しずかなのけもの   作:くにむらせいじ

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 まえがき

 『 しずかなのけもの 』 第3話です。
 


第3話「情けは己がため」

 

 夜。寮のベッド。

 

 わたしは、眠れそうで眠れなくて、布団のなかでぼーっとしていた。

 灰色の記憶が、わたしの脳の裏側にこびりついていた。これは一生消えないものだ。この先、何度も思い出すのだろう。 *1

 わたしは、サーバルの無防備な心に、鋭利な言葉をグサって刺して、追い打ちをかけて、傷口を広げて……ごめんね、痛かったよね……。なんでわたし、サーバルに『ごめんなさい』って言えなかったんだろう……気づくのが遅い。遅いにもほどがある。

 

 思考が回り始めた。スイッチが入っちゃったかも。

 

 謝るどころか、わたしは傷ついたサーバルを見て喜んでいたんだ。 “やってやった” “いい気味だ” って……。本当に最低。悪魔みたいだね、わたし。

 あれは謝っても許されない言葉だ。わたしは、あの子の、自分ではどうにもできない事実…… “アニマルガールだから” 友達になりたくないって拒絶したんだ。わたしは、それがどれほど痛いか知っているのに…… “自分がされて嫌なことを他人にしてはいけない” って、そんなの子供でも分かることだよ。

 わたしはサーバルを拒絶したんじゃない。友達ができるのが嫌だったんだ *2 ……そんなの言い訳にならないよ!! あの子から見れば一緒だよ!!

 あの子は好意を向けてくれたのに、がんばって手伝ってくれたのに、わたしは恩を仇で……でも仕方ないじゃない。ひとりで居たいのは本当だもの……。我慢して付き合えば良かったかな? だめだ! そんな嘘失礼だよ! もっとやわらかく断る言い方があったでしょ! じゃあどう言えば良かったの? それが分からないから、言えないから、わたしはいつもいつも、のけもの……。

 『のけもの』? 違う!! わたしが他人から逃げてるんでしょ!! 自分が悪いんでしょ!!

 

 ああ……今夜は眠れないかも………………

 

 

 ……ふっ……と、意識が途切れた…………

 

 

 ……………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………ぽこっ、と、泡のように、小中学校の頃の思い出が浮かんだ。

 

 あれは、いじめとしては、かわいいものだった。

 教科書が無くなったり、就学旅行で、寝てる間に髪を切られたり……そういうのは、大して痛くなかった。でも、靴の中が温かいスープでびちょびちょになっていた時は泣きたくなったな……。

 怪我するとか、お金を巻き上げられるみたいな犯罪レベルの事は無かったし*3 、悪い噂を流されるような陰湿さも無かった。わたしが鈍感だから気づかなかったのかもしれないけれど。

 いちばん嫌だったのは……

 体育の、チームで対戦する授業のあと、着替えの時間に『あんたのせいで負けたじゃない! 』 って、毎回のように詰め寄られたこと。これは事実だからつらかった。がんばって必死に動いても、『ロボットみたい』って笑われた。あの子たちは、わたしがチームに加わるのをひどく嫌がった。*4 おかげで球技が大嫌いになったよ。 *5

 わたしは、いじめる子たちを徹底的に無視した。何を言われて黙ったまま。これはわたしの意地であり、せめてもの抵抗だった。……逆効果だったんだけどね。無視すればするほど怒るから。

 

 中学の卒業間際、わたしをいじめたあの子から手紙をもらった。卒業の記念品と一緒に、先生を経由して受け取った。手紙を開封するまでに2年ほどかかった。何が書かれているか怖くて。

 

 『いじめてごめんなさい』……手紙には、そんなことが書かれていた。

 

 予想通りだった。先生に書かされただけでしょ? って、疑ってしまう自分が嫌だった。

 直接言われなくて良かった。こんなの謝らなくていいんだよ。わたしは恨んでなんかいない。思い出しても怒りは湧いてこない。そんな思い出もあったなーっていうだけ。

 それだけなんだけど……確かに、今の自分に影響している。性格とか考え方とか……。透き通った灰色の何かが、心の深いところに沈んでいるんだ。

 

 

 わたしは、やせ我慢が得意になった。苦しいことからも楽しいことからも目をそらして、手遅れになっても気付かない。 *6

 

 こうなったのは自分のせい。あのいじめは、わたしを形作った要素の一つに過ぎない。

 

 

 再び、ぽこぽこぽこっ、と、灰色の記憶が、泡のように浮かんできた。

 

 

 ……………………

 

 

 やめてっ!! そんなの思い出したくない!!

