TSした俺と交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友 作:北京院
教室を出ると、廊下はまだそれほど混んでいなかった。あちこちから賑やかな声は聞こえてくるが、人波に飲まれるほどではない。
これだったら十分に楽しめそうだ。
「よし、ご褒美だな」
「なんの話だ」
さっきのアメ玉だけでは燃料不足だろう、という心遣いである。まぁ、俺も何か食べたいのだけれど。
なにかいいものはないだろうか、と見渡すとかわいらしく飾り付けられたクレープと書かれた看板が目についた。
眺めていたら「へいらっしゃい!」とねじり鉢巻きを巻いた店員に声をかけられた。あまりにもアンバランスで逆に心惹かれるものがある。
「何にする」
「……任せる」
「よし、じゃあわさびと……」
「チョコバナナな」
残念ながらわさびは置いてなかったので、翔太はチョコバナナ、俺はいちごにした。
やたらとホイップクリームが多めに入ったクレープ生地をほおばるとクリームが脱出しようとしてくる。
こぼさないように苦心していると翔太がこっちを見ていた。なんだ、分けてほしいのか?
「なんだよ」
「いや……鼻」
翔太が自分の鼻をつつく。真似して俺も自分の鼻をつついたところ、ぺちゃ、とクリームがくっついてきた。
どうやら最初にほおばったときにクリームにこの高い鼻が漬かってしまっていたらしい。
指摘されっぱなしもしゃくなのでこちらも翔太の顔を眺めてみたが、ちゃんときれいに食べられているようだ。おのれ。
「……どうした」
「残念ながら加点だ」
「何の話だよ」
ともあれエネルギー補充もできたことだしどこか別の出し物にでも行こうか、と考えてみる。
翔太もクレープをほとんど食べ終わって、ゆっくり息を吐いた。
クレープを包んでいた紙を丸めて、ごみ箱を探して周りを見た。
……あ。
人気の出し物でもあるのか、なんとなくで人の流れに合流してしまっていたらしい。
翔太の歩幅が少しずつ狭くなっている。その横を笑いながら男女のグループが抜けていく。
しまった。
「……悪い」
とりあえず人が少ない方向を探す。視点が低くてちっともわからない。
このまま流れに乗っていてもよいことはない気がするので、逆流するように踵を返した。
「謝るな」
流れに逆らって歩く俺の横まで翔太が歩いてきて言う。
一度言葉を切り、ゆっくり食べていたクレープの最後のひとくちを飲み込んでから続けた。
「……楽しいから」
顔色は少し悪い気がしたけれど、噓をついてる感じはしなかった。
……なら、いいか。
ともあれ、クレープの紙を捨てる場所と人の少ないところを探して歩き続けることにした。
とりあえずで向かった休憩スペースは人でごった返していた。ゴミ箱があったのでクレープの紙だけ捨てて歩き続けた。
中庭のほうは出店がたくさんあるらしく、そちらも人が多そうだ。安住の地はないのか、と人波に飲まれないよう旅を続けているとある看板が目にはいる。
『ペアで挑戦! 最恐! お化け屋敷! 3-B!』
『60デシベル以上を検知するとアラームが鳴ります。鳴らさずゴールできたペアには豪華景品(かも!?)』
へにょへにょの迫力のないお化けのイラストの下に注意書きが書かれていた。看板を持ったミイラは全身の包帯を苦にもせず、テクテクと歩き回っている。
場所もどうやら近そうだし、音量制限があるなら少しは静かな気がする。
そこで俺はとんでもない事実に気がついた。
「……怨霊だけに音量を制限してます、ってことか?」
閃きを口にしながら翔太の方を振り向いたらそこには「無」が佇んでいた。
騒がしかったはずの周囲すら確かに一瞬無音だった。このまま行けば豪華景品待ったなしだろう。
「……いくか」
本日二度目の致命的ミスを横において、翔太の足が階段へと向かった。八つ当たりをしようか考えてから、やめた。
ともあれ、静けさと景品を求めてお化け屋敷へとたどり着く。
思ったよりは人が並んでいたが、大人気ってほどでもないようで列は短かった。
入り口で受付の生徒が、ペアを確認しながら一組ずつ中に通していた。俺たちの番が来る。
「では、こちらでルールの確認です」
紙には注意事項とへにょへにょのお化けとふにゃふにゃの被害者らしき人間の絵が描かれていて力が抜ける。
さっき見た看板の製作者はかなりやる気に満ちていたらしい。
『会話は静かな声で。普段の話し声で引っかかります。アウトラインは60デシベル!』
『目安:おにぎりのフィルムをゆっくりひっぱって剥がしたら55デシベルでした。』
『悲鳴・大声は厳禁。アラームが鳴った時点で景品は無効になります。中でのおしゃべりはひそひそ声で!』
……まったく参考にならない目安に眉をひそめる。どうやら翔太も同じ感想のようだった。
「……中で話すときはひそひそ声でって言われてもな」
「まぁノーコメントで進めるならそれはそれでいいんじゃないか?」
騒がしく行く気はないのだし、どうせならば豪華景品とやらも気になるし。
失敗したらそれはそれで指さして笑ってやればよいだけのことだ。
「次の方、入場でーす」
心の準備を十分にしたところで、受付の生徒に背中を押されるようにして暗幕の奥へ足を踏み入れた。
暗幕をくぐった瞬間、空気が変わる
ひんやりとした空気と、線香みたいな匂い。最低限の照明だけが、足元をぼんやり照らしている。
「……思ったより、本格的だな」
翔太が小声で言った。まったくもって同感だ。
あのゆるい宣伝と看板の割に雰囲気がかなり出ている。奥でブザーが鳴る音がした。前の挑戦者は失敗したらしい。
