まえがき
『 しずかなのけもの 』 第4話、本編の最終話です。
2日後、ネコが2匹に増えてしまった。
サーバルが、お友達のカラカルを連れてきたのだ。そして、なぜかこの子も仕事を手伝うと言い出した。止めても無駄なことは分かっていたから、手伝ってもらうことにした。
カラカル 「まぜまぜする棒なら、こっちの方がいいわ」
カラカルが、背伸びして、シンクの上の棚を調べていた。
この子は、サーバルより常識的なしっかり者だね。
と、思ったら……棚から袋が……
カラカル 「わ! いやぁーー!!」
カラカルが、棚から落ちてきた白い粉をかぶった。
……この子もドジっ子だった。
カラカル 「けほっけほっ! もう! なによこれー!」
めでたい紅白猫*1 と化したカラカルが、大きな耳をパタパタ動かして粉を飛ばした。
あんな所に小麦粉があったんだ……ドジっ子というか運が悪くて不憫だな……。サーバルは考えないで行動して失敗するけど、カラカルは考えすぎて余計なことをして失敗するタイプだね。
仕事を覚えるには、たくさん失敗すればいい。教える側に必要なのは、危ないことはさせないこと、質問にちゃんと答えること、上手くできたらたっぷり褒めること……わたしが苦手なことだ。ふたりは、そんな当たり前のことを教えてくれた。ふたりとも、失敗したら自分で反省して、次に活かしていく。そして恐ろしくポジティブ。だから、わたしが導くまでもなく成長していった。
それから彼女たちは、毎日のように……ではなく、気が向いた時にお手伝いに来てくれた。その行動は、なんとなく、パーク標準時にシンクロしていた。でも天気予報よりハズレる。彼女たちの体内時計はみんな違うし、“お日さま” “ぽかぽか” “おなかすいた” “ねむい” などが基準だから、どんな時計も合わないんだ。そもそも、けものに時計なんて必要ないよね。
つまり『ジャパリパーク標準時』は、固い時間で生きているヒトが、けもの の気持ちに戻るためのものなんだよ。
わたしは、気まぐれな時間に、両手に花……両手ににゃんこ状態で、死ぬほどゴロゴロなでなで……いや仕事だよ仕事!
資材の搬入では……
サーバル 「ほら! こんなに持ち上げられるよ!!」
サーバルは、大きくて重い段ボール箱を、片腕で4箱ずつ、計8箱を軽々と持ち上げた。箱は大きさが違うのだけど、無茶な積み方でバランスを取っていた。
なみみ 「また落とさないでね……」
サーバル 「だいじょぶだいじょぶ! よっ、と……」
サーバルは、箱が入り口に引っかからないように腰を落とし、入り口を通ると再び上げた。普通のヒトがやったら腰が壊れるだろう。
カラカル 「あたしは10個!」
ドライバー「今ので終わりだ」
トラックの荷台*2 に乗っていたドライバーさんが言った。
カラカル 「ぅええ!!」
台車なんていらないね。
ドライバーのおじさんが荷台から降りて、つぶやいた。
ドライバー「相棒にひとり欲しい」
なみみ 「女の子といっしょに居たいんですよね?」
わたしは、冗談めかしてそう言った。いつもより、ちょっとだけ明るい声が出せた。
ドライバー「いや……」
ドライバーのおじさんが、ふっと顔をそらした。なぜか照れているようだった。
なみみ 「どうしたんですか?」
そして、わたしの顔を見て、表情をゆるめた。
ドライバー「なみみさん、そんなかわいく笑えるんだな」
なみみ 「へ? 失礼ですよ……」
笑顔見られちゃった。恥ずかしい……。
わたしは変わっていない。たぶん戻って来たんだ。幼い頃の自分が。
お風呂に浸かりながら、ふと思った。
わたし、
ヒトにねこじゃらしを振られるのは、嫌でたまらないけれど、
ネコにねこじゃらしを振るのは、すっごく楽しいんだよね。
それって傲慢じゃないかな?
ネコのかみさま、
こんなわたしを、ゆるしてください。
じゃあ、わたしが、
ネコにねこじゃらしを振られたら、楽しいのかな?
早朝の休憩室。
なみみ 「えっと……ふたりに、お願いがあるの……」
言っちゃうの?
サーバル 「うん! なんでも聞くよ!」
カラカル 「あたしにできることなら」
本当に言っちゃうのね?