 

 

 …………………………………

 

 

 ……嫌だ! ……いやだ…………いやぁ………………

 

 

 ………………………………………………

 

 

 ………………………

 

 

 …………しっかり眠ってしまった。

 

 ……頭が重い。ひどい夢を見ていた気がする。

 

 外はまだ暗い。枕元の『普通の時計』を見た。お仕事だ。わたしにできることは、それだけ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

サーバル 「おはよー! なみみさん!」

 調理場にサーバルがいて、明るく元気に挨拶した。

 

 なんで? 予想はしてたけど……予想以上にゆるい。なんでこんなに明るくいられるの?

 

なみみ  「…………」

 ああ! 黙っちゃだめだよわたし!! えっと、まず挨拶を!!

 

 サーバルは、明るい顔のまま待ってくれた。

 

なみみ  「……おはよ……」

 よかった。言えた。昨日のこと謝らなきゃ。この子を傷つけない言い方……

 ……だめだ……言葉が出ない。いっぱい考えたのに……。

 

サーバル 「お手伝いさせて! なにすればいい!?」

 やめてよ。わたし、ひとを動かすの苦手なんだってば。

 

なみみ  「…………」

 しまった! 謝る機を逃した!

 

サーバル 「あ……じゃま、かな?」

 サーバルが困ってるよ。何か返さないと。

 邪魔じゃないんだよ。上手く指示ができない?、教えるのが難しい?

 ……どう言えばいいんだろう?

なみみ  「…………」

 

サーバル 「えっと、じゃあ、応援するよ!」

 なに言ってるの、この子。

 

 

 とりあえず、いつもの作業に入った。

 そんな、じーっと見られてるとやりにくいんだけど……。しかも笑顔で。

 

なみみ  「……切るの、手伝って」

 とっても速くて上手だったからね。

 

 

サーバル 「うーみゃみゃみゃみゃみゃーーー!!」

 やっぱりサーバルはすごかった。爆速なだけじゃない。ちょっと教えたら、切る形や大きさも自由自在になった。おんぼろスライサーなんて比較にならないよ。

サーバル 「みゃっ!?」

 サーバルがビクッとして、切りかけのニンジンがまな板に落ちた。

なみみ  「みゃ?」

サーバル 「……手、切っちゃった……」

 サーバルの親指の根本あたりから血が出ていた。傷は小さいけど、痛そうだな……。*7

なみみ  「ああ……消毒液と……ばんそうこうが……」

 ばんそうこうは、防水のものを常備している。

サーバル 「こんなの舐めれば治るよ!」 *8

 多分、本当に治るのだろうけど……

なみみ  「ぬれると痛いから」

 ここでは強力な洗剤を使うし、タマネギや柑橘類の汁が傷に入ったら目もあてられない。 *9

 

 この子ドジっ子だけど、教えたことはがんばってやるし、失敗しても結果的に上手くいってる。不思議だ。わたしは教えるのが下手なのに……。

 

なみみ  「ここで、ちょっと休憩 」

 そんな暇無いけれど……なんというか、そうしたくなった。

 

サーバル 「んみゃぁ……ねむひ……」

 サーバルがわたしに寄り掛かって、べったりくっついてきた。

 熱い。ヒト化しても体温は高いんだね。

サーバル 「んみゃ……」

 サーバルが腕をまわして……。

なみみ  「やめ……」

 なんで抱きついてくるの!? 力つよいって!!

 わああ!! おでこスリスリするのやめて! *10

サーバル 「ぐるる、ぐるる……」

なみみ  「うくっ……」

 喉鳴らしで神経をくすぐられちゃう! きもちぃ……。

サーバル 「ぐるる、ぐるる……ぐるみゃー……んみゃう……ごろろろ……」 *11

 ネコが出す謎の音に、眠たげな鳴き声を混ぜたカクテル…………ごちそうさまです…… *12

 

 ……酔っちゃだめだよわたし! これはこの子の作戦なんだ。絶対に負けたりしない。

 

 

 

 会話が苦手なら “別の方法” もある。この子、そういうの好きみたいだね……。

 

 よし! ひさびさに本気出しちゃうよ!