「どうせならクリアだよな」
意気込みをコメントしてみたが、声を抑えるというのは思ったより神経を使う作業だった。普段なら気にも留めない自分の声の大きさを急に意識してしまう。
通路を進む。両脇には、布で作られた木のような飾りがぶら下がっていて、揺れるたびに小さく音を立てる。
自分たちの足音すら少し気になる。これは何デシベルぐらいなんだろうか。
仕切りに沿って歩いてる最中、足元の暗がりから白い手がぬっと伸びてきた。
音を立てずにパタパタ動く手が何かを掴もうと手招きする。翔太が一歩たたらを踏む。
「うぉ……っ」
翔太が声をあげかけて、すんでのところで自分の口を手で覆って止めたようだ。喉の奥で潰れた声が、変な呻き声みたいになって消えていく。
驚きすぎだろ、とくつくつ喉の奥から湧く笑いを飲み込みながら言ってやる。
「おいおい、そんなんで大丈夫か? 景品は諦めるかな」
「……まだセーフだ」
薄暗さのせいで顔は少し見づらいが、強がりは明らかだった。笑いすぎてアウトにならないように抑えて道なりに進んでいく。
道中で横から飛び出してくる火の玉(たぶんライト)とか、目の前に広がる髪の毛のすだれだとかギミックはあったものの声は出さずにやりすごすことはできた。
おそらくゴールまではあと少し。最後の角を曲がった瞬間、ライトが奥の方でチカチカっと点滅した。
何かが見えた気がして目を凝らした瞬間、目の前に突然白塗りの顔が現れた。
ひゅっ、と息を呑んで、思わず後ろへ一歩下がる。
足がもつれてそのまま後ろへ転んでしまいそうになった。
「っひゃあっ……!?」
ヤバい、と思ってももうバランスが取れない。喉からは意図しない声も出て、いろいろな意味でアウトだと察した。
重力に負けた身体に来るだろう衝撃に身構えた瞬間、腕を誰かにつかまれた。
そのままぐいっと強く引っ張られて身体が引き戻される。勢い余って引き寄せられた何かに肩口からぶつかった。
声が出かけた口にも何か温かいものが押し当てられて覆われた。
出かけた声を飲み込むのに合わせて、頭のすぐ上で小さく何かを飲み込む音が聞こえる。
――生唾を飲み込む音だった。
ようやく俺を受け止めたクッションの正体がわかる。
……翔太だ。口に当てられているのも、引き寄せたのも。
口元を覆う手も、肩を支える腕も、少しだけ力が入っている。
布がこすれる音も、少し呼吸が荒くなっていることも、この距離だと馬鹿みたいに大きく聞こえた。
振りほどくことも立ち上がることもできないまま、無音の時間が続いている。
しばらく、お互い動けなかった。
少ししてからようやく白塗りのお化けがゆっくりと口を開いた。
「……セーフ、です」
小声だった。どうやらセーフだったらしい。
お化けの格好をしたスタッフが横に避けて、どうぞどうぞと手をやっている。
ようやく我に返って、翔太の手をそっと退けた。立ち上がって前へ進む。
無言のまま目の前のゴールをくぐった瞬間、背後の翔太から絞り出すようなコメントが飛んできた。
「……ひゃあってお前……」
「ひゃあって俺!!」
俺が一番言いたい。なんだよひゃあって! 村人を襲うモヒカンの掛け声じゃないんだぞ!
裏返って変な声になった。翔太を振り返る余裕はなかったが、ともあれ成功ではあったらしく出口側の机のスタッフは「おめっす」と軽いノリであった。
頭を振って切り替えてから目をやると、受付の小さな机に景品らしきものが並んでいる。
「えー……ペアでクリアしたので、これどうぞ」
差し出されたのは、小さなキーホルダー型のストラップだった。「豪華景品(かも!?)」という煽り文句から想像していたものよりはだいぶこじんまりとしている。
ふぅ、と息を吐いてから景品をつまみ上げてみた。
「……ま、こんなもんか」
ストラップはどこかで見た顔をしていた。レモンを擬人化した、何とも言えないポーズのマスコット。「未知のレモン」とかいう謎の新商品のパッケージに描かれていたあのレモンだった。
不細工なのかセクシーなのか未だによく分からないこのデザインとまさかこんなところで再会するとは思わなかった。
個人的には好みには合わないが、まさに売り出し中なんだろう。
「……武夫にでもやるか」
何気なく言ってみた。みっちゃん可愛いよな! などと話していたし、たぶん好きだろうし。
どうせなら欲しがる奴に渡したほうがこいつも本望だろう。
「……もらってもいいか」
横から、思いのほか真剣な声がした。
「は?」
振り返ると、翔太がストラップをじっと見ていた。
ストラップは何言ってんだこいつ、という顔をしている気がする。
「いや、お前炭酸飲めないだろ?」
「……それはそう、なんだけど」
翔太が言葉を濁した。しばらく何か考えたようだったけれど、結局黙ってしまった。
俺も何か言おうと考えて、ストラップを手のひらの上で転がす。
転がしている俺の手を翔太が見つめているのがなんだかおかしくて握りしめて隠してみた。
「……まあ、よく見ると愛嬌がある気がしてきたな」
結局、自分の鞄につけることにした。チャックの取っ手に絡めて、ぶら下げる。レモンのマスコットが、間抜けな笑顔でこっちを見ている。
「……似合ってるんじゃないか」
見つめ合っている俺たちの時間に、真顔の翔太のコメントが割り込んできた。
「それ、褒めてるのか?」
翔太と目が合う。
ぶら下がったストラップを改めて翔太がまじまじとみつめてから唸るように言葉が出た。
「……いや、わからん」
「わかれよ」
コメントには責任を持て。
自分で言っておいて、考え始めたのを見て笑ってしまった。