TSした俺と交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友   作:北京院

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なんかへん。なんか。

 翌朝。空はすっかり晴れている。

 しかし昨日の意図せぬ寝不足のせいで、頭の芯がまだぼんやりと曇っていた。

 

 玄関のドアを開けると、いつも通りの翔太が待っていた。

 鞄を抱えながら並んで歩き出して、すぐにふと違和感を覚える。

 

 並んで歩いているはずなのに、気づくと半歩だけずれている。慌てて歩幅を詰めて追いつくと普通になる。けれど、またいつの間にか離れている。

 

「おい、そんな急ぐなよ」

「……別に」

 

 返事は短い。いつもそう長いわけではないけれど、今日はさらに圧縮率が高い気がした。

 

 歩幅を合わせようとすると、翔太はまた少しだけ前へ出る。俺が近づけば離れる。

 離れればまた普通に並ぶ。逃げているわけではないとは思う。

 ……でも、どうしても距離だけは縮まらなかった。

 

 傍から見たら俺がストーカーみたいじゃないか。そんな釈然としない距離感のまま、学校に到着した。

 ──だが、学校に着いてからもずっとそんな感じだった。

 

 移動教室のとき、廊下を並んで歩いているはずなのに、気付くと翔太が半歩前にいる。近づくと離れる。離れると普通になる。

 

「なあ」

 

「ん?」

 

「なんか今日、遠くないか?」

 

 何となくストレートに言ってみると、翔太が一瞬だけ固まった。

 

「そうか?」

 

「なんとなくな」

 

「気のせいだろ」

 

 即答だった。

 ……言われてみればそんな気もする。翔太はそれ以上、何も言わなかった。

 

 

──4限目の授業終わり間際。

 

 カツン、と軽い音を立てて、机の端に置いていた消しゴムが床に転がった。

 

 通路を挟んだ隣の席で、頬杖をついて退屈そうにしていた翔太が反射的にそれを拾おうと上半身を深く屈める。

 俺も同時に、椅子からすべるようにして屈んだ。

 

 その瞬間だった。

 すっと、まるで見えない壁に弾かれたかのような滑らかさで、翔太が不自然に身を引いた。消しゴムに向かっていた手が、空中で綺麗に軌道修正される。

 

「……あ」

 

 先に消しゴムを掴んだ俺が顔を上げると、翔太はすでに上体を起こし、何事もなかったかのように黒板へ視線をやっていた。

 

「……悪い」

 

 そう前を向いたままつぶやいたのは聞こえた。

 俺は消しゴムを握ったまま、少しだけ首を傾げる。

 ……今、避けたか?いや。偶然か……?

 なんだか奇妙な空振りの感覚だけが手元に残った。

 

 

──昼休み。購買へ向かう途中、自販機の前で足を止めた。

 

 のども渇いていたのでスポーツドリンクのボタンを押し、ゴトンと重い音を立てて落ちてきたペットボトルを隣の翔太が先に拾い上げる。そしてそのままこちらへ軽く放り投げてきた。

 

「ほい」

「ん」

 

 いつも通り片手で受け取ろうとして──おわっ、と声を上げそうになった。

 

 指先をかすめて落ちかけるペットボトルを、慌てて両手で不格好にしがみつくように掴んだ。危なかった。

 筋力関係はもう嫌ってほどわかってたけれど今度は運動神経までナーフされたのか。美少女化のデバフが深刻すぎる。

 

 ……いや? 今の、ズレてたか?

 いや。俺の反応が鈍かっただけか?

 確信が持てないが、とりあえず文句は言うことにした。

 

「なんだ今の。嫌がらせか?」

 

「悪い」

 

「いや、お前そんなノーコンだったか?」

 

「別に」

 

「いやいや絶対狙いズレてただろ。手元狂ったか?」

 

 ペットボトルを掲げて抗議すると、翔太は今度はじっと俺の顔を見て「……そうかもな」とだけ言って、足早に歩き出した。

 文句をいうでもなく右手をポッケに突っ込んで。冷えてたせいとは言わなかった。

 

 そのあとは購買で適当にパンを二個つかんで、翔太と並んで食った。そこだけはいつも通りだった。どっちも特に何も喋らずに。こういう時間は昔からそんなもんだ。

 ……でも若干遠かった気もする。俺が気にしすぎてるだけか?