 

 

 

――――― 反 撃 開 始 ――――――

 

 

 

 サーバルを、やさしく抱き寄せて、頭をなでた。最初は、やさしく手ぐしで、スーッ…スーッ…っと指を滑らせる。髪の中の熱が心地よい。

サーバル 「え? なみみさ……なにしてみゃっ……」

 次は、シャンプーするように くしゃくしゃと グルーミング。痛いほど強くせず、くすぐったいほど弱くない、気持ちいい力加減で頭皮を刺激する。指の動きはランダムじゃなくて、毛の流れを意識したパターンがあるんだ。指先を震わせながら、うねうねと波のように愛撫する。

サーバル 「あっ、あっ……みゃああ……」

 限界までやさしく、けだるい声を出そう。ため息のように……

なみみ  「かゆぅいとこないですかぁ?」 *13

 こういう時は、声かけも大切だからね。

サーバル 「え……えと……」

 びっくりちゃったかな? 少し目が泳いで、うるんできたよ。

 

 この子の気持ちが、筋肉のふるえや呼吸で伝わってくる。言葉よりもずっと強く。

 

なみみ  「全身のちからを抜いてー……リラーックス……」

サーバル 「……んふふっ……ふみゃー……」

 かわいい声しちゃって……しおらしくなってきたね。

 次は、頭の上……耳の間やおでこを人差し指でこりこりする。

サーバル 「み…ぁふ……」

 中指と親指も使おう。こりこり、ぐりぐりぐり……

 

 けもの耳はとっても敏感でデリケートだから、やさしく、慎重に。

なみみ  「ほら、おみみ、きもちーきもちー……」

 声かけと指をシンクロさせて、耳にやさしい振動をあげる。

 

 わたしの、言葉にできない気持ち、精一杯、指先に込めて……。

 

サーバル 「みゃんぅう……んみゃぁー……」

 サーバルが脱力して、とろけ始めた。

 ほっぺたを親指でマッサージ。押して、くるくるくる……軽くつまんで、むにむにむに……ふっくら、もちもちだね。

サーバル 「ぐるる、ぐるぅみゃー……ごろろ……ごろろ……」

なみみ  「あごの下もいいよねぇ?」

 こしょこしょこしょ……指をしならせて、あごに沿って手前に滑らせるのがポイント。ちょっぴり えっちな くすぐり方だよ。

サーバル 「ふへ、ふへえぇ……」

なみみ  「そんなによだれ出したらぁ、おぼれちゃうよー?」

 肩から背中を、ゆーっくり、もみん……もみん……もみん……ほぐさなくても 柔らかいね。でも、しなやかで、すっごく強い筋肉。やっぱりネコだなぁ……。

なみみ  「わたしの親指、じーっくり味わってね……」

 毛細血管を広げて、老廃物を押し流し、筋繊維の一本一本まで、ほろほろにほぐしちゃうよ。

サーバル 「……み……ぅ…………」

 サーバル、目を閉じて、しあわせそうな表情だ。

なみみ  「もう、声も出ないかなぁー?」

 でも、まだ寝かせてあげないよ。

 箸休め的に、肉球マッサージいってみよう。いや肉球無いけどね。お手手 もみもみもみ……。

サーバル 「……ぅ………………」

 ネコの えっちなツボは、背中からしっぽの付け根あたり。服の上から刺激してみよう。

サーバル 「お゛ほっ!!」

 サーバルが、出ちゃいけない声を出した。ここだ! この子、感じやすいタイプみたい。

 トントン叩くよりも、全部の指を使ってくすぐる方が気持ちいいんだよね。

サーバル 「う…うみゃぁあんぅ……」

 今度は色っぽい声が出た。……スカートが邪魔だね!

 ……なに考えてるのわたし!! ダメだよ!!

 わたしは、吸い込まれるようにサーバルのハイウエストスカートに手を入れ、もぞもぞしながら一番奥、腰まで差し込んで、さっき探り当てたツボを直接くすぐった。

なみみ  「ほれほれ……ここがいいんでしょー?」

 うわぁ……今、すっごい変態になってるよ……わたし。

サーバル 「……ぅみゃふ! ……んんっ! ……にゃうんみぃ……はぅ! ……みゃふふっ……」

 かーわいいぃー……とろけてすぎてあぶない顔が最高…………。

 

 

 液状化したサーバルを休憩室のソファーに寝かせて、ごはん作りを再開した。

 チラッと『普通の時計』を見た。マグ先輩、また寝坊だね……。

 

 

 

 ……わたしは気づいていた。サーバルに作戦なんか無いんだって。とんでもない強敵だ。

 

 

 

 

 つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
 筆者は、過去の失敗の記憶(トラウマというほどではない嫌な記憶)が何かの拍子に浮かんで来ることが時々あります。後悔しても意味が無いのですが、繰り返し思い出すので、ずっと残ってしまっているんです。要らない事は覚えていて、大切な事は忘れてしまうのだから困ったものです。

*2
 友達ができるのは嫌、面倒、怖い、相手がかわいそう……理解不能な感覚ですよね。でも、なみみさんにとっては普通なのです。

*3
 上に書いたいじめも犯罪です。教科書を持ち去るのは窃盗、寝ている人の髪を切るのは傷害又は暴行、靴にスープを入れて使えなくするのは器物損壊にあたります。全然かわいくないです。

