たくさん狙われるトレーナーくん 作:タソ
カッコよすぎる。しゅき…(一人命中)
オグリを考え無しに後付けした結果、ジュニア級でURAファイナルズ走ったことになっちまった
『オグリキャップが上がってきたぞ!オグリキャップ並ぶか!クラシック級に上がって初レースで皇帝の喉元を捉えるか!』
苦しい。
呼吸に余裕が無い。
視界もうっすらボヤけてきた。
『残り400!その差は3バ身!届くかオグリキャップ!…いや、差が開いて…っ?!』
「1度息を入れるんだ。…離されてしまわないかって?離されるだろうねぇ」
「なぁに問題ないさ、君が成るとしたらそこだ」
不思議とその瞬間のやり取りを思い出した。
"彼"はそう言い、笑った。
ならば信じよう。
真空に穴を開けた。
全身の血が心臓に押し寄せる。
身体が震えた。
ウィナーズサークルにて、雑に『良い走りができた』と詰めかけた記者数名に返し、控え室へと踵を返す。
もう少し詳しくと食い下がってくるが足早に切り抜ける。
「鬱陶しいなぁ全く、答えたのだから良いじゃないか」
「記者の方々も注目してくれているんです…」
背後から溶け出す自分のものではない影に寒気を感じる。
相変わらずだなと肩を竦める。もっと普通に出てきて欲しい。曰くいつも通りにしているだけとの事だが。
「今の私たちの走りに魅せられた顔じゃないよ、アレは」
「…なるほど」
言外に、貴女のトレーナーは如何ですかと聞かれているようなものだった。
一応直接聞くのは憚られたのか、遠慮がちに遠回しに質問をぶつけられたが、ここまでだといっそ失礼だと思う。
「【雲隠】トレーナーねぇ…伊賀や甲賀で名を轟かせそうな渾名だ」
「…忍者、ですよね。轟かせてはいけないのでは」
【雲隠】トレーナー、散々オグリキャップの影に隠れたことで、オグリキャップの芦毛を雲と評して名付けられた渾名である。
巷では影の功労者、もしくは隠居人と呼ばれ、一長一短の評価を欲しいがままにしている。
「彼ものっぴきならない状況にいるからねぇ…」
「タキオンさんはトレーナーさんがどうして表に出ないか知っているんですか…?」
「んん、まぁね。それこそのっぴきならないことがあってね」
「へぇ…」
知りたいかい?とばかりに振り返る。金糸の瞳は案外どうでも良さそうだった。
「それって…私たちに関係ありますか…?」
常軌に戻れる科学者は、いつだって常軌を逸することが出来る。
口元は歪み、戦慄きながら弧を描く。
「…くくっ、そうだね。我々の懸念している問題は"そもそも関係ない"のさ!
私としたことが合理的な取捨選択を忘れていたよ。随分と彼に絆されたものだ」
歓喜に打ちひしがれ、押し殺すように笑みを深める。
そうだ、賽は振られた。私たちは私たちの道を往くのだ。
彼が持つ問題は彼が抱いて解決するなり共に沈むなりすればいい。
「はい…"トレーナーさんとあの子"と一緒なら、辿り着けるはず…」
相も変わらず茫洋とした目はどこに向かっているのか分からないが、今回に限っては一言申したいところだ。共に先を目指すと決めたというのに除け者扱いはいただけない。
「んんー…、そこに私を入れてはくれなかったのかい?」
「余地ないですよ…」
「えー、そんなこと言わずにさ、私と君の仲じゃないか!」
「別に…親しくなった覚えはないです」
「えー!私と君ははぐれ者同士理解し合えて…はないか。それでも──」
揺れる影に縋る思いで視線を投げる。──心底面倒くさそうだ。
「それなりに気が合うと思っていたんだけどな?!」
「そうですか、私は別に、ですけど…」
レースに負けた相手という事実も後押ししたのか、目に見えて機嫌が悪そうだ。以前はこのような姿をあからさまにしなかったが、どうやら今は往来初めて表立つほどに虫の居所が悪いらしい。…そのフラストレーションが筋肉、精神に有意なはたらきを見せるのか非常に気になる。実験、受けてくれないだろうか、無理だろうなぁ。
「おかえり、いい走りだったな」
控え室の前に小脇にトレーナーをしまい込んでふわりと笑う芦毛の怪物が立っていた。
トレーナーは観念した草食動物のようにされるがままだ。
何故か膨れ上がった頬に、干された布団のように垂れ下がった頭と足が哀愁を漂わせる。
殴られでもしたのだろうか。まさかあるまいとは思うが。
「トレーナーさん…?」
「ああ、今少し分からせているところだ。自分の力をまだ分かってない。いや、まぁ、わからないでいてくれる方が助かると言えば助かるんだけどな」
困ったように笑う彼女は抱えたまま空いた片手で額をこつこつと叩く。
「会長の件だねぇ…。理解者とは言うがそれは依存と表裏一体。百術千慮の会長殿がまさかその対象を欲しているわけでもあるまい」
「欲が出たのだろうな、ルドルフは」
「会長さんが…?あまり考えにくいですが…」
「ふむ、今の生徒会に粒が揃ってきたとは思っていたがなるほど、むしろ欲しいものが増えたのか」
ナリタブライアンを生徒会に引き入れたという広報に生徒たちが色めき立つ最中、苦虫を噛み潰したように顔を歪めて重く息を零していた人間を脳裏に思い浮かべながら推測する。
いよいよ執行猶予が切れたのだろうか、最近の生徒会の活動が活発になっている。まるで冬眠明けの熊だ。
──粒ねぇ…ゲテモノのパーティー会場だぜあそこは。私にそこに並べと言われてもどうしても見劣りするよ
「ククッ、皇帝に女帝、怪物2体に帝王。アレらを真っ向からゲテモノと呼べるのは後にも先にも君だけだろうねぇ。そういう意味では君もあの魑魅魍魎の一員と言っても差し支えないだろうさ」
「自分のことを棚に上げておいてよく言えますね」
「君、ブーメランって知ってるかい?」
「オーストラリアの先住民…アボリジニーの方々が鳥の狩猟に使う道具ですね」
「正論言って楽しいかい」
「なんなんですか貴女」
3人のやり取りを小脇に収められながら聞き耳を立てる。
シンボリルドルフを筆頭に生徒会の私への執着について、彼女らはなにか心当たりがあるらしいがとにかく、そのお陰様で私はチームを組むことが出来ない。仮に組んだとして、皇帝を自ら我が軍門に下って獅子身中の虫よろしく、軍権の全てを掌握されかねない。
そして何より、拒否権が存在しないのだ。
ただでさえ世の娯楽として柱となるレースに関して、世間の目がそこかしこに張り巡らされている。故に生徒会の一人、ましてやトップの参入は大々的に取り上げられるだろう。それを断ることが何を意味するのか、火を見るより明らかなのである。
彼女のトレーナーはチームを組んでいたはずだから、そんな滅多な真似はしないとは思うし、加えてメディアで忌み嫌われる私のもとで研鑽を積むとか瓢箪からウマ娘もいい所である。
だが念には念をと石橋を叩いて渡るのだ。いっそ叩き壊してしまいたい。
「トレーナー、次のNHKマイルカップ、出るぞ」
ようやっと自ら授かり得た両の足で立つことができたと思えば息がかかる距離で意思表明される。クラシック級に上がって初めてのレースだ。
まあそうなるだろうとトレーニングもマイル戦に合わせたものにしてきたし、問題は無い。先のURA杯は中距離だったし、スタミナの問題はない。後は出走バを見て作戦を考え、煮詰めていくことになるだろう。
──登録してある。調整もいい感じだし、問題なく走れるだろう
「ああ。──撫で切って見せよう」
URA杯では惜敗に喫したが今回はそうはいかない。あれ以降成長曲線が大きく上振れている。腹の中に眠れる獅子を飼っていたのだろうか。
瞬発力、敏捷性は持って生まれたものに磨きがかかり、ターフにダート、コンクリにアスファルトをぶち抜く脚力はラストスパートで真価を発揮する。
多くの期待と応援を背に乗せて、オグリはまだまだ成長する。その成長を目前に、最善が他にもあるのではと、自分の不甲斐なさに目を背けたくなることもある。
正解はない。ならば勝てば官軍、勝者が正しいのだ。
──また、やるか?
「い、いや、それは…」
URAファイナルズ決勝で魅せた煌めく彗星のような末脚。
オグリキャップのような強心臓と、それに耐えうる身体と精神がなくては成り立たないゴリ押し。超一流のアスリート達だけが到達できるという領域を無理矢理引きずり出す荒技は、勿論諸刃の剣。
レース後の瞳孔は開きっぱなしで息も荒く、擦り切れた精神は判断力を鈍らせ、なおも体内で燃料を投下しているかのように体表から蒸気が立ち上っていた。
誰もが近寄り難い状況だった。
「やめたまえトレーナー君」
大鉈を振るうように会話を打ち切られた。憮然とした態度でこちらを見据える。その目には確かな警告灯が灯っている。
「アレは殆ど暴走だよ。体内の水分を昇華することで無理矢理放熱していたんだ。ふらつきや意識の混濁を見たろう?脱水症状のレッドゾーンだ」
まぁ大事に至らなかったけどさ、とあとからつけ加える。
多分、一番その姿を見たいのはタキオンだろう。何せウマ娘の限界に今1番近いのはオグリだ。研究対象としても申し分ない。それでも限界への到達という至上の命題を取り下げ、選手生命を慮る器を持っている。彼女のクレイジーさはかねてよりのものだが、分別をわきまえている。
──忠告痛み入るよ、タキオン。
でもね、オグリならいけるよ
「ほぉ、根拠はあるのかい?根拠もなくものを言っているわけではあるまい?」
胡乱気な瞳に不穏な明かりを灯して、苛立ちを隠すことなく言葉に含めてぶつけてくる。まるでこの問に対する一分一秒が君のトレーナーとしての品位に直結するぞと言わんばかりだ。根拠はあると言えばあるが、強くない。
──…応援とか?
「…はぁ?」
結局沈黙にいたたまれなくなり、ポロリとこぼしてしまったが、実際これに尽きるのだ。普通期待の声が大きくなれば緊張に余裕が無くなったりするが、オグリにはそんなものは関係なかった。『応援…いいな、これ』と武者震いと共に目付きが変わる。
──オグリは皆の期待や声援に応える娘だ
「…ほーぅ。少々意味がわからない理論だが、それでオグリキャップ君は限界を超えたと言うんだね?」
限界を超えた、という点ではどうだろうか。そこでは私とのやり取りが鍵となった可能性もありうるが、ジュニア級から上がったばっかりの完成しきっていない体躯でソレを可能にし、闘えたのだ。応援という形が肉体を超えて作用したと考えて問題ないだろう。
まぁ現時点で研究至上主義のタキオンには難しいところだろうが。
──いずれきっとわかるよ。君の速さへの盲信に最初に惹かれたトレーナーが私というだけで。君達も声援を一身に受ける器を持ってるよ。
私も君たちにおいて行かれないようにしなければね
さて虚空に亀裂が入る音がした。自嘲的に語ったが刹那、宙ぶらりんの両手足に重りがつけられたように自分のものではなくなる。
うん?宙ぶらりん?
「まだこの口は」
「オグリさん…!それはさすがに危ないです…!」
「おいおい血気盛んなことはいいが、それをトレーナー君にぶつけるのはいただけないよ」
普段の温厚な彼女からは見当もつかない、眉間に皺を寄せて目尻を吊り上げる様子は、適当なことを言えば喉を締め上げてきそうだ。
カフェとタキオンの注意もあって腕力によって浮遊状態にあった身体に自由が戻る。
「トレーナーさん…私たちはいつも隣にいます…。何処を、見てるんですか」
責めるように、不服そうに問う。
答えは決まっていた。
──その先だよ。君たちの未来に泥を塗らないようにしなくては
「未来のことなんて…分かりっこないでしょう」
──分かるよ
有無を言わせぬその宣言。異質な圧力に三者の耳が跳ね上がる。
溌剌とした笑顔で3人を見据える。
──さァ、ここからがスタートだよ
ぬるい風が辺りを包む。レース後だというのに風をぬるく感じるとはこれ如何に。
妄言ともとれる成功の確信。盲信者は3人のその先、途方を見つめて恍惚とした表情を浮かべている。
それだけの期待と責任を縫い付けられたにもかかわらず、心臓は早鐘を打つ。────どうやら十分に絆されている。
2人は一笑に付すのだった。
トレーナー君の悪口はトレーナー君でも許さないぞ(腕力)
題名が前案のままだったので変更しますた