TSした俺と交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友   作:北京院

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いつも応援、感想ありがとうございます。とても励みになっています。
序盤の話とあらすじを少しだけ修整しました。
親友だもんね!


宿題はやったけど、家においてきました

――三上家でのリハビリはかなり順調に進んでいた。

 

 宣言通りに休日は休んだり、休まなかったりしつつも続けていられたし。フリートークも5分くらいは持つようになった。

 8割がたのトークの始まりが「昨日何してた」からで、たいていの場合「一緒にいただろ」という返答をするしかなかったものの枕詞というやつだと納得してやれる範囲内だった。

 そのあとにはだいたい「その時のことだが」と続いていって、フリートークとは名ばかりのつい最近あったことの雑談にもなっていたけれど。それでも話せているのだからいいだろう。

 

 その②に関しても30センチずつ、とまではいかないものの少しずつながら前進している。文字通りの意味で。

 最初は壁と一体化していた翔太が今では1メートルくらいなら普通に立てている。相変わらずぎこちないところはありつつも重力は正常に働いていたし道幅は無限には必要なかった。

 

 その③の30秒見つめあう、に関してはどうしてもうまくいってはいなかったけれどもそれでも進歩はあった。

 一度緊張せずにみられるようにと、わざと俺がめちゃくちゃな変顔をしたときに15秒ぐらい翔太が目をそらさなかったのが最高記録だ。「お前から俺が見えてないだろ」という突っ込みさえなければまだ行けたはずだった。

 ……しかし、正論だったので普通の顔に戻した。直後に翔太が吹きだして顔をそらしたのだ。にらめっこなら俺の勝ちだったがリハビリとしては俺たちの負けだった。

 美少女フェイスを捕まえてひどくないか? と抗議もしてみたが「バカみたいだった」と言われた。この広い心と狭い額に対するコメントがそれか?

 

 なんとなくこのまま全項目クリアをして、普通に女子とも話せるようになっていくんじゃないか。

 そういう楽観的な予測は確かにあった。

――問題は、これらは全部「家」という安全地帯の中での話だということだった。

 

 きっかけは、月曜の昼休みだった。

 購買にパンを買いに行ったら、そこは戦場だった。

 

 男子がぶつかり合っているだけなら、翔太を先頭へ突っ込ませればいい。

 だが今日は女子も混じっている。どうやら人気のスイーツが入荷したとかしてないとからしい。

 押し合いへし合いの人混みを前に、隣で翔太の足が止まった。しょうがない。ここは俺がやるしかない。

 

「買わせてくださーい!」

 

 少し演技がかった声を出してみる。この美少女フェイスと声なら、人の波がモーゼの海みたいに割れるかもしれない。

 

 ──割れなかった。

 

 横から失笑だけが返ってきたので、翔太をグーで殴った。効かなかった。

 かたくなるで防御力を上げるな。

 

 ともあれ、買わなければならないのに変わりはない。俺は小さい身体でするすると人混みへ潜り込んだ。気分は濁流へ飛び込むメロスである。

 腹を空かせた友へ焼きそばパンを届けるという使命を背負い、どうにか最後の二個を死守して戻ってきた。

 やれやれとりあえず落ち着く場所へいこうか、とパンを渡す。翔太が受け取ったところで、後ろから声をかけられた。

 

「あ。三上……くん? 学生証落としたよ」

 

 振り返ると知らない女子が翔太の落としたらしい学生証をこちらへ差し出していた。

 リボンの色は同じだ。たぶん同級生だろうけれど見覚えはない。向こうも学生証の名前と写真を見て呼びかけた感じだ。

 

 リハビリの成果が確認できそうだ、と思った。

 サッと受け取ってスマートにひとこと「ありがとう」という。それくらいならできるだろう。

 できたら缶ジュースぐらい買ってやるかと思って、翔太の顔を覗いてみた。

 

 でも、翔太の動きは驚くほどに緩慢でラグがあった。手が伸びようとして、止まる。

 家でのフリートークの成果はどこへ行ったのか、口が開いて、閉じて、言葉はでないまま息をのむ音がした。

 手が再びゆっくりと動き始めるがあまりにも遅い。

 

「えっと……?」

 

 女子生徒の顔に困惑が浮かぶ。学生証と翔太の顔を視線が行き来していて人違いかと確かめているみたいだった。

 少し間があいて、ようやく差し出されたままの宙ぶらりんな学生証の端をつまむように翔太がつかんだ。喉の奥から声のようなものがでているのがようやくわかる。

 

「あ、あぁ……」

 

 唸り声なのか、言葉がでないのか、俺でもわからなかった。ゾンビの物まねだっていうなら百点満点やれる。

 でも、ふざけているわけじゃないのだけはわかってしまった。相手が困惑のまま学生証を手放して、翔太がそれをなんとか落とさず握りしめる。

 

「ありがとう、助かった」

 

 代わりに話すつもりはなかったけれど、声が出ていた。

 見知らぬ女子は何か言いたげにも見えたけれどそのまま手を振って別れた。

 

 翔太は握りしめていた学生証を自分のほうへ向けた。真顔の翔太同士が向かい合っているが、片方の顔色は明らかに悪い。

 遠くで「焼きそばパン売り切れ!?」という声が聞こえて、そういえばまだ購買がすぐそばだったと気づいた。

 

「……お前、今ありがとうも言えてないぞ」

「分かってる」

 

 静かな声で言う。冗談を言っている顔ではなかった。本気で言おうとして、本気で失敗した顔だった。

 翔太がゆっくりと学生証をおろしてこっちを向いた。ようやく表情が戻ってきたような気がする。

 何か言いたそうにして、やっと出てきたのは不安そうな声だった。

 

「別に怒ってなかったよな」

「怒る要素あったか?」

「いや……」

 

 そこまで気にすることじゃないだろ、と言いかけてやめた。それぐらいの判断もつかないほど目も耳も効いてなかったのか。

 大丈夫だと笑ってやるのは簡単だったが、言えなかった。やっと翔太が学生証をポケットにしまって足が動き出した。

 ばらばらの歩幅で教室へ向かう足がいつもより少し早い気がする。

 

 その時、向こうから知らない女子が二人、お喋りしながら歩いてきた。

 こっちのことを意識している様子はない。人が正面から歩いてきてるな、程度なんだろう。よくあることだ、少し道幅を取っているぐらいのもので。

 横にいる翔太へ目をやる。さっきみたいなラグは感じないし、足が止まってはいない。

 

 話しかけられるわけでもない、ただ廊下ですれ違うだけだ。

 なのに、距離が近付くにつれて隣を歩く翔太の身体が目に見えて強張っていくのがわかってしまった。

 前を向いていたはずの視線が不自然に床へ落ちていく。肩が内側に縮こまり、少しでも距離を取ろうとしている。なんとか真っすぐは歩いているが歩幅が狭くなって近づくのをちょっとでも遅らせようとしているみたいだった。

 

 女子たちはすれ違う瞬間、そんな翔太を一瞥すらしなかった。当たり前だ。彼女たちにとって翔太はただの「すれ違う男子」の一人に過ぎない。

 

 ……前からこうだったのか? それとも、さっき女子に話しかけられたせいなのか。

 俺がのんきに一緒に歩いてた時もこんな風になっていたのか、意識したことがなかったからわからない。

 

 女子が通り過ぎる。翔太は詰めていた息を、細く長く吐いた。

 こんな翔太は知らない。コンビニでの会計だってできてたし、家では笑って話せてた。

 

 フクロウのモノマネが上手いな、と言えば笑えるだろうか。たぶん違うけれど、何か言わないといけない気がする。

 ふさわしい言葉を探している間に、先に翔太が口を開いた。

 

「……家だけじゃ、足りない気がする」

 

 翔太の歩幅が戻って、顔が前を向いた。

 俺は視線だけじゃなく顔ごと翔太の方を向いた。見たことのある顔だ。面倒くさいことをやると言い出す時の、自分を曲げる気のない顔。

 

 一旦言葉を探すのをやめて、続きを待った。

 さっき学生証をしまったポッケに手をやってから翔太が続ける。

 

「見ただろ」

「見てた」

 

 視線があった。すぐに逸らされたけれど。

 言いたいことだけはわかったので言語化を担当してやることにする。

 

「学校でもやるか」

「……ああ」

 

 自分で言い出したことに丸をつけてやりたい気分だ。

 陽菜なら「もっと早く気づいてよね」とでもいうだろうか。鬼コーチとして負けてられない。

 どうするかを少しだけ考えてみる。今はコーチの顔にならなければならないだろう。教室へ着いたら昼飯だ。こんな話をしながら焼きそばパンを食う気にもならない。

 

「じゃああとは放課後だな」

 

 2時間のロスタイムを設けて、その場は一旦終了とした。焼きそばパンは食べ慣れている味がした。

 いつも通りの授業を受けて、普段通りの午後を過ごした。

 

──そして放課後。

 

「その②をするぞ」

「フリートークじゃないんだな」

 

 翔太の疑問も分からなくはない。

 でも現状、学校での雑談は時間の区切りはともかくとして、家でのリハビリとほぼテンションが変わらないと判断した。

 

「これでいいはずだ。歩くぞ」

「……いつも通りか?」

「いいや、違う」

 

 放課後、生徒がまばらになった廊下を並んで歩く。

 翔太の疑問はわかる。並んで歩く。帰り道ならいつもやっていることではある。

 だからこそ、その②なのだ。

 

「……ちょっと寄るぞ」

 

 いつもの距離感のままではリハビリにならない。もう半歩、意識して近づく。

 普段は勝手に保たれている距離を、頭で計算しながら詰めるのは、思ったよりも据わりが悪かった。

 

「そっちも。……ちょっと寄れ」

 

 言うと、翔太が半歩だけ距離を詰めてきた。

 合わせて一歩分。家でやってる時よりもずっと離れている。けれどなんだかすごく近くにいるような気がする。

 学校は三上家の廊下よりもずっと広くてスペースがあるのに、やたらと狭く感じた。

 

「……これで何か変わるのか」

「変わるだろ」

 

 思ったよりも声に力が入らなかった。

 ……変わる、と思う。たぶん。

 

 結局そのまま並んで歩き続けて下駄箱に向かうことにした。気を抜くといつもの距離になりかけて、半歩踏みとどまるだけなのにやたらと疲れてくる。

 階段を下りて一階へ向かう途中、向こうから女子生徒が一人歩いてきた。リボンの色は下級生、やっぱり知らない顔だった。

 

 横目で翔太をみた。西日でまぶしくて、顔はよく見えなかった。

 肩に力が入ったようにだけは見えた。だけど縮こまることはない。

 歩幅も、変わらない。足が動き続けて、女子がそのまま通り過ぎた。

 翔太はもうフクロウのものまねなんてしていなかった。

 

 そのまま歩き続けているうちに、あっという間に下駄箱にたどり着いていた。

 靴を出して履いている最中に、翔太がやっと声を出した。

 

「なあ」

 

 ずいぶん嬉しそうな声色だった。フクロウの次は大型犬か?

 撫でてやることこそないが。思わずちょっと笑ってしまった気がする。

 

「……よかったな」

 

 明日からも学校でも続けようと思った。

 でも、今日のところはこれだけでよかった。

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