 

 飯を流し込んだら眠気が戻ってきてしまって、俺はそれ以上深く考えるのをやめた。

 

 クラスへ戻り、自分の席でぼんやりしていると、女子たちがわらわらと俺の机の周りに集まってきた。

 

「四ツ谷さん、やっぱり髪きれいだよね。王道のお団子とか絶対に似合うと思う」

 

「編み込みとか三つ編みにして、横に垂らすのもアリじゃない?」

 

 女子たちが俺の頭を覗き込みながら、楽しそうに盛り上がっている。

 髪は女の命じゃなかったのか。人の命を何だと思っているんだ。

 命をもて遊ぶ者たちへの怒りで眠気をなんとか払って声を上げてみる。

 

「お前ら勝手に盛り上がるなよ。やらないからな」

 

 軽く釘を刺してみるが、彼女たちの妄想の暴走は止まらない。

 そしてその喧騒のすぐ隣で、翔太は無言でプリントの束を揃えていた。

 

 トン。

 トントン。

 ……トントントントン。

 

「三上くんはどう思う?」

 

 唐突に飛び火した。隣の席の親友へと、容赦のないキラーパスが回る。

 翔太はプリントをまとめていた手を止め、指先がプリントの角で止まったまま、ほんの一瞬だけ固まる。

 

「……弁髪でも結っとけよ」

 

 雑すぎるボケが飛んできた。逃げたな、こいつ。

 

「マジ? 烈海王じゃん」

 

 武夫がどこからともなく割り込んできた。

 この美少女捕まえて誰が中国拳法の達人だよ、と思ったが想像してみると案外悪くないかもしれない。

 しかし女子たちのトーンは変わらない。

 

「いやクセ強すぎ! てかなにべんぱつって?」

 

「三つ編みみたいなやつじゃん? でもポニテも絶対かわいいって!」

 

「やっぱ功夫だよな、わかるわかる」

 

 女子たちが勝手に髪型会議を再開する。

 武夫も混じってる。混じれてるかこれ? やかましいなこいつ。

 

──しばらくたって予鈴が鳴り、女子たちがようやく満足したように自分の席へと帰っていった。

 

 やれやれ、と息を吐く。触られていた髪が顔側に垂れてきていた。

 顔にかかった前髪が邪魔だったから、耳へ掛ける。ほとんど意識していなかった。

 

 細くなった指先が、白くなった首筋をかすめる。

 その瞬間だった。

 

 ふっと、隣からの強い視線を感じて顔を向けた。

 翔太が、呆然とした目で俺のその指先を見ていた。

 

 目が合った。

 

 ──ビクッ、と翔太の肩が大きく跳ねあがり、弾かれたように視線を真下に落とした。

 

 トン。

 トントントントントン。

 

「おい三上、そこまでにしとけ。それ以上やると紙死ぬぞ」

 

 席へ戻る直前の武夫が、哀れみの目で翔太の手元を見つめながらツッコんだ。

 

「……」

 

 翔太は無言でピタッと動きを止め、プリントの角をこれ以上ないほど綺麗に揃えたまま、彫刻のように凝固した。

 

 なんだこいつ。……今日は本当に変だな。

 

 

──5限目、世界史の授業中。

 

 ノートを取っていた翔太の手が止まった。カチカチと虚しい音が響く。芯が切れたらしい。あいつは筆箱を開けるのも面倒そうに、こちらに無言で手のひらを向けた。

 

 一本くれ、の合図だ。俺は自分のケースから芯を一本抜き取って、あいつの手のひらに直接落とそうとした。

 

 その瞬間、翔太の手がピクリと跳ねて、サッと引っ込んだ。

 

「あ」

 

 指先から離れた黒い芯が、机の上に転がる。

 

「おい、何すんだよ。折れたらどうすんだ」

 

「……いや、そこに置いといてくれ」

 

 翔太は転がった芯を、人差し指の腹で慎重に拾い上げ、すぐに前を向いた。

 一瞬だけ、自分の手のひらを見下ろすようにして、翔太は動きを止めた。

 

 女子を避ける時みたいな動きだったな。……いや、今の俺は女子か?

 

 

──放課後。

 後ろのロッカーにプリントの山が置かれた。誰かが職員室まで運ばなければならないらしい。

 

「よし」

 

 俺は立ち上がった。

 誰かがやらなければならないのならば仕方ない。

 手を挙げて人さし指を立てる。息を軽く吸って、声を出した。

 

「プリント運びしたいやつ、この指とーまらない」

 

 しーん。誰も来ない。知ってた。

 しかし止まらないということはそういうことである。近くにいた武夫の肩を叩いてやった。

 

「おい武夫。止まらなかったからプリント運びな」

 

「なんでだよ! 理不尽すぎるだろ!」

 

「したいやつは止まるなって言ったろ。ほら遠慮すんなって」

 

 くだらないやり取りに、周りの男子も笑った。

 そっとプリントを半分ほど押しつけてやると、ブーブー言いながらも拒否はしない。

 

「遠慮なんてしてないって! なんだよもー」

 

「まぁ落ち着いて聞け。堂々と職員室まで行ける特典付きだぞ。ご褒美だろ?」

 

「どこがご褒美なんだよ!」

 

 武夫が必死に抗議する、そんな時だった。

 なんとなく、顔を上げた。

 少し離れた席から、こちらを見ていた翔太と目が合った。しかしすぐにバッと視線を逸らした。

 そのまま翔太のほうを見ていると、机の上の残りもかき集めてプリントをすべてまとめた武夫が、職員室へ歩き出しながら訊ねてきた。

 

「はぁー、まぁいいや。なぁ、さっきからなんかケンカでもした?」

 

「してないけど。なんで?」

「……別に」

 

 俺と翔太の声が重なる。

 

「いや、なんか今日お前ら距離あるなと思って」

 

「そうか? 翔太が勝手に挙動不審になってるだけだぞ」

 

「ふーん。まぁ、お前らならそのうち戻るかぁ」

 

 その後、なぜか片手を掲げて「では、征くぞ……!」と勇者気取りで宣言していた武夫を、俺たちは見送った。

 武夫みたいなやつの目にも入るくらいには、今日の翔太はおかしかった。……まぁ、気のせいじゃないんだろうな。

 

 

――校門を出ると、昼間の暖かさが嘘みたいに風が冷たかった。

 

 空はすっきりと晴れているのに、空気の底がどこか湿っぽい。昨日の雨の残り香が、まだアスファルトのどこかにへばりついているみたいだ。

 

「帰るか」

 

 翔太が短く言う。その声はいつも通りのはずなのに、どこか硬い。

 並んで歩き出すと、距離は普段と同じだった。

 

 ふと、思いついて。

 俺はいつも通りの歩幅のまま、すっと斜め前に一歩、翔太に近づくようにして足を踏み出してみた。

 

 チッ、とかすかに、翔太のローファーがアスファルトを擦る音がした。

 俺が近づいたのと全く同じだけの歩幅で滑るように半歩外側へと離れた。

 

 ……まただ。しかも気づいてすらいないっぽいのが余計たちが悪い。意識してやってるなら「なんで避けんだよ」って詰められるんだが、無意識となるとどうにも詰めようがない。俺が悪いみたいじゃないか。

 

 別にヘコんでるとかじゃないけど。ただなんか、釈然としない。

今日一日、ずっとこんな調子だ。理由はわからない。

 俺たちの距離だけが、今日一日ずっと噛み合わなかった。

 

 もう一歩近づこうとして、やめた。なんか負けた気がするのは気のせいか。

 

「今日さ、お前なんか変じゃね?」

 

「……別に」

 

「絶対なんかあるだろ。隠し事か?」

 

「ない」

 

「怪しいなぁ」

 

 翔太は前を向いたまま、特に答えなかった。

 

「知らん」

 

 それ以上聞いても絶対に口を割らない顔だった。昔からこいつは、頑固になると貝のようになる。

 

「……まぁいいや。余裕があったら聞かせろよ」

 

 俺がそう言うと、翔太は少しだけ、足を止めるようにして黙った。

 

「……ああ」

 

 蚊の鳴くような、小さな声だった。

 なんだか知らないけれど、やけに耳に残る返事だった。

 

 でも、やっぱり理由はわからなかった。

 

 まぁ、こいつが自分から話すまで待つのが正解だってのは長年の経験でわかってる。焦って聞いても貝になるだけだ。俺にできることは特にない。

 それでもなんか、頭の隅にトントンとプリントの音が鳴ってる気がした。

 

 帰り道は、やけに静かだった。

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