たくさん狙われるトレーナーくん   作:タソ

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完凸しました。完凸ってこれでいいのかわからんけど。


茶請けは錠剤

「やぁやぁモルモット君、待ちくたびれたよ。おや、カフェも一緒かい?」

 

 

 

ばたむ、と有無を言わせぬ圧とともにその戸は閉じられた。

私が鍵を開けようとカバンの中をまさぐっていると、カフェが訝しげに猫のような瞳でドアノブを回したのだ。

 

今その視線は、はるか彼方を見つめるように、私に注がれていた。

 

 

 

──口が空いているぞ

 

 

「…なぜ、タキオンさんが」

 

 

──いつぞや留守中に薬品を届けに来る際、冷蔵しておかなくてはならないとの事で合鍵を渡したから、その時の

 

 

「絶対に返してもらってくださいね」

 

 

──お、おお

 

 

 

肯定以外の返答を圧殺せんとばかりに耳を絞り、眉間に力が入った。

言うが早いか、彼女はドアノブを引き、件の女史と相見える。二枚貝と海鳥を眺める漁夫のように不躾な視線を投げてくる。

 

 

 

「…タキオンさん、何故ここに」

 

 

「愚問だね、カフェ。私がここにいることが答えであると何度言えばいいんだい?」

 

 

「トレーナーさんを執拗に試薬の被検体にするのをやめてください、と常々答えています。貴女こそいい加減理解してください」

 

 

「ふぅン、それもそうだが如何せん彼が実験の被検体になることに好意的でねぇ。私が執着してしまうのは仕方のないことではないかね?」

 

 

 

キッ、と私に向かって一際鋭いクナイが投じられた。以前は度々投じられることに狼狽の様を晒していた私だが、純粋な狂気に当てられ被検体を受け入れること数百。今では悪びれもせず、一身に的になることができるようになった。

 

 

 

「っ、その顔が気に食わないと何度言えば…。貴方はタキオンさんに影響され過ぎです。これから私のいる範疇でやり取りをしてください。常識を再履修させてあげます」

 

 

「はっはっは!カフェに常識を教えこまれるとは、君もいよいよ晴れて魑魅魍魎の一員にってところかい?

まぁそう目くじらを立てるなよカフェ。私とトレーナー君を必要以上に隔離すると私の矛先は君だよ?」

 

 

「…であれば私と同じ空間にいるくらいなら問題ないでしょう。それにその隔離だのなんだのといった言葉、私を除け者にトレーナーさんに薬品実験している貴女へ熨斗つけて返してあげます」

 

 

「くくっ、変に束縛すると男ってのはするりと逃げてしまうそうだよ?それに、今まで君たちが"2人きり"で語らいの時間を設けていたのと同じく、私とトレーナー君の"2人"で話さなくてはならないことだってもちろんあるのさ、どうだい、んん?」

 

 

「……合鍵は必要ないですよね。返してください」

 

 

「との事だよ、トレーナー君。私は返した方がいいかい?」

 

 

 

二対の眼差しが私を射抜く。窘めるように、確かめるように。答えは決まっている。だが一名の反感を買うことは間違いない。二度も念を押して忠告を受けた傍ら、すんなりと言葉にするのは躊躇われた。

 

まぁこの質問に対して要する時間の一分一秒が、彼女に対する罪の大きさを比例して大きくさせるのだが、と内心苦笑しながらどこまでもねじくれた自身の性質を嘲る。

 

 

 

──いや、いいよ。そのままで。私はなんだかんだ楽しみにしている節があるし

 

 

「…っ」

 

 

「…ふぅン?」

 

 

──まぁそんなことはいいんだ。私たちはコーヒーを飲みに戻ったんだよ。よかったらタキオンもどうだ?

