TSした俺と交友関係NTRアンハッピーセットを食らって女性不信拗らせた親友 作:北京院
あれから数日たった。すっかりクラスの空気は元通りで、こころも当たり前に登校してきている。
翔太も気にしていない様子だし日常が戻ってきたのかもしれない。
放課後に帰り支度をしていたら、足元にプリントが滑り落ちてきた。
俺が拾うよりも先に、既に支度を終え横に立っていた翔太が拾い上げる。
プリントが滑ってきたほうを見ると女子が笑顔で立っていた。
「ありがとー!」
翔太が控えめに差し出すと、女子は大きくお礼を言って受け取り、そのままカバンに詰め込み教室を飛び出していく。
勢いについていけず差し出した手がそのままだったが少し口元に笑みが浮かんでいた。
これはちょうどいい。少し演技がかった声を作ってちゃちゃをいれてやる。
「ほっほっほっ、やりおるわ……」
「……どこ目線の誰のセリフだよ」
「鬼コーチ仙人じゃよ」
「せめてコーチか仙人のどっちかにしとけよ……」
大げさに肩を落としてあきれた素振りをされたが指摘は無視することにした。
話している間に支度を終え、立ち上がる。並んで教室をでて、そのまま翔太の家までくだらないことを話しながら帰った。
「ただいまー」
「おかえりなさーい!」
ドアを開けると陽菜の声が返ってくる。どうやら今日は部活がなかったようだ。
そのままリビングにあがって腰かける。いつものリハビリをしようか、と考えて思いついた。
「そろそろ卒業試験かもしれないな」
さっきの様子からして、翔太のリハビリは順調そのものだ。
久しぶりの登校をしてきた藤本こころと、ふたりで話してから一皮むけたような気がする。
うんうん、とひとりで感慨深くうなずいていると翔太が凄い表情でこっちをみていた。
「……卒業?」
どうやら自分の成長が信じられないようだ。無自覚な成長。老師、これはいったい……? 知らん……なにそれこわ……というやつだ。
ともあれ具体案は無いが、もしするならどうするべきかを考えてみる。
一番必要なのは……
「賞状とか証明書とかがいるかな?」
やっぱりちゃんと卒業証書は必要だろう。なんだったらメダルとかトロフィーがあってもいい。
作る労力はともかくとして、褒められて悪い気はしないだろうし努力の成果! って感じでいいんじゃないだろうか。
しかし翔太の表情はさらに変になった。
「いや……なにするつもりなんだ?」
「なにってそりゃあお前……」
卒業試験といえば、そう。
……そう。それは!
「……なにするんだろうな?」
翔太が小さくずっこけた気がする。
大きなため息が続いて聞こえる。なんだよ不満か?
しかしそこへ陽菜の追撃が飛んできた。
「えっ、お兄ちゃん卒業するの?」
「しない」
半分頭を抱えたポーズで翔太が答える。
「じゃあ留年するの?」
「しない」
陽菜が口元へ手をやって、続けて質問を投げつける。即答で回答が返ってきている。
「……そもそもなんの卒業?」
陽菜の顔がこっちを向いた。
翔太はこの質問には答える気はないらしい。
「そりゃあリハビリだよ。なかなか成長してたし……」
「リハビリって卒業とかするものなのかな? なんかずーっとやるやつかと思ってた」
そうなのか? そうなのかもしれない。
翔太の方を見ると心底呆れたような目をしてこっちをにらんでいた。
「適当言いすぎだ。せめて基準を作れ」
正論は求めていない! こんなコーチに反抗的では卒業は見送らざるを得ないかもしれない。
ともあれこの場での卒業会議はこれにて閉廷となってしまった。まぁいいんだけれど。
少し疲れた様子の翔太が「飲みもん取ってくる」とキッチンへ立ち上がったタイミングで、陽菜が俺のそばへ腰かけ直した。
ちらりと俺の髪を見て「いいね、合格!」と小さくコメントしてから本題を切り出してくる。
「樹さん、お兄ちゃんのリハビリってもういいの?」
さっきの話題が気になるらしい。確かに陽菜が見る範囲だと、翔太の隣にいたり話したりしているのは家族か俺ぐらいのもので他の女子への対応が成長しているのは実感しづらかったのかもしれない。
しかし実際にかなりのものなのだから褒めてやってほしいものである。少し声をつくって威厳を出してみる。
「ふぉっふぉっふぉっ、わしも鬼コーチ仙人星人としてほこらしいかぎりじゃわいだぞーい」
「なにそれ。へんなの!」
一刀両断された。ダメかー!