*4
 どちらかと言えば、男の子の方がこんなふうに勝ちにこだわる気がします。小中学生男子は、プライドのかたまりですからね。

*5
 なみみさんは、サッカー、野球、バレーボール……などを恨んでいるわけではありません。運動が苦手な子は、個人競技よりも、チームで対戦する種目の方が憂鬱な場合があるのです。ドッジボールなんて、いじめられている子にとっては悪夢です。

*6
 『やせ我慢が得意』 なのは、精神的にも肉体的にもボロボロになってしまう可能性が高く、非常に危険です。

*7
 サーバルちゃんの爪から発生する空気の刃で切れてしまいました。アニマルガールの皮膚は強いですが、自分の攻撃には耐えられなかったようです。

*8
 唾液には殺菌効果があり、治りを早くするという説があります。逆に、舐めると雑菌が入るなどして傷が化膿するという考え方もあります。

*9
 ネコにとってタマネギは毒ですが、アニマルガールは食べても問題ない気もします。毒ではなくても、傷に汁が入ったら、ヒトと同じように痛いはずです。

*10
 マーキングです。

*11
 原作のサーバルちゃんはあんまり喉を鳴らさないですが、リアルサーバルは喉を鳴らすようです。

*12
 イエネコは、喉鳴らし(ごろごろ)と鳴き声が混ざった甘い声を出すことがありますね。『ぐるにゃー』とか『ぷるにゃん』みたいな。あざといです。

*13
 なみみさんは、低めの声質と、ゆっくりでぼそぼそしたしゃべり方を “悪用” しています。意外と色っぽい声なのです。




 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

ハカセ 「なみみさんのスキンシップは、えげつないのです」
助手  「彼女は、会話が苦手すぎることに加えて、子供の頃から “しゃべらない動物” と
     ふれ合っていたので、けもの的なコミュニケーション能力に目覚めてしまったのです」
ハカセ 「これは、触覚と声やにおいなどを組み合わせる、とても高度なコミュニケーション
     ですが、ヒトの世界では、使える相手や場面が限られるのが残念なのです」


 次話が本編の最終話です。カラカルが登場します。なみみさんが、いろんな気づきを得ます。
 (その後に『あとがき・設定』があります)




――― サブタイトル『情けは己がため』について ―――


 「情けは己がため」は、「情けは人の為ならず」の言い換えです。「情けは人の為ならず」は、よく誤用されることわざとして有名ですね。筆者は、否定形だから分かりにくいのでは? と思い、言い換えてみました。
 でも「情けは人の為ならず」は、当たり前の「情けは人の為」を否定するからこそ意味があり、ことわざになるのでしょう。それに、「情けは人の為ならず」は、「情けは人の為」を完全否定しているわけではないと思います。
 「情けは己がため」には、前提の「情けは人の為」が無いので、打算的かつ自己中心的です。

 「情けは人の為ならず めぐりめぐって己がため」
 と言う場合もあります。
 これは分かりやすいですね。めぐって来ないことも多い気がしますが……。

 ちょっと調べてみたのですが、新渡戸稲造の言葉では、
 「ほどこせし 情けは人の為ならず 己がこころの 慰めと知れ」
 と、なっています。上とは少し意味が違いますね。
 「他人に親切にすると自分も良い気分になるよ(自分の糧になるよ)」という感じでしょうか。
 確かにそうなのですが、筆者は、 “それは自己満足じゃないか?” と思ってしまいます。

 ※ 「情けは人の為ならず」は、新渡戸稲造が作った言葉ではなく、もっと古くからあったようです。

 「善意の押し付け」「ありがた迷惑」という言葉もあります。
 第2話で書いたのが「ありがた迷惑」の極端な例です。でもサーバルちゃんは悪くないです。なみみさんの考え方が世間一般と大きくズレているだけです。

 フレンズ、特にサーバルちゃんには、「情けは己が為」のような打算的な考えが皆無です。困っているひとを見ると反射的に助けてしまうようです。「情けは人の為」とさえ考えていないような……これを真似できるヒトは滅多にいないでしょう。……いや、かばんちゃんがいましたね。

 新渡戸稲造の言葉には続きがあります。
 「我ひとに かけし恵みは忘れども ひとの恩をば ながく忘るな」

 一部分(情けは人の為ならず)だけ切り抜かれて、それが独り歩きしている感がありますね。ちゃんと読まないと、その人が本当に言いたかったことは分からないな、と再認識しました。



 [ 初投稿日時 2021/11/08 21:11 ]
 
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