 

 

「…コーヒーぃぃ??」

 

 

 

まだ飲んでもないのにたちまちタキオンの表情が曇っていく。紅茶党の連中とコーヒー党の連中は仲が悪いのだろうか。私はどちらも美味しくいただけるのだが。銘柄などまで追求することが出来るほど舌が良い訳では無いから、嗜む程度になる。

 

 

 

──しかしカフェ、うちにはインスタントしかないぞ

 

 

「構いません…ということなのでタキオンさん、紅茶は無いので」

 

 

「君も言うようになったねぇ…カフェ。だがしかし、この部屋も徐々に私の研究スペースになりつつある。これが何を示すかわかるかい?つまりここも私の居住区のひとつとなりつつあることと同義なのさ!」

 

 

それを許した覚えはないが、受け入れるこちらも悪いのだろう。既に私の部屋の3分の1は彼女の実験器具が所狭しと並んでいる。

 

 

「…はぁ、行きましょうトレーナーさん。貴方が私のコーヒーを入れる姿を見つめるように、私も貴方が淹れる姿を見ていたいです」

 

 

 

背中を控えめに押されてこじんまりとした台所へと向かわされる。なされるがままに歩を進めると、そのさらに後ろから聞こえるか聞こえないかという声をかけられた。

 

 

 

「私とカフェの影響か、それとも潜在的なものか…ふぅン、本質が歪になってきている」

 

 

どこか冷ややかな声音はいやに耳朶に残った。

 

台所には1人でたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──入ったよ

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「むぅ、私には茶葉と熱いお湯…なんだね!この扱いの差は!」

 

 

ダンダンと急遽あしらったパソコンデスクを叩きながら抗議の声が上がる。叩かれる都度に我々の茶器が宙に浮く。ウマ娘の腕力を忘れたのか、案外容赦がない。

 

 

──そう言われても

 

 

 

私は紅茶の淹れ方を知らない。故に任せた方が良いと単純明快に判断しただけである。その点インスタントコーヒーは素晴らしい。分量を変えるだけで味を濃くすることも薄くすることも可能で機転が利く。

 

 

「準備してもらって、文句言わない」

 

 

「ぬぅ…」

 

 

──悪いな

 

 

 

眉頭を下げて粘っこい視線を注がれることに辟易するが、担当間での明確な贔屓は確かに褒められたことでは無いので甘んじて受け入れる。

 

 

 

「んん?…おお、そうか。

私が手ずから手ほどきをしてやればいいのか。そうすれば長い目で見た時、研究合間に入れる手間が減る!実に合理的じゃないか!」

 

 

「ダメですよ、これ以上甘やかすのは」

 

 

 

最もな指摘だ。ただでさえ薬漬けになっているのに、それを助長させ、更なる投薬を行われるならば御免被りたい。

 

だが個人的に研究合間に紅茶を入れることは吝かではない。なんなら寧ろ───

 

 

 

──いや、ここは手ほどきを受けておこう

 

 

「…?!」

 

 

「ほう!良い気概だねぇ…私と過ごすうちに随分と献身的に、いや、盲目的になったのか?いや、有難う!そう言ってくれると非常に助かるよ!」

 

 

──研究合間に無断で研究材料にされることが防げるからな。タキオンの世話は自己保身に繋がる

 

 

「……あぁ、なるほど」

 

 

 

そう、問題を垂れ流す蛇口に悪戦苦闘するのなら、その蛇口をもとより閉めてしまえば良いのだ。

全てこちらの管理下に置く。そうすれば自然とクレイジーな実験からは遠ざかることが出来る。

 

 

 

「…………もしや研究が進んでいると盲目的になっていたのは私だったと……?果てには知らぬ間に研究の幅を狭められている…?」

 

 

──合理性を追求するが結果、前提条件に歪みが生じていることに気づかない。研究者の風上にも置けないな。

それはそうとタキオンの世話は特に苦でもないからな、何時でも申しつけるといい。期待に応えられるよう、粉骨砕身でやらせてもらう

 

 

「…トレーナー君、今私は君の事が心底憎たらしいよ」

 

 

「散々甘やかしてもらって結果ドツボに嵌っただけなのに酷い言い様ですね。

トレーナーさん、本格的とは言えませんが私もコーヒーの淹れ方をお伝えしたいです」

 

 

──カフェの手ほどきか、いいね。喜んで

 

 

「…ふふ、やった」

 

 

