つらくない」 *8
これは強がりではなく本音なんだ。普通は、 悲しい とか 寂しい とか感じるらしいけど……わたしは多分、『普通』じゃないんだろうな……。 *9
サーバル 「わたしがおともだちになるよ! たのしいこと教えてあげる!」
サーバルは屈託なく笑った。
この子、いい子すぎてイライラする。天然モノの、まっすぐで、しなやかな芯がある。それはわたしには無いものだ。しかも……怖いくらいやさしい。
この子とわたしじゃ釣り合わないよ。わたしと友達になるなんて、この子が かわいそうだよ。
*10 どう言えば良い? 突き放して、あきらめさせなきゃ。
なみみ 「……もっと早く出会えていたら……でも、この歳じゃ手遅れ」 *11
サーバル 「おともだちに歳は関係ないよ!」 *12
ダメだ……粘る気だこの子……。
ここは思い切って、ストレートに言おう。
なみみ 「……友達は、いらない」
サーバル 「え……」
サーバルの笑顔が消えた。
胸がズキっと痛かった。
だから、わたしは “恋人も、子供もいらない” とまでは言えなかった。
なみみ 「あきらめたら、ラクになったの」
あきらめると本当に楽なんだ。わたしは、毎日おいしいごはん*13 が食べられて、寒さがしのげる家とお風呂があれば十分。それ以上を求めるのは贅沢だと思う。*14 つまり、今の暮らしが幸せなんだよ。この子も、わたしをあきらめてほしい。
サーバル 「あ、あきらめちゃだめだよ! わたしについてきて! おともだち、いっぱい、
いーっぱいいるから!」
サーバルは、焦ってうろたえながらも、笑顔をくれた。
やめて! わたし、仲良く楽しくなんてできないんだよ!
なみみ 「そういうの、苦手……」 *15
本当に苦手なんだ。いじめられるよりも、仲良くするほうが難しいから。
あきらめさせるには、もっと強い言葉が必要かな……。
心の底で、ナイフを握りしめるような感覚があった。抑えなきゃだめだよ。わたし。
サーバル 「怖くないよ! みんな、あなたをいじめたりしないから!」 *16
……………………。
なみみ 「押し付けないで……迷惑なの」
静かで怖い声が出てしまった。
サーバル 「!」
サーバルが、ぱっちりとした目をさらに丸くした。何が起きたのか理解できていない顔だった。
やっちゃった。
なみみ 「……重いの……友達は……」
サーバルはしばらく呆然としていた。まつ毛がふるえていた。こんなふうに拒絶されたことが無かったのだろう。
シュワーって頭の中に広がっていく白っぽい炭酸水と、沈殿していく黒っぽいドロドロ。
サーバルがうつむき加減になった。
わたしは彼女を正視できず、目をそらしてしまった。
サーバル 「……じゃあ、どうしてあなたはここに、パークに来たの……」
普段の彼女からは考えられない、暗い声だった。
聞かないで……ブレーキが効くのも遅いんだよ。わたし。
なみみ 「しゃべらない動物が、好きだから」
それが、わたしの正直な気持ち。
わたしは、ヒトたいなアニマルガールじゃなくて、 “普通の動物” が好きなんだよ。
サーバル 「…………」
長い沈黙があった。
…………わたし、なんてことを…………
気がつくと、サーバルがいなくなっていた。
灰色の不快な浮遊物が、頭の中に残った。
つづく
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
なみみさん、やっちゃいました。
もちろん、ふたりは次話で仲直りします(ネタバレ)。いや、気まずくなっただけで、ケンカなんてしてないですけど。
[ 初投稿日時 2021/11/05 20:25 ]