大げさに言葉のナイフのダメージを主張してみたが、くすくす笑われるばかりであった。
「でも、そっかぁ……」
陽菜が感慨深そうに遠い目をする。
その直後に目を輝かせて素晴らしいことに気づいたと言いたげに俺の手をとった。
「遊べる時間とか、増えるかな?」
確かに。リハビリに回してた時間をゲームしたり、だらだらしたり、遊んだり、勉強……はまぁおいといて、そういう方向に回すのはありかもしれない。
陽菜も一緒にゲームをするのもいいし、逆に俺の髪型をさらに凝ってみるのも悪くないかも。陽菜ならきっといい感じのセットも教えてくれるだろう。
「そうだな、それなら──」
「陽菜ー! 俺のプリンしらないかー?」
陽菜へ素晴らしい未来を提案する直前に、キッチン側から翔太の声が飛んできて中断されてしまった。
む、と言葉が止まったところへ陽菜が笑顔で返事をする。
「美味しかったよー!」
食ったのか……と言葉にするより早く、足音がドタドタと舞い戻ってきた。
「陽菜ぁ!」
翔太が陽菜をしかると同時に陽菜が俺の背に隠れた。
俺の身体をバリケードにして反論を始める。
「だって名前書いてなかったもーん!」
「お前も自分のプリンに名前書いたことなんてないだろ……」
「むむむ……」
一瞬にして陽菜の理論は説き伏せられてしまった。というかこれ理屈になってるか?
普段からプリンやらおやつやらに名前が書いてあった覚えはまったくない。
一応もう少し話を聞いてやってもいいんじゃあないだろうか。
「まぁまぁ。というか陽菜が食べるなんて珍しくないか?」
どうどう、と翔太をなだめて陽菜に理由を聞いてみる。
陽菜はゆっくりうなずいてから理由を語りだした。
「実はね。今日、学校でね……」
「……ああ」
声のトーンが低くなる。それを聞いて翔太が少し真剣な表情をした。
陽菜はそのままシリアスなトーンで話を続ける。
「友達がすっごい美味しいプリン食べた話してて、いいなぁって……」
いや、まったくシリアスじゃなかったな。
翔太がまた軽くずっこけた気がする。こいつ今日ずっとすべってないか?
「陽菜、お前……樹のいらんところに似てきたな……」
「いらんところ!?」
翔太がまた大きくため息をついてさらっと俺を罵倒してきた。
フォローしていただけだろ今回は! 繊細な心が傷つくぞお前!
「私、樹さんの女の子の師匠だもん! しょうがないよねー」
「ねーって言われても知らんが……?」
同意を求める陽菜のおでこを軽く押してやる。ほっぺを膨らませて抗議されても可愛いだけでしかない。
しかし今度はにこっと笑い、指を立てて「そうだ!」と何かに気がついた様子だ。ころころと表情が変わって元気でよろしい。
「じゃあ今度代わりのもの買ってくるね! 樹さんが」
「俺!?」
「……2人で買いに行くのか?」
「えー、お兄ちゃんも混ぜてほしいの?」
俺の意思の上から予定表が埋まろうとしている。翔太も聞くのはそこじゃあないんじゃないか?
抗議の目を向けてみたところ、翔太が陽菜に向けて指を一本立ててみせた。よし、言ってやれ言ってやれ!
「樹にたかるなよ。自分のものは自分で買え」
違う、そうじゃない。
陽菜と2人だと女子女子した買い物になっちゃうだろ! ついてこいって意味でもないけど止めろというのだ!
しかし陽菜は呑気にプランを立て始めている。
「ちゃーんとおこづかい管理してるもーん。ね、この前のクッキーのお店とかー、あと服もまた選びたいしー」
「俺の意思は……」
思わず、というかようやく口に出る。
陽菜の目がこちらを向いて、ちょっぴり首をかしげてみせた。
「……いや、だった?」
「いや、別に……嫌ってわけじゃ、ないけどさ……」
ふふー、と首の角度はそのままに表情が笑顔に変わる。
今度は翔太のほうへその顔のまま振り向いていた。
「そっか! よかったねお兄ちゃん!」
「俺に言うな。ついていかないからな」
大きなため息が聞こえた。ともあれ、近々の予定がひとつできてしまったらしい。
まぁ、ショッピングのひとつやふたつ程度なら付き合ってやってもいいだろう。俺の口からもため息が漏れて陽菜が「2人とも幸せが逃げちゃうよ!」と楽しげにツッコミをいれていた。