「おいコラそこ!私を除け者にするなっ、ええいトレーナー君!紅茶の淹れ方を教えてやる!私のためだけに紅茶を入れろ!そうしなければ私はこれからの一切のレースで『ポツンと一人、アグネスタキオン』と呼ばれ続けるぞ!いいのかー?!」

 

 

──良くない。

 

 

「というか何だ!君は私の研究にいつも乗り気ではなかったのか!楽しかったのは私だけか!?」

 

 

 

らしくもない、随分な剣幕で捲し立ててくる。そんなに他人の思いどおりになっているのが悔しいのか。

 

そして研究に関してはいつも乗り気だ。副作用で身体の一部が光り輝いたり、体臭が劇物から甘味料までピンキリの変化をするという意味不明なハンデを負うことを加味しなければ、実験も、そこから得られる答えも非常に興味深い。

 

一時股間が煌々と光り輝いた件に関しては死ぬまで許さないが。

 

 

 

──そんなわけないだろ。乗り気でなければ毎日のように試験管を1ダース空にするような頭おかしい真似するわけない。この体が思い出したかのように輝き出す程に至らしめたんだ。むしろこの落とし前をつけてもらうまで逃さん

 

 

 

『1ダース…?!』と戦慄を覚え、カップ危うく落としかけるカフェを傍に、『まさか研究の縮小はブラフでこっちが本命…?!』と戦慄を覚えているらしいアグネスタキオン。

ここまで身体改造を施されたのだ。君の獲得賞金で惰性を貪っても過度なバチは当たるまいよ。

 

 

 

「…あの、タキオンさんはほんとに何しに来たんですか?」

 

 

「おお、そうだった。トレーナー君へのお使いを頼まれてね、ええっとどこにしまったかな」

 

 

──お使い?私にか?実家からの贈り物などはたづなさんがいつも持ってきてくれていたのに、なぜ君が?

 

 

 

懐をまさぐる彼女はその手を止め、いつになく剣呑な灯りを宿した瞳で見つめてくる。おや、と思うと同時にその瞳は再び二対となった。

 

 

 

「…なんだい?君は担当よりもあの人の身して葉緑体を欲しいがままにする女性を好むというのか?」

 

 

──言い方もう少しどうにかならんか?

 

 

「トレーナーさん…」

 

 

──君もか!

 

 

 

そもそもトレセンに贈り物をする際、検閲が入る。その次点で宛先に随時手渡しされる。それは先のたづなさんであったり、他の職員の方であったりする。つまり、担当を経由して贈り物を届けられるということが基本ありえないのだ。

故にその贈り物とやらはタキオンに送られ、そこから私宛であると判明したのだ。

 

はい怪しい。

 

 

 

──タキオン、送り主は

 

 

「質問に質問で返すなと言いたいところだが、私が言えたことではないか。君もせっかちだな。送り主は確かかの国を裏で牛耳る私たちの中では著名な研究者さ。君への御礼だ……と……………………フゥー、なぁトレーナー君、私は突如急用ができたッ、カフェ?!!その箱を離すんだ、これは不味い!私の信用、沽券に関わるッッ!」

 

 

「トレーナーさん、これがタキオンさんです。自らのトレーナーを他人の研究に無断で絡め、果てにはよく分からない著名らしい人に感謝されてますよ貴方。筆舌に尽くし難い、とんでもない研究だったんじゃないですか?ねぇ……タキオンさん?」

 

 

「ぐっ、仕方なかったんだ!この研究に関しては私も共通の見解を持ってしまった!そして実験を行った!もちろん君にだ!そして有意な結果を得ることができ、それを当人に嬉々として送ることを誰が止められようか!いや止められないね!しかし、しかしだ!可能性を超え、実現させるにはこの治験は今後確実に」

 

 

──タキオン

 

 

「はい」

 

 

──ギルティ

 

 

「次は話を通します」

 

 

──頼むよ

 

 

「…」

 

 

 

いたく反省している様子のタキオンに、宇宙を見るカフェ。彼女らを眺めながら冷めて酸味の増したコーヒーを啜る。

 

眠気は襲ってこない。

 

 

 




後日、豆を置いておきたいとのことで、自室の鍵をカフェに贈呈したトレーナー君。もちろん輝いているぞ。

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