なみみ 「おしりを……叩いて……」
サーバル&カラカル 「みゃ?」
小さな声だけど、このふたりにはしっかり聞こえただろう。
なみみ 「おしりを叩いて、だめなわたしを叱って……奮い立たせてほしいの」
サーバル 「んみゃーー!!」
カラカル 「ぅえぇーー!!」
ふたりともいい感じに引いた。
カラカル 「あんたなに言ってんの!!」
それはわたしが訊きたいよ。
なみみ 「…………」
なにを血迷ったんだろう……わたし……。
カラカル 「しないわよそんな! おしりぺちぺち……なんて……」
カラカルは、ちょっぴりツンデレな うま味を出していた。
サーバル 「カラカルは、ぺちぺち されるほう が好きだもんね!」
サーバルは、いつも通り明るかった。
カラカル 「そうよ。赤くなるまで……って! そんなへんたいじゃないわよっ!!」 *3
このふたりが仲良しなのと、ノリツッコミが苦手なのが分かった。
わたしは気づいた。こういうのが友達なんだ、って。
なみみ 「……ほんとに叩くんじゃなくて……例えで言ったの」
サーバル 「なみみさんは、だめな子じゃないよ! すっごくがんばってるじゃない」
カラカル 「わたしを叱って! なんて、なかなか言えないわ。ちょっとアレだけど」
サーバル 「あれってなあに?」
たしかにアレだね。 *4
カラカル 「まあ、叱ってあげるのも、ともだちね」
サーバル 「なみみさんに、叱るとこなんてないと思うけどな……」
カラカル 「あんたねぇ……あんなひどいこと言われたのに、怒らないの?」
叱るとこだらけだよね……わたし。
サーバル 「怒るとか叱るとかじゃなくて……うーん……なんて言えばいいのかな?」
難しいよね。わたしも分からないよ。
カラカル 「ほら、アレよ」
カラカルが何かを思い出したみたい。
カラカル 「ともだちは、生まれたときから赤いなんかでつながってる、とか……」
唐突だね。そんなのどこで聞いたんだろう?
サーバル 「なにそれ?」
この子たちに分かりやすく言うなら……。
なみみ 「赤い糸でつながってるのは、つがいになる相手」
カラカル 「へ?」
なみみ 「小指と小指を結ぶ、見えない赤い糸。運命のひと」 *5
今時、そんなこと言う人いないけどね。
サーバル 「すっごーい!!」
カラカル 「あうう……」
カラカルが顔を赤くしてそっぽを向いた。かわいい。
サーバル 「でも、きっと、ともだちも初めからつながってるよ!」
この子にとっては、全ての けもの が友達候補なのだろう。だれかに出会って、ちょっと一緒に過ごせば友達。わたしが『友達いない』って言った時、びっくりしたのも当然だね。
わたしはいつものクセで、ちらりと『普通の時計』を見た。
なみみ 「いけない……お仕事に戻らないと……」
サーバル 「…………」
カラカル 「…………」
ふたりが静かになって、わたしを見つめた。本能的な恐怖でゾクッとした。
ふたりは、獲物を狙う肉食獣の目をしていた。
サーバルが、にっこりと笑った。
サーバル 「わかった! なみみさん! おしりぺちぺち してあげるよ!」
天使の笑顔だ。……わたし、地雷を踏んだっぽい。
サーバルがわたしの肩をつかんだ。
なみみ 「ほへ?」
彼女はそのまま座り込んだ。わたしは、肩を引っ張られてしゃがんだ。
サーバル 「ほら! ここにおいで!」
あれれ? わたしは、半ば強制的に寝かされた。サーバルのふとももを枕にして。
カラカル 「ちょっとサーバル!! なにしてんのよ!」
サーバル 「なみみさんを、叱ってあげるんだ!」
サーバルの笑顔が怖かった。
たぶん、残酷な拷問 “ひざまくらの刑” が始まるのだろう。
……絶対に負ける気しかしない。
わたしは、サーバルに、やさしく甘く叱られた。
ふとももがやわらかくて……すっごく気持ちよかった。
サーバル 「なみみさんは、がんばりすぎだよ。たまには休んでね」
やさしい声が降ってきて、耳をこしょこしょくすぐって……とろける……。
なみみ 「……お野菜、切らないとぉ、待ってるからぁ……」 *6
あれ? わたし、ろれつが回ってない?
カラカルが顔をのぞき込んできた。
カラカル 「だめよ。休みなさい」
ふたりとも近すぎて、ものすごく美人だった。
サーバル 「あとはカラカルがやってくれるよ! もちろん、わたしもがんばるよ!」
それは不安しかないよ。 *7
サーバル 「疲れちゃったかな? よくがんばったね。いーこいーこ……」
じんわりあったかい手で頭をなでなでされて、わたしは子供に戻ってしまう。不器用な指先からやさしい好意が伝わってくる。この前のおかえしなんだね。
サーバル 「なみみさんは、ちからを抜くと、すっごーくかわいいんだよ」
サーバルのスカートから、甘酸っぱくて、ほんのりスパイシーなにおいがする。わたしは反射的にサーバルの腰に腕を回した。おいしくてちょっぴりクサい、クセになるにおい……
サーバル 「んみゃー……もっともっーと、甘えていいよ」
……そのにおいは、するするっと血液脳関門を突破して、わたしの頭の中を泳いでいく……。これは、けものが気持ちを伝える物質だ。
サーバル 「……ごろごろ……ぐるる……ぐるる……」
頭蓋骨をふるわせるゴロゴロが、わたしのココロの周波数に重なった。
純粋な好意が、
“ひざまくらの刑” は、あまりにも過酷だった。
フレンズには勝てなかったよ……。
サーバル 「どうしてこんなことに……」
……こんな、ぐいぐいくるたのしさ……何年ぶりだろう……。
なみみ 「…………んふふっ……サーバルぅー……」
わたしは、サーバルに抱きついて頬ずりした。泥酔なんてしてない、してないよ……。 *8
たまらずに、サーバルのしっぽを、くしゃくしゃもふもふした。
サーバル 「みゃふふっ! しっぽはだめだよ!」
ああ……かわいい……。
カラカル 「あーあ……やっちゃったわねぇ、サーバル」
カラカルの、からかう声が聞こえた。
恥ずかしさは、気持ちを加速させる燃料だ。ブレーキ壊れちゃったみたい。
なみみ 「んぅ……」
わたしは、暴走する想いにまかせて、サーバルを、ぎゅーっと抱きしめた。
サーバル 「わわ! ちょっと、たすけてカラカル……」
『たすけて』と言いつつも、くすぐったそうにするだけで逃げないんだ、この子。
友達って、作るものじゃないんだね。いつの間にか、いっしょにいるんだ。
……………………。
サーバル 「なみみさん?」
やっと分かった。いちばんのドジっ子は、わたしだったんだ。
うれしかったこと、間違ってごみ箱に捨てちゃって……。
鼻の奥がツーンってなった。
ごめん……ちょっと胸を貸してね。
なみみ 「むぅ……」
わたしは、サーバルの胸に顔をうずめた。
……ふわふわ熱くて、おいしいにおい……。
サーバル 「わわわ! なみみさ!」
じゅわーっと熱くなった。
なみみ 「………くっ………むううぅ…………」
歯を食いしばったけど、涙がにじんだ。
サーバル 「なんで泣いてるのー!!」
恥ずかしいよ……こんな、泣いちゃうなんて……。
カラカル 「ほら、がまんしないで、身をまかせなさい」
どうなるか怖かったけれど、カラカルの言う通り、わき上がって来るものに身を任せた。
なみみ 「く!」
ぷつっ…… と、最後の糸が切れた。ちょっぴり痛い。
なみみ 「……う…………」
あれ?
なみみ 「 ぅわああぁーーーあぁーっ!!! 」
カラダがふるえる。
なみみ 「……ああぁ……あ、ありがっ…ぅ゛……んううっ! えぐっ…うう……ぐす……」
ごちゃごちゃが水で流れて、頭の中、まっしろになっていく…………
なみみ 「……うあぁ!……こほっ、うぅ……ぐしゅ……くふっ!……あ……あ、ああぁ……」
…………泣くって、こんなに……こんなに、気持ちよかったんだ…………。
まっしろな中、やさしく頭をなでられている感覚が、ずーっと続いていた。
カラカル 「こういうとき、言葉は邪魔なのよね……」
おわり
普通に考えれば(?)、カラカルは叩く側でサーバルが叩かれる側です。でもいつの間にか逆転していたら面白いかも。って、またアホなこと考えてるな……。
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
あとがきは、長いので次の話に書きます。
[ 初投稿日時 2021/11/11 11:11 ]