TSした俺と交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友 作:北京院
シェルター準備済み、稼働日未定
いつも通りの朝だった。
通学路でネコを2匹も見かけたぐらいで特に変わったこともなく登校して、教室に入るとなんとなく騒がしかった。
クラスの後ろの方で女子が何人か固まって話しているようでなにやら盛り上がっているらしい。
女子同士のやりとりはあまり得意ではないので少し遠巻きに見ていて、気づいた。
とんと主が不在だったはずの机が女子たちの中心にある。机の上には荷物が置かれている。
武夫のように我が物顔の占拠ではなく、あるべきものがそこへあった。
「ねー、ちょーひさびさ! 大丈夫だった?」
「文化祭めちゃ盛り上がってたのにもったいなー」
楽しげな声がけを受けているのは、机の主。
──藤本こころ。翔太の彼女で、寝取られ通話を送ってきた相手。
その姿がそこにあった。
なんで急に。思わず、隣にいる翔太の方を見てしまった。
……そこには、俺が女子になった直後のような姿の翔太がいた。
ひゅ、と息が止まる音がした。寒いぐらいの気温なのに、汗をひどくかいているように見える。
指先まで固まって、蛇に睨まれた蛙のようだ、と思った。見ていられなくて、視線の先を改めておいかけた。
藤本こころがこちらをみていた。少しだけそのままだったけれど、気まずそうに目線をそらされた。
何も言葉はだせなかった。横を見たら、翔太はいつの間にか自分の席になんとかついたようだった。
ホームルームが始まる時間になって、人だかりが解散する。疑問符は整理も解散もできないままだった。
何やら連絡事項が伝えられているようだけれど、全然頭に入ってこない。
……俺は勘違いしていたんだ。翔太はもう、回復していると思っていた。多少はぎこちなくても話ができて、よくなっているんだって。
何が鬼コーチだ、リハビリ特別編だ。浮かれていた心へ冷や水をぶっかけられたようだ。
ごっこ遊びをしていただけだろ、やくたたず、と自分を責める言葉ばかり浮かんで頭が働かない。
チャイムの音が頭の中の雑音を切った。どうやら、ホームルームどころか1時間目の授業すら終わったらしい。
……自分を責めて翔太が回復するならいい。そんなことはあり得ない。
さっきの様子を思い出して翔太のほうを見るとひどい顔色のままだった。
なんと声をかけようか、と思ったところへ武夫が翔太へ話しかけた。
「なんか顔色悪くね? 保健室いくか?」
「……いや、いい」
端から見てもまぁひどいのは確かなのだろう。普段のようにふざけることもなく武夫がアゴへ手を当てた。
すこし言葉を探すような仕草をしてから、話を続けようとする。
「そういや、藤本……」
思わず立ち上がってしまって、椅子の音がやたらと響いた。翔太と武夫の目線がこちらに向く。
何か言わなければ、と思うけれど俺は何を言うべきなんだろうか。わからない。
少しの無音の後、武夫がへらっと笑って翔太の背中を勢いよく叩いた。
「やっぱなんでもないわ! 元気出せよ!」
どこまで察したかはわからないが、武夫なりに気を使ったんだろうか。
そのまま近くの別のグループへいつもの調子で混ざりにいく武夫を見送った。
まぁ他から見れば、ひさしぶりに登校した彼女に話しかけもしないし話されもしない姿で「何かあった」ぐらいは想像もついたのかもしれない。
取り残された翔太がゆっくりと立ち上がって、席を離れた。
間違っても女子にぶつかったりしないようにと大きく距離を取って歩く姿は、俺がこの身体になった直後、男子制服を着て学校に来た時と同じように見えた。
所在なく1人で立ち続けていたくなかったので座り直す。
クラスの後ろ側ではまだ藤本こころの周りに人だかりができていた。
……きっと、つもる話があるのだろう。女子同士の話が。
翔太が戻ってきたのはチャイムが鳴るギリギリだった。
目線を少しやってみる。こちらを見てはいないまま席に着いて息を吐いていた。
そのまま授業が始まっても、頭の中はまったく整わず音が右から左へ流れるばかりだ。
ちらりと横を見ると、翔太は少なくともノートと教科書は開いているらしいことはわかった。
黒板の文字をノートに写すだけはなんとか身体がこなしているうちにまたチャイムが鳴って休み時間を告げる。
時間が経つのが早いのか、時間を捉えることができないぐらいに頭が働いていないのかもわからなかった。
翔太はまたすぐに立ち上がって大きく人を避けて教室の前の扉から出ていった。
どうしようか、と考えていたら後ろの方から少しだけ大きな声で「あ」と聞こえた。
「ちょっとごめんね」
女子に囲まれていた藤本こころが、囲いから出てきて教室の後ろの扉へと小走りで向かう。出ていった扉は別だが、同じ方向へ向かったような気がした。
思わずまた立ち上がってからすぐに座り直す。ドアはちゃんと閉めていったようだ。
ドアの向こう側の廊下にはもう知ってる顔はなくなっている。
なんとなく座り心地が悪くてもう一度立ち上がってから改めてゆっくりと座り直した。
「ストレッチでもしてんの?」
「んー……あー……そんなとこ」
武夫からからかうように言われたので、エコノミー症候群の恐ろしさを教えてやると大げさに震えられた。
そのままくだらない話をしているうちに、教室のドアがまた開いた。
こころが教室に入ってきて、すぐに翔太も戻ってきた。
顔色はやはりよくないけれど、表情は少しマシに見える。目が合って、うなずかれた。なんだ? 俺エスパーじゃないんだから、それだけじゃあわからないだろ。
……ともあれ、何かを話したんだろう。
そのままあっという間に昼休みになり、翔太が机の横に立っていた。
こちらも立ち上がって横に立つと、そのまま無言で歩き出す。
少しでも人が少ない廊下を探すように、普段通らないルートを通っていくと翔太が声を出した。
「……放課後。話がしたいって言われた」
誰に、は聞かなくてもわかる。あのうなずきはそういうことだったのか。
「それは……大丈夫、なのか?」
「わからん」
正直なところ、朝に見ただけであのひどい様子だったのに2人きりで話すなんて可能なんだろうか?
そう聞いてみれば即答で不明と来たものだ。思わず面食らってしまった。
少し無言のままだったけれど足は止まらない。気を取り直して、大きく息をした。
「……話せるのか?」
「話そうと、思う」
聞いてみれば少し覚悟を決めたような顔で翔太が答えた。
……水を差したくはない。でも、本当に大丈夫だろうか。そう思ったのが伝わったのか、ちょっと無理するように笑って続けた。
「……ちゃんと話せるかはわからないけれどな」
「なら」
その顔を見て、声が出た。思ったよりも大きくて、翔太も俺の顔を見て驚いたような表情をしている。
――なら。どうしたい。どうしてほしい。
「……泣かされたらうちに来いよ」
話せなくても、話した結果ひどいことになっても。
泣くようなことがあるなら、あの日みたいに死にそうな顔をしているなら。家でまた励ましてやるぐらいならできるだろうか。
「また慰めてやるよ。なんとかなるって」
「……流石に泣きはしないだろ」
翔太が少し口をとがらせた。
ちょっとおかしくて、笑ってしまった。俺は自分の手で目尻を下げて大げさに辛そうな顔を作ってやる。
「わっかんないだろ? ひどい顔してたぞ」
「……わかってる」
「いいんだな。無理すんなよ」
返事の前に足が止まる。売店に着いたからだ。
ゆっくり大回りしてしまったからほとんど売り切れで、人気のあまりないパンがいくらか残っているだけのようだ。
「ああ。……ほとんど売り切れだな」
「ま、あまり物には福があるっていうだろ? たまにはレーズンパンでも食おうぜ」
翔太のおごりでレーズンパンを買って食べたが、ひさびさに食べると、思っていたよりも悪くない味をしていた。
午後の授業はいくらか内容は頭に入ってはきたものの、時間が経つのはあっという間だった。
放課後になって、荷物をまとめる。こころは早めに教室を出ていって翔太はいつもみたいに俺の机の横に立っていた。
「……いってこい!」
まとめ終わった荷物を背負い、翔太の背中を思いっきり叩いてやる。
いい音が鳴った。きっと綺麗なもみじが咲いたことだろう。衝撃を逃すように少したたらを踏んでから、こっちを睨んできた。
「……いってくる」
叩いたこっちの手のひらも痛い。ふりふりと振る手に応えるように翔太が教室の扉から出ていった。
その背中が見えなくなって、手の痛みもおさまったところで、普段通りの帰り道をひさしぶりに一人で帰った。
帰り道ではネコは見かけなかった。
家についてスマホを開いてみたが、ソシャゲのスタミナマックスの通知しか来ていなかった。
空腹感もあったので、野菜ジュースを使って簡単なミネストローネもどきを作ってみる。具も多めで身体にもいい。たぶん。
赤いウインナーを具にするか悩んだが、小さめに切ったあと卵と和えて焼いて醤油で味付けすることにした。たまにはちょっとは手の込んだ……いうほど込んでるか?
まぁとにかく火を使うものを2種類も作ったんだからふた手間ぐらいかけていると呼んでいいだろう。
食べ終わって風呂を沸かす。味はまあまあだった。ソシャゲのスタミナを消化している間も通知は特にないままで、長風呂のあとに髪を乾かしてもスマホは一度も鳴らなかった。
テレビをつけながらひととおりソシャゲのデイリーを済ませて、少し早めだけれどベッドに横になる。
もう一度だけスマホをみた。通知はなかった。
「……大丈夫だったんだな」
はあ、と大きく息を吐いてから布団の中で伸びをした。
そのまま目をつむってぬくぬくと布団の暖かさを味わっていたはずだったが、気がついたら朝になっていた。
早寝のはずだが早起きならず。いつもの時間に目が覚めた。
しかし睡眠時間を長めにとったおかげか身体も軽く、身支度もさっさと済んでしまった。昨日のミネストローネもどきの残りを温めてすすると一晩寝かせたおかげでコクが増しているような気がする。
すっかり準備が終わったところにゆっくりとチャイムの音が転がってくる。
ドアを開ければいつもの顔をした翔太が立っていた。
なにか言いたげなので少しだけ待つと、頬をかいて少し笑った。
「……ありがとな」
こっちも笑って返してやる。
「よかったな!」
ほんとうに、よかった。
何を話したかは知らないが、少なくとも昨日のひどい顔が嘘のようにスッキリした表情をしている。
「ああ、普通に話せた」
「そうか……いやぁ……そっか。よかったなぁ!」
靴を履いて歩き出すと、いつもの距離に背中があった。
今度は祝いのもみじを咲かせてやろうかという勢いで背中をバシバシと叩いてみるがまったく応えない。こっちの手の方が痛い。
「樹のおかげだ。……手、大丈夫か?」
「なんでお前は平気なんだよ……ま、それほどでもあるか! 感謝の気持ちならいつでも受け取ってやるぞ」
じんじんする手のひらは真っ赤で、叩かれた側がノーダメージ顔なのが解せない。
痛みを抜こうと手をひらひらと振っていると、翔太が自販機を指さした。
「そうだな……ちょっと待て」
「は?」
戻ってきた翔太の手には缶が二本。
ホットココアとコーヒーが握られていて、俺の方にココアをつきだしてきていた。
「ほら」
「いや、お前……なんだよ。調子狂うな……」
とりあえずそのままにもできないので受け取ると手のひらの痛みがココアの熱に溶けてぼやけた。
なにか言おうと思ったがうまく言葉にならず、缶をあけてココアごと飲み込んだ。
「……くっ、ははっ」
「お前バカにしてないか!?」
何がおかしいのか笑い出した翔太へ抗議する。缶が邪魔で大きな動きが制限された。
おのれここまで作戦のうちか!?
騒ぎつつ学校へ着いて、ドアを開ける。
教室後方ではこころが女子と何かを話していた。
目が合って、そらされた。横の翔太の顔を見た。
いつもと変わらない顔で、震えてもいない。
そこへ武夫がやたらと真剣な顔で近づいてきた。なにかあったんだろうか。
「なあ……ギンナンってあれ臭いの落ちてるのが全部メスの木って知ってたか?」
いや、聞く価値なかったな。
しばらくの無音の後、翔太がツッコミをいれるとそのままスギは雌雄同体だからなんかスケベな気がするだのなんだのとくだらない話が続く。
聞くに耐えず目をそらしたら藤本こころとまた目があった。
今回はそらされないままで、なにか言いたげで、周りの女子はもういない。
翔太にバカなことを話しているバカを任せてその場を離れる。
こころ側もこちらへ来て、翔太と武夫からは距離をとった。
「……四ツ谷さん」
「なんだった?」
少し迷うようなしぐさのあと、名前を呼ばれた。
……元々は四ツ谷くん、だったからだろうか。クラスにはすっかり馴染んだが、言われてみればひさしぶりに見たら男が女になっていれば驚きもするか。
昨日はそれどころじゃなかったが。俺もこころも、翔太も。
「あの……昨日、私……翔太くんと話したの。それで……」
しかし話したがっている内容はそこではないらしい。
また少し迷うようなしぐさのあとに大きく頭を下げられる。
「ごめんなさい……私、あなたにも迷惑を……」
「いや、いやいやいや……」
大変居心地が悪くなるから勘弁してほしい。
声をかけると目線がこちらを向いたがそのままでは顔をあげる気はなさそうだ。
「……謝らなくていい。翔太が納得したんだろ? ならいい」
「……うん」
「内容も聞かなくていいよ。ほら」
いまいち納得してない顔だが、ようやく頭を上げてくれた。
「でも、なんで……」
「……俺は翔太の親友だしな。そういうもん」
「しん、ゆう……」
……言葉にするとむずがゆいが、そういうものだと思う。
やっと解放されて席に着いたら翔太がこっちをみていた。
指を立てて問題ないと伝えるとようやく前を向いた。
ともあれ、普段通りがやっと戻ってきそうだ。
雨降って地固まるというし、翔太は無事話せたわけで、よかったと思おう。
ただ、ひとつだけ。妙に耳に残っている言葉があった。
『私、あなたにも迷惑を』……本心からの謝罪だったんだ、とは思う。
でも、俺は。
……俺は、迷惑をかけられていたんだろうか。