たくさん狙われるトレーナーくん   作:タソ

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あ け お め


青い春の兆し

「トレーナーさん、分かりますね?」

 

──すみません…

 

 

荘厳な扉を前に深呼吸を4度5度と繰り返していたところ、おもむろにその観音開きの扉は開いた。

ちょうど朝日が昇り、理事長の椅子の後ろからは清々とした陽光が射し込んでいた。座してこちらを真っ直ぐに見据える小柄な体躯をした少女は困ったように笑う。

 

 

「謝るだけじゃ分かりませんよ?さ、さ、お掛けになってください」

 

──…はい、失礼します…

 

 

言葉は柔らかく、朗らかに微笑む姿はとても可愛い。初対面で私はその笑顔に射抜かれたと言っても過言ではない。──だが。

 

それが般若に見えるようになったのはいつからだろうか。

 

 

「お茶お入れしますので、少々お待ちくださいね」

 

──あ、お構いなく…

 

「春の陽気が来ているとは言え、まだまだ寒い朝なのですから、どうぞお召し上がりください」

 

──恐縮です…

 

 

まだ2月。三寒四温の日々で春の兆しは見えない訳では無いが、春のほだされるような陽気は本年未だ感じたことがない。

今の言葉をゆるっと訳してみよう。

 

『ぬるま湯に浸って痴呆が進んだなら現実見せて差し上げますのでちょっとゆっくりしていってください』

 

…こんなところだろうか。

 

以前は浮き足立つ思いでこの部屋に用もなく訪れ、たづなさんと理事長と共に茶菓子をつまみながら談笑の時間さえあったというのに。今考えたら無礼もいいところだが、お互い悪い時間ではなかったはずだ。

 

 

「さ、入りましたよっ。理事長もどうぞ」

 

「うむ、かたじけない」

 

 

眼前では理事長とその補佐のたづなさんの穏やかな空間が広がっており、見るもの全ての心をノスタルジーにするだろう。いや、私を見たあとだと温度差で風邪をひくかも知らんが。

 

 

「トレーナーさんもどうぞ」

 

──…なんか大きくないですか?

 

「気のせいです。ふふふっ」

 

 

彼女らのお茶はシンプルかつ細部に意匠をちりばめた清明な湯のみであるが、私の前に出されたのは大きなマグカップ。なみなみと注がれたお茶は、表面張力に震えている。また何に気を使っているのか、ソーサー付きだ。ティーカップならまだしも、このサイズ感だとラーメンの受け皿を彷彿とさせる。

 

 

「担当の子達がコーヒー党と紅茶党らしいですね。被らないよう、緑茶をば」

 

──恐れ入ります…

 

「まぁ、そんなかしこまらずとも、私との仲じゃありませんか」

 

──えっと…はは

 

「うふふっ」

 

 

『こちらからは話を振らぬ、さ、話せ』

眼光がそう言っている。

こんなはずじゃない…こんな所じゃなかったはずだ。ここは私にとって癒しの場だったはずだ。それが何故こんなことに!

頭を抱えて蹲りたい衝動を押さえ込み、何とかその視線を一身に受ける。カフェやタキオンのようなどこか異質なものではなく、スッキリとした威圧だ。眼光ソムリエでも始めようかな。

 

 

──新しい担当が無事デビューしました。…すいません、報告しましたね。

 

「う、うむ!コースレコードに迫る結果だったと聞いている!」

 

 

もしかして報告がいってなかったのかと懸念して聞いてみたがしっかり報告されていたらしい。泥濘のように沈んでいた瞳が据わったところを見ると、次は無さそうだ。

なんと理事長の耳にも届いているらしく、キラキラと輝く瞳で見つめられる。

 

 

──担当の子達が優秀ですからね。造作もないことです

 

「否定!あの場には時代の申し子になるやもしれない娘たちが多く並んでいた!その者達に完勝せしめたのは正しく君の担当であり、そして担当バたちを導いた君の実力である!」

 

──恐れ入ります

 

 

思っている以上の高評価を貰ってしまった。身に余る理事長直々のお言葉を賜ってどうも落ち着かない。

理事長はいつも過大評価をくれるので、こちらとしても少々受け方が慣れてきたものである。

 

 

「こほん」

 

──記者会見の件でしょうか

 

 

矢のように放たれた咳払いは我々を黙らせるのに十分だった。

目を逸らしながら心当たりの大いにあるものをおずおずと口にする。

オグリと2人を伴ってレース場を後にし、打ち上げに喜び勇んで歩を進めた先にあった記者集団。その好奇心の視線を一身に受けながら応じた質疑応答。

黄色い声で担当ウマ娘に対する評価を口々にするもの、好奇の瞳で次走はどこかと問うもの、不躾にメディアに出ない理由を聞き出そうとするもの。十人十色の質問攻めに遭った。

結局、そういった場に出る機会をみすみす逃してきた私にとって経験値が足りる訳もなく、要領を得ない素人な受け答えになってしまった。

 

帰り道オグリにすごく同情された。

 

なにせよ、それによって記者達からの評価がだだ下がりしてしまったのだ。それがトレセンへ報告され、匿っていた割には大したことの無い素人トレーナーではないのか、という批判が来たのだろう。

要は私に対して『これ以上担当の才能を鼻にかけるのはよせ』という警告なのだ。

しかしたづなさんは眉をひそめ、困ったように頬に手を当てた。どうやら当たらずとも遠からずといったところらしい。

 

 

「…まぁそれもありますが、それに関しては今更でしょう」

 

──では何を

 

「チームの登録です」

 

──チームですか?

 

 

思っていたところとは全く違う角度から矢が飛んできた。しかしチームとなればもう少し人数が必要なはず。確かに担当は優秀で、特例を与えるに値するというパターンが考えられない訳では無い。また、チームを組まないことは前々から伝えている。

 

 

「はぁ、どうやら本当に知らないみたいですね…」

 

──すみません、心当たりが…

 

「アオハル杯です」

 

──!

 

 

そういやあったなそんなもん。

いやまて、それにしたっておかしいだろう。

そもそも参加登録用紙が届いていないし、参加する意思はもとよりない。たづなさんに剣呑な様子で問い詰められる意味がわからない。

 

 

「トレーナーさん、貴方いつからトレーナー室へ行ってませんか?」

 

──…なるほど、それに関してはすみません。ですがもとより参加の意思はございませんので、見送らせていただきます

 

 

確かにカフェにタキオン、オグリと担当を掛け持つことになり、トレーナー室へここしばらく足を運べていない。誰かしらの伝手で書類が届けられていたのだろう。

しかしだ、その書類が提出されない限り、アオハル杯への参加は成されない。参加もしないのに、チームの登録なんてする必要があるはずもない。

 

 

──そもそも提出してませんが…

 

「いいえ、提出されております。参加登録用紙」

 

 

傍らに置かれた黒のオフィスバッグから1枚の紙を取り出し、ひらひらと見せつける。

確かに専用の用紙だ。ご丁寧に捺印までされている。何処かの狼藉者が不当を働いたのだろう。

 

 

──まさかとは思いますが、それが認められるとでも?

 

「ええ、あなたの言うとおり、普通なら認められません」

 

 

"普通なら"か。ああ駄目なんだな。その事実が言葉の節々から伝わってくる。

目の前が霞んできた。

 

 

──担当3人請け負ってるんですが

 

「ではチームを組みますか」

 

──…いいえ

 

「アオハル杯出場されますか」

 

──…………はい

 

「はい、承りました!ご健闘をお祈りしますねっ!」

 

 

弾けんばかりの瑞々しい笑顔。私はそれを歪んだ笑顔で受け止めるしか無かった。

一切目線を合わせない理事長が印象的だ。

 

 

たづなさんににこやかに見送られながら理事長室を後にする。

扉を閉めた途端に脱力感と目眩に苛まれ、すぐ側の壁に寄りかかる。

迂闊だったとはいえ、ここまでやってくるとは。

アオハル杯は短距離・マイル・中距離・長距離・の全距離とダートを加えた5種目をチームで闘う。マイルはオグリに任せれば勝てるし、中長距離はタキオンとカフェの脚質に合ってると思うからそれらも問題ないだろう。

 

しかしこれで私は嫌でもチームを組まなくてはならなくなった。この状況、どの連中が好むかと言えば明白だ。

 

小さく舌打ちをし、踵を返す。

降って湧いた面倒事はひとまず置いておいて、優先事項に思考を走らせる。次のレースはオグリのNHKマイルカップ。アオハル杯のチーム編成に関してはその後でも遅くないだろう。

 

アオハル杯にはさっさと敗退して戦線離脱するのもいいが、オグリや2人に付いているファンを逃すのは惜しい。

ままならないものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ、チームを組んだらしいな」

 

 

トレーナー室へ入るや否や、藪から棒に問いただされた。

ソファーから肩越しにこちらをうかがう猛禽類のような瞳。生徒会が一角、ナリタブライアンだ。

 

チーム編成に関して考えるのは後だと決めた途端にこれだ。息付く暇もない。

 

 

──随分と耳が早くないか

 

「まぁ知ってたからな」

 

 

だろうな。手回しはシンボリルドルフによるものだろう。

 

生徒会が理事長達と同等の力を持っている訳ではない。だと言うのに生徒会が理事長達に催促ができたのは、数々の面倒をかけた私に対して学園側から見返りを求めてきたという点で利害が一致したからだろう。

勝手に捺印したのはトウカイテイオーあたりか。アイツのデビューはまだだが、既に引く手数多らしい。レースで相見えるのが既に恐ろしい。

 

 

──それで?要求は

 

「話が早いな。観念したのか?」

 

──チームへの参入希望以外なら話を聞いてあげるよ

 

「フン、相変わらず頑固だな」

 

 

鼻を鳴らして腰をあげる。そのまま彼女は各トレーナーに用意された椅子に腰掛け、長机の傍らに置いてあったテレビのリモコンのスイッチを入れた。

シンボリルドルフが記者会見を行っている。

 

訝しげに様子を伺っていると、突然ディスプレイが暗転した。

 

 

──なんなんだ一体

 

「知らない方がいいかもな。後々頭を悩ませることになるやもしれん」

 

──ここに君がいることの理由だろう、知らなくては

 

 

後悔するなよ、とため息混じりに零しながら再度テレビの電源を入れた。

左上のテロップには、【生徒会から2名のアオハル杯出場決定】の文字。フラッシュは控えめに、場内のざわめきが中継越しにも分かってくる。

 

愕然とした。

 

 

『再度申し上げます。我々生徒会から副会長2名を、アオハル杯への出場を決定致しました』

 

 

突然の虚脱感。握力の喪失により、手に持っていた書類を全て床にぶちまけてしまった。

焦点をモニターから問題の片割れに移すと、リモコンを弄びながら挑戦的な目を向けてきていた。

 

 

「さて、どうする」

 

──クソ

 

 

モニターからは音声が続いている。取るに足らない程度の質疑応答であったが、とある女性記者──知り合いの質問が嫌に耳に着いた。

 

 

『チームは何処か決定されているのですか?』

 

──まさか

 

『一応目処は着いております。が、まだ確認を取れてないので結果が出次第追ってご連絡させていただきます』

 

『確認が取れていない…承知しました。ご報告お待ちしております』

 

──アイツっ…

 

 

トレーナーたちの中で、あからさまに生徒会との連絡網を絶っているのは私だけであり、それは既に記者団の方々にも漏れている。つまり今ので2人が所属する予定の担当チームが、私が受け持つものであることが割れてしまった。現に記者団からどよめきが上がり、困惑の渦となっている。

 

渦中の彼女はカメラ越しに私を見据える。比喩でも何でもなく、私を見ている。飄々とした、それでいて苛烈さを秘めた瞳は、私に一歩二歩と後退ることを強制した。

 

 

『いい返事、待ってるよ』

 

 

穏やかに微笑みながら告げられる。

言葉に含まれた熱に膝が折れた。

 

 

──『はい』以外の選択肢を奪っておいてよく言うよ

 

「アンタに対してだけは皇帝も形無しだな」

 

──独裁者だよ

 

「アンタの望む、年相応の振舞いじゃないか。皇帝サマのわがままなんぞそう受けられんだろう?」

 

──規模が違ぇや…

 

「くくっ、返事はいつでもいい。精々ご機嫌取りに励むことだ」

 

 

もはや返事は決まったようなものだが、ここでは負けた気がするので口を噤んで揺れる尾を見送った。

知らない方がいい、それはつまり、知らない方が衆人環視を関係なくアオハル杯に挑めるということか。

 

危うく後ろ指を刺されながらアオハル杯に挑むピエロになるところだった。ナリタブライアン、えげつない奴だ。

 

アオハル杯出場決定からわずか15分。

怒涛の展開にキャパシティが耐えきれず、私は立ったままはらはらと涙を流した。

 

 

──無力だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色々書いててあれ?あれ?ってなってた。
多分ウマ娘のssの難易度はかなり